鈍行列車一人旅

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「北斗星」とともに

「極寒北国紀行 4~5日目 (函館~上野)」

[2014/12/13]

最北端鈍行旅も終わりのときが近づいてきた。函館観光の後は北斗星に乗って帰路を辿ることになる。
大雪を被りながら、私は取り敢えず函館駅から函館市電の電停へ向かった。
駅前電停は、函館駅前ロータリーから歩いてすぐのところにある。

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「瞬くように舞い散る雪が幻想感を醸し出し、駅前のネオンアーチに華を添えている」
………なんて上品なこと言ってる余裕など今の自分にはない。体力の消耗が激しくなってきたのだ。
こんな大雪の中で現在外をうろついているのは、九割方が本州や外国からやって来た観光客であろう。



・函館市電 [函館駅前~十字街]
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「函館、動く。」

何かこう、肉体的に直接訴えかけてくる広告の叩きがぐっとくるね(笑)。
市電は渋い原色の他に、多種多様な広告車が沢山走っているのだ。

現在の函館市電は、大きく分けて2つの系統、細かく分けて4つの路線を有している。
起点の湯の川から県道83号を通り、函館駅前を経由し十字街に至ると線路が二つに分かれるが、
このうち北側の終点どつく前に向かうのが2系統、南側の終点谷地頭へ向かうのが5系統となる。
「何故2系統と5系統があって1系統や3系統がないのか?」というと、既に廃止され欠番となったからだ。
最盛期は12系統で運行されていたが90年代までにほぼ全てが廃止され、2と5の2つの系統だけが生き残ったのである。

90年代までの部分廃止によって函館市電は衰退の一途を辿るかに思えたが、そんなことはなかった。
大昔栄えた函館駅周辺より北側の五稜郭地区は繁華街として栄え、商業都市として発展を遂げるのだが、
幸運にも函館市電の経路は、この行政・観光中心の函館駅周辺と、発展した五稜郭地区の繁華街を結んでいた。
そのため平成に入ってからも利用客は大幅に減少せず、現在も函館市民・観光客の足として健在しているのである。


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市電のいいところは、路線バスと違って複雑な系統が少なく単純明快であることだ。
道路に線路があれば誰だって電車が走ってると分かるし、観光地や繁華街を結ぶだけで自然と需要が生まれる。
その需要の高さに加え、函館市電は初乗り運賃が少し高め(210円)に設定されており確固たる経営基盤を築いている。
いくらそれなりの需要があろうと、このご時勢、市電を走らせるのは並大抵の努力ではできないのであろう。

外は大雪だというのに、土曜からか電停は観光客でごった返している。
函館といえば夜景なので、まずは市電に乗ってロープウェイの最寄りである十字街電停を目指そう。




車内は通勤電車並みの満員状態。山手線に例えるなら上野~秋葉原間と同じくらいの混雑度である。
駅前電停から3つ隣のところで、市電は十字街電停に着く。函館駅前~十字街間の運賃は210円だ。
ここは赤レンガ倉庫の最寄りでもあり、ドッと乗客が降りた。

十字街電停からしばらく急坂を上っていくと、函館山ロープウェイの乗り場に辿り着く。
夜景が売りの場所だから、ロープウェイの最終は20時50分と遅い。
窓口では片道券と往復券が売っている。往復券の値段は1300円だ。



・函館山ロープウェイ [山麓~山頂]
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1958年開業の函館山ロープウェイは、函館山の麓から山上の展望台までを結んでいる。
その輸送実績は、函館に訪れる観光客の人数とほぼ比肩するというから驚きだ。
5分間隔で運行されており、車両も大きいので乗客の回転も早い。

展望台まで向かう途中でちょうど花火が上がり、車内で歓声があがる。
私が展望台に降り立ったとき、雪は何故か収まった。



・函館山山頂展望台
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世界三大夜景の一角、函館の夜景は初めて見るが素晴らしいの一言に尽きる!(毎回これしか言ってない)
空は雪でくぐもっているが、夜景はきっちりと見えるから一安心。
函館湾と津軽海峡に挟まれた「くびれ」が印象に残る。

古来、函館は「連絡船とともに生きた街」といわれる。
その歴史と伝統が途絶えたのは、今から四半世紀も前のことだ。

当時、本州から青函連絡船で道内へやって来た人々は皆、連絡船が発着する函館駅を拠点とした
青函連絡船は函館港の象徴であり、また函館の主要産業を支える一つの基盤でもあったが、
70年代以降は航空輸送の台頭に押され、加えて88年には青函トンネルが開通し連絡船は廃止される。
さらにバブル崩壊が生み出した不況が重なるなど、当時栄華を誇った函館港は衰退の一途を辿り、
商業発展地も必然的に内陸へと移っていった。現在、函館駅前には観光ホテルが慄然と立ち並んでいる。

連絡船が廃止されて以来、函館は「北海道の表玄関」としての役割を失ってしまったが、
日本の近代化に深く携った歴史遺産が多く残っており、有数観光地として多くの人が訪れている。
眼下に広がるのは、皮肉にも連絡船の廃止とともに取り残された財産の灯なのである。


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夜景を見た後に復路のロープウェイに乗り、坂を下りて市電の線路が敷かれた通りまで戻ってきた。
まだ時間は沢山残ってるので、大雪は相変わらずだが歩いて赤レンガ倉庫へ行ってみよう。

それにしても、函館は外国人が多いな!
寧ろ日本人が少ないぐらいで、色んな人種がごちゃごちゃしてるぞ。



・金森赤レンガ倉庫
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赤レンガ倉庫は建物は往時のままだが、現在中はお土産屋などの商業施設として使われている。
ここは、幕末に貿易港として栄えた函館港の雰囲気をそのまま残す場所だ。
今建っている倉庫は、明治40年(1909)に再建されたものである。

それにしてもめちゃくちゃ雪降ってるのに、信じられないほど賑わっている。
これが、日本有数観光地の函館のパワーなのか!


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赤レンガ倉庫は夏の帰省時に家族と一度来たことがある。
途中から暇になって、西波止場で買ってもらったスルメ齧りながら湾岸眺めてたっけなー。
今日は12月なので、クリスマスキャンペーンに合わせた派手なネオンのクリスマスツリーもあるようだ。

もう少し探索したいが、体力が既に限界に達してるため早々に函館駅まで戻ることに。
日中のSL撮影で長時間雪を浴び、さらにここに来てまた雪を浴びまくっていると、
何か、雪に直接体力を吸い取られているような気がしなくもない。



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赤レンガ倉庫から十字街電停まで戻ろうとするも、視界が悪く電停の場所が何処だかわからなくなった。
取り敢えず線路に沿って進み電停を発見するが、そこは十字街電停ではなく隣の末広町電停であった。
ここの電停は十字街より本数が少ないことはわかっているが、もう歩く気力がないのでここで大人しく待とう。

しかし、凍えながら電停で待つも、市電は一向にやってこない。
このままだと雪ダルマになっちまう。

早く来てくれーーーーーっ!(←断末魔の叫び)




・函館市電 [末広町~函館駅前]
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末広町電停で待つこと12分、体が雪に埋もれかけた頃に市電はようやくやってくる。
雪がドッサリ降りしきる中での12分は想像以上に長い。道路の向こうから現れた二点のライトを眼にした瞬間、
私は、心底生き返ったような気分になった。
身体に降り積もった雪をパンパン払いのけて、すがるような気持ちで市電に乗り込む。

駅前電停で市電を降り、取り敢えず体勢を立て直すために函館駅構内で休憩。
先ほど電停に行くまでに道に迷ったせいか、雪と寒さにやられて体が凍えきっている。
昼から何も食べてないので、腹もすっかり減った。
これからまた大雪の外へ行くのは億劫だが、夕飯にありつきたいので体に鞭打って再び外へ出る。



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駅から歩いて5分のところに、ウニ丼で有名な「むらかみ」という店があった。
中に入ると席は満杯で、10分ぐらい待った後、席へ案内される。
注文するのはもちろん、ウニ丼のレギュラー。値段は3500円と自分にはちょっとお高めだが、
男なら、一品ドーン!と頼みたいものである。元々小品をちびちび味わうような性分でもないし。


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とろけるようなとしかいいようがないウニが、丼いっぱいにのっかっている。
やや大食の自分には少しボリューム不足だが、普段は滅多に味わえない絶品のウニを時間たっぷりと味わう。
また味噌汁はお代わりOKらしく、凍えきった体が温まるので夢中ですすっているといつの間にか三杯も飲んでいた。



・函館駅
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絶品のウニ丼を食べた後、北斗星の発車時間も近づいてきたので大人しく駅へ戻ることに。
函館駅は近代化された立派な駅舎で、旭川駅と負けず劣らずといった感じだ。

「本日、大雪の影響のため、寝台特急北斗星号は約20分ほど遅れての到着となります。
到着予想時刻は21時50分頃を予定しております。誠に申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください」


雪で大幅に遅れるとはいえ、北斗星はちゃんと来てくれるようだ。良かった良かった。
寝台特急は「北海道&東日本パス」が使えないので、改札窓口で普通乗車券を購入。
函館~上野間の普通運賃は13990円。特急券と寝台券も合わせると合計23530円となる。
必要な切符も揃えたし、あとは大人しく駅構内のベンチで北斗星が来るのを待つのみだ。



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これから待ちに待った北斗星に乗車するが、もう既に体力・気力ともに限界がきていた。
顔はやつれ、体はガタガタ、あと寝不足で頭がフラフラしている(苦笑)。
四泊五日の旅の行程の中で稚内での休息のみを念頭に入れ、その上でやれる限りのことを限界までやり尽くしてきた結果だ。
重いリュックを背負い雪の降りしきる中でずっと動き回るのは、想像以上にキツく、
体力をあっという間に奪われてしまう。

でもそれでも、何とかやり遂げてやるという意志が働いたおかげで、これまでの旅の全行程、全て狂いなくやれた。
道内突入からは常時雪が降っていたのに、何事もなく走り続けた北海道の鉄道の偉大さを実感している。
あと、このスノーブーツがなければ旅中どうなっていたかわからない。こいつの力は絶大であった!
旅はまだ終わってないのに、喜びと達成感がふつふつと沸き起こる。

あとは、寝台特急に乗って東京に帰るだけだ。
最後の最後に、憧れの北斗星で有終の美を飾ろうではないか!




・北斗星 [函館~上野]
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「北斗星」はブルートレインの歴史の中では比較的新しい方で、はまなすと同じく青函トンネル開通と同時に運行を開始した。
はまなすは純然たる移動手段として後に重宝される存在となったが、
北斗星は移動目的よりも観光要素を全面に出した新しい寝台特急として脚光を浴びる。

それまでの寝台列車にはなかった豪華な客室食堂車が備えられ、旅そのものを楽しむための工夫が盛り込まれた。
この北斗星の試みは大成功し、今も個室券が一瞬でなくなるほどの人気を誇っている(←これは本当にびっくりした)。
後にデビューするカシオペアやトワイライトエクスプレスが人気列車になったのも、元はといえば北斗星の成功があったからだ。

今も大人気の北斗星だが、新幹線開業・車両老朽化を理由に2015年3月13日限りで廃止されることが決定した。
JR側から既に公式発表が出ており、臨時を入れても恐らく残り半年ほどで北斗星は完全消滅することになる。
自分にとって北斗星は昔から絶対的な存在であるから、消滅する前に何としてでも乗りたかった。
生涯最初で最後の乗車となってしまうが、永遠の憧れである北斗星の勇姿を今回この眼でじっくりと見届けたい。

日中から降りしきる大雪の影響で、室蘭本線・函館本線の列車は全体的に遅れが発生していた。
北斗星もその全体遅延に巻き込まれることとなり、定刻から20分ほど遅れて函館に入線する。
函館では牽引する機関車が代わり、列車の進行方向も逆になる。これまで牽引してきたのはDD51の重連だ。
DD51はここ函館で役目を終える。青森まで牽引する機関車ED79に交代するため、目の前で早々に切り離された。



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今回私が取った座席は、1号車の「B寝台16番上段」である。

10時打ちという手法を知らず、またそもそも北斗星が未だ人気列車である認識がなかった自分は、
旅決行直前になって指定席券を取りにみどりの窓口へ向かったのだが、当然の如く個室Bソロは満席。
そして、私が窓口へ訪れた時点で残っていた座席は、先頭車の一番先頭の開放B寝台上段のみであった。



↑上野・函館

PC290008.jpg1号車:開放B寝台(コンパートメント)
2号車:開放B寝台(禁煙)
3号車:B寝台個室デュエット
4号車:B寝台個室デュエット
5号車:B寝台個室ソロ
6号車:B寝台個室ソロ/ロビー/シャワー
7号車:食堂車「グランシャリオ」
8号車:A寝台個室ツインデラックス
9号車:A寝台個室ロイヤル/B寝台個室ソロ
10号車:A寝台個室ロイヤル/B寝台個室デュエット
11号車:開放B寝台(喫煙)
12号車:電源・荷物車


↓札幌・青森


北斗星の編成はこんな感じであるが、私がこれから乗るのは端の端っこの席だ。
先頭車のさらに一番前なので、すぐ隣に先頭デッキがあり、汽笛も一番よく聞こえるところである。
「往路で日本列島の端っこへ到達し、復路で寝台特急の端っこに乗って帰る」と考えると何か縁起がよい気がする。

特急・寝台券の区間を「札幌~上野」としてあるのは、万一の場合に備えての対策であったが、
今日は大雪で遅延が発生しているものの、鉄道がまだ走れる程度の天候で持ち応えてくれたからよかった。
明日はもっと雪の量が増すらしいから、今日までが計画通りに鉄旅できるギリギリの状態だったのかもしれない。





22時過ぎ、既に大幅に遅れているため、機関車付け替え後間もなく北斗星は函館を出発した。
函館を出ると、北斗星は仙台までノンストップで進む。仙台の次は福島・郡山・宇都宮・大宮の順に停車し、
定刻通りに行けば午前9時38分に上野に到着する。札幌からだと約16時間、函館からでも約12時間の長旅となる。



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せっかくの北斗星なんだし個室がよかったのだが、寝台の元祖といえばこの開放B寝台である。
定時の寝台客車に乗るのは今回の北斗星が最後になると思われるので、これはこれで結果オーライかも。
集客要素の強い個室よりも、何の変哲もない昔ながらの開放寝台にこそ手堅い旅情があるのではないかと思う。

人一人しか寝れないこの狭苦しい空間に身を投じて、ガタガタ揺れる夜汽車に想いを馳せる。
それは、今では時代錯誤なことかもしれない。でも、「旅」って元来そういうもんじゃなかったのか。
私は、この至って無骨で質素な夜汽車(=開放寝台)の醸し出す風情と哀愁が好きだぞっ!



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22時40分、今日最後のアナウンスが入り室内灯が深夜灯に切り替わった。
続いて22時52分、列車は青函トンネルに突入する。その瞬間を見ようと鉄が隣の先頭デッキに集まってきたが、
私は、もう疲れた。備え付けの浴衣に着替える余力もなく、熱き鉄達を尻目に早々に灯りを消して横になる。



PC141114.jpgPC141116 (2)

青函トンネルを抜け、夜中0時半を過ぎたところで列車は青森で運転停車。ここでは停車するだけで客扱いは行わない。
先頭デッキに相変わらず鉄が集まってるのでトイレついでに行ってみると、どうやら機関車が付け変わったようだ。
さっきまでは機関車から一番遠い席であったが、今度は機関車から一番近い席に。
また随分とダイナミックな場所をとってしまったものである。

北斗星の機関車といえばあの赤いEF81を連想させるのだが、既に退役し新型の機関車EF510が受け継いでいる。
でも未だにかつてのEF81牽引の印象が強いのは、子供の頃に散々鉄道図鑑を読みふけっていたせいだろう。
愛読していた図鑑のトップに、赤い機関車(EF81)が牽くブルートレインの姿が沢山掲載されていたのだ。

大人になった今、鉄道図鑑のトップを飾っていた憧れのブルートレインはほぼ全て消滅していた。
乗りたい!でも、どうあがこうと乗れない。それが、ただ悔しかった。
だからこそ、生涯一度だけとなりそうな、今。この瞬間を大事にしたいところであるが、
襲い来る疲れと眠気に耐え切れず、青森を過ぎたところで私は深い眠りについた………。




[2014/12/14]

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「おはようございます。時刻は只今6時25分を回りました。
昨日からの雪の影響で、北斗星号は只今25分遅れで運転致しております。大変申し訳御座いません」


壁の向こうからすぐ汽笛が聞こえる………。
仙台を過ぎてから間もなく室内灯に切り替わり、今日最初のアナウンスが入った。

うつらうつらしながら、寝台上段の端の隙間から窓を覗く。寝台列車から見る日の出は何時も格別だ。
どうやら東北も雪が降ったようで、行きでは雪じゃなかったところも降り積もったらしい。
青森から一度も目が覚めずに眠ってたみたいだが、体は依然としてヘロヘロの状態。
日の出を拝んだ後は、再び布団をかぶりそのまま横になった。




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午前9時半過ぎ、私はようやく長い眠りから覚めた。列車は既に大宮を過ぎている。
体が完全に疲れきってるのか、自分でもびっくりするぐらいぐっすり眠り込んでいた。
函館からの乗車時間12時間のうち、実に9時間も眠っていたのである。

「車掌さんのおかげで、楽しい旅ができました。昨日はありがとうございました~」
「仕事ついでだけど、もう北斗星に乗るのもこれっきりで最後だな!寂しいもんだ」
「やっぱり、寝台特急はいいですね。パッと行っちゃう飛行機じゃ味わえませんよ」


惜別漂う言葉が飛び交う中、北斗星は終着上野へ向かってひた走る。
今日は日曜なので、線路脇で撮り鉄が沢山カメラを向けている。
寝台から降り、通路沿いにある簡易席に座りながら私はその光景をぼんやりと眺めた。



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「今眺めている光景は、後二度と見ることができない」

そう考えると、疲れきっていた身体に不思議と力がみなぎってきた。
2015年3月を過ぎれば、定期の北斗星は完全消滅し二度と乗車できなくなるのだ。
外は何の変哲もない近郊都市だが、私はカメラで撮ることも忘れ、頭がすっからかんの状態で旅終わりの感傷に浸った。


一番前の簡易席に座ってボーっとしているうち、車掌から終点到着のアナウンスが入る。
極寒の地だけに色々あったが、お別れだらけの最北端鈍行旅もこれでおしまいだ。
多くの人々に見つめられる中、列車は上野駅構内にゆっくりと入線。
やがて、午前10時06分。北斗星は定刻から28分遅れて終点上野へ到着した。





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「うえのおぉーーーーーーー、うえのおぉーーーーーーー、終点、上野に到着です」


終着上野の13番線ホームは、休日の賑わいと喧騒に満ちている。
かつて上野駅の13番線は「東北の玄関口」と呼ばれ、一路北へ向かう長距離列車がひっきりなしに発着していたが、
その歴史と伝統も間もなく途絶えようとしている。北斗星とカシオペアを除く上野発の長距離列車は全て消滅したからだ。

上野の到着アナウンスは昔から語尾を伸ばしきるのが伝統であり、それは今も受け継がれているようだ。
一号車の一番前の席をとった利点をいかし、到着から一番乗りで列車を降りて先頭部に向かうが、
今日は日曜であり、眼をギラギラ光らせた鉄達が沢山待ち構えていた。


………最後の最後まで男臭い旅になっちまったぞ。



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ヘッドライト点灯状態、確保!

北斗星は今回が乗り納めなので、とりあえす列車のエンブレムや行き先幕など撮るべきものは撮っておく。
ここで撮った写真の一つ一つは、数十年後は鉄達にとって数少ない「遺産」になっているだろう。
そのくらいの価値のある列車が北斗星なのだ。

続いて列車の最後方へ回り、北斗星が車庫に向かうのを見送ることに。
それにしても、消滅までまだ数ヶ月以上あるのにすごい人が集まっている。
私の場合、北斗星は今回が最初で最後の乗車となったが、おかげで一生に残る旅になったぞ!



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「さらば、北斗星。憧れのブルートレインよ、永遠なれ。」


2015年3月13日をもって、寝台特急「北斗星」は27年の歴史に幕を閉じる。
本当はずっと走っていてほしいが、移り早い時代の波に北斗星も抗えなくなったのだ。
上野と故郷の札幌を結び、またブルトレ最後の血筋を担った北斗星の勇姿を、私はずっと忘れないであろう。



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今まで夢をありがとう、北斗星!!
27年間、お疲れ様でした!!



北斗星を見送った後、私は13番線ホームからいつもの常磐線のホームへ向かった。
常磐線のホームは9~12番線(2階)であり、旅情溢れる13番線(1階)の真上に位置している。
両ホームは何と三分足らずで行けてしまう!毎日乗る生活路線の真下に、私の憧れの世界はあったのである。

勝田行き中電の中は、何の変哲もない普段の日常の風景。
少し前まで、極寒の地にいたのがまるで信じられない。
どうやら東京にも本格的な寒波が到来したようだが、最北に比べりゃ何てことない寒さだ。
帰宅した後、私は何もする気力もなく、何時もの寝床に横になった。


帰宅した翌日、東北・北海道は年内屈指の大雪となり鉄道は全域に渡って運休状態となっていた。
はまなすや北斗星・トワイライトが区間運休し、函館本線の一部区間や名寄以北の宗谷本線も終日運休。
旅の決行日を少し後にずらしてれば、大雪に巻かれ未曾有の大失敗を喫していただろう。
それは、考えるだけでゾッとすることである。





・終幕
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「最北端鈍行旅計画、完全完遂」


自身も予想だにしない大成功をもって、今回の最北端鈍行旅は無事に終幕を迎えた。
往路復路の総距離約3000kmのうち、乗った列車は自宅最寄りから全て数えて32本
台風に巻き込まれながら60本近く乗った西日本横断旅ほど過酷ではないが(←今思うと超過酷!)、
その鬼畜ぶりは私の胸中にしっかりと刻み込まれた。最北端は何時かまた来訪したいと考えている。

極寒の最北の地は今にも凍えそうなところであったが、自身の血とシンクロするぬくもりが感じられた。
最北端もとい最四端到達の達成感に加え、今回の旅で一番心に残ったのは道民の人々の温かさだ。
元道民としての勘が働いたのかもしれないが、何事もなく温かく接してくれたことに本当に感謝している。

完。
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2015/01/15 | 極寒北国紀行


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