鈍行列車一人旅

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春の竜飛崎にて

「三陸縦断作戦 3日目 (竜飛崎~三厩~青森~新青森~東京)」

[2015/4/9]

東京から鈍行とバスをひたすら乗り継ぎ、三日かけて三陸国を縦断する鉄旅も"ようやく"終盤に差し掛かる。
どう考えても正気の沙汰ではないが(汗)、既に乗った列車・バスの数は20本を越えており、
今回の旅の鬼畜さを物語っている。体感的には、ほぼ数珠繋ぎに近い行程であった。


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津軽線の終着三厩から町営バスに揺られること30分、私は侘しい津軽の突端、竜飛崎へやってきた。
古来の三陸国の定義では、竜飛は場所的に最果ての地である。陸奥のさらに奥の最果ての岬。
昔はもっと侘しかったそうだが、現在竜飛崎はすっかり観光化されているという。

折り返しのバスが出るまで一時間強の時間があるので、これから竜飛崎の観光スポットを順々に探索していこう。



・竜飛崎
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これが、竜飛崎の全景である。

以前に訪れた岬の中でも竜飛崎は岬の一般イメージに限りなく近く、眺めは素晴らしい。
今日は至って天気が良く、津軽海峡の向こうに北海道の大地が見える。

画像左上に聳えるのが竜飛崎灯台で、真ん中らへんの駐車場に停まっているのが私が乗ってきた町営バスだ。
竜飛崎周辺にはそれぞれ観光スポットがあるが、何処も駐車場から徒歩数分で行くことが可能。
何処から行こうか迷うが、まずは駐車場すぐ横にある石碑を見に行くことにしよう。



・「津軽海峡冬景色」歌謡碑
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岬上の駐車場・バス停からすぐ先を進んだところにあるのが、立派な石碑が鎮座する展望スペースだ。
石碑には、何故か石川さゆりの名曲「津軽海峡冬景色」の歌詞が彫り込まれている。
"鉄"の間では言わずと知れた、青森のご当時ソングの一つだ。

………よく見ると、石碑の真ん中に何やら赤いボタンがある。
もちろん、事前に下調べしていた通りだ(汗)。

んで押してみると、これでもかと大音量で「津軽海峡冬景色」の2番が流れ始めた!
笑っちゃうほどの爆音だ。石川さゆりの歌声が、岬中に響き渡っている。




ということで、録ってみました!!石川さゆりのむせび泣く歌声を!

これが、やりたかった。現地での「津軽海峡冬景色」リアルレコーディング!
ブログ史上初の自前動画。普段動画は滅多に撮らないため、素人感満載。
古いコンデジで録ったため画質・音質が幾分悪いことをご容赦頂きたい。

今は閑散期で空いてるから長閑なものだが、繁忙期になるとこの地一帯は観光客でごった返すと聞く。
石碑にボタンなぞついてたならば、皆、興味本位で押すに決まってるのである。となれば、
繁忙期には、石川さゆりの歌声が幾度となく爆音で流れ続けていることだろう(笑)。



・階段国道339号線
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続いて向かったのは、石碑のすぐ近くにある「階段国道」。階段国道とは何なのかというと、その名の通り階段の国道である。
見ての通り階段そのものだが、正式に国が指定している国道の一つであり、道脇にはちゃんと"おにぎり"があった。
全国の幾多の国道の中でも、階段が国道として指定されているのはここだけだそうだ。

階段国道を降りていくと岬の麓まで行けるようだ。階段の段数は362段ある。
試しに端から端まで往復してみたが、片道およそ3~5分くらいかかるだろうか。


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元々この国道区間は"坂道"だったらしいが、
地元の名物希望の声もあってか、階段になっても国道指定を外れず現在に至っている。
階段の中腹には、かつてあったという竜飛中学校の跡地と思われる広いスペースが残っていた。



・竜飛崎灯台
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岬の先っぽへ至る階段を上ったところには、竜飛崎灯台がある。
灯台そのものはこじんまりとした姿で、あの銚子の犬吠埼灯台ほど大きくはない。
1932年に初点灯したこの灯台は、かれこれ80年近く津軽海峡を行き交う船を見守ってきたのだ。


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竜飛崎灯台の横をさらに奥へ進んでいくと、間もなく津軽海峡を360度一望できる展望スペースに行き着いた。
デカイ望遠レンズをつけたカメラマンが数人じっと構えているが、渡り鳥でも撮影するのだろうか。
私は、鳥の知識については全くの門外漢だが………。

快晴となる今日、津軽海峡の向こうには険しい北海道の山々が見える。
岬の先に据えられているのは軍事用レーダーだ。


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本州の最北端まで遥々やって来た、旅の旅情をひしひしと感じられる絶景である。
極寒の中で行ってしまった稚内の宗谷岬とはまた違う、奥行きと侘しさ。
最終目的地の情景を存分に刻みつけた後、私は復路のバスへ戻った。



・外ヶ浜町営 三厩地区循環バス [竜飛崎灯台~三厩駅前]
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意外とあっという間に時間が来てしまったので、急いで町営バスの元へ戻る。
復路のバスの乗客の面子は、往路と全く同じ。そりゃそうだろうが。

運賃たった100円の町営バスは、定刻になると終点三厩向けて発車した。
岬を降りる前に青函トンネル記念館の最寄バス停へ向かうが、
今日は閉館のため誰も乗ってこない。当たり前だ(汗)。


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車内は相変わらずガラガラだが、途中地元の人が数人乗っては降りていく。
この辺りで生活する人々の姿は、いかにも津軽の漁場の人といった出で立ちだ。
年輩の女の人は、皆頭に風呂敷を巻いている。

「わいー、めわぐだのぉ」「なんも、へばな!」「へばね!」

地元の人通しの会話に耳を立ててみるが、生粋の津軽弁で何を言ってるのかさっぱりわからない。
東北訛りはあまりにも根深く、特に濁音言葉が多い印象を受けた。
寒く口数が少なくなると必然的に濁音になってしまうのか。


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竜飛から30分強の道のりを経て、再び三厩駅へ戻ってきた。
蟹田以北の津軽線はあまりにも寂しく、1日5本の鈍行がやってくるのみ。
かつて学生や行商人を大勢乗せて走っていたのであろう、津軽線の往時の片鱗は、
この時刻表を見る限り果てしなく消えかけている。これが、海峡線から取り残された結果なのだ。


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「プァーーーン!」

手書きの白線が引かれた素朴なホームで一人立って待っていると、遠くから年季の入った警笛が聞こえてきた。
折り返しの「三厩発青森行き鈍行」だ。カーブの縁からヌッと現れると、
ゆっくりと近づいてきて、間もなくホームへ入線する。



・津軽線 [三厩~青森]
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蟹田以北の津軽線は非電化であり、蟹田を境に運行系統が分かれていることは前回でも述べたが、
この系統の境を無視して全線を走りきる鈍行が、往路復路ともに一日一本だけ存在する。
それが、今から私が乗らんとする15時19分発の青森行き鈍行である。

車両はもちろん、単行の国鉄気動車。何も改造されてない素のままのキハ40である。
合理化著しい現代において、昔ながらの国鉄風情を色濃く残した姿だ。

やはりといっていいか、乗客は往路の鈍行とほぼ同じ面子。もちろん、私も含めて野郎のみである(笑)。
侘しいだけの土地に、華やかなピチピチギャルはまず来ない。物好きな男が集うのみだ。ハッハッハー!
そうしてこうして侘しさ(=寂しさ)に駆られていると、一日一本の津軽線全線通し鈍行は三厩を発車した。


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起点から一駅の津軽浜名で、学生が大勢乗り込んでくる。生粋の津軽の学生達だ。
海を離れ山中の峠を越えると、列車はずっと惰性を維持してノロノロ山道を進んで行く。
やがて津軽海峡線の線路と合流し、再び海沿いに出ると海峡線と接続する蟹田へ到着する。

往路は蟹田で一旦乗り換えたが、今乗ってる復路の鈍行は有難いことに青森まで直行で行ってくれる。
当列車は青森の車庫を拠点とした送り込み運用であり、蟹田~青森もついでに客を乗せているのだ。


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「ねえコレ、ゲームなんだけど知ってるぅ?面白いからやりなよー。
ボンバーマンってゆうんだけどー………」


ボンバーマン!まさか津軽まで来て、ボンバーマンにハマる女子学生を見かけるとは思わなかったぞ(笑)。
蟹田で津軽の学生達は皆降りていってしまった。蟹田を出てからは少しの間だけ海沿いを進む。
郷沢で特急待ちのため10分停車。長大貨物を尻目に単行気動車は勇猛果敢にひた走る。


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16時55分、津軽線の全線通し鈍行は少し遅れて終点の青森へ到着した。
青森からは本格的な帰路となるが、その前にちょっくら青森駅前で飯にあり付こう。


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何を食べようか色々迷ったが、結果的に駅前すぐの地元食堂「おさない」でホタテの定食にありついた。
ホタテの刺身、塩辛、バター焼きを一気に味わう。青森といえば魚介だが、特にホタテは絶品らしい。
身がプリプリしていて普段東京で食べるものとは断然違う。今回のお土産はホタテに決定だ!


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青森駅前から徒歩数分のところには、かつて運行されていた青函連絡船の姿があった。
朽ち果てた可動橋のレールと役目を終えた船舶は、現在は観光資源として粛々と消化されるのみである。

遥か昔のことになるだろうが、例えば上野発の夜行列車(「ゆうづる」とか)に乗って早朝やって来た人達が、
ここ青森から青函連絡船に乗って、先ほど訪れた竜飛岬を遠くに眺めていたのかと思うと、
何だかこみ上げてくるものがあった。古き良き、時代を感じた。

近年の鉄道衰退に歯止めがかからないのは確かだが、私はやはり全盛期の鉄道交通に憧れを抱いている。
こうして昔の遺構に縋りつき、一人想いを馳せてみるのも良いのではないだろうか。
乗ったこともない青函連絡船の遺構を眺めた後、私は青森駅へ戻った。



・スーパー白鳥34号 [青森~新青森]
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行きは全て鈍行とバスだったが、帰りは新幹線で一気に東京へ向かう。
東北新幹線の始発は青森ではなく、一駅隣の新青森だ。
新青森へ行くには奥羽本線を使えばいいが、青森〜新青森間に限っては特例があり、
特急券なしで特急の自由席に乗ることができるので、有り難く利用させて頂こう。

これから乗車するのは、特急「スーパー白鳥34号」だ。
特急白鳥は、新青森で効率よく接続する東北新幹線と号数を合わせているらしい。
次に乗る新幹線が「はやぶさ34号」なので、今回は"34"のコンビで東京へ向かうことになる。


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青森から僅か5分で、東北新幹線の起点となる新青森へ到着。
駅構内のお土産屋でホタテを買った後、券売機で指定席券を買い新幹線のホームへ。
本州最北の地とも、これでお別れだ。例によって鈍行三昧の旅となったが、楽しかったぞ。

「東京へ、帰ろう!!」



・はやぶさ34号 [新青森~東京]
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新幹線・在来線全てを含めれば"日本最長路線"として知られる、東北新幹線に今回初めて乗車となる。
18時24分発の「はやぶさ34号」は、定期の上り便の中で最も停車駅の少ない最速便であった。
この列車は新青森を発車すると、何と「盛岡・仙台・大宮・東京」の4駅にしか停まらないのである!

時刻表を見る限り全線通しの上りでこれほど停車駅の少ない便は、現時点ではやぶさ34号を除いて他に一本もない。
「何故この便だけ上野に停車しないのだろう?」と疑問に残ったが、縁起がいいのでこいつに乗って帰ろうではないか。
この列車は、起点の新青森から終点の東京までの674.9 kmを2時間59分かけて走り抜く。鈍行では半日以上かかる距離だ。


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一日一本の最速はやぶさは、定刻通り新青森を発車する。盛岡まではトンネルが多く電波も届かない。
起点の新青森からはガラガラだったが、仙台でドッと乗客が増えた。

夜間の新幹線は正に暗闇の中を疾走する感じで、車窓も真っ暗な中を街灯が超高速で流れていくのみ。
その様相は、さながら銀河特急だ。普段鈍行ばかり乗ってる自分としては、
超低空で空を飛んでるような錯覚さえ受ける。


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上越・長野・北陸新幹線と交わったところで、列車は21時ちょうどに大宮へ到着する。
さっきは本州最北にいたのに、あっという間に東京へ戻ってきてしまった。
やはり長距離旅行の帰路は寝台特急に乗りたいものだが、東北の定期の寝台特急は既に全廃しており、
現状では新幹線に頼る以外にない。というか、定期の寝台特急が復活する可能性は限りなくゼロである。

乗車してから既に2時間半経過しているが、尻はそこまで痛くならない。
座席上部には可動式の枕がついており、快適性は申し分ない。
さすが、そこは天下の新幹線なだけある。




並行する在来線を尻目に、はやぶさは大東京向けてひた走る。
大宮からは速度を落として進み、日暮里に差し掛かるあたりで地下の中へ。
上野を通過すると再び地上へ出た。電脳都市秋葉原を過ぎれば、終点の東京は眼と鼻の先だ。

終点到着のアナウンスが流れると列車は速度を落とし、地上ホームへ入線。
やがて21時23分、はやぶさ34号は定刻から寸分狂わず終点の東京へ到着した。



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「東京、帰還!!」

ああ、帰ってきてしまったぞー、大東京。列車から降りると、辺りは超高層ビル郡の中だ。
対向ホームから発していくのは、東海道新幹線。今日中に東京から発する「のぞみ」の最終便である。
結果的に今回も、新幹線のお世話になってしまった。やはり、独り身では時代の流れに抗えないのかもしれない。

名残惜しいが、明日は仕事だ。帰ってきてしまった切なさに浸っている場合ではない。
はやぶさに別れを告げた後、今年開業したばかりの上野東京ラインを利用して帰路へ着く。
品川からやってきた常磐線直通の取手行き快速電車は、何時もと何も変わらぬ日常の風景であった………。


・旅の総費用:27990円(18切符3日分+三セク/バス運賃+新幹線運賃+指定席券)
・乗った乗物の数:鈍行16本+快速2本+新幹線1本+BRT2本+バス7本
・総所要時間/総距離:2泊3日/約1760km


数珠繋ぎに等しかった今回の鈍行旅。列車とバスと含み、乗った乗物の数は全て合わせて28本!
計画通りの本州最北到達の喜びとともに、今回の旅の中で一番印象に残ったのは、侘しさ漂う三陸国の景色だ。
「陸前→陸中→陸奥」と順々に辿っていったわけだが、長閑な景色の移り変わりが見応えあった上に、
地名の移り変わりに手堅い旅情を感じたのだった。特に駅名に「陸奥」の名が現れたときは、
正に「最果てまで来た!」という実感を持てたぞ。

次回の長距離旅行も迷いなく鈍行一徹でやるつもりだが、次の青春18の期間までしばしお預けだ。
やや渋味多めの内容になってしまったが、本稿をもって三陸縦断作戦は終幕とする。
(完結)
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2015/05/18 | 三陸縦断作戦


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