鈍行列車一人旅

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三陸リアス海岸を行く

「三陸縦断作戦 2日目 (気仙沼~盛~釜石~岩手船越~宮古)」

[2015/4/8]

早朝6時半、私は真新しい気仙沼のビジネスホテルで起床した。
念のため二つセットしておいた自前の目覚ましに叩き起こされ、至上の朝を迎える。
早々に身支度を済ませ、チェックアウトし宿を出る。天気は雲が多いが、後に晴れそうな様子だ。

7時36分発の大船渡線の盛行きBRTに乗るため、足早に路上を歩き気仙沼駅へと向かった。


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ここ気仙沼は鉄道(大船渡線)とBRTが乗り入れており、鉄路とBRT専用道が並ぶ不思議な光景を見ることができる。
今通過していったのは、内陸側から来た大船渡線の鈍行だ。同線は気仙沼まで鉄路が生きているのである。
しかしこれから私が乗車するのは、気仙沼から先の鉄路断絶区間なのだ。

発車10分前に気仙沼駅へ到達。駅構内で待っているほとんどの乗客は年輩の古老である。
間もなく盛行きのBRTがやって来たので、意気揚々と一人乗り場へ向かう。
本州最北端終着駅、大湊までおよそ12時間の道のりだ。


(めっちゃ寝不足だけど)本州最北へ、いざ行かん!



・大船渡線 (BRT) [気仙沼~盛]
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地元有力者のわがままによって線路がぐにゃぐにゃ曲がってしまった大船渡線は、「ドラゴンレール」の愛称で知られる。
内陸側の起点一ノ関から気仙沼までは鉄路が生きているが、気仙沼から先の三陸縦貫線区間は現状BRTでの運行となる。
昨日乗った気仙沼線のBRT区間と同様、鉄路全線復旧の見通しは未だ立っていない。

BRTは「バス・ラピッド・トランジット」の略で、バス車両を基盤に高速輸送を行う新交通システムの一種である。
海外では多くの都市(特にラテンアメリカ)で本格導入されているが、日本での導入事例は極めて少ない。
車両は一般的な路線バス形だが、BRTと分かるように車両前面には専用のステッカーが貼られている。

7時36分、盛行きのBRTが定刻通り発車した。気仙沼から盛までは一時間半かかる。
復興進む気仙沼の市街地を抜けると、BRTは一般道へ出た。この区間は専用道よりも一般道の比率が高いという。
登り勾配をエンジンを唸らせて登りきり、長い長いトンネルを抜けると湾岸沿いに県境(宮城~岩手)を抜け、岩手の地へ入る。


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上り坂と下り坂を繰り返しながら進むと、右手に眺望の良い風景が広がる。三陸リアス海岸のお出ましだ。
道中には「過去の津波浸水区間ここまで」と書かれた標識を何度も見かけた。
そしてその標識がある地点は、想像以上に高い場所であった。


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気仙川を渡り土砂が整然と並ぶ更地へ入ると、「奇跡の一本松」駅へ到着する。
車窓からは確認できなかったが、この近くには津波に唯一流されなかった松の木があるのだという。
辺りは、土砂を運ぶためのベルトコンベア群が立ち並ぶ。この辺りの土地を効率よく嵩上げするための施設である。


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かつては市街地だったのであろうその土地は、今は何もない。全て津波に流されてしまったのだ。
僅かな地元住民が長閑に話している中、私は後方の座席で一人呆然としてその光景を見た。
普段TVで報道されるものとは明らかに違う現状に、厳しい現実を感じる。

土砂の仮置き場地帯を過ぎ山麓の集落へ差し掛かると、BRTは陸前高田へ到着。ここで乗客が数人乗り込んでくる。
一旦元来た山道を戻り、BRTは別の道を進行。高田高校前で、地元の学生達がドッと降りていった。
再び山の中へ入ると、嘘みたいに急な上り坂と下り坂を繰り返して山を越える。


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起点の気仙沼すぐ側からずーっと一般道を進んできたが、小友手前でBRTはようやく専用道に突入する。
震災前は鉄道が通っていた古い隧道を抜け、門ノ浜湾すぐ側の崖っぷちを突き進む。
やがて細浦を過ぎると、BRTは海岸線真っ只中に敷かれた専用道を延々とひた走っていく。

この区間(細浦~下船渡)の車窓はなかなか見ものであり、大船渡線BRT最大のハイライトといえるだろう。
湾内へ入っていくと大船渡手前でBRTは市街地へ入り、間もなく終点の盛へ到着となった。


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盛も気仙沼と同じく鉄路とBRTの専用道が同時に並んでいて、ここでしか見られない独特の光景を呈している。
計3つの乗り場があり、1・2番線には大船渡線のBRTが、3番線には三陸鉄道の列車が発着するようだ。
ホーム奥には三陸鉄道の車両基地があり、観光イベント用列車の姿もあった。

盛からは、ようやく三陸鉄道である。東京から鈍行で来たかいがあったってもんだ!
誰もいない鉄道・BRT共用ホームで、私は9時13分発の釜石行き鈍行を待った。



・三陸鉄道 南リアス線 [盛~釜石]
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三陸鉄道は北リアス線と南リアス線の二路線に分かれているが、これから乗るのは南リアス線だ。
この路線は元々、国鉄盛線として1970年に一部区間が開業したのが全ての大元である。
一部区間開業後も着々と工事が進行し最終的に全通するはずの盛線であったが、
1980年に制定された国鉄再建法により、同線は廃止の対象に指定され延伸工事を中止してしまう。

しかし後すぐに、廃止される運命だった盛線は第三セクターの三陸鉄道が引き継ぐこととなった。
延伸工事も三陸鉄道が引き継ぎ、やがて1984年、三セク転換と同時に盛線もとい南リアス線は全通する。
全通すると同時に三セク転換された珍しい路線であり、また日本の第三セクターとして最も歴史の古い路線なのだ。


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今回乗車する車両は、三鉄の中で最も新しい36-700形。クウェートからの支援によって導入が実現した新型車だ。
この新型車に乗り込んで何より驚いたのは、ボックスシートの一つ一つに立派なテーブルが設けられていたことだ。
一見ありふれたワンマン気動車だが、中身はちゃっかり豪華絢爛。テーブル付は鈍行旅行者には有り難い!




9時13分、南リアス線の釜石行き鈍行は定刻通り発車した。大船渡の街を出ると、列車はさっそく長大トンネルに入る。
盛からしばらくは深い山の中。南リアス線の線路が敷かれてるところは、正に三陸リアス地帯真っ只中である。
綾里(りょうり)という雅な名の駅を過ぎると、トンネルとトンネルの間にリアス海岸が見え始めた。


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「恋し浜」というカップル歓喜の駅で、二分停車となる。ここは随分と眺望の良い駅だ。
この駅は元々ここ一帯の地名である「小石浜」という名を与えられていたようだが、
数年前に地元のホタテブランドに因んで「恋し浜」へ変更したらしい。

鉄男一人がこの駅に降り立つのは、何だか目に見えない精神的苦痛を感じたりもするのだが(アーイタタタタ!)、
状況的に恐らく観光目的を考慮しての停車だと思われるので、ネタ収集のために有り難く探索させて頂こうか!


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恋し浜の駅名標には、駅開業当時に地元民が詠った短歌がフィーチャーされている。
あともう一つ気になったのが、駅待合室に掲出されている「鉄道ダンシ」の支援広告だ。
「鉄道むすめ」は既に銚子電鉄乗ったときに知り得ているのだが、どうやら男版もあったらしい。

これは(二次元寄りの)女性客は歓喜なんじゃないか?そんなことないか??(笑)
俺は、どっちも見事に似てないな。仮に三次元でイケメンの「鉄」がいるのなら、その顔を是非見てみたいものだ。


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恋し浜から列車はギザギザしたリアス海岸の根元に沿って進むが、半分以上がトンネルの中だ。
震災以降新たに敷かれた線路は、三鉄の象徴たる風景として観光パンフレットなどでもよく取り上げられている。
こうして実際に現場を眼にするのと写真でみるのとでは、やはり得る実感というかリアリティが大きく違うなと思う。


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三陸でも列車交換で二分停車。終点が近くに迫ってきても、眺望の良いところを抜けていく。
絶景区間で徐行しているのは気のせいだろうか。まさかそんなことはないと思うが。
長大トンネルを何度も抜けるうちに、天気がうっすらとだが回復してきた。

幾多の湾岸を突き抜けやがて釜石の市街へ入ると、列車はダイナミックなトラス橋を渡っていく。


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10時05分、南リアス線の鈍行は定刻通り終点の釜石へ到着する。
盛からの乗客は2人のみであった。全線運賃1080円を支払い、そそくさと列車を降り改札へ向かう。

「乗り換えですか~!?」
「あっすいません、バスなので大丈夫です!」


間もなく発車するらしい釜石線の鈍行へ乗り継ぐ客だと思われたのか、わざわざ声をかけてくれた。
そして改札へ辿り着くと、駅員の人がわざわざ一人一人お辞儀して出迎えてくれたのである。
さすが、三陸鉄道だ!温かさの度合が、他の大手鉄道会社とは明らかに違うぞ!

釜石は「SL銀河」の終着駅なので、SLに乗りに来るときにまた来るだろう(数年後になりそうだが………)。
改札前に設けられた鉄道模型群と巨大なジオラマに、三陸鉄道の大いなる熱意を感じた。


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釜石は内陸側から通じている釜石線と南リアス線が乗り入れており、駅舎はそれぞれ独立して建っている。
駅前には「鉄のモニュメント」と称した記念碑(画像右)があった。一瞬、我々「鉄」のモニュメントかと思ったが(笑)、
ここの鉄は、紛れもなく製鉄の方の「鉄」である。釜石は日本最古の製鉄所を有する町なのだ。
ちなみに、その日本最古の製鉄所(新日鐵住金釜石製鐵所)は駅前すぐのところにある。

釜石からは鉄道どころかBRTすらも無い不通区間となり、地元の路線バスを二本乗り継いで進んで行くことになる。
まずは、岩手県交通の長距離バスに乗らなければならない。

駅前道路沿いのバス停で、私は10時36分発の道の駅やまだ行きバスを待った。



・岩手県交通 釜石船越線 [釜石駅前~船越駅前]
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岩手県交通「釜石船越線」は始発の上大畑から釜石駅を経由し、船越駅付近にある道の駅やまだまでを結んでいる。
この長距離バス路線は元々「浪板線」という路線で、上大畑から山田線の浪坂海岸駅前までを結んでいたが、
震災後は鉄道代替として機能することとなり、運行区間が浪坂から道の駅やまだまで延長された。
名も新たに「釜石船越線」と改められ、道の駅やまだから宮古へ向かう岩手県北バス「宮古船越線」とともに、
山田線不通区間(釜石~宮古)を突破するための唯一ルートを形成している。

ちなみにJRの代行バスが用意されてないのは、運行するべき区間に既に地元の路線バスが走ってたからであり、
めんどくさいから走らせな~いというJR側の怠慢ではない。JRはあくまで地元会社と強調する姿勢をとっているのだ。
個人的にはJRの代行バスよりも、古き良き地元の路線バスの方が味があって好きだ。利益も地元会社に回るから尚更良し。

道の駅やまだ行きバスは、定刻から数分遅れてやって来た。車両は東京人にとって懐かしのツーステップ車だ。
運賃は650円。車内の座席は満席ギリギリで埋まりきっている。需要は結構あるようだ。


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バスは発車して間もなく国道45号に入り、全長1350mに及ぶ鳥谷坂トンネルを抜ける。
トンネルを抜けると、水海海岸先で海が間近に現れる。両石湾だ。
海面が絵に描いたように青く澄み渡っているのが印象的だ。


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不通状態の山田線の線路と交差し、山々の間を抜けると土砂が積まれた更地に入った。
道中は山田線の線路と並行する場所が多いが、その多くの箇所で線路や橋桁が消失してしまっている。
錆びれた線路が露骨に途絶えているのを見るのは「鉄」には痛々しいかもしれんが、これが被災路線の現状なのだ。

釜石から車内は八割方埋まっていたが、鵜住居少し先のマスト前で乗客がガラッと入れ替わる。
見た感じ恐らく、ここは復興拠点なのだろう。大きなスーパーの駐車場内に直結してバス停が設置されていた。


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マスト前を発し大槌町を過ぎると、バスは再び深い山の中へ入る。
この路線のかつての終点だった浪坂からは高度が著しく上がり、崖っぷちの横をひた走っていく。

右の地形図を見れば容易にわかってもらえると思うのだが、この区間、陸側と海側の間に平板な土地が一切存在しない。
陸が海へ突き刺さるところ真っ只中に道路が敷かれており、勾配も非常に激しい。
ちょっとしたスリルすら感じられる(若干酔ったけど………)。


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リアスの険しい海岸線沿いを抜けると、バスは終点一つ手間の船越駅前へ到着した。
次乗る岩手県北のバスは船越駅前が始発なので、ここで降りても乗り継ぎは可能である。
サイト上では道の駅やまだで乗り継ぐことが推奨されているが、「鉄」を名乗るならここで降りたいところだ。

何せ、船越駅もとい岩手船越駅は「本州最東端の駅」なのだから!
駅自体はバス停から徒歩で30秒程のところにあるので、探索は容易である。
岩手県北のバスが来るまでの空き時間(約20分)を使って、ちょっくら見に行ってみよう。



・岩手船越駅
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「これが、本州最東端の駅である」

………と言ってもなかなか実感が湧かないところであるが(苦笑)、ここ岩手船越は鉄道駅として本州最東端に位置している。
こじんまりとした駅舎はベニヤ板で厳重に封鎖されており、当然の如く駅ホームにも入ることは出来ない。
ホーム上には、お目当ての本州最東端駅であることを示す看板(画像右)があった。


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脇からホームを観察してみる。この駅は幸い津波の被害を受けなかったらしく、線路は綺麗なままで現存していた。
手前にある雑草が生い茂った線路は、かつて行われていた郵便輸送のためのものだという。
本州最東端駅の威厳を保持するためにも、鉄路が早期に復活してほしいと思う。

探索後、バス停に戻って待っていると、道路の向こうから岩手県北の宮古行きバスがやって来た。



・岩手県北バス 宮古船越線 [船越駅前~宮古駅前]
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岩手県北バス「宮古船越線」は、起点となる船越駅前から約一時間かけて終点の宮古駅前へ向かう。
この区間は通称「106急行」という、盛岡を始発終点とする急行バスも直行でやって来るのだが、
これから乗るのは純然たる宮古行きだ。船越~宮古の全線通しで乗る場合、運賃は830円かかる。

今回乗る岩手県北のバス車両は、何と高速バスであった。しかもトイレ付だ。これはすごい!
先ほど乗車した岩手県交通の長距離バスと比べると、設備の充実度は一目瞭然である。
個人的には岩手県交通の古参バスの方が、質素で味があってよかったけど(苦笑)。


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本州最北端駅の岩手船越駅前を発車すると、バスは山田の湾岸に沿って走り市街の中へ。
ここは、奥ゆかしいリアス海岸の風景が展開する最後の区間だったりする。
宮古から先、三陸海岸は段丘に変わりリアスではなくなるのだ。

山田の市街に入ると、バス停間の距離は短くなる。乗降客も多く、発車しては停車するを延々と繰り返す。
市街を出ると、バスは深い山の中へ突入。しばらく進むと、道脇に仮設診療所があった。
診療所を過ぎたところで道は険しい上り坂に差し掛かり、エンジンをガンガンに唸らして峠を越える。


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峠を越えると道は内陸側に入り、山田線と並走しながら進む。石峠を出ると山に挟まれたところをひた走り、津軽石新町へ。
ここは津軽地方じゃないのに「津軽」が付くのが不思議だ。津軽石からすぐ先で、バスは宮古湾沿いに出る。
湾岸沿いを進むと宮古の市街の中へ。商業高校前で地元学生が一斉に降車し、車内は一気にガラガラになった。



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宮古、到達!

12時49分、岩手県北のバスはほぼ定刻通り終点の宮古駅前へ到着した。
全線運賃を支払いバスを降りる。天気の回復は上々で、晴れ間が少しずつ出てきた。
このまま天候が良くなれば、大湊手前の車窓で展開する夕暮れの陸奥湾の絶景を拝めるかもしれない。


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3.11による震災不通区間は宮古までだ。ここから先は、鉄路が断絶することなく続いている。
もう少し晴れてくれれば旅は大成功を迎えるのだが、あとは運を天に任せるしかあるまい。
それに、残る三陸縦貫線の鉄路も馬鹿にならないだろう。

………旅のピークが、少しずつ近づいてきているようだ。車窓は、東京から離れるたび徐々に寂れてきた気がする。
寂れるほど熱くなれるのは、「マイナー&ローカル」を愛す者だけの特権である。
本州最北の地は、一体どんな最果て妙味を見せ付けてくれるのか?実に楽しみだ。


残る道のりは約240km!険しい北三陸の鉄路を制覇し、次回遂に本州最北端終着駅の大湊へ到達する!

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2015/05/01 | 三陸縦断作戦


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