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キューロク館とエアー機関車

「真岡汽車旅 2/2 (茂木~真岡~下館~取手)」

[2015/2/14]

バレンタインにして油と蒸気一色の今回の汽車旅は、至って平和で順調な道のりを辿る。
関鉄常総線で茨城を北上し、下館から真岡のSLに乗って栃木最東端の茂木までやって来た。
復路は鈍行で真岡まで行き、駅前の車両保存施設を一通り観光してから再びSLに乗って帰路へ着こうと思う。


・真岡鐵道真岡線 [茂木~真岡]
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往路のSL到着から40分後、12時41分発の下館行き鈍行がやって来た。
真岡鉄道の鈍行は単行気動車で運行されており、日中はほぼ一時間毎に走っている。
鈍行で使われる車両は全てこのモオカ14形で、派手な塗装から地元では「スイカ」と呼ばれ親しまれているそうだ。

この車両の座席はロングシートとクロスシートのどちらかを装備しているらしいが、
今来た車両は残念ながらロングシート。実際この路線は、短距離利用の学生がほとんどだからこれで十分なのだろう。
単行のオールロングシートなんて既に乗り慣れてるから、別に驚きも落胆もしない。
ただこれが6~8時間の長距離鈍行に使われるというのなら、話はまた別だが。




茂木から元来た道を戻り、観光拠点の真岡へ向かう。約40分の道のりである。
真岡鉄道の車窓は北関東の平坦な土地がほぼ八割方を占め、長閑そのものである。
下館行きの単行気動車は至って軽快な走りで、途中気持ちよくなって少し眠り込んでしまう。


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眠りから覚めるとちょうど真岡に到着していて、慌てて下車した。
ちなみに真岡は「もおか」と読むが、私は最近までずーっと「まおか」だと思っていたぞ。

ここ真岡は真岡鉄道の本拠地であり、駅脇には車両基地があるしSLの車庫もある。
さらに駅前すぐに併設されているキューロク館では、貨車や国鉄気動車の展示などに加え、
エアーで動く蒸気機関車も見ることが出来るらしい。ということで、さっそく駅前のキューロク館へ向かおう!



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真岡駅の駅舎はSLを模した巨大な建物となっており、「関東の駅百選」にも選ばれている。
地方ローカルにしてはあまりにも巨大な駅舎で、なかなかの存在感があって良い。
間もなくエアー機関車の走行実演が行われるというので、スタンバイすることに。
先ほどのSLもおか号ほどではないが、人がちらちらと集まってきた。

果たして、エアー機関車とはどんなものなのか!?



・キューロク館
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観光施設キューロク館も、真岡駅の駅舎と同じでSLを模したつくりになっている。
中からヘッドライトを照らしているのが、キューロク館の名物であり「主」である蒸気機関車だ。
やがて準備が完了すると、汽笛一声!僅かばかりの白煙を上げながら、エアー駆動の機関車はゆっくりと動き出した。



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来た来た来た………!


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キターーーーーーーーーッ!!

大正生まれの釜のお出ましだ。
9600形!大正2年に登場した、日本初の純国産形蒸気機関車である。愛称は「キューロク」
大正2年に導入されたこの機関車の総製造数は828両に及び、あのD51(1115両)に次ぐ製造両数を誇っている。

日本初の蒸気機関車(860形)が誕生したのは明治27年のことで、それまで国鉄は外国からの輸入機関車を使っていた。
続いて20世紀に突入して間もない頃(明治35年)に、日本で初めて蒸気機関車の量産が行われる。
しかしこのとき量産された機関車(230形)はイギリス製が元になっており、
完全なる国産オリジナルというわけではなかった。

時代は大正に移り変わり、技術的自信を磐石なものとした国鉄はようやく国内設計の蒸気機関車を導入することとなった。
このとき、国内の事情に合わせて設計され本格的に量産されるまでに至った二つの形式。それが9600形と8620形だ。
9600形は貨物用として、8620形は旅客用として、国内設計で初めて量産された蒸気機関車となったのである。





図太いボイラーの割に動輪が小さいのが、キューロク一番の特徴だ。
この昔の解説映像では、現役時代のキューロクの力走を見ることが出来るので是非見てほしい。
米坂線や宮津線を初めとして、キューロクは戦後になると急勾配かつ路盤の弱い路線で使われていたという。

ちなみにキューロクが最後まで残っていたのは北海道のローカル地区で、国鉄最後のSL運用もこの機関車が牽引している。
古くは大正から昭和の定期SLの終焉まで、国産SLが誕生してから消滅するまで9600はずーっと働いた。
なので、キューロクは国産の蒸気機関車として最長命の形式である。


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エアーもとい圧縮空気で動き始めた真岡のキューロクは、全長僅か60m程の展示線を往復し始めた。
機関車のみで二往復した後、さらには展示線末端にある車掌車も連結して三往復、四往復する。
車掌室には乗車も出来る(乗車料300円)らしく、子供連れが続々と乗り込んだ。


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私的には生きた蒸気が動くだけでも楽しいが、子供には何が楽しいのかわからないらしい。
虎視眈々とカメラで撮り続ける我々「鉄」を尻目に、早くも飽き始めている。
良識ある大人達の前で「つまんなーい」とか言う子供達は本当に純真だ。

確かに展示線を往復するだけでは如何せん地味であるが、これはスゴイことなんだぞ!
大正生まれで百歳に達しようとしてるご老体が、身体に鞭打って圧縮空気で動いてるっていうのに。



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結果的に展示線を四往復した後、キューロクのエアー駆動実演は終了した。
HP上では二往復とあったから、残りの二往復はサービスでやってくれたのかも。
すごい地味ではあったけど、個人的にはなかなか見応えあったな。何せ、大正の釜だし!



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復路のSL列車が来るまで少し時間があるので、それまでキューロク館で展示されている車両を観察してみよう。
キューロク館横には、かつて真岡線で使われていた気動車とディーゼル機関車が展示されている。
大昔の地方ローカルの象徴であったキハ20と、ローカル地区の機関車を代表するDE10

キハ20といえば、ここ真岡から約40kmほど東のところにあるひたちなか海浜鉄道で走っている(土日のみ)。
ひたちなか海浜鉄道は「ときわ路パス」のフリー区間に含まれていて、以前乗りに行ったことがあるのだが、
嘘みたいに古ぼけたエンジン音は本当にびっくらこいた。特にキハ2000は床が板張りなのでおすすめだ。


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キューロク館内で9600と一緒に展示されているのは、かつて急行ニセコの客車として使われていた旧型客車スハフ44
これを復活させてキューロクとともに本線上を走らせれば、凄いことになりそうだが………。
あの大○川鉄道にも負けない、旧時代蒸気王国の誕生である。

旧型客車脇の憩いのスペースには、すっかり読み込まれてクタクタになったレイルマガジンが置いてあった。
雑誌トップの叩きに「さらば、日本海・きたぐに」とあるから、結構前のやつなのだろう。
何から何まで、ホントに鉄道づくしなんだな、ここは(笑)。


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キューロク館前に「デン!」と大きく掲げられている、真岡鉄道のSL保存車の紹介看板。
定期運用はC12とC11だけで十分だし9600が本線上を走ることはなさそうだが、
何時か客車を引いて本線を走る姿も見てみたいものだ。

圧縮空気で動態保存するのは、将来的に蒸気復活させるための仮措置だと何処かで聞いたことがある。
だとしたら、キューロクは近い未来にSLもおか号として真岡線を走るのだろうか?
今後の真岡鉄道に期待したいところである。

キューロク館を一通り探索した後、私は真岡駅ホームで復路のSLが来るのを待った。



・SLもおか [真岡~下館]
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復路のもおか号は、往路ほどではないが到着寸前になってそこそこ乗客が集まってきた。
傾きかけた陽を浴びるC11の姿は、何処となく哀愁が漂っている。

真岡のC11は只見線陸羽西線磐越東線など、出張運転で色んな路線に出向いているから顔つきは立派である。
現役の蒸気の中でも、こいつは一番忙しい奴かもしれない。C11はどんな路線もこなす万能の名機なのだ。
ごった返す中で機関車を撮影した後、私は列車最後尾の客車に乗り込んだ。


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真岡鉄道がもおか号で使っている客車は、国鉄50系だ。
1977年に導入された形式で、主に地方線区の通勤・通学用に製造された車両である。
今は旧客を髣髴とさせる茶色に塗られているが、かつては赤色一色で「レッドトレイン」とも呼ばれていた。

50系は通勤・通学需要のために車端部付近がロングシートになっているが、他は全てボックスシートである。
座席モケットこそ緑色に取り替えられているのだが、他は特に弄った形跡はない
荷棚下に素朴なイチゴの飾りつけがついてるのが地方ローカルらしい。


………イチゴの飾りつけを見て今日がバレンタインだったことを初めて思い出した。


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威勢よく汽笛を鳴らした後、もおか号は下館向けて出発する。
久下田を境に列車は茨城県内に入り、住宅や工場の間を抜けていく。

SLが不調であるときを除いて、もおか号は最後尾に補機(DL)をつけず単機で運転するらしい。
小型機関車が客車3両を独力で引っ張ってるから、ドラフト音も他のSLより「らしく」鳴り響いている。
加えて真岡線は非電化で架線がないので、大昔の地方ローカルの体裁(小型機関車+非電化)に限りなく近いといえよう。



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やがて真岡から約30分で、復路のもおか号は終着の下館に到着となった。

真岡のSLは年々右肩上がりで人気が上がっているらしく、今日も観光客や撮り鉄や極小数の乗り鉄達で賑わった。
SLブーム再来が期待され、また観光資源としての価値も高まっている蒸気が私はやっぱり好きなんだと思う。
あと関東圏で乗ってないSLは、JR東日本高崎支社のデゴイチだけだ。

関東だけでなく最終的には全国のSL列車乗車を目指して、これからも頑張っていこう!
真岡のSLに別れを告げ、私は十分後に出発する常総線の乗り場へ向かった。



・関東鉄道常総線 [下館~取手]
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日が暮れる中、常総の単行気動車が発車を待っている。
車両はキハ5000形。見た目はほぼ同じだが往路で乗った2300形とはまた違う。
2009年に導入された新型車で、塗装も従来のものと塗り分けが異なっているのが興味深い。

ただ個人的には、昔のベージュ地にオレンジ帯の塗装を復活させてほしいなー。
昔の塗装の気動車は平日の通勤時間帯に運用されるのみとなっており、狙って乗るのは困難。
竜ヶ崎線で昔の塗装の旧型気動車が土曜に運行されているらしいから、近いうちに行ってみるかな!


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手前の線路が常総線、真ん中を貫く線路が水戸線で、奥にあるのが真岡線だ。
ディーゼル機関車が連結され回送されていく真岡のSLを横目に、16時05分発の汽車は定刻通り出発する。

全線通しを名乗る取手行きの単行気動車は、やはり往路と同じく水海道で二両編成の気動車に乗り換えとなった。
何せ、「水海道乗り換え取手行き」である(苦笑)。初見だと結構ややこしい案内だろうコレ。
以前は全線通しの鈍行があったはずなのだが、今は無くなってしまったのだろうか………。



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すっかり日が暮れた頃、下館から一時間強で汽車は終着の取手に到着する。
東京近郊にして純然たる気動車と客車列車だけの汽車旅も、これにて終了。
千葉北西の自宅へ向かうため、私は何時もの常磐線で帰路に着いた。


既に復活から四半世紀近く立っている真岡のSLは、冬季こそ訪れる価値があるだろう。
冬季において定期で走ってる蒸気機関車といえば、大井川鉄道と真岡鉄道ぐらいなのだが、
真岡のSLはサービス精神旺盛で、住宅から離れたところでは盛大に煙をふかしていたのもポイントだ。

走行中試しに少し窓を開けたら、石炭の粒が飛んできて眼鏡が黒く薄汚れてしまったぞ。それも味といえば味だが。
JRみたいな派手さはないが、昔の地方ローカルの体裁に限りなく近い真岡のSL列車は一度乗ってみる価値ありだ。
もおか号は自宅から一番近いSL列車なので、また近いうちに来訪したいと思う。
(完結)
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