鈍行列車一人旅

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津軽鉄道とストーブ列車

「日本海北上紀行 2日目 (弘前~五所川原~津軽中里~金木~五所川原)」

[2016/1/6]

五能線を制覇した私は弘前駅で一服した後、折り返しの鈍行に乗り込んだ。弘前~五所川原の所要時間は約50分。
津軽鉄道の列車の本数も五能線と同じぐらい少なく、来訪する行程パターンは限られている。
しかし観光要素を絞り込めば、冬でも日中のうちに両路線を完乗することは可能だ。

車内を見渡すと、ボックス席の端っこに二人分の固定クロス席があったので、
そこに身体を預けた。ぼっちには居心地の良い空間だ(涙)


・五能線 [弘前~五所川原]
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13時54分、元来た道を戻って五所川原へ到着。
五所川原からは日本最北の民鉄、津軽鉄道が延びている。
津軽鉄道の乗り場へ向かうと元気な女性アテンダントさんに声をかけられた。
「ストーブ列車のってけませんかぁ??」イントネーションが完全に津軽訛りのソレだ。

「電車にストーブなんて付いてるんですか??」知ってるのにわかんないフリして聞いてみる。
「そうそうあるんですよ。古い列車なんだげどねぇ。ほら見えてきだよアレです」
跨線橋から見えてきたのは、現役の列車とは思えない旧型客車の姿。
見るからに古いっ。もちろん下調べ済だが、想像以上の代物じゃないか。



・津軽鉄道 (ストーブ列車) [津軽五所川原~津軽中里]
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本州最北の民鉄津軽鉄道の歴史は、五能線の変遷と深い関わりを持っている。
元々五能線の川部~五所川原間は陸奥鉄道という私鉄が運営していたが、後に国に買収されると、
買収額を受けた旧陸奥鉄道の株主が新たに鉄道計画を立ち上げた。これが津軽鉄道の大元だ。
五所川原から中里まで線路を延ばし、全通したのが1930年。全線非電化で12の駅を有している。

乗り場に骨董品みたいな客車が停まっている。「ホントに動くのコレ??」って思わざるを得ない。
津軽鉄道の名物、ストーブ列車だ。津軽の冬の風物詩として親しまれている伝統の列車。
運行は冬季のみらしいが、運行期間中は休日・平日問わず毎日走っているという。
乗車するには、普通運賃の他にストーブ列車料金を払う必要がある。

1日15本走る津軽鉄道のうち、現時点でストーブ列車として運行されるのは最大で1日3本だ。
乗り込むと団体客でほぼ満席状態で、香ばしいスルメの臭いが漂っていた。
ストーブの網棚でスルメを焼いて食べることができるそうな。


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端のボックス席だけあり合わせたように空いてたので、私はそこに居座った。
国鉄が譲渡した客車のようだが、床は継ぎ接ぎだらけで木製になってるところもある。
JR的な飾りっ気も無いし、昭和そのまんまの再現度は大井川鉄道といい勝負だろう。

照明が点いてないので車内は薄暗い。この薄暗さがまた良い感じだ。




客車を温めているのは、この列車のウリでもあるだるまストーブだ。
一両に二台取り付けられていて、どちらも火が入れられ現役の保温装置として車内を温めている。
エアコンの暖房では成し得ない素朴な温かさは、やっぱりストーブならでは。
手をかざしてみると、ぬくい温かみが感じられた。

14時10分発、津軽中里行きは定刻通り出発する。
五所川原の市街地を出ると、見渡す限り真っ白の津軽平野に出た。


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アテンダントさんが津軽弁で案内をしながら、列車はゴトゴト進む。
少し前まで晴れていたが、次第に曇ってきて雪が降り始めた。
車窓は素朴な平野が続く。


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金木で団体客が降りていくと、今度はTV撮影の人が入ってきて車内でロケを始めた。
車掌さんがストーブに石炭をくべ、カメラマンがその様子を捉える。
乗客は僅かとなったが、札幌の方からやってきた鉄子の方(おばさんだけど)がいて、
アテンダントさんと打ち解けて話している。北国通し何か通じるものがあるのか。


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左手は広大な津軽平野が広がっているが、右手は険しい山々が連なっている。
半島を南北に貫く中山山脈だ。あの山脈の向こうには津軽線と北海道新幹線が通ってるはず。
山脈の向こうでは新幹線の開業準備が進んでるのに、こっちは半世紀前の旧型客車が走ってるんだから面白い。

列車のスピードはゆっくりしたものだが、終点はあっという間に近づいてきた。
深郷田(ふこうだ)という珍名の駅を過ぎると、津軽中里はすぐそこだ。



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津軽中里、到達!!

14時58分、ストーブ列車は終点の津軽中里に到着した。
日本の私鉄では最北の駅で、駅名標もここぞ!とばかりに最北ブランドを掲げている。

当初の計画では津軽中里から路線バスに乗って北へ行こうとしていたのだが、
特に見るものがなさそうだったので、折り返しの列車に乗り金木で途中下車する行程に変更。
折り返しの列車が出るのは20分後なので、それまでまったりすることに。




乗り場の先で線路が途切れている。あそこが正真正銘、津軽鉄道の末端だ。
津軽中里駅は現役の線路が二本あって、車掌が気動車を動かして連結作業を行っていた。

「古い客車ですねえ。私はよく知らないんだけどねえ、国鉄の客車ですよねえ」
「そうですね、良い味出してますね!機関車もあるらしいですが今日は気動車で引っ張ってるみたいですね」
「あの気動車は新型ですね、気動車っていうと北海道行けばすごいのが走ってるけどねえ。私はよく知らないけどねえ

列車を待つ間、どう見てもテツの人と会話を交わす。
知らないフリしてるけど絶対何でも知ってるパターンだろコレw。


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津軽中里の駅構内。もちろん自動改札や自動券売機なんて無い。
掲示物がベタベタ貼ってあり、よく見ると萌えキャラのポスターまであったりして、
いい感じにローカルでカオスでごった煮だ。地方ローカルの味だと思う。

大人しく待ってると、アテンダントさんから「最北端証明書」を贈呈された。
自己満気味の乗りテツも、こうしてモノで提示されると心に残るんじゃないかと思う。


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津軽中里の駅舎は物販施設と併設している。
駅前に弘南バスの停留所があり、バスに乗って小泊方面へ行くこともできる。
しかし小泊から先はバスが通じてないので、津軽中里からさらに北へ出て竜飛岬へ行くことは出来ない。
それがちょっと残念だと思った。

折り返し列車の時間が迫ってきたので、窓口で切符を購入。
津軽鉄道は普通切符でも硬券を使ってるらしい。普通切符でも硬券ってのは今時珍しい。
乗り場に向かうと、五所川原側に連結された気動車が待機していた。



・津軽鉄道 [津軽中里~金木]
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15時22分発の津軽五所川原行きは二両編成で、気動車にストーブ列車が連結されている。
「走れメロス」と掲げられた気動車は、ロングシートもあるがクロスシートが主体のようだ。
往路のストーブ列車の乗客が大半を占めていて、気動車には地元客一人と私一人がいるのみ。

定刻が来ると、エンジンを唸らせて津軽中里を出た。
何故か車内に小説が置いてある。太宰治だけなのかと思いきや、
そんなことはなくジャンルは多彩だ。文学は疎いから何ともいえないが……


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鉛色の空の下、一両の気動車が一両の客車を引っ張って平野をひた走る。
田園をゆっくり進むと鬱蒼とした林へ入り、芦野公園へ。
桜の木々に囲まれた華やかな駅だが、今は雪に閉ざされている。

津軽鉄道の踏切の音は懐かしい音色だ。すっごいアナログな音。
東京近郊で嫌というほど聞く「カンカンカン!」とは違う、本物の鐘の音も聴こえた。




津軽中里から15分ほどで、観光拠点の金木へ到着。
数分後、列車はまっ平らな平野へ走り去っていった。

高校時代、中二病系の文学や漫画に染まってた時期があったらしいブログ主は、
アテンダントさんのススメで、太宰治の住んでた生家に行ってみることにした。
金木は太宰治の故郷で、少年時代に住んでいたときの豪邸が残ってるという。

太宰治の生家は金木駅から徒歩5~7分のところにあるらしいので、行ってみようか。


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通行量の多い県道の脇に、太宰治の豪邸はあった。太宰治が住み育った本物の生家で、
現在は記念館「斜陽館」として観光化され重要文化財に指定されている。

実はこの道路沿いには、太宰治だけでなく吉幾三の豪邸もあるらしいが、
時間があんまし無いのでIKZOはスルーで。ゴメンね、IKZO!
今の五所川原はIKZOラップの名残なんて微塵も無い。街として立派に発展してる。
テレビもあるしラジオもあるだろうし車もそれほどに走ってるぜw




入館料は大人500円。中に入ると、大規模な間取りを凝らした空間が広がっていた。
一階に11室、二階に8室の部屋があり、庭園や蔵もある。正に大地主の豪邸って感じだ。
外観だと和風のイメージが濃厚だが、内部は和洋折衷を凝らした造りになっている。

走れメロスや人間失格しか読んだことのない人(←自分)でも、斜陽館は楽しめると思う。
「へえーここが太宰が○○してた場所なのかぁ」みたいな感じで、楽しめるよ、味わえるよ。


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谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」を読んだら、こういう和室の美がなんとなくわかった気がする。
薄暗い灯りから醸し出す空間こそ、古来の日本住宅の陰影美だと思う。
神社や家屋に入ると不思議と気分が落ち着くが、斜陽館も同じモノを感じた。

斜陽館は広く、軽く一回りするだけでも充実した見学が出来るようだ。
見るだけ見て閉館間際に出る。「外は寒いのでお気をつけて」と、
受付の人のあったかい言葉が身に沁みた。


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時刻は17時を過ぎているが、もう真っ暗だ。鉛色の空、凍りついた街、憂鬱な日暮れ。
これが北国の人が毎日味わってる現実なのかと、二日目にして実感している。

真っ暗になった外から見る斜陽館は美しかった。綺麗なぁ……!


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アイスバーンと化した道を歩き金木駅へ戻ってきた。これからしばし夜の旅の幕開けだ。
日は没したが休む暇は無い。青森からはまなすが出るのは5時間以上先である。

果たして、朝4時から夜22時まで気力をフル稼働できるかどうか。というか既に瞼が重いんだが。
風吹き荒ぶ中待つこと数分、単行気動車がヘッドライトを照らしてやってくる。
「マジさみぃー!!」と滑稽な姿を晒し、一人列車に乗り込んだ。



・津軽鉄道 [金木~津軽五所川原]


最後に乗る津軽鉄道の鈍行は、客車無しの単行気動車。17時15分発の津軽五所川原行きである。
金木では対向列車の行き違いをするようで、互いに着くとタブレット交換が行われた。
車内はガラガラで悠々とボックスシートへ。タブレット交換後、列車は間もなく発車する。

真っ暗な平野を抜け、終点近くになると地元の学生が乗り込んできた。
眠気の限界はとうに超えていて、ウツラウツラしてると五所川原へ到着。
こうして、津軽鉄道の往復旅は終了。本州最北の民鉄は寒さに負けず頑張っていたぞ。


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オレンジの気動車に別れを告げ、最後に跨線橋から津軽鉄道の乗り場を眺める。
ちょうど帰り時らしく、地元の学生が単行気動車に続々と乗り込んでいた。
当たり前の日常風景なのになんかぬくい!(ぬくい好きだなーw)
こんなぬくい鉄道が本州最北にあったのだ。大いなる地元の民鉄としてこれからも頑張ってほしい。

五所川原からは五能線と奥羽本線で青森へ向かいたかったが、残念ながら列車の接続が悪い。
次来る五能線の下り列車は一時間以上後だ。リゾートしらかみがあれば効率良く行けたが、今日は走ってない。
そこで今回、私は路線バスで青森へ抜ける行程をおっ立てた。その方が時間的にも効率が良いのだ。

次回、弘南バスで青森へ向かい夜行急行はまなすに乗って北海道へ上陸する!

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2016/02/09 | 日本海北上紀行

最後の夜行急行に乗って

「日本海北上紀行 2~3日目 (五所川原~青森~札幌)」

[2016/1/6]

津軽鉄道の往復旅を終え、襲いくる睡魔にフラフラしながら乗り場を出た。
五所川原駅はJRと津軽鉄道で改札が分かれていて、それぞれの出口から出る必要があるようだ。
古めかしい津軽鉄道だったが、待合室も古めかしい。昭和ドラマのセットのようである。


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ストーブの周りに椅子が並べられ、椅子の上に盛れなく座布団が敷いてある。
デカデカと掲げられている時刻表は、これまた渋い縦書き。
唯一現代的なものといえば、棚の上に置かれたテレビだろうか。
夕方のニュースが流れていて、少し前に引退したなでしこのレジェンドが映っていた。


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外に出ると凍てつく寒さに目が覚めた。駅前はT字路になっていて、車が忙しなく行き交っている。
前回の予告通り、平日の五所川原は五能線の接続が悪い(というか列車が少ない)ので、
ここからは弘南バスに乗って青森へ向かおうと思う。

弘南バスのターミナルは、五所川原駅の向かい側すぐのところにある。
引き戸を開けて待合室の中へ。バスを待っているのは三人のみである。




待合室の中はプラスチックのベンチがズラッと並んでいて、各路線の時刻表が掲げられている。
手厚い窓口や蕎麦屋らしき店もあるようだ(今は閉まっているが)。
昔のバスターミナルは何処もこんな感じだったんだろうか。個人的にはたまらない空間だ。

10分ほど待っているとバスが到着。地元客に混じって青森営業所行きのバスに乗り込んだ。



・弘南バス五所川原~青森線 [五所川原駅前~青森駅前]
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弘南バスの五所川原~青森線は、五所川原駅前を起点として青森営業所へ向かうバス路線である。
新青森駅前と青森駅前を経由する当路線は現時点で1日14~19本出ていて、五能線よりも本数が多い。
五所川原~青森間の運賃は1090円で、鉄道運賃(970円)と同等。所要時間もほぼ変わらない。
コレに乗れば、五所川原から青森まで乗り換え無しで行くことが可能である。

車両は何処にでもある低床バスだ。そそくさと乗り込み、後方座席にぐったりと座り込む。
定刻が来ると、最終一つ前の18時ちょうど発青森営業所行きが出発する。
「ジリリリリリ!」発車時に昔ながらのベルが鳴り響いた。

五所川原から青森までは一時間強かかる。五所川原営業所で地元客が数人乗り込んできた。
五所川原市街を出ると交通量の多い国道をひた走り、東へ真っ直ぐ抜けて市境を越える。
市境を越えてすぐのところで奥羽本線と合流し、そこから先は県道を進んでいく。




外は既に真っ暗で車窓を楽しむ余地は無い。暖房の温もりに慣れてきて眠たくなってくる。
窓ガラスに身を寄せ、しばし眠りにつく。外気にさらされた窓は凍えるほど冷たいが、
眠気がヤバすぎて、冷たさなどどうでもよくなってしまっていた。

この区間は全く記憶が残ってない。目を覚ますと新青森のすぐ手前であった。
新青森を過ぎ国道7号をちょっと進んで脇道に入ると、青森駅到着のアナウンスが入る。
このバス路線は青森駅前が終点ではないので、すかさず降車ボタンを押した。

時刻は19時15分。五所川原から一時間強の道のりを経て、バスは青森駅前へ到着する。



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「あああああおもりだぁぁぁーー」

バスを降りて口から出たのは、高崎から延々と鈍行に乗ってきたことで得られた馬鹿一代な達成感と、
深刻な眠気からくるどうしようもない徒労感を一混じりにした、力無き言葉だった。

今回、私が目指すのは青森じゃない。ここは留萌の末端へ到達するまでの通過点に過ぎない。
はまなすが出発するまで3時間強あるが、青森で何をするかは事前に決めており、
夜飯にありついた後、温泉に入る予定を立てていた。場所も全て下調べ済だ。

はまなすが来るまで貴重な休息タイム。腹が減ったので、まずは飯にありつこう!


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はまなす出発寸前になると、飯にありつけるところといえば駅前の吉○家ぐらいしかなくなってしまうが、
19時台なら駅前でまだ開いてる店がある。駅から徒歩すぐのお食事処「おさない」もその一つ。
おさないさんの定食を食べるのはコレで二回目。前回はホタテの定食だったので、
今日はオーソドックスな刺身定食を注文。値段は930円。至ってリーズナブルである。

観光客狙いのお高い店が並ぶ青森駅前で、良心的な値段で提供し続けるおさないさんは素晴らしい。
夜飯にありついた後は温泉だ。歩いて国道沿いにある温泉へ向かう。


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駅前から徒歩数分の「青森まちなかおんせん」。温泉とはいってもスーパー銭湯的なソレらしい。
入浴料は大人420円(貸し出しタオルを含めれば620円)。確かにスーパー銭湯っぽいが列記とした天然温泉で、
その好立地ぶりから地元客で混みあっていた。駅からすぐのところに温泉があること自体に価値があると思う。

たっぷり温泉に浸かった後、青森駅へ帰還。時刻は21時半を過ぎている。
はまなすが既に入線済らしかったので、改札を通ってすぐに乗り場へ向かう。




今夜が最後のはまなす乗車になるはずなのに、至って普通で平静なのが不思議でしょうがない。
二ヵ月後に廃止される実感が未だに無い。以前ほど鉄道に執着しなくなったってのもあるが(汗)。
乗り場に着くと観光客やテツがワラワラいて、想い想いに写真を撮っている。

「明日は札幌かぁ……!」どんなに泣いても笑っても最後の夜行急行の道のりが、幕を開ける!



・急行はまなす [青森~札幌]
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青函トンネル開通以来、青森と札幌を結んで走り続けた夜行急行はまなす。
北海道新幹線の開業を目処に廃止されるというのは、一年以上前から予想されていたことだが、
昨年9月にJR北海道から正式に発表され現実のものとなった。一部区間も残らず列車そのものが消滅するという。
はまなすの最終運行日は2016年の3月21日であり、3月26日には北海道新幹線が開業する予定となっている。

合理化著しい鉄道界で、これほど旧時代の雰囲気を色濃く残した夜行列車は、はまなすを除いて他に無かっただろう。
北&東パスとはまなすを組み合わせた北上ルートは、他の追随を許さない最強の移動手段だったが、
それが今後出来ないとなると、今回のはまなす廃止はあまりにも痛い。痛すぎる。

以前乗ったときは雑魚寝カーペットや指定席だったが、今回私が取ったのは開放B寝台だ。
出発の二週間ほど前にみどりの窓口で発券してもらったのだが、その時点で残っていた空席は、
昨年乗った北斗星と同様、1号車の16番上段のみであった。何か因縁があるとしか思えない。




はまなすは7両編成がデフォだが、今日は2両増結されていて9両編成で運行されるらしい。
寝台車には三ツ星(★★★)のロゴが刻まれているが、コレは二段式のB寝台車であることを示す証だ。
年季を帯びた客車はボロボロ。こりゃ廃止も止む無しって感じで表面がベッコベコになっている。

四半世紀ずっと雪国で走り続けてきた結果がコレなのかと思うと、ちょっとかわいそうだなぁ…。
撮影を終えた後、私は機関車の隣に連結された1号車に乗り込んだ。


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「まーたここ(1号車16番上段)で寝るのか、俺は……!」

先頭車の一番先頭の上段寝台。一年前の北斗星と全く同じシチュエーションである。
自分が意図したわけでもないのに、なんでこんな(無駄な)奇跡を起こしてしまったのかw。
それほど私は、1号車の16番の上段に縁が深いのだろう。

早くも寝る支度を始めたところで、汽笛一声。急行はまなすは、定刻通り青森を出発した。


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車内は惜別目的の乗客が多くを占めていて、通路の簡易席で想いにふけっている哀愁のテツもいる。
私の向かい側の寝台は、鉄道ファンと思われる男性1人と子供3人が取っていた。
最後に乗る寝台列車だからと、我が子達を連れてきたらしい。

「お兄ちゃん、もう寝るの??」(・_ ・)ジー

最後の寝台列車であることも露知らず、寝台を苗床にキャッキャはしゃぐ少年が、
ぐったり横になる私を見つめて言った。すまぬ少年よ、ここですぐ寝ないと明日が鬼畜なんだ……(涙)


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23時06分、列車は青函トンネルへ入った。他のトンネルと違って汽笛を長く鳴らすから、すぐにわかる。
青函トンネルの中は音の反響が独特だ。如何にも海底に潜っていくような、深く透明な響きだ。
そろそろマジで寝ようと毛布をめくったら、何故か出てきた北斗星のロゴ。この毛布、共用だったのか。
想像以上に疲れと眠気不足が溜まっていて、灯りを消すとあっという間に眠くなってしまう。


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夜汽車よ、永遠なれ・・・!

最後の開放B寝台の味。
反響音に包まれたトンネルの中で眠りにつく。

函館での長時間停車も全く気づかず。チラチラ眼を覚ますこともなく、爆睡した。



[2016/1/7]



「……皆様、おはようございます。ただいまの時刻は、5時14分。
急行はまなすは現在定刻通り運行しております。次は南千歳に止まります。」

苫小牧を過ぎ、南千歳に向かうところで今日最初のアナウンスが入り、私は眼が覚めた。
外はまだ真っ暗だ。付箋だらけになった時刻表で今日の行程を確認した後、再び毛布の中へ。
終点まで出来る限り身体を休めたい、意地の悪い欲求が働いたためだ。





千歳線を快走し札幌が近づくと、静かだった車内が忙しなくなってくる。
さすがにそろそろ起きようとカーテンを開けて、荷棚からリュックを取り出した。
時代錯誤だけど旅情たっぷりの、質素で狭苦しい空間ともお別れだ。
新札幌を過ぎ函館本線と合流すれば、北の大都会札幌はすぐそこである。

時刻は6時を過ぎたが陽が出る気配は無い。終始真っ暗のまま、列車は約480kmの道のりにピリオドを打つ。



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「ご乗車ありがとうございました。終点札幌に到着です。」

6時07分、急行はまなすは終着札幌へ到着する。8時間弱の道のりを寸分狂わずに走りきったようだ。
はまなすに乗って北海道へ上陸するのは3回目となるが、全区間乗ったのは今回が初めて。
列車を降りると、「ポーンポーンポーン♪」とチャイムの音が聞こえてきた。
遠くからはるばる北海道へ来たんだと実感する瞬間である。

案の定、記念撮影の集中砲火が始まった。列車はすぐ駅を出ないので撮影時間は十分確保されている。
機関車側に至っては、撮影希望者の行列が形成されてるではないか!(初めて見た)
最終日が近づくごとにカオス状態と化すんだろうけどね……。


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今までありがとう、はまなす。

これまで決行した北上旅の中で、はまなすは最後まで純粋な移動手段として役目を全うしてくれた。
はまなすこそ、私の鉄道旅の最大立役者だったのは間違いない。
記憶に残る名列車だからこそ消え行く雄姿に希望を抱きたい。率直にそう思った。
引退まで残り僅かだが、最後の最後まで頑張ってくれよ……!

今日でようやく三日目に突入となるが、札幌からは札沼線を進んでいくことになる。休憩時間は一切無し。
次の列車が出るまで残り5分をきった。はまなすの雄姿をギリギリまでカメラに収めた後、
7番線に移動し札沼線の一番列車に飛び乗った。乗り込むとすぐに出発する。

次回!札沼線&函館本線の"乗り鉄王道ルート"を突破し、留萌本線の起点深川へ向かう!

2016/02/19 | 日本海北上紀行

札沼線を行く

「日本海北上紀行 3日目 (札幌~石狩当別~浦臼~新十津川~滝川~深川)」

[2016/1/7]

「何時かまた会おうぜ、はまなす……!」(・ω・)ノ バイバイ~

何だかんだいって、はまなすのもとを離れるのは名残惜しかった。
しかしウダウダしてるわけにもいかないので、札沼線の一番列車に乗り込む。
6時20分発の石狩当別行きだ。ロングシートの通勤電車で車内はガラガラであった。

札幌を出ると高架を走り、一駅隣の桑園を出たところで函館本線と分かれ、独り立ちする。
始発時点では真っ暗だったが、あいの里公園を過ぎた辺りでようやく陽が出てきた。
車窓に石狩平野が姿を現したところで、列車は石狩当別へ到着する。



・札沼線 [札幌~石狩当別]
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桑園と新十津川を結ぶ札沼線学園都市線という愛称が付いていて、公の案内でも用いられている。
この路線は元々、留萌本線の石狩沼田まで線路が延びていた。北線と南線に分けて建設が進み、全通したのが1935年。
札幌と沼田を結ぶから札沼線と名乗ったわけだ。しかし、路線名称の大義名分は遥か昔に途絶えている。
モータリゼーションの波に負け、新十津川から先の区間は1972年に廃止。長い盲腸線になってしまったのだった。

終点側が寂れる一方で、起点側の札沼線は通勤通学の都市鉄道として繁栄を遂げている。
80年代になると札幌市北部の開発が進み、沿線の人口が急激に増加したためだ。
新駅を設置して列車の本数を増やし、複線化し、さらには高架までおっ建てた。
2012年には北海道医療大学までの区間が電化開業し、以前とは別物の繁華路線になっている。

一番列車を降りると、ホーム向かい側に国鉄気動車が停まっていた。
乗り継ぎ時間が短いので、写真を撮った後はすぐに乗り込む。



・札沼線 [石狩当別~浦臼]
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時刻表を見ると、札沼線は石狩当別を境に本数に激しく差が出ている。そのギャップは恐らく日本一だろう。
電化された起点側区間は70本近く列車があるが、石狩当別から先の区間は、
途中の浦臼まで行く列車が1日6~7本で、終点の新十津川まで行く列車が1日3本しかない。
昨日乗った五能線を凌駕するローカル区間だ。札幌近郊にこんなツンデレ路線があったとは思わなかった。

7時02分発の浦臼行きは単行のワンマン気動車だ。必要にして最小限の構成。
テツも見かけられるが地元客が依然として多い。早くも立ち客が出ている。
それなりに混雑してきたところで、列車は石狩当別を出た。

出発時は混んでいたが、一駅隣の北海道医療大学で地元客の大多数が降りていってしまう。
テツだけが取り残され、ガラガラの状態で非電化区間へ突入する。




夜明けの雪景色は幻想的で、人家も少なく雰囲気を駆り立てる。ひたすら真っ白な世界。
左手には鬱蒼とした山が聳え、右手には石狩平野が広がっている。

積雪の度合いは、昨日辿った北東北と比べ物にならない。"物理的に無理"と言いたくなる圧倒的積雪量。
線路は常に国道と並行している。石狩当別から終点まで道のりをともにする国道275号だ。
道内で二番目に長いこの国道こそ札沼線のライバルといえるだろう。


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車内ははまなすから乗り継いできたテツが全てを占めてると思われる。
石狩月形で除雪車が停まっていて、一眼のシャッター音が響く。
……やっぱり皆さん、筋金入りのテツのようですね。

コンデジ派の俺も、最近一眼レフが欲しくなってきたよ。
一眼って電池の持ちを気にしなくていいらしいから羨ましい。画質よりも普通にそこが羨ましいです。




石狩月形を出ると一旦国道から離れ、鬱蒼とした鉄道林を突き進む。
すると木々の中にポツンとあるのが豊ヶ岡だ。屈指の秘境駅で知られている。
某有名サイトの秘境駅ランキングで上位(今年度版では第11位)に位置しており、
割と有名なのか、一人のテツが何のためらいもなく列車を降りていった。

雪に閉ざされた林に囲まれて古い木造の駅舎がある。何でこんなとこに駅があるんだ??
豊ヶ岡を過ぎると林を抜け、国道沿いに戻って平野をひた走っていく。


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朝8時過ぎ、列車は終点の浦臼に到着した。
運行拠点であるこの駅は、旅客ホームの他に貨物ホームや引込み線も存在していたという。
今は単線とホームが一つあるだけだ。交換設備もないので、当駅終点の列車はすぐに折り返すしかない模様。

数分後、私を運んできた列車は折り返しの石狩当別行きとなり走り去っていった。
次の列車が来るまで一時間あるが、何もなさそうなので駅前をブラブラすることに。
今まで乗ってきたテツ達が、駅前から何処かへ消えていく。彼らは何処へ行ってしまったのか。




駅前に居座っていると路線バスがやってきて、停留所に身を寄せた。
私にとっては懐かしい北海道中央バス。道内最大規模を誇るバス会社である。
浦臼から滝川まで行く滝川浦臼線。このバスに乗れば、浦臼から直行で滝川へ行くことが可能だ。

列車の時刻がきたので乗り場へ向かうと、線路の向こうから単行気動車が姿を現した。
9時06分発の新十津川行きである。



・札沼線 [浦臼~新十津川]
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札沼線の真髄といわれるのが、浦臼から先の末端区間だ。この区間は1日3本しか列車が走ってない。
起点側とは笑っちゃうほどのギャップがあるが、それほど乗客が見込めないからだろう。
やってくる列車も単行気動車のみであり、侘しさをより助長している。

1日3本でさえ殺人級の本数なのに、今年3月のダイヤ改正で"1日1本"になる予定らしいからマジで笑えない。
殺人を通り越して完全にオーバーキルである。1本乗り遅れたら翌日まで待つ鉄道なんて誰が乗るんだと(汗)
「1日1本の旅客列車しか来ない区間」JR最小の超ローカル区間が数ヵ月後に形成されるってわけだ。




列車に乗り込むとテツ一色。最高にむさ苦しいが、ロングシートが空いてたのでそこに居座る。
終点まで4駅あるものの誰も乗ってくる気配無し。車窓も平野が広がるばかり。
空は晴れ間を見せていたが、終点が近づくごとに雪が降り始めた。

ワンマンアナウンスが流れると速度を落とし、終点へゆっくりと滑り込む。


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新十津川、到達!

時刻は9時28分。浦臼から約20分で、終点の新十津川へ到着する。

乗り場に降り立つと地元の園児(?)に出迎えられた。朝の列車一本のみのサプライズらしい。
こういう出迎えをやるのって珍しいな。ましてや普通の鈍行なのに……だぜ??




駅周辺は住宅があり最果て感は希薄だが、何処か侘しい風情が漂っている。
周りの近代的な住宅街に対し、駅の存在感があまりにこじんまりとしてるからだろう。
乗り場、線路、駅舎。駅を構成するモノ全てが、周りから取り残されたまま昔ながらの佇まいを残している。

駅舎に歓迎の言葉が掲げてあるが、駅前はコレといって何も無い。典型的な街外れの風景。
一番列車に乗って終点へ来たら何も無かった。でも地元の園児にささやかに出迎えられ、思わずニンマリ。
そんな哀愁の終着駅が一つや二つあったっていいんじゃないか?新幹線建設するより全然価値あると思うよ、俺は。


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次乗るバスの便は限られてるので、キリのいいところで新十津川駅を出た。

こんもり雪がのっかった駅舎。童話に出てきそうな佇まいで素晴らしい。
列車が割と混雑したのは、1日1本に減らされる前の惜別乗車が多かったからだろうか??
自分、今までソレを全く意識してなかったわ…!本数減に対する惜別需要もあるってことか。何でもアリだな。


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新十津川駅からは近くのバス停へ移動し、バスに乗って滝川へ向かう必要がある。
札沼線の新十津川駅と函館本線の滝川駅は距離が近く、中央バスを使えば容易に移動することが可能だ。
駅前から徒歩3~5分の「新十津川役場」バス停から、滝川駅最寄となる「滝川ターミナル」へ向かえばいい。

駅を出て左手の道を進んでいくと中央18交差点にぶつかる。最寄のバス停はこの交差点すぐ近くにある。
雪の勢いが一気に増してきた。モタモタしてると雪ダルマになっちまうZE!



・北海道中央バスふるさと公園線 [新十津川役場~滝川ターミナル]
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「新十津川役場~滝川ターミナル」をバスで移動する場合、利用できる中央バスの路線は3つある。
本数の多い滝新線、滝川を起終点として町内を循環するふるさと公園線、滝川と浦臼を結ぶ滝川浦臼線
運賃(現時点で230円)は同じだが、それぞれ独立した路線で時刻や本数が異なっている。
事前に時刻表で確認して、利用する路線と、時間に合う便の候補を決めておくとよさそうだ。

若干ややこしい話になってくるが、「新十津川役場」のバス停は複数存在するらしく、
国道275号沿いのバス停と、役場前に設置されたバス停の2つがあるという。
前者は滝川浦臼線とふるさと公園線、後者は滝新線が発着するので、これも事前に確認しておくといいかも。

雪降りしきる中、20人あまりのテツがバス停に突っ立っている。想像以上にシュールな光景だ。
5分ほどしてふるさと公園線のバスがやってくる。地元密着の路線バスって感じだがテツで満席となった。


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なんも見えねぇ……!(ガクガクブルブル)

新十津川役場を出ると石狩川を渡っていく。車窓を撮ろうと思ったが、
尋常じゃない降雪に阻まれて何も見えない。今にもホワイトアウトしそう。
昨日も気紛れだったが今日の天気も気紛れだ。末端到達時でこんな雪降ってたらシャレになんないぞ……!

石狩川を渡って銀河団地を過ぎると、終点の滝川ターミナルへ到着。
バスターミナルは滝川駅の右横に建っていて、鉄道のアクセスは良好だ。




バスターミナルから滝川駅へ移動。ゲリラ的降雪は何時の間にか収まっている。
ここからは函館本線を少しだけ北上して、深川を目指そう。普通切符と特急券を買い、ホームへ。
滝川は函館本線の他、最果て根室へ向かう根室本線が乗り入れる鉄道要衝である。

乗り場は地元客しかいない。生粋の道民なんだろう。自分も一応道産子だから変な気分だ。
15分後、お目当ての特急が数分遅れてやってきた。



・函館本線 (スーパーカムイ9号) [滝川~深川]
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滝川から先の函館本線は鈍行の本数が著しく少ないので、特急乗車がほぼ必須となる。
10時22分発の特急スーパーカムイ9号。道内の大動脈を担う通勤特急である。
列車は5両編成でJRの新型車両。このガンメタの特急車に乗るのは初めてだ。

列車は滝川を出ると高速で快走。鈍行とは比べ物にならないスピードである。
石狩平野を突っ走って十分強で深川へ。あっという間の道のりであった。



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高崎から三日かけて、遂に留萌本線の起点まで来た。あとは、鈍行に一本乗るだけだ!
三日ぶっ続けで鈍行なんか乗ってると感覚が薄れてくるが、体感的に最終目的地は目と鼻の先である。

乗り場には惜別目的の観光客やテツがいて、列車の出発を待っている。
札沼線みたいにテツ100%ではなく観光客もチラホラ。見た感じフツーの人達ばかりだ。
留萌~増毛間の廃止が決まってから、留萌本線が多種多様な層に注目を浴びているのだろう。

……末端到達まであと少し!次回、留萌本線に乗って終点の増毛へ向かう!

2016/02/29 | 日本海北上紀行


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