鈍行列車一人旅

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流鉄100周年コラボ始動

[2015/9/19]

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「新坂川脇を行くななこ号(幸谷~馬橋間にて)」

地元の流鉄が来年3月に開業100周年を迎えるようです。かつて田んぼしかなかった流山を走り続けてきた流鉄の歴史は古く、
当初は流山名物のみりんを運ぶための鉄道として開業した町民鉄道でした。
現在、ベッドタウン化が急速に進んできた流山・松戸近辺は住宅がひしめく典型的な近郊街ですが、
流鉄は専ら地元輸送一徹で、ギリギリの経営状態ながら昔から最安運賃120円を保持しつつ走り続けてます。

そんな地元密着の流鉄が、今年9月になって早くも来年の開業100周年に備えたプロジェクトを発足することになったようです。
あの流鉄だからもっと素朴な企画になるのかと思いきや、100周年なだけに今回限りは結構頑張るらしい。


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今回の100周年コラボの対象となったのが、アニメ「普通の女子校生が【ろこどる】やってみた。」
萌えアニメに疎い私はタイトルで既に「どーゆーこっちゃ??」って感じなんですが(汗)、
まあ、巷では「ろこどる」と呼ばれているそのアニメと今回はコラボすることになったようです。
こんなアニオタ層を取り込むコラボやるの、流鉄にとっては初の試みなのではないでしょうか。

"流鉄100周年×ろこどる"のコラボプロジェクトは、今年2015年の9月19日から来年の3月下旬まで実施されます。
期間中は専用のヘッドマーク掲出の他、アニメの担当声優さんによる専用の自動アナウンスが流れ、
さらに各駅で専用の100周年記念フリー乗車券が発売されます。

当コラボプロジェクトの詳細は、流鉄公式HPろこどる公式HPに細かく記載されてます(←にリンク貼りました)。
9月23日に限ってはお祭り的な趣旨で、流山市文化会館で100周年の記念イベントや物販も実施されるようです。
なかなか豪華な体裁っぽいので、流鉄が気になる方は是非行ってみては如何でしょうか??

コラボ開始初日となる今日、私は自宅からチャリをシャコシャコ漕いで流鉄の元へ向かいました。


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チャリを漕いで裏道を辿り、お馴染みの流山駅に到達。この駅は関東の駅百選の一つです。
周りは典型的な近郊街なんだけどここだけ昭和のノスタルジーな雰囲気が漂っていて、昔から好きでした。
大正時代から使われている古い駅舎が相変わらずいい味出してる。プレート横に付いてる大きなベルも健在です。
列車発車時にはあの大きなベルが鳴り響き、駅員さんが乗り残しがないか確認してから列車が出発します。

昭和ノスタルジー一直線な駅舎の中に入ってみると………。


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「流鉄開業 100th Anniversary」

さっそくありました!100周年コラボの記念プレート。
駅構内の改札脇にデカデカと設置されたこの記念プレートには、今回のコラボ企画の主役となるキャラが描かれてます。
左側が宇佐美奈々子さんで、右側が小日向縁さんというそうです。中央のゆるキャラっぽいのが魚心くんというらしい。

何だかよくわからないけどww、これからよろしくお願いします!(←キャラの名前を今初めて知った)


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迸 る 流 鉄 愛 。

流山の駅構内はこじんまりとしてますが、100周年記念に伴った広告などが既に掲出されてました。
恐らく地元の子供達によるものと思われる、流鉄の応援画のオンパレード。あったけえなあ~。
硬券のことを"超レアな固い切っぷ"って表してるのが面白い(笑)。


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見慣れたノスタルジックなホームでしばらく列車を待ってると、やってきました。「ななこ号」(元なの花号)です。
今回のコラボの専用ヘッドマークが掲出されるのは、このななこ号と対向に停まってる「ゆかり号」(元流馬号)のみ。
他の列車は、何時もと同じ通常プレートをつけての運行となるようです。

ちなみに流鉄の運用はランダムのため、何日何処で専用ヘッドマークの列車が走るかは特定できません。
その日に行ってみないとわからないです。ただ、イベントをやる9月23日に限っては、
ななこ号とゆかり号、両列車が同時に運行されることが決まってます。


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コラボ発足初日となる今日、私の他に数人だけ"同業者"がいらっしゃいました(昼間はもっといたんだと思う)。
"アニオタ"なのかそれとも"鉄"なのか、判別できませんが。フリー切符も皆こぞって購入。
まあどっちにしても、金を入れるお客さんが集まってなんぼですからね。


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100周年記念フリー切符は3種類あって、流山駅・馬橋駅・流山~馬橋の間の途中駅にてそれぞれ違う種類が販売されます。
全部コンプしたいところですが、取り敢えず流山駅の記念フリー乗車券(画像左)を買って列車に乗車。
さらに終点馬橋到着後に、馬橋駅の記念フリー乗車券(画像右)も購入しました。

この100周年記念フリー乗車券は厚みのある厚紙で出来ており、思った以上に本格的です。



「流鉄流山線ななこ号 走行音 (流山~馬橋)」

せっかくなので、自前の高音質レコーダーで走行音も録ってみました。
昔ながらの抵抗制御音が唸る哀愁の流鉄の走りに、アニメ声がささやかに華を添える。
割かし良好な状態で録れたので、奈々子さんの声(笑)に興味ある方は上の自前動画で存分にご堪能あれ!

奈々子さん(CV:伊藤美来)の専用車内アナウンスなんですが、地元民としては違和感ありありで、
導入したばかりということもあってか、ソワソワしてる乗客がチラホラ見られました。
何の変哲もない普段のアナウンスがいきなりこんな萌え~な声になったら、そりゃソワソワするわ。


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流鉄の起点は、常磐緩行線と接続する馬橋です。
長大編成の快速や中電がひっきりなしに走る複線の脇に、流鉄の乗り場はこじんまりとあります。
東京から40分足らずで来れるところなのに、ここまでローカルな雰囲気を醸し出す鉄道も珍しいのでは??

今回は開業100周年ということで急遽記事を起こしましたが、皆さんもノスタルジックな流鉄に行かれてみては如何でしょうか。
ちなみに、馬橋駅にも萌えキャラがいたりします。東口前の何処かに潜んでるので興味ある方は見つけてみては??
何時撤去されるかわからないけど。左手に持ってる筒みたいなの、ロックバスターみたいでかっこいい。

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2015/09/08 | 私鉄

プレミアムドリーム号が行く

「山陰出雲一人旅 1日目 (舞浜~京都)」

[2015/9/2~3]

山陰本線。西の都京都から幡生を結ぶ、長大ローカル線である。
宮脇俊三氏が"偉大なるローカル線"と評した伝説の路線を、今回私は制覇することにした。

山陰本線の道のりはあまりにも長く、本数も少ないため鈍行で行こうとすると非常に手間がかかる。
でも昔から憧れてた路線だし、全線完乗計画を立てるのは必然のことだった。
京都から西の実質終点下関まで、約680kmの道のりを行こう!


・計画~導入


1933年に全通した山陰本線は日本最長の在来線で、起点から終点までの営業距離673.8kmを誇る。
本線とはいってもほぼ全ての区間が非電化+単線であり、実態は他のローカル線と同じ。
その果てしない長大さから、昔から全線を走りきる優等列車が一本も存在せず、
地域輸送の鈍行に至っては完全に運行系統が分断されている。

そんな繋がってないようで繋がってる長大路線山陰本線を、私は二泊三日に分けて制覇してみることにした。
夜行バスで早朝に京都入りし、一日目は起点から米子を目指す。途中鳥取で下車して砂丘を観光する予定だ。
二日目は山陰本線を進まずに木次線のトロッコに乗り、出雲大社を観光した後、松江で一泊。
そして三日目、松江から山陰本線をひたすら乗り継いで実質終点の下関へ向かう。

・一日目:京都→福知山→豊岡→城崎温泉→鳥取→米子
・二日目:米子→宍道→備後落合→宍道→出雲市
・三日目:松江→益田→長門市→小串→下関


下関まで乗り通したらすぐに博多へ移動し、福岡空港で飛行機に乗って帰路に着く。
鈍行と快速を10本以上乗り継いで行くのだが、これまでの旅ほど鬼畜じゃない。今までが鬼畜すぎたのだ。


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夜21時、私は京葉線に乗って舞浜までやってきた。
今夜出る夜行バスの起点は、舞浜駅から徒歩数分のところにあるディズニーランドのバスターミナルだ。
南口を出てディズニーランドの帰宅客に逆らいながら歩いていくと、あっという間に乗り場に着いた。

山陰本線の前に、まずは京都まで向かう夜行バスの旅程をグダグダ綴っていこう。



・プレミアムドリーム11号 [東京ディズニーランド~京都駅烏丸口]
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夜行列車ほぼ全廃状態となった今、長距離移動は専ら新幹線か飛行機に頼らざるを得なくなった。
新幹線は味気ないし、飛行機もまた然りだ。そこで今回は現地入り手段として夜行バスを利用することにした。
東京〜京都~大阪間の夜行バスは屈指の競合区間で、ありとあらゆる路線が運行されているが、
今回乗るのは王道のJRバス。JRブランドだから安心感があるし、夜行バス素人の私にはちょうどいいと思った。

JRバスの路線は長い歴史を持っていて、手厚いサービスと手頃な運賃で幅広い層に人気がある。
現在東京〜大阪間を走るJR夜行バスの種類は、4列シートの青春エコドリーム号と、3列シートのグランドリーム号
そして3列シートに加え豪華なプレミアム座席を備えたプレミアムドリーム号の3つがあるようだ。

21時15分発のプレミアムドリーム11号は、舞浜のバスターミナルを起点として、
東京と京都を経由し王寺駅へ向かう夜行バスだ。ディズニーランドから京都まで8時間の長旅である。
車両は二階建てのダブルデッカーバス。バスの中でも"クイーン"といえる存在だ。


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4列シートの夜行バスは鬼畜でしかないと噂で聞いていたので、今回は思い切って奮発。
プレミアムドリーム号に僅か数席しかない、プレミアムシートという人気座席がある。
空席照会を見たら、他の日は満席状態なのに私が乗る日だけ一席だけ残ってたので衝動買い。
なんせ8時間の長旅だ。こういうところで投資するのも一つの選択ではないだろうか。

プレミアムシートは、バスの一階に3席設けられているのみであった。
二階は全て3列のスーパーシートとなっている。プレミアムシートの座り心地は快適そのものだ。
夜行は眠れた試しがないが、この座席なら安眠できるだろう。テレビやコンセントもついていて至れり尽くせり。




21時25分、定刻から少し遅れてバスはディズニーランドを出た。
湾岸線をひた走り都心に入ると22時過ぎに東京へ着く。
東京でドッと乗客が増えた。今夜11号に乗る面子が揃ったわけだ。

東京を発車するとバスは東名高速道路に入り、ひた走りに走っていく。
やがて車内が消灯され、夜行のくたびれた雰囲気になってきた。
でも私の旅はまだまだこれからだ。


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「皆様お休みのところ失礼致します。バスは間もなく足柄サービスエリアへ到着致します」

東名高速を突っ走り、最初の休憩場となる足柄SAに着いたのは23時半だ。
足柄SAは御殿場に位置する。休憩時間中はSA内へ立ち寄れるが、
発車時刻は厳守なので気をつけたいところ。


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なんかエヴァ推しがすごい。

どうやら足柄はエヴァの聖地らしい。SAをまるごと使ったコラボ企画をやっていた。
どうせならこのままずっとエヴァでいいんじゃないかな。


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建物の中にエヴァ初号機の立像も置いてあった。
よく見ると、壁に描かれてるのが本部の面子になってるっていう徹底振りで、
普通にめっちゃNERV本部っぽい感じになってた。


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「活動限界まであと4分58秒50」

俺の"活動限界"はこれからだぜ。
一日中鈍行に乗るっていう他人には理解不能な頭のオカシイ所業をやりにいくのだ。


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もうちょっと探索したかったが、発車時刻に間に合わないとシャレにならないので、
初号機の立像を眺めた後はすぐにバスへ戻った。
定刻が来ると、プレミアムドリーム号は足柄SAを出発。
次の休憩PAまで再び4時間強の道のりとなる。

真っ暗闇の中を延々と走ってるうちに眠くなってきた。道のりは至って順調だ。
西日本に行くとトラブルに巻き込まれることが多く内心ヒヤヒヤしていたが、
プレミアムシートの心地よさもあって気付けば眠りに着いていた。




午前4時15分、バスは第二休憩場となる甲南PAに到着。残る道のりはあと一時間強。
なんだかんだ言ってあっという間である。PAの駐車場には大型トラックが並んでいる。
甲南PAを出て再び高速を走り、午前5時を過ぎたあたりで一般道へ入った。


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到着が近づくとアナウンスが入り、早朝5時半、定刻から早めに京都駅へ着いた。
出発前に印刷しておいたWEB乗車票を運転士に渡す。
夜行バスは手続きが面倒そうな印象だったが、実際は割とスムーズに出来た。


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京都からようやく山陰本線へ突入するが、その前に腹ごしらえしたくなった。

まだ早朝なので駅の店は何処もやってない。どうしようかと思ってると、
朝5時半から営業しているマックを八条口の外れに発見!
関西まできてマックなんて微妙だが、他に選択肢がないので縋るようにありついた。
他は何処も営業してないから人が多いのも納得できる。開けっ広げな関西人の活気を感じるぜ。

マクドを食べた後、列車の時刻が近づいてきたので山陰本線の乗り場へ向かった。


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京都駅32番線から、今回の山陰本線の旅は始まる。
通勤客でごった返す中をすり抜けていくと、最初に乗る列車が既に到着していた。
今日の天気は曇り時々雨。晴れが理想だが朝靄も旅っぽくて悪くはない。

前側に連結された福知山行き一番列車は、思った以上の混雑具合だ。
次回!長大ローカル線、山陰本線の果てしない道のりが幕を開ける!

2015/09/10 | 山陰出雲一人旅

山陰本線の旅(前編)

「山陰出雲一人旅 1日目 (京都~福知山~豊岡~城崎温泉~鳥取~米子)」

[2015/9/3]

朝6時台の京都駅32番線。
駅外れのマックでソーセージマフィンを食べた後、
なだれ込む通勤客の隙間を縫って私は山陰本線の列車に乗り込んだ。


・山陰本線 [京都~福知山]
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山陰本線の最初を飾る鈍行は、6時37分発の福知山行き一番列車だ。
山陰本線の京都~園部間は"嵯峨野線"という愛称がついていて、西日本アーバンネットワークの一角を成している。
列車は6両編成で、前側2両は福知山まで向かうが後側4両は園部止まり。これはちょっとややこしい。
車内はクロスシートがズラッと並ぶ。どうやら山陰本線は終点までずっとクロスシートにありつけるらしい。

車内が混み合ってきたところで、福知山行きは定刻通り京都を出発した。
京都を出るとしばらく市街を進む。この区間は電化されていて、線路も真新しい高架になっている。
後に単行気動車が行き交うだけのローカル線になるとは思えない雰囲気である。
通勤時間帯なので車内は満席。ひとまずドア脇でやり過ごすことにしよう。

天気はどんよりとした曇りで、雨も少しだけ降っている。残念な空模様だが明日は晴れるらしい。
高架区間を過ぎて前方に山が近づいてくると嵯峨嵐山へ。
ここから列車は深い山間部へ入っていく。


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嵯峨嵐山を出ると列車はトンネルに入り、ここぞとばかりに速度を上げて疾走。
トンネルとトンネルの間で見えるのは人家一切なしの"保津峡"だ。
保津峡を抜けると再び住宅街へ入っていくが、右手にただっ広い田園が広がっており、
早くもローカル色を滲ませてきた。車内は相変わらず混んでいる。


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朝霧の中を列車はひた走る。八木で乗客がドッと入れ替わった。
山に囲まれた平地を走り、7時20分に運行拠点の園部へ到着。
ここからは前側二両が切り離され、ワンマン列車となって終点の福知山へ向かう。

ワンマン用の自動放送に切り替わると、列車は園部を出発する。


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園部から再び山が深くなってきて、桂川とともに山の中へ。日吉では特急待ちのため長時間停車。
そういや線路は何時の間にか単線だ。総距離680kmの本線とは思えない貧弱ぶりである。

山間の田園を走って、安栖里で列車待ち合わせのため再び停車する。
しばらくするとベージュ色の国鉄特急が駆け抜けていった。
山間部を抜けて住宅街へ入ると、列車は舞鶴線と接続する綾部に着く。
車内は少しずつ空いてきた。綾部から列車は速度を上げて突っ走る。


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8時38分、列車は福知山に着いた。ここから今度は豊岡行きの鈍行に乗り換える。
福知山は山陰本線の他に福知山線京都丹後鉄道が乗り入れていて、乗り場は広い。

ホームで待つことしばらくして、次乗る豊岡行きが入線した。



・山陰本線 [福知山~豊岡]
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8時54分発の豊岡行き鈍行は、再び二両編成のワンマン列車。車両もさっきのやつと同じだ。
対向ホームから先に出ていく特急「きのさき」を尻目に佇む姿が、哀愁の鈍行妙味を掻き立てる。
通勤時間帯を脱したので乗客は疎らだが、それでも座席は八割方埋まっていて地元需要を感じさせる。

列車は福知山を発車すると市街を出て、閑散とした山里を進んでいく。


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この区間の車窓は平板で見所は少ない。牧川と並行して走り、播但線と接続する和田山で数分停車。
養父でまたしても列車待ち合わせで数分停車する。単線で特急も走ってるから過密なのかもしれない。

素朴な景色をひた走り、定刻通り10時10分に豊岡へ到着。
ここでの乗り換え時間は僅か2分。さっさと次の列車に乗り移る。
対向ホームに停まっていたのは、二両編成の気動車だ。



・山陰本線 [豊岡~城崎温泉]
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10時12分発の浜坂行き鈍行は国鉄気動車だった。キハ40。全国でもお馴染みの普及型気動車だ。
この車両は全国至るところで見かけることが出来、地区によって塗装が違ってくるのだが、
山陰本線のキハ40はオリジナルのタラコ色で昭和ノスタルジーがびんびんに漂っている。

間髪入れずに乗り換えると浜坂行きはすぐに発車した。
ガラガラとエンジンを唸らせ、大河のような趣の円山川とともに進む。


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この先、山陰本線は観光地が続く。ということでまずは城崎温泉で下車してみた。
城崎温泉は超メジャーな温泉街で、その歴史は1300年と古い。
せっかくなので温泉に入ろうと思ったが、時間的にいっぱいいっぱいで無理そうだったので、
駅から20分ほどで行けるロープウェイに乗って温泉街を見下ろしてみることにした。



・城崎温泉ロープウェイ [城崎温泉~山上]
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城崎温泉ロープウェイは、ロープウェイなのに中間駅を有する珍しい路線だ。
所要時間は7分で、山上には展望台があり遠くに日本海も見渡せるという。
今日は昼過ぎから整備点検を行うらしく、午前中のみの運行となるようだ。
京都を遅めに出発してたら間違いなく最終便に間に合わなかっただろう(汗)

往復切符は900円で中間駅の途中下車も可能となっている。切符を買い乗り場へ。
出発時刻になると観光案内が流れ、山頂向けてゆっくりと上り始めた。


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大学生に混じって運ばれること数分、山頂の展望台へやってきた。
標高は231mで、手前に城崎温泉街、奥に日本海が見えた。

「わぁー、思った以上に眺め良いじゃん!」

写真サークルの女子大生がゴツイ一眼でパシャパシャ撮っている。
私が愛用してるのは、ズームや便利機能なしの単焦点コンデジだ。
余計な小細工が好きじゃないし、単発で眼の前の風景を収めてくれればそれで十分さ。

温泉街を眺めまくった後、城崎温泉駅へ帰還。タラコの気動車が待っていた。



・山陰本線 [城崎温泉~鳥取]
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城崎温泉から先、山陰本線は遂に非電化となる。
京都からやってくる特急も城崎温泉止まりがほぼ全てを占めるので、ここからは鈍行が主役となるわけだ。
豊岡・城崎温泉~鳥取間は浜坂を境に運行系統が分かれていて、本来は浜坂で乗換えなければならないが、
これから乗る城崎温泉発鳥取行きは、この系統の境を無視して鳥取まで行ってくれる貴重な鈍行である。

11時56分発の鳥取行きは、やっぱり先程と同じく二両編成の国鉄気動車キハ40である。
時刻表を見ると、豊岡・城崎温泉から鳥取まで行ってくれる鈍行は一日二本しかない。
当列車は城崎温泉を起点として、約二時間の道のりをかけて終点の鳥取へと向かう。

城崎温泉を出ると間もなくトンネルを潜り、深い山の中へと入っていく。
長い長いトンネルを抜けると田園を走って竹野へ。ここで列車待ち合わせのため3分停車。
エンジンを唸らせながら勾配を延々と上ると県境を越え、右手に日本海がチラつき始めた。


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鈍く光り輝く日本海。
日本海をチラつかせながら国鉄気動車がひた走っていく。
鄙びた港町を抜けて住宅が多くなってくると、松葉ガニで有名な香住へ到着。

断崖の上に建てられた鎧を過ぎると、車内がヨソヨソし始めた。この先、山陰本線の名物があるからだ。


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鎧を過ぎてしばらくしたところで待ち構えていたのは「余部橋梁」だ。
この橋の写真はテツオタじゃなくても何処かで見たことがあるだろう。それほど有名な景勝地だ。
余部橋梁の人気度は尋常じゃなく、鈍行なのに車内で歓声が上がっている。

「素晴らしい!山陰本線は素晴らしぃいいい!」

自分を遥かに凌ぐ、鉄オタのおっさんがめっちゃ興奮してる。キモッ。
列車は徐行して進むので絶景を存分に拝むことが出来るようだ。
余部橋梁を渡り終えると餘部に到着。橋梁の最寄駅であり"鉄"が十名ほど降りていく。
鉄道ファンなら100%下車しそうな場所だが、私は鳥取砂丘の方が興味あるのでスルーした。


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高い所を走ってトンネルを何度も抜けると田園に入り、運行拠点の浜坂へ到着する。
ここでは6分ほど停車するようだ。浜坂市街を出るとトンネルを潜って港町を抜けていく。
福部では時間調整のため3分停車。道のりが平坦になると住宅が増えてきた。

13時54分、列車は終点の鳥取へ到着となった。
今回は砂丘を見に行こうということで、路線バスに乗って鳥取砂丘へ向かおう!



・日本交通/日ノ丸自動車 砂丘線 [鳥取駅~鳥取砂丘]
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日本交通と日ノ丸自動車が共同運行している砂丘線は、鳥取駅から鳥取砂丘へ向かう観光バス路線だ。
1日12本出ていて運賃は370円。休日は砂丘線の他、ループ麒麟獅子バスという観光バスも走っている。

14時10分発の鳥取砂丘行きは、発車すると鳥取市街を抜けて一路砂丘へ向かう。
市街を出ると険しい山あいに入り、坂を上ってトンネルに入る。

トンネルを抜けると左手に砂丘が見えてきて、駅から20分で鳥取砂丘に到着した。



・鳥取砂丘
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鳥取砂丘は名前だけは知っていて「実際どうなんだろ??」ってずっと気になってたが、
実際来てみると「ここ日本!?」って疑いたくなるような砂丘が広がっていた。

日本海沿岸に存在するこの砂丘は、日本三大砂丘の一つで観光可能なものとして日本一の広さを誇る。
古来、中国山地のところにあった岩石が風化して砂になり、河川によって海の際まで運ばれたという。
その大量の砂の堆積が海面低下によって陸上へ上がり、砂丘となった。これが鳥取砂丘の大元だ。


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鳥取砂丘は中に入ることが可能だが、足下はずっと砂なので結構足を取られる。
裸足になるのは面倒だったのでスニーカーで砂丘に突入したが、思った以上にしんどい。
"馬の背"と名付けられた砂の丘があって、上ってみると眼下に日本海が広がった。


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さすが砂丘というだけあって、360度見渡しても広大なスケールで迫ってくる。
見渡す限り完全に砂漠!ラクダまでいるし。どんだけだよ鳥取砂丘。

広大な景色を味わった後、折り返しのバスに乗って鳥取駅へ戻った。


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折り返しの砂丘線で鳥取駅へ戻ってきた。駅弁が売っているので何か食べてみることに。
駅弁はあまり食べないので、定番っぽいやつに眼が行った。
私が選んだのは「元祖かに寿し」。鳥取駅弁の中で最も歴史の古い駅弁らしい。
酢飯の上にかにがギッシリのっていて、あっという間に完食してしまった。

鳥取からも山陰本線の旅は果てしなく続くが、快速「とっとりライナー」で今日は締めだ。



・山陰本線 (とっとりライナー) [鳥取~米子]
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鳥取から再び山陰本線は幹線の様相を呈してくる。非電化だが特急が走ってるし快速も運行されている。
私がこれから乗るのは、16時03分発の出雲市行き「とっとりライナー」である。
車両は二両編成の気動車キハ126。2001年に導入された西日本の高性能気動車だ。
この車両はほぼ全席ボックスシートとなっており、18キッパー垂涎の仕様となっている。

見かけはコストカットが見え見えだが、シートピッチの広いボックス席にありつけるのは至福のひと時だ。
鳥取~米子間は鈍行だと二時間強かかるのに、この快速だと一時間半ちょっとで行ってしまう。

定刻が来るとエンジンを轟かせて鳥取を発車した。


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鳥取隣の湖山で対向待ちで数分停車し、5駅先の青谷でも対向列車待ち。
相変わらず単線なので、快速のくせに列車待ちが多いようだ。

下北条あたりまで来て夜行出発のせいか眠くなってきてしまう。
しまいには雨も降り出し、景色がぼんやりしてきて何時の間にか眠ってしまった。
この区間、日本海はあまり見えないようだ。住宅と田園の間を行ったり来たりする。


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「米子、到達!!」

17時43分、とっとりライナーは定刻通り米子に着いた。

山陰本線と境線が乗り入れる米子は、特急・快速共に停車する要衝である。
どうせなら鬼太郎列車で有名な境線も乗りつぶそうと思ったが、
観光で結構歩き回って疲れていたので、やむなく宿へ向かう。


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宿へ行く前に夕飯にありつこうということで駅前を探索してみるが、駅前は居酒屋しかない。
居酒屋に入る気分ではなかったので、米子駅中の食堂へ入店。
昭和風情を残す「グリル大山」で頂いたのは、隠岐のイカ醤油漬け定食
素朴な味だけど美味しかった。

明日は山陰本線の旅を一旦休止して、木次線のトロッコに乗った後、出雲大社を観光する予定だ。
日中ずっと列車で進んだのに、まだ山陰本線の半分にすら達してないという事実。
「こりゃ三日目キツイだろなー」と不穏なフラグが立ち始めていた。

2015/09/14 | 山陰出雲一人旅

奥出雲おろち号に乗って

「山陰出雲一人旅 2日目 (米子~宍道~木次~備後落合~木次~宍道)」

[2015/9/4]

朝7時半、目覚まし時計に叩き起こされた私は、ホテルのバイキングでたらふく腹を満たした。
今日の天気は晴れ時々曇り。昨日のどんよりした雨模様が嘘のようで気分が上がる。
早めにチェックアウトを済まし、米子駅へ向かった。


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昨日は京都から山陰本線を進んできたが、沿線を素通りしてしまうのは嫌だったので、
今日は木次線のトロッコ列車出雲大社を観光して、出雲を一日かけて味わってみたいと思う。
三江線に乗る計画も立てていたのだが、列車の本数が殺人的に少ないので没に。今回は木次線のみに焦点を絞った。

米子駅は自動改札が導入されておらず、有人改札なので味があっていい。
どっしりと構える地上ホームで、10分後にやってくるスーパーまつかぜを待った。



・スーパーまつかぜ1号 [米子~宍道]
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木次線の起点宍道へ行くには山陰本線を少しだけ進む必要があるが、この区間は特急でワープすることにした。
8時08分発のスーパーまつかぜ1号は、早朝に鳥取を出て益田まで走りきる特急だが、
その長い道のりのうち、米子から宍道の区間だけ利用させてもらおう。

スーパーまつかぜは米子を出ると、しばらく市街地をひた走る。
特急とはいっても二両編成の気動車で、指定席車と自由席車が一両ずつ連結されてるだけの簡素な構造だ。


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松江を出ると、列車は宍道湖の脇を進む。
宍道湖は日本で5番目に大きい湖だとか、ささやかに観光案内が流れるのはご愛嬌。
並行する山陰道(国道9号)は混雑していて、ノロノロ動く車を横目にかっ飛ばす様は痛快だ。

8時51分、スーパーまつかぜは宍道へ到着。ここから屈指の山岳路線木次線の旅が始まる。
トロッコは出雲市から直通する運行形態もあるが、今日は木次からの通常運行なので、
まずは宍道から鈍行で移動しなければならない。



・木次線 [宍道~木次]
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宍道と備後落合を結ぶ木次線は、かつて陰陽連絡線の一角として機能していた重要路線であった。
国鉄時代は優等列車も走っていたというが、後に道路整備が進んで衰退の一途を辿り、
今は一日数本の鈍行が走るのみの超閑散ローカル線となっている。

9時10分発の木次行きは単行気動車だ。キハ120。合理化に伴い西日本が導入した小型気動車だ。
車内はボックスシートが僅かに設けられたセミクロスシートロングシートのどちらかであり、
安物臭いつくりと相俟って旅の気分が下がってしまう。小型なので常時混雑するのも恒例のパターン。
これまでの鈍行旅で何度もこの気動車にぶち当たってきたが、良い思い出が全くない。大体混雑してるからだ。


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列車は宍道を出るとすぐに山陰本線と分かれ、独り立ちする。
起点から終点までかなりの高低差がある路線だが、この区間はまだまだ平板だ。
上り勾配と下り勾配を繰り返しながら、山深い奥出雲の地へ入っていく。

途中駅で乗り込んでくる地元客は一人か二人のみで、トロッコの乗車客を除くと恐らくガラガラになるだろう。


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「めっちゃ雨降りそうなんだけど・・・」

9時43分、列車は木次に着いた。ここから備後落合へ向かうトロッコ列車に乗り換える。
雲行きが怪しくなってきたが、遠くからやってきた観光客はそんなことお構いなし。
皆思い思いの位置を見つけ、留置線からやってくるトロッコ列車を待っている。



・奥出雲おろち号 [木次~備後落合]
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今は超ローカル線となってしまった木次線だが、奥出雲を走るこの路線を野ざらしにするのは勿体無いと考えたのか、
観光資源として、また路線の利用促進としてJR西日本は世紀末に観光列車を導入している。

「奥出雲おろち号」。1998年から4~11月の金土日祝日に限り走っている臨時トロッコ列車だ。
一両のトロッコと普通客車とディーゼル機関車で構成されていて、全席指定席となっている。
窓が開放状態のトロッコに対し、中間に連結された客車は天候が悪いとき用の控え専用車で、
トロッコと同じ席番の座席が利用できる。つまり一枚の指定席券で二席分確保されてるってわけだ。

カオスな東京の臨時列車とは違い山陰は素朴で平和である。
あっちではお決まりの駅員のお叱りもなく、おろち号は2番線にゆっくりと入ってきた。


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列車が入線すると記念撮影の集中砲火が始まったが、発車寸前になってゲリラ豪雨が降り始めた。
最高のタイミングの悪さだ。ただ、さっきは晴れてたからすぐに止みそうな様子。
定刻が来ると汽笛一声。奥出雲おろち号は豪雨の中を出発した。


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雨が滝みたいに降ってきたので、トロッコにいた乗客がゾロゾロと控え用客車に移ってきた。
木次を出ると川に沿って進み山々が深くなってくる。人家は極めて少ない。
下久野を出てしばらくすると日本で22番目に長いという下久野トンネルへ。
トンネルを潜る間、トロッコではささやかなイルミネーションが点灯した。

下久野トンネルを出ると雨はパタッと止んでいて、列車は出雲八代に着く。
映画「砂の器」で使われた駅で、地元の園児による見送りが行われた。

(↓以降の画像は天候が良好だった復路の画像を使用してますのでご了承下さい)


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出雲八代を出るとのどかな山里を通り、急な下り坂とともに短いトンネルへ入る。
トンネルを出たところで一気に眺めが広がって、右手に雄大な中国山地を見渡せた。

絶景区間を過ぎると、列車は出雲三成へ到着する。


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線路脇の木枝にビシバシ当たりながら、おろち号は緑豊かなところをゴトゴト進んでいく。
しばらくすると車内販売が始まったので木次産のコーヒー牛乳を買う。このパッケージめっちゃ懐かしい!
亀嵩では予約者限定で蕎麦の販売も行われた。亀嵩を出ると鬱蒼とした山の中を通り、トンネルへ。
このトンネルを抜けると住宅が多くなってきて出雲横田へ到着。少しだけ乗客が増えた。

おろち号の走りは素朴でシンプルだ。雨が止んだのでトロッコに移ると、やっぱり開放感が違う。
機関車の煙、木枝、風、蝶やトンボが車内を横切る。列車が自然と一体になっている。


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出雲横田を出て、八川を過ぎたところで天候が回復し始めた。良かった良かった。
道のりも険しくなってきて、並行する国道とともに勾配を上っていく。

この先、木次線は標高差400mの山越えが待ち構えているのだ。


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11時半過ぎ、おろち号は出雲坂根に着いた。停車時間は10分弱だ。
地元の美味しい食べ物やグッズの販売が行われるらしく、皆こぞって下車した。


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出雲坂根にある名物が「延命水」。古来、奥出雲に住む古老狸が愛飲してたという湧き水だ。
駅前で滾滾と沸き出るこの水は汲み放題で、自前の容器を持参していれば無料で頂くことができる。
容器を持ってない人用に"空き容器"まで売られていてそこらへんはやっぱちゃんとしてるんだなw

出雲坂根から三井野原にかけて、木次線はハイライト区間へ突入する。
「三段スイッチバック」といって、山の中腹をジグザグに敷かれた線路を上っていく。




地図を見ると分かるが、この区間、並行する国道がグルグルとぐろを巻いて峠を越えている。
そんな場所に勾配に弱い鉄道を敷いたらどんな道のりになるか、大体想像はついた。

天下の国道でさえもとぐろを巻くほどの峠を上っていく鉄道。
13時37分、出雲坂根を出たおろち号は二段目のスイッチバックに入り、
最大33パーミルの急勾配を上り始めた。体感的には登山鉄道のようだ。


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みるみるうちに高度が上がり待避線に入ると、列車は逆方向へ進み三段目のスイッチバックへ。
出雲坂根駅が遥か下に見えるようになってくると、右手の眺望が開けてくる。

山の中腹を迂回して進み、短いトンネルを潜りながらひたすら急勾配を上っていく。



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やがて標高700mを越える山上へ差し掛かかったとき、木次線の車窓は化けた。
観光列車なので絶景ポイントでは一時停止。巨大な赤い橋は三井野大橋だ。
国道も巨大なループ橋をおっ建てなければ山を越えられないところに、
鉄道、それもトロッコ列車が走ってるんだから面白い。ある意味究極の贅沢だ。

峠の絶景区間を抜けると、列車は三井野原へ。JR西日本最高地点の駅である。
三井野原を過ぎると分水嶺を越えて広島県へ入る。急勾配を延々と下ると油木に着く。
ここまで来れば終点は目と鼻の先。辺りはすっかり深い山の中である。



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12時24分、奥出雲おろち号は終点の備後落合へ到着した。
備後落合は木次線の他に芸備線が乗り入れる拠点駅で、国鉄時代は賑わってたらしいが、
現在この駅は一日数本の列車が来るのみの無人駅に成り下がっており、侘しい雰囲気である。

周りは深い山ばかりで、駅前は民家と商店が数件あるのみだ。他は本当に何もない。
秘境駅っていうほどでもないが、鬱蒼とした山々が良い感じに雰囲気を盛り立てる。


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当初の計画では、ここから芸備線に乗って移動し三江線に乗ろうと画策してたのだが、
この駅は列車の接続が全く考えられておらず、効率よく列車を乗り継ぐのは不可能であった。
右画像の時刻表を見てほしい。鉄道要衝だったと聞いたのに、なんなんだ、この殺人的な本数の少なさは(汗)

つまりこの駅は、木次線が1日3本で芸備線が1日8本、合わせて1日11本の定期列車しか来ないのだ。
第二木曜日の木次線に至っては、午前中の1本が出雲横田止まりでかつ午後の1本が運休するので、
実質1日1本しかやってこない!もはや走ってること自体が奇跡だ。

備後落合の滞在時間は20分。おろち号はこの駅を売り物としてないらしいので折り返しの出発は早い。
往路と同じの面子が乗り込み、復路のおろち号は備後落合を後にした。


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三段スイッチバックを下り、すっかり晴れ渡る中、奥出雲の地を駆け下りる。
出雲横田では超高齢の団体客がヘルパーサポートの元ドッと降りていった。
列車を降りるのも一苦労なほどで発車も遅れる。
でもそんなの端から気にならず、列車はのんびりと走っていく。

ローカル鉄道とは元来、地元客を支える大いなる存在。発車の遅れなんて二の次だろう。
たった数分の遅延でもクレームが出る東京ではあり得ない、のんびりとしたローカル風情を今回は楽しめた。


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時刻は午後15時過ぎ、おろち号は木次へ到着。往復で約5時間に及ぶ長旅だった。
次の目的地は出雲市なのでこのまま走ってほしいが、復路のおろち号は全て木次止まりだ。
おろち号に別れを告げ、対向ホームに停まってる宍道行き鈍行に乗り込む。

観光列車はあんま好きじゃないんだけど、奥出雲おろち号は魅力が沢山あったと思う。
天気はますます良くなってきて、青空の下を単行気動車が走っていく。単行もなかなか馬鹿にならないもんだ。

次回!出雲市へ行き、一畑バス一畑電車に乗って出雲大社へ向かう!

2015/09/19 | 山陰出雲一人旅

一畑電車と出雲大社

「山陰出雲一人旅 2日目 (宍道~出雲市~旧大社駅~出雲大社~出雲市~松江)」

[2015/9/4]

木次線をトロッコで完乗し、さらに出雲大社へ向かう私は宍道から快速アクアライナーに乗り込んだ。
車内は混んでいて座れない。さっきゲリラ豪雨に巻き込まれたが天気は回復していて、
嘘みたいに晴れ渡った。絶好の旅日和だ。


・山陰本線 (アクアライナー) [宍道~出雲市]
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米子~益田間を快速アクアライナーは、昨日乗ったとっとりライナーと同じ気動車だった。
宍道で対向列車の待ち合わせをしたが、隣駅でも対向列車の待ち合わせで数分停車し、
その次の駅でも特急待ちで停車した。快速らしからぬ鈍重な走りである。

車窓を眺めているうちに、列車は出雲市へ到着。出雲市は出雲最大の拠点駅だ。
出雲市から公共交通で出雲大社へ行くには二通りあり、一畑電車か路線バスどちらかを利用すればいいが、
次来る一畑電車は30分以上後なので、とりあえず本数の多い路線バスで大社へ向かおう。


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さすが一大観光地の拠点だけあって、出雲市の駅舎は荘厳なつくりだ。
寝台特急「サンライズ出雲」の終点でもあり、寝台特急が発着する最西端の駅となっている。

北口バス乗り場で待つこと10分強、出雲大社へ向かうバスは定刻通りやってきた。



・一畑バス 出雲大社・日御碕線 [出雲市駅~旧JR大社駅]
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一畑バスの「出雲大社・日御碕線」は、起点の車庫から出雲市駅を経由して出雲大社・日御碕へ向かう路線である。
この路線は国鉄時代に運行されていた大社線の代替を担っており、出雲大社と日御碕まで行く便は1日13本出ている。
出雲大社止まりの「出雲大社線」もあるが、こちらは「出雲大社・日御碕線」とは経路が違っていて、
旧大社駅の最寄バス停へ行ってくれない。この点、旧大社駅へラクに行きたい人にとっては少しややこしい。

鉄道だと駅から出雲大社へ向かうのに少し歩かなければならないが、バスは大社の真ん前まで行ってしまう。
さらに鉄道だと遠回りになるし、一回乗り換えなければいけないし、本数もバスと比べると………って感じだ。
要するに、出雲市駅から出雲大社へ行くにはバスの方が遥かに便利なのである。

16時30分発の出雲大社・日御碕線バスは、出雲大社と日御碕を経由し、さらにその先の集落宇竜まで行ってしまう貴重な便だ。
バスは発車すると市街を出て、ただっ広い田園をひた走っていく。黄金色に輝く稲が車窓に華を添える。




左が出雲大社・日御碕線バスの経路(出雲市駅~旧JR大社駅)で、右が国鉄時代に存在した大社線の鉄路である。
さすが鉄道の代替路線ということもあって、バスに替わっても道のりは限りなく忠実だ。
出雲市駅から20分経ったところで、宇竜行きバスは旧大社駅の最寄バス停に到着。

旧大社駅はバス停から歩いて数十秒のところにあった。



・旧大社駅
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出雲大社へ行く前に私が立ち寄りたかったのは、旧大社駅だ。写真で見るのと実際に見るのとでは迫力が違う!
この駅は国鉄大社線の終着駅であった。大社線の開業は1912年で、廃止が1990年
廃止から既に四半世紀の年月が経っている。

出雲大社への参詣路線として賑わった大社線は、優等列車が乗り入れるほどの活気があったというが、
廃止直前には1日15本の鈍行が走るだけのローカル線に成り下がっていた。沿線で過疎化が進行したためだ。
そんな悲壮の歴史を持つ大社線だが、旧大社駅を見るととてもそんな悲壮ぶりを感じさせない。
今建ってるのは大正に建設された二代目駅舎らしい。今まで眼にした中でこれほど荘厳な駅舎があっただろうか。


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駅構内も開放されているのでさっそく入ってみる。
廃止当時のまま出来る限り残されており、当時の時刻表や運賃表も残っていた。
ホームもそのまま残っているようなので、実際に降り立って探索してみる。
長い廃ホームに蒸気機関車D51がポツンと留置されていた。


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ちなみにこの路線、廃止直前はキハ40が走ってたそうだ。それも単行か二両で。
今の山陰本線と全く変わらないじゃないか。

旧大社駅を見た後は、歩いて出雲大社へ向かう。



・出雲大社
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神々の国といわれる出雲において、出雲大社は日本最古の歴史書に記されてるほど歴史の深い古社だ。
出雲に祀られている神々の中心であり、日本の国を開拓した大国主大神が祀られている。
旧暦の十月になると日本国の神々が出雲大社、つまり大国主大神の元へ集結し神議が行われるという。

このことから他地域では「神無月」と呼ぶ十月を、出雲では「神在月」と呼ぶそうだ。


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鳥居をくぐり境内へ入っていくと、参道は緩やかな下り坂になっている。通称「下り参道」
参道が下り坂なのも出雲大社の独自性で、全国でも珍しいという。


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今日の参拝客はまばらで、境内はのんびりした時間が流れている。
出雲大社は夜20時まで開いているそうなので、時間を気にする必要もないだろう。
松並木の参道を真っ直ぐ歩いていくと、眼の前に巨大な本殿が現れた。
天皇陛下も立ち入ることを許されない、神の住まう世界だ。


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本殿の前を抜けると神楽殿に着いた。
神楽殿には本殿と同じく大国主大神が祀られていて、巨大な大注連縄がかけられている。
この大縄は出雲大社の名物で以前から知っていたのだが、肉眼で見ると巨大さに圧倒されるばかりだ。

「縁結びの神様」で有名な出雲大社は、近年はパワースポットとして女性に人気があるという。
大縄の下部に硬貨を投げつけてひっかけると願いが叶う噂が広まってるそうだが、
これはデマらしい。縄の下には硬貨が詰まっているのが見えた。


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とりあえず、このまま旅が何のことなく終えられることを願った(汗)
一人で参拝してるうちに時間が来てしまったので、キリのいいところで出雲大社を後にした。



・徒歩 [出雲大社~出雲大社前駅]
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大社入口から元来た道を戻り、一畑電車の出雲大社前駅へ到着。
行きは路線バスに乗ったが、帰りは一畑電車に乗って出雲市へ向かおう。
出雲大社前駅モダンなつくりで駅横にはカフェもある。お洒落な感じだ。

駅舎の裏になんかスペースがあったので行ってみると、一畑電車の旧型電車が展示されていた。


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一畑電車といえばこの電車が思いつくが、残念ながら既に引退済。
日本最古級の旧型電車で、映画「RAILWAYS」にも出演した電車だ。昭和一桁生まれの古老である。
こんな味のある電車で旅が出来たらなと思うが、在来線で走ってるのは味気ないステンレス車ばかり。
かつて全盛期には、吊り掛けを盛大に響かせて出雲の田園を走っていたんだろう。

旧型電車を観察した後、切符を買って川跡行き鈍行に乗り込んだ。



・一畑電車大社線 [出雲大社前~川跡]
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一畑電車は山陰地方で唯一のローカル地方私鉄だ。その歴史は古く、会社の創立は1912年にまで遡る。
略称は「ばたでん」。昔から地元の足として親しまれてきたばたでんは現在二つの路線を持っていて、
出雲市~松江しんじ湖温泉を結ぶ北松江線と、川跡~出雲大社前を結ぶ大社線が走っている。

ばたでんは他会社の中古車を取り寄せ走らせていることで有名だが、
これから乗る車両は元京王の5000系。急行用に改造されたばたでんの花形車である。
ばたでんは基本ロングシートだが、急行にも使われるこの車両に限ってはセミクロスシートになっている。

出雲大社前から電鉄出雲市へ向かうには、まず大社線に乗って川跡まで行き北松江線に乗り換える必要があった。
18時07分発の川跡行きはガラガラだ。ズラッと並んだクロスシートに悠々と座る。


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列車は発車すると、のどかな出雲の田園をトコトコ走っていく。
途中で鳥居がズラッと並んだ道路を見かけたが、アレは何だったんだろうか??

18時18分、列車は定刻通り川跡に到着となった。



・一畑電車北松江線 [川跡~電鉄出雲市]
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川跡から、間髪いれずに北松江線に乗り換える。乗り継ぎ時間は考慮されてるのでスムーズだ。
やってきたのは、ド派手なピンクの塗装の「ご縁電車しまねっこ号」
見かけが派手だが車内もピンクだらけで、男が乗るにはちょっと恥ずかしい電車である。

18時21分、乗り継ぎ客が乗り込んだのを確認してから川跡を出た。
たった四駅なのであっという間だ。10分強で終点の電鉄出雲市へ到着する。


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列車を降りて、改札で駅員さんに切符を回収してもらおうと黙って差し出したら、
俺が"隠れ鉄"だと察知したのかはわからないが、何故か切符をくれた!

別に要るって言ってないのにさ……w。おっちゃんのささやかな優しさに感謝。


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時刻は夜19時を過ぎようとしている。夕飯の時間を設けていたので駅前から行ける店を探してみる。
結果的に行き着いたのは出雲市駅から徒歩で行ける「羽根屋」。江戸時代創業の出雲そばの名店である。
私が注文したのは「三色割子定食」。出雲そばの特徴は三段にきっちりと分けられたそばの漆器だ。

そばをだし汁につけず、だし汁をかけて食べるのが面白い。普段食べてる安物とはわけが違う。
だし汁は上段のものを再利用するので、下段になるたびに味が染み込んで良い塩梅になってくる。
そばは薄味派の私にとって、出雲そばの食べ方は相性がいいと思った。



・山陰本線 (とっとりライナー) [出雲市~松江]
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あっバーローだ。

出雲そばを食した後、出雲市駅へ戻り19時56分発のとっとりライナーに乗り込んだ。
まさかのコナン列車で松江まで戻ったら、すぐに宿の元へ。
明日の山陰本線の道のりに備えるべく、早めに就寝。出雲は素晴らしいところだった!
寝床でこれまでの旅程を振り返ると、早くも大成功の予感に胸が高鳴る。

次回(最終回)!松江から山陰本線をひたすら進み、終点の下関を目指す!

2015/09/24 | 山陰出雲一人旅

山陰本線の旅(後編)

「山陰出雲一人旅 3日目 (松江~益田~長門市~小串~下関~博多~成田)」

[2015/9/5]

至極順調な山陰本線の旅も最終日を迎える。昨日は木次線のトロッコ列車と出雲大社を観光したが、
今日は松江から山陰本線をひたすら西へ乗り継いで下関を目指していくことになる。

下関へ到達したら在来線で九州入りし、福岡で飛行機に乗って帰路へ着く必要があるのだが、
山陰本線の列車を一度でも乗り遅れてしまったり、何かトラブルが生じて大幅な遅延が起きた場合、
帰路の飛行機に間に合わなくなってしまう。そういう意味では鬼畜な行程だ。


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朝7時半に起床した私は、まずホテルのバイキングで腹を満たした。
鈍行旅で必要不可欠なのが充実した朝飯だ。朝のうちに食べとかないと頭も体も働かない。
バイキングを食べつくし、早めにチェックアウトして松江駅へ向かった。

「お願いしまーす」「ハイありがとうございまーす」

残り一日分となった18切符を改札で差し出す。これは鉄旅の儀式みたいなもんだ。
10分ほど待つと今日最初に乗る列車がやってくる。長大なるローカル線、山陰本線の旅の始まりだ。



・山陰本線 (アクアライナー) [松江~浜田]
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9時02分発の益田行き快速「アクアライナー」は、昨日と同じく二両編成の気動車である。
コスト志向の新型気動車だが、車内はほぼ全てがボックスシートになっていて乗り鉄には有難い代物だ。
シートピッチもかなり余裕がある。到着するとドッと乗客が降りてきたので、空いたボックスシートを確保する。
座るのはもちろん進行方向右の日本海側。私が心底楽しみにしてたのは出雲から先の日本海区間なのだ。

列車は松江を出ると、しばらく宍道湖の脇を走る。湖の向こうには昨日乗った一畑電車が走っているのだ。
玉造温泉で一気に観光客が増えた。この区間は電化されているが鈍行は気動車しか走ってない。
陰陽強化の電化区間と非電化区間が入り混じる、山陰本線独特の運用形態だ。

宍道湖を離れると、列車は木次線と接続する宍道へ。宍道と書いて「しんじ」であり「ししどう」ではない。
私は昨日までししどうだと思っていた。結構な難読駅である。
昨日乗った快速は何度も列車の待ち合わせをしたが、今日の快速は一度も待ち合わせをしていない。
宍道を出ると、列車は田園と住宅の中を駆け抜ける。


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直江でようやく列車の待ち合わせをした。昨日乗った効率の悪い快速とは大違いだ。
一畑電車と合流すると、列車は出雲市へ到着しドッと乗客が降りていく。
出雲市から、山陰本線は延々と日本海沿いを走っていくことになる。

山々が深くなってくると日本海が近づいてきて、小野を過ぎたところで列車は海のスレスレに出た。
トンネルとトンネルの間に、人が立ち入れなさそうな秘境地帯が見える。


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この地域の民家は重厚な瓦屋根が多く、屋根の装飾が凝っている。さすが神々の国だ。
海沿いを離れて住宅街へ入ると大田市へ到着するが、ここでトラブルが発生した。
どうやら列車が故障したらしい。しかし大した問題ではないらしく、数分の点検の後すぐに発車となった。

大田市からしばらくは田園の中だが、長いトンネルを抜けたところで再び日本海へ近づく。
人家は相変わらず古い瓦屋根のものばかりで、田んぼのところどころで野焼きの煙が上がっている。
海沿いに小さな集落を幾つも形成していて、
山陰本線はそんな集落の一つ一つを単線非電化で結んでいるようだ。


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温泉津で列車待ち合わせのため、数分停車となる。
さっき生じた故障の影響で、この先停まる駅の乗り場が変更されるらしい。
海沿いの集落と閑散とした土地をひた走り、列車は江津に到着した。

江津からは日本海の近くを行ったり来たりしながら市街を進む。
都野津で再びアナウンスが入った。「車両の故障が思った以上に甚大」だという。
この先ですぐ車両点検を行う必要が出てきたため、列車が益田から浜田止まりに変更となった。


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浜田からは違う列車に乗り継がなければならないらしい。取り敢えず、代替の列車を用意してくれたから良かった!
代替が無かったら帰りの飛行機に間に合わなかっただろう。正直笑えない冗談である。

浜田に到着すると隣のホームに移ってくださいと放送が入ったので、移動。大人しく代替列車を待つ。



・山陰本線 (アクアライナー) [浜田~益田]
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本来益田まで行くはずだったが、列車が故障したためアクアライナーは浜田で一旦運転を取りやめることになった。
故障した列車の代わりとして急遽運行されることになった浜田発益田行きに乗り換えるため、3番線へ移動する。
しばらくすると列車が来た。車両は先程と同様キハ126。反対から来た列車が折り返しでそのまま使われるようだ。

11時46分、時刻表には存在しない浜田発益田行きの臨時快速アクアライナーが出発する。
既に20分の遅れが出ているが、益田では次の列車まで余裕があるので問題ない。

浜田から列車はノスタルジックな街の中へ。折居付近に差し掛かると再び日本海スレスレを走る。


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三保三隅という変わった名前の駅で地元の学生が乗り込んできた。
三保三隅からは断崖の真っ只中を走り、右手に日本海が広がる。
「何でこんなところに線路を引いたのか??」と思わざるを得ない土地ばかりだ。

絶景区間を抜けて、鎌手で列車待ち合わせのため数分停車。
車内は既にガラガラで、一つのボックスシートに一人一人といった感じである。


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日本海の景色も素晴らしいが、私が好きなのは小さな港の集落だ。
こんな鄙びた土地でも人々の営みがちゃんとあるんだって実感する瞬間である。

さっきから鉄オタが数人かぶりつきをしていて、待ち合わせの停車とわかると車内をウロウロしている。
そういや今かぶりついてる奴、さっき列車に乗るとき座席を確保しようと地元客を退けてた輩だ。
手で退けたら退けたで「すいません」と謝っていたが、そもそも謝る以前の問題だろ!って。

俺も結構な鉄オタだけど、ああいう頭オカシイ連中とは関わりたくないな……!


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海岸沿いをひた走ると、臨時快速は26分遅れて終点の益田に到着した。
益田の滞在時間は40分強。次乗る列車まで時間があるので駅前をブラブラしてみるが、
駅前は典型的な近郊街で名物的な何かがあるわけではないようだ。

売店で食料を買って大人しく待っていると、長門市行き鈍行がやってきたので乗り込んだ。



・山陰本線 [益田~長門市]
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益田から先、山陰本線は屈指の閑散区間となる。
時刻表を見る限り、この区間は優等列車が一切走ってなく、一日数本の鈍行しか走ってない。
しかもその鈍行が単行か二両編成のワンマン列車だから、想像以上の閑散振りである。
益田~長門市を走りきる列車は往路復路とも1日6本のみ。山陰本線で最もローカルな区間へこれから突入するというわけだ。

13時27分発の長門市行きは単行の国鉄気動車である。車両は相変わらずのキハ40。
車内はほぼ全てがボックスシートになっている。しばらくガラガラだったが、
出発が近づくごとに乗客がみるみるうちに増えて満席状態となった。

単行の鈍行しか走ってない閑散区間の実態を、私はこれまで何回か目の当たりにしてきた。
小樽~長万部の函館本線もそうだったが、こういう区間は絶対に混む。
本来特急に乗るはずの観光客が鈍行になだれ込んでくるからだ。


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満席状態になったところで定刻となり、長門市行きは益田を出た。
これまでも日本海沿いだったが、益田からも相変わらず日本海のスレスレを走る。
車窓には茶色い瓦屋根の民家が並ぶ。益田市街を出ると列車は再び海に食いついた。

この区間は絶景の連続で、険しい断崖を列車が突き進んでいく。
飯浦からはしばし海を離れ、内陸の山間を進む。延々と坂を上って峠を越えると、
列車は異常に速度を落として進行。西日本お得意の"必殺徐行"である。
鬱蒼とした木々とトンネルを進む様は、とても本線とは思えないローカルぶりだ。


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江崎付近はのどかな山里の中だ。須佐が近づくと惰性で下り勾配を下っていく。
須佐では地元客が5人ほど降りていった。再び日本海へ近づくと、木与までひたすら海沿いを走る。
木与から列車は内陸へ入り、住宅が多くなってきたところで奈古へ。
国道とともに日本海沿いをひた走り、山里へ入ると萩の地が近づいてくる。

14時38分、列車は東萩へ到着。萩市街を大回りした後、日本海の元へ。
人気の無い断崖海沿いを行き、長い下り坂を下ると三見へ着く。
対向列車が遅れているため5分ほど立ち往生した。


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三見から山陰本線は秘境っぽい閑散区間へ突入する。この区間の車窓は素晴らしい。
勾配を上りながら断崖のスレスレを走り、日本海の絶景を拝みながら峠を越えていく。

鬱蒼とした山の中には、一本の線路と列車を除けば本当に何もない。


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風光明媚な景色が続く中で、たまに古民家とこじんまりした海岸が現れ車窓を彩る。
超閑散区間を過ぎると人家が多くなってきて、列車は終点の長門市へ到着した。

絶品の車窓に目が眩んだがのんびりしてる場合じゃない。長門市の乗り継ぎ時間は僅か6分なのだ。
何が楽しいのか知らんが、維持でも座席を確保しようと全力疾走している"鉄"が散見される。
跨線橋を渡って、隣のホームに停まっている小串行き鈍行に乗り換えた。



・山陰本線 [長門市~小串]
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15時24分発の小串行き鈍行は、二両編成の気動車キハ40。車内はロングシート多めのセミクロスシートであった。
閑散区間は通り過ぎてしまったが、ここからも日本海沿いを行く区間が点在する。
長門市~小串の所要時間は一時間強。この区間は観光列車「みすゞ潮彩」も走っているが、
私の乗り継ぎパターンには噛み合わなかった。乗ってみたかったが、今回ばかりは致し方あるまい。

単行に詰め込まれていた乗客が二両編成の列車にバラついたので、車内は少し余裕がある。
ボックスシートに座れなかったので、ドア脇にこじんまりと設けられているロングシートに居座った。
定刻通り長門市を出ると田園地帯を突っ走り、伊上から日本海沿いへ。
先程の区間ほどではないが、眺めは素晴らしいの一言だ。


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阿川から内陸部へ戻り、上り勾配で高度を稼ぎながら山間へ入ると特牛という美味そうな名前の駅に着く。
沿線では野焼きをやっていて、ドアの近くにいると煙の臭いが入ってくるのがローカル感あっていい。
長門二見からはまたしても日本海に沿って進み、小串手前では険しい断崖を行く。

小串到着は16時36分。ここから遂に山陰本線最後の鈍行に乗る。
乗り継ぎ時間が短く僅か3分で乗り換えなければならない。



・山陰本線 [小串~下関]
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16時39分発の下関行き鈍行は、もはや説明無用の二両編成キハ40。最後の最後までタラコ色だったのが意外だ。
これまでは完全な閑散地帯だったが、西側の山陰本線は小串から少しずつ乗客が増えるらしい。
小串を出ると、列車はすっかり多くなった人家と田園の中をひた走る。
この区間は車掌が乗務するようだ。久しぶりの肉声にホッとする。

小串からは街中と田園がほとんどだが、吉見から福江にかけての一駅間だけ海沿いを走るようだ。
山陰本線は最初から最後まで素晴らしい車窓だ。偉大なるローカル線は伊達じゃなかった!


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下関へ近づく度に、少しずつ地元客が増えてきた。
綾羅木という雅な駅を過ぎると山陰本線は山陽本線と合流し、その長い長い道のりを終える。
本当に長い長い道のりだった。山陰本線の終点は幡生だが、列車は本州最西端の下関まで走り抜く。

「ご乗車、ありがとうございました。終点の下関に到着です。」

山陽本線の線路を間借りして、山陰の国鉄気動車が最後の路を走っていく。
やがて17時27分、女性車掌のアナウンスとともに終点の下関へ到着した。



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下関、到達!!

着いたぁああああああああああーーーーーーーー下関!長かった……山陰本線の道のりは本当に長かった!
全線完乗の達成感を抑えきれなかったのか、思わずやった"グッジョブ自撮り"(流行らなそー)

今回最後までお世話になったキハ40を見送った後、私は山陽本線の乗り場へ向かった。
カフェでも寄って余韻に浸りたかったが、そんなことしてると帰りの飛行機に間に合わない。
缶コーヒー買って一服してるうちに、関門海峡を越える行橋行き鈍行がやってきたので乗り込んだ。



・山陽本線/鹿児島本線 [下関~小倉]
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下関からは帰路だ。成田へ向かう飛行機に乗るため、まずは下関から福岡空港へ向かわなければならない。
17時38分発の行橋行きは交直流対応の国鉄電車。見た目は昔の常磐線と瓜二つだ。
完全に昭和の列車だが、車内は魔改造帝国の西日本らしく真新しくなっている。

下関を出ると列車はトンネルに入り、関門海峡を抜けて九州へ入る。
日豊本線と接続する小倉で、私は下車した。このまま鈍行に乗って進んだ場合、
空港のチェックインに間に合わない恐れが出てくるので、小倉からは特急に乗って博多を目指そう。



・ソニック48号 [小倉~博多]
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18時05分発の「ソニック48号」は、大分から日豊本線・鹿児島本線を経由して博多へ向かう特急だ。
その二時間強の道のりのうち、小倉から博多までの区間だけ利用させてもらおう。
近未来デザインのJR九州は、車内が独特のインテリアになっていて毎回びっくりさせられる。
床が木目で座席がSF風のデザインだ(汗)。確か鈍行や快速も同じようなデザインだったはず。


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鹿児島本線を突っ走り、日が暮れたところで博多へ到着。ここからは地下鉄だ。
福岡空港は地下鉄が乗り入れているので、行くのは簡単である。



・福岡市地下鉄空港線 [博多~福岡空港]
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福岡市地下鉄空港線は姪浜から福岡空港を結ぶ路線で、福岡で最も古い地下鉄らしい。
空港直結路線といえば成田や羽田も乗り入れてるが、福岡の路線は他社の路線を一切介さず
同線内で福岡市交通局が運行する列車のみが空港直下へ乗り入れる。そういう意味でこの路線は日本唯一である。

福岡空港は博多からたった二駅隣にある。さすが日本で一番便利な空港といわれるだけあって、
アクセスの容易さは群を抜いている。いや千歳や成田が不便すぎるのかもしれない。
すぐにやってきた福岡空港行きに乗って、ほんの数分で福岡空港へ。
ここからようやく飛行機だ。今回ばかりは運が良かった西日本とお別れである。



・ジェットスター国内線 [福岡~成田]
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20時20分発のジェットスター成田行き最終便は、少し出発が遅れそうな気配だ。
単独で飛行機に乗るのは初めてだがLCCを利用するのも初めて。LCCは頻繁に遅延が発生すると聞いたが、
今回もやはり遅れるらしい。これ以上遅れると成田から家に帰れなくなる恐れがある。

単独の飛行機は初めてで手続きに戸惑ったが、ジェットスターはウェブチェックインでスムーズに手続きができた。
端末に予約番号を入力するだけであっという間に手続き完了。世の中便利になったもんだ。
今日取った最終便の値段は9540円。新幹線よりも遥かに安い値段である。平日はもっと安いらしい。

荷物チェックを済ませ、待合スペースに着くと休日帰りの行楽客でごった返している。
しばらくすると入場のアナウンスが入り、後部座席の乗客から飛行機へ乗り込む。
やがて定刻から20分遅れて、ジェットスターの最終便は福岡空港を出発。
エアバスの普及型旅客機A320が、休日帰りの客を満杯に乗せて成田へ飛び立った。




荒い気流に揺られながら夜景を眺めているうちに、私は今回の旅が大成功したことを確信した。
全てのコンセプト通りに乗り通すことができたし、ギチギチながら色々なところへ行けたのがよかった!

22時20分、気流の中を突っ切って最終便は成田空港へ着陸する。
ジェットスターの降り口はターミナルビルからめちゃくちゃ離れてるらしい。
飛行機を降りるとバスに誘導され、空港ビルへ移動。こうして今回のLCC初体験は幕を閉じた。


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唯一の誤算といえば、ジェットスターが引き起こした遅延でスカイアクセスの終電に乗れなかったことであった。
「まさか今日中に家に帰れないのか!?」と冷や汗をかいたが、乗り鉄がこんなところで挫けるわけにはいかない。
23時過ぎに出る京成の津田沼行き最終電車と、新京成の松戸行き最終電車を使って、
超ギリギリの終電繋ぎで25時過ぎに何とか帰宅。マジで助かったぜ、新京成!!

・旅の総運賃:36000円(18切符3日分+特急券/指定席券代+バス運賃+飛行機運賃)
・乗った乗物の数:鈍行14本+快速5本+特急2本+バス4本+飛行機1機
・総距離/所要時間:約1300km/2拍3日(飛行機の距離を除く)


今回の山陰本線の旅は、これまで決行した中でも素晴らしい旅となった。
山陰本線は昔ながらの原風景が残ってたし、地元の人々にとりわけ温かみが感じられたのも良かった。
個人的に印象に残ってるのは茶色い瓦屋根の民家群だ。多分あの地域でしか見られない街並みだろう。

全五記事に及んでしまったが、本稿で悔やみ一切無しの山陰出雲一人旅を終幕する!
(完結)
2015/09/30 | 山陰出雲一人旅


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