鈍行列車一人旅

よく電車とバスに乗って旅してます。鉄分多めの旅ネタが主。
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水上バス「ホタルナ」が行く

「千葉北西常磐沿線~お台場到達の最短距離ルート」

[2015/6/1]

今日は休日で何も予定なかったから日帰りで乗り鉄でもしようと目論んでいたが、
前日までの疲労に甘えてしまい二度寝を繰り返して大寝坊。
気付けば正午を過ぎていた。

「こんな中途半端な時間から一体何処行けばいいんだ?」と嘆いたが、もう仕方あるまい。




……ということで、正午過ぎに眼を覚まして即席で立てたミニ鉄旅のルートがコレだ。
名付けて「お台場最短距離到達作戦」!
自宅最寄の常磐線からお台場へ向かう"最短ルート"を編み出してみたという、完全に自己満100%の行程だ。

旅の起点は新松戸。ここからまず常磐線に乗って金町へ向かう。
金町からは京成金町線で京成高砂へ行き、京成線・都営浅草線を使って浅草へ。
そして浅草で東京都観光汽船の水上バス「ホタルナ」に乗り継ぎ、目的地お台場へと達する。

お台場までの所要時間は約2時間。船に乗るので、最短距離だが結構時間がかかる。
お台場といえば夜景なので夕方16時に家を出た。



・常磐緩行線 [新松戸~金町]
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常磐線各駅停車で、まずは金町へ。今回お世話になったのは千代田線の名車6000系
地下鉄車両だからか側窓が小さくて子供の頃は毛嫌いしていた車両だが、
省エネ車両としての実績や、当時としては先進的なデザイン(非対称)など、
評価されるべき名車の一つであることを大人になって知った。

脇に貨物線がズラッと並ぶ金町駅。ここは東京最東端の一角である。
年季の入った改札を出て京成電鉄の駅へ向かう。


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JR金町駅の南口ロータリーを歩いてすぐのところに、京成金町線の駅はある。
このごった煮感が「下町路線の駅」って風情を醸し出していて、昔から印象に残っていた。



・京成金町線 [京成金町~京成高砂]
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京成金町線は、常磐線と接続する金町から柴又を経て京成高砂へ至る小さな路線だ。
都内のローカル線といってもいいだろう。全長たったの2.5kmで、起点~終点の所要時間は僅か5分。
全線単線で途中駅は一駅のみ。少し前までは本線直通の列車もあったが、現在運行されているのは同線を往復する鈍行のみだ。

地元ローカル色が濃厚な金町線の大元は、1899年に金町~柴又間で運行を開始した帝釈人車鉄道である。
大昔から沿線にある柴又帝釈天の参拝需要があったため、客車1両を人力で動かす人車軌道が開業したのだった。
後1913年には電化開業し電車での運行を開始。受け持ったのはもちろん現在の京成電鉄である京成電気軌道だ。

狭苦しい街中に建てられたホームに停まっているのは、京成の古参車3500形
72年のデビューで、導入から40年以上経過しているが今も現役で活躍中だ。


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駅外から列車を観察した後、発車時間が迫ってきたので切符を買って改札へ。
ホームは地上にあり改札からそのまま直結しているのが私鉄らしい。

列車は4両編成。座席は地元客で埋まっており手堅い需要を感じさせる。




16時22分、高砂行き鈍行は定刻通り発車する。
金町からしばらくは道路と道路に挟まれた直線区間をすっ飛ばして進むが、これは人車時代の名残だ。
この柴又街道の直線を抜けると、列車は僅か2分で柴又へ着く。

寅さんのロケ地にもなった柴又は、元旦になると柴又帝釈天目当ての参拝客で賑わう。
名物は草団子と醤油煎餅で、元旦参拝時は毎回買って帰るから自分にはお馴染みの味だ。
駅舎も味わい深いものがあり、途中下車する価値がある駅である。


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16時27分、金町から僅か5分で終点高砂へ到着。ここで京成本線に乗り換える。

金町線は他の路線と孤立しており、改札も別々になっているようだ。
乗り換え対応の改札で一旦外へ出たら京成本線の改札に向かい、再び切符を通してホームへ降り立つ。



・京成本線/京成押上線/都営浅草線 [京成高砂~浅草]
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京成高砂からは京成本線だ。青砥までは本線、青砥から押上までは押上線を経由する。
都心から千葉へ至る京成線の中でも、京成高砂~押上間は鉄にとって眉唾モノの区間。
北総線・京急・都営浅草線など、様々な路線の列車がひっきりなしに乗り入れてくるからだ。

高砂到着から8分後、やってきた羽田空港行きは「C-Flyer」こと9100形。
千葉ニュータウン鉄道所有の車両で、かつて公衆電話が付いていたことで知られる。


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京成高砂から列車は下町を進んでいく。私鉄らしく駅間距離は短い。
僅かばかりに設けられたクロスシートがあったので、そこに座った。
四ツ木を出ると、列車は広大な荒川を渡っていく。

「次は押上、スカイツリー前。東武線、東京メトロ半蔵門線はお乗換えです」
そうアナウンスが入ると右手にスカイツリーが見えたが、角度的に一瞬だけだ。
チラッと見えたところで列車は地下へ突入し、都営浅草線へ入った。


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本所吾妻橋を過ぎると、列車は浅草へ到着する。
およそ10年ぶりに乗った「C-Flyer」に別れを告げ、私は地上へ出た。



・浅草/吾妻橋交差点
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観光天国、浅草。ここは東武鉄道の起点だが、他にも銀座線、都営浅草線が乗り入れている。
国道6号と都道463号が交差する吾妻橋交差点は浅草の玄関口といえる。
東武の駅舎は随分様変わりしてしまったようだ。
「東武電車」と掲げられていた看板が取り払われていて、小奇麗に改装されていた。

スカイツリーが出来てから、東武は大きく変わった。オサレになっちまった。
関東圏で「○○電車」って名乗ってたのは東武ぐらいじゃないか??


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吾妻橋交差点の横には、浅草名物の吾妻橋が架かっている。都内屈指の景勝地だ。
橋から見えるのは、スカイツリーとアサヒビール本社隣接ホールのオブジェ(通称う○こビル)だ。
ひとまず吾妻橋で今回の主役がやって来るのを待つことに。

到着時間が近づくと、隅田川に一際目立つ"未来派汽船"が現れた。



・ホタルナ/ヒミコ
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今回、しがない即席ミニ旅を牽引してくれる水上バスのお出ましだ。
漫画から出てきたようなこの船は、名を「ホタルナ」「ヒミコ」という。
松本零士がデザインを手がけた、東京都観光汽船の名物汽船である。


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「ヒミコ」に続いてやって来たのが、私がこれから乗る「ホタルナ」だ。
「ヒミコ」はデッキが付いてないが新型の「ホタルナ」にはデッキが付いている。
どうせ乗るなら展望デッキ付きの方がいい。デザイン的には「ヒミコ」の方がスマートでカッコいいかもしれんが。

お目当ての船が寄港したので、吾妻橋脇の水上バス乗り場へ向かった。



・東京都観光汽船 浅草・お台場直通ライン [浅草~お台場海浜公園]
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隅田川~東京港の定期航路を運航している東京都観光汽船は、水上バスの元祖として知られる。
水上バスとは河川・湾岸地域を運航する船舶のことをいい、海外では「Water Bus」と呼ばれている。
隅田川で乗合汽船の運航が始まったのは19世紀末からで、当時は移動手段として重宝されていたという。
旅客水運はとっくの昔に衰退したが、今は観光資源として着目され運航されているところがある。

東京都観光汽船はその一つというわけだ。同社は計6つの路線を持っている。
6つの路線の中でも、「浅草・お台場直通ライン」はホタルナ・ヒミコのために用意された専用航路だ。
浅草からヒミコは豊洲へ向かい(一部はお台場止まり)、ホタルナは日の出桟橋を経由してからお台場へ向かう。
これから私が乗車するのは、浅草・お台場直通ライン「ホタルナ」のお台場海浜公園行きだ。


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出発時刻が近づくとゲートが開き、乗船となる。
宇宙船チックなガルウイングドア(←上に開く扉のこと)をくぐり、船内へ。
意外と内部は落ち着いたインテリアとなっており、大人の上質感を漂わせている。
上半分がガラス張りなので開放感抜群。船特有の息苦しさは皆無だ。

17時30分、ホタルナは浅草を出発する。定員はほどほどだが端の座席は八割方埋まった。
見かけは宇宙船だが動力はディーゼルエンジンだ。乗船場から船体を離すと、
ホタルナはエンジンを轟かせ隅田川を南下し始めた。


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船は道中いくつもの橋をくぐるが、くぐるたびに毎回橋梁についての案内が行われる。
橋の下通過時は橋脚が間近に見放題で橋脚萌えにはたまらないかもしれない。
鉄にとって見逃せないのが総武線の隅田川橋梁
今日は運が良いらしく、ホタルナがくぐるときにちょうど列車が通った。


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九割方"橋の解説"になってしまっている観光案内は「銀河鉄道999」の鉄郎・メーテル・車掌がやってくれている。
コアな橋梁の解説は退屈に聞こえるらしく、皆ろくに聞いてない模様。


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豊洲方面の河川合流地点を抜けると、右手に東京中心部の高層ビル群が見えてきた。
ここから高層ビルが多くなり、車窓が少しずつ様変わりしてくる。
高層ビルと巨大な橋の絡み合いが連続する様は、圧巻の一言。
普段、原始的なローカル鈍行ばかり乗ってる自分には刺激の多い車窓だw


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巨大橋梁の向こうに聳える超高層ビル郡。その上にはさらに巨大クレーンがある。
こういう構図たまらない。AKIRAに出てきそう。


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「うわあ、何か川幅が広くなってきたよ?」「東京港に入ったのよ」

メーテル曰く、ホタルナは東京港に入ったらしい。
海上には境界線がないから何処から東京港なのかよくわからない。
この辺りでようやく、橋をくぐる際の安全上の理由からだろう、閉鎖されていた展望デッキが開放された。

東京港入ってすぐのところでは、右手に東京タワーを拝むことが可能だ。
高層ビル群に没した"昭和の象徴"が斜陽の中に佇んでいる。


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「メーテル、あっという間に着いちゃったよ」
「そうね、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものよ」


メーテルがサラッと名言を放つと、ホタルナは途中駅の日の出桟橋に到着した。
ここから船は南東へ進路を変え、カップルの聖地お台場へ向かう。
日が暮れかける中、ホタルナはお台場向けて出発する。


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日の出桟橋を出たホタルナは、間もなくしてレインボーブリッジをくぐる。
言わずもがな、お台場が誇る有名な大橋だ。

虹橋ブランドは相当なもので、近づくと記念撮影の集中砲火が始まった。


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正午起きで即席計画した鉄旅で拝めたものとは思えない、奇跡的空模様。
お台場に来れば、こうもドラマティックな展開になっちまうのか。

瀬戸大橋と同様、この橋も一応「吊り橋」だという。
二階建て構造であり、上層には首都高11号、下層にはゆりかもめが通っている。
"封鎖できません!"で有名な橋だが、荒天やイベント時には当然封鎖される。当たり前のことだが。


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レインボーブリッジをくぐると、ホタルナは島式防波堤の横を通り終点へ向かう。
前方にはお台場の名物、フジテレビ本社が見えてきた。
どうやら、お台場の乗船場はフジテレビ本社前にあるようだ。

ここまで来れば目的地は眼と鼻の先である。


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お台場、到達!

18時35分、ホタルナは終点のお台場海浜公園へ到着した。
暮れなずむ大都会をバックに停泊する姿を見ていると、SFの世界にでも来た気分だ。

せっかくなので、今日は夜景を拝んでから帰るとしますか。


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さすが松本零士が手がけただけあって、何処から見ても映える「ホタルナ」の流線形デザイン。
久しぶりにカメラのアートフィルター機能を使ってみたら、嘘みたいにカッコよく写った。



・お台場海浜公園
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夜景を見るのが目的なので、日が暮れるまで近くの喫茶店で時間をつぶすことに。
辺りは大型SCが立ち並んでおり、その後ろにはフジテレビ本社が控えている。
ある程度時間をつぶしたところで、夜景を拝める展望ポイントへ移動。

日が完全に没すると、大東京の夜景が姿を現した。


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ギラギラ輝くレインボーブリッジと高層ビル群。バックで赤く光っているのは東京タワーだ。
お台場は東京屈指の夜景スポットで海外から高く評価されている。
実際、夜景を撮影しているのは外国人ばかりだ。


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・旅の総費用:通常運賃2100円
・乗った乗物の数:鈍行3本・船舶1艘
・総距離/所要時間:約30km/約2時間


夜景を撮影した後は、近くにあるりんかい線の東京テレポート駅へ向かい、帰路へ。
行きは2時間かかったのに帰り(りんかい線&京葉/武蔵野線)はたったの50分。
水上バスを旅の移動手段として旅程に組み込んでみるのも、なかなか乙だ。
即席決行にしては割と充実した探索が出来たと思う。
(完結)
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2015/06/04 | その他

関東鉄道竜ヶ崎線の旅

「古き良き中心市街のためのローカル線」

[2015/6/13]

自宅最寄から30分で行ける………いや、常磐線と繋がる佐貫から竜ヶ崎までを結んでいるのが関東鉄道竜ヶ崎線だ。
竜ヶ崎線といえば、千葉北西にある流山線と同様、昔ながらの町のための鉄道として健在している路線である。
今回は、この小さな私鉄ローカル線、竜ヶ崎線を辿っていこうと思う。




竜ヶ崎線の起点は、上述した通り常磐線と接続する佐貫だ。ここから唯一の途中駅入地を経て、同線は終点の竜ヶ崎へ至る。
全長4.5kmの短い道のりであり、乗車時間僅か7分で完乗できてしまう小さなローカル線。
全線単線であり、列車交換駅なども一切存在しないシンプルな路線である。

私の中で関東鉄道の第一イメージといえば、かつて主力で走っていたベージュ地にオレンジ帯の気動車である。
現行の関東鉄道の車両は白地に青赤のラインを帯びているが、昔の澄茶の旧標準色を私は見たかった。
しかし現在、常総線で走っている旧標準色車は平日朝夕のみの運用であり、出会うのは困難だ。

そこで狙いを定めたのが、土曜の日中だけ走っている竜ヶ崎線のキハ532だ。
同車は、日本で初めて製造されたワンマン用気動車として知られている代物である。
かつての関東鉄道標準色を纏っているこの旧型気動車に、今日は乗りに行ってみようか。



・佐貫駅
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自宅最寄駅からまず常磐緩行で我孫子へ行き、そこから下りの勝田行き中電に乗って佐貫で下車する。
佐貫は茨城に入ってから3つ目の駅だ。辺りはベッドタウンとして発展を遂げている。
何のことなくJRの自動改札を出た後、関鉄竜ヶ崎線の乗り場へ向かう。

常磐線佐貫駅東口から関鉄竜ヶ崎線の乗り場への連絡通路は、ビルの裏側へと続いている。
駅の入口というよりはマンションの入口といった様相を呈しているが(苦笑)、
怯まず案内に従って進んでいこう。


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ビル裏の連絡通路を進んでいくと、竜ヶ崎線のこじんまりとした駅構内へ。
改札は自動化されてないが、ICカード対応の簡易改札機がある。
とりあえず往路は普通の切符で行くことにしよう。

切符を買い何事もなく改札を通ると、懐かしのカラーを纏った単行気動車が既に停まっていた。



・関東鉄道竜ヶ崎線 [佐貫~入地]
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「佐貫駅構内に掲示してあった当時の竜ヶ崎線の写真資料」

関東鉄道竜ヶ崎線の歴史は極めて古く、開業は今から一世紀以上も前に遡る。
全ての大元は、19世紀末当時「馬車鉄道」として開業を目論んでいた竜崎鉄道である。
同社は馬車鉄道として計画を発起したが、後にすぐコスト性の観点から小型蒸気牽引の軽便鉄道に計画変更。
営業区間も当初は藤代~竜ヶ崎間であったが費用削減のため佐貫~竜ヶ崎間へ縮小され、1900年に竜崎鉄道は開業した。

竜ヶ崎線は、国内の一般鉄道で初めてワンマン運転を導入した路線としても有名で、現在も継続されている。
ワンマンが導入されたのは1971年のことだ。71年は竜ヶ崎線にとって最大の転機であったに違いない。
この年、同線の蒸機が全て引退しており、加えて貨物営業も廃止されているからだ。


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蒸機+貨物廃止後の1971年以降、竜ヶ崎線は他社からの旧型気動車のお古が走っていたというが、
老朽化は免れず、やむなく新型車を導入することとなった。それで1981年に導入されたのが、このキハ532だ。
この車両は、足回り機器を国鉄キハ20の部品で賄い、車体だけを新しく造って組み合わせた"準新造車"である。

現在竜ヶ崎線に在籍している車両は、平成以降に導入された新型気動車キハ2000二両とキハ532の計三両。
普段はキハ2000しか走らないが、現時点で毎週土曜の日中に限り旧型のキハ532が名物として走っている。
この車両の運用に関しては関東鉄道の公式ホームページに記載されているから、捕らえるのは容易だ。
81年製造とそこまで古くはない車両だが、今後この車両の希少性は少しずつ高くなってくると思われる。

休日の日中なので、車内はそこそこだが乗客がいる。老若男女ともに乗り込んでおり、手堅い需要を感じさせる。
やがて発車時刻が来るとメロディが鳴り響き、ガラガラとエンジンを唸らし竜ヶ崎行きの鈍行が発車した。


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竜ヶ崎線の所要時間は、起点から終点まで僅か7分。あっという間だが、車窓はローカル風味濃厚で見物だ。
起点の佐貫からしばらくは住宅街の中をゴトゴト進むが、間もなくしてただっ広い田園地帯へ出た。
直線区間がほぼ全てを占める路線だが、スピードはそれほど出さず60km程度に留まっている。

そのまま終点に行くだけでは面白くないので、往路は途中下車してみよう。
竜ヶ崎線唯一の途中駅入地へは、起点からたった3分で到着となる!


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「ええぇー!何ここぉー!千と千尋の駅みたいー!」

絵に描いたようなピチピチギャルの戯言をよそに、私は一人列車を降りた。
どうやら、この駅では切符の集札をしないらしい。乗客を降ろすとすぐにドアが閉まり発車していく。
(↑ちなみに千と千尋に出てくる鉄道は「海原電鉄」というそうです。"電鉄"なのに非電化というヘンテコ設定)


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「プァーン!ガタンゴトンガタンゴトン………」

降りたのは私一人だけであり、取り残された感が半端ない。
ここは一応東京近郊に含まれる場所なのに、何なんだ、この寂びれきったローカル感覚は………。
旧型気動車は発車するとエンジンを唸らせ、警笛を鳴らしながら素朴な農村の中に吸い込まれていった。



・入地駅
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入地駅ホーム上には、ゴツいコンクリートの待合室があるようだ。駅名票もちゃんとある。
錆びに錆びてボロボロになっているが。味があるのを通り越して少しホラーじみてるのは気のせいか(苦笑)。


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「きっぷいれ」

入地駅は集札が行われない代わり、ホーム上に「きっぷいれ」なるものが設けられている。
列車を降りたら箱に切符を投入すればいいとのこと。なかなか原始的である。
この錆びれきった箱に、入地駅切符利用者の全てが託されているのだ。

今気付いたのだが、佐貫駅では確か集札されなかったよな………。
てことは、「佐貫→入地」利用に限っては"キセル"が可能ということになる。
ホーム上には防犯カメラがついてるみたいなので、やれば即刻捕まるだろうが。


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入地駅の全景はこんな感じ。辺りは農村地帯真っ只中だが、駅周辺には小さな集落がある。
ホーム上にそのまんま駐輪場が設けられているのが地元感満載(笑)。
かつてこの駅には列車交換設備があったらしく、左側の空き地はその名残だろう。


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入地駅探索を終えて間もないところで、早くも対向の列車が来た。即興で撮影してみたが、まんざら悪くもない。
竜ヶ崎線の中でも、素朴な田園地帯が広がっているのは下地駅付近に限られる。

さて、入地からは一駅隣の竜ヶ崎へ向かって徒歩で到達してみよう!
できる限り線路沿いの道路に沿って、東へ進んでいくことになるのだが………、
歩行距離は2kmちょっとなので、そんなに大した距離ではないし簡単に行ける。

竜ヶ崎線は毎時二本と本数は割と多いので、どうせなら"撮り鉄"も兼ねてのんびり探索していこう。



・入地駅~門倉駅跡(徒歩)
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入地駅からしばらくは線路に沿った道がないので、一旦南側の道路へ出た。
今となっては珍しい蒸機記号の旧踏切標識が掲げられた入地踏切を渡ると、線路沿いの道路へ合流する。


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ノソノソ歩いてるうちに、また列車がやってきたぜよ(汗)。
この辺りはまだ農村の中なので、何処から撮っても絵になるから素晴らしい。
コンデジにして精一杯のズームを使い、如何にも鉄道写真らしい角度から撮影ができた。


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「ただっ広い田園に敷かれた単線を行く単行気動車」

なんだか、ここは、ローカル好きにはたまらないシチュエーションだなあ~(笑)。
田園地帯の向こうに見えるのは、龍ヶ崎中心市街だ。彼の地は江戸時代に商業都市として栄えた地域でもある。

線路沿いに道を延々と進んでいくと次第に住宅が多くなってきた。


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再び線路沿いの道が途切れるところで、何やら興味深い空き地を発見!かつてあったという門倉駅の跡地だ。
跡地すぐ近くの踏切脇には跡地だということを示す案内看板があったが、無残なことに壊れている。
取り敢えず拾って内容を確認してみると、看板には以下の概要が記されていた。

「門倉停留場は竜ヶ崎線開業時に設置され、鹿島参宮鉄道時代の昭和32年(1957)に廃止されるまでの57年間、
門倉地域の生活拠点として利用されていた単式1面1線の無人駅でした。」


門倉駅が廃止されたのは既に半世紀以上も前のことであり、遺構たるものは正直何も残っていない。
"後発客"のため目に付く箇所へ看板を置いた後、私は再び道を東へ進んだ。



・門倉駅跡~竜ヶ崎駅(徒歩)
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竜ヶ崎が近づくと線路は住宅の中に入り、パチ屋のすぐ横をかすめるようにして続いている。
パチ屋の奥には地元のショッピングセンターがあり、線路向かいのところには駐車場がある。
このショッピングセンターと駐車場を結ぶ跨線橋では、竜ヶ崎線の車両基地を拝むことが可能だ。


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ショッピングセンター直結の跨線橋から拝める、竜ヶ崎線のこじんまりとした車両基地がこれだ。
実にいい味出してるのが、トタン屋根の車庫!昭和の時代そのまんまの建造物である。
ここでまた、竜ヶ崎線の列車が通過していく。本日三度目の撮り鉄。

車庫に居座る新型車を尻目に、旧型車が元気に走っているのは微笑ましいものだ。
平日は恐らく、あの錆びれきったトタン屋根の車庫で眠っているのだろう。
竜ヶ崎線の最古参車として、今後も末永く走り続けてほしいものである。


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再び線路沿いの道へ戻り、ノソノソ歩いていくと間もなく終点の竜ヶ崎駅が見えてきた。
どうやら、竜ヶ崎駅は駅のすぐそばに車両基地を併設しているようだ。



・竜ヶ崎駅
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竜ヶ崎、到達!!

入地から線路沿いの道をのんびり歩くこと約1時間、竜ヶ崎線の終着駅竜ヶ崎へ無事到達した。
竜ヶ崎駅のロータリーは広く、タクシーやバスの乗り場が併設する一大ターミナルとなっている。

実は当初の計画では、ここ竜ヶ崎から路線バスを乗り継いで佐原や潮来へ行ってやろうと考えていたのだが、
バスの本数と時刻が絶望的に噛み合わなかったため、今回は断念した。
折り返しの列車ですぐ佐貫へ戻り、今日は潔く探索を終了する!


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竜ヶ崎駅構内は昔ながらの私鉄駅の雰囲気を色濃く残しており、昭和の匂いがムンムンするぞ。
ほの暗い照明、有人改札、プラスチッキーな椅子、黄ばみきった白熱灯式時刻表看板。
ICの簡易改札機が無ければ、昭和ノスタルジー映画のセットのようである。

駅構内を観察した後、椅子に座って待っているとゾロゾロと待ち人が増えてきた。
さすが、伊達に黒字路線を誇っているだけあって、需要はなかなかのものだ。
IC対応してるのに普通切符を買う人が多いのも意外や意外。

「お待たせ致しました~!」

やがて列車到着時間が近づくと駅員から一声かかり、改札が始まる。
千葉県民のスマートさを見せ付けるべく、復路はICカードで行くことにしよう(笑)。



・関東鉄道竜ヶ崎線 [竜ヶ崎~佐貫]
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龍ヶ崎は古くから水運基盤の商業都市として栄えた所だが、この地に何故あの長大幹線常磐線が通らなかったのであろうか?
それは、常磐線が当時石炭の輸送に最大の主眼を置いてたからだ。東京~水戸間を出来る限り短距離で結ぶため、
ここ龍ヶ崎は常磐線の経路から無視されてしまった。しかしそれではマズイので、
龍ヶ崎市街~常磐線を結ぶ連絡路線として竜ヶ崎線は誕生したのだった。

(↑地元の反対による"鉄道忌避"が原因とする説も存在しますが、その説は誤りらしいです)

往路と同じく、乗客は老若男女多種多様だ。
発車時間になるとメロディが流れ、ドアが閉まり発車。佐貫までたった7分の道のりである。


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素朴としか言いようが無い田園風景の中を、単行気動車がひた走っていく。
龍ヶ崎の中心市街を離れると、車窓に広がるのは懐かしさ一直線の眺めだ。
唯一の途中駅入地では、やはりといっていいか誰も降りなかった。
この路線はあくまで、上述した通り龍ヶ崎市街と常磐線を結ぶ連絡路線として機能しているのだ。

「ご乗車ありがとうございました。間もなく終点佐貫へ到着です」

やがて住宅地へ入ると到着のアナウンスが入り、列車は終点の佐貫へ到着した。



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探索時間およそ3時間であったが、思った以上に発見が多く面白かったぞ、竜ヶ崎線!(流山線と同じ匂いがしたが)
竜ヶ崎線の旧型気動車に別れを告げ、早々に乗り場を出る。キハ532はなかなか可愛らしい顔しとるじゃないか!
佐貫到着後は特に寄り道をせず、常磐線の上り中電に乗ってさっさと帰路へ着いた。


・旅の総費用:運賃370円
・乗った乗物の数:鈍行2本
・旅の総距離/所要時間:約9km/約3時間



竜ヶ崎線は随所で昭和の雰囲気満載で、合理化の波がほとんど及んでない印象を受けた。
その理由は深く知り得ないが、恐らく路線の規模の小ささに対する費用対効果の問題だと思う。
規模の大きい常総線はすっかりスマートになってしまったが、対し竜ヶ崎線は昔のまんまって感じだ。

東京近郊ではなかなかお目にかかれない貴重な鉄道風景が、竜ヶ崎線には沢山残っている!
皆さんも週末にふと思い立ったら、限定運用の気動車で竜ヶ崎線を探索してみては如何だろうか。
(完結)
2015/06/14 | 私鉄

旧・成田空港駅の遺構

「芝山/東成田攻略 1/2」

[2015/6/13]

千葉県には多種多様な鉄道が走っているが、その中でも珍中の珍といえる路線が一つある。
芝山鉄道。現時点で"日本一短い鉄道"として知られる三セク鉄道だ。

芝山鉄道は成田空港の地下に存在し、京成と接続する東成田から一駅隣の芝山千代田を結んでいる。
距離にして僅か2.2km。全線単線であり、もちろん途中駅も無し。
イレギュラー要素に満ちた超ローカル鉄道だ。




何故こんな辺鄙な場所に鉄道が敷設されたのか??その理由は、空港建設に反対した地元の派閥に対する見返りである。
鉄道網が充実している空港西側との格差を埋めるため、迷惑だけを蒙る東側に対し国が鉄道建設を確約した。
会社設立は1981年と古いが、路線の着工に至ったのは1998年で20年近くのブランクがある。
その空白期間における"泥沼劇"を乗り越えた末、2002年に芝山鉄道は開業した。

芝山鉄道は空港西側から東側を結ぶ役割を(一応)持っているが、旅客路線の需要はほぼ無いと考えられる。
言ってしまえば、芝山鉄道の存在意義は存在すること自体にあるといっていいだろう。


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16時過ぎ、東松戸からスカイアクセスに乗って成田空港の空港第2ビル駅へやってきた。
空港第二ビル駅から東成田駅は連絡通路で繋がってるらしく、
今回は「空港第二ビル~東成田~芝山千代田」の順で辿ってみようと思う。

連日、多くの人でごった返す成田空港。国内最大の国際拠点なのに、
ここには時代に取り残された"秘境廃駅"が残っている。
今から私はそれを見に行くのだ。



・連絡通路 [空港第2ビル~東成田]
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空港第二ビル駅の改札を出てすぐのところで、物々しい地下通路の入口を発見する。

東成田の連絡通路だ。通路は500mあり、歩いていけば東成田駅のコンコースへ行けるはずだ。
入口の横で警官が張り込んでおり勝手に入っていいのか憚れる雰囲気だが、
一般人でも入れる場所だと下調べしてたのでドヤ顔で突入した。



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・・・・・。

誰もいない…。何も無い……何なんだここは?異世界の入口か??
無機質すぎてちょっとした背徳に近い雰囲気すら漂っている。
現在この通路を利用してるのは空港の従業員ぐらいだろう。

奥へ入っていくと空港の喧騒があっという間に消え失せ、物音一つ聞こえなくなった。


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「ォォーーーー………」

換気口の音、近くを通る空港線の地鳴り音、そして自分の息遣いしか聞こえてこない。ホラーかよ!
携帯の電波も一切届かず、あっという間に圏外になった。
気のせいか向こうが霞んで見える。マリオ64の階段みたいに無限ループしそうで怖い。
こんなところにずっといると頭がおかしくなりそうだ。


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怖いくらいに殺伐な連絡通路だが、かろうじて昔の広告が残ってたりもする。
かつて東成田が"成田空港唯一の鉄道玄関口"として君臨していた頃の産物だ。

通路には監視カメラがいくつも設けられており、緊張感が半端ない。
正直、探索するには気が滅入る場所である。早く抜けたい……!
でもこの取り残された感も捨て難いものがあったりする。


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誰もいない通路を延々と歩いていくと、出口が見えてきた。
東成田駅だ。空港第2ビルからの所要時間は5~8分くらいだろうか。

地下通路を出るとがらんどうとしたコンコースに出た。



・東成田駅(旧・成田空港駅)
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誰もいないんだけど・・・

さっきの人ごみが嘘のようだ。駅というより巨大な廃墟に近い。
成田空港の鉄道玄関口として機能していたこの駅は、今は衰退の一途を辿っている。
広大なコンコースは当時の状態から全く手がつけられてなく、至るところが色褪せボロボロになっている。

恐らくカフェや売店があったんだろう、一部のスペースは厳重な柵で封鎖されていた。
駅入口の階段にはエスカレーターがあるが稼動していない。
広大なコンコースを有し売店を開きエスカレーターを動かすほどの需要とキャパシティを、
もうこの駅は一切必要としていないのだ。


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時代に取り残され、撤去されることもなくただ存在し続ける昭和の遺構。
大昔、多くの人々が行き交っていた痕跡が其処かしこに残っている。


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コンコースの脇には、取ってつけたような芝山鉄道の改札があった。
一応東京近郊なのに芝山鉄道はICカードに一切対応していない。

全線運賃は200円。古びた改札に切符を通し、ホームへ。


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やっぱり誰もいない、東成田のホームに降り立つ。無機質すぎて夢に出てきそう。
余計なものは全て取り外され、素っ裸になったプラットホームの姿だ。

よく見ると、この駅はホームが2つあることに気付く。



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アレは・・・!

線路を跨いだ先に見える、煤けた廃ホーム。
旧・成田空港駅の特急発着乗り場の成れの果てであった。
非常灯以外何も点いておらず、現行乗り場から見ると巨大な亡霊のように見えた。



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開業当初は「成田空港駅」と名乗っていた東成田駅は1978年に開業している。
共闘派との衝突を繰り返し、混迷の果てに開港した成田国際空港。
その唯一の連絡駅として京成が開業したのが全ての大元だ。

この駅は空港連絡駅であるにもかかわらず、空港ビルから少し離れた位置に建てられている。
当時はまだ、成田空港に新幹線が乗り入れる一大プロジェクト「成田新幹線計画」があったためだ。
しかし同計画は泥沼状態となり凍結し、残された用地を使って空港ビルへ直結する路線がJR・京成共同で敷設される。
この空港直結路線「成田空港高速鉄道」が開通したのは、1991年。空港開港から13年後のことであった。

成田空港高速鉄道開業と同時に京成本線の称号は新線に移り、旧・成田空港駅へ向かう旧線は支線扱いとなった。
駅の称号も新たな直結駅へ移され、旧・成田空港駅は東成田駅へ改称。空港連絡駅の役目を譲ったのだった。


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ややこしい話だが、東成田駅は1978年から1991年までの13年間「成田空港駅」として機能していたのだ。
この駅は計4つの乗り場があり、1・2番線は特急、3・4番線は普通列車用に使われていたという。
現在、京成・芝山鉄道用として稼動しているのは3・4番線として使われていた方だ。

1・2番線は四半世紀前のまま放置されていて、昔の駅名標も残っていた。


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鉄オタ的にはたまらない場所だが、怖い。一人だとめっちゃ怖いです(汗)

「………ゴォォォォォオオオオオ!!」

何処からともなく地鳴りが聞こえてきた。
気付けば巡回警備員と思われる人がホームにいて、定位置で待機している。
そういや何も放送流れずに電車来たんだけど……もしかしてこの駅放送が流れないのか!?



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一体、なんなんだここはーーーーー!(次回へ続く)

2015/06/23 | 芝山/東成田攻略

芝山鉄道に乗る

「芝山/東成田攻略 2/2」

[2015/6/13]

芝山鉄道が何なのかは前回の記事で説明したが、正直ここまで異常だとは思わなかったぞ。
空港第2ビル駅から地下通路を抜け期待を胸に訪れた芝山鉄道の起点は、
四半世紀前に使命を終えた巨大廃ターミナルだった。

乗り場に自分と警備員しかいないという超展開の中、何の前触れもなく電車がやってくる。
やがて轟音が近づいてくると芝山千代田行きが姿を現した。



・芝山鉄道 [東成田~芝山千代田]
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芝山鉄道は京成線からの列車が乗り入れており、同線を往復するだけの列車は存在しない。
乗り入れる列車の全ては、成田方面からやってくる京成や都営の列車である。
ちなみに芝山鉄道は自社の車両を一編成だけ持っているが、何故か芝山鉄道には滅多に乗り入れないという。
自社車両が自社路線を走らないってどういうことだし!(編成上の問題らしいです)

行き先幕は何故か「(東成田) 芝山」となっていて、芝山鉄道の特異性をビンビンに感じる。
列車に乗り込むとものの見事にガラガラ。一両に一人いるかいないかの割合だ。
到着放送はなかったが発車ベルは鳴るらしい。電子音が鳴り響いた後、2.2km先の終点向けて走り始めた。


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東成田を出ると空港下の地下線をゴトゴト走っていく。端から見れば亡霊列車のようだ。
しばらくすると速度が下がり、地図では把握し難いが、急なS字カーブを曲がり始めた。
反対派の同意が得られず買収できなかった土地の隙間を、急カーブで切り抜けているのだ。

「………カンカンカンカンカン!」

びっくりしたのはS字カーブを抜けた後だ。地下なのに何故か踏切の音が聞こえてきたのである。
頭おかしくなったんじゃない。マジだ。恐らく検査の巡回員か何かに対するものだろう。
突っ込みどころ満載過ぎて何がなんやら。


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謎の踏切音が遠ざかっていくと、間もなく列車は地上へ出た。
線路のすぐ隣には成田空港があり、飛んでいく飛行機も見ることができる。

空港を拝みつつ高架を上がってきたところで、列車は終点の芝山千代田へ到着する。



・芝山千代田駅
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芝山千代田駅は空港東側の端に存在する。列車を降りると辺りは轟音の中。
飛行機のジェットエンジンが間近で聞こえてくる。
線路横を走る一般道は地下を潜って空港西側へ直結してるみたいなので、
どうやら芝山鉄道だけが孤立してるわけではないようだ。車の交通量も多い。


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この駅は芝山鉄道の"現時点終点"だ。
将来的には九十九里の方まで延伸する計画があるようで、高架の端はブツ切り状態になっている。

今にも敷設が続きそうな様子だが、今後延伸される可能性はほぼ無いと考えていいだろう。


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芝山町は遺跡・古墳の宝庫で、駅の至るとこで名物のはにわがフィーチャーされている。
記念撮影ボードもはにわでロータリーに飾ってあるオブジェもはにわだ。100%はにわ推し(笑)

駅前を探索してみるも、はにわ以外これといったものはないようだ。
この駅からは延伸区間の代替としてシャトルバスが出てるようで、
芝山鉄道と併用すれば成田空港から九十九里へ行くことも可能だ。


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「芝山鉄道 みんなの願いは 早期延伸」

地元町議会による物々しい看板もあった。
一体何の基準で「みんな」としてるのかはわからないが、現時点で延伸は絶望的だろう。
あと延伸したら「日本一短い鉄道」ではなくなるので日本一ブランドがなくなってしまうのが痛い。

芝山鉄道が開業するまで日本一の短さを名乗っていた紀州鉄道の全長が2.7kmなので、
少しでも延伸したら即刻ブランド剥奪である。




仮に芝山鉄道を看板の要望通りに延伸させたら、こんな感じになるだろうか……!
芝山千代田から芝山町中央を貫き、総武本線と接続する松尾を経て蓮沼・九十九里へ至る。
九十九里浜と蓮沼海浜公園を名物にして、上野・羽田から特急を走らせてみてはどうだろうか??

大赤字は間違いないけどね。


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ホーム北側からは、空港に停泊中の飛行機を間近に見ることができる。
開業当時は飛行機の見れる駅として注目を浴びたんだとか。

見るべきものは見てしまったので、キリのいいところで折り返しの列車に乗り込んだ。
ここであまりブラブラしてると不審者扱いされて捕まりそうである。
探索するのは自由だが常識ある行動を心がけたい。



・芝山鉄道 [芝山千代田~東成田]
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夕方の通勤時間帯だからか、復路の成田行きは意外と利用者が多い。
そのほとんどが空港・公安関係の仕事帰りの人だろう。
車内の雰囲気は鶴見線のそれと似た感じだ。

淡々とした業務放送が流れた後、列車は出発した。
左手に空港を拝めるが、すぐに地下へ潜り空港直下を突き進む。
起点から終点まで2.2kmにして3分。小さな道のりを経て隣駅の東成田へ到着する。


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東成田に戻ってきた。このまま直通の京成線に乗って帰ってもよかったが、
自分の場合、成田スカイアクセスで帰った方が早いので、
元来た道を戻り空港第二ビルへ向かうことにした。

………あの魔境地下通路をまた通らなければならないのだ。



・連絡通路 [東成田~空港第2ビル]
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異次元への入口。

またここ通んのかよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
女性客が間違って入り込んだら確実にトラウマになるだろう。とにかく雰囲気がヤバイ。

入口にさっそく監視カメラがあるが、通路内にあのカメラが数え切れない程あるのだ。
空港の圧倒的権威の元で一人無防備でさらされる切迫感が尋常じゃない。
ドMな方にはいいかもしれないがw


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ただ戻るのも面白くないので、僅かに残る昔の広告を物色してみる。
色褪せた写真の下に「東京駅地下ホームからL特急あやめで60分」と案内が書いてあった。
L特急は国鉄時代の普及型特急の称号だ。あやめは今年廃止されてしまったが……。
ここは何もかも時代から取り残されている。

あと間違ってもこんな辺鄙なところで彼女に会ってはいけない。
即刻別れを告げられ破綻を迎えるだろう(笑)



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生還!!

500mに及ぶ連絡通路を戻り、私は巨大廃ターミナルから"生還"した。
現世に戻ってきたかのような達成感。心底生き返った気分だ。

それほど、旧・成田空港駅はヤバい雰囲気を放っていた。



・空港第2ビル駅
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こちらは現行の成田空港、空港第2ビル駅のコンコース。
さっきの"異世界廃墟ワールド"は一体何だったんだと、人混みに紛れながら私は思った。

空港第2ビルに戻った後はスカイアクセスに乗り、さっさと帰路へ着く。



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・旅の総費用:運賃400円
・乗った乗物の数:鈍行2本
・総距離/所要時間:5.4km/1時間強



人を選ぶが、鉄道好きなら東成田は一度訪れる価値がある物件だと思う。
芝山鉄道は京成成田から直通の列車でそのまま行くこともできるが、
個人的には敢えて空港第2ビルから連絡通路を使うルートで辿るのをオススメしたい。
このルートで行く場合、万が一のときのために身分証明書を持参した方がいいだろう。

さらされる恐怖と緊張感の元で、未知なる場所へと向かうような"圧倒的異空間"
長い連絡通路を抜けた先には、昭和のまま取り残された巨大廃ターミナルと"日本一短い鉄道"が待ち構えている。
(完結)
2015/06/28 | 芝山/東成田攻略


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