鈍行列車一人旅

よく電車とバスに乗って旅してます。鉄分多めの旅ネタが主。
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臨時列車で安房鴨川へ

「内房臨快旅 1/2 (新松戸~木更津~君津~安房鴨川)」

[2015/3/28]

自宅最寄駅停車の臨時快速ほど心躍るものはないっ!


3月末は春休み真っ只中で混み合いそうだが、この時期に設定される臨時列車群の存在を私は見逃さなかった。
特に自宅最寄駅(新松戸)に停車する臨時列車は少なく、乗れる限りは乗ってみたいところ。
ということで今回は、千葉北西から希少な臨時列車を乗り継いで内房線を辿っていこう!


・計画~導入


本日決行する日帰り旅で使用する列車の数は、往路復路含めて僅か5本である(臨時快速3本・鈍行2本)。
まず自宅最寄駅の新松戸から館山へ向かう臨時直通列車「春の南房総号」に乗車し、木更津まで行く。
木更津で一旦鈍行に乗り換え、一駅隣の君津で下車したら、
君津を始発とする臨時の観光列車「リゾートあわトレイン」に乗って、内房線終点の安房鴨川を目指す。

安房鴨川に着いたら折り返しで発する鈍行に乗って、関東最南端駅の千倉で下車する。
千倉からは路線バスに乗り、関東最南端の岬である野島崎へ到達。最果て妙味も板についてきた感じだ。
野島崎を訪れた後は再び路線バスで館山へ向かい、復路の南房総号に乗って真っ直ぐ帰路を辿ることになる。

「往路:春の南房総号→内房線鈍行→リゾートあわトレイン」
「復路:内房線鈍行→館山日東バス→春の南房総号」


一見合理的で理にかなってるように思える今回の行程は、下調べの段階では実現が困難であった。
往路復路ともに臨時快速の時間に合わせ、内房線完乗に加えてさらにバスで野島崎へ到達しようとすると、
列車とバスの時刻が全く噛み合わなかったのである。それでも辛抱強くありとあらゆる行程パターンを想定した結果、
全ての乗り継ぎががっちりと噛み合った奇跡のルートをワンパターンだけ見つけることが出来たから良かった!

朝8時に自宅を出、チャリを漕いで新松戸へ。
みどりの窓口で南房総号の指定席券を購入した後、私は武蔵野線の高架ホームへ向かった。



・春の南房総号 [新松戸~木更津]
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「間もなく4番線には、館山行きの直通列車が到着致します。この列車は全席指定席です。
乗車には指定席券が必要なのでご注意下さい」


新松戸駅4番線は何時もの通り、休日の行楽客で一杯だ。特に武蔵野線沿線は娯楽施設が多く休日の方が混雑する。
ホーム端では、撮り鉄がギラギラ眼を光らせている。今日は臨時列車が多くレア車両が沢山やって来るからだ。
やがて定刻から二分ほど遅れて、多くの人に見つめられる中「春の南房総号」はゆっくりと入線してきた。

臨時快速「春の南房総号」は昨年まで「花摘み南房総号」と名乗っていたが、今年になって名称を変更したようだ。
この列車は大宮を始発とし、東北本線・武蔵野線・京葉線・内房線を経由し約3時間かけて館山へ向かう。
自宅最寄駅を発する臨時列車は滅多にないので、これを利用しない手はない!

新松戸から南房総号を利用する人は極小数らしい。普段走らない臨時列車なので、地元の乗客は釘付けになっている。
周りの視線を一心に浴びながら、私は何時もの如く入線してきた列車を撮影し颯爽と乗り込んだ。
車内は座席が半数ほど埋まっているが、満席には程遠い。


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南房総号専用の幕はないらしく、列車の方向幕には単に「臨時快速」と掲げられている。
この列車は純然たる快速なので、通常の運賃に指定席券代520円を継ぎ足すだけで乗ることが可能だ。

8時32分、館山行きの南房総号は定刻から二分遅れて新松戸を発車する。車両は臨時でお馴染みの185系
新八柱辺りで、対向の線路に国鉄の寝台電車(583系)が通り過ぎていくのが見えた。
恐らくさっきホームで構えていた撮り鉄の目当ては、今の寝台電車であろう。
普段は滅多にお目にかかれない、レア車両なのである。




過密な定期列車の隙間を進んでいるせいか、ノロノロ列車は走る。これは臨時快速の宿命だ。
西船橋に着くと、観光客がそれなりにゾロゾロと乗り込んできた。
大宮始発の列車だが、途中駅からの利用も多いようだ。新松戸は全くもって少なかったが。

西船橋を出ると、南房総号は蘇我までノンストップで進む。蘇我の次の停車駅は木更津である。
今のところ、天気は曇りだ。予報通り、空は少しばかりか晴れる兆候を見せている。


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湾岸沿いに敷かれている京葉線に入ると、列車は真新しい市街地と京葉工業地帯の横をひた走っていく。
新興住宅や大型商業施設も多く立ち並んでおり、まだまだベッドタウンの様相といった感じだ。
やがて右手に無機質な工場が間近に迫ってくると、列車は間もなく蘇我に到着となる。

武蔵野線・京葉線に続き、蘇我から南房総号は内房線に入る。
この辺りから本格ローカルの様相を帯びてくるのだが、車窓のハイライトはまだまだ先だ。
一大拠点となる君津までは住宅街や工業地帯が多く、海も見えないので景色としてはあまり面白みがない。


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長閑な田園地帯が多くなってくると、列車は木更津へ到着となる。
南房総号は、次乗るリゾートあわトレインの始発となる君津には停まらないので、
まずはここで一旦下車し、後発の鈍行に乗り継いで一隣駅の君津へ向かう必要がある。


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木更津駅は内房線と久留里線が接続しており、駅ホーム脇の留置線にはハイブリッド気動車の姿があった。
久留里線は東京近郊の在来線にして未だ非電化という珍しい路線で、何時か完乗したいのだが、
今日の旅は内房線に焦点を絞ったので、今回はスルー。



・内房線 [木更津~君津]
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木更津到着から約10分後、8両編成の鈍行がやって来る。
ここから先は4両編成での運転となるらしく、車両の切り離しが行われた。
長時間停車の後、9時55分発の館山行きは定刻通り発車。一駅隣の君津まで僅か5分乗車する。

木更津~君津間は内房線内で最も駅間距離が長く、車窓も一気にローカル色が強まってきた。
この区間で初めて、内房線はトンネルをくぐる。低山ひしめく千葉南部の意外な険しさを舐めてはいけない。


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君津に着いた。この駅を境にして、内房線はこれまでの通勤通学路線としての「顔」を失う。
君津から終点の安房鴨川までは、一部の優等列車を除き一時間一本のみの鈍行しか走ってないのだ。
東京へ向かう直通列車は君津以南には一切乗り入れず、定期特急「さざなみ」も同じく君津を終着としている。

そんな侘しい内房のローカル区間(君津~安房鴨川)を、今回は希少な観光列車に乗って進んで行こうと思う。
ホームで列車が来るのを待っていると、何処からともなく観光客がゾロゾロと現れ始め混みあってきた。
思った以上の混雑具合だ。次乗る列車には自由席車が一両だけ連結されているのだが、皆それ目当てだろうか。

何時の間にかホーム上には行列が形成されており、私は今その最前列にいる。
やがて発車時間が近づくと、内房線の臨時観光列車「リゾートあわトレイン」が入線する!



・リゾートあわトレイン [君津~安房鴨川]
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2011年に登場した「リゾートあわトレイン」は、繁忙期に内房線内で不定期運行されている観光列車だ。
当初は房総南部の館山を始発としていたこの列車は、後になるごとに運転区間が拡張され、
今年に至っては君津を始発とするようになった。その理由はよく分からない。

列車は6両編成で、1・2・3・5号車が指定席、4号車がイベントカー、6号車が自由席となっている。
指定席は片側がお座敷となっており、向かいの指定席を取った者が占有できるらしい。
イベントカーにはマザー牧場の菜の花や、列車のジオラマが展示される。

車両は、大々的な改造を受けた元485系「ニューなのはな」が使用されている。
所謂ジョイフルトレインと呼ばれる部類の車両であり、普段はお座敷列車として走ってるそうだ。
丸っこい先頭のデザインは485系時代の面影を全く残してないが、側面の窓配置は当時と変わっていない。


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指定席車は片側がお座敷になっているが、一両のみ設けられた自由席車は両側ともボックスシートになっている。
予想に反して、自由席の車内は大混雑。デッキに立ち客が出るまでの状態である。

この臨時列車は何時もガラガラだって何処かの噂で聞いたんだけど、期待を見事に裏切ってくれた。
しかし早くから行列に並んでいた自分は、窓側の席を無事確保!争奪戦というほど殺伐してはいないが、
自由席の座席は一瞬で満席となった。当然の如く、指定席も満席。内房って、こんなに観光需要あったっけ?(笑)




10時38分、往路の「リゾートあわトレイン」は満席状態で君津を発車した。終着の安房鴨川まで2時間弱の道のりだ。
出発からしばらくは君津の市街地を進むが、大貫を過ぎたところで本格的なローカル区間に突入。
大貫から先は、房総南部の低山群の端っこをかすめるように走っていく。
幾多のトンネルを抜けると、右手に海がちらちらと見え始める。

「今日は、何処から来られたんですか?」
「松戸の方から電車乗り継いで来ました。内房線はまだ国鉄の列車が走ってた頃に一度乗ったんですけど………」
「ああ、アレね!うちらはここが地元で、蒸気走ってた頃から乗っとるよ」
「本当ですか!?昔は内房・外房を一周する急行列車もあったって聞きますが?」
「そういや、あったねー。まだ気動車しか走ってなかった頃だな………」

座席向かい側の老夫婦が、(ブログのためだけに)虎視眈々と車窓を撮影する私に話しかけてきた。
高校の頃に一度だけ乗り通した内房線を今一度振り返ってみるのも、今日やる鉄旅の目的の一つなのだ。


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ひなびた海岸や港の横をひた走っていく様相は、東京近郊ではなかなかお目にかかれない。
老夫婦によれば昔栄えていたという上総湊に差し掛かるところで、右手に海が間近に迫り歓声が上がる。
上総湊を過ぎてすぐのところで湊川を渡るが、車窓すぐ手前に古びた橋脚があるのが気になった(画像左下に写ってるやつ)。
他の鉄道路線と同様に内房線にも旧線跡や廃随道が点在していると聞くが、これもその一つなのか………。


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この区間はトンネルの数が多く、房総南部の地形の険しさを物語る。
しばらくすると列車は思った以上に高いところを進み、風光明媚な車窓が広がる。
穏やかな東京湾の向こうには、三浦半島が見えた。天気が良ければ富士山も拝めるらしい。


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向かいの老夫婦と話しているうちに、列車は館山に到着した。
ここから内房線は東に進路を変え、外房線と繋がる安房鴨川へと向かう。
館山では長時間停車するらしい。向かいの房総特急と仲良く顔合わせしている。

乗客がガラッと入れ替わった後、リゾートあわトレインは観光拠点の館山を出発する。
自由席の車内は地元客や観光客、子供連れ等が混じってごった煮状態だ。


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これまではいくつか駅を抜かして進んでいたが、館山から先は各駅停車となり律儀に一駅ずつ停車して進む。
和田浦駅では、房総名物の菜の花が一面に咲き誇る。ホームの端から端まで黄色一色だ。

「武蔵野線はニヒャクゴしか走ってないじゃん!」
「いや、違うって!武蔵野線はニヒャクゴだけじゃなくてニヒャクキューも走ってるの!」
「ええー!?見たことないんだけどー!京葉線のイーニーサンサンとかじゃなくてー?」
イーニーサンサンじゃないよ!ニヒャクキューだってば!」

(※ニヒャクゴ=205系/ニヒャクキュー=209系/イーニーサンサン=E233系)

隣のボックスシートでは、マニアックな鉄用語をハイテンションで連発する子供達が楽しそうに話している。
それなりに鉄の私にも理解不能な、超絶マニアック知識を披露しているのにはマジでおったまげた。
まだ小学生だというのに、一体何処からそんな込み入った情報仕入れてくるのだろうか……。
うーん、全く見当がつかないなー。自分と頭の良さの度合が違うんかね(苦笑)。




内陸部をしばらくひた走ると列車は再び海へ近づく。江見から太海にかけては、内房線最大のハイライトが控えている。
海岸線真っ只中に建てられた山生橋梁である。山生橋梁は、日本発の本格鉄筋コンクリート鉄道橋として知られる。
1924年に建設された古~い橋梁で、塩害に直接晒される場所にありながら約90年近く耐え続けており、
その実績と価値が評価され土木遺産にも認定された貴重物件なのだ。


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山生橋梁に近づくと観光案内が行われ、間もなく徐行で渡る。ここばかりはそれなりに歓声が上がった。
並行する眼の前の国道(房州大橋)は海の上を通っているが、鉄道は断崖と波打ち際に挟まれたところを行く。
隣の鉄の子らの感想は「えーこれだけーつまんなーい!」であったが、内房線最大の見せ場はここ山生橋梁であろう。
海は青く透き通っており、東京近郊とは思えないほど綺麗だ。これぞ、南国のオーシャンブルーである。



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やがて12時34分、列車は定刻から少し遅れて終着の安房鴨川へ到着した。これで内房線は無事完乗となる。
ここ安房鴨川は高校時代に一度だけ訪れているのだが、駅構内は以前とあまり変わってないようだ。
内房線と外房線の終着駅であり、外房経由で定期の特急「わかしお」も乗り入れている。



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列車を降りると、流行りのゆるキャラが出迎えてくれた。その名も「たいよう君」!
鴨川市を代表するイメージキャラクターで、同市のイベントなどで活躍してるそうだ。
ゆるキャラと通勤電車との共演も即興でやってくれた。サービス精神旺盛である。

これだけ体が図太いと、真夏の営業はキツイだろうなー。めっちゃ暑そう………(苦笑)。



・安房鴨川駅
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安房鴨川の滞在時間は僅か40分。取り敢えず駅前に出てみると、弁当の即売をやっていた。
地元の大学(城西国際大学)が手がけたものらしく、売り子も学生さんがやっている。
この即売も恐らく、リゾートあわトレインと合わせた販売企画なのだろう。

「ハイ、完売でーす!ありがとうございましたーーーっ!」

腹が減っていたので即刻購入すると、自分の分が最後だったらしくその場で拍手が湧き上がった。
こじんまりとしてはいるが、今日の「リゾートあわトレイン」は大盛況に終わったようだ。
毎回こうなればいいが、他の日はどうなのか気になるところである。


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城西国際の即売弁当(700円)は、素朴な味わいの中に新鮮な海老やビーフの美味さが光る。
地元で収穫される長狭米によるご飯も美味で、あっという間に完食してしまった。

リゾートあわトレインで安房鴨川まで来た乗客は、それぞれの目的地を目指して思い思いに散っていく。
安房鴨川を観光する人もいれば、そのまま外房線の鈍行へ乗り継ぎ房総一周を目論む猛者もいるようだ。
今来た道を戻る折り返しの鈍行に乗る人は極僅か。私が目指すのは、あくまでも最南端の地である。


野島岬へ直接行くには館山から出るJRバスを使えばいいが、私は敢えて関東最南端駅の千倉から強行で行こうと思う。
千倉から出るローカルバスは野島岬の最寄りまで行ってくれないようだが、そこは自らの足で補えば問題ない。
次回!一日数本の館山日東バス(千倉白浜線+豊房線)を使い、房総半島の先っぽへ向かう!

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2015/04/01 | 内房臨快旅

館山日東バスと野島崎

「内房臨快旅 2/2 (安房鴨川~千倉~野島崎~館山~新松戸)」

[2015/3/28]

臨時列車をふんだんに使用した内房日帰り旅は、至って平和で順調な道のりを辿ってきた。
千葉北西から南房総号に乗り、君津でリゾートあわトレインに乗り換えて安房鴨川へ到着。
安房鴨川で昼食休憩した後は折り返しの鈍行に乗り、関東最南端の地を目指すことになる。


・内房線 [安房鴨川~千倉]
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内房線の折り返し館山行き鈍行が6両編成で停まっている。
車両は、元々京浜東北で走っていた209系。同路線に新型車が入ったため転属して千葉へやってきた奴だ。
こいつは先頭車のみがボックスシートに改造されているが、他の車両は全てオールロングシートとなっている。

国鉄113系亡き今、内房線の純然たる鈍行は全て味気ない209系が受け持つ。
鉄の方ならご存知かと思うが、この車両はあらゆる面で徹底的にコスト削減を計った安物車両なのだ。
とにかく丈夫で頑強な設計を施していた国鉄時代とは根本的に設計思想が違っており、
必要なだけの丈夫さを施し、使えなくなったら捨てるかリサイクルするという発想の元に209系は誕生した。

しかしこの車両、如何せん安く作りすぎたためか当時は批判の眼が集中し、乗客からも多大な苦情が出たことで知られる。
209系の導入で「やり過ぎた」と猛省したJRは、後にやや乗客目線寄りの車両を開発するに至った。
それが、現在の中央線や京浜東北線で走っているE233系である。


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予報通り、天気はすっかり晴れてきた。車内はガラガラで、そのほとんどが観光客か乗り鉄。
209系は味気なさの極みのような車両だが、先頭車にボックスシートが追加された点ではまだマシかも。
かつての内房の主力であった国鉄113系の思い入れが強すぎるためか、209系に対する恨みは年々募っていくばかりだ(笑)。

元来た道を戻り、安房鴨川から約一時間のところで列車は千倉に到着する。


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降りた乗客は、年輩の団体旅行客を除くと私一人のみ。
いかにも南国な佇まいの植物が、駅構内に華を添えている。
ありきたりな無人駅だが、ここが一応、関東最南端の駅なのだ。



・千倉駅
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千倉の駅前は特にこれといったものがないようで、最南端駅の記念碑などの類もないのが残念。
駅舎はいかにも近代的な真新しいコンクリート造りで、中は広い。
駅中横には観光案内所も併設されている。

ここ千倉から今度は、安房白浜行きの路線バスに乗って先を進んでいく。路線名称は「千倉白浜線」。
千倉駅を始発とするこの路線は、JRバスではなく地元のバス会社の館山日東バスが受け持っている。
館山からなら野島崎の最寄りへ行く路線があるが、千倉から野島崎へ行くにはまず千倉白浜線で終点の安房白浜まで行き、
そこからさらに徒歩で到達する
しか手はない(といっても徒歩区間は約1kmなので到達自体は簡単だが)。

駅前を一通り探索した後、私は駅前ロータリー横に停まっているバスに乗り込んだ。



・館山日東バス 千倉白浜線 [千倉駅~安房白浜]
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14時15分、乗客僅か4人を乗せて安房白浜行きのバスが発車した。
バスは昔ながらのツーステップバスだ。

館山日東バス「千倉白浜線」は、関東最南端駅の千倉から南房総のバス一大拠点の安房白浜までを結んでいる。
狭苦しい駅前通りを出るとバスは国道410号線に差し掛かり、「房総フラワーライン」の区間へ入った。
房総フラワーラインは、2本の県道と1本の国道から形成されるドライブコースのことだ。
観光・ドライブのスポットとして頻繁に取り上げられており、沿線には観光スポットが多く点在する。


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快適な道路といえども、路線バスはあくまで定刻通りに走るという絶対的使命があるので、走る速度は概ね一定している。
それが災いしてか、バス後方には一般車が詰ってきた。恐らく観光かドライブ目的でやって来た人々がほとんどだろう。

停留所に停まると、後方に溜まっていた一般車が一斉にバス前方へ吐き出されるかの如く走り去っていく。
発車してはまた後方に車が溜まってきて、停留所に停まってはビュンビュン追い抜かれる。
「遅せぇぞ、バス!」と言わんばかりに………(苦笑)。


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起点からしばらくは狭苦しい住宅街の中を進んでいくが、中盤辺りで左手に太平洋が見えてきた。
道脇には花畑が点在していて、今がちょうど見頃なのか色々な花が咲き乱れる。
これぞ、房総らしい房総の一風景。房総南部は温暖な気候であり、春の訪れは早いという。


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定刻から少し遅れて、バスは終点の安房白浜バスターミナルに到着した。
ここはJRバスと館山日東バスの他に、東京発の高速バスも乗り入れる一大ターミナルである。
野島崎は、ここ安房白浜バス乗り場からだと徒歩15分ほどで行くことが出来る。距離にして約1kmだ。



・安房白浜~野島崎(徒歩)


バスターミナルからフラワーラインを少し西へ進むと、野島崎への案内看板があったのでそれに従って裏道の中へ。
裏道を進んでいくとやがて海沿いの道路(国道410号線)にぶち当たり、海の向こうに野島崎灯台が見えた。
海沿いの道路をひた歩き人が増えてきたところで、関東最南端の野島崎へ到達となる。



・野島崎
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野島崎は関東最南端の地であり、辺りはすっかり観光化されていた。
岬入口は、ありとあらゆる飲食店や土産屋が立ち並ぶ。入口脇の駐車場は満車状態だ。
岬中央には、野島崎灯台が聳える。「灯台50選」にも選ばれた由緒ある灯台である。
参観料200円払って中に入ることも可能だが、今日は点検の為お休みしていたのが残念。

岬周りに設けられた道はちょっとした遊歩道になっており、岬の先っぽまで容易に行けるようだ。
せっかくここまで来たんだから、色々探索してみようか。


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ここは関東最南端であるとともに、房総半島の最南端でもある。お目当ての立派な石碑も二つ発見!
画像右の「最南端之碑」には、野島崎の場所を示すとともにこんなことが掘り込まれていた。

「この石碑は、アフリカ産黒みかげ石で作られており、
日本地図のほぼ中央、千葉県南端にはめ込まれた印が本町の位置を示している」

ここが最南端だってことはよくわかった。
でも、野島崎とアフリカって何か関係性あったっけ?(笑)


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岬の先っぽはゴツゴツした岩が乱立しており、独特の景観を呈している。
南側の大きな岩の上には、いかにもな雰囲気のベンチが一つ設けてあった。
もちろん観光誘致目的のために設けられたものであるが、「珍」な風景にも見えてくるから面白い。


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上画像にあるベンチのとこから見える関東最南端の景色は、こんな感じである。
意外と険しい岩場の向こうに広がるのは、ただっ広い太平洋。
ここから200km先には伊豆諸島があり、2400km行ったところにはあのグアムがある。
途方もなく途方のない数字に、たまには憧れを感じてみては如何だろうか?



・厳島神社
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どうやら、この岬の中心部には灯台の他に神社(厳島神社)があるようだ。神社への道は岬入口から続いている。
本殿は実に渋い。そしてもう一つ気になったのが、本殿前にある小さな祠である。
地元の神か何かでも祭ってあるのだろうか?


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祠の右脇には、何やら「平和の愛鍵」と称して怪しげな一文(画像右)が添えられている。
この文からして、祠の中に何が祭ってあるかは、容易にご想像頂けると思う。
(本当にそのまんまの「形」なので閲覧注意)


何やら放送事故になりそうな気もするが、以下に祠の主の正体を堂々公開しよう!




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ドーン。

………もう、何も言いますまい。というか、見た瞬間吹いちまったよコレ(苦笑)。
わざわざ関東最南端の地まで来て、まさかこんなものを拝めるとは思えなかったぞ。
祠の中に厳然と据わる「御神体」は、実にご立派なお姿であった。

「ねえ、父ちゃ~ん!コレ、な~に?」
「ああこれは………!そうだねぇ……ほらっ!あっちに灯台があるよ~!」


興味津々に御神体を見つめる我が子に対し、親が対応に困っている。
いくら聖なる神といえども、ここの神は子供連れには厳しいものがあるだろう。
御神体の横にはでかいシャコ貝が置いてあるのだが、こっちは口に出したら即効アウトだな(笑)



・野島崎~野島崎灯台口(徒歩)


一通り探索を終えたところで、バスの時間が迫ってきたので最寄りのバス停へ移動。
野島崎の最寄りのバス停「野島崎灯台口」は、岬入口前の小道を5分ほど歩いたところにある。
岬入口まで直接来てくれる観光バスもあるようだが、私は純然たる定期の路線バスに乗りたいのだ。


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岬入口から狭い裏道を北へ歩いていくと、房総フラワーラインの道路へぶつかった。
バス停はフラワーラインへ出てすぐ右のところで発見。コンクリートの待合室の中にポールが二本立っている。
一方が館山日東バスで、もう一方がJRバスのものだ。この区間は二つの路線が走っているのだが、
主力はあくまでJRバスであり、館山日東バスのポールは実に侘しい出で立ちであった。


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行き先は、無し。バスの数は、1日5本。

行き先ぐらい書いておいてほしい。めっちゃ不安になるんだけど、行き先無しって(笑)。
時刻表もあまりに侘しい。午前中に3本と、日中に1本と、夕方に1本しかない。
ちなみに、JRバスはほぼ毎時一本来るらしい。

誰も来る気配が無い中、一人バス停で突っ立って待つ。やがて定刻がきたが、バスは一向に来る気配がない。
「もしかして平日のみの運行なんじゃないか?」とか無駄に疑ったり心配したりしていると、
定刻から五分ほど経ったところで、道路の向こうから館山日東のバスが無事やって来た。



・館山日東バス 豊房線 [野島崎灯台口~館山駅]
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館山日東バス「豊房線」は、JRバスや千倉白浜線と繋がる安房白浜ターミナルから館山駅までを結んでいる。
県道86号線を経由するこのバス路線は、廃止寸前に追い込まれながらもギリギリの状態で存続しているという。
元々はJRバスが担当していたが、乗客の減少に伴い2005年に館山日東バスへ移管され現在に至っている。

「館山駅~安房白浜」を結ぶバス路線は2つあり、豊房線の他に国道410号線を経由するJRバス「南房州本線」がある。
南房州本線は1日12本出ているが、対する豊房線は需要が限りなく少ないらしく、1日僅か5本。
「普段一体誰が乗ってるんだろうか?」と思わざるを得ないほどの、本数の少なさである。

しかし今回の旅程において、超ローカル路線の豊房線は帰りの南房総号に間に合う唯一の「救世主」と成り得た。
この時間帯に発する16時20分発の南房州本線だと、帰りの南房総号の発車時刻に間に合わないのだが、
今から乗る豊房線の最終バス(16時02分発)を使えばギリギリで間に合うことが出来るのだ。


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バスは野島崎灯台口を出るとしばらくフラワーラインを進み、川を渡ったところで右に曲がり県道86号線へ入る。
この県道は館山と白浜方面を結ぶ道路としては最短距離を誇り、また千葉県最南端の県道でもあるのだが、
道中は人家の少ない野山の中であり、古めかしい隧道も抜けた。車内の乗客は自分入れて二人のみ。

上り下り勾配を繰り返して山の中を抜けると街中へ入り、ライバルの国道410号線と交差。
その後は無節操に狭苦しい道を何度も曲がっていく。


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「ありがとう、豊房線!」

16時35分、館山駅行きのバスは終点の館山駅に到着。たった一つの「救世主」豊房線の最終バスに別れを告げる。
何はともあれ、豊房線が存在しなければ今回の旅は絶対に実現しなかったのだ。
復路の南房総号は10分後に発車する!



・館山駅
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南房総の拠点である館山駅は「関東の駅100選」にも選ばれていて、駅舎は洋風の小洒落た造りだ。
ここから南房総号に乗って自宅最寄の新松戸で降りれば、今回の旅は無事にフィニッシュとなる。
発車まで残り3分をきったので、私は駅舎を撮影後すぐホームへ降り立った。



・春の南房総号 [館山~新松戸]
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館山を始発とする復路の南房総号が、6両編成でホームに停まっている。
南房総から自宅最寄駅まで一本で行ってくれるのだから、自分にとってこれほど都合のいい列車はない。
現在南房総号で使われている車両は国鉄特急車のお古(185系)だが、元特急だったこともあって快適性は申し分なし。

帰りの南房総号はガラガラ。内房周辺は車でのアクセス手段が充実しており、鉄道利用の観光客が著しく減少しているからだ。
これは、高速道路網が未だ整備されてない外房とは対照的。実際、外房線は全線通しの特急が今も走っている。


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列車は館山をひっそりと発車すると、富浦、保田、浜金谷の順に停車していくが、乗客は一向に増えない。
この列車は以前乗ったときもガラガラであった。乗り間違えが多いのか、車掌は臨時快速である旨を何度も説明している。

穏やかな東京湾を横目に、南房総号は速度も控え間に淡々と駆け抜けていく。
千葉を過ぎる辺りで日が暮れ、京葉線・武蔵野線に入るとソロソロと進む。
やがて18時56分、列車は何のことなく定刻通り新松戸へ到着した。



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新松戸で降りた乗客はやはりごくごく僅かで、自分のためだけに停車してくれたような錯覚さえ覚えた。
列車は到着して間もなく発車となり、そそくさと走り去っていく。南房総号の終着はまだまだ先なのだ。
新松戸からは南越谷、南浦和、終着大宮の順に停車していくはずである。
改札を出た後、私は駅前からチャリを漕いで早々に帰宅した。


・旅の総費用:4570円(18切符一日分+指定席料金+バス運賃)
・乗った列車の数:5本(臨時快速3本+鈍行2本)
・全区間の総距離:約620km



車の利用が圧倒的多数を占める中、希少な内房の臨時快速は粛々と走った。南房総号は恐らく来年も走るだろう。
元々、内房線は海水浴列車など多くの臨時列車が走っていたというが、今はその影が全くない。
「今日、野島崎へ公共交通へ行った人は自分一人だけだったのではないか?」と、
車やバイクひしめく岬入口の駐車場を見て、私は思ったのだった。

内房線は高校時代に初めて完乗した思い出の路線なので、何年後かにまた来訪したいと思う。
あとこれは余談だが、野島崎の「御神体」は想像以上にインパクトあったぞ。
(完結)
2015/04/11 | 内房臨快旅

本州最北端の終着駅、大湊へ

「三陸縦断作戦 1日目 (柏~水戸~竜田~原ノ町~相馬~亘理~仙台)」

[2015/4/7]

「行くぜ、本州最北端。」


木○文乃は、確かに可愛かった。しかし、あんな可愛い撮り鉄まずいねえべ(苦笑)。
ちなみに彼女は生粋の鉄オタで、調べた感じでは恐らく「乗り鉄」。
俺と、同じじゃねえか………。

さて今回、私は「3.11」で甚大な被害を受けた東北・三陸の地を経由して本州最北端へ向かう計画を立てた。
東京から多数の不通区間を経て、本州のてっぺんへ。その過酷な道のりの先には何が待っているのか。
3.11から既に4年の年月が経っているが、被害の爪痕は未だ残る。特に鉄道の被害は根深い。


幾多の不通区間を突破し、いざ、本州最北の地へ向かおう!



・計画~導入


さて、今回決行する鉄旅の最終目的地は、本州最北端の終着駅である大湊と、津軽半島最北端竜飛崎だ。
東京から列島の東海岸側に沿ってひたすら鈍行とバスを乗り継ぎ、二日目の夜に大湊へ到達する。
大湊へ到達した後は津軽線で竜飛崎へ向かい、復路は青森から東北新幹線で帰路を辿っていく。
全て合わせて二泊三日の行程。宿泊は、気仙沼と大湊のホテルでそれぞれ一泊となる。


・一日目:常磐線→仙石線→石巻線→気仙沼線

千葉北西から常磐線の中電で北上し、不通区間の代行バスを乗り継いで仙台へ。
仙台で仙石線に乗り換えて石巻へ行き、石巻線と気仙沼線のBRTを使って気仙沼へ向かう。


・二日目:大船渡線→南リアス線→路線バス→北リアス線→八戸線→青い森鉄道→大湊線

大船渡線のBRTで北上。盛で三陸鉄道南リアス線に乗り継いで、同線終点の釜石へ行く。
さらに釜石から山田線の不通区間をバスで突破し、宮古から北リアス線で久慈へ向かう。
久慈からは八戸線と青い森鉄道で野辺地まで行き、野辺地で大湊線に乗って終点の大湊へ到達。


・三日目:大湊線→青い森鉄道→津軽線→路線バス→津軽線→奥羽本線→東北新幹線

大湊から大湊線と青い森鉄道を使って青森まで行き、青森から津軽線で同線終点の三厩へ。
三厩から出る路線バスで竜飛崎を観光したら再び青森へ戻り、東北新幹線で帰路に着く。



今回の鉄旅最大の肝は、東北の一大幹線、東北本線を実質的に一切経由しないということだ(三セク区間を除く)。
出来る限り東海岸線に沿ったルートとしたが、その半分近くの区間は現在も不通となっており、
本数の少ない代行バスとBRTを上手く利用して先を進んでいくことになる。

本州最北端終着の大湊まで到達するのに、乗り継ぐ列車・バスの数は何と二十本を越える。
一泊二日到達にしてはなかなか手堅い数字だが、今回は地方交通線主体の行程だからやむを得ない。
急行や快速を一切使わない、純然たる鈍行(とバス)の旅となる。その道のりは予想以上に過密で少し心配だが、
時間通りに列車とバス(と私の身体と気力)が動いてくれれば到達出来るはずなので、気合い入れて行こう!


早朝5時、私はパンパンになった大型ザックを背負って家を出た。天気は今のところ霧雨だ。
常磐緩行に乗って、快速と接続する柏へ移動。今日一番で上野からやって来る中電を待つ。
本州最北までおよそ1000km。数珠繋ぎに等しい鬼畜な鈍行旅が幕を開ける!!




・常磐線 [柏~水戸]
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我らが生活路線、常磐線。

常磐線はかつての東北方面への玄関であった上野から太平洋沿いを一路北上し、終点の岩沼までを結ぶ長大幹線だ。
その道のりは約350kmにも及び、昔は東北本線のバイパスとして長距離優等列車がバンバン走っていたという。
しかし東北新幹線が開業した後は長距離列車の数が必然的に減少し、バイパスとしての役目を失ってしまった。

「裏街道」「地味」「ボロい」と、昔から何かとネガティブイメージが押し付けられている同線であるが、
車両は既に新型に一新されており、一部区間では在来線最高速度(130km)を繰り出す。
沿線の見所はこれといってないが、地元通勤路線として頑張っているのだ。

5時38分、勝田行きの一番列車が定刻通り柏を発車した。運行上の終点、仙台まで約9時間の長旅だ。
天気は今のところ救いがないが、これから明日にかけて徐々に回復し最終的には晴れ渡るという。
グリーン車はガラガラ。普段は邪魔者でしかないグリーン車だが、旅にはガンガン使った方が何かと特別感が出て良い。




利根川を渡り茨城へ入れば、そこから先は複々線が途絶え中電(=中距離電車)しか走らなくなる。
デッドセクションを抜けただっ広い土地をひた走っているうちに、辺りはすっかり茨城の地だ。
この辺りまで来ると、列車は最高速度130kmで疾走する。
これを、かつての国鉄車がやっていたらたまったもんじゃなかっただろう。

牛久を抜けても相変わらず車窓は平坦だ。常磐線近郊区間は基本的に車窓は一切面白味がない。
この点は並行する東北本線と同様だが、常磐線は平板な土地に線路が敷かれているので余計単調に見える。


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荒川沖という地元感満載の名の駅を過ぎると、列車は一大拠点となる土浦に到着する。
土浦からは列車の本数がさらに少なくなり、風景も閑散としてくる。踏切の数も多くなる。
駅の造りも何処と無くローカルな雰囲気が漂い始めたが、列車の容赦ない速度は相変わらずだ。

ただっ広い田園地帯を抜け、岩間を出ると列車は水戸線と接続する友部を過ぎる。
この駅では、あの名曲「明日があるさ」が発車メロディーで流れた。


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友部からも車窓は特に代わり映えがなく、間もなく終点の水戸へ到着となる。
快適なグリーン車の旅はここまでだ。水戸から先は、正真正銘オール鈍行(とバス)の旅となる。



・常磐線 [水戸~竜田]
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常磐線の勝田から先は未開地で、私はまだ一度も行ったことがない。7時14分に発する竜田行き鈍行は、4両編成の415系
かつては複々線区で主力として活躍していた車両だが、現在は土浦以北のローカル輸送として余生を送っている。
ここから先は空くのかと思いきや、意外と混雑。列車が到着してから、車内は程なく満席となった。

年季の入った音を立てながら、竜田行きの鈍行は水戸を発車。常磐線は、この辺りから太平洋に近づくという。
車窓は相変わらず代わり映えがないが、より閑散としてきたのは確か。遠くには、山々がうっすらと見えた。
数駅進むうちに、車内は満席どころか満員状態に。そういえば、今はまだ通勤時間帯だ。

茨城に入ってから既に1時間強経過している。茨城の地は思った以上に広大である。
車内はオールロングシートで、しかも満席状態なので車窓を観察するのはマナー的に困難だ。
たまに窓側を振り返るならいいが、ずっと振り返っているのは相当厳しいものがある。


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常陸多賀で乗客が少しだけ入れ替わった。左手に山々がほんの少しだけ迫ってきたが、基本は住宅街の中をひた走る。
日立で通勤客がドッと吐き出され、車内は一気にスカスカに。日立を境にして、車窓は若干だがローカル色を帯びてきた。
左手の山々が目前に迫ってきたせいかもしれない。

どうやら濃霧のせいで、上りの列車は大幅に遅れているようだが、下り列車は何のことなく進んでいる。
高萩手前で、右手に太平洋がチラッと見えた。しかし見えるのはほんの僅かである。
それ以外の車窓は、やはり相変わらず面白味なし。

果たして、常磐線の車窓にハイライトというものは存在するのか?


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茨城最北端駅の大津港手前のところで、太平洋がくっきりと見えた。
しかし海辺寸前までは近づかず、チラチラ見えるところを行ったり来たりするのみ。
大津港を出ると、長かった茨城の地をようやく脱し福島県に入る。
この辺りから周りの野山がやや険しくなってきて、トンネルの数も多くなる。

海はがっちり見えたんだけども、まだまだ風光明媚とはいえんな………。
というかそれ以前に、常磐線に風光明媚なものを求めてる時点で何か間違っている気がするが(苦笑)。


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福島に入っても車窓は茨城とあまり変わらず、平地の中を進む。
やがて住宅が多くなってきたところで、列車は磐越東線と接続するいわきへ到着。
いわきを境に、常磐線は一部列車を除き運行系統が分離されている。ここでは2分停車するようだ。

2分停車した後、列車はガラガラの状態でいわきを発車する。いわきからも平板な車窓が続く。
車内は鉄と地元客が五分五分である。先程大津港辺りで見えた太平洋は、全く見えなくなってしまった。
チラッと見えた太平洋以外は右手の車窓は全く面白味がなく、寧ろ山々が聳える左手の車窓の方が面白いぐらい。


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しかし、ここにきて、常磐線はガラッと化け始めた。

四ツ倉の先で待っていたのは、まさかの単線区間である。
繁華な複々線区で暮らす自分にとって、これは衝撃の光景。常磐線も単線になるほどのローカル区間があったのか!
さらに末続から広野までにかけては短いトンネルを二十本近くもくぐり、トンネルとトンネルの間に太平洋が間近に見えた。

いわき以北でようやく、常磐線のハイライト区間がお出ましというわけだ!
この区間はかつて蒸気の時代に使われていた旧線が残ってるようで、右手には廃隧道を多く見かける。


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やがて9時23分、列車は定刻通り終点の竜田に到着した。
ここから先は代行バスに乗って先を進む。バスは約10分後に発車するので時間の猶予はない。
降りた乗客のほとんどは代行バスに乗り継ぐようだ。僅かの人の流れに従って、私は駅前のバス乗り場に向かった。



・常磐線 (代行バス) [竜田~原ノ町]
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竜田から先は震災によって未だ不通となっている区間で、1日2本の代行バスが出ている。
純然たる列車の代替なので、18切符でも乗車が可能。運行自体は地元のバス会社(浜通り交通)に委託しているようだ。

竜田と原ノ町を結ぶこの代行バスは途中停車を一切せず、起点から終点までノンストップとなっている。
それもそのはず。この先、道中には放射能の影響によって指定された帰還困難区域が待ち構えているからだ。
ちなみにこの代行バスは走行中に放射能の測定をするらしく、希望すれば測定結果を教えてくれるらしい。

「バスはこれより先国道6号線に入り、そのまま真っ直ぐ原ノ町へ向かいます。
一部帰還困難区域を通りますので、途中停車は致しません」


9時35分、原ノ町行きの代行直通バスが定刻通り発車した。車内は八割方埋まっている。
駅前から曲がりくねった裏道を進むと、バスは間もなく国道6号に入った。
あとは、このまま真っ直ぐ進むだけだという。


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国道6号と常磐線は切っても切れない中で、上野~仙台の全線に渡って並走している。
不通となった常磐線の線路は放置されたままで、藪が生え放題だ。

気のせいか車内は張り詰めた緊張感に包まれており、誰も一言も喋らない。
やがてしばらく進んだところで、右手に物々しい巨大看板が現れた。
ここから先が帰還困難区域であることを示す看板である。


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「この先 自動二輪車 原動機付自動車 軽車両 歩行者 は通行できません」


これから先しばらくは、一般人は絶対に降り立ってはいけない。当然、駐停車も一切禁止。
通過することのみが許された絶対的区域であり、車も窓を閉めきっての走行が推奨されている。

帰還困難区域へ入ると街の様子が一変し、風景の中から人々の「生活」の匂いが消えた。
除染作業員を除き道中は人影が一切見当たらず、建物の前には全て厳重な鉄柵が張り巡らされている。
国道の脇から続く道も全てバリケードで塞がれていて、何処にも必ず警備員が配置されているようだ。


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日々の日常からかけ離れた衝撃的風景が、今、眼前に展開している。
田園地帯だったところは藪が好き放題に生え、建物の半数はやはり荒廃しきっていた。

言葉にならない、光景である。
復旧の厳しさを、眼の前にマザマザと見せつけられている。
こんな厳しい環境下で作業員の人達は頑張っているのだから、全く頭が上がらない。


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荒れ果てた荒野と巨大な送電線の向こうに霞んで見えるのは、ここ一帯を廃町に追いやった福島第一原発だ。
誰もが口を閉ざす中、少数のカメラのシャッターを切る音が車内へ響く。
原発は、国道6号から最短で約2.5kmのところにある。

現時点で、一般人が福島原発に最も近寄れる区間を走っているわけだ。
道中、「原子力 明るい未来のエネルギー」と掲げられた標語看板を見かけた。
原子力は、当時の浜通りの町の希望であるとともに象徴でもあったのだ。だが、今は………。


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帰還困難地区を抜け原ノ町の市街地へ入ると、バスは終点の原ノ町へ到着となる。
降車時には、乗務員の方が一人一人に一礼。その手厚い接客は列車の代替という感じがしない。
ここでの滞在時間は一時間半と長いが、駅構内にはコンビニがあり飲食に関しては全く困らないようだ。


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それにしても、4月に入ったというのに今日は凍えるように寒い!
明日はもっと寒くなるらしく、最低気温は一桁どころか氷点下になる予報が出ている。
原ノ町駅構内の留置線には、線路が途絶えて取り残された車両(415系と651系)が放置されていた。

何時の間にか相馬行きの鈍行が来ていたので、寒さを凌ぐ為に乗り込む。
自販機で缶コーヒーを買い、ガラガラの車内でしばし一服。



・常磐線 [原ノ町~相馬]
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原ノ町からは再び鈍行で進んでいくが、相馬でまた途切れる。この区間の乗車時間は僅か17分。
ここは現時点で正に鉄道の孤立区間であり、鉄道のみでは上野にも仙台にも行くことができない。

12時02分発の相馬行き鈍行は、悪妙高い701系。鬼畜のオールロングシートである。
常磐線でもこいつが使われてるとは思わなかった。ここまで来ると、塗装も常磐専用のものではなくなるらしい。
気付けば、ドアも半自動だ。「開」ボタンを押し、車内へ入ったらすぐに「閉」ボタンを押す。
これ即ち寒地ローカルの常識。開けっ放しにしてると地元民から大ひんしゅくを買うことになる。



・常磐線 (代行バス) [相馬~亘理]
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相馬に着いた。相馬から出る代行バスは本数が多く、乗り継ぎに困ることはない。
先ほどの竜田~原ノ町間のノンストップ代行とは違い、こちらは各駅に停まって進んでいく。
列車到着から約10分後、12時30分発亘理行きのバスが発車。地元客も含め、車内は八割方埋まっている。

「各駅停車の亘理行きが発車致しました。次の停車駅は駒ヶ嶺、駒ヶ嶺でございます」

例えバスとはいえども、あくまで鉄道の代替。肉声案内も鉄道のそれと何だか似通っている。
バスは国道6号をひた走っていくが、近郊街の中なので車窓は特に見所なし。




代行バスに乗る際に注意したいのはバス停の場所だ。列車代替の場合、該当するバス停が「駅」としての扱いになるのだが、
必ずしも全てのバス停が駅前にあるわけではない。この区間の代行も例に及ばず、一部のバス停は駅から少し離れている。

特に仙台側の鉄道始発となる浜吉田においては、バス停が駅から徒歩30分のところにあるため乗り継ぎは困難。
なので効率良く鉄道へ乗り継ぎたい場合は、代行バス終点の亘理で降りる必要がある。
相馬と亘理のバス停は駅と隣接しているから、乗り継ぎは至って容易だ。

浜吉田で降りて仙台側の現時点始発から乗ってみたかったのだが、徒歩30分の壁はデカイ。
そんなことも露知らず、浜吉田で生粋の「鉄」と思われる乗客が二人降りていった。
まさか、始発から乗るために路上を30分ひた歩くのだろうか?

………俺はしんどいからやらんぞ(笑)。


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淡々とした道のりを進み、代行バスは終点の亘理へ到着した。
亘理駅の駅舎は城塞風の独特なつくりだ。ここから、常磐線として最後の列車に乗る。
仙台の地もあと少し!だが、今日中に私が目指す目的地はあくまで気仙沼であることを忘れてはならない。



・常磐線 [亘理~仙台]
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13時50分発の仙台行き鈍行は、4両編成のE721系。この車両には、クロスシートがついている。
かつてこの区間の常磐線は国鉄の急行形車両が走っていたというが、新型車の大量投入によって全て消滅。
現時点の常磐線で残っている国鉄車は、友部~竜田間で使われる415系ステンレス車のみとなっている。


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列車は亘理を出ると、何の変哲も無い平地をひた走る。天気は少しずつではあるが回復してきた。
阿武隈川を渡ると巨大な工場の脇を通り、列車は常磐線の実質的終点となる岩沼に到着。
ここから仙台までは東北本線と並行して進んでいく。

東北本線合流地点からどんどん乗客が増えてきた。
南仙台を過ぎ太子堂に着く手前で列車は高架へ上がり、間もなく終点の仙台へ到着する。


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常磐線擬似完乗、完遂!

上野側から二箇所の不通区間を突破し、長大幹線常磐線を無事完乗した。
いわきまではひたすら無味乾燥な風景が続いたが、そこから北でこの路線は大きく化けた。
単線、海、旧線、廃隧道。かつて巨大機関車C62がひっきりなしに走っていた、全盛時代の常磐線を垣間見たぞ。


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仙台からも間髪入れずに鉄旅が続く。ここでの休憩時間は僅か30分。のんびり昼食を食ってる暇などない。
乗り継ぎが多い上にまとまった休憩時間が一切取れないという点では、今回の旅は思った以上に鬼畜である。
不通区間のバスを含めた細かい乗り継ぎが頻発するので、時間を厳重に守らないと先へ進むのが困難となるのだ。

常磐線の次は仙石線に乗って同線終点の石巻へ向かう必要があるが、仙石線の始発はあおば通だ。
仙石線は仙台からでも乗ることが出来るが、どうせなら始発から乗ることにしよう。
仙台駅構内から、私は地下通路を歩いて約300m先のあおば通へ向かった。


次回!仙石線と石巻線を乗り継ぎ、前谷地から気仙沼線で三陸縦貫線区間へ突入する!

2015/04/18 | 三陸縦断作戦

宮城の不通区間を辿って

「三陸縦断作戦 1日目 (あおば通~石巻~前谷地~柳津~気仙沼)」

[2015/4/7]

東京から本州最北へ向かう純鈍行旅は、過密ながら至って順調な道のりを辿る。
我らが生活路線、常磐線で茨城・福島を一路北上し、運行上の終点である仙台までやって来た。
仙台からは仙石線と石巻線を乗り継いで前谷地まで行き、前谷地から気仙沼線とBRTで気仙沼へ向かう!




仙台から気仙沼までのルートは少し無節操で(一般人視点では)無駄が多く、正直言ってあまり統一感はない。
例えば仙台~前谷地間は、東北本線と石巻線を組み合わせたルートの方が早く進めるのだが、
今回の旅は東北本線を一切利用しないという主旨を打ち立てたため、断念。
東北本線の鈍行は、鉄旅としてあまり面白みを見出せないんだよね………(苦笑)。

仙台駅構内から地下通路を歩いて、仙石線の起点となるあおば通へ到達。
真新しい地下ホームで高城町行きの鈍行を待った。



・仙石線 [あおば通~松島海岸]
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先ほど乗った常磐線と同じく、仙石線も3.11の津波の被害による不通区間がある。
現在も不通となっているのは高城町~陸前小野間であり、通しで行くには代行バスに乗り継がなければならない。
仙台側からバスを乗り継いで効率良く進む場合、現時点終点の高城町ではなく一駅手前の松島海岸で降りる必要がある。

仙石線の列車は4両編成。先頭改造された205系が使われており、爽やかな青い帯を巻いている。
随分とド派手な発車放送が流れると、14時50分発の高城町行き鈍行が定刻通り発車。
ドアチャイムも「パラララーン♪」と何だか小粋である。

仙石線は、起点のあおば通からしばらくは地下をひた走る。
この地下区間は、一大随道「仙台トンネル」として2000年に開通した区間だ。
始発のあおば通では車内はガラガラだったが、隣駅の仙台で乗客がドッと入ってきた。


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苦竹手前で列車は地下を脱する。苦竹からしばらくは住宅街と田園地帯の中を進んでいく。
ここにきて、天気が少し回復してきた。最果てに着く頃にはきっと晴れ渡るだろう。
本塩釜を過ぎると、右手に海が間近に迫ってくる。


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やがて陸前高田手前で、右手に風光明媚な海景色が現れた。日本三景の松島である。
松島はおよそ260から成る諸島群であり、元々リアス式海岸だったところが沈降して形成された地域である。
リアス式海岸だった名残からこの辺りの海辺は水深が浅く(深くても10m)、津波の被害を柔らげてくれたのだとか。


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15時30分、仙石線の鈍行は終点一つ手前の松島海岸に到着する。
ここから今度は、15時35分発の代行バスに乗り継がなければならない。
乗り継ぎ時間は僅か5分!個人的に5分なら余裕だが、なかなかシビアな乗り継ぎだ。

観光客でごった返す中、私は有人改札を通り抜け人波に従って駅前のバス乗り場へと向かった。



・仙石線 (代行バス) [松島海岸~陸前小野]
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仙石線不通区間の代行バスは、松島海岸を起点として各駅に停車し終点の矢本へと達する運行形態となっており、
鉄道不通区間の高城町~陸前小野間をぴったり走るわけではないから、注意したいところである。

個人的には出来る限り現時点の鉄道運行区間を辿っていきたいのだが、
仙台側の現時点終点となる高城町は該当するバス停が駅前から離れているため、やむなく松島海岸で乗り継ぐことにした。
松島海岸の代行バス乗り場は駅前にあるので、乗り継ぎは至って簡単。専属の案内係員もいるので迷うこともなし。

この区間は利用客が多いのか、バスは二台体制のようだ。車両は、地元会社みちのく観光の大型バス。
もちろん、車内は全席クロスシート。鉄道の代替には違いないが、ロングシートの鉄道と比べ至れり尽くせりである。


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バスは松島海岸駅を出ると、国道45号を律儀に一路東へ進んでいく。松島湾も何回か間近に迫った。
仙石線は2ヵ月後に全線復旧するらしく、真新しい線路が既に敷かれている。


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間もなく開通せんとする「希望の鉄路」の姿がここにある。
世は鉄道衰退と言われ続けているが、決してそんなことはないのだ。
ちなみに、仙石線が全線開通すれば「仙石東北ライン」の運行も同時に開始され、
新たに敷かれた線路には、電車に混じってハイブリッド気動車が走ることになるのである。


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吉田川と鳴瀬川を渡ると、バスは終点二つ手前の陸前小野へ到着した。
バス自体は矢本まで向かうが、次乗る仙石線の現時点始発は陸前小野なのでやむなく降車。
ここは該当バス停と駅との間がほんの少ししか離れてないので、簡単に乗り継ぐことが可能だ。

降りた乗客は、僅か5人。そのうちさらに鉄道に乗り継ろうとする者は、私含めて2人のみであった。
JRはここで乗り継ぐことを推奨してない(矢本で乗り継ぐよう案内されている)から、当たり前か。


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バス停後方にある交差点から駅前の道へ入っていくと、3分もしないうちに陸前小野駅へ到達。
駅舎はごくごく真新しいつくりで、3.11後に新たに建てられた建物だと分かる。
中には窓口や売店も併設されているようだ。

ここ陸前小野から、断絶した鉄路が再び復活する!



・仙石線 [陸前小野~石巻]
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一人ホームに立つこと十分、石巻行きの鈍行がやってくる。電化区間にしてまさかの気動車だ。
この区間は鉄路そのものは生きているが、津波で電化施設が大きく損傷したため、
現状では他線の気動車を持ち込んで運行しているのである。

これまで電車ばかりだったが、ここから本州最北まで気動車一辺倒になる。
「ガガガガガッ!」と直噴エンジンを唸らせながら、列車は現時点始発の陸前小野を発車した。


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この区間で使われている気動車は、キハ110。今や、東日本ローカル地区では何処でも見かける車両である。
キハ110は個人的に好きな車両で、鈍行旅行者には不可欠な要素をほぼ全て満たしているのだ。
窓が綺麗で広く車窓が見やすいし、何より座席の座り心地が新型車と比べ格段に良い。

矢本で代行バスからの乗り継ぎ客がドッと乗り込んでくるかと予測したが、思っていた程ではなかった。
天気はすっかり晴れだ。この区間は基本的に素朴な住宅街が続く。


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16時51分、列車は定刻通り終点の石巻に到着した。常磐線に続き仙石線も無事完乗!
仙石線は仙台地区のバリバリ通勤路線という印象を持っていたのだが、それだけではなかったようだ。
松島への観光需要もあるようだし、あらゆる需要を内密したごった煮路線なんだなーと。東京の武蔵野線みたいに。

時刻は既に夕暮れ時。寒風を凌ぐため、地元の学生がホームではなく跨線橋の中で列車を待っている。
氷点下並みの寒さを想定していた私は今、ダウンジャケットを着込んでいるから大丈夫だ。
そうして一人、ホーム端で寒風を浴びながら突っ立っていると手堅い旅情が感じられた。


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石巻駅構内には、漫画化石ノ森章太郎が生み出した漫画キャラクターの置物が置いてあった。
どちらかというと萌えアニメ全盛の世代である私にとって、馴染みがあるのは左の仮面ライダーくらいかな。
手塚治虫の代表作は一通り読んだが、石ノ森章太郎の作品はまだ手をつけてない。近いうちに読んでみようか………。

「間もなく3番線には、小牛田行きの普通列車が参りまーす」

おっ、来るなっ!小牛田行き鈍行!
石巻線の鈍行で使われてるのは国鉄気動車で、白×緑のキハ40・48がやって来るはずだ。
しかし、ここにきてまさかのサプライズ塗装を、小牛田行きの鈍行は纏っていたのだった。



・石巻線 [石巻~前谷地]
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何だ、アレはっ!?

随分と、ド派手な列車がやって来たぞ(笑)。

17時15分発の小牛田行き鈍行は、何と希少なラッピングカーであった。
通称「マンガッタンライナー」。上記で取り上げた石ノ森章太郎のキャラクターが車体に塗りたくられている。
土日の定期時刻に運転される特別列車だが、平日もランダムで普通列車の運用に入ることがあるのだとか。


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すっげえ、派手だ………(苦笑)。

これくらい派手でなきゃ、地元の復興気運に負けちまうぞみたいな。
このマンガ列車は、JRと石巻市が地域活性化のためにタッグを組んで実現させた企画らしい。
復興パワーをビンビンに感じるぜ。外装だけでなく、内装も漫画のキャラクターで埋め尽くされている。

「マンガッタンライナー」ならぬ「漫画鈍行」は、定刻通り石巻を発車。
列車はしばらく住宅の中を進むが、曽波神を出たところでただっ広い土地をひた走る。


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それにしてもこの気動車(キハ48)は、エンジンの唸りが凄まじい。
キハ40系列の車両は、どれもこれもエンジンの唸り方が違うのは気のせいだろうか。

尻が擽ったくなるほど車体を震わせ、小牛田行きの気動車は轟音を立てながら平野をひた走っていく。
「プァーーーン!」日が暮れかける中、古き良き国鉄車の警笛が石巻の地にこだまする。
エンジンを唸らしながらの警笛一声は、ローカル志向の乗り鉄にはたまらない瞬間だ。


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石巻から約20分後、気仙沼線と繋がる前谷地へ到着。ここで気仙沼線の鈍行に乗り換える。
マンガ列車が、対向のキハ110と顔合わせ。馬力はあちらの方に軍配が上がるが、
存在感ではこっちの方が遥かに勝っているぞ。


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もう日が暮れてしまうが、今回の旅の本番は寧ろここからだ。
三陸を縦断する路線群「三陸縦貫線」の起点が、正にここ前谷地なのだから。

閑散としたホームには、地元の学生数人と私一人しかいない。
気仙沼線はもっと利用客の多い印象を持っていたが、実際は違うようだ。
外は凍えるように寒く、真冬並みの寒風が吹き荒ぶ。自販でミルクティーを買って身体を温める。

前谷地到着から数十分後、折り返しの柳津行き鈍行がやって来たので乗り込んだ。
長い長い三陸縦貫線(前谷地~八戸)の道のりの始まりだ。



・気仙沼線 [前谷地~柳津]
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三陸縦貫線南端を担う気仙沼線は、3.11の甚大な被害に伴い、現在およそ4分の3の区間がBRTで仮運行されている。
鉄路を全線復旧させるための総工費は約700億円に及ぶといわれ、復旧の見込みは依然として不透明な状況。
現時点で鉄道として運行されているのは前谷地~柳津間のみで、柳津から先は全てBRTである。

18時ちょうど発の柳津行き鈍行は、単行ワンマンのキハ110だ。
車内は今のところ私一人と学生五人しかいない。思った以上の閑散振りである。
気仙沼線はもっと通勤通学客で賑わってるのかと思っていたから、これは意外や意外。


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列車は前谷地を出ると旧北上川に沿って田園地帯をひた走っていく。日は既に暮れかけている。
途中駅で乗り込んでくる人は誰もいない。始発から乗っていた学生達は途中で降りてしまい、
車内は私含めて二人のみとなった。外は日暮れ寸前。侘しすぎるぞ、この状況。


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結局途中駅で誰も乗ってくることはなく、ガラガラのまま列車は終点の柳津に到着した。
時刻は18時半。外はすっかり真っ暗だ。最低限に設けられた外灯がより侘しさを誘う。
今日は、ここからさらにBRTで二時間近く北上し気仙沼まで到達しなければならない。



・気仙沼線 (BRT) [柳津~気仙沼]
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気仙沼行きのBRTは、柳津駅前に停まっていた。私はBRTに乗るのは初めてである。
「鉄」にとって鉄路の早期全線復活は望まれるところであるが、
本数自体はBRTの方が多く、利便性の面で考えると鉄道より勝るかもしれない。
BRTは運行コストが低いので鉄道よりも本数を増やせるのだ。

使われる車両はノンステップタイプのバスだ。座席も通常の路線バスと全く変わりなし。
しばらくすると運転手が乗り込み、エンジン始動。ドアが開いたのでそそくさと乗り込んだ。
車内は僅か二人。始発から終点まで二時間弱、同じ車両に乗って進むことになる。思った以上に長い。

18時45分、最終便二本前の気仙沼行きBRTは定刻通り発車した。


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柳津を出てしばらくは、一般車と同じ車道をひた走っていく。
外は真っ暗でもう何も見えないが、先ほどの平野とは違い深い山の中を走っている気がする。
やがて一般道を逸れると、BRTは真新しい専用道へ突入する。専用道は普通の鉄道線をそのまま見立てた感じだ。

専用道と一般道を行ったり来たりしているうちに、途中駅はあっという間に過ぎていく。
最終的に車内の乗客は、自分一人だけとなった。



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気仙沼、到達!

20時31分、BRTは定刻通り終点の気仙沼に到着した。

早朝から鈍行とバスを乗り継ぎ、ようやく着いた気仙沼。ここは震災真っ只中の地だが復興は進んでいるようだ。
派手にライトアップされた新駅舎に、どれくらいの人々が勇気付けられたのだろうか。

今日の宿は駅前から歩いて15分程のところにある。駅前にもホテルはあるのだが、
費用を少しでも浮かせるべく、駅から少し遠い安宿に泊まることにしたのだ。
既に身体に疲れが溜まってきているので、駅到着後はすぐに宿へ向かう。


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時刻は21時を過ぎようとしている。外はがらんどうとしていて、道端には誰もいない(そりゃそうだ)。
宿へ向かう前に近隣のコンビニへ向かおうとしたところ、暗くて気付かなかったのか、
道路脇の窪みに落ち、派手に転倒。ここに来て最大の誤算だった。

手で身体を受け止めるのが間に合わず、右肩と膝を強く打ちつけていた。
思った以上の重傷だ。特に肩がヤバイ!力を入れると根元から鈍い痛みが走る。
「こんなとこで何やってんだ、俺は………」ふと後ろめたい感情が脳を掠めたが、転倒如きで挫ける私ではない!


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何時の間にか時刻は21時を回り、消灯を促す放送が町中に響き渡る中、予約していた宿へ無事到達。
明日使う路線は、何と計8路線!鈍行とBRTと路線バスを乗り継ぎ、夜19時過ぎに大湊へ到達する予定だ。
今回の旅の正念場は明日なので、少しでも身体を休めるため即刻就寝する(シャワーはかろうじて浴びました)。


待ってろよ、大湊!!(二日目へ続く)

2015/04/24 | 三陸縦断作戦


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