鈍行列車一人旅

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臨時列車で安房鴨川へ

「内房臨快旅 1/2 (新松戸~木更津~君津~安房鴨川)」

[2015/3/28]

3月末は春休みで混み合いそうだが、この時期に設定される臨時列車の存在を私は見逃さなかった。
特に自宅最寄駅に停車する臨時列車は少なく、乗れる限り乗ってみたいところ。

ということで今回は、千葉北西から希少な臨時列車を乗り継いで内房線を辿っていこう!


・計画~導入


今回決行する日帰り旅の列車は、往路復路含めて僅か5本だ(臨時快速3本・鈍行2本)。
まず新松戸から館山へ向かう臨時直通列車「春の南房総号」に乗車し、木更津まで行く。
木更津で鈍行に乗り換え一駅隣の君津で下車したら、
君津始発の臨時観光列車「リゾートあわトレイン」に乗って、内房線終点の安房鴨川を目指す。

安房鴨川に着いたら折り返しの鈍行に乗って、関東最南端駅の千倉で下車。
千倉からは路線バスに乗り関東最南端の岬「野島崎」へ向かう。最果て妙味も板についてきた感じだ。
野島崎を訪れた後は路線バスで館山へ戻り、復路の南房総号に乗って帰路を辿ることになる。

「行き:春の南房総号→内房線鈍行→リゾートあわトレイン」
「帰り:内房線鈍行→館山日東バス→春の南房総号」


朝8時に自宅を出て、チャリを漕いで新松戸へ。
みどりの窓口で指定席券を購入した後、武蔵野線の高架ホームへ向かった。



・春の南房総号 [新松戸~木更津]
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「間もなく4番線には、館山行きの直通列車が到着致します。この列車は全席指定席です。
乗車には指定席券が必要なのでご注意下さい」


新松戸駅4番線は行楽客で一杯だ。武蔵野線は娯楽施設が多く休日の方が混雑する。
ホーム端では撮り鉄がギラギラ眼を光らせている。今日は臨時列車が多くレア車両が沢山やって来るからだ。
やがて定刻から二分ほど遅れて、多くの人に見つめられる中「春の南房総号」はやってきた。
大宮を始発として、東北本線・武蔵野線・京葉線・内房線を経由し約3時間かけて館山へ向かう臨時列車だ。

新松戸から南房総号を利用する人は小数らしい。普段走らない臨時列車なので地元客は釘付けになっている。
周りの視線を浴びながら颯爽と乗り込むと車内は半数ほど埋まっていた。


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南房総号専用の幕はないらしく、列車の方向幕は単に「臨時快速」と掲げられている。
この列車は「快速」なので、普通運賃に指定席券代520円を継ぎ足すだけで乗ることが可能だ。

8時32分、館山行きの南房総号は新松戸を発車する。車両は臨時でお馴染みの185系
新八柱辺りで対向から国鉄の寝台電車(583系)が通り過ぎていくのが見えた。
さっきホームで構えていた撮り鉄の目当ては、あの寝台電車に違いない。
普段は滅多にお目にかかれないレア車両なのである。




過密な列車の隙間を進んでいるせいかノロノロ列車は走る。これは臨時快速の宿命だ。
西船橋に着くと観光客がゾロゾロ乗り込んできた。
大宮始発の列車だが途中駅からの利用も多いようだ。

西船橋を出ると、南房総号は蘇我までノンストップで進む。蘇我の次の停車駅は木更津である。
今のところ天気は曇りだが、予報通り空は晴れる兆候を見せている。


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湾岸沿いの京葉線に入ると、列車は市街地と工業地帯をひた走っていく。
住宅や大型商業施設がズラズラ立ち並んでおり、まだまだベッドタウンといった感じだ。
右手に無機質な工場が迫ってくると間もなく蘇我に到着する。

武蔵野線・京葉線に続き、蘇我から南房総号は内房線に入った。
この辺りからローカル線の様相を帯びてくるのだが、車窓のハイライトはまだまだ先だ。
君津までは住宅街や工業地帯が多く、海も見えないので景色としてはあまり面白みがない。


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長閑な田園地帯が多くなってくると、列車は木更津へ到着した。
南房総号はリゾートあわトレインの始発である君津には停まらないので、
まずはここで下車し後発の鈍行に乗り継いで一隣駅の君津へ向かう必要がある。


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木更津駅は内房線と久留里線が接続しており、留置線にはハイブリッド気動車の姿があった。
久留里線は東京近郊の在来線なのに未だ非電化という珍しい路線で何時か完乗したいが、
今日は内房線に焦点を絞ったのでスルー。



・内房線 [木更津~君津]
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木更津到着から10分後、8両編成の鈍行がやって来る。
ここから先は4両編成になるらしく車両の切り離しが行われた。
長時間停車後、9時55分発の館山行きは定刻通り発車。一駅隣の君津まで僅か5分乗車する。

木更津~君津間は内房線内で最も駅間距離が長く、車窓も一気にローカル色が強まってくる。
この区間で内房線は初めてトンネルを潜った。


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君津に着いた。この駅を境にして内房線は通勤通学路線としての「顔」を失う。
君津から安房鴨川までは、一部の優等列車を除き一時間一本のみの鈍行しか走ってない
東京へ向かう直通列車は君津以南には一切乗り入れず、定期特急「さざなみ」も同じく君津を終着としている。

そんな侘しい内房のローカル区間を、今日は希少な臨時列車で進んで行こうと思う。
列車が来るのを待っていると、観光客がゾロゾロ現れて混みあってきた。
思った以上の混雑具合だ。
発車時間が近づくと、お目当ての臨時列車「リゾートあわトレイン」はやってきた。



・リゾートあわトレイン [君津~安房鴨川]
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2011年に登場した「リゾートあわトレイン」は、繁忙期に内房線で運行している観光列車だ。
当初は館山を始発としていたこの列車は、後に運転区間がジワジワと拡張され、
今年に至っては君津を始発とするようになった。その理由はよく分からない。

列車は6両編成で、1・2・3・5号車が指定席、4号車がイベントカー、6号車が自由席となっている。
指定席は片側がお座敷となっており、向かいの指定席を取った者が占有できるらしい。
イベントカーにはマザー牧場の菜の花や、列車のジオラマが展示される。

車両は大改造を受けた元485系「ニューなのはな」が使用されている。
ジョイフルトレインと呼ばれる部類の車両で、普段はお座敷列車として走ってるそうだ。


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指定席車は片側がお座敷になっているが、一両のみ設けられた自由席車は両側ともボックスシートになっている。
自由席の車内は大混雑。デッキに立ち客が出るまでの状態である。

この臨時列車は何時もガラガラだって風の噂で聞いたんだけど、今回は見事に裏切られた。
当然ながら自由席は一瞬で満席となった。




10時38分、リゾートあわトレインは満席状態で君津を出た。安房鴨川まで2時間弱の道のりだ。
出発からしばらくは君津市街を進むが、大貫を過ぎたところで本格的なローカル区間へ突入。
大貫から先は、房総南部の低山群の端っこをかすめるように走っていく。
トンネルを何度も抜けると、右手に海がちらちらと見え始めた。

「今日は、何処から来られたんですか?」
「松戸の方から電車乗り継いで来ました。内房線はまだ国鉄の列車が走ってた頃に一度乗ったんですけど………」
「ああ、アレね!うちらはここが地元で、蒸気走ってた頃から乗っとるよ」
「本当ですか!?昔は内房・外房を一周する急行列車もあったって聞きますが?」
「そういや、あったねー。まだ気動車しか走ってなかった頃だな………」

座席向かい側の老夫婦が、虎視眈々と車窓を撮影する私に話しかけてきた。
高校の頃に一度だけ乗り通した内房線を振り返るのも、今日の目的の一つなのだ。


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ひなびた海岸や港の横をひた走っていく。東京近郊ではなかなかお目にかかれない風景だ。
老夫婦によれば昔栄えていたという上総湊に差し掛かるところで、海が間近に迫り歓声が上がった。


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この区間はトンネルが多く房総南部の険しさを物語る。
しばらくすると列車は高いところを進み、風光明媚な車窓が広がる。
穏やかな東京湾の向こうには三浦半島が見えた。天気が良ければ富士山も拝めるらしい。


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老夫婦と話しているうちに列車は館山に到着した。
ここから内房線は東に進路を変え、外房線と繋がる安房鴨川へ向かう。
館山では長時間停車するらしい。向かいの房総特急と仲良く顔合わせしている。

乗客がガラッと入れ替わった後、リゾートあわトレインは館山を出発した。


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これまではいくつか駅を抜かして進んでいたが、館山から先は各駅停車となり一駅ずつ進んでいく。
和田浦駅では房総名物の菜の花が一面に咲き誇る。ホームの端から端まで黄色一色だ。

「武蔵野線はニヒャクゴしか走ってないじゃん!」
「いや、違うって!武蔵野線はニヒャクゴだけじゃなくてニヒャクキューも走ってるの!」
「ええー!?見たことないんだけどー!京葉線のイーニーサンサンとかじゃなくてー?」
イーニーサンサンじゃないよ!ニヒャクキューだってば!」

(※ニヒャクゴ=205系/ニヒャクキュー=209系/イーニーサンサン=E233系)

隣のボックスシートで、子供達がマニアック鉄用語をハイテンションで連発している。
私にも理解不能な超絶マニアック知識を披露しているのにマジでおったまげた。
まだ小学生なのに一体何処からそんな情報仕入れてくるんだろうか……うーん全く見当がつかないなー。




内陸をひた走ると列車は再び海へ近づく。江見から太海にかけては、内房線最大のハイライトが控えている。
海岸線に建てられた山生橋梁だ。この橋は日本発の本格鉄筋コンクリート鉄道橋として知られる。
1924年に建設された古い橋で、塩害に直接晒される場所にありながら90年近く耐え続けており、
その実績と価値が評価され土木遺産にも認定された貴重物件だ。


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山生橋梁に近づくと観光案内が流れ、徐行で渡る。ここばかりはそれなりに歓声が上がった。
並行する国道は海の上を通っているが、鉄道は断崖と波打ち際に挟まれたところを行く。

海は青く透き通っており、東京近郊とは思えないほど綺麗だ。



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12時34分、列車は終点の安房鴨川へ到着した。これで内房線は無事完乗となる。
安房鴨川は高校時代に一度だけ訪れているのだが、駅は以前とあまり変わってないようだ。
内房線と外房線の終着駅であり、外房経由で特急「わかしお」も乗り入れている。



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列車を降りると流行りのゆるキャラが出迎えてくれた。その名も「たいよう君」!
鴨川市のイメージキャラクターで同市のイベントなどで活躍してるそうだ。
ゆるキャラと通勤電車の共演も即興でやってくれた。サービス精神旺盛だ。

これだけ体が図太いと真夏の営業はキツイだろうなー。めっちゃ暑そう………(苦笑)



・安房鴨川駅
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安房鴨川の滞在時間は40分。取り敢えず駅前に出てみると弁当の即売をやっていた。
地元の大学(城西国際大学)が手がけたものらしく、売り子も学生がやっている。
腹が減っていたので即購入すると、自分の分が最後だったらしくその場で拍手が湧き上がった。

こじんまりとしてるが、今日の「リゾートあわトレイン」は大盛況に終わったようだ。
毎回こうなればいいが他の日はどうなのか気になるところである。


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城西国際の即売弁当は、素朴な味わいの中に海老やビーフの美味さが光る。
地元産の長狭米によるご飯も美味で、あっという間に完食してしまった。

リゾートあわトレインで安房鴨川まで来た乗客は、それぞれの目的地を目指して散っていった。
安房鴨川を観光する人もいれば、そのまま外房線へ乗り継ぎ房総一周を目論む猛者もいるようだ。
折り返しの鈍行に乗る人は極僅か。私が目指したいのは千葉最南端の地だ。


野島岬へ行くには館山からJRバスを使えばいいが、私は敢えて関東最南端駅の千倉から強行で行こうと思う。
千倉から出るローカルバスは野島岬の最寄りまで行ってくれないようだが、そこは徒歩で補えば問題ない。
次回!館山日東バス(千倉白浜線+豊房線)を使い、房総半島の先っぽへ向かう!

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2015/04/01 | 内房臨快旅

館山日東バスと野島崎

「内房臨快旅 2/2 (安房鴨川~千倉~野島崎~館山~新松戸)」

[2015/3/28]

臨時列車を使用した内房日帰り旅は順調な道のりを辿ってきた。
千葉北西から南房総号に乗り、君津でリゾートあわトレインに乗り換え安房鴨川へ到着。

安房鴨川で昼食休憩した後は折り返し鈍行に乗り、関東最南端の地を目指すことになる。


・内房線 [安房鴨川~千倉]
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内房線の館山行き鈍行が6両編成で停まっている。
車両は京浜東北で走っていた209系。お下がりとして千葉へ転属してきた奴だ。
こいつは先頭車のみがボックスシートに改造されているが、他の車両は全てオールロングシートとなっている。

国鉄113系亡き今、内房線の純然たる鈍行は全て味気ない209系が受け持つ。
この車両、如何せん安く作りすぎたためか当時は批判の眼が集中し、乗客から多大な苦情が出たことで知られる。


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予報通り、天気はすっかり晴れてきた。
車内はガラガラでほとんどが観光客か乗り鉄。
209系は味気なさの極みのような車両だが、先頭車にボックスシートが追加された点ではまだマシかも。

元来た道を戻り、安房鴨川から一時間のところで千倉に到着する。


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降りた乗客は、団体旅行客を除くと私一人のみ。
南国らしい植物がホームに華を添えている。

ありきたりな無人駅だが、ここが一応、関東最南端の駅なのだ。



・千倉駅
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千倉駅前は特にこれといったものがないようで、最南端駅の記念碑の類もないのが残念。
駅舎は真新しいコンクリート造りで中は広く、観光案内所も併設されている。

千倉から今度は、安房白浜行きの路線バスに乗って先を進んでいく。路線名は「千倉白浜線」。
千倉駅を始発とするこの路線は、JRバスではなく地元バス会社の館山日東バスが受け持っている。
館山からなら野島崎の最寄りへ行くバスがあるが、千倉から野島崎へ行くには千倉白浜線で終点の安房白浜まで行き、
そこからさらに徒歩で行く
しか手はない(といっても徒歩区間は約1kmなので到達自体は簡単だが)。

駅前を探索した後、私は駅前ロータリーに停まっているバスに乗り込んだ。



・館山日東バス 千倉白浜線 [千倉駅~安房白浜]
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14時15分、乗客4人を乗せて安房白浜行きのバスが発車した。
バスは昔ながらのツーステップバスだ。

館山日東バス「千倉白浜線」は、関東最南端駅の千倉からバス拠点の安房白浜までを結んでいる。
狭い駅前通りを出ると国道410号線に差し掛かり「房総フラワーライン」へ入った。
房総フラワーラインは、2本の県道と1本の国道から形成されるドライブコースのことだ。
観光ドライブラインとして頻繁に取り上げられており、沿線には観光スポットが多く点在する。


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路線バスは定刻通りに走るという使命があるので、走る速度は一定している。
それが災いしてか後方には一般車が詰ってきた。観光かドライブ目的でやって来た人々がほとんどだろう。
停留所に停まると、後方に溜まっていた一般車が一斉にバス前方へ吐き出されていく。

発車してはまた後方に車が溜まってきて、停留所に停まってはビュンビュン追い抜かれる。
「遅せぇぞ、バス!」と言わんばかりに………(苦笑)


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起点からしばらく狭苦しい住宅街を進んできたが、中盤で左手に太平洋が見えてきた。
花畑が点在していて、今がちょうど見頃なのか色々な花が咲き乱れる。

房総らしい房総の一風景。南房総は温暖な気候で春の訪れは早いという。


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定刻から少し遅れて、バスは終点の安房白浜バスターミナルに到着した。
ここはJRバスと館山日東バスの他、東京発の高速バスも乗り入れる拠点である。

野島崎は安房白浜バス乗り場からだと徒歩15分ほどで行くことが出来る。距離にして約1kmだ。



・安房白浜~野島崎(徒歩)


バスターミナルからフラワーラインを西へ進むと、野島崎への案内看板があったのでそれに従い裏道へ。
裏道を進んでいくと海沿いの道路にぶち当たり、海の向こうに野島崎灯台が見えた。

道路をひた歩き人が増えてきたところで、関東最南端の野島崎へ着いた。



・野島崎
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野島崎は関東最南端の地であり、すっかり観光化されていた。
岬入口に飲食店や土産屋が立ち並び、駐車場は満車状態だ。
岬中央には野島崎灯台が聳える。「灯台50選」にも選ばれた由緒ある灯台だ。
参観料200円払って中に入ることもできるが、今日は点検の為お休みしてたのが残念。

岬の周りはちょっとした遊歩道になっており、先っぽまで容易に行けるようだ。
せっかくここまで来たんだから、色々探索してみようか。


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ここは関東最南端であり房総半島の最南端でもある。お目当ての石碑も二つ発見した。
「最南端之碑」には、野島崎の場所を示すとともにこんなことが掘り込まれていた。

「この石碑は、アフリカ産黒みかげ石で作られており、
日本地図のほぼ中央、千葉県南端にはめ込まれた印が本町の位置を示している」

……ここが最南端だってことはよくわかった。
でも野島崎とアフリカって何か関係性あったっけ??w


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岬の先っぽはゴツゴツした岩が乱立しており、独特の景観だ。
大きな岩の上には、いかにもな雰囲気のベンチが設けてあった。


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ベンチから見える関東最南端の景色はこんな感じ。岩場の向こうに広がるのはただっ広い太平洋。
ここから200km先には伊豆諸島があり、2400km行ったところにはグアムがある。

途方もなく途方のない数字に、たまには憧れを感じてみては如何だろうか?



・厳島神社
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どうやら、この岬は灯台の他に神社(厳島神社)もあるようだ。
本殿は実に渋い。そしてもう一つ気になったのが、本殿前にある小さな祠である。

地元の神か何かでも祭ってあるのだろうか??


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祠には「平和の愛鍵」という怪しげな一文が添えられていた。
……この文からして、祠の中に何が祭ってあるかは、容易にご想像頂けると思う。

(本当にそのまんまの「形」なので閲覧注意)


なんか放送事故になりそうな気がするが↓で祠の主を堂々公開しよう!




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ドーン。

……そのまんますぎてワロた。というか、見た瞬間吹いちまったよコレ。
わざわざ関東最南端まで来てこんなもの拝めるとは思わなかったぞ。

「ねえ、父ちゃ~ん!コレ、な~に?」
「ああこれは………!そうだねぇ……ほらっ!あっちに灯台があるよ~!」


祠に厳然と据わる「御神体」は、ご立派なお姿であった。
いくら聖なる神といえども、ここの神は子供連れには厳しいものがあるだろう。
御神体の横にはでかいシャコ貝が置いてあるのだが、こっちは言葉にしたら即効アウトだなw



・野島崎~野島崎灯台口(徒歩)


一通り探索を終えたところで、バスの時間が迫ってきたので最寄りバス停へ移動。
野島崎の最寄りバス停「野島崎灯台口」は、岬前の小道を5分ほど歩いたところにある。


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岬から裏道を北へ歩いていくと房総フラワーラインへぶつかった。
バス停はフラワーラインへ出てすぐ右のところで発見。待合室の中にポールが二本立っている。
一方が館山日東バスでもう一方がJRバスのものだ。この区間は二つの路線が走ってるのだが、
主力はJRバスであり、館山日東バスのポールは侘しい出で立ちであった。


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行き先は無し。バスは1日5本。

……行き先ぐらい書いておいてほしい。めっちゃ不安になるんだけど行き先無しってw
時刻表もひたすら侘しい。午前中に3本と、日中に1本と、夕方に1本しかない。
ちなみに、JRバスはほぼ毎時一本来るらしい。

誰も来る気配が無い中バス停で一人突っ立って待つ。やがて定刻がきたが、バスは一向に来る気配がない。
「もしかして平日限定運行なんじゃないか?」とか無駄に疑ったり心配したりしてると、
5分ほど経ったところで、道路の向こうから館山日東のバスがやって来た。



・館山日東バス 豊房線 [野島崎灯台口~館山駅]
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館山日東バス「豊房線」は、千倉白浜線と繋がる安房白浜ターミナルから館山駅までを結んでいる。
県道86号線を経由するこの路線は、廃止寸前に追い込まれながらもギリギリの状態で存続しているという。
元々JRバスが運行していたが、乗客の減少に伴い2005年に館山日東バスへ移管され今に至っている。

「館山駅~安房白浜」を結ぶバス路線は2つあり、豊房線の他に国道410号線を経由するJRバス「南房州本線」がある。
南房州本線は1日12本出ているが、対する豊房線は需要が限りなく少ないらしく1日僅か5本。
「普段一体誰が乗ってるんだろうか?」と思わざるを得ないほどの少なさである。

今回の旅程において、超ローカル線の豊房線は帰りの南房総号に間に合うための救世主だった。
この時間帯に出る16時20分発の南房州本線だと南房総号の発車時刻に間に合わないが、
今から乗る豊房線最終バスを使えばギリギリで間に合うことが出来るのだ。


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バスは野島崎灯台口を出るとフラワーラインを進み、川を渡ったところで右に曲がり県道86号線へ入る。
この県道は館山~白浜を結ぶ道路としては最短距離を誇り千葉最南端の県道でもあるのだが、
道中は人家の少ない野山で古い隧道も抜けた。乗客は自分入れて二人のみ。

延々と山の中を抜けると街中へ入り、ライバルの国道410号線と交差。
その後は無節操に狭苦しい道を進んでいく。


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「ありがとう、豊房線!」

16時35分、バスは終点の館山駅に到着。たった一つの「救世主」豊房線の最終バスに別れを告げた。
豊房線が存在しなければ今回の旅は絶対に実現しなかったのだ。
復路の南房総号は10分後に発車する!



・館山駅
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館山駅は「関東の駅100選」にも選ばれていて、駅舎は洋風の小洒落た造りだ。
ここから南房総号に乗って新松戸で降りれば、今回の旅は無事にフィニッシュとなる。

発車まで残り3分をきったので、駅舎を撮影後すぐホームへ降り立った。



・春の南房総号 [館山~新松戸]
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館山を始発とする復路の南房総号が6両編成で停まっている。
南房総から自宅最寄駅まで一本で行ってくれるんだから、自分にとってこれほど都合のいい列車はない。
使われている車両は国鉄特急車のお古(185系)だが、元特急だったこともあって快適性は申し分なし。

帰りの南房総号はガラガラだ。これは高速道路網が整備されてない外房とは対照的。
実際、外房線は全線通しの特急が今も走っている。


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列車は館山をひっそり出ると富浦、保田、浜金谷の順に停車していくが、乗客は一向に増えない。
この列車は以前乗ったときもガラガラだった。乗り間違えが多いのか、車掌は臨時快速である旨を何度も説明している。

穏やかな東京湾を横目に、南房総号は速度も控え間に淡々と駆け抜けていく。
千葉を過ぎる辺りで日が暮れ、京葉線・武蔵野線に入るとソロソロと進む。
やがて18時56分、列車は定刻通り新松戸へ到着した。



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新松戸で降りた乗客は僅かで、自分のためだけに停車してくれたような錯覚さえ覚えた。
列車は到着してすぐ発車となりそそくさと走り去っていった。南房総号の終着はまだまだ先なのだ。
新松戸からは南越谷、南浦和、終着大宮の順に停車していくはずである。

改札を出た後、駅前からチャリを漕いで早々に帰宅した。


・旅の総費用:4570円(18切符一日分+指定席料金+バス運賃)
・乗った列車の数:5本(臨時快速3本+鈍行2本)
・全区間の総距離:約620km



車利用が圧倒的多数を占める中、内房の臨時快速は粛々と走っていた。恐らく南房総号は来年も走るだろう。
元々内房線は海水浴列車など多くの臨時列車が走っていたというが、今はその面影が全くない。
内房線は高校時代に初めて完乗した思い出の路線なので、何時かまた再訪したいと思う。

あとこれは余談だが、野島崎の「御神体」は想像以上にインパクトあったぞ。
(完結)
2015/04/11 | 内房臨快旅

本州最北端の終着駅、大湊へ

「三陸縦断作戦 1日目 (柏~水戸~竜田~原ノ町~相馬~亘理~仙台)」

[2015/4/7]

「行くぜ、本州最北端。」

今回、私は「3.11」で甚大な被害を受けた東北・三陸を経由して本州最北端へ向かう計画を立てた。
東京から多数の不通区間を経て本州のてっぺんへ。その過酷な道のりの先には何が待っているのか。
3.11から4年が経っているが被害の爪痕は未だ残る。特に鉄道の被害は根深い。


幾多の不通区間を突破し本州最北の地へ向かおう!



・計画~導入


今回決行する旅の目的地は、本州最北端の終着駅である大湊と津軽半島最北端の竜飛崎だ。
東京から列島東海岸に沿ってひたすら鈍行とバスを乗り継ぎ、二日目の夜に大湊へ到達する。
大湊へ到達した後は津軽線で竜飛崎へ向かい、青森から東北新幹線で帰路へ。
合わせて二泊三日の行程。宿泊は気仙沼と大湊のホテルでそれぞれ一泊となる。


・一日目:常磐線→仙石線→石巻線→気仙沼線
・二日目:大船渡線→南リアス線→路線バス→北リアス線→八戸線→青い森鉄道→大湊線
・三日目:大湊線→青い森鉄道→津軽線→路線バス→津軽線→奥羽本線→東北新幹線



今回の旅の肝は東北本線を実質的に一切経由しないということだ(三セク区間を除く)。
東海岸線に沿ったルートにしたが半分近くの区間は不通となっており、代行バスとBRTを上手く利用して先を進んでいく。
大湊まで乗り継ぐ列車・バスの数は20本を越える。急行や快速を使わない鈍行(とバス)だけの旅だ。
時間通りに列車が動いてくれれば到達出来るはずなので気合い入れて行こう!

早朝5時、パンパンになったザックを背負って家を出た。天気は今のところ霧雨だ。
まず常磐線に乗って柏へ移動。今日一番で上野からやって来る中電を待つ。
本州最北まで1000km。数珠繋ぎに等しい鬼畜鈍行旅が幕を開ける!



・常磐線 [柏~水戸]
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常磐線はかつて東北方面の玄関だった上野から太平洋沿いを北上し、岩沼までを結ぶ長大幹線だ。
その道のりは約350kmにも及び、昔は東北本線のバイパスとして優等列車がバンバン走っていたという。
しかし東北新幹線が開業した後は長距離列車が必然的に減少し、バイパスとしての役目を失ってしまった。

「裏街道」「地味」「ボロい」と、昔からネガティブイメージが押し付けられている同線だが、
車両は新型に一新されており一部区間では在来線最高速度(130km)を繰り出す。
沿線の見所はコレといってないが地元通勤路線として頑張っている。

5時38分、勝田行きの一番列車が柏を出た。運行上の終点仙台まで9時間の長旅である。
天気は今のところ救いがないが、明日にかけて回復し最終的には晴れるという。
グリーン車はガラガラだ。




利根川を渡り茨城へ入れば複々線が途絶え中電(=中距離電車)しか走らなくなる。
デッドセクションを抜けただっ広い土地を走っているうちに、辺りはすっかり茨城の地だ。
この辺りまで来ると列車は最高速度130kmで疾走する。
これを、かつての国鉄車がやったらたまったもんじゃなかっただろう。

牛久を抜けても相変わらず車窓は平坦だ。東京近郊の常磐線は車窓は面白味がない。
この点は東北本線と同様だが、常磐線は平板な土地に線路が敷かれているので余計単調に見える。


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荒川沖を過ぎると、列車は拠点の土浦に到着。
土浦からは列車がさらに少なくなり風景も閑散としてくる。踏切の数も多くなる。
駅もローカルな雰囲気が漂い始めたが、列車の容赦ない速度は相変わらずだ。

田園地帯を抜け岩間を出ると水戸線と接続する友部へ。
友部では「明日があるさ」が発車メロディーで流れた。


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友部からも車窓は代わり映えがなく間もなく終点水戸へ到着した。
快適なグリーン車の旅はここまでだ。水戸から先は正真正銘オール鈍行(とバス)の旅となる。



・常磐線 [水戸~竜田]
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常磐線の勝田から先は未開地でまだ一度も行ったことがない。7時14分発の竜田行き鈍行は4両編成の415系
かつて都市部で活躍していた車両だが、現在は土浦以北のローカル輸送として余生を送っている。
ここから先は空くのかと思いきや意外と混雑。到着してから車内は満席となった。

年季の入った音を立てながら竜田行きは水戸を発車。常磐線は水戸から太平洋に近づくという。
車窓は相変わらず映えないが閑散としてきたのは確か。遠くには山々がうっすらと見える。
数駅進むと車内は満席どころか満員状態に。そういや今はまだ通勤時間帯だ。

茨城に入ってから既に1時間強経過している。茨城は思った以上に広大である。
車内はオールロングシートで、しかも満席状態なので車窓を眺めるのはマナー的に困難だ。
たまに窓側を振り返るならいいが、ずっと振り返っているのは相当厳しいものがある。


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常陸多賀で乗客が少し入れ替わった。日立で通勤客がドッと吐き出されガラガラに。
車窓もローカル色を帯びてきた。左手に山々が迫ってきたせいかもしれない。

濃霧のせいで上り列車は大幅に遅れているようだが、下り列車は何のことなく進んでいる。
高萩手前で太平洋がチラッと見えた。しかし見えるのはほんの僅か。
それ以外の車窓は相変わらず面白味なし。
果たして、常磐線の車窓にハイライトは存在するのか??



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茨城最北端駅の大津港手前のところで、太平洋がくっきり見えた。
しかし海辺までは近づかず、チラチラ見えるところを行ったり来たりするのみ。
大津港を出ると長かった茨城を脱し福島県に入った。
この辺りから野山が少し険しくなってきて、トンネルの数も多くなる。

海はがっちり見えたが風光明媚とはいえないかな………
というか常磐線に風光明媚を求めてる時点で何か間違っている気がするが。


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福島に入っても車窓は茨城とあまり変わらず、平地を延々と進む。
やがて住宅が多くなってきたところで、列車は磐越東線と接続するいわきへ到着。
ここでは2分停車するようだ。いわきを境に、常磐線は一部列車を除き運行系統が分離されている。

2分停車した後、ガラガラの状態でいわきを出た。いわきからも平板な車窓が続く。
車内は鉄と地元客が五分五分。大津港辺りで見えた太平洋は見えなくなってしまった。
チラッと見えた太平洋以外、右手の車窓は面白味がなく、寧ろ山が聳える左手の方が面白いぐらい。


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しかしここにきて、常磐線はガラッと化け始めた。
四ツ倉の先で待っていたのは単線区間だ。複々線区で暮らす自分にとっては衝撃の光景。
常磐線も単線になるほどのローカル区間があったのか!
さらに末続から広野にかけてはトンネルを20本近くもくぐり、トンネルとトンネルの間に太平洋が見えた。

この区間は蒸気時代に使われていた旧線が残ってるようで、右手に廃隧道を多く見かける。


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9時23分、列車は定刻通り終点竜田に到着した。
ここから先は代行バスに乗って進む。バスは10分後に発車するので時間の猶予はない。

降りた乗客のほとんどは代行バスに乗り継ぐようだ。僅かの人の流れにのって駅前のバス乗り場に向かった。



・常磐線 (代行バス) [竜田~原ノ町]
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竜田から先は震災によって不通となっている区間で、1日2本の代行バスが出ている。
純粋な列車の代替なので18切符でも乗車可能。運行は地元のバス会社(浜通り交通)に委託してるようだ。
竜田と原ノ町を結ぶこの代行バスは途中停車を一切せず、起点から終点までノンストップとなっている。
それもそのはず。この先、道中には放射能の影響によって指定された帰還困難区域が待ち構えているからだ。

「バスはこれより先国道6号線に入り、そのまま真っ直ぐ原ノ町へ向かいます。
一部帰還困難区域を通りますので途中停車は致しません」


9時35分、原ノ町行きの代行バスが定刻通り発車した。車内は八割方埋まっている。
駅前から曲がりくねった裏道を進むと間もなく国道6号に入った。
あとはこのまま真っ直ぐ進むだけだという。


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国道6号と常磐線は切っても切れない中で、上野~仙台の全線に渡って並走している。
不通となった常磐線の線路は放置されたままで藪が生え放題だ。

車内は張り詰めた緊張感に包まれており誰も一言も喋らない。
やがてしばらく進んだところで、右手に物々しい看板が現れた。
ここから先が「帰還困難区域」であることを示す看板である。


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「この先 自動二輪車 原動機付自動車 軽車両 歩行者 は通行できません」

ここから先しばらく、一般人は絶対に降り立ってはいけない。駐停車も一切禁止。
通過のみが許された絶対的区域であり、車も窓を閉めきっての走行が推奨されている。

帰還困難区域へ入ると街の様子が一変し、風景から人の「生活」の匂いが消えた。
除染作業員を除き人影が見当たらず、建物の前には厳重な鉄柵が張り巡らされている。
国道脇から続く道もバリケードで塞がれていて、何処にも必ず警備員が配置されているようだ。


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日々の日常からかけ離れた衝撃的風景が、今眼の前に展開している。
田園地帯だったところは藪が好き放題に生え、建物の半数は荒廃しきっていた。

言葉にならない光景である。
復旧の厳しさをマザマザと見せつけられている。
こんな厳しい環境下で作業員の人達は頑張ってるのだから、全く頭が上がらない。


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荒れ果てた荒野と送電線の向こうに霞んで見えるのは、ここ一帯を廃町へ追いやった福島第一原発だ。
誰もが口を閉ざす中、少数のカメラのシャッター音が車内に響く。
原発は6号から最短で約2.5kmのところにある。

現時点で、一般人が福島原発に最も近寄れる区間を走っているわけだ。
「原子力 明るい未来のエネルギー」と掲げられた標語看板も見かけた。
原子力は浜通りの町の希望であるとともに象徴でもあったのだ。だが、今は………


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帰還困難地区を抜け市街地へ入ると、バスは終点の原ノ町へ到着となる。
原ノ町の滞在時間は一時間半と長いが、駅構内にはコンビニがあり飲食には困らないようだ。


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それにしても、4月に入ったのに今日は凍えるように寒い!
明日はもっと寒くなるらしく、最低気温は一桁どころか氷点下になる予報が出ている。
原ノ町駅の留置線には、線路が途絶えて取り残された車両(415系と651系)が放置されていた。

何時の間にか相馬行きの鈍行が来ていたので、寒さを凌ぐ為に乗り込む。
自販で缶コーヒーを買いガラガラの車内でしばし一服。



・常磐線 [原ノ町~相馬]
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原ノ町からは再び鈍行で進んでいくが、相馬でまた途切れる。この区間の乗車時間は僅か17分。
現時点で鉄道の孤立区間であり、鉄道のみでは上野にも仙台にも行くことができない区間だ。

12時02分発の相馬行きは悪妙高い701系。鬼畜のオールロングシートである。
常磐線にもこいつが使われてるとは思わなかった。ここまで来ると塗装も常磐線専用ではなくなるらしい。
気付けばドアも半自動だ。「開」ボタンを押し、車内へ入ったらすぐに「閉」ボタンを押す。
寒地ローカルの暗黙常識。開けっ放しにしてると地元民から大ひんしゅくを買うことになる。



・常磐線 (代行バス) [相馬~亘理]
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相馬に着いた。相馬から出る代行バスは本数が多く乗り継ぎに困ることはない。
竜田~原ノ町間のノンストップ代行バスとは違い、こちらは各駅に停まって進んでいく。
列車到着から10分後、12時30分発亘理行きのバスが発車。地元客も含め車内は八割方埋まっている。

「各駅停車の亘理行きが発車致しました。次の停車駅は駒ヶ嶺、駒ヶ嶺でございます」

バスとはいえども、あくまで鉄道の代替。肉声案内も鉄道のそれと似通っている。
国道6号をひた走っていくが、近郊街なので車窓は特に見所なし。




代行バスに乗るとき注意したいのはバス停の場所だ。列車代替の場合、該当するバス停が「駅」としての扱いになるのだが、
必ずしも全てのバス停が駅前にあるわけではない。この区間の代行も例に及ばず、一部のバス停は駅から少し離れている。

特に仙台側の鉄道始発となる浜吉田においては、バス停が駅から徒歩30分のところにあるため乗り継ぎは困難。
なので効率良く鉄道へ乗り継ぎたい場合は、代行バス終点の亘理で降りる必要がある。
相馬と亘理のバス停は駅と隣接しているから、乗り継ぎは容易だ。

浜吉田で降りて仙台側の現時点始発から乗ってみたかったのだが、徒歩30分の壁はデカイ。
そんなことも露知らず、浜吉田で生粋の「鉄」と思われる乗客が二人降りていった。
まさか、始発から乗るために路上を30分歩くのだろうか??

………俺はしんどいからやらんぞw


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淡々とした道のりを進み、代行バスは終点亘理へ到着した。
亘理の駅舎は城塞風の独特なつくりだ。ここから常磐線として最後の列車に乗る。
仙台の地もあと少し!だが、今日中に目指す目的地はあくまで気仙沼であることを忘れてはならない。



・常磐線 [亘理~仙台]
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13時50分発の仙台行きは4両編成のE721系。この車両にはクロスシートがついている。
この区間の常磐線は国鉄の急行形車両が走っていたというが、新型車の投入によって消滅。
現時点の常磐線で残っている国鉄車は、友部~竜田間で使われる415系のみらしい。


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亘理を出ると相変わらずの平地をひた走る。天気は少しずつではあるが回復してきた。
阿武隈川を渡ると巨大工場の脇を通り、常磐線の実質的終点となる岩沼に到着。
岩沼から仙台までは東北本線と並行して進んでいく。

東北本線合流からどんどん乗客が増えてきた。
南仙台を過ぎ太子堂の手前で高架へ上がり、間もなく終点の仙台へ到着する。


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常磐線擬似完乗、完遂!

上野側から二箇所の不通区間を突破し、長大幹線常磐線を完乗した。
いわきまではひたすら無味乾燥な風景が続いたが、そこから北でこの路線は化けた。
単線、海、旧線、廃隧道。かつて巨大機関車C62がひっきりなしに走っていた、全盛時代の常磐線を垣間見た。


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仙台からも間髪入れずに鉄旅が続く。休憩時間は僅か30分。のんびり昼食を食ってる暇はない。
乗り継ぎが多い上まとまった休憩時間が取れないという点では、今回の旅はかなり鬼畜である。
不通区間のバスを含めた細かい乗り継ぎが頻発するので、時間を守らないと先へ進むのが困難となるのだ。

常磐線の次は仙石線に乗って石巻へ向かう必要があるが、仙石線の始発はあおば通だ。
仙石線は仙台からでも乗れるが、どうせなら始発から乗ることにしよう。
仙台駅から地下通路を歩いて300m先のあおば通へ向かった。

次回!仙石線と石巻線を乗り継ぎ、前谷地から気仙沼線で三陸縦貫線へ突入する!

2015/04/18 | 三陸縦断作戦

宮城の不通区間を辿って

「三陸縦断作戦 1日目 (あおば通~石巻~前谷地~柳津~気仙沼)」

[2015/4/7]

東京から本州最北へ向かう鈍行旅は、過密ながら順調な道のりを辿る。
常磐線で茨城・福島を北上し、9時間かけて仙台までやって来た。

仙台からは仙石線と石巻線を乗り継いで前谷地へ行き、気仙沼線とBRTで気仙沼へ向かう!




仙台~気仙沼のルートは少し無節操で無駄が多く、正直言ってあまり統一感はない。
例えば仙台~前谷地間は東北本線と石巻線を組み合わせたルートの方が早く進めるのだが、
今回の旅は東北本線を一切利用しない主旨を打ち立てたため、断念。
東北本線の鈍行って鉄旅として面白みを見出せないんだよね………w

仙台駅から地下通路を歩いて仙石線の起点となるあおば通へ到達。
真新しい地下ホームで高城町行きを待った。



・仙石線 [あおば通~松島海岸]
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先ほどの常磐線と同じく、仙石線も津波被害による不通区間がある。
不通となっているのは高城町~陸前小野間で、通しで行くには代行バスに乗り継がなければならない。
仙台側から乗り継いで効率良く進む場合、高城町ではなく一駅手前の松島海岸で降りる必要がある。

列車は4両編成。先頭改造された205系で爽やかな青い帯を巻いている。
ド派手な発車放送が流れると14時50分発の高城町行きが定刻通り発車。
ドアチャイムも「パラララーン♪」と小粋である。

起点のあおば通からしばらく地下をひた走る。
この地下区間は「仙台トンネル」として2000年に開通した区間だ。
あおば通ではガラガラだったが、隣駅の仙台で乗客がドッと入ってきた。


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苦竹手前で列車は地下を出た。苦竹からは住宅街と田園地帯を進んでいく。
ここにきて天気が回復してきた。最果てに着く頃にはきっと晴れ渡るだろう。

本塩釜を過ぎると、右手に海が迫ってくる。


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陸前高田手前で風光明媚な海景色が現れた。日本三景の松島である。
松島は260から成る諸島群でリアス式海岸だったところが沈降して形成された地域だ。

リアス式海岸だった名残から付近の海辺は水深が浅く、津波の被害を柔らげてくれたのだとか。


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15時30分、終点一つ手前の松島海岸に到着する。
ここから今度は15時35分発のバスに乗り継がなければならない。
乗り継ぎ時間は僅か5分!個人的に5分なら余裕だが結構シビアな乗り継ぎだ。

観光客でごった返す中、人波に従って駅前のバス乗り場へ向かった。



・仙石線 (代行バス) [松島海岸~陸前小野]
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仙石線の代行バスは、松島海岸から各駅へ停車し矢本へと達する運行形態となっており、
鉄道不通区間の高城町~陸前小野間をぴったり走るわけではないから、注意したいところだ。

個人的には出来る限り鉄道運行区間を辿っていきたいのだが、
現時点終点の高城町は該当するバス停が駅前から離れているため、松島海岸で乗り継ぐことにした。
松島海岸の代行バス乗り場は駅前にあるので、乗り継ぎは簡単。専属の案内員もいるので迷うこともなし。

この区間は利用客が多いのかバスは二台体制だ。車両はみちのく観光の大型バス。
車内は全席クロスシート。鉄道代替には違いないが、ロングシートの鉄道と比べ至れり尽くせりである。


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バスは松島海岸駅を出ると国道45号を律儀に東へ進んでいく。
松島湾も何回か間近に迫った。


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仙石線は2ヵ月後に全線復旧するらしく、真新しい線路が既に敷かれていた。
世は鉄道衰退と言われ続けているが決してそんなことはないのだ。
ちなみに仙石線が全線開通すれば「仙石東北ライン」の運行も開始され、
新たに敷かれた線路には電車に混じってハイブリッド気動車が走ることになるのである。


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吉田川と鳴瀬川を渡ると、バスは終点二つ手前の陸前小野へ到着した。
バス自体は矢本まで向かうが、次乗る仙石線の始発は陸前小野なのでやむなく降車。
ここは該当バス停と駅の間がほんの少ししか離れてないので、簡単に乗り継ぐことが可能だ。

降りた乗客は僅か5人。そのうち鉄道に乗り継ろうとする者は私含めて2人のみであった。
JRはここで乗り継ぐことを推奨してない(矢本で乗り継ぐよう案内されている)から、当たり前か。


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バス停後方の交差点から3分もしないうちに陸前小野駅へ到達。
駅舎は新しいつくりで3.11後に建てられた建物だと分かる。
窓口や売店も併設されているようだ。



・仙石線 [陸前小野~石巻]
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一人ホームに立つこと十分、石巻行きの鈍行がやってくる。電化区間にしてまさかの気動車だ。
この区間、鉄路は生きているが津波で電化施設が大きく損傷したため、
現状は他線の気動車を持ち込んで運行してるらしい。

これまで電車ばかりだったが、ここから本州最北まで気動車一辺倒になる。
「ガガガガガッ!」とエンジンを唸らせながら、列車は陸前小野を出た。


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この区間で使われている気動車はキハ110。東日本ローカル地区では何処でも見かける車両だ。
キハ110は個人的に好きな車両で、鈍行旅行者には不可欠な要素をほぼ全て満たしている。
窓が広く車窓が見やすいし、何より座席の座り心地が新型車と比べ格段に良い。

矢本でバスからの乗り継ぎ客がドッと乗り込んでくるかと予測したが、思っていた程ではなかった。
天気もすっかり晴れた。このまま回復してくれることを祈ろう。


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16時51分、列車は終点の石巻に到着した。常磐線に続き仙石線も無事完乗!

時刻は既に夕暮れ時。寒風を凌ぐため、地元学生が跨線橋の中で列車を待っている。
氷点下の寒さを想定していた私はダウンジャケットを着込んでいるから大丈夫だ。
一人、ホーム端で寒風を浴びながら突っ立ってると旅情が感じられた。


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石巻駅構内には石ノ森章太郎が生み出したキャラクターの置物が置いてあった。

「間もなく3番線には、小牛田行きの普通列車が参りまーす」

おっ来るなっ!小牛田行き鈍行!
石巻線の鈍行は国鉄気動車で白×緑のキハ40がやって来るはずだ。
しかし、ここにきてまさかのサプライズ塗装を小牛田行きの鈍行は纏っていたのだった。



・石巻線 [石巻~前谷地]
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何だアレ!?随分と、ド派手な列車がやって来たぞ。

17時15分発の小牛田行きはラッピングカーだった。
通称「マンガッタンライナー」。石ノ森章太郎のキャラクターが車体に塗りたくられている。
土日に運転される特別列車だが、平日もランダムで普通列車の運用に入ることがあるのだとか。


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このマンガ列車は、JRと石巻市がタッグを組んで実現させた企画らしい。復興パワーをビンビンに感じるぜ。
外装だけでなく内装もキャラクターで埋め尽くされている。

マンガッタンライナーならぬ「漫画鈍行」は、定刻通り石巻を発車。
列車はしばらく住宅街を進むが、曽波神を出たところでただっ広い土地に出た。


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それにしてもこの気動車はエンジンの唸りが凄まじい。
キハ40はどれもこれもエンジンの唸り方が違うのは気のせいだろうか。

尻が擽ったくなるほど車体を震わせ、国鉄気動車が轟音立てながら平野をひた走っていく。
「プァーーーン!」日が暮れかける中、古き良き警笛が石巻の地にこだまする。


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石巻から約20分後、気仙沼線と繋がる前谷地へ到着。ここで気仙沼線の鈍行に乗り換える。
マンガ列車がキハ110と顔合わせ。馬力はあちらに軍配が上がるが、
存在感ではこっちの方が遥かに勝っているぞ。


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もう日が暮れてしまうが旅の本番は寧ろここからだ。
三陸を縦断する路線群「三陸縦貫線」の起点が、ここ前谷地なのだから。

侘しいホームには、地元の学生数人と私一人しかいない。
気仙沼線はもっと利用客の多い印象を持っていたが、実際は違うようだ。
外は凍えるように寒く真冬並みの寒風が吹き荒ぶ。自販でミルクティーを買って身体を温めた。

前谷地到着から数十分後、柳津行き鈍行がやって来たので乗り込んだ。
長い長い三陸縦貫線(前谷地~八戸)の旅の始まりだ。



・気仙沼線 [前谷地~柳津]
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三陸縦貫線南端を担う気仙沼線は、3.11の甚大な被害に伴い4分の3ほどの区間がBRTで仮運行されている。
鉄路を全線復旧させるための総工費は約700億円に及ぶといわれ、復旧の見込みは不透明な状況。
現在鉄道として運行しているのは前谷地~柳津間のみで、柳津から先は全てBRTである。

18時発の柳津行きは単行ワンマンのキハ110だ。
車内は私一人と学生五人しかいない。思った以上の閑散振りである。
気仙沼線は通勤通学客で賑わってるのかと思っていたから、これは意外。


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列車は前谷地を出ると旧北上川に沿って田園をひた走っていく。日は既に暮れかけている。
途中駅で乗り込んでくる人は誰もいない。始発から乗っていた学生達は途中で降りてしまい、
車内は私含めて二人だけとなった。外は日暮れ寸前。侘しすぎるぞ、この状況。


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結局途中で誰も乗ってくることはなく、ガラガラのまま列車は柳津に到着した。
時刻は18時半。外はすっかり真っ暗だ。最低限に設けられた外灯がより侘しさを誘う。
今日はここからさらにBRTで2時間近く北上し気仙沼まで向かわなければならない。



・気仙沼線 (BRT) [柳津~気仙沼]
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気仙沼行きのBRTは柳津駅前に停まっていた。BRTに乗るのは初めてである。
車両はノンステップバスだ。座席も通常の路線バスと全く変わりなし。
しばらくすると運転手が乗り込みエンジン始動。ドアが開いたのでそそくさと乗り込んだ。
車内は僅か二人。始発から終点まで二時間弱、同じ車両に乗って進むことになる。思った以上に長い。

18時45分、最終2本前の気仙沼行きBRTが発車した。


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柳津を出てしばらくは一般車と同じ車道を走っていく。
外は真っ暗でもう何も見えないが、平野とは違い深い山の中を走っている気がする。
やがて一般道を逸れるとBRTは専用道へ突入。BRT専用道は鉄道をそのまま見立てた感じだ。

専用道と一般道を行ったり来たりしているうちに、途中駅があっという間に過ぎていく。
最終的に車内の乗客は私一人だけとなった。



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気仙沼、到達!

20時31分、BRTは定刻通り終点気仙沼に到着した。
早朝から鈍行とバスを乗り継ぎ、ようやく着いた気仙沼。ここは震災真っ只中の地だが復興は進んでいるようだ。
派手にライトアップされた新駅舎に、どれくらいの人々が勇気付けられたのだろうか。

今日の宿は駅前から徒歩15分程のところにある。駅前にもホテルはあるのだが、
費用を少しでも浮かせるべく駅から少し遠い安宿に泊まることにした。
身体に疲れが溜まってきているので、駅到着後はすぐ宿へ向かう。


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時刻は21時前。外はがらんどうとしていて道端には誰もいない。
宿へ向かう前にコンビニへ向かおうとしたところ、暗くて気付かなかったのか、
道路脇の窪みに落ち派手に転倒。ここに来て最大の誤算だった。

手で身体を受け止めるのが間に合わず、右肩と膝を強く打ちつけていた。
思った以上の重傷だ。特に肩がヤバイ。力を入れると根元から鈍い痛みが走る。
「こんなとこで何やってんだ俺は……!」ふと後ろめたい感情が脳を掠めたが、転倒如きで挫ける私ではない!


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何時の間にか21時を回り消灯を促す放送が町中に響き渡る中、予約していた宿へ無事到着。
明日使う路線は計8路線!鈍行とBRTと路線バスを乗り継ぎ、夜19時過ぎに大湊へ到達する予定だ。
今回の旅の正念場は明日なので、少しでも身体を休めるため即刻就寝した(シャワーはかろうじて浴びました)。

待ってろよ、大湊!(二日目へ続く)

2015/04/24 | 三陸縦断作戦


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