鈍行列車一人旅

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千葉県ミニ大回りの旅

「140円で千葉周遊」

[2014/12/3]

本当は一都六県大回りをする予定だったのだが………目覚ましを無視して寝過ごしてしまった。
目が覚めたときには既に正午を回っていたのである。
これからどうしようと考えたが休日を無駄にするわけにもいかないので、
敢えて昼過ぎからミニ大回り旅をやってみることにした。

何の目的もなく千葉県を半周するなんて一体誰がやるのだろう(苦笑)


・計画~導入
PC040201.jpgPC030240 (2)

「大回り乗車」とは、大都市近郊区間において発駅と着駅の間を敢えて遠回りで到達する裏技である。
運賃は発駅と着駅の最短距離のものでよく、一駅分の140円や160円で済ますことも可能だ。
この裏技は複雑怪奇なルールがあるので詳細は省くが、簡潔にいうと、

・大都市近郊区間の範囲内であること
・同じ駅を二度通らないこと
・ルートが一筆書きであること
・途中下車をしないこと
・その日中に着駅まで到達すること


などの絶対原則がある。
これらのルールを一つでも破ると、遠回りした分の運賃を全て支払わなければならない。
大回りをやる場合は、ネットなどで事前に下調べしてから挑みたいところである。
なお、大回り乗車はルールさえ守れば規則違反にはならないので、
改札で駅員の失笑を買うかもしれないが堂々とやることが可能だ。




今回、急遽やることになったミニ大回りの起点は新松戸だ。
新松戸から武蔵野線で南下し、西船で総武線に乗り換えて千葉へ向かう。
千葉からは外房線に乗り、大網で東金線に乗り換え成東へ。そこからさらに総武本線で松岸へ行く。
松岸からは成田線を乗り通して我孫子へ。我孫子で常磐線に乗り換え、新松戸一つ手前の北小金で下車する。
千葉県内の北側を「ハート形」に回っていく行程だ(別にハートにしたいからしたわけじゃないが)。

今回の旅は、来週に決行する最北端鈍行旅のウォームアップも兼ねている。
日が傾きかけた頃、私は新松戸駅へ向かった。



・武蔵野線 [新松戸~西船橋]
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「ギャンブル路線」こと武蔵野線の列車がやってきた。
ねずみーランドや公営競馬場を初め、沿線に娯楽施設が多い武蔵野線・京葉線は常に混雑気味だ。
小学生のとき友達と乗り込んだ列車が超満員ではぐれそうになったのは苦い想い出。
まずはこれに乗って西船へ行こう!



・総武緩行線 [西船橋~船橋]


西船で総武の黄色い電車に乗り換える。西船橋は残念ながら快速電車が止まらない
千葉方面の快速に乗るには、一旦各駅停車で一駅隣の船橋へ行かなければならない。

武蔵野線は当初貨物専用として建設された路線で、市や町の中心部を敢えて避けて敷かれている
西船橋を初め、武蔵野線に「新○○」「西○○」「南○○」といった駅が多いのは、その名残だ。
他線の乗り換え駅のほとんどは各駅停車のみ。ここが武蔵野線の不便なところである。



・総武快速線 [船橋~千葉]
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一駅隣の船橋で降りて、総武の快速電車に乗り換える。車両はE217系。
速さでいえば常磐快速も負けないが、総武の快速もなかなか速い!
普段乗る常磐線で聞くものとは違うトーンの低いドアチャイムが鳴り響き、船橋を発車。
千葉へ向かって突っ走る!


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千葉に着いた。千葉駅の構内は相変わらず狭苦しい(←建て替え工事中のため)。
ここからは外房線だ。車両は全て209系だが、千葉の209系は他と一味違う。
先頭部の車両に限りセミクロスシートに改造されてるのだ。
これを利用すれば、駅弁を食べながら鉄旅をすることも可能である。



・外房線 [千葉~大網]
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「6番線には外房線の大網行きが参ります。ハイそこの学生さん!下がってください!聞こえないんですか!!
列車の到着寸前、ホームの端を歩くDQN高校生に対し駅員がブチ切れた。
そりゃそうだ、奴らは簡単に言うこと聞かないんだから。実際事故になったらシャレにならないぞ。

「ジリリリリリリ!」と一昔前のベル音とともに大網行きは出発した。
千葉駅は発車メロディが流れず、車掌に対する連絡用ベルが鳴るだけ。侘しい体裁だが旅情を誘う音だ。
外房線まで来ると車窓もローカル色が濃厚になり、緑が多くなる。
住宅地の中に長閑な田んぼや緑地が現れ始めた。



・東金線 [大網~成東]
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早くも日が暮れかけた頃に終点大網に到着。大網からは東金線に乗車する。
この路線は千葉県のJR線の中で最も短く終点まで乗っても10分強で終わってしまう。
車内の8割は学生で占められている。

大網を出ると、外はあっという間に真っ暗になってしまった。
まだ17時を過ぎたばかりである。



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終点の成東に着いた。外はすっかり真っ暗だがこれはこれで風情があって良い。
今日は空気が澄み渡っており、夕闇が怖いほど透き通って見える。
これでとりあえず東金線は完乗だ。


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東金線の発着ホーム(0番線)はとってつけたような場所にあり、地元ローカルの雰囲気を醸し出している。
成東では次の列車が来るまで30分待つが、数日前に寒波が到来したばかりで外はめちゃくちゃ寒い。
気温は間違いなく10度を下回っている。厚着しときゃよかったーっ!

改札を出て暖かい待合室に行くわけにもいかないので、ホーム上で風に吹かれながらジッと耐えた。


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ずっと突っ立っていると凍えそうなので、駅ホームを軽く探索。
駅名標の一部がはがれてしまっている。「aruto C m」って何だしw


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しばらくすると、東京行きの「しおさい」がやってきた。房総特急の代名詞といえば、この列車だ。
発車する寸前、学生二人が手を振ると運転士が応えて警笛を鳴らしていた。
微笑ましい光景である。心優しい運転士もいるんだなあ………



・総武本線 [成東~松岸]
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身体が凍えかけた頃、総武本線の銚子行き鈍行がやってきた。
この区間は総武本線の中で最もローカルで、一時間に一本しか列車が来ない。
車内は満席だったがしばらくすると空いたので座席を確保。
真っ暗な中、くたびれた空気を乗せて下り列車が淡々とひた走る。

途中眠くなってしまい、うつらうつらし始めた頃に列車は松岸へ到着していた。
銚子まで行くわけにはいかないので慌てて下車!危ない危ない。


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ここからは成田線を延々と行くが、途中の成田で一回乗り換えなければならない。
海に近いのか知らないが風がさっきよりも強く、ガタガタ震え上がりながら列車を待つ。
しかしこれで「寒い」なんて言ってたら、来週の最北端鈍行旅なんてシャレにならないぞマジで。



・成田線 (本線) [松岸~成田]
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松岸到着から10分後、成田線の鈍行がやってきた。車内の暖かさにホッと一息。
成田線は単線が多い地味な路線だが、沿線には観光資源が多く特急も出ている。
レールのジョイント音もガンガンに響き渡っており「我こそ電車でござい!」みたいな走りっぷりがいい。

成田線は華やかな愛称もついておらず駅名も難読で渋いものが多い。
椎柴→しいしば、水郷→すいごう、下総松崎→しもうさまんざき、下総神埼→しもうさかんざき、
酒々井→しすい、安食→あじき、木下→きおろし、

などなど激渋の駅名が連ねている。特に安食(あじき)と木下(きおろし)はツボに嵌った。


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松岸から一時間強で、列車は成田に到着した。
ホーム上に「ドーン!」と構える巨大な成田山の盆が印象的だ。



・成田線 (我孫子支線) [成田~我孫子]
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成田で我孫子行きの列車に乗り換える。
成田線は本線の他に二つの支線を持っており、成田空港へ接続する空港支線我孫子支線がある。
車両は10両編成の常磐E231系。もう20時過ぎなので車内はガラガラだ。

今日は寒い上に風が強く、ドアが空くたび冷たい風が吹き込んでくる。
ひなびた土地を抜け、手賀沼のそばまで来ると終点の我孫子に到着した。



・常磐緩行線 [我孫子~北小金]
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最後の最後に乗る列車常磐緩行線の代々木上原行きだ。
こいつは千代田線直通仕様の209系。たった二編成しか存在しないレア車両である。
我孫子から10分ちょっとで、列車は着駅となる北小金に到着。
こうして、今回のミニ大回りの旅は無事終了!

140円の切符を手に改札へ向かった。


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大回り乗車は初めてだったので、切符を改札へ入れたときの「ピンポーン」を聞いたときは、
不正乗車をしたような罪悪感に駆られたが、やむなく有人改札で説明し駅を脱出。
薄着で着たことを後悔し、ガタガタブルブル震えながら自宅へ向かったのだった。

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2014/12/04 | 首都圏在来線

日本最北端の地、稚内へ

「極寒北国紀行 1日目 (上野~仙台~盛岡~青森)」

[2014/12/10]

寂しい男独人で、それも他に打ち込めることが沢山あるはずの学生であるというのに、
私は尚、行こうとしている。しかし、それも今回で一旦打ち切りとなろう。

「鈍行列車で最果てまで行きたい」

ただその(馬鹿な)愛情と想いだけが、私をここまで突き動かし続けてきた。
最東端・最西端・最南端を鈍行で制覇した上で、今回向かうのは最北端の稚内だ。
この旅を制覇すれば最四端全制覇となるから、旅の出発前から何時になく気合いが入っている。


「最北端、鈍行で行ってやろうじゃないか!!」



・計画~導入


さて、今回の旅の最終目的地は、上述した通り日本最北端の稚内である。
東京から鈍行で稚内へ行くには1泊2日かかる。稚内までの総距離は約1600kmだ。
復路合わせて4泊5日の行程。稚内に到達した後も再び鈍行に乗り、北から南へ北海道を縦断する。


1日目:東北本線を乗り継いで青森まで行き、青森から急行「はまなす」に乗って北海道へ上陸。
2日目:函館本線で旭川へ行き、旭川から宗谷本線の鈍行に乗って最北端駅の稚内へ向かう。
3日目:バスで宗谷岬を訪れた後、宗谷本線と函館本線の赤電(711系)に乗って札幌まで戻り一泊。
4日目:函館本線で南下。大沼公園でSLに乗り換えて函館に向かい、函館から寝台特急「北斗星」に乗って上野へ。
5日目:上野到着。「北斗星」に別れを告げ、常磐線で帰路へ。



今回の旅の全体的な行程はこのようになっている。使用切符は「北海道&東日本パス」。
体力・気力の限界を考慮した上で、出来得る限り「鉄」の要素を凝縮したつもりだ。
また道中には、今年~来年度に消滅する予定の名列車が4本(はまなす・北斗星・国鉄711系・函館のSL)もあるため、
記事上で何度も「夢をありがとう!!」などといった暑苦しいフレーズを連発することになりそうだが、
とある男のしがない愛情とロマンとして、そこはご容赦頂きたい。

冬の雪国に一人で行くのは初めてなため、やや不安なところもあるが、装備は万全である。
初日は約20時間鈍行に乗り、さらに2日目からは片道6時間の宗谷本線を往復しなければならないという、
もはや鬼畜としかいいようのない行程であるが………(苦笑)、
これまでの最果て旅も往路は全て鈍行で制覇してきたから、その伝統は最後まで貫きたいところだ。


[スポルディング] SPALDING SNOW FIELDPC100018.jpg

今回の旅の舞台は極寒の北国であり、場合によっては生死に関わってくることもあるため、
新たにスノーブーツを用意した。道民はこんなもの履かないというが、雪に慣れてない平野民にとっては必須となる。
ブーツを購入するのは、一年間通してスニーカーしか履かないお洒落無頓着の自分は初めてである。
最北端の地の景色はどんなものであるのか、直にこの足で確かめてこようではないか!

早朝4時半、パンパンのリュックを背負って私は家を出た。
今のところ、稚内到着時の天気予報は「吹雪」
吹雪になるとはマジで予想だにしなかったが(苦笑)、もう行くしかあるまい。
道のり・環境ともにハードで過酷な旅が今始まるっ!!




・東北本線 [上野~宇都宮]
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東北本線の道のりは長く遠く、そしてしんどい
淡々とした車窓、ロングシート中心の車両、思った以上に混む車内。
2年前の最東端旅でも同じルートを辿ったが、よほど面白みがなかったのかほぼ記憶にない。

ここ上野から青森まで約20時間の道のりだ。
気が遠くなりそうな数字だが、初日のこの鬼畜な行程を制覇しないことには、
北海道はおろか青森にすら行くことができないのである。




5時46分、始発から3本後の宇都宮行き鈍行が定刻通り発車した。これから青森まで一日かけての長旅である。
東北本線の上野〜宇都宮間は宇都宮線という愛称がついており、バリバリの通勤路線である。
列車は通勤電車として最長の15両編成で、もちろんあのグリーン車もついている。


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今回は、宇都宮までグリーン車に乗って行くことにした。
980円かかるが、これからの苦行を思えば何てことのない出費である。
車内はまだ誰もいない。私はグリーン車に乗るのは初めてであり、グリーン券を購入するのに一手間かかった。
普通に紙の切符を買うのかと思ってたのだが、今はSuicaにチャージして座席上のセンサーにタッチすればいいだけらしい。

宇都宮行き通勤電車は、まだ真っ暗な中、並走する京浜東北線を尻目に疾走していく。
大宮あたりでようやく乗客が入ってきた。大宮から東北本線は他の並走路線を離れて一人立ちする。


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白岡あたりでようやく日が出てきた。短いようで長い長い一日の始まりだ。
今は一年間で最も日が短い時期であり、日中のうちに行動できる時間は限られている。
久喜を過ぎた頃で、車窓右手に筑波山がうっすらと見えた。
線路のそばには住宅街が広がるだけであるから、今のところ車窓の楽しみといえば遠くに聳える山々ぐらいしかない。

新幹線と接続する小山でドッと乗客が増えたようだ。既に時間帯は通勤ラッシュに突入しているが、
この宇都宮行きのグリーン車はガラガラで、通勤通学の喧騒とは無縁である。
普通車は恐らく満員状態であろう。やはり、改めてグリーン車に乗っておいて良かったと実感。
最初から混んでる中行くのもやる気をそそられないし、グリーン車ならのんびり朝飯を食べられる。

7時29分、宇都宮行き電車は定刻通り到着した。これで、グリーン車の快適旅は終了。
隣ホームに居座る黒磯行き鈍行に乗り換える。



・東北本線 [宇都宮~黒磯]
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これから乗る宇都宮~黒磯間の車両は、意外にもメルヘン顏の205系。
こいつは確か、京葉線で走ってた奴じゃないか。

車内はみるみるうちに混んできて、発車寸前には立ち客も出た。
8両編成のオールロングシートで、目の前のブラインドも全て下げられたため車窓は全く見えないが、
この区間はとりわけ面白みがないので全然構わない。
ここからドアは「手動」である。下車するときにさりげなく「閉」ボタンを押すのは暗黙のルールである。
宇都宮から先は、駅間距離が少し長い気がする。



・東北本線 [黒磯~郡山]
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黒磯に着いた。ここから再び郡山行きの鈍行に乗って北上する。
東北本線の黒磯~一ノ関間で使われる鈍行の車両は全部で数種類あり、
「悪魔」こと701系・「救世主」こと719系・「新型」ことE721系の3種類がある。

大半はロングシートの701系にぶち当たることになるのだが、
たまにクロスシートの719系やE721系がやってくることがあるから侮れない。

そして、この区間は何とE721系が来た。「今日は運が向いてるぜ!」と思ったが、
正直ぶっちゃけると、東北本線の車両の運用は最初から全て決まっているため、
例えE721系が来ても、決して運が良いというわけではないので注意されたし!


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途中の新白河で14分停車する。
ホームのすぐ横には、東北新幹線の高架ホームが聳える。
しばらくすると、貨物が横を通過し間もなく列車は再出発した。

「この列車は東北本線、普通列車の黒磯……あっ!失礼致しました。普通列車の郡山行きです」

ええー、戻るのかーー。ここまできて戻りたくねえべ(笑)。


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これまでの東北本線は住宅街が中心だったが、黒磯以北からガラっと雰囲気が変わり閑散とした山の中を進んでいく。
対向の線路にくるのは鈍行でも特急でもなく、今のところ貨物ばかりである。
新白河からは山あいを出て、平坦な土地を快走していく。
さっきはガラガラだった車内は少しずつ混み始め、新白河から数駅先で満席となった。

須賀川という駅で、小学生の子供達が大勢乗り込んできた。郡山へ社会見学に行くのだという。
子供の勘は大人以上に鋭いが、まさか隣に座る男が鈍行で稚内へ行こうとしてるなんて絶対に思ってはいないだろう。

磐越線と接続する郡山で、再び北へ向かう福島行きの鈍行に乗り換える。



・東北本線 [郡山~福島]
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悪魔こと701系の登場だ。
この車両はオールロングシートで、奥羽本線と黒磯以北の東北本線の主力として使われている。
こいつにぶち当たる確率は限りなく高く、最悪のパターンだと、
宇都宮から青森までずーっとロングシートに座らなければいけないこともある。それこそ正に鬼畜である。

黒磯からの乗り継ぎ客が多く、車内は満席状態だ。
車窓は既にローカル一色。ここにきて早くも尻が痛くなってきた。
あと、まだ15時間も残っているというのに………!

この区間の乗車時間は短く、50分もしないうちに終点の福島に到着となる。
50分を「短い」と感じる次点で、私はちょっとした鈍行中毒に侵されているのだと思う(笑)。



・東北本線 (快速シティラビット) [福島~仙台]
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福島から仙台までは快速がある。
「シティラビット」と冠された快速列車が一日数本走っているのだ。
車両は719系。主にクロスシートが設けられており、ロング中心の東北本線の中でも救世主的存在といえる。

しかし今は思った以上に混雑しており、肝心のクロスシートを確保できなかった。
車内端にある、二席分のこじんまりとしたロングシートに座る。


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白石を過ぎると列車は小高いところをひた走り、右手に広々とした景色が一望できる。
東北本線は、太平洋沿いに敷かれた常磐線と比べると勾配のきついところが多い。
そのため、当時(昭和40年代頃まで)の優等列車はこぞって常磐線経由で北へ向かったという。
今はその影が全く見られないが、かつては常磐線が栄華を誇った時代もあったのだ。



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仙台で昼食休憩となるが、次乗る列車は僅か30分後のため急がねばならない。
もっと余裕のある行程を立てろと言われそうだが、現在のダイヤの都合上ではこうするしかなかった。
最東端旅のときはここで50分ぐらい休憩がとれたが、今は「はまなす」の発車時間が少し早まっているため、
そのツケがここに来て回ってきたのである。

駅構内は混み合っており、また駅前に手軽に立ち寄れる店もないため何か探して食べるのは無謀であった。
とりあえずキオスクで適当に昼飯を済ませて、次の列車に乗り込む。



・東北本線 [仙台~小牛田]
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発車から10分前にホームに降り立つと、小牛田行きの鈍行は既に満席であった。
しかしずっと座席に座っていても尻が痛くなるばかりなので、たまには立つのもいい。
ここから盛岡までは、列車を3本乗り継いで進むことになる。
仙台の住宅街をひた走り、閑散とした平野を走るとやがて小牛田に到着する。



・東北本線 [小牛田~一ノ関]
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小牛田で一ノ関行きの鈍行に乗り換える。車両はまたまた701系。実に憎たらしい奴である。
車窓は人家が少なくなり、ただっぴろい田園の中を進んでいく。
徹夜で出発したので、さすがにここまでくると眠くなってきた。
体力はまだまだ余裕だが、眠気には俄然弱いぜガッデム!



・東北本線 [一ノ関~盛岡]
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一ノ関到着は14時32分。ここから、現在の東北本線の区間としては最後の鈍行に乗る。
盛岡以北は第三セクターに転換されたため、現在の東北本線の実質的終点は盛岡である。
車両は相変わらずの701系だが、ラインカラーがこれまでのものと違うようだ。


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眠気に巻かれてうつらうつらしているうちに、外は雪景色に変わっていた。
時刻は16時を過ぎようとしている。あっという間に日が暮れる中、列車は盛岡向けてひた走る。


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16時15分、列車は定刻通り盛岡に到着する。
ここから先は第三セクターのいわて銀河鉄道だ。
駅構内のカフェで一服した後、私はいわて銀河の乗り場へ向かった。



・いわて銀河鉄道/青い森鉄道 [盛岡~八戸]
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こじんまりとしたいわて銀河鉄道の乗り場は人で溢れかえっている。
既に長蛇の列を成しているが、私は列車画像を撮るのが最優先なのでホーム端で一人カメラを構えた。
やがて間もなく、八戸行きの鈍行が到着する。終点の八戸までは2時間弱と結構かかる。


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車両はいわて銀河独自の形式(IGR7000系)だが、JRの701系を転用しただけの代物である。
車内は満席どころか満員となり、その八割方は学生。
邪魔になるリュックを荷棚に置いて車内の端でやり過ごすうち、座席はすぐに空いた。

外はもう真っ暗だが、雪が少しずつ深くなってきているようだ。
「今、稚内はどうなっているんだろう?」と車内で一人、いい歳こいて童心に返った。
時折鳴る甲高い警笛がその想いをより掻き立てる。ローカル列車独特の警笛の音色が私は大好きなのだ。


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陸奥から先は青森県で、列車は青い森鉄道の区間に入る。
ここまでくると車内は既にガラガラ。車内空調が弱いのか、上着を着ていても寒い。
恐らく「はまなす」に乗ると思われる乗客が、僅かに設けられたボックスシートに居座っている。

今回の旅は北海道&東日本パスの有効期間初日に決行することになったが、それが吉と出るか凶と出るか!
良くも悪くも、鈍行の旅というのは偶然の重なり合いみたいなものなのである。



・青い森鉄道 [八戸~青森]
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最後の最後に乗る列車は、青い森鉄道の青森行き鈍行だ。
車内の座席は八割方埋まっている。数駅過ぎると、車内は男一色となった。
男の学生、男のリーマン、男の外人、そして男の乗り鉄。マジで男しかいない。

列車は広々としたところを走ってるのか、車窓にはポツポツと外灯が一定間隔で流れるのみである。
車内のむさ苦しさを除けば、その光景は本州の最果てまで来た感じがする。



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やがて21時前に、列車は終点の青森に到着した。
はまなすが出発するまで一時間強の滞在時間があるので、ここで夕食をとる。
そして、青森駅前にはあの吉野家が夜遅くまで営業しているから有難い。
ただの牛丼じゃつまらないので、普段は滅多に頼まない牛すき鍋を注文した。

夕食後に駅構内で待機すること20分ぐらいで、はまなす到着のアナウンスが入る。
明日は遂に稚内だ!私は一番乗りで改札を通り、意気揚々とはまなすの発着ホームへ向かった。

2014/12/19 | 極寒北国紀行

「はまなす」と厚別ダッシュ

「極寒北国紀行 1~2日目 (青森~新札幌~厚別~旭川)」

[2014/12/10]

最北端鈍行旅も、まずは一つの山を越えた。
とはいっても、これから天気が悪くなるから旅の峠はまだまだ先だ。
東北本線を全線通しで北上し、青森からは夜行列車のはまなすに乗って北海道へ上陸となる。


・急行はまなす [青森~札幌]
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今や日本で唯一の夜行急行となった「はまなす」の歴史は、今から四半世紀前(88年)まで遡る。
それまで青森と函館を結んでいた青函連絡船の代替として、青函トンネル開通日とともに運行を開始した。
この区間は青函トンネル以外に移動手段がないため、今も一定の需要があるようで、
多くの夜行が臨時に格下げされていく中、現在も定期夜行列車として毎日走り続けている。

しかし、その定期夜行「はまなす」の歴史も間もなく終わりを迎えようとしている。
2016年に開業する北海道新幹線の影響で、青函トンネルの電圧が新幹線専用のものへと変更されるため、
これまで客車を牽引してきた電気機関車が走れなくなってしまうのである。JRからの正式な発表はまだないが、
「カシオペア」や「北斗星」とともに、「はまなす」も消滅してしまうだろうというのが現時点での予測である。

今現役で走っているブルートレインは「北斗星」と「はまなす」のみであるから、
両列車の廃止は、すなわちブルートレインの全廃を意味する。
長きに渡る歴史を持つ定期運行のブルートレインを往路復路使って乗車するのは今回が最後となろう!

………こうして若干興奮気味になりながら(苦笑)、私ははまなすの客車に乗り込んだ。



PC100116.jpgPC220004.jpg

22時18分、急行はまなすは定刻通り青森を発車した。今回とった座席は「のびのびカーペット」である。
この雑魚寝スタイルの車両はとても人気があり、他の車両はガラガラなのにカーペット車だけ満席状態。
そりゃそうだ。他の座席と指定席券代は同額なのに、こちらは寝床に布団付きで横になれるのである。

「のびのびカーペット」の指定席券は、みどりの窓口で発券してもらうのに少し手間がかかった。
この座席は窓口の端末(マルス)上では「はまなすカーペット」という名前で登録されているので、
発券してもらう際には、列車名を「はまなすカーペット」と指定する必要があるから厄介なのだ。




「それでは、これから室内灯を深夜灯に切り替えさせて頂きます。どうぞごゆっくりお休み下さいませ。
次の停車駅は函館。0時44分の到着です」


23時過ぎ、甲高い汽笛とともに列車は青函トンネルに突入する。
津軽海峡線は青函トンネルに至るまでトンネルがいくつかあるが、
いざ青函トンネルに入るときには盛大に汽笛を鳴らす。
海面下240mの海底をくぐり抜ければ、北海道の地はもうすぐだ。



[2014/12/11]

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うつらうつらしているうちに、列車は函館に到着した。
ここでは機関車の付け替え作業もあり、39分も停車するようだ。
寒いホームに降り立ち列車の先頭部へ行くと、はまなす専用のDD51の姿があった。
この機関車は、函館から終点の札幌までを牽引する。

1時23分、はまなすは汽笛を鳴らして函館を出発する。
さすがにもうそろそろ寝ないと2日目がもたないので、シーツをかぶって眠りについた。

………と、そう上手く眠りにつけるわけでもない。
客車の振動・挙動は電車のそれよりも強く、ブレーキがかかるときにはガクッと大きく揺れる。
必要以上に繊細な自分には、この揺れが結構響くのだ。



PC100117.jpg

「皆様、おはようございます。時刻は只今、午前5時9分を回りました。列車は定刻通り運転しております。
次の停車駅南千歳には、あと15分ほどで到着致します」


苫小牧を出たところで、室内灯が点灯するとともにアナウンスが入った。
列車は今、千歳辺りを快走している。終点の札幌まではまだ少し時間があるようだ。
ここでどうしようか、私は一つの選択を迫られた。

その選択とは実に意地らしいもので、要は「ワープをするかしないか」ただそれだけのことである。
何が何だかわからない方もいらっしゃると思うので、ここで詳細な概要を説明しよう。





今乗っている急行「はまなす」の終着駅は札幌である。
札幌から道北へ行くには、まず函館本線に乗って旭川へ向かう必要があった
しかしこの区間の鈍行は本数が非常に少なく、また効率の良い接続もないため乗り継ぎで大きなネックとなっている。

そこで札幌を6時に発つ始発の旭川行き鈍行に乗れば、いち早く道北へ行くことができるのだが、
「はまなす」が札幌に着くのは6時7分。つまり、札幌からだとこの始発鈍行に間に合わないのである。
6時の始発の後に来る旭川行き列車は3時間後であり、特急でのワープが必須となってしまう。
しかし今からちょっとした「裏技」をやれば、この始発の鈍行にギリギリで乗り継ぐことが可能となる。

はまなす終着駅の一つ手前の停車駅である新札幌。ここから近いところに函館本線の厚別駅がある。
この二つの駅は千歳線と函館本線の合流地点近くに位置し、互いに距離が近いため、
乗換駅ではないが徒歩10分で容易に行くことができるのだ。




札幌からでは絶対に間に合わないが、ここからならギリギリで始発の旭川行きに間に合うことは、
時刻表で両列車の到着~発車時刻を照らし合わせればすぐにわかる。

・はまなすが新札幌に到着するのは5時55分。
・旭川行きの始発鈍行が厚別を発車するのは6時13分。


つまり、この二つの駅・列車の到着~発車の間には18分のブランクがあることになる。
この僅かなブランクを利用し、新札幌から厚別まで徒歩で移動し旭川行きの始発鈍行に乗ることを「厚別ダッシュ」という。
要は新札幌ではまなすを降り、18分以内に徒歩10分の道をこなして厚別まで行けばいいわけだ。
結構際どいタイミングだが、両列車が定刻通りならば問題なく間に合うだろう。



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ほどなく列車は新札幌に到着。結局、私はリスキーな厚別ダッシュをすることにした。
誰も降りる気配がない中、リュックを担いで一人颯爽とはまなすを降りる。
はまなるに乗るのは今回が最後になりそうなので、よりリスキーになるが駅ホームで発車を見送ろうではないか。



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「ありがとう、はまなす!今までお疲れ様でした!」

あっさりとした別れだが、ホーム上でこうして一人悠々とできるのも格別である。
はまなすは恐らく来年度に廃止されてしまうが、いざそのときには人混みに溢れててんやわんや状態になってるだろう。

さて、ここ新札幌から厚別までしばし鬼畜の移動をしなければならない。
正直鬼畜というほどでもないが、間に合わなかったときの痛手は大きい。
スマホでGoogleマップを見ながら、まずは北口を出た!



・新札幌~厚別 (徒歩)
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外はまだ真っ暗。道路は一面雪に覆われている。もう手元のマップ以外は何も頼りがないが、
私は頭にすぐ地図を浮かべられるタイプの人間だから自信はある!(←個人差があるらしい)
駅構内を出るのに戸惑ってしまい、函館本線の始発鈍行が発車するまであと13分となった。
もはや、歩いていては間に合わない。文字通り厚別向かってダッシュだ!


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ここにきて、東京からわざわざ履いてきたスノーブーツが大活躍する。
このスポ○ディングのブーツは防寒に加え防水機能も搭載しており、
また靴底は雪で滑らないように特殊なソールパターンが施されているのだ。
その機能性たるや絶大で、思いっきり走っても全く滑らない。

スニーカーで来ていたら間違いなくアウトだったろうな。


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結局道を迷わず進むことができ、6時10分に厚別駅に到達した。
これで無事、旭川行き始発鈍行に間に合う!



・函館本線 [厚別~旭川]
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ホーム上で待つこと数分、目当ての列車は定刻通りやってきた。
この区間は電化されているが、やってきた列車は意外にも二両編成の気動車だ。
恐らく、回送ついでの送り込み運用であろう。

厚別を出てしばらくしたところで、周りが少しずつ明るくなってきた。
辺りは一面雪景色であり、ただっ広い北海道の大地が姿を現す。
始発列車だが、車内は満席状態。この区間はまだ鈍行の本数が多いのだが、問題は滝川から先の区間である。
滝川から旭川までの区間は、一日数本しか鈍行が走ってないのだ。


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朝7時前に、旭川行き鈍行は室蘭本線と接続する岩見沢に到着する。
外はすっかり明るくなり、見渡す限りの平野を照らす。
天気はあいにくの曇りで、吹雪になる予報も出ている。

岩見沢から先を進むごとに、これまで満席だった車内が少しずつ空いてきた。
生粋の道民は、やはりスノーブーツなんてものは履かないらしい。
車内を見渡す限り、私みたいな旅行者を覗くと革靴とスニーカーばかりだ。


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列車は何のトラブルもなく順当に道のりを進む。
奈井江という変わった名前の駅で学生が大勢乗ってきた。
目の前には雪原が広がっているというのに、学生達はドラクエの話とかしている(笑)。
彼らにとって、車窓に広がる大自然は生活の一部に過ぎないのだ。

究極の汎用気動車キハ40系の走りは、実にのんびりとしている。
この車両は車体の重さの割にエンジンが貧弱で、発車時の加速が圧倒的にのろい。
ただ車体はとりわけ丈夫につくられており、耐雪・防寒構造もしっかりしてるから安心感がある。
そこは古き良き国鉄車ならではの魅力であり、国鉄が車両の生産に一切の手抜きをしなかったことを証明している。


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根室本線と接続する滝川で一気に乗客が減った。
ここから旭川までの区間は車掌のいないワンマン列車となり、閑散地帯を進んでいく。

昨日の夜から何も食べてないため少し腹が減ってきたが、手元にはメントス一粒しかない。
とりあえず旭川まではこのメントス一粒で我慢しよう。


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車窓はただ見渡す限りの平野であり、人家は少ない。雪はさっきと比べて少しずつ深くなってきている。
山も近くなってきた。長いトンネルを何本も抜け、石狩川を渡るとそこは旭川の地だ。



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やがて、札幌発の始発鈍行は8時57分に終点の旭川に到着した。
ここからやっと、日本最北端路線であり地方交通線としては最長となる宗谷本線に乗車する。
次乗る宗谷本線の列車が出発するのは2時間後なので、とりあえず駅前の繁華街で朝飯にありつくことに。


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旭川は駅を出てすぐのところに繁華街があるので、飲み食いには全く困らない。
外は全然人がいないが、店の中に入ると沢山人がいる。

朝飯にありついた後、キリのいいところで駅へ戻り宗谷本線の乗り場へ向かう。
宗谷本線は前々から恐れていた長大なローカル線だが、今回やっと鈍行で乗車する機会を得た。
これから吹雪くみたいだが、恐れず行こう。片道6時間の道のりを制覇し、次回遂に最北端の稚内へ到達する!

2014/12/22 | 極寒北国紀行

白銀の宗谷本線を行く

「極寒北国紀行 2日目 (旭川~名寄~稚内)」

[2014/12/11]

旭川駅前の繁華街で朝飯にありついた後、私は旭川駅に戻り宗谷本線の発着ホームへ向かった。
宗谷本線の道のりは長く、全線通しだと259.4km。これは日本の地方交通線として最長の距離である。
途中の拠点の名寄までは快速列車に乗り、そこから先は純然たる鈍行に乗って最北端駅の稚内へ向かう!


・宗谷本線 (快速なよろ) [旭川~名寄]
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日本最北端の路線として知られる宗谷本線は、元々は樺太への連絡手段として建設が進められたという。
1898年に旭川~永山間が開業し、それから延伸を繰り返して1922年に稚内まで全通する。
宗谷本線の線路は天塩川に沿って敷かれており、水運の衰退とともに道北からの資材輸送の役割も果たした。
終戦後は樺太への連絡船が廃止され、樺太連絡手段としての役割を失うことになる。

かつての宗谷本線は、名寄本線深名線美幸線天北線羽幌線など多くの支線を持っていたが、
これらの支線は80年代のうちに全て廃止となり、一路最北を行く孤高の路線となった。
孤高ではあるが今も道北の大動脈として健在しており、特急も1日3本出ている。

宗谷本線を一気に全線乗り通す場合、全線通しの鈍行で行くパターン快速+鈍行を乗り継ぐパターンに分かれる。
全線通しの鈍行は1日1本のみだが、快速と鈍行を効率よく併用する場合だと1日2回チャンスがある。
今回は11時11分発の名寄行き快速と、12時35分発の稚内行き鈍行に乗って稚内を目指そう。





宗谷本線の快速「なよろ」は、思った以上に混雑していた。
車内のボックスシートは既に満席なので、車内端にあるロングシートへ座る。
宗谷本線は途中の名寄までは高速化されており、本数も多い。しかし問題となるのが名寄以北の鈍行である。
名寄から北は、人家どころか道路もろくにない大自然の中を進んでいくことになるのだ。

列車は、発車するとしばらく市街地の中を進む。この辺りはまだ最果て路線の風情はない。
「快速」なのでいくつか駅を抜かして進んでいくが、速度は東京の普通列車よりも遅い
上り勾配に差し掛かると今にも止まりそうだ。空調がききすぎなのか、車内は蒸し暑い。


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石狩川を渡って間もないところで人家は少なくなり、左手には雄大な山々が姿を現す。
まだ路線の三分の一にも至ってないのに、車窓は大自然の風格を醸し出した。
これから先どんな車窓になるのか期待が膨らむ。


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ぴっぷ。

北海道は可愛い地名が多いな!(笑)北海道の地名は八割方アイヌ語がルーツにあるらしい。
「のっぽろ」も相当ツボにハマったけど、「ぴっぷ」はそれ以上にツボ。
ピップエレキバン愛用してるわけじゃないけどね。



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上りの特急に遅れが出たため、列車は8分遅れて名寄に到着。外は何時の間にか雪が降りしけっている。
もう既に発車しているはずの稚内行き鈍行が、向かいのホームで待機していたからよかった!
走って跨線橋を渡り、発車のベルが鳴る中そそくさと稚内行きの鈍行に乗り込む。

孤高の最北路線、宗谷本線の凄みを味わえるのはここからだ。



・宗谷本線 [名寄~稚内]


快速からの乗り継ぎ客を待ってくれてたのは有難いが、乗り継ぎ時間はほぼゼロであった。車両はキハ54系の単行。
車内には昔の特急の座席を転用したクロスシートがあるが、景色の良い左側は残念ながら全て埋まっている。
左側の車窓は意地でも確保したいところなので、やむなく空いてるロングシートに座ることに。



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ああ結局、最初から最後まで鬼畜な行程になってしまったではないか。
せめてもの最後ぐらいはクロスシートが良かったのだが………。まあいい、鈍行に贅沢なんぞ言ってはいけない。

これも最北端までの試練の道と思えば何のその!リュックをロングシートの片端に置いて背もたれ代わりにし、
座席と垂直に座るようにすると窓と自分の位置がいい塩梅になった。
これなら4時間ロングでもいけるだろう。言ってしまえば、ロングシートも「住めば都」である。



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名寄から宗谷本線は日本屈指のローカル区間に入り、一級河川の天塩川沿いをひた走っていく
車窓左手には川沿いの大絶景が広がるが、右手は全く面白味がないので避けたいところ。
名寄市街を出て間もなく天塩川が間近に迫り、圧巻としかいいようのない車窓が続く。

この名寄からの天塩川と宗谷本線の並行区間は、これから先何と2時間強も続くのである!!
………いやー、マジですごいわー。スケールが他と比べ物にならない。



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その佇まいは大河のようで、また向かいに聳える山々も険しく、
「ここは本当に日本なのか?」と思ってしまうほど荘厳な大自然の景色である。


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雄大な天塩川とともに車窓に広がるのは、途方もなく広大な北海道の大地だ。
人家はポツポツとあるのみで、車や道路もろくに見当たらない。
そんなところを、今、単行の気動車が一路ひた走っている。



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上りの特急が鹿と衝突したため、20分ぐらい遅れが出たらしい。そのため、豊清水駅で長時間停車となる。
道北に来てから雪が少しずつ降りしけてきた。吹雪にならなければいいのだが………。

特急到着後、列車は間もなく発車。宗谷本線は鹿衝突が日常茶飯事らしい。





音威子府から佐久までの区間は険しい渓谷になっていて、山と山の間を縫うように進む。
山中に差し掛かると、外は吹雪き始めた。今日は天候の変化が著しく早い。


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辺り一面、白一色。関東では滅多に見られない白銀の世界である。
列車は崖と天塩川の脇すれすれに沿って走っていく。



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画像だけだとそのスケールがいまいちわからないかもしれないが、この区間の車窓はずーっとこんな感じである。
ぐにゃぐにゃ曲がる大河と山の腹に挟まれて線路が敷かれている。
もう、ひたすら釘付けになるしかない!

とある山中の板切れ駅で一人乗客が降りていった。
辺りは何もない辺鄙なところだが、一体何をするつもりなのだろうか………。



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佐久を過ぎ、列車は無事渓谷を抜けた。さっきは吹雪いていたのに、ここにきて再び天気が回復してきた。
この辺りは集落が見られ、地元住民の人達が続々と列車を降りて行く。
車内はいつの間にか三人だけだ。



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幌延に到着した。ここでは上下の列車とも長時間停車するようだ。
停車中は駅構内を探索できるが、さすがに道北か外はめちゃくちゃ寒い。
特に風が強く、向かい風だと眼がチカチカする。まだ15時台だが、日は早くも暮れてきた。

約40分の停車時間の後、列車は再び稚内へ向けて出発。今まで並行していた天塩川はここで離れ河口へ至る。
宗谷本線の絶景区間はこれから先もあるが、もうすっかり日が暮れてしまった。
ただ、今日の往路で見れなかったところは、明日の復路で見れるから問題ない。





幌延から兜沼まではサロベツ原野の横を進んでいく。
豊富という駅で学生が大勢乗ってきた。
二日近くほぼ一睡もしてないため、眠気が限界にきている。
そうしてうつらうつら繰り返してるうちに、何が起こったのか列車が急停車した。

「只今、鹿と接触しましたため、停車致しました。これから調べて参りますので、しばらくお待ち下さい」

上りでも鹿とぶつかったらしいが、今度はこちらでも鹿衝突が発生。
宗谷本線の鹿衝突の発生率は日本一と聞く。運転士も実に手慣れた対応で運転を再開した。



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抜海を過ぎれば左手に日本海と利尻島が見えるはずだが、今はもう真っ暗で何も見えない。
抜海駅から少し歩いたところにある抜海港には、野生のアザラシが住み着いているという。
私はアザラシは大好きな動物なので、明日立ち寄って観察しに行こうと思っているのだが、
あいにく明日は吹雪の予報が出ている。抜海港は駅から徒歩30分ぐらいかかるらしく、
吹雪の中一人で歩いて行くとなれば生死に関わるので断念せざるを得ない。



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真っ暗な中をゴトゴト走り、列車は稚内から一駅前の南稚内へ到着。
稚内で特急が立ち往生しているため、ここで再び長時間停車となる。
色々あったが、何はともあれ、最北端到達まであと少しだ。

約10分停車後、向かいの線路から特急が遅れて入線する。
特急到着後、列車は間もなく発車。いよいよだ………!


東京から1600kmの道のりに終止符を打つときがきた!



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「ご乗車ありがとうございました。日本最北端の駅、終点稚内です」


着いたーーーーーー!!稚内ーーーー!!
鈍行で最四端到達達成!!!!



上野から37時間。計画していた全行程通りに列車を乗り続け、日本最北端駅の稚内に到達した。
急行はまなすを除けば、ワープ一切なしの鈍行(と快速)のみを利用しての制覇となる。
最東端の根室・最西端の佐世保・最南端の枕崎に続き、最北端の稚内も無事攻略!
東京から4つの最端まで行った距離を全て合わせると、恐らく6000kmぐらいになると思われる。

長かった………、最四端到達の道のりは本当に長かった!!



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最北端の駅を有する稚内は、最南端終着駅を有する枕崎と友好都市が締結されており、
両者の駅ホームには二つの駅を結んで示した看板が掲げられている。
半年前に行った枕崎の看板と合わせ、これでめでたくコンプだ。



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車止めの裏側には、ここが最北端の線路であることを示す看板が立てられている。
距離が途方もなく離れてるとはいえ、最南端から最北端まで線路はちゃんと繋がってるから不思議な気分だ。

………何時か、最南端の枕崎から最北端の稚内まで走り抜く臨時列車でも企画されないかなー。
シベリア鉄道のロシア号みたいにさ、一週間ぐらいかけて日本列島を横断する感じで。
ありえない話だが、仮に実現されるのだとしたら俺は絶対に乗るぞ。



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稚内の駅舎は近代化されていて、売店や施設が充実しているようだ。
もう疲れたから、駅構内を探索するのは明日にしよう。

外は吹雪。歩けるのか年輩方の観光客が駅構内で心配そうにしてるが、
実際外に出てみると雪に殴られるような強風が吹いていてたまったものじゃない。
風が吹くと、道に積もった雪がブワッと舞い上がって私に襲い来る。でも、もう行くしかあるまい。


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吹雪の中をひた歩いて塩ラーメンの名店「青い鳥」に立ち寄った後、予約しておいた宿で一泊となった。
明日は最北端の宗谷岬を訪れた後、今度は函館に向かって鈍行で北海道を南下していくことになる。
今回の旅でゆっくり休めるのは稚内の宿だけなので、到着早々にベッドに寝転がって眠りについた。

最四端到達はめでたく達成となったが、旅はまだまだ終わらない。
赤電SL、そして北斗星。あと残り数ヶ月で消え行く名列車達が道中で待っている。
次回!自身も予測し得ない荒天の中、容赦なく吹きすさぶ風と雪を振り払い最北端の岬へ向かう!

2014/12/25 | 極寒北国紀行

最北端の地の風景

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~ノシャップ岬~宗谷岬)」

[2014/12/12]

午前7時、稚内のホテルで私は起床した。
鬼畜な鈍行旅にも何処かで休息がないと身体を壊す。
昨日に引き続き、外は曇りまたは吹雪だ。特に風が非常に強く海のシケ具合がすごい。
8時に朝食を取ってあったので、さっそくホテル直属のレストランへ向かう。

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シンプルな和定食だが、私はこういうのが一番好きだ。
ダシのきいた味噌汁が美味で、おかわりしていいと言うのでありがたく頂戴する。

「この味噌汁、とても美味しいです」
「ありがとうございます、………観光ですか?」
「はい、これからバスで宗谷岬へ行ってきます」
「そうですか。今日は海シケてますから、気を付けて下さいね~」

稚内の人々は口下手で無愛想ってここのサイト(Wikitravel)に記してあったけど、そんなことは全くない。
寧ろ、限りなく温かかった。開放的な南国よりも閉鎖的な北国の方が、自分の性にあってる気がするな。
西日本に行くと違和感だらけ、というか冷遇な対応をされるパターンがほとんどなのだが、
東北・北海道に行くと円滑にコミュニケーションをとれることが多いのである。


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レストランの予約客は一人の常連さんと私を除いて誰もいない。

「どこからやって来られたんですか?」
札幌から電車乗り継いで来ました。途中吹雪いてて怖かったですけど」
「確かに、天気荒れてきましたね、この調子だと野幌とか士別あたりも吹雪いてますかね」
「あぁ……、はい、えー多分そうですよね」

「吹雪だと電車は止まったりするんですか?」
「いや、電車は滅多に止まりませんよ。遅れることは多いですけど」
「そうですか、よかったぁ~」
「もう今は何処もかしこも無人駅になっちゃって、寂しくなりましたね」

確かに北に行けば行くほど人々は無愛想に見えるのだが、根本的なところに温かみを感じる。
それは、私自身に北国の血が流れてるからかもしれない(←母が札幌育ちで生粋の道民だった)。
北国の人は偽善者ぶった笑顔をしない。というか今さっき「札幌から来た」って言ってしまったせいか、
道民とみなされて話してるみたいで、途中から道色濃厚な話についていけなくなってしまったぞ(笑)。

朝飯にありついた後、10時寸前にチェックアウトしてまずは稚内駅前に向かった。
これからしばし観光ということで、路線バスで稚内の二つの岬を回っていこう。



・宗谷バス 市内線 [駅前ターミナル~ノシャップ]
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駅前から宗谷バスの市内線で、まずはノシャップ岬へ向かう。
宗谷岬と比べ、こちらはバスで駅前から10分と手軽に行ける。市内線は便数も多いから尚更だ。
使われているバス車両は、今東京では当たり前となったノンステップバスである。
最果ての街だから、てっきり昔ながらのツーステップバスと思っていたのでこれは意外。


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乗車時間10分の間に地元住民達が続々と降りていき、私一人の状態でバスは終点のノシャップバス停に到着。
誰もいない雪道を歩き、バス停から5分のところでノシャップ岬に到達する。



・ノシャップ岬
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ノシャップ岬は宗谷岬ほどの最果て感はなく、岬周囲には水族館や科学館などの観光施設がある。
岬には雪が20cmほど降り積もっていて、数人踏み歩いた跡が残っていた。
こんな極寒の中でも、観光にやってくる人はいるらしいな。


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昨日に続き今日も風が強く、荒れた海の向こうから横殴りの雪と寒風が押し寄せる。
カメラを出して写真を撮るのも一苦労で、長時間海側に向かって対面ができない
一分ほどでポケットから出した手がカッチカチになってしまう。


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ノシャップ岬は夕日が有名だが、白銀に染まった今の風景も良い感じ。
イルカのモニュメントは海側が雪化粧状態。風と雪は海の方からやってくるからだ。
今は雲の隙間から日が出て、さながら「天気吹雪」といった感じである(そんな言い方ないか笑)。

約20分滞在した後、折り返しのバスで再び稚内駅前に戻った。
次行くのは、日本最北端の地である宗谷岬。正真正銘、日本列島の北の先っぽである。



・宗谷バス 天北宗谷岬線 [駅前ターミナル~宗谷岬]
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11時25分、稚内駅前の一番乗り場から天北宗谷岬線のバスが定刻通り発車した。
「天」と書いて「北」。これほど最果てを感じさせる路線名もないだろう。

この長距離バス路線は1989年に廃止された天北線の代替として開業し、路線名も当初は鉄道と同じく「天北線」であった。
運行経路は天北線の廃線跡に順じており、稚内から鬼志別、浜頓別を経由して音威子府までを結んでいる。
天北線は元々稚内から内陸部を通っていたので、バスも同じくその鉄道廃線のルートを辿っていたが、
過疎化した内陸部は集客が見込めないため、2011年から宗谷岬を経由する海沿いルートに変更された
こうして新たに改名・運行開始された「天北宗谷岬線」は、稚内から終点の音威子府まで片道4時間の道のりを誇る。





稚内発の天北宗谷岬線は1日7本のみであり、宗谷岬へは稚内駅前から50分かかる。
宗谷岬までだと片道1390円かかり、また駅構内の案内所で往復券も購入可能である。
せっかくの最北端であるから、お得な往復券は使わずに大人しく普通運賃を支払おうではないか。


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稚内の市街地を出ると、宗谷バスは左手に海、右手に原野を見ながら国道をひた走っていく。
海はシケにシケており、道南の穏やかな太平洋とは裏腹に険しい表情を見せている。
バス車内は、地元住民の方一人と私を含めた旅行客が二人だけだ。



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稚内駅から50分経ち、宗谷バスは宗谷岬バス停に到着。
バスはここが終点ではないので、乗客を降ろすとすぐに走り去っていった。
風が凄まじく、辺りは人っ子一人いない。


バス停の真ん前に、日本最北端の地はあった!




・宗谷岬
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ビュオオオオオオオオオーーー!!!!

「何なんだ、この風の荒れっぷりは!?マジで尋常じゃない!!」

画像だけだと分かりにくいが、思わず言葉で表現したくなるほどの荒風に苦闘する。
シケる海の向こうから春一番なみの風がブワッと吹いてきて、私の行く手を阻む。
岬周辺には飲食店があるが、ほぼ全て閉まっている。



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宗谷岬は岬そのものが尖っているわけではなく、なだらかな海岸線上に石碑が建てられている
しかしここが正に日本最北端の地であり、遠くからわざわざやって来る人々が後を絶たないという。
東京から鈍行で二日かけて来た私も、この最北端の石碑に魅せられた一人であるというわけだ。

気温は氷点下5度とそこまで大したことない。
しかし現在は暴風が吹き荒れており、体感温度は氷点下10度くらいに達していると思われる。
というか、風がヤバすぎて海の方に顔を向けられない!(三分くらいが限度)
フードを被ってないと顔が腫れてカッチカチになりそうだ。



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最北端グッジョブ!!

何より、これがやりたかったんだぜ。
手が寒風を浴びまくって真っ赤になってるところに必至さが滲み出ている(笑)。



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石碑の横でシケた海を仁王立ちで見つめる間宮林蔵氏
江戸時代に、樺太が「島」であることを一人で調べ抜いた大冒険家である。
彼が見抜いた地は日本の最北端ではなく、さらにこの海の向こうにある樺太の地なのだから恐れ入る。



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荒れはてる海。吹きすさぶ風。降りしきる雪。

雪に埋まった道を登り、丘の上から最北端を見下ろす。荒風に吹かれながら最北端の全景をカメラに収める。
雪はぶっちゃけそうでもないが、これぞ最果て!らしい風景が眼前に展開している。
今にも凍えそうなのに、私はその光景にしばらく眼を奪われた。

この岬は海の境界線にもなっていて、岬から西は日本海、東はオホーツク海になる。
天気が良ければ海の向こうに樺太の地が見えるらしい。



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到着から30分後、折り返しのバスで稚内駅へ戻る。
短いようにも感じるが、こんな極寒の地で外に居られるのはどのみち30分ぐらいが限度だろう。

数時間滞在だと、多分死ぬんじゃないかな。


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昨日と同様に天気の変化が激しく、日が出たり出なかったりを繰り返している。
夏は涼しくて気持ちいいのかもしれないが、冬の極寒の最果ては想像以上に厳しいところであった。
逆に言えばその過酷さと厳しさを味わいたくもあったから、今の天候の荒れ様は理想的だったかもしれない。

車内でスマホの気象情報を見てみると、稚内で暴風雪警報が出ていた。どうりで風が荒れまくってたわけだ。
これぞ最果て!といった光景に心を奪われたが、あまり馬鹿なことをしてはいけない。
でも、馬鹿なことをしないと記事のネタにならない



・稚内駅
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乗客僅か二人を乗せて、天北宗谷岬線は稚内駅前に到着。最北端の街、稚内もこれでお別れだ。
これから14時12分発の宗谷本線の鈍行に乗って、まずは旭川まで向かう必要がある。
鈍行が発車するまで少し時間があるので、駅構内を探索してみよう。


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稚内駅構内には、あのセイコーマートがあるようだ。
北海道のコンビニといえば、まず先ず浮かぶのがセイコーマートなのだ。
その歴史は古く、店舗開店はセブン○レブンよりも早い(1号店開店は1971年)。


Ribbon ナポリン(450ml)24本セット 北海道限定 ポッカサッポロキリン 北海道ガラナ 500ml×24本

そして、北海道限定の炭酸ジュースといえばリボンナポリンである(ガラナもありまっせ!)。
毎年夏、母と札幌に帰省したときに欠かさず飲んだ思い出深いジュースの一つだ。
見た目は毒々しいオレンジ色だが、炭酸がきいてて美味いので北海道に来たら是非飲んでみてほしい。
今は寒いから飲みたくないけどね………。

おにぎりを買おうとレジに持ってくと毎回「温めますか?」と言われるのは北海道独自の風習だろうか。
北海道に入ってからコンビニでおにぎりを既に4回購入しているのだが、
4回とも「温めますか?」と言われたから驚きだ。



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稚内駅構内は充実しており、飲食店やお土産屋もあるから便利だ。
二階には暖房の入った憩いのスペース(?)もある。
お土産屋に駅弁が売っているので、ここで昼食休憩といこうか。


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いくつかある中で私が選んだのは「最北駅弁(帆立)」。値段は880円也。
何てったって、最北駅弁って名前がそそられるじゃないか。肉厚な帆立が5つ入っている。
しっかりとした歯ごたえがあり、醤油で味付けされたご飯と相俟ってあっという間に完食してしまった。

14時を過ぎた頃、駅員からアナウンスが入り旭川行き鈍行の改札が始まる。
これから実に6時間強にも渡る、長い長い宗谷の全線鈍行旅を制覇しなければならない。
そして旭川からは「赤電」こと国鉄711系に乗って、自身の生まれ故郷であり北海道一の大都会でもある札幌を目指そう!


最北端の街に別れを告げ、私は一番乗りで改札を通り旭川行きの鈍行に乗り込んだ。

2014/12/27 | 極寒北国紀行

最終列車の「赤電」に乗って

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~旭川~岩見沢~札幌)」

[2014/12/12]

最北端の岬に立ち寄った後、私は稚内駅構内でしばし小休止した。
これから宗谷本線と函館本線の鈍行を乗り継いで、二日かけて函館へ向かう。
最北端の稚内から道南の函館まで行くから、北海道を南北に縦断していくことになる。


・宗谷本線 [稚内~旭川]
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宗谷本線を全線通しで行く鈍行は、1日1本しかない。
起点の稚内から終点の旭川まで乗ると、片道6時間かかる。
これは、現在運行している日本の鉄道の鈍行の中でも相当長い方だ。

ただ、現在最も乗車時間が長い鈍行は、根室本線の滝川発釧路行きである(片道約8時間)。
それにしても、1日1本の1両の気動車が260kmの道のりを走るっていうギャップが半端ないな。
単行の気動車が広大な大陸に立ち向かう様相は北海道の特権だと思う。



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南稚内を発車してしばらくすると、右手に雄大な車窓が展開する。
この区間の絶景は短いので、ボーッとしてると見逃してしまうかもしれない。
日本海が間近に現れ、その向こうには利尻富士を拝むことができる。

しかし今日は空が分厚い雲に覆われており、利尻富士は残念ながら拝むことができなかった。
利尻島は私の母の祖父の故郷らしく是非この目で見て見たかったが、天候には逆らえない。



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豊富で稚内から乗ってきた地元の乗客が全て降りていき、車内は鉄三名となった。
サロベツ原野をひた走り、15時14分に幌延へ到着。
次の発車は15時50分である。

発車まで40分もの時間があるので、色々な角度から列車を撮影してみることに。
ここ幌延はかつて羽幌線が接続していたので、その名残か駅構内は広い。
古ぼけた年季ものの跨線橋がすげーいい味出してる。



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長時間停車の後、幌延を定刻通りに発車。今のところ遅延はなく、道のりは順調に進んでいる。
片道6時間のうち、まだ2時間しか経ってない。宗谷の道のりは長く長く、果てしない。
天塩川の絶景をもう一度見たかったが、早くも日が暮れてしまった。
ここから今度は、4時間真っ暗な中を進んでいくことになる。



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石北塩原で再び、特急待ちのため9分停車。時刻は16時半だが、外は既に真っ暗である。
遅延だらけだった昨日と違って、今日は鹿の衝突もなく至極順調な道のりを辿る。

佐久でも普通列車との行き違いのため、5分停車。対向列車は遅れて来るのかと思いきや、何のことなくやってきた。
今回の旅は意外と運が向いてるかもしれない。北海道に来ると幸運に見舞われることが多いのは何故なのか。
西日本鈍行旅では、スマホが壊れたり台風に巻き込まれたりしたのに(鬼畜の極み)。
やっぱり、私は北国向けの人間なのかもしれないな。

4時間ずーっと真っ暗だと、さすがに飽きてきてしまう。
スマホで情報収集しようと思ったが、電波が不安定で圏外になったりを繰り返す。
ソフ○バンクは、田舎に行くほど電波が悪くなるらしい。



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音威子府で地元の乗客がドッと乗り込んでくる。稚内からようやく3時間経った。
まだ、半分である。マジで、長いっ。ただ、あの飯田線の全線通し鈍行よりはマシかもしれない。
豊清水でも、下り列車が鹿と接触した影響で少し立ち往生する。

「いや~あんた、汽車なんて久しぶりに乗ったべさ!」
「今は何処でも車で行っちゃうから、乗る機会があまりないわな………」

生粋の道民は、鉄道を未だに「汽車」と呼ぶらしい。確かに、これは電車じゃないから間違ってはいない。
よくよく考えれば、非電化の最寄りに住む人たちは汽車って言うのが当たり前なのかも知れないな。
しかし、21世紀真っ只中にして「汽車」ってすごい響きだぞ………!





せっかくだから、本物の「汽車」も見てみようではないか。

ここに貼ったのは、かつての蒸気機関車時代の宗谷本線を捉えた超貴重映像である(恐らくYoutube上では唯一)。
クラシカルなスポーク動輪の中型機関車C55が、旧型客車を牽いて南稚内~抜海の絶景区間を力走する。
今は気動車しか存在しないが、70年代中頃までは気動車に混じって長距離を走る客車列車が走っていたらしい。
大昔は、稚内から小樽までを一日かけて走りきる長大列車もあったわけだ。今ではまるで信じられん話だが………。

貴重というか、残ってたこと自体が奇跡のような歴史的映像に拍手っ!!





鹿が立ち入るのか、それとも単なる踏切通過なのか、警笛を何度も鳴らしながら列車は進む。
やがて18時半に、現在の宗谷本線の一大拠点となる名寄に到着する。
ここで一気に乗客が増え、すぐに満席となった。あと残り2時間弱の道のりである。

18時36分に名寄を発車。士別で乗客がガラッと入れ替わり、その大半は学生。
観光客も少しだけだが見かける。名寄から先も特急の遅れで数分停車を繰り返す。

………このままだと「赤電」に間に合わないかもしれない。30分以上遅延が出なければ大丈夫なのだが。
永山で乗客が減った。起点から終点までずっと乗ってきたが、尻は意外と痛くならない。
さすがは元特急の座席だ。座面が柔らかい上に、少しだけリクライニングもできるから快適なのだ。



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やがて、稚内から6時間後に列車は定刻から少し遅れて旭川に到着する。
とりあえず、次乗る函館本線の最終列車に間に合ってよかった!
もう次の列車が入ってきそうなので、そのままホーム上で待機することに。

もしかしたら既に運用を外れているかもしれないが、私の下調べが間違っていなければ、
これから「赤電」が、岩見沢行き最終列車としてやってくるはずだ………!



・函館本線 [旭川~岩見沢]
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「お客様に乗り場変更のご案内を致します。
20時48分発の岩見沢行きは、本日に限り乗り場が5番線に変更となっております」


旭川到着後間もなく、岩見沢行き最終列車のアナウンスが入った。どういうわけか今日に限っては5番線で発着するらしい。
今日中に岩見沢まで行く普通列車は、この20時48分発が最後である。岩見沢以南の鈍行は本数が多いから問題ないが、
まずはこれに乗らないと、今日中に鈍行で札幌まで行くことができない。

「今日、あれ来んじゃねえの、あれ」
「ああ、あの赤いやつか」

どうやら、赤電は地元の学生にも親しまれているようだ。
私も昔は常磐線の中電を白いやつって言ってたから、それと感じ方は一緒か。
やがて4つのいかついヘッドライトを照らして、「赤電」こと国鉄711系が入線する!



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いやー、よかったー!赤電はまだ消滅してなかった!!

列車は3両編成で、ドアは二ドアの片開き、座席はほぼ全てがボックスシートである。
私にとっては、恥ずかしながらこれが最初で最後の赤電乗車となる。
道民の足として親しまれた名列車の勇姿をこの眼で見届けようではないか!



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国鉄711系は、北海道に初めて導入された「国鉄電車」だ。
当初は急行としても活躍したこの車両は、北海道の厳しい寒さに耐えれるよう徹底的な防寒・耐雪構造が施されている。
昔は北海道の電化区間で何処でも見られた車両だが、JRの新型車導入に押されて少しずつ数を減らしてきた。

1967年にデビューして以来、半世紀に渡り北海道の顔として長らく走ってきた711系であるが、
車両の老朽化に伴い、今年2014年度に引退することとなった
もう2ヶ月前にさよなら運転企画が行われた後であり、完全消滅まで風前の灯状態である。
今回赤電には初めて乗ることとなるが、今までお疲れ様という意義で惜別乗車をしたい。

赤電の運用に関しての情報は、ネット上での数少ない情報によって知ることが可能である。
現時点で、旭川始発の上り列車に充当されている赤電は1日3本のみであった。

・8時8分発の岩見沢行き
・17時38分発の岩見沢行き
・20時48分発の岩見沢行き


今のところ旭川を発する赤電はこの3本だけであり、他は全て新型車両で運行されている(←2014年12月時点)。
がんじがらめの行程の中で、私はこの消滅寸前の赤電を今回の最北端旅の中に何とか組み入れることに成功。
宗谷本線の全線通し鈍行と、赤電の乗り継ぎ時間がピタリと合致したのは本当にラッキーだった!
情報を提供してくれた方に心から感謝したい。



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20時52分、岩見沢行き最終列車は数分遅れて発車した。
車内は至って空いており、ボックスシートで一人悠々と夕飯にありつく。
半世紀前設計の古い車両だが、気密性に優れているのか車内はとても静か
初動こそ遅いが、高速域に入ると非常に安定した走りを見せるあたりは往時の急行としての名残だろうか。

「おいこれ、懐かしいな。赤い電車。もう今年になくなっちまうんだとさ」
「俺はこれ乗って高校行ってたな。まだ、十七んときだよ………」


仕事帰りに乗り込んできたリーマンが、懐かしげに青春時代を語る。
赤電は現在、函館本線の手稲~旭川間で一日僅か数本運用されているのみ。
函館本線電化開業に合わせてデビューした車両だが、最後も函館本線で散っていくのか………。



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岩見沢行き最終赤電は順調に道のりを進んでいく。外は吹雪で雪が降りしけっている。
明日がどうなるか心配だが、旅の峠はもう越えた。あとは函館のSL北斗星が残っている。
今回の旅は本当にお別れだらけだ。これほど二度と立ち会えない瞬間が続く鉄旅もそうそうないだろう。



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終着の岩見沢到着は22時33分。吹雪の中走り続けた赤電はすっかり雪化粧になっていた。
これに乗って札幌まで行きたいところだが、残念ながら赤電はここで役目を終える。
数ヶ月後に完全消滅する赤電の走りは、実に威風堂々としていたぞ。



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「さらば、赤電。今までお疲れ様でした!」

道民でもないくせして何言ってんだか(笑)。
でも一応私も札幌生まれだから、そこは大目に見て頂きたい(3歳頃まで札幌で暮らしてました)。
最終列車に充当された赤電は、仕事を終えると早々に車庫に帰っていく。私はそれを一人で見送った。



・函館本線 [岩見沢~札幌]
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22時32分発の手稲行き鈍行は、ありがたいことに到着が遅れた最終赤電からの乗客を待ってくれていた。
車両は733系。2012年に導入された新型車両で、大先輩の赤電711系とは実に45年の開きがある。
車内の自動放送はダンディーな男性によるもの。新型でもドアは寒さ対策のため片開き式である。

23時半、手稲行き鈍行は何事もなく札幌に到着した。
札幌も少しブラつきたいところだが、明日は始発出発だから早く休まないと身体がもたない。
歓楽街すすきのにある宿に向かうため、まずはJR駅構内から札幌市営地下鉄の乗り場へ移動しよう。



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ああ、全てが懐かしい!夏の札幌の帰省のときにここはよく通ったぞ。
札幌市営地下鉄は幼少時代の原風景だ。南北線の地上区間に私の故郷はある。
相変わらず初乗り200円の切符を買い、予想以上の人混みにまぎれて懐かしのホームへ降り立った。



・札幌市営地下鉄 南北線 [さっぽろ~すすきの]
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札幌市営地下鉄南北線は、日本初の「ゴムタイヤ式地下鉄」だ。
その歴史は意外と深く、札幌オリンピック開催年(1971)まで遡る。日本の地下鉄では4番目の開業となった。
当時の札幌は人口がそこまで多くなく(←80万人程度)、地下鉄の開業に難色を示した大蔵省に対し、
「料金を払えば熊でも乗せる」と言い放った市交通局長の逸話は有名である。

札幌市営の走行方式は世界でも類も見ない珍しいタイプであり「札幌方式」と呼ばれている。
「何故鉄輪ではなくゴムタイヤになったのか?」というと、
当時既に廃止が予想された市電に取って代わる交通手段として駅間距離を短くすると市が想定していたためだ。
「駅間距離が短ければ加速効率に優れるゴムタイヤが最適だ」という考え方に札幌市が固執した結果、
世界でも有数のゴムタイヤ地下鉄が誕生する。今見ても、札幌市営地下鉄は革新的な乗り物であると私は思う。

ゴムタイヤの電車は普通の鉄輪よりも加速が速く、乗り心地も独特。その他、札幌市営は他にない個性が沢山ある。
車両は新幹線並みの巨体(現役鉄道車両の中では日本一)で、冷房がないため夏は窓が開け放たれ風鈴がつく。
座席上の荷棚もないし、優先席に対する意識が強いのも特徴だ(←「専用席」と独自に定義されている)。



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故郷の札幌市営の話になるとつい熱くなってしまうな!何の下調べもしてないのにすごい字数稼げた。
中学生の頃に雑誌やファンサイトを読みふけってたから、知るところは知り尽くしているのだ。
旧型車両の引退式に行こうとまで思ったほど、札幌市営には特別な思い入れがある。

「間もなく、一番ホームに真駒内行きが到着します。ご注意ください」

この接近放送!何か昔とちょっと違うな!ホームドアがついたから変更したんだろう。
以前は「ご注意ください」じゃなくて「白線より下がってお待ちください」だったはず。
接近放送が流れると間もなく、真駒内行きの列車が到着した。

「一番ホームから、真駒内行きが発車します。ご注意ください」

アレッ!?発車時のブザー音がない!?アナウンスの後に「ブーーーッ!」って鳴るはずなんだが。
ああそうか………!ホームドアがついたからブザー音も必要なくなったのか。
あの独特のブザーの音、私は好きだったんだけどな………。



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さっぽろから数分足らずで、二駅隣のすすきのに到着。駅上にあるすすきの交差点は交通の要衝として有名な場所だ。
夏の帰省時に散々ぶらついたすすきのだが、今見渡すとその町並みは思った以上にケバかった。
すすきのは日本三大歓楽街の一角であり、表通りにもキャバレーがクラブが沢山立ち並ぶ。

駅から歩いて3分のところで今日の宿(カプセル)はある。本当はシングル部屋を予約したかったのだが、
今日~明日にかけて、札幌ドームでジャ○ーズの嵐のコンサートが行われているのが祟った。
この日の札幌の宿の予約を出来得る限り調べ尽くした結果、どこも全て埋まっていたのである。

今現在、札幌の宿は全て嵐のファンで埋め尽くされているに違いない。
奴らの影響力を舐めてはいけない。ファンの数は実に170万人を越えてると聞く。
ただ、バックパッカーの宿でさえ埋まってたのは正直閉口したぞ(笑)。



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シングル部屋がないなら、男は黙ってカプセル!それも今夜はたった6時間の滞在である。
明日は早朝から函館本線の始発列車に乗って、終着駅の函館まで行かなければならない。
札幌からありとあらゆる列車を乗り継いで向かうことになるが、明日は雪がドッサリ降るらしく少し心配だ。

明日の行程を全てこなせば、今回の最北端鈍行旅は大成功となる。
無事に道南の函館まで辿り着き、憧れの北斗星に乗って東京へ帰ることが出来るか!?
次回!長距離鈍行・特急ワープ・臨時SL・市電・寝台特急を含めた、これまで以上に濃厚な一日が幕を開ける!

2014/12/28 | 極寒北国紀行


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