鈍行列車一人旅

よく電車とバスに乗って旅してます。鉄分多めの旅ネタが主。
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千葉県ミニ大回りの旅

「140円で千葉周遊」

[2014/12/3]

本当は一都六県大回りをする予定だったのだが………目覚ましを無視して寝過ごしてしまった。
目が覚めたときには既に正午を回っていたのである。
これからどうしようと考えたが休日を無駄にするわけにもいかないので、
敢えて昼過ぎからミニ大回り旅をやってみることにした。

何の目的もなく千葉県を半周するなんて一体誰がやるのだろう(苦笑)


・計画~導入
PC040201.jpgPC030240 (2)

「大回り乗車」とは、大都市近郊区間において発駅と着駅の間を敢えて遠回りで到達する裏技である。
運賃は発駅と着駅の最短距離のものでよく、一駅分の140円や160円で済ますことも可能だ。
この裏技は複雑怪奇なルールがあるので詳細は省くが、簡潔にいうと、

・大都市近郊区間の範囲内であること
・同じ駅を二度通らないこと
・ルートが一筆書きであること
・途中下車をしないこと
・その日中に着駅まで到達すること


などの絶対原則がある。
これらのルールを一つでも破ると、遠回りした分の運賃を全て支払わなければならない。
大回りをやる場合は、ネットなどで事前に下調べしてから挑みたいところである。
なお、大回り乗車はルールさえ守れば規則違反にはならないので、
改札で駅員の失笑を買うかもしれないが堂々とやることが可能だ。




今回、急遽やることになったミニ大回りの起点は新松戸だ。
新松戸から武蔵野線で南下し、西船で総武線に乗り換えて千葉へ向かう。
千葉からは外房線に乗り、大網で東金線に乗り換え成東へ。そこからさらに総武本線で松岸へ行く。
松岸からは成田線を乗り通して我孫子へ。我孫子で常磐線に乗り換え、新松戸一つ手前の北小金で下車する。
千葉県内の北側を「ハート形」に回っていく行程だ(別にハートにしたいからしたわけじゃないが)。

今回の旅は、来週に決行する最北端鈍行旅のウォームアップも兼ねている。
日が傾きかけた頃、私は新松戸駅へ向かった。



・武蔵野線 [新松戸~西船橋]
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「ギャンブル路線」こと武蔵野線の列車がやってきた。
ねずみーランドや公営競馬場を初め、沿線に娯楽施設が多い武蔵野線・京葉線は常に混雑気味だ。
小学生のとき友達と乗り込んだ列車が超満員ではぐれそうになったのは苦い想い出。
まずはこれに乗って西船へ行こう!



・総武緩行線 [西船橋~船橋]


西船で総武の黄色い電車に乗り換える。西船橋は残念ながら快速電車が止まらない
千葉方面の快速に乗るには、一旦各駅停車で一駅隣の船橋へ行かなければならない。

武蔵野線は当初貨物専用として建設された路線で、市や町の中心部を敢えて避けて敷かれている
西船橋を初め、武蔵野線に「新○○」「西○○」「南○○」といった駅が多いのは、その名残だ。
他線の乗り換え駅のほとんどは各駅停車のみ。ここが武蔵野線の不便なところである。



・総武快速線 [船橋~千葉]
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一駅隣の船橋で降りて、総武の快速電車に乗り換える。車両はE217系。
速さでいえば常磐快速も負けないが、総武の快速もなかなか速い!
普段乗る常磐線で聞くものとは違うトーンの低いドアチャイムが鳴り響き、船橋を発車。
千葉へ向かって突っ走る!


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千葉に着いた。千葉駅の構内は相変わらず狭苦しい(←建て替え工事中のため)。
ここからは外房線だ。車両は全て209系だが、千葉の209系は他と一味違う。
先頭部の車両に限りセミクロスシートに改造されてるのだ。
これを利用すれば、駅弁を食べながら鉄旅をすることも可能である。



・外房線 [千葉~大網]
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「6番線には外房線の大網行きが参ります。ハイそこの学生さん!下がってください!聞こえないんですか!!
列車の到着寸前、ホームの端を歩くDQN高校生に対し駅員がブチ切れた。
そりゃそうだ、奴らは簡単に言うこと聞かないんだから。実際事故になったらシャレにならないぞ。

「ジリリリリリリ!」と一昔前のベル音とともに大網行きは出発した。
千葉駅は発車メロディが流れず、車掌に対する連絡用ベルが鳴るだけ。侘しい体裁だが旅情を誘う音だ。
外房線まで来ると車窓もローカル色が濃厚になり、緑が多くなる。
住宅地の中に長閑な田んぼや緑地が現れ始めた。



・東金線 [大網~成東]
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早くも日が暮れかけた頃に終点大網に到着。大網からは東金線に乗車する。
この路線は千葉県のJR線の中で最も短く終点まで乗っても10分強で終わってしまう。
車内の8割は学生で占められている。

大網を出ると、外はあっという間に真っ暗になってしまった。
まだ17時を過ぎたばかりである。



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終点の成東に着いた。外はすっかり真っ暗だがこれはこれで風情があって良い。
今日は空気が澄み渡っており、夕闇が怖いほど透き通って見える。
これでとりあえず東金線は完乗だ。


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東金線の発着ホーム(0番線)はとってつけたような場所にあり、地元ローカルの雰囲気を醸し出している。
成東では次の列車が来るまで30分待つが、数日前に寒波が到来したばかりで外はめちゃくちゃ寒い。
気温は間違いなく10度を下回っている。厚着しときゃよかったーっ!

改札を出て暖かい待合室に行くわけにもいかないので、ホーム上で風に吹かれながらジッと耐えた。


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ずっと突っ立っていると凍えそうなので、駅ホームを軽く探索。
駅名標の一部がはがれてしまっている。「aruto C m」って何だしw


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しばらくすると、東京行きの「しおさい」がやってきた。房総特急の代名詞といえば、この列車だ。
発車する寸前、学生二人が手を振ると運転士が応えて警笛を鳴らしていた。
微笑ましい光景である。心優しい運転士もいるんだなあ………



・総武本線 [成東~松岸]
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身体が凍えかけた頃、総武本線の銚子行き鈍行がやってきた。
この区間は総武本線の中で最もローカルで、一時間に一本しか列車が来ない。
車内は満席だったがしばらくすると空いたので座席を確保。
真っ暗な中、くたびれた空気を乗せて下り列車が淡々とひた走る。

途中眠くなってしまい、うつらうつらし始めた頃に列車は松岸へ到着していた。
銚子まで行くわけにはいかないので慌てて下車!危ない危ない。


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ここからは成田線を延々と行くが、途中の成田で一回乗り換えなければならない。
海に近いのか知らないが風がさっきよりも強く、ガタガタ震え上がりながら列車を待つ。
しかしこれで「寒い」なんて言ってたら、来週の最北端鈍行旅なんてシャレにならないぞマジで。



・成田線 (本線) [松岸~成田]
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松岸到着から10分後、成田線の鈍行がやってきた。車内の暖かさにホッと一息。
成田線は単線が多い地味な路線だが、沿線には観光資源が多く特急も出ている。
レールのジョイント音もガンガンに響き渡っており「我こそ電車でござい!」みたいな走りっぷりがいい。

成田線は華やかな愛称もついておらず駅名も難読で渋いものが多い。
椎柴→しいしば、水郷→すいごう、下総松崎→しもうさまんざき、下総神埼→しもうさかんざき、
酒々井→しすい、安食→あじき、木下→きおろし、

などなど激渋の駅名が連ねている。特に安食(あじき)と木下(きおろし)はツボに嵌った。


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松岸から一時間強で、列車は成田に到着した。
ホーム上に「ドーン!」と構える巨大な成田山の盆が印象的だ。



・成田線 (我孫子支線) [成田~我孫子]
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成田で我孫子行きの列車に乗り換える。
成田線は本線の他に二つの支線を持っており、成田空港へ接続する空港支線我孫子支線がある。
車両は10両編成の常磐E231系。もう20時過ぎなので車内はガラガラだ。

今日は寒い上に風が強く、ドアが空くたび冷たい風が吹き込んでくる。
ひなびた土地を抜け、手賀沼のそばまで来ると終点の我孫子に到着した。



・常磐緩行線 [我孫子~北小金]
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最後の最後に乗る列車常磐緩行線の代々木上原行きだ。
こいつは千代田線直通仕様の209系。たった二編成しか存在しないレア車両である。
我孫子から10分ちょっとで、列車は着駅となる北小金に到着。
こうして、今回のミニ大回りの旅は無事終了!

140円の切符を手に改札へ向かった。


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大回り乗車は初めてだったので、切符を改札へ入れたときの「ピンポーン」を聞いたときは、
不正乗車をしたような罪悪感に駆られたが、やむなく有人改札で説明し駅を脱出。
薄着で着たことを後悔し、ガタガタブルブル震えながら自宅へ向かったのだった。

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2014/12/04 | 首都圏在来線

日本最北端の地、稚内へ

「極寒北国紀行 1日目 (上野~仙台~盛岡~青森)」

[2014/12/10]

寂しい男独人で他に打ち込めることが沢山あるはずの学生なのに、私はまた行こうとしている。
しかし、それも今回で一旦打ち切りとなるだろう。

「鈍行列車で最果てまで行きたい」

ただその(馬鹿な)愛情と想いだけが、私をここまで突き動かし続けてきた。
最東端・最西端・最南端を鈍行で制覇した上で、今回向かうのは最北端の稚内だ。
この旅を制覇すれば最四端全制覇となるから、出発前から何時になく気合いが入っている。

「最北端、鈍行で行ってやろうじゃないか!!」



・計画~導入


今回の旅の最終目的地は、上述した通り日本最北端の稚内である。
東京から鈍行で稚内へ行くには1泊2日かかる。稚内までの総距離は約1600kmだ。
復路合わせて4泊5日。稚内に到達した後も鈍行に乗り、北から南へ北海道を縦断する。


1日目:東北本線を乗り継いで青森まで行き、急行「はまなす」に乗って北海道へ上陸。
2日目:函館本線で旭川へ行き、旭川から宗谷本線に乗って最北端稚内へ向かう。
3日目:バスで宗谷岬を訪れた後、宗谷本線と函館本線の赤電に乗って札幌まで戻り一泊。
4日目:函館本線で南下。大沼公園でSLに乗り換えて函館に向かい、寝台特急「北斗星」に乗って上野へ。
5日目:上野到着。「北斗星」に別れを告げ、常磐線で帰路へ。



今回の旅の全体行程はこのようになっている。使用切符は「北海道&東日本パス」。
体力・気力の限界を考慮した上で、出来る限り「鉄」の要素を凝縮したつもりだ。
道中には、今年~来年度に消滅する名列車が4本(はまなす・北斗星・国鉄711系・函館のSL)もあるため、
記事上で何度も「夢をありがとう!」といった暑苦しいフレーズを連発することになりそうだが、
しがないオタク野郎の愛情とロマンとしてご容赦頂きたい。

冬の雪国に一人で行くのは初めてなため不安なところもあるが、装備は万全である。
初日は約20時間鈍行に乗り、2日目からは片道6時間の宗谷本線を往復しなければならないという、
完全に鬼畜としかいいようのない旅程だが……(苦笑)、
これまでの最果て旅も往路は鈍行で制覇してきたから、その伝統は最後まで貫きたいところだ。


[スポルディング] SPALDING SNOW FIELDPC100018.jpg

今回の舞台は極寒の北国で場合によっては生死に関わってくることもあるため、新たにスノーブーツを用意した。
道民はこんなもの履かないというが、雪に慣れてない平野民にとっては必須だ。
最北端の地の景色はどんなものなのか、直にこの足で確かめてこよう!

早朝4時半、パンパンのリュックを背負って家を出た。今のところ稚内到着時の天気予報は「吹雪」
吹雪になるとはマジで予想だにしなかったが、もう行くしかあるまい。
ブログ史上最もハードで過酷な旅が今始まるっ!!




・東北本線 [上野~宇都宮]
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東北本線の道のりは長く遠く、そしてしんどい
淡々とした車窓、鬼畜のロングシート電車、思った以上に混む車内。
2年前の最東端旅でも同じルートを辿ったが、よほど面白みがなかったのかほぼ記憶にない。

上野から青森まで約20時間の道のりだ。
気が遠くなりそうな数字だが、初日のこの道のりを制覇しないことには、
北海道はおろか青森すら行くことができないのである。




5時46分、始発から3本後の宇都宮行きが定刻通り発車した。これから青森まで一日かけての長旅である。
東北本線の上野〜宇都宮間は宇都宮線という愛称がついており、バリバリの通勤路線だ。
列車は15両編成の通勤電車でグリーン車もついている。


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今回は、宇都宮までグリーン車に乗って行くことにした。
980円かかるが、これからの苦行を思えば何てことのない出費である。
車内はまだ誰もいない。私はグリーン車に乗るのは初めてで、グリーン券を購入するのに一手間かかった。
普通に紙の切符を買うのかと思ってたのだが、今はSuicaにチャージして座席上のセンサーにタッチすればいいだけらしい。

宇都宮行き通勤電車が、まだ真っ暗な中、並走する京浜東北線を尻目に疾走していく。
大宮あたりでようやく乗客が入ってきた。大宮から東北本線は並走路線を離れて一人立ちする。


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白岡あたりでようやく日が出てきた。短いようで長い長い一日の始まりだ。
今は一年間で最も日が短い時期であり、日中のうちに行動できる時間は限られている。
久喜を過ぎた頃、車窓右手に筑波山がうっすらと見えた。
線路のそばには住宅街が広がるだけだから、今のところ車窓の楽しみといえば遠くに聳える山ぐらいしかない。

新幹線と接続する小山でドッと乗客が増えたようだ。既に通勤ラッシュに突入しているが、
宇都宮行きのグリーン車はガラガラで通勤通学の喧騒とは無縁である。
普通車は満員状態なんだろう。やっぱり、グリーン車に乗っておいて良かったと実感。
最初から混んでる中行くなんてやる気が出ないし、グリーン車ならのんびり朝飯を食べられる。

7時29分、宇都宮行きは定刻通り終点に到着した。これでグリーン車の快適旅は終了。
隣ホームに居座る黒磯行き鈍行に乗り換える。



・東北本線 [宇都宮~黒磯]
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これから乗る宇都宮~黒磯間の車両はメルヘン顏の205系。
こいつは確か京葉線で走ってた奴じゃないか。

車内はみるみるうちに混んできて発車寸前には立ち客も出た。
8両編成のオールロングシートで、ブラインドも全て下げられたため車窓は全く見えないが、
この区間の車窓は面白みがないので全然構わない。
ここからドアは「手動」になる。下車するときにさりげなく「閉」ボタンを押すのは暗黙のルールだ。
宇都宮から先は、駅間距離が少し長い気がする。



・東北本線 [黒磯~郡山]
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黒磯に着いた。ここから再び郡山行きの鈍行に乗って北上する。
黒磯~一ノ関間で使われる車両は数種類あり、「悪魔」701系・「救世主」719系・「新型」E721系の3種類がある。
大半はロングシートの701系にぶち当たることになるが、
たまにクロスシートの719系やE721系がやってくるから侮れない。

今回はなんとE721系が来た。「今日は運が向いてるぜ!」と思ったが、
正直ぶっちゃけると、東北本線の車両の運用は最初から全て決まっているため、
E721系が来ても決して運が良いというわけではないので注意されたし!


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途中の新白河で14分停車する。
ホームのすぐ横には東北新幹線の高架ホームが聳える。
しばらくすると貨物が横を通過し間もなく列車は出発した。

「この列車は東北本線、普通列車の黒磯……あっ!失礼致しました。普通列車の郡山行きです」

ええー、戻るのかーー。ここまできて戻りたくねえべw


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これまでの東北本線は住宅街ばかりだったが、黒磯以北からはガラっと雰囲気が変わり山の中を進んでいく。
対向からくるのは鈍行でも特急でもなく貨物ばかり。東北本線は貨物の大動脈なのだ。
新白河からは山あいを出て、平坦な土地を快走していく。
ガラガラだった車内は少しずつ混み始め、新白河から数駅先で満席となった。

須賀川という駅で小学生が大勢乗り込んできた。郡山へ社会見学に行くのだという。
子供の勘は大人以上に鋭いが、まさか隣に座る男が鈍行で稚内へ行こうとしてるなんて絶対思ってはいないだろう。

磐越線と接続する郡山で、再び北へ向かう福島行き鈍行に乗り換える。



・東北本線 [郡山~福島]
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悪魔こと701系の登場だ。
この車両はオールロングシートで、奥羽本線と東北本線(黒磯以北)の主力として使われている。
こいつにぶち当たる確率は限りなく高く、最悪のパターンだと、
宇都宮から青森までずーっとロングシートに座らなければいけないこともある。それこそ正に鬼畜である。

黒磯からの乗り継ぎ客が多く、車内は満席状態だ。
車窓は既にローカル一色。ここにきて早くも尻が痛くなってきた。
あとまだ15時間も残っているというのに………!

この区間の乗車時間は短く、50分もしないうちに終点福島に到着となる。
50分を「短い」と感じる次点で、私はちょっとした鈍行中毒に侵されているんだと思う。



・東北本線 (快速シティラビット) [福島~仙台]
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福島から仙台までは快速がある。
「シティラビット」という快速列車が一日数本走ってるのだ。
車両は719系。主にクロスシートが設けられており、ロング中心の東北本線でも救世主的存在といえる。

しかし思った以上に混雑しており、肝心のクロスシートを確保できなかった。
車内端にあるこじんまりとしたロングシートに座る。


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白石を過ぎると列車は小高いところを走り、右手に広々とした景色が一望できる。
東北本線は、太平洋沿いに敷かれた常磐線と比べると勾配のきついところが多い。
そのため、昔の優等列車はこぞって常磐線経由で北へ向かったという。
今はその影が全く見られないが、常磐線が栄華を誇った時代もあったのだ。



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仙台に着いた。ここで昼食休憩となるが、次乗る列車が30分後のため急がねばならない。
もっと余裕ある行程を立てろと言われそうだが、今のダイヤの都合上ではこうするしかなかった。
最東端旅のときは50分ぐらい休憩がとれたが、今は「はまなす」の発車時間が少し早まっているため、
そのツケが仙台で回ってきたのである。

駅は混み合っており手軽に立ち寄れる店もないため、何か探して食べるのは無謀であった。
キオスクで適当に昼飯を済ませて、次の列車に乗り込む。



・東北本線 [仙台~小牛田]
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発車10分前にホームへ降り立つと、小牛田行き鈍行は既に満席であった。
しかしずっと座っていても尻が痛くなるばかりなので、たまには立つのもいい。
ここから盛岡までは、列車を3本乗り継いで進むことになる。
仙台の住宅街をひた走り、閑散とした平野を走るとやがて小牛田に到着する。



・東北本線 [小牛田~一ノ関]
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小牛田で一ノ関行き鈍行に乗り換える。車両はまたしても701系。憎たらしい奴である。
車窓は人家が少なくなり、ただっ広い田園を進んでいく。
徹夜出発なので、さすがにここまでくると眠くなってきた。
体力はまだまだ余裕だが眠気には俄然弱いことを痛感する。



・東北本線 [一ノ関~盛岡]
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一ノ関到着は14時32分。ここから、現在の東北本線としては最後の鈍行に乗る。
盛岡以北は第三セクターに転換されたため、今の東北本線の実質的終点は盛岡である。
車両は相変わらずの701系だが、ラインカラーがこれまでのものと違うようだ。


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眠気に巻かれてうつらうつらしてるうちに外は雪景色に変わっていた。
時刻は16時を過ぎようとしている。あっという間に日が暮れる中、列車は盛岡向けてひた走る。


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16時15分、列車は定刻通り盛岡に到着。
ここから先は第三セクターのいわて銀河鉄道だ。
駅構内のカフェで一服した後、私はいわて銀河の乗り場へ向かった。



・いわて銀河鉄道/青い森鉄道 [盛岡~八戸]
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こじんまりとしたいわて銀河鉄道の乗り場は人で溢れかえっている。
長蛇の列を成しているが、私は列車を撮るのが最優先なのでホーム端で一人カメラを構えた。
やがて間もなく八戸行きが到着。終点八戸までは2時間弱と結構かかる。


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車両はいわて銀河独自の形式(IGR7000系)だが、JRの701系を転用しただけの代物だ。
車内は満席どころか満員となり、八割方は学生。
邪魔になるリュックを荷棚に置いてやり過ごすうち、座席はすぐに空いた。

外はもう真っ暗だが、雪が少しずつ深くなってきているようだ。
「今、稚内はどうなっているんだろう?」と車内で一人童心に返った。
時折鳴る甲高い警笛が想いを掻き立てる。私はローカル列車独特の警笛の音色が好きだ。


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陸奥から先は青森県で、列車は青い森鉄道の区間に入る。
ここまでくると車内はガラガラ。車内空調が弱いのか上着を着ていても寒い。
恐らく「はまなす」に乗り継ぐ乗客が、僅かに設けられたボックスシートに居座っている。

今回の旅は北&東パスの有効期間初日に決行することになったが、それが吉と出るか凶と出るか!
鈍行の旅は偶然の重なり合いみたいなもので多少の運要素がある。
私はそれを楽しいと思うタイプの人間だ。



・青い森鉄道 [八戸~青森]
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最後の最後に乗る列車は、青い森鉄道の青森行き鈍行だ。
座席は八割方埋まっている。数駅過ぎると、車内は男一色となった。
男の学生、男のリーマン、男の外人、そして男の乗り鉄。マジで男しかいない。

列車は広々としたところを走ってるのか、車窓はポツポツと外灯が一定間隔で流れるのみである。
車内のむさ苦しさを除けば、その光景は本州の最果てまで来た感じがする。



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やがて21時前、列車は終点青森に到着した。
はまなすが出発するまで一時間強の滞在時間があるので、ここで夕食をとる。
青森駅前には吉野家が夜遅くまで営業しているから有難い。
ただの牛丼じゃつまらないので、普段滅多に頼まない牛すき鍋を注文した。

夕食後、駅で待機すること20分ぐらいで急行はまなす到着のアナウンスが入る。
明日は遂に稚内だ!私は一番乗りで改札を通り、意気揚々とはまなすの発着ホームへ向かった。

2014/12/19 | 極寒北国紀行

「はまなす」と厚別ダッシュ

「極寒北国紀行 1~2日目 (青森~新札幌~厚別~旭川)」

[2014/12/10]

最北端鈍行旅も一つの山を越えた。
といっても、これから天気が悪くなるから旅の峠はまだ先だ。
東北本線を全線通しで北上し、青森からは夜行列車はまなすに乗って北海道へ上陸する。


・急行はまなす [青森~札幌]
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日本で唯一の夜行急行となった「はまなす」の歴史は、今から四半世紀前(1988年)まで遡る。
それまで青森と函館を結んでいた青函連絡船の代替として、青函トンネル開通日とともに運行を開始した。
この区間は青函トンネル以外に移動手段がないため一定の需要があるようで、
多くの夜行が臨時に格下げされていく中、今も定期夜行列車として毎日走り続けている。

しかし、定期夜行はまなすの歴史も間もなく終わりを迎えようとしている。
2016年に開業する北海道新幹線の影響で、青函トンネルの電圧が新幹線専用のものへ変更されるため、
これまで客車を牽引してきた電気機関車が走れなくなってしまうのである。JRからの正式な発表はまだないが、
カシオペアや北斗星とともに、はまなすも消滅してしまうだろうというのが現時点の予測である。

今現役で走っているブルートレインは北斗星とはまなすのみだから、
両列車の廃止はブルートレインの全廃を意味する。
長い歴史を持つブルートレインを往路復路使って旅するのは今回が最後となろう!

………こうして若干興奮気味になりながら(苦笑)、私ははまなすの客車に乗り込んだ。



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22時18分、急行はまなすは定刻通り青森を発車した。今回とった座席は「のびのびカーペット」だ。
この雑魚寝スタイルの車両は人気があり、他の車両はガラガラなのにカーペット車だけ満席状態。
そりゃそうだ。他の座席と指定席券代が同額なのに、こちらは寝床に布団付きで横になれるのである。

「のびのびカーペット」の指定席券は、みどりの窓口で発券してもらうのに少し手間がかかった。
この座席は窓口の端末(マルス)上では「はまなすカーペット」という名前で登録されているので、
発券してもらう際には列車名を「はまなすカーペット」と指定する必要があるから厄介なのだ。




「これから室内灯を深夜灯に切り替えさせて頂きます。どうぞごゆっくりお休み下さいませ。
次の停車駅は函館。0時44分の到着です」


23時過ぎ、甲高い汽笛とともに列車は青函トンネルに突入する。
津軽海峡線は青函トンネルに至るまでトンネルがいくつかあるが、
いざ青函トンネルに入るときには盛大に汽笛を鳴らす。
海面下240mの海底をくぐり抜ければ、北海道の地はもうすぐだ。



[2014/12/11]

PC110131 (2)

うつらうつらしているうちに、列車は函館に到着した。
ここでは機関車の付け替え作業もあり39分も停車するようだ。
寒いホームに降り立ち列車先頭部へ行くと、はまなす専用DD51の姿があった。
この機関車は函館から終点札幌までを牽引する。

1時23分、はまなすは汽笛を鳴らして函館を出発する。
さすがにもう寝ないと2日目がもたないので、シーツをかぶって眠りにつく。
………と、そう上手く眠りにつけるわけでもなかった。
客車の振動・挙動は電車のそれよりも強く、ブレーキ時はガクッと大きく揺れる。
必要以上に繊細な自分には、この揺れが結構響いた。



PC100117.jpg

「皆様おはようございます。時刻は只今、午前5時9分を回りました。列車は定刻通り運転しております。
次の停車駅南千歳には、あと15分ほどで到着致します」


苫小牧を出たところで、室内灯が点灯するとともにアナウンスが入った。
列車は千歳辺りを快走している。終点札幌まではまだ少し時間があるようだ。
ここでどうしようか、私は一つの選択を迫られた。

その選択とは「ワープをするかしないか」ただそれだけのことである。
何が何だかわからない方もいらっしゃると思うので、ここで詳細な概要を説明しよう。





今乗っている急行はまなすの終着駅は札幌である。
札幌から道北へ行くには、まず函館本線に乗って旭川へ向かう必要があった
しかしこの区間の鈍行は本数が非常に少なく、効率の良い接続もないため乗り継ぎで大きなネックとなっている。

そこで札幌を6時に発つ始発の旭川行き鈍行に乗れば、いち早く道北へ行くことができるのだが、
はまなすが札幌に着くのは6時7分。つまり、札幌からだとこの始発鈍行に間に合わないのである。
6時の後に来る旭川行き列車は3時間後であり、特急のワープが必須となってしまう。
しかし今からちょっとした「裏技」をやれば、この始発鈍行にギリギリで乗り継ぐことが可能となる。

はまなす終着の一つ手前の停車駅、新札幌。ここから近いところに函館本線の厚別駅がある。
この二つの駅は千歳線と函館本線の合流地点近くに位置し、互いに距離が近いため、
乗換駅ではないが徒歩10分で容易に行くことができるのだ。




札幌からでは絶対に間に合わないが、ここからならギリギリ始発の旭川行きに間に合うことは、
時刻表で両列車の到着~発車時刻を照らし合わせればすぐにわかる。

・はまなすが新札幌に到着するのは5時55分。
・旭川行きの始発鈍行が厚別を発車するのは6時13分。


つまり、この二つの駅・列車の到着~発車の間には18分のブランクがあることになる。
この僅かなブランクを利用し、新札幌から厚別まで徒歩で移動し旭川行き始発鈍行に乗ることを「厚別ダッシュ」という。
要は新札幌ではまなすを降り、18分以内に徒歩10分の道をこなして厚別まで行けばいいわけだ。
結構際どいタイミングだが、両列車が定刻通りなら問題なく間に合うだろう。



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ほどなく列車は新札幌に到着。結局、私はリスキーな厚別ダッシュをすることにした。
誰も降りる気配がない中、リュックを担いで一人颯爽とはまなすを降りる。

はまなるに乗るのは今回が最後になりそうなので、よりリスキーになるが駅ホームで発車を見送ろう。



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「ありがとうはまなす!今までお疲れ様でした!」

あっさりした別れだが、ホーム上でこうして一人悠々とできるのも格別だ。
はまなすは恐らく来年度に廃止されてしまうが、そのときには人混みに溢れてんやわんや状態になってるだろう。

さて、新札幌から厚別まで少し鬼畜の移動をしなければならない。
鬼畜というほどでもないが間に合わなかったときの痛手は大きい。
スマホでGoogleマップを見ながら、まずは北口を出た!



・新札幌~厚別 (徒歩)
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外はまだ真っ暗。道路は一面雪に覆われていて、手元のマップ以外は何も頼りがない。
駅構内を出るのに戸惑ってしまい、旭川行き始発鈍行が発車するまで残り13分となった。

もはや、歩いていては間に合わない。文字通り厚別向かってダッシュだ!


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ここにきて、東京からわざわざ履いてきたスポ○ディングのスノーブーツが大活躍する。
このブーツは防寒・防水機能の他、靴底が雪で滑らないようになっているのだ。
その機能性たるや絶大で思いっきり走っても全く滑らない。

スニーカーで来ていたら間違いなくアウトだったろうな。


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結局道を迷わず進むことができ、6時10分に厚別駅に到達した。
これで無事、旭川行き始発鈍行に間に合う!



・函館本線 [厚別~旭川]
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ホーム上で待つこと数分、お目当ての列車は定刻通りやってきた。
この区間は電化されているが、やってきた列車は何故か二両編成の気動車だ。
恐らく、回送ついでの送り込み運用だろう。

厚別を出てしばらくしたところで、周りが少しずつ明るくなってきた。
辺りは一面雪景色で、ただっ広い北海道の大地が姿を現す。
始発列車だが車内は満席状態。この区間はまだ鈍行の本数が多いが、問題は滝川から先の区間である。
滝川~旭川間は一日数本しか鈍行が走ってないのだ。


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朝7時前、旭川行き鈍行は室蘭本線と接続する岩見沢に到着。
外はすっかり明るくなり、見渡す限りの平野を照らす。
天気は曇りで吹雪になる予報も出ている。

岩見沢から先を進むごとに満席だった車内が少しずつ空いてきた。
やっぱり、生粋の道民はスノーブーツなんてものは履かないらしい。
車内を見渡す限り、私みたいな旅行者を覗くと革靴とスニーカーばかりだ。


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列車は何のトラブルなく順当に道のりを進む。
奈井江という変わった名前の駅で学生が大勢乗ってきた。
目の前には雪原が広がっているのに学生達はドラクエの話とかしているw
彼らにとって、車窓に広がる大自然は生活の一部に過ぎないのだ。

究極の汎用気動車キハ40系の走りは、実にのんびりとしている。
この車両は車体が重い割にエンジンが貧弱で加速が圧倒的にのろい。
ただ車体は丈夫につくられていて、耐雪・防寒構造もしっかりしてるから安心感がある。
そこは古き良き国鉄車の魅力であり、国鉄が車両の生産に一切の手抜きをしなかったことを証明している。


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根室本線と接続する滝川で一気に乗客が減った。
ここから旭川までは車掌のいないワンマン列車となり、閑散地帯を進んでいく。

昨日の夜から何も食べてないため腹が減ってきたが、手元にはメントス一粒しかない。
とりあえず旭川まではメントス一粒で我慢しよう。


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車窓は見渡す限り平野であり、人家は少ない。雪はさっきと比べて深くなってきている。
山も近くなってきた。長いトンネルを何本も抜け、石狩川を渡るとそこは旭川の地だ。



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8時57分、札幌発の始発鈍行は終点旭川に到着した。
ここからやっと、日本最北端路線の宗谷本線に乗車する。

次乗る宗谷本線が出発するのは2時間後なので、とりあえず駅前の繁華街で朝飯にありつくことに。


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旭川は駅を出てすぐのところに繁華街があるので、飲み食いには全く困らない。
外は全然人がいないが、店の中に入ると沢山人がいる。

朝飯にありついた後、キリのいいところで駅へ戻り宗谷本線の乗り場へ向かう。
宗谷本線は前々から恐れていた長大ローカル線だが、今回やっと鈍行で乗車する機会を得た。
これから吹雪くみたいだが、恐れず行こう。片道6時間の道のりを制覇し、次回遂に最北端稚内へ到達する!

2014/12/22 | 極寒北国紀行

白銀の宗谷本線を行く

「極寒北国紀行 2日目 (旭川~名寄~稚内)」

[2014/12/11]

旭川駅前で朝飯にありついた後、私は駅に戻り宗谷本線の発着ホームへ向かった。
宗谷本線の道のりは長く、全線通しだと259.4km。これは日本の地方交通線として最長距離である。
途中の拠点名寄までは快速列車に乗り、そこから先は鈍行に乗って最北端駅の稚内へ向かう!


・宗谷本線 (快速なよろ) [旭川~名寄]
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日本最北端の路線として知られる宗谷本線は、元々樺太への連絡手段として建設が進められたという。
1898年に旭川~永山間が開業し、延伸を繰り返して1922年に稚内まで全通する。
宗谷本線は天塩川に沿って敷かれており、水運衰退とともに道北からの資材輸送の役割も果たした。
終戦後は樺太への連絡船が廃止され、樺太連絡手段としての役割を失うことになる。

かつて宗谷本線は、名寄本線深名線美幸線天北線羽幌線など多くの支線を持っていたが、
これらの支線は80年代のうちに全て廃止となり一路最北を行く孤高路線となった。
孤高ではあるが道北の大動脈として健在しており、特急も1日3本出ている。

宗谷本線を全線乗り通す場合、全線通しの鈍行で行くパターン快速+鈍行を乗り継ぐパターンに分かれる。
全線通しの鈍行は1日1本のみだが、快速と鈍行を効率よく併用する場合だと1日2回チャンスがある。
今回は11時11分発の名寄行き快速と、12時35分発の稚内行き鈍行に乗って稚内を目指そう。





宗谷本線の快速「なよろ」は、思った以上に混雑していた。
ボックスシートは既に満席なので車内端にあるロングシートへ座る。
宗谷本線は名寄まで高速化されており本数も多い。しかし、問題となるのが名寄以北の鈍行である。
名寄から北は、人家どころか道路もろくにない大自然を進んでいくことになるのだ。

列車は発車するとしばらく市街地を進む。この辺りはまだ最果て路線の風情はない。
「快速」なのでいくつか駅を抜かして進んでいくが、速度は東京の普通列車より遅い
上り勾配に差し掛かると今にも止まりそうだ。空調がききすぎなのか車内は蒸し暑い。


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石狩川を渡って間もないところで人家が少なくなり、左手に雄大な山々が姿を現す。
まだ路線の三分の一にも至ってないのに、車窓は大自然の風格を醸し出した。
これから先どんな車窓になるのか期待が膨らむ。


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ぴっぷ。

北海道は可愛い地名が多いな!w北海道の地名は八割方アイヌ語がルーツにあるらしい。
「のっぽろ」も相当ツボにハマったけど「ぴっぷ」はそれ以上にツボ。
ピップエレキバン愛用してるわけじゃないけどね。



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上りの特急に遅れが出たため、列車は8分遅れて名寄に到着。外は何時の間にか雪が降りしけっている。
もう既に発車してるはずの稚内行き鈍行が、向かいのホームで待機していたからよかった!
走って跨線橋を渡り、発車ベルが鳴る中そそくさと稚内行き鈍行に乗り込む。

孤高の最北路線、宗谷本線の凄みを味わえるのはここからだ。



・宗谷本線 [名寄~稚内]


快速からの乗り継ぎ客を待ってくれてたのは有難いが、乗り継ぎ時間はほぼゼロであった。車両はキハ54系の単行。
車内には昔の特急の座席を転用したクロスシートがあるが、景色の良い左側は全て埋まっている。
左側の車窓は意地でも確保したいところなので、やむなくロングシートに座ることに。



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ああ結局、最初から最後まで鬼畜な行程になってしまった。せめて最後ぐらいはクロスシートが良かったのだが……
まあいい。鈍行に贅沢なんぞ言ってはいけない。

これも最北端までの試練と思えば何のその!リュックをロングシートの片端に置いて背もたれ代わりにし、
座席と垂直に座るようにすると窓と自分の位置がいい塩梅になった。
これなら4時間ロングでもいけるだろう。ロングシートも「住めば都」である。



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名寄から宗谷本線は屈指のローカル区間に入り、一級河川の天塩川沿いをひた走っていく
左手には川沿いの絶景が広がるが、右手は面白味がないので避けたいところ。
名寄市街を出ると天塩川が間近に迫り、圧巻としかいいようのない車窓が続く。

この名寄からの天塩川と宗谷本線の並行区間は、これから先なんと2時間強も続くのだ!
………いやーマジですごいわー。スケールが他と比べ物にならない。



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その佇まいは大河のようで、また向かいに聳える山々も険しく、
「ここは本当に日本なのか?」と思ってしまうほど荘厳な大自然の景色である。


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雄大な天塩川とともに車窓に広がるのは、途方もなく広大な北海道の大地だ。
人家はポツポツとあるのみで、車や道路もろくに見当たらない。
そんなところを今、単行の気動車が一路ひた走っている。



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上りの特急が鹿と衝突したため20分ぐらい遅れが出たらしい。そのため、豊清水駅で長時間停車となる。
道北に来てから雪が降りしけてきた。吹雪にならなければいいのだが………。

特急到着後、列車は間もなく発車。宗谷本線は鹿衝突が日常茶飯事らしい。





音威子府から佐久までの区間は険しい渓谷になっていて、山と山の間を縫うように進む。
山中に差し掛かると外は吹雪き始めた。今日は天候の変化が著しく早い。


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辺り一面、白一色。関東では滅多に見られない白銀の世界である。
列車は崖と天塩川の脇すれすれに沿って走っていく。



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画像だけだとそのスケールがいまいちわからないかもしれないが、この区間の車窓はずっとこんな感じ。
ぐにゃぐにゃ曲がる大河と山に挟まれて線路が敷かれている。
もう、ひたすら釘付けになるしかない!

とある山中の板切れ駅で一人乗客が降りていった。
辺りは何もない辺鄙なところだが、一体何をするつもりなのだろうか………。



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佐久を過ぎ、列車は無事渓谷を抜けた。さっきは吹雪いていたのに再び天気が回復してきた。
この辺りは集落が見られ、地元民が続々と列車を降りて行く。
車内はいつの間にか三人だけだ。



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幌延に到着した。ここでは上下の列車とも長時間停車するようだ。
停車中は駅構内を探索できるが、さすがに道北か外はめちゃくちゃ寒い。
特に風が強く、向かい風だと眼がチカチカする。まだ15時台だが日は早くも暮れてきた。

約40分の停車時間の後、列車は再び稚内向けて出発。今まで並行していた天塩川はここで離れ河口へ至る。
宗谷本線の絶景区間はこれから先もあるが、もうすっかり日が暮れてしまった。
ただ、今日の往路で見れなかったところは明日の復路で見れるから問題ない。





幌延から兜沼まではサロベツ原野の横を進んでいく。
豊富という駅で学生が大勢乗ってきた。
二日近くほぼ一睡もしてないため、眠気が限界にきている。
そうしてうつらうつら繰り返してるうちに、何が起こったのか列車が急停車した。

「只今鹿と接触しましたため、停車致しました。これから調べて参りますので、しばらくお待ち下さい」

上りでも鹿とぶつかったらしいが、こちらでも鹿衝突が発生。
宗谷本線の鹿衝突の発生率は日本一と聞く。運転士も手慣れた対応で運転を再開した。



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抜海を過ぎれば左手に日本海と利尻島が見えるはずだが、今はもう真っ暗で何も見えない。
抜海駅から少し歩いたところにある抜海港には野生のアザラシが住み着いているという。
明日立ち寄って観察しに行こうと思っているのだが、あいにく明日は吹雪だ。

抜海港は駅から徒歩30分ぐらいかかるらしく、
吹雪の中一人で歩いて行くとなれば生死に関わるので断念せざるを得ない。



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真っ暗な中をゴトゴト走り、列車は稚内から一駅前の南稚内へ到着。
稚内で特急が立ち往生しているため、ここで再び長時間停車となる。
色々あったが、最北端到達まであと少しだ。

約10分停車後、向かいの線路から特急が遅れて入線する。
特急到着後、列車は間もなく発車。いよいよだ………!

東京から1600kmの道のりに終止符を打つときがきた!



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「ご乗車ありがとうございました。日本最北端の駅、終点稚内です」

着いたーーーーーー!!稚内ーーーー!!
鈍行で最四端到達達成!!


上野から37時間。計画通り列車を乗り続け、日本最北端駅の稚内に到達した。
最東端の根室・最西端の佐世保・最南端の枕崎に続き、最北端の稚内も無事攻略!
東京から4つの最端へ行った距離を合わせると、恐らく6000kmぐらいになると思われる。

長かった………、最四端到達の道のりは本当に長かった!!



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最北端の駅を有する稚内は、最南端終着駅を有する枕崎と友好都市が締結されており、
両者の駅ホームには二つの駅を結んで示した看板が掲げられている。
半年前行った枕崎の看板と合わせ、めでたくコンプだ。



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車止め裏側には、ここが最北端の線路であることを示す看板が立てられていた。
途方もなく距離が離れてるとはいえ、最南端から最北端まで線路はちゃんと繋がってるから不思議な気分だ。

………何時か、最南端から最北端まで走り抜く臨時列車でも企画されないかなー。
シベリア鉄道のロシア号みたいに一週間ぐらいかけて列島を横断する感じで。
ありえない話だが、仮に実現されるとしたら俺は絶対に乗るぞ。



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稚内駅は近代化されていて、売店や施設が充実しているようだ。
もう疲れたから駅構内を探索するのは明日にしよう。

外は吹雪。歩けるのか年輩の観光客が駅中で心配そうにしてるが、
実際外に出てみると雪に殴られるような強風が吹いていてたまったものじゃない。
風が吹くと道に積もった雪がブワッと舞い上がって私に襲い来る。でも、もう行くしかあるまい。


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吹雪の中をひた歩いて塩ラーメンの名店「青い鳥」に立ち寄った後、予約しておいた宿で一泊となった。
明日は最北端の宗谷岬を訪れた後、函館に向かって鈍行で北海道を南下していくことになる。
今回の旅でゆっくり休めるのは稚内の宿だけなので、到着早々ベッドに寝転がって眠りについた。

最四端到達はめでたく達成したが、旅はまだまだ終わらない。
赤電SL、そして北斗星。残り数ヶ月で消え行く名列車が道中で待っている。

次回!予測し得ない荒天の中、容赦ない風と雪を振り払い最北端の岬へ向かう!

2014/12/25 | 極寒北国紀行

最北端の地の風景

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~ノシャップ岬~宗谷岬)」

[2014/12/12]

午前7時、稚内のホテルで私は起床した。
鬼畜な鈍行旅だから何処かで休息がないと身体を壊す。
昨日に引き続き外は曇りまたは吹雪だ。特に風が非常に強く海のシケ具合がすごい。
8時に朝食を取ってあったので、さっそくホテル直属のレストランへ向かう。


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シンプルな和定食だが私はこういうのが一番好きだ。
ダシのきいた味噌汁が美味で、おかわりしていいと言うのでありがたく頂戴する。

「この味噌汁とても美味しいです」
「ありがとうございます………観光ですか?」
「はい、これからバスで宗谷岬へ行ってきます」
「そうですか。今日は海シケてますから気を付けて下さいね~」

稚内の人々は口下手で無愛想って聞いてたけど、そんなことは全くない。
寧ろ、温かかった。開放的な南国よりも北国の方が自分の性にあってる気がする。


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レストランの予約客は一人の常連さんと私を除いて誰もいない。

「どこからやって来られたんですか?」
「東京から電車乗り継いで来ました。途中吹雪いてて怖かったですけど」
「確かに天気荒れてきましたね、この調子だと野幌とか士別あたりも吹雪いてますかね」
「吹雪だと電車は止まったりするんですか??」
「いや、電車は滅多に止まりませんよ。遅れることは多いですけど」
「そうですか、よかったぁ~」

北に行けば行くほど人々は無愛想に見えるが、根本的なところに温かみを感じる。
それは私自身に北国の血が流れてるからかもしれない(母が札幌育ちで生粋の道民だった)。
朝飯にありついた後、10時にチェックアウトして稚内駅前へ。
これから観光ということで、路線バスで稚内の二つの岬を回っていこう。



・宗谷バス 市内線 [駅前ターミナル~ノシャップ]
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駅前から宗谷バスの市内線で、まずはノシャップ岬へ向かう。
宗谷岬と比べ、こちらはバスで駅前から10分と手軽に行ける。便数も多いから尚更だ。
使われている車両は東京では当たり前となったノンステップバスである。
最果ての街だから、昔ながらのツーステップバスと思っていたのでこれは意外。


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途中で地元民が続々と降りていき、私一人の状態でバスはノシャップバス停に到着。
誰もいない雪道を歩き、バス停から5分のところでノシャップ岬に到達する。



・ノシャップ岬
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ノシャップ岬は宗谷岬ほどの最果て感はなく、岬周囲に水族館や科学館などの施設がある。
岬は雪が20cmほど降り積もっていて、数人踏み歩いた跡が残っていた。
こんな極寒でも観光にやってくる人はいるらしい。


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昨日に続き今日も風が強く、荒れた海の向こうから横殴りの雪と寒風が押し寄せる。
カメラを出して写真撮るのも一苦労で長時間海に向かって対面ができない
一分ほどでポケットから出した手がカッチカチになってしまう。


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ノシャップ岬は夕日が有名だが、白銀に染まった今の風景も良い感じ。
イルカのモニュメントは海側が雪化粧状態。風と雪は海の方からやってくるからだ。

約20分滞在した後、折り返しのバスで稚内駅前に戻った。
次行くのは日本最北端の宗谷岬。正真正銘、日本列島の北の先っぽである。



・宗谷バス 天北宗谷岬線 [駅前ターミナル~宗谷岬]
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11時25分、稚内駅前の一番乗り場から天北宗谷岬線のバスが発車した。
「天」と書いて「北」。これほど最果てを感じさせる路線名もないだろう。

このバス路線は国鉄天北線の代替として開業した路線で、名前も当初は鉄道と同じく「天北線」であった。
運行経路は天北線の廃線跡に順じており、稚内から鬼志別、浜頓別を経由して音威子府までを結んでいる。
天北線は元々稚内から内陸部を通っていたので、バスも同じくその鉄道廃線のルートを辿っていたが、
過疎化した内陸部は集客が見込めないため、2011年から宗谷岬を経由する海沿いルートに変更された
こうして新たに改名・運行開始された「天北宗谷岬線」は、稚内から音威子府まで片道4時間の道のりを誇る。





稚内発の天北宗谷岬線は1日7本のみで、宗谷岬は稚内駅前から50分かかる。
宗谷岬までだと片道1390円かかり、駅構内の案内所で往復券も購入可能。

せっかくの最北端だから、お得な往復券は使わず大人しく普通運賃を支払おうではないか。


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稚内市街を出ると、宗谷バスは左手に海、右手に原野を見ながら国道をひた走っていく。
海はシケにシケており、道南の穏やかな太平洋とは裏腹に険しい表情を見せている。
車内は地元民一人と私を含めた旅行客が二人だけだ。



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稚内駅から50分経ち、宗谷バスは宗谷岬バス停に到着。
バスはここが終点ではないので、乗客を降ろすとすぐに走り去っていった。
風が凄まじく、辺りは人っ子一人いない。

バス停の真ん前に、日本最北端の地はあった!




・宗谷岬
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ビュォオオオオオオオオオーーー!!

「なんなんだ、この風の荒れっぷりは!?マジで尋常じゃない!」

画像だと全くわからないが、思わず言葉で表現したくなるほどの荒風に苦闘する。
シケる海の向こうから春一番以上の風が吹いてきて、私の行く手を阻む。
岬周辺には飲食店があるが、ほぼ全て閉まっていた。



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宗谷岬は岬が尖っているわけではなくなだらかな海岸線に石碑が建てられているだけだ
しかしここが正に日本最北端で、遠くからわざわざやって来る人が後を絶たないという。
東京から鈍行で二日かけて来た私も、この石碑に魅せられた一人であるというわけだ。

気温は氷点下5度とそこまで大したことない。
しかし今は暴風が吹き荒れており、体感温度は氷点下10度くらいに達していると思われる。
というか、風がヤバすぎて海の方に顔を向けられない!(3分くらいが限度)
フードを被ってないと顔が腫れてカッチカチになりそうだ。



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最北端グッジョブ!

何より、これがやりたかった。
寒風浴びまくって手が真っ赤になってるところに必至さが滲み出ているw



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石碑の横でシケた海を仁王立ちで見つめる間宮林蔵氏
江戸時代に樺太が「島」であることを一人で調べ抜いた大冒険家である。
彼が見抜いた地は日本最北端ではなく、この海の向こうにある樺太の地なのだから恐れ入る。



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雪に埋まった道を登り、丘の上から最北端を見下ろす。荒風に吹かれながら最北端の全景をカメラに収めた。
これぞ最果て!らしい風景が眼の前に展開している。
私はその光景にしばらく眼を奪われた。

宗谷岬は海の境界線にもなっていて、岬から西は日本海、東はオホーツク海になる。
天気が良ければ海の向こうに樺太の地が見えるらしい。



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到着から30分後、折り返しのバスで稚内駅へ戻る。
短いようにも感じるが、こんな極寒の地で外に居られるのはどのみち30分ぐらいが限度だろう。

数時間滞在だと、多分死ぬんじゃないかな。


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昨日と同様に天気の変化が激しく、日が出たり出なかったりを繰り返している。
夏は涼しくて気持ちいいかもしれないが、北国の最果ては想像以上に厳しいところだった。
逆に言えばその過酷さと厳しさを味わいたかったから、今の天候の荒れ様は理想的だったかもしれない。

スマホで気象情報を見てみると、稚内で暴風雪警報が出ていた。どうりで風が荒れまくってたわけだ!
最果ての光景に心を奪われたが、あまり馬鹿なことをしてはいけない。
でも、馬鹿なことをしないと記事のネタにならない



・稚内駅
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乗客僅か二人を乗せて、天北宗谷岬線は稚内駅前に到着。最北端の街、稚内もこれでお別れだ。
これから14時12分発の宗谷本線に乗って、まずは旭川まで向かう必要がある。
発車するまで少し時間があるので、駅構内を探索してみよう。


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稚内駅構内にはセイコーマートがあるようだ。
北海道のコンビニといえば先ず浮かぶのがセイコーマートである。


Ribbon ナポリン(450ml)24本セット 北海道限定 ポッカサッポロキリン 北海道ガラナ 500ml×24本

北海道限定の中で私がオススメしたいのが炭酸ジュースのリボンナポリンだ!(ガラナもあるよ)。
毎年夏、母と札幌帰省したときにガブガブ飲んでた思い出深いジュース。
見た目は毒々しいオレンジだが、炭酸がきいてて美味いので北海道来たら是非飲んでみてほしい。
今は寒いから飲みたくないけどね………w

おにぎりをレジに持ってくと毎回「温めますか?」と言われるのは北国独自の風習だろうか。
北海道に入ってからコンビニでおにぎりを4回購入しているのだが、
4回とも「温めますか?」と言われたから驚きだ。



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稚内駅構内は充実しており、飲食店やお土産屋もあるから便利だ。
二階には暖房の入った憩いのスペース(?)もある。

お土産屋に駅弁が売っているので、ここで昼食休憩といこう。


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いくつかある中で私が選んだのは「最北駅弁(帆立)」。値段は880円。
何てったって、最北駅弁って名前がそそられるじゃないか。肉厚な帆立が5つ入っている。
しっかりとした歯ごたえがあり、醤油で味付けされたご飯も美味であっという間に完食してしまった。

14時を過ぎた頃、駅員からアナウンスが入り旭川行きの改札が始まる。
これから6時間強にも渡る、長い長い宗谷本線を制覇しなければならない。
そして旭川からは「赤電」こと国鉄711系に乗って、自身の生まれ故郷である札幌を目指そう!

最北端の街に別れを告げ、私は一番乗りで旭川行きの鈍行に乗り込んだ。

2014/12/27 | 極寒北国紀行

最終列車の「赤電」に乗って

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~旭川~岩見沢~札幌)」

[2014/12/12]

最北端の岬に立ち寄った後、私は稚内駅で小休止していた。
これから宗谷本線と函館本線を乗り継いで二日かけて函館へ向かう。
最北端稚内から道南の函館まで行くから、北海道を南北に縦断していくことになる。


・宗谷本線 [稚内~旭川]
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宗谷本線を全線通しで行く鈍行は1日1本しかない。起点稚内から終点旭川まで乗ると片道6時間もかかる。
現在最も乗車時間が長い鈍行は根室本線の滝川発釧路行きだが(片道約8時間)、
今から乗る宗谷本線の鈍行も相当長い乗車時間だ。

それにしても、1日1本の1両の気動車が260kmの道のりを走るっていうギャップが半端ないな。
単行気動車が広大な大陸に立ち向かう様は北海道の特権だと思う。



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南稚内を出てしばらくすると右手に雄大な車窓が展開する。
この区間の絶景は短いので、ボーッとしてると見逃してしまうかもしれない。
日本海が間近に現れ、その向こうには利尻富士を拝むことができる。

今日は空が分厚い雲に覆われており、利尻富士は拝むことができなかった。
利尻島は祖父の故郷らしく是非この目で見たかったが、天候には逆らえない。



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豊富で稚内から乗ってきた地元客が降りていき、車内は鉄三名となった。
サロベツ原野をひた走り15時14分に幌延へ到着。
次の発車は15時50分である。

発車まで40分もあるので、色々な角度から列車を撮影してみることに。
幌延はかつて羽幌線が接続していた名残か駅構内は広い。
古ぼけた跨線橋がすげーいい味出してる。



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長時間停車の後、幌延を定刻通り発車。今のところ遅延はなく道のりは順調に進んでいる。
片道6時間のうち、まだ2時間しか経ってない。宗谷の道のりは長く長く果てしない。
天塩川の絶景をもう一度見たかったが、早くも日が暮れてしまった。

ここから今度は、4時間真っ暗な中を進んでいくことになる。



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石北塩原で特急待ちのため9分停車。時刻は16時半だが外は既に真っ暗だ。
遅延だらけだった昨日と違って、今日は鹿衝突もなく至極順調な道のりを辿る。
佐久でも行き違いのため5分停車。対向列車は遅れて来るのかと思いきや、何のことなくやってきた。
今回の旅は意外と運が向いてるかもしれない。北海道に来ると幸運に見舞われることが多いのは何故なのか。

4時間ずーっと真っ暗だと、さすがに飽きてきてしまう。
スマホで情報収集しようと思ったが、電波が不安定で圏外になったりを繰り返す。
ソフ○バンクは、田舎に行くほど電波が悪くなるらしい。



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音威子府で地元客がドッと乗り込んでくる。稚内からようやく3時間経った。
まだ半分だ。マジで長い。ただ、飯田線の全線通し鈍行よりはマシかもしれない。
豊清水で、下り列車が鹿と接触した影響で少し立ち往生する。

「いや~あんた、汽車なんて久しぶりに乗ったべさ!」
「今は何処でも車で行っちゃうから乗る機会があまりないわな………」

生粋の道民は鉄道を未だに「汽車」と呼ぶらしい。確かに、これは電車じゃないから間違ってはいない。
よくよく考えれば、非電化の最寄りに住む人たちは汽車って言うのが当たり前なのかも知れない。
しかし、21世紀にして「汽車」ってなんかすごい響きだぞ………!





鹿が立ち入るのか、単なる踏切通過なのか、警笛を何度も鳴らしながら列車は進む。
やがて18時半に拠点の名寄に到着。一気に乗客が増え満席となった。
18時36分に名寄を発車。士別で乗客がガラッと入れ替わり、その大半は学生。
観光客も少しだけだが見かける。名寄から先も特急の遅れで数分停車を繰り返す。

………このままだと「赤電」に間に合わないかもしれない。30分以上遅延が出なければ大丈夫なのだが。
永山で乗客が減った。起点から終点までずっと乗ってきたが、尻は意外と痛くならない。
さすが元特急の座席だ。座面が柔らかい上、少しだけリクライニングできるから快適なのだ。



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20時半、列車は定刻から少し遅れて旭川に到着した。
とりあえず次乗る函館本線の最終列車に間に合ったからよかった!
もう次の列車が入ってきそうなので、そのままホーム上で待機することに。

もしかしたら運用を外れているかもしれないが、私の下調べが間違っていなければ、
これから「赤電」が岩見沢行き最終列車としてやってくるはずだ………!



・函館本線 [旭川~岩見沢]
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「お客様に乗り場変更のご案内を致します。
20時48分発の岩見沢行きは、本日に限り乗り場が5番線に変更となっております」


旭川到着後、岩見沢行き最終列車のアナウンスが入った。どういうわけか今日に限っては5番線で発着するらしい。
今日中に岩見沢まで行く普通列車は20時48分発が最後だ。岩見沢以南の鈍行は本数が多いから問題ないが、
まずはこれに乗らないと今日中に鈍行で札幌まで行くことができない。

「今日あれ来んじゃねえの、あれ」
「ああ、あの赤いやつか」

どうやら、赤電は地元学生にも親しまれているようだ。
私も昔は常磐線の中電を白いやつって言ってたから、それと感じ方は一緒か。
やがて4つのいかついヘッドライトを照らして、「赤電」こと国鉄711系が入線する!



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よかった、赤電はまだ消滅してなかった!

列車は3両編成でドアは二ドアの片開き、座席はほぼ全てボックスシートである。
自分にとっては、これが最初で最後の赤電乗車となる。

道民の足として親しまれた名列車の勇姿をこの眼で見届けよう!



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国鉄711系は、北海道に初めて導入された「国鉄電車」だ。
急行としても活躍したこの車両は、北海道の厳しい寒さに耐えれるよう徹底的な防寒・耐雪構造が施されている。
1967年にデビューして以来、半世紀に渡り北海道の顔として長らく走ってきた711系だが、
車両の老朽化に伴い今年2014年度に引退することとなった
2ヶ月前にさよなら運転企画が行われた後であり、完全消滅まで風前の灯状態である。

・8時8分発の岩見沢行き
・17時38分発の岩見沢行き
・20時48分発の岩見沢行き


今のところ旭川発の赤電はこの3本だけで、他は全て新型車両で運行されているようだ(2014年12月時点)。
がんじがらめの行程の中、私は消滅寸前の赤電を旅の中になんとか組み入れることに成功。
宗谷本線の全線通し鈍行と、赤電の乗り継ぎ時間がピタリ合致したのは本当にラッキーだった!



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20時52分、岩見沢行き最終列車は数分遅れて発車した。
車内は空いておりボックスシートで一人悠々と夕飯にありつく。
半世紀前の古い車両だが、気密性に優れているのか車内はとても静か
初動こそ遅いが、高速域に入ると安定した走りを見せるあたりは急行列車としての名残だろうか。

「おいこれ懐かしいな。赤い電車。もう今年になくなっちまうんだとさ」
「俺はこれ乗って高校行ってたな。まだ十七んときだよ………」


仕事帰りに乗り込んできたリーマンが、懐かしげに青春時代を語る。
赤電は現在手稲~旭川間で一日数本走っているのみで、今では珍しい存在なんだろう。



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岩見沢行き赤電は順調に道のりを進んでいく。外は吹雪で雪が降りしけっている。
明日どうなるか心配だが旅の峠は越えた。あとは函館のSL北斗星が残っている。

今回の旅は本当にお別れだらけだ。これほど二度と立ち会えない瞬間が続く鉄旅もそうそうないだろう。



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岩見沢到着は22時33分。吹雪の中走り続けた赤電はすっかり雪化粧になっていた。
これに乗って札幌まで行きたいところだが、残念ながら赤電はここで役目を終える。
数ヶ月後に完全消滅する赤電の走りは威風堂々としていたぞ。



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「さらば赤電。今までお疲れ様でした!」

道民でもないくせして何言ってんだか。(一応札幌生まれだけど)
最終列車の役目を終えた赤電は早々車庫に帰っていく。私はそれを一人で見送った。



・函館本線 [岩見沢~札幌]
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22時32分発の手稲行きは、ありがたいことに到着が遅れた赤電からの乗客を待ってくれていた。
車両は733系。2012年に導入された新型車両で、大先輩の赤電711系とは45年の開きがある。
車内の自動放送はダンディーな男性によるもの。新型でもドアは寒さ対策のため片開き式である。

23時半、手稲行き鈍行は札幌に到着した。
札幌もブラつきたいところだが、明日は始発出発だから早く休まないと身体がもたない。
すすきのにある宿に向かうためJR駅構内から札幌市営地下鉄の乗り場へ向かおう。



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あぁ懐かしい!夏の札幌帰省のときココはよく通ったぞ。
相変わらず初乗り200円の切符を買い、人混みにまぎれて私は懐かしのホームへ降り立った。



・札幌市営地下鉄 南北線 [さっぽろ~すすきの]
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札幌市営地下鉄南北線は、日本初の「ゴムタイヤ式地下鉄」だ。
その歴史は意外と深く札幌オリンピック開催年(1971)まで遡る。日本の地下鉄では4番目の開業となった。
当時の札幌は人口がそこまで多くなく、地下鉄開業に難色を示した大蔵省に対し、
「料金を払えば熊でも乗せる」と言い放った市交通局長の逸話は有名である。

札幌の地下鉄はゴムタイヤなので加速が速く、乗り心地も独特。その他、他にない個性が沢山ある。
車両は新幹線並みの巨体で、冷房が付いてないので夏は窓が開け放たれ風鈴がつく。
座席上の荷棚もないし、優先席に対する意識が強いのも特徴だ。



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「間もなく、一番ホームに真駒内行きが到着します。ご注意ください」

このアナウンス、懐かしすぎる。ホームドアがついたから以前とちょっと違うな。
接近放送が流れると間もなく真駒内行きが到着し、すぐに発車した。
そういや発車ベルも無くなってるな………アナウンスの後に「ブーーーッ!」って鳴るはずなんだが。
ああそうか!ホームドアがついたからブザー音必要なくなったのか。

あの独特のブザーの音、私は好きだったんだけどな………!



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さっぽろから数分足らずで歓楽街すすきのに着く。
夏の帰省時に散々ぶらついたすすきのだが、今見渡すとその町並みは思った以上にケバかった。
すすきのは日本三大歓楽街の一角で、表通りにキャバレーやクラブが沢山立ち並ぶ。

駅から歩いて3分のところに今日の宿(カプセル)はある。本当はシングル部屋を予約したかったのだが、
今日~明日にかけて札幌ドームでジャ○ーズのコンサートが行われている影響で、
この日の札幌の宿はどこも全て予約で埋まっていた。
バックパッカーの宿も埋まってたのは正直閉口したぞ。



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シングル部屋がないなら男は黙ってカプセル!今夜はたった6時間の滞在である。
明日は早朝から函館本線の始発に乗って、終着駅の函館まで行かなければならない。
ありとあらゆる列車を乗り継いで向かうことになるが、明日は雪がドッサリ降るらしく心配だ。

明日の旅程を全てこなせば、今回の最北端鈍行旅は大成功となる。
無事に函館まで辿り着き、憧れの北斗星に乗って東京へ帰ることが出来るか!?

次回!長距離鈍行・特急・臨時SL・市電・寝台特急を含めた、これまで以上に濃厚な一日が幕を開ける!

2014/12/28 | 極寒北国紀行


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