鈍行列車一人旅

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伊予鉄と道後温泉~台風襲来

「西日本横断紀行 5日目 (八幡浜~松山~呉~海田市~岡山~京都)」

[2013/9/4]

早朝5時半、船内で数時間の仮眠から起床した僕は外の様子を見て愕然とした。
滝のように猛烈な雨が降っている。まさか、もう台風が来たのだろうか。
ここ八幡浜のフェリー乗り場から予讃線の駅までは、徒歩で30分ぐらいかかる。



昨日は九州を西から東へ横断し、別府から宇和島運輸フェリーに乗って四国へ上陸した。
今日は予讃線に乗って東へ進んでいく。途中で松山に立ち寄り、伊予鉄に乗って市内を回る予定だ。
予讃線を乗り通したら瀬戸大橋線で四国を出て山陽本線でさらに東へ、というのが今日の大まかな行程である。


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誰もいない駅前通りを、びしょびしょになりながら無心で歩き八幡浜駅へ到達した。
携帯で台風の居場所を確認してみる。それで、もう間もなく四国に直撃することがわかった
今日未明になってから台風は急速に速度を早め、予報を裏切って朝から四国の地を蹂躙しようとしていたのである。
まあ、予報を信じた自分が悪い。それに、ここまで来たならもう行くしかあるまい。



・予讃線 [八幡浜~松山]
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人っ子一人いない駅ホームに、6時15分発の松山行き列車が停まっていた。
3両編成での運行で、両端にキハ32形、中間にキハ40系が連結されている。
終点の松山まで約1時間40分の道のりだ。


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キハ32形はロングシートなので、乗るのは当然キハ40系。車内はまだ誰もいない。
ボックスシートに居座り、発車まで少し時間があるので朝食にありつく。
そもそも、こんな大雨の中で本当に発車するだろうか。このまま運休になりそうな気もする。

しばらくすると学生が数人乗ってきて、列車は定刻通り発車した。
特に遅れることもなく、容赦なく降りしきる豪雨の中を突き進んでいく。
先を進むごとに雨は勢いを増すが、車掌さんは至って落ち着いた口調だ。


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台風が今ちょうど真上を通過しているらしく、車窓は雨に阻まれて何も見えない。
途中で学生が大勢乗ってきて、座席はほぼ全て埋まった。
ぐしょぐしょに濡れた靴とズボンが原因で、身体がすっかり冷え切ってしまう。
途中で立ち往生しないことを祈りながら、終点到着までただ耐えて凌ぐ。


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やがて何の問題もなく、列車は定刻通り松山に到着した。
よくぞ走り切った!と気動車に別れを告げ、人混みに流されて駅前に出る。
さっきの豪雨は一旦収まったようだ。

トラブル続きの今回の旅だが、ここにきて初めて右足の靴底がベロベロに剥がれているのに気付いた。
ハードに履き倒してきたからやむを得ないが、よりにもよって何でこんなときに駄目になるのか。
しかし、長らく旅を共にしてきた愛用の靴だ。ここで新たに買い直して履き替えるつもりはない。

僕は松山駅前から伊予鉄道の乗り場に向かった。
身体はガチガチに冷え切っている。早く温泉に入りたい。松山といえば道後温泉だ。



・伊予鉄道市内線 [松山駅前~道後温泉]
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松山駅前から伊予鉄の市内電車に乗り、終点の道後温泉駅へ到着。
すぐ温泉に向かおうと思ったが、駅の横に何やら面白いものが展示してある。


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大昔、軽便鉄道か何かで走ってたSLみたいだ。
眺めていると駅構内から駅員さんがそそくさと出てきて、SLに乗り込みエンジン始動。えっ、動くのコレ!?



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それから間もなく、「坊ちゃん列車」が駅ホームに入線してきた。
なるほど、名前は知っていたが坊ちゃん列車ってこれのことだったのか、、、
見かけは本物のSLにしか見えないが、動力はディーゼルエンジンで環境にも優しい。
煙は水蒸気、ドラフト音は車外スピーカーで再現しているのが泣かせる。



・道後温泉
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偶然立ち会った坊ちゃん列車を見送り、駅から徒歩数分で道後温泉本館に到着。
日本国内で最も古い温泉の一つといわれ、約三千年以上の歴史を持つという道後温泉。
明治27年建造の本館はただ素晴らしいの一言だ。早く温泉に入りたいのに圧倒されて立ち尽くしてしまう。

受付で「神の湯階下」の入湯券を買い、さっそく温泉に入る。
階下の浴室は2ヶ所あり、どちらも石造りになっている。
貸切状態の中のんびり湯に浸かると、冷房で冷え切っていた身体がすっかり暖まった。


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この道後温泉本館は、ジブリ映画「千と千尋の神隠し」に出てくる巨大な風呂屋のモデルになったらしい。
確かに、よく見ると雰囲気はそっくり。蛙の従業員がいてもおかしくはなさそうだ。
散々眺めた後、アーケードの商店街を抜けて伊予鉄の駅に戻った。


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道後温泉駅の駅舎も、これまた素晴らしい佇まいである。
明治時代の洋風建築の旧駅舎を再現したものらしい。



・伊予鉄道市内線 [道後温泉~松山駅前]
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ホームには既に新型車両が停まっていたが、目当ての車両ではないのでパス。
すぐ後に、僕が乗りたかった車両がやってくる。1951年から導入されたモハ50形の前期車である。
さっき乗った後期車よりも重厚な顔つきをしている。半鋼製車さながらのクラシカルな外観だ。


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そして、路面電車といえば吊り掛けである。
板張りの床の下から、グオオオーーッと豪快な吊り掛け音が響く。
松山城にも立ち寄ろうと思ったが、予讃線の運行状況が気になるので一旦松山駅に戻ることに。
雨はすっかり収まったが、さっきの豪雨が何をもたらしたか把握しなければならない。



絶えぬ不安に苛まれながら、再び松山駅へ。駅前は妙に閑散としている。
もしや、、、と思って駅構内へ入ると改札前が人だかりでごった返しており、駅員さんが対応に追われていた。


嫌な予感が的中したようだ。





午前11時現在、四国の在来線は壊滅状態であった。
記録的な豪雨が各地を襲ったらしく、予讃線を初め四国の路線は全て運転見合わせ状態。
松山周辺だけ難を逃れたみたいだが、伊予西条から先で線路が冠水したらしく復旧の目処は立っていない。
早朝に八幡浜から乗ってきた区間も、僕が松山に着いてすぐ後に運転見合わせとなったらしい。

先に進むこともできないし、引き返すこともできない状態だ。
「伊予西条から先は、少なくとも夕方までは絶対動かない」と駅員さんは言う。
道路が冠水してしまったので、代行バスも一切出ないらしい。
これでは、松山が陸の孤島みたいではないか。これからどうしたらいいか、困った。

今日ずっとここで立ち往生した場合、明日の東京到達は極めて絶望的となるだろう。
ただ駅員さんによると、松山観光港から出るフェリーがまだ運行中だという。
現時点で、山陽本線は動いている。本州側に行けば何とかなりそうだ





ということで、急遽代替ルートを決めた
まず松山観光港から広島・呉に向かうフェリーに乗り四国を脱出、呉で下船する。
そこから今度は呉線に乗って、山陽本線と接続する海田市へ向かう。
海田市からは山陽本線でずっと東へ進み、可能な限り距離を稼ぐつもりだ。

まずは、ここから伊予鉄に乗って松山観光港へ行く必要がある。
僕は喧騒とした松山駅を出て、すぐ近くにある伊予鉄郊外電車の駅に向かった。




・伊予鉄道高浜線 [大手町~高浜]
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あの有名な平面交差のすぐ横に、伊予鉄高浜線の大手町駅がある。
次来る高浜行き列車に乗れば、12時15分に出る船にギリギリだが間に合う。


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数分後やってきたのは、かつて京王井の頭線のシンボルだった3000系電車だ。
井の頭線といえばレインボーカラーだが、伊予鉄譲渡以降はアイボリー色に統一されている。

ゆったりと走る列車にそわそわしながらも、列車は定刻通り終点の高浜に到着。
ここから少し行ったところに松山観光港がある。駅舎が素晴らしいが、のんびり見てる時間はない
フェリー出航まであと10分しかないので、一目散に走って乗り場へ向かう。



・石崎汽船 [松山~呉]

フェリー乗り場に着くとすぐに乗船切符を買い、出航1分前に船に乗り込む。
僕が最後の旅客であった。鉄路は壊滅的だが、船は何の問題もなく出航となる。


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四国の地が遠ざかっていく。まだ風が強く、甲板にいると荷物が吹き飛んでしまいそうだ。
ここにきて遂に、今回の横断旅の行程は完全に破綻した
台風はもう通り過ぎたが、本州側も大打撃を受けたらしい。これからどうなることやら、、、

さっき温泉に立ち寄ったおかげか、上着を着なくても全然冷房冷えしない。
さすが道後温泉だ。三千年の歴史の底力を感じる。


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船に揺られ、やがて約二時間で呉港に到着。
港には巨大な造船所がある。かつて日本一の海軍工廠があった所だ。
呉も色々探索してみたいが、まず呉線の運行状況を確認する必要がある。



・呉線 [呉~海田市]
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港から、歩いて数分で呉駅に着く。
幸いなことに、呉線は徐行運転ではあるものの全線運行していた
あと少しで広島行きの列車がくるとのことなので、ホームで大人しく待つことに。

それから20分ぐらいして、広島行き列車がゆっくりと入線してきた。
徐行運転なので少し時間がかかるが、今は乗れるだけでも奇跡と思ったほうがいいだろう。


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海沿いをひた走るうちに、空一面を支配していた雲があっという間に引いていく。
どうやら、台風一過らしい。南西方向は既に晴れ渡っている。


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やがて、呉から約一時間で列車は海田市に到着した。
ここまでくればもう大丈夫だ。山陽本線に乗ってひたすら東に進んでいけばいい。



・山陽本線 [海田市~福山]
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海田市到着から約10分ほどで、岡山行きの普通列車がやってくる。
周りの路線は何処かしこも運転見合わせ状態なので、あとは山陽本線だけが頼りだ。


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実に、四日ぶりの青空。三日前は濃霧に覆われていた広島空港大橋を見上げる。
雨空に慣れた目には、嘘みたいに冴え渡って見えた。


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瀬戸内海沿岸を行く。四国側は、まだ黒雲に覆われている。
さっきの豪雨は一体何だったんだと思ってしまう。
日が傾きかける中、列車はほぼ定刻通り福山に到着した。



・山陽本線(快速サンライナー) [福山~岡山]
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福山からは、快速列車のサンライナーに乗り換えて進む。
サンライナー専用塗色の117系だ。4両編成にしてワンマン運転なのがすごい。


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岡山到着辺りで日が暮れる。
駅員さんが言っていた通り、予讃線は17時頃に運転再開となったらしい
あのまま松山で立ち往生してたら、と思うと心底ゾッとした。

やがて、列車は18時20分に終点の岡山に到着する。一段落したいが、まだまだ先は長い。
少なくとも今日中に大阪までは行きたい。しかし、ここで再びマズイことに気付く。




大雨の影響で、岡山から先の山陽本線(三石~上郡間)が終日運休となっていたのだ。
終日運休が決定すれば、その日中は絶対に列車は動かない。
もうどうしようもないか、、、と思いきや、この区間は赤穂線が併走して走っているではないか!
赤穂線は普通に運行しているようだ。僕は一時間後に出る播州赤穂行きの列車を待った。



・赤穂線 [岡山~播州赤穂]
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湘南色の115系が、東岡山で他線の遅延列車を待っている。
発車時刻から約20分経過したが、乗り継ぎ客が来るまで決して発車することはない
こうして手堅く待ってくれる列車に、僕は道中で何度も助けられてきたものだ。
だから何時間待たされようが、もう別に構わない。

東岡山を出ると、列車は順当に道を辿り終点の播州赤穂に到着する。



・山陽本線/東海道本線(新快速) [播州赤穂~京都]

ヘトヘトになってきたが、あともう少し!
播州赤穂からは新快速に乗って先に進む。12両編成の223系だ。
途中で川が大増水しているが橋の上を最徐行して突破、少し遅れが出た。


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それから約2時間半経ち、列車は夜23時前に無事京都に到着した。
松山から芋ずる式の如く移動してきたが、自分でもよくここまで来れたなと思う。
まあ、ただ単に運がよかったのだろう。今日は、本当に長かった、、、


明日は京都の名物電車の嵐電に乗車する。その後は京阪電車に乗って比叡山を訪れる予定だ。
比叡山から戻ったら東海道線経由でひたすら東に進み、明日中に東京へ帰らなければならない。
もう、体力・気力ともに限界だ。駅前で適当に夜飯をすました後、宿になだれ込んで即刻就寝した。

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2013/10/01 | 西日本横断紀行

京阪電車と比叡山延暦寺~帰路へ

「西日本横断紀行 6日目 (京都~嵐山~比叡山~石山~浜松~東京)」

[2013/9/5]

無鉄砲な西日本横断旅も最終日を迎える。
昨日未明に九州を出て四国に上陸したが、朝から台風に巻き込まれてしまい松山まで行ったところでやむなく断念。
松山からはフェリーで四国を脱して本州側に移動。それから山陽本線・赤穂線・東海道本線と乗り継いで東へ進み、
夜遅くに京都に到達した。



今日は、京都を少し探索したいと思う。
ただ午後14~15時過ぎには帰路につかないと今日中に東京へ帰れないので、行く場所を嵐山比叡山の2つに絞った。
昔から行ってみたかったところだし、嵐山へは嵐電、比叡山へは叡山電車か京阪電車で容易に行くことができる。

宿を出て朝食を食べた後、京都駅から地下鉄烏山線に乗車し二つ隣の四条で降りた。
四条駅から徒歩5分のところで、嵐電の起点である四条大宮駅に辿り着く。



・京福電気鉄道嵐山本線 [四条大宮~嵐山]
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切符を買って乗り場に入ると、レトロな濃淡グリーン色の車両が停まっていた。
嵐電の車両の中でも珍車といわれるモボ501形、それも唯一塗装が昔のままの501号車だ。
これに乗りたいのだが、残念ながら回送扱いらしくすぐに走り去ってしまった。


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その後間もなく、嵐電の主力車両モボ611形が入線。開業100周年を記念して「京紫」色に塗り直されている。
従来の緑とベージュのツートンの方が京都の町並みにあっていると思うのだが、、、

乗り込んで数分後、吊り掛け音を響かせて列車は発車した。
京都唯一の路面電車だが専用軌道がほとんどなので、東京の都電荒川線と似ている。


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古都の中をゴトゴト走り、列車は約20分で終点の嵐山に到着。
駅構内には改札口がなく、ホーム内まで自由に行き来できるようだ。
確かこの辺りは、中学の修学旅行で八つ橋手作り体験のときに来た覚えがある。


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駅から数分歩いて、TVでよく映る渡月橋を見学。
情緒ある景観が素晴らしいが、昨日の大雨で川は増水しているのが少し残念。


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それから路地裏を歩いて、山陰本線の嵯峨嵐山駅へ向かう。


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嵯峨嵐山駅へ到着すると、駅横にSLが展示してあった。初期のナメクジ形のD51だ。
駅前は外国人観光客が多い。SLを撮った後すぐ駅構内に入って列車を待った。



・山陰本線 [嵯峨嵐山~二条]
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嵯峨嵐山からは山陰本線に乗って、四駅隣の二条に向かう。
221系に乗るのは初めて。かつてアーバンネットワークの立役者として活躍した車両だ。

二条からは地下鉄東西線に乗り換えて京阪電車の浜大津へ向かう。
数分後、やってきた京阪京津線の直通列車に乗り込んだ。



・京阪京津線[二条~浜大津]
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京阪京津線は、鉄道好きの中では有名な路線。とにかく終点までの道のりが波乱万丈なのだ。
地下区間を走り登山電車並みの急勾配を上ると、最後は車とともに道路の上を走る
4両編成の電車が堂々と車道の上を走るのは、他にはないシュールな光景である。

所要時間約30分で地下鉄・登山鉄道・路面電車の旅を味わったら、終点の浜大津に到着となる。
京津線を走っているのは、高コスト&ハイテク電車で知られる京阪800系だ。
目まぐるしい線路環境に対応するために、ありとあらゆる機能が搭載されている。



・京阪石山坂本線 [浜大津~坂本]
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浜大津からは石山坂本線に乗って終点の坂本へ向かう。ラッピングが多い京阪600形が来た。
少し前は「ガンダム」「けいおん」のアニメラッピング車もあったらしい。

やがて、列車は浜大津から約15分で坂本に到着。
駅から歩いて10分ぐらいのところにケーブルカーの乗り場がある。



・比叡山鉄道比叡山鉄道線(坂本ケーブル)
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今度は、日本一長いケーブルカーでもある坂本ケーブルに乗って比叡山延暦寺を目指す。
所要時間は11分。切符は券売機で買うのだが、何と今時珍しい硬券が出てきた。


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出発すると、列車は山肌を順調に上って行く。
車窓に京都市街と琵琶湖一望が見渡せる。


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観光案内を聞きながら、あっという間に終点のケーブル延暦寺駅へ到着した。

ケーブルカーの駅から山道を5分ほど歩くと、比叡山延暦寺の境内に着く。
拝観料は550円。見学時間は少ないが、東塔と西塔の主な建物を順番に見て回ろうと思う。



・比叡山延暦寺
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まず、延暦寺の総本堂であり国宝にも指定されている根本中堂へ。
建物があまりにも巨大で写真に収まりきらない。正面に立つとただ圧倒されるのみだ。


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坂道と石段を登ったところにある、法華総持院東塔阿弥陀堂
根本中堂とともに重要な信仰道場とされる。


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東塔と西塔の境目にある浄土院。比叡山で最も神聖な場所とされ、辺りは静寂に包まれている。
ここでは「12年籠山行」という常人離れした厳しい修行が、今も行われているのだという。
定められた結界、つまり比叡山から12年間一歩も出ずにお勤めをするというもので、
最も過酷な修行「千日回峰行」と並び荒行中の荒行といわれている。


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杉木立の中にある常行堂(左)と法華堂(右)。2つ合わせて通称「にない堂」と呼ばれる。
修行中らしく、堂の中からお坊さんがお経を唱える声が聞こえてきた。


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個人的に一番感動したのは、西塔の本堂である釈迦堂
延暦寺に現存する最古の建物で、貞和3年(1347年)頃に建てられたものらしい。



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こんな神秘的なところに来たのは始めてかもしれない。辺りの空気は張り詰めており、人気のない参道を歩いているだけで身が引き締まるような感じだ。境内の荘厳な雰囲気をもう少し味わいたかったが、帰路につく時間が刻々と迫ってきたので、早々に坂本ケーブルの駅へ戻ることに。


・比叡山鉄道比叡山鉄道線(坂本ケーブル)
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ケーブル延暦寺駅の駅舎は洋風建築の重厚なつくりだ。
1927年建造で、駅構内は昭和の雰囲気が色濃く残っている。
駅に着いてすぐやってきたケーブルカーに乗り込み、元来た道を戻る。


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ケーブルカーの駅から歩いて道を下り、再び京阪の坂本駅へ戻ってきた。
モダンな駅舎が斬新で面白い。駅舎というよりは近代美術館のような佇まいだ。



・京阪石山坂本線 [坂本~京阪石山]
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さて、坂本から再び京阪電車に乗車する。ホームに停まっていた車両は京阪700形。
この列車で浜大津の先にある京阪石山まで行き、そこから接続する東海道本線に乗って帰路に着こうと思う。
車内は空いてるし、真ん前でかぶりつくことにした。


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急坂を駆け下り琵琶湖畔を過ぎると、列車は三井寺〜浜大津間で併用軌道に突入。
本当に何の変哲もない車道に線路が敷かれている。


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小型とはいえ、普通の電車が車と信号待ちをするのが面白い。
浜大津から先は閑静な住宅街の中を進んでいく。


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京阪電車の内装はかなり凝っている。シックな緑の座席に木目調の化粧板が素晴らしい。
幼少時に乗っていた札幌市営の2000形に似てると思った。ボディの緑色の塗装もほぼ同じだ。


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やがて、列車は定刻通り京阪石山に到着した。
駅前デッキからの風景が印象に残る。電車と線路が街の中に上手く溶け込んでいる。





石山からは純然たる帰路になる。東海道経由でひたすら東に進み、夜遅くに東京へ到着する予定だ。
所要時間は約8~9時間。この長い長い東海道線の道のりを制覇して、今回の旅は無事終了となる。
もう途中下車する時間は残ってないし、一気に行ってしまおうと思う。



・東海道本線 [石山~米原~大垣]
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まずは、14時43分発の長浜行き新快速に乗って米原へ。
旅費が底を尽きていたので、おにぎりと水だけ買って列車に乗り込む。


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のどかな田園の中を走っていく。天気は不安定だが少しずつ回復してきた。
石山からちょうど40分で米原に到着する。


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米原からはJR東海の区間に入る。本数の少ない普通列車に乗り換えて進む。
約30分で終点の大垣に着く。



・東海道本線 [大垣~豊橋~浜松]
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この区間は快速があるからありがたい。
16時11分発の豊橋行き特別快速に乗り込む。車内はまだまだ空いている。


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少しずつ日が傾き始めた。
大垣から約1時間半で終点の豊橋に到着。3分後に発車する浜松行きにすぐさま乗り換える。


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日が暮れる中、浜名湖の脇を通過していく。
それから間もなく、列車は定刻通り18時15分に浜松へ到着となる。



・東海道本線 [浜松~熱海~東京]

浜松から先、東海道線は大雨の影響でダイヤが大幅に乱れていた
ホームが人で溢れかえる中、30分ぐらい遅れて18時10分発の熱海行きが出発する。
最初は満員状態だったが、しばらくすると端の座席が空いたので確保。
終点到着までぐっすり眠り込んでしまった。

それから21時過ぎに無事熱海へ到着。熱海からは東京行きに乗り込む。
先を行く列車が行き詰まったので、道中で何度も立ち往生を繰り返す。
やがて定刻より数十分遅れて、列車は23時20分に終点の東京へ到着した。


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東京からは山手線で上野へ向かい、いつも通り常磐線に乗って自宅最寄り駅へ。
残念ながら途中で日付が変わろうとしていたため、午前0時になる寸前のところで一旦下車。
もう18切符は使えないので普通運賃で再乗車し、真夜中24時半過ぎに自宅へ着いたのだった。


今回は最西端の佐世保を目標地点として、鈍行で6日かけて西日本を横断した。
二度の台風襲来の中無理やり強行して進むのは、やはり無謀に近いものがあった。
ただ往路は至って順調に進めたし、念願の九州の路線も上手く回れたからよかったと思う。

総距離は約3000km。乗った列車はざっと数えて60本ぐらい。
得てして、鈍行の過酷さが前面に出た旅であった。
(完結)
2013/10/02 | 西日本横断紀行

吾妻線の旅

「吾妻の水没区間を行く」

[2013/9/9]

今年の夏も終わりに差し掛かった頃、18切符が一日分だけ余っていたので何処かぶらっと出かけることにした。
ということで、今回は吾妻線に乗車しようと思う。
関東平野の末端から深い山間部へと入っていく全長55.6kmのローカル線で、沿線には多くの温泉が点在する。
草津温泉の最寄駅もあり、上野から特急草津が直通で乗り入れている。

吾妻線の起点は上越線と接続する渋川だが、普通列車は全て高崎まで直通している。
18切符最後の一回分を使い、僕は自宅から列車を乗り継いで高崎へやってきた。


・吾妻線 [高崎~大前]
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吾妻線の普通列車は、湘南色の115系とロングシートの107系が運用についている。
これは両毛線の115系。最近手入れされたばかりなのか車体がピッカピカに光っている。


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対して向かい側に停まっていたのは、すっかり汚れてくたびれきった表情の107系。
吾妻線の主力は115系だが、107系は1日2往復のみの運用となっている。

15時10分発の大前行き普通列車は定刻通り高崎を発車した。
しばらく上越線内を進み、渋川から吾妻線に入る。


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渋川を出るとすぐに車窓が閑散とし始めた。
上越新幹線の線路をくぐり、進行先に山々が目前に迫ってくる。


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祖母島駅を過ぎると吾妻川を渡り、終点までほぼ川の右側に沿って走る。




本格的な山間部に入り、岩島駅からは最も谷が深いところ(吾妻渓谷)を進んでいく。
この区間(岩島~長野原草津口)は、現在建設中の八ッ場ダムが完成したとき水没することが決まっている。
付け替えられる新線区間は長大なトンネルなので、あまり面白みがなくなってしまうのが残念だ。


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そして、吾妻線の名物「日本一短いトンネル」の樽沢トンネルをくぐり抜ける。
全長僅か7.2m。短すぎて車内からではよくわからないが、外から眺めると面白いらしい。
このトンネルも、水没はしないものの新線付け替え後は列車が一切通らなくなる。


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深い渓谷の中を縫うように走っていく。
川原湯温泉駅を出るとすぐトラス橋を渡り、車窓には渓谷美が広がる。


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川原湯温泉駅上に建設中の湖面1号橋に続き、巨大な不動大橋(湖面2号橋)の下をくぐる。
橋の異様な高さ(86m)が、後に形成されるダム湖の規模の大きさを物語る。
ダムが完成すると、この辺りは水面から約50mの湖底に沈んでしまうのだ。


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脇に建設中の新線が近づいてくると、草津温泉の最寄である長野原草津口駅に到着となる。
溶岩ドームだろうか、線路向こうの山に何かこんもりしたものが見える。
あの断崖絶壁の上には、かつて戦国時代に丸山城という城があったそうだ。


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吾妻渓谷を過ぎるとトンネルが多くなり、静かな山里の中を進んでいく。



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やがて17時前に、列車は定刻通り終点の大前駅に到着した。
単線ホームの無人駅で、関東地方では最西端の駅になる。
多くの列車は一つ手前の万座・鹿沢口止まりで、この終点の大前には1日5本しか列車が来ない。


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駅前には民宿が一軒あるが他は何もなく、辺りは静寂に包まれている。
駅のすぐ横に、これまでずっと並行してきた吾妻川が流れている。


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折り返しの列車が発車するのは20分後だが、特にやることがないので橋の上から渓流を眺めた。
駅周りは山の中だが、何処か最果てに来たような味わいがある。


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キリのいいところで駅に戻り、ホームの先にある車止めを見学。
線路が半ば茂みの中に食い込むようにして敷かれており、末端にはバラストが盛ってあった。
かつてはこの先にある鳥居峠をトンネルで抜けて、信越本線の豊野駅まで延伸させる計画があったらしい。
しかし地熱地帯に長大トンネルを掘るのは困難であったため、延伸計画は未着工に終わっている。



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何ともいえない物侘しさと哀愁が漂う大前駅。
華やかさはないものの、静かなる終着駅としての威厳が漂っている。
ダム工事や新線建設で沿線風景は移り変わりが激しいが、そんな喧騒とはまるで無縁のようだ。


日も暮れかける中、折り返しの列車に乗り元来た道を戻って帰宅した。
ダム完成は少なくとも数年後のようだが、新線の方は着々と工事が進んでいた。
水没区間の車窓は素晴らしく、あの渓谷美が今後見れなくなってしまうのは本当に残念なことである。
(完結)
2013/10/27 | 首都圏在来線


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