鈍行列車一人旅

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日本本土最西端の地、佐世保へ

「西日本横断紀行 1~2日目 (新宿~名古屋~高松~下関~佐世保)」

[2013/8/31]

一般的に、鈍行で九州を回るのは北海道よりも難しいといわれる。
東京出発の人々にとって、それは一つの鬼門となる。
西日本以西の夜行列車は寝台特急サンライズを除いて全廃しており、効率よく距離を稼ぐことが出来ないのが現状だ。

ただ、こんな無謀な旅はもう二度としないと思う。
言い換えると、天気の悪いときに遠出するのは無論避けるべきなのだ。
しかしせっかく用意した長期の休みを棒に振りたくはなかったし、僕は端から気にしていなかった。



さて、今回の旅は東京から東海・近畿・中国地方を抜けて九州の地へ向かう。
九州には最西端と最南端の駅があるが、今回は行くのが比較的容易な最西端の佐世保を目標地点とした。
鈍行で2日かけて佐世保に到達したら、長崎、熊本、大分を辿って北九州を順当に進んで戻ってくる予定だ。

早朝に家を出て、常磐線・山の手線と乗り継ぎ旅の起点となる新宿へ向かう。
新宿に着くと急いで階段を下り、人混みをすり抜け11番線ホームへと駆け込んだ。



・中央本線(ホリデー快速富士山) [新宿~大月]
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東京から大阪方面に行くには、定番の東海道線経由か中央線経由に絞られる。
今回は中央線を乗り継いで西へ向かうことにした。
東海道線経由より少し時間がかかってしまうが、山景色の中を進んでいく中央線経由の方が風情があっていい。

旅の出発を飾るのはホリデー快速富士山号だ。車両は臨時列車ではお馴染みの189系。
新宿から中央本線を辿り、大月から富士急行へ直通して河口湖まで行く臨時快速列車である。
今年から世界遺産登録の気運もあって名称が河口湖から富士山に変わり、ロゴも同様に一新されている。

観光客や登山客で賑わう中、富士山号は定刻通り新宿を発車した。
発車寸前に乗り込んだので、座席は全て埋まっている。とりあえずデッキに立って席が空くのを待つ。
立川まで来ると座席が空いたので、すぐに確保した。


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高尾から中央本線に入り、列車は本格的な山間部を抜けていく。
こういう風光明媚な景色には、やはり往年の国鉄型車両が似合う。

富士急行にそのまま直通する列車だが、新宿からSuicaでそのまま入ってきた人が多く車掌さんは車内精算に振り回されている。
富士急行線内はSuicaが使えないため、乗客もそのことを知らない人が多いようだ。
順々に説明していると全く捗らないみたいで、車掌さんも乗客に対して実にフランクに対応している。


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やがてそうこうしているうちに、列車は富士急行と接続する大月に到着。
到着後列車はすぐに発車し、終点の河口湖へ向かっていった。

ここ大月からは鈍行で進んでいくのだが、今回の行程ではここで一度ワープしないと効率よく進めないことになる。
そこで、まずは今から5分後にやって来る特急「あずさ」に乗って一つ先を進む普通列車に追いつかなければならない。



・あずさ7号 [大月~石和温泉]

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特急あずさに乗ってちょっとだけワープ。
普通列車を追い抜いたところですぐに降り、追い抜いた甲府行きの列車に乗って先へ進む。
これだけで、塩尻から先の乗り継ぎ時間を大幅に短縮することができるのだ。
数駅で、まもなく甲府に着く。



・中央本線 [甲府~塩尻]
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甲府からは、塩尻行きの普通列車に乗車。
ボックスシートと車窓に見えるアルプスの山々が旅気分を盛り上げる。



・中央本線 [塩尻~中津川]

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中央線は塩尻からドッと本数が少なくなる。ここから中津川までの区間は乗り継ぎがかなりシビアである。
今回のようにワープでもしないと、塩尻で数時間立ち往生せざるを得なくなるのだ。

車両は2両編成の313系。車内は混んでおり、あいにく座席を確保できなかった。
思うに、この区間は中津川まで乗り通す人がほとんどだろう。
座るのは諦めて、大人しく後ろでかぶりつくことにする。


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この区間は絶景が多く、列車は山と山の間を縫うようにして走る。
一部単線になっていて、行き違いの列車待ちで少し遅れが出る。
結局途中で降りる人もほとんどおらず、ずっと立ったまま約2時間ちょっとで中津川に到着した。



・中央本線(快速) [中津川~名古屋]
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そして、ここからは211系の快速列車に乗って終点の名古屋まで向かう。
車内はガラガラで、誰も座ってないロングシートが侘しく見える。


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やがて、列車は16時35分に終点の名古屋へ到着。新宿から8時間強の道のりであった。
長かった中央本線の旅もこれでおしまいだ。



・東海道本線(新快速) [名古屋~米原~大阪]
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名古屋からは東海道線に乗って、さらに西へ進んでいく。ここからは新快速があるから便利だ。
新快速に乗ってしまえば、あっという間に大阪へ行ける。
座席は転換クロスシートで快適そのものである。

米原からも新快速に乗って先に進む。車両は西日本の223系だ。
以前新快速に初めて乗ったとき、その猛烈な突っ走りぶりに驚いたのを覚えている。
今にも駆っ飛ぶような音を唸らせて、先へ先へとスピードを上げるのだ。


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どっぷりと日も暮れて、列車は定刻通り大阪に到着した。駅前で一服した後、再び西へ進む。
そのまま宿に泊まるのは何か面白くないので、今夜は夜行フェリーに乗って一夜を明かす。
神戸から高松へ向かうジャンボフェリーの夜行便。2等の片道旅客運賃は1800円である。

せっかくだし、ここ大阪からはJR線には乗らず関西私鉄に乗車しようと思う。
大阪から神戸だと、あの阪急電車と阪神電車がほぼ並走して走っている。
個人的には阪急が好きなので、さっそく阪急電車のターミナルへ向かった。



・阪急神戸線(特急) [大阪~三宮]
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阪急電車といえば、阪急マルーンだ。
昔からのスタイルや伝統を頑なに守り続ける阪急の姿勢は、今も根強く支持されているという。
徹底してピッカピカに塗りたくられた塗装も、木目基調の内装もただ素晴らしいとしかいいようがない。

列車は順当に進んでいたが、途中でいきなり急停止。車掌さんいわく「猪と衝突した」という。
いのしし!? まさか猪と衝突するとは。
そういえば、ここは六甲山の近くだ。六甲には猪が住んでいると聞いたことがある。

約10分立ち往生するも、結局何事もなかったかのように列車は再び発車。
その後すぐに、ジャンボフェリーの最寄り駅である三宮に到着した。



・ジャンボフェリー(夜行便) [神戸~高松]

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人気のない駅前通りを歩いて10分ほどで、ジャンボフェリーの乗り場へ着く。
乗船手続きを済ませ、出航時間も迫っていたのですぐに船内へ入る。


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船内ロビーはシャンデリアもあってゴージャスな雰囲気である。
割と混雑しており、雑魚寝スペースは既に確保できない状況だ。
大人しく普通の座席に座り、エア枕を使って仮眠をとる。

しかし船内は常に騒がしい
仮眠をとる人がほとんどだが、しばらくすると売店前で団体客が小宴会を始めた。
まあ、耳栓をすれば問題ない。耳栓・エア枕・クッションの三大神器(?)でその場を凌ぐ。


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早朝5時、ジャンボフェリーは高松港へ到着する。港からの連絡バスに乗って約5分で高松駅へ。
ここで休むつもりはないので、コンビニで朝飯を買ってすぐにホームへと駆け込む。
5時35分発の岡山行き快速列車が待っている。



・瀬戸大橋線(快速マリンライナー) [高松~岡山]

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高松からは、瀬戸大橋線の快速マリンライナーに乗車。
先頭に二階建て車両の5000系(グリーン車)と、普通車として西日本の223系が併結されている。
5000系はなかなか凛々しい顔つきをしている。グッドデザイン賞にも選ばれたらしい。
かつて1両だけ存在した、常磐線415系の二階建て試作車をブラッシュアップしたような感じだ。


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坂出を過ぎると、列車はすぐ瀬戸大橋に差し掛かる。空は一面曇り空で、残念ながら見通しはかなり悪い。
しかし橋を渡り始めたところで、分厚い雲と雲の隙間から僅かに日の光が差し込んできた。


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今にも消え入りそうだが、橋上の車窓で陽光は生き物のような表情を見せる。
やがて数分後、尾を引くようにして雲の中へと掻き消えていく。
再び日の光が見えなくなると、列車は絶妙のタイミングで瀬戸大橋を渡りきった。

6時28分、快速マリンライナーは定刻通り岡山に到着する。
ここから山陽本線に乗って西へ進み、下関からはJR九州の路線を乗り継いでいく。
天気はこれから荒れるらしい。元々台風だった温帯低気圧の最中を行くことになる。
行程通りにいけば、今日中には最西端の佐世保まで行けるはずだ。

早朝の岡山駅構内は閑散としている。
僕はおにぎりを食べながら、約10分後に来る岩国行き普通列車を待った。



・山陽本線 [岡山~岩国]
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数分後、入線してきた115系は想像以上に衝撃的な柄を纏っていた。
その名も「まんぷく宝しま号」。広島の観光PRキャンペーンの一環で企画された期間限定列車だ。
各車両ごとにラーメン・お好み焼き・酒倉などのデザインが施されており、塗装は片側ごとに異なっている。
また仕入れたてのキャベツや雑然と並ぶ酒の空ビンなど、店先のディテールが忠実に描かれているのも面白い。

6時57分、岩国行き普通列車は定刻通り発車した。
しばらくすると雨風が酷くなってきたが、特に遅れもなく突き進んでいくので実に頼もしい。


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本郷駅を過ぎると列車は山間に入り、巨大な広島空港大橋をくぐり抜けていく。
アーチに濃霧が絡みついて神々しい姿を見せる。


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岡山から約4時間経ち、まんぷく宝しま号は定刻通り終点の岩国に到着した。
道中天候が荒れに荒れたが、それでも寸分の狂いもなく走り抜いた宝しま号に拍手を送りたい。
次に乗る下関行き普通列車は20分後に発車する。



・山陽本線 [岩国~下関]
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さて、11時9分発の下関行き列車がやってきた。ここからさらに3時間強の道のりだ。
弁当を買って意気揚々と乗り込む。雨はもう止む気配がなく、これからもっと酷くなるのだろう。


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岩国を出るとしばらく瀬戸内海沿いを走っていくが、車窓は絶望的なほどに何も見えない。


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ぼんやりした車窓に少し眠くなってきてしまう。念のため冷房冷えしないように上着を着込む。
そのままうつらうつらしたまま時間が過ぎていき、やがて列車は定刻通り下関に到着した。
下関から、遂にJR九州の区間へ入る。まずは関門海峡を越えなければならない。



・山陽本線 [下関~小倉]

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奇遇にも、久しぶりに415系鋼製車との再開だ。
高校時代毎日お世話になった415系をここで再び見られるのは、なかなか感慨深いものがある。
数年前まで常磐線の主力だった鋼製の415系だが既に全車引退済み、残るはJR九州所有の車両のみだ。

関門トンネルで直流から交流に切り替わるため、この区間は交直流対応の列車のみが走る。
デッドセクションを越えるためだけの便なので、トンネルを抜け鹿児島本線に入ったらすぐに終点となる。



・鹿児島本線(快速) [小倉~鳥栖]

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小倉からは鹿児島本線の快速列車に乗車する。車両は落ち着いたデザインの811系。
長崎本線と接続する鳥栖まで、約2時間弱の道のりだ。

九州に入っても、雨は降ったり止んだりを繰り返している。
初めて来た九州の地の風景に新鮮さを感じつつも、寝不足が祟り再び眠り込んでしまう。


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そして不覚にも寝過ごしてしまい、列車はいつの間にか鳥栖を過ぎていたのだった。
このままではマズイ、、、!とりあえず久留米ですぐに降りて、反対から来た列車で鳥栖へ向かう。
車内で慌てて時刻表を開く。どうも一区間だけ特急でワープすれば、本来乗るはずの普通列車に間に合うみたいだ。
ということで、急遽鳥栖から特急に乗って佐賀までワープすることに。



・みどり19号 [鳥栖~佐賀]

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鳥栖での乗り継ぎ時間はほぼ0である。列車を撮影する間もなく、急いで車内へ駆け込む。
車両は、当時一世を風靡した「ハイパーサルーン」の783系だ。
鳥栖から僅か15分程で佐賀に到着。追い抜いた長崎行き普通列車を待つ。



・長崎本線 [佐賀~肥前山口]

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もう夕方なので、駅構内に学生の姿が目立ち始める。数分後やってきた車両は2両編成の817系。
車内はそれなりに混雑し、終点までドア脇に立って凌ぐ。



・佐世保線 [肥前山口~早岐]
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肥前山口からやっと、本土最西端駅へ向かう佐世保線に入る。
まず早岐行きの列車に乗り、早岐からは佐世保行きの列車に乗って進む。



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817系は座席が斬新すぎて驚いた。木製のシートに本革が張られている。
よく見ると壁際に窪みが設けられていて、それが肘掛けの役割を果たすという気配りも見られる。
ドア付近のつり革が円形に配置されているのは、実用的にも○だと思う。

日もすっかり暮れて、列車は大村線と接続する早岐に到着。
ホーム向かい側の気動車にすぐ乗り換える。



・佐世保線 [早岐~佐世保]

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最後の最後に乗る列車は、佐世保行きのシーサイドライナーである。早岐から僅か数駅で佐世保に到着となる。
ここまで来ればもう大丈夫。あとはただ列車に揺られながらぼんやりするだけだ。



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やがて、列車は遂に終点の佐世保に到着する。
東京から約36時間、あらゆるものを駆使しての到達となった。
ややルートから逸脱したものの、行程通りに着いた瞬間というのは本当にたまらないものがある。



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佐世保駅はJR線で日本最西端の駅となる。
しかし本当の最西端は、ここからさらに延びる松浦鉄道のたびら平戸口駅だ。
ただ、佐世保の方が駅名も含め最西端としての風格を持っている気がするのである。
また本土以外も加えると日本最西端は沖縄都市モノレールの那覇空港駅となるが、
東京から鉄道だけで達することはできないため鉄道旅として行程に加えるのは不可能だ。

駅前を一通り観察した後、とりあえず繁華街へ赴き名物の佐世保バーガーを食べた。
すっかり体力を使い果たしていたので、晩飯を食べたらすぐ宿に直行する。


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天候は荒れたが、道のりは至って順調に進んだのがよかった。宿に着くと心底ホッとした。
しかし天気予報を見て愕然とする。小規模とはいえ、再び別の台風が九州に近づいてきていたのだ。
旅の中で二度も台風に巻き込まれるとは思わなかったが、とりあえず来るべき試練に備えて潔く就寝した。

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2013/09/20 | 西日本横断紀行

西九州を辿って

「西日本横断紀行 3日目 (佐世保~長崎~多比良町~長洲~八代)」

[2013/9/2]

半ば強行の西日本横断の旅も3日目を迎える。
東京から鈍行を乗り継ぎ、2日かけて最西端の佐世保までやってきた。
佐世保からどうするかは特に詳細な行程を決めていないが、基本的には長崎、熊本、大分と順々に辿っていく予定だ。
今日はかなり無節操に移動するので、鉄道旅としてはあまり面白みがないかもしれない。

まずは、大村線に乗って長崎へ向かう。
午前10時、僕は繁華街の宿を出て佐世保駅に向かった。


・大村線(シーサイドライナー) [佐世保~長崎]
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ホームに停まっていたのは、大村線の主力車両であるキハ66・67系気動車だ。
塗装は3種類あって、リバイバル塗装の国鉄急行色も一編成だけあるらしい。
今回は最も一般的なシーサイドライナー色の列車に乗車する。


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当時急行にも使われていたというこの車両は、440馬力の大出力エンジンを搭載し、
座席はドア付近を除いて全席転換クロスシートとなっている。
このクロスシートが本当に快適で座り心地は抜群、シートピッチもかなり余裕がある。

これから混みそうだが、車内はまだ空いている。
ごくごくまったりとした雰囲気のまま、列車は長崎へ向けて出発した。


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早岐で佐世保線と分岐し、列車は大村線に入る。
しばらくするとハウステンボスの敷地の脇を通り、間もなくハウステンボス駅に到着する。
車窓からは、ホテルオークラ系列のリゾートホテルの建物が見えるのみだ。


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途中でハウステンボス色の列車とすれ違う。
車内は少しずつ混んできた。


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川棚から、大村湾のすぐ脇をひた走っていく。
海というより、穏やかな湖といった趣である。
松原で海沿いから離れ、諫早で長崎本線と接続し新線を経由して進む。


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やがて、13時前に列車は終点の長崎に到着した。外はどしゃ降りの雨だ。
長崎は路面電車が走っているので、それで少し街中を回ってみようと思う。



・長崎電気軌道
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長崎駅前から歩いてすぐのところに、路面電車の停留所があった。
運賃は全区間一律120円とかなり安い。電車も数分待っていればすぐにやってくる。


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まず、定番観光スポットの「眼鏡橋」を見学。
日本最古の石造アーチ橋で、架設からもう400年近く経っていることになる。


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続いて、国宝にも指定されている教会「大浦天主堂」へ。現存する中では日本最古の洋風建築物だ。
ゴシック様式の厳粛さは、坂の下から見上げることでより顕著に感じられる。
内部も観察したいが時間がなくなってしまったので、すぐに引き返して長崎駅へ戻った。




長崎からどういう経路を辿っていくかは、既に何となく決めていた。
今日中に熊本まで行きたいのだが、長崎から鉄道だけで行くとなると有明海を迂回しなければならないので膨大な時間がかかる。それで急遽考えたルートが、
諫早から出る島原鉄道に乗って多比良町まで行き、そこから有明フェリーに乗って熊本側へ向かうというものだ。
これなら所要時間を大幅に短縮できるし、追加運賃もそんなにかからない。

ということで、まず長崎から再び長崎本線に乗って諫早へ向かった。



・島原鉄道 [諫早~多比良町]

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島原鉄道は、長崎本線・大村線と接続する諫早から島原半島の縁を走る地方鉄道だ。
創業は明治41年と歴史は古く、開業当時はあの1号機関車も走っていたという。
少し前までは北線と南線があったが、2008年に南線は廃止となっている。

車両は単行の気動車だ。真っ黄色に塗りたくられていて、単行とはいえなかなかの存在感がある。
車内の八割方は学生で、発車直前には満員状態となった。


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出発するとしばらくのどかな田園の中を走り、吾妻からはずっと海の縁に沿って進んでいく。
雨はいつのまにか止んでいた。


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湾岸沿いをひた走り、やがて列車は多比良町駅に到着。降りたのは自分一人だけだ。
ここから歩いて数分のところに有明フェリーのターミナルがある。



・有明フェリー [多比良~長洲]

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フェリー乗り場は閑散としていた。
有明フェリーは、ここ多比良港から熊本側の長洲港を45分で結んでいる。
どちらも鉄道から乗り場が近いので、乗り継ぎは比較的容易だ。



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景色が良いので、出航してすぐに甲板に出る。
途切れ途切れになった雲が幾重にも重なり合って神秘的な様相を醸し出す。
絶望的な天候もここで一段落といった感じ。
今日は北部を中心に局地的に大雨が降り、各地で運休が発生したみたいだ。

キリのいいところで客室に戻ってTVのニュースを見ていると、何と自宅近くで竜巻が発生したとの報道があった。
嘘だ!?と思ったが本当らしい。
発生場所があと少し南にずれていたら自宅に直撃したかもしれないし、心底ゾッとした。



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有明海の絶景を味わっているうちに、船は定刻通り長洲港ターミナルへ到着。
長崎側はすぐに乗り場に行けたが、熊本側の乗り場は鹿児島本線の駅から少し離れている
ただ歩いて20分ほどだし、そこまで遠くはないから問題ない。



・鹿児島本線 [長州~八代]
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暮れかける日に急かされながら、鹿児島本線の長洲駅に到達した。
あとはここから普通列車に乗って少し南下するだけだ。30分ちょっとで熊本に到着となる。


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さて、2両編成の817系がやってきた。八代行きの普通列車だ。
木製の座席に座ってボーっとしているうち、あっという間に日が暮れた。
道のりは至って順調である。


実は、このまま熊本で一段落するつもりはなかった
今日中に八代まで行き、明日の午前中に何とかして肥薩線に乗ろうと考えたのだ。
いわずとしれた有名なローカル線だが、列車の本数が少なく今回の旅の行程に合わせるのは至って困難。
しかし吉松までなら往復でギリギリ行けることがわかったので、始発列車で無理やり行ってしまうことにした。



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熊本を過ぎて、やがて列車は20時前に終点の八代に到着。
ホーム向こうに、明日乗る肥薩線の列車が停まっていた。
駅前から徒歩5分のところに宿があったので、今夜はそこで一泊となる。

過酷さを増していく今回の旅。
明日のメインは肥薩線と豊肥本線だが、まず5時44分発の人吉行き始発に乗れないと全てがパーだ。
目覚ましを厳重にセットする。そして、何とか天気が持ち応えてくれることを祈りながら23時過ぎに就寝した。

2013/09/24 | 西日本横断紀行

肥薩線・三角線の旅

「西日本横断紀行 4日目 (八代~吉松~三角~熊本)」

[2013/9/3]

早朝5時40分、二度寝してしまった僕はホテルを出て一目散に八代駅へ向かった。
まだ真っ暗闇の中、人吉行きの始発列車が定刻通り出発する。

昨日は佐世保から長崎を経て八代まで到達したが、今日は主に肥薩線と豊肥本線を辿っていく。
肥薩線を吉松まで往復乗車、その後は八代から鹿児島本線で熊本へ。
さらに熊本から豊肥本線に乗って大分へ向かう、というのが今日の大まかな行程だ。


・肥薩線 [八代~人吉~吉松]
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今はローカル線だが、かつては鹿児島本線の一部で重要幹線として機能していた肥薩線。
運転系統は3つに分かれており、八代~人吉間は川線、人吉~吉松間は山線と呼ばれる。

沿線には数多くの鉄道遺産が残っており、蒸気機関車、ループ線、スイッチバック、古き良き木造駅舎、
そして矢岳~真幸間の日本三大車窓と、鉄道好きにとっては聖地のような場所だ。
現在はそれら遺産を観光資源として活用することで、路線の集客が図られている。


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朝靄の中を列車は進む。昨日の大雨で川は増水している。
川線の区間はずっと、日本三大急流の球磨川に沿って走っていく。
見通しは予想以上に悪いが、雨が降らないだけマシと思ったほうがいいかもしれない。


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人吉に到着した。ここから、肥薩線の一番の見所である山線区間に入る。
県境の険しい山間にあたるこの区間は、一日5往復しか列車が来ない。
日中の2本の便は観光列車の「いさぶろう・しんぺい」なので、純然たる普通列車は片道3本のみとなる。
車両はキハ31形。国鉄末期に製造された、ワンマン運転に特化した一般形気動車だ。

八代を発車すると、列車はさっそく上り勾配に差しかかる。
通称「矢岳越え」といわれる、標高差約430mもある峠を越えていく。


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急勾配を上り続け、隣の大畑駅に到着。
全国でも唯一の、ループ線の中にスイッチバックがある駅だ。
どういうわけか「駅舎に名刺を貼ると出世する」という噂があって、待合室の壁にはおびただしい数の名刺が貼られている。


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ホーム端には、SL時代に機関士が使っていた洗顔場が残る。
降りてゆっくり観察したい駅だが、普通列車なので着いたらすぐに発車となる。


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逆方向に発車し、列車はZ型のスイッチバックに突入。
次の矢岳まで一気に約240mもの標高を稼ぐのだ。


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スイッチバックを抜けループ線を上ると、今度は最大30パーミルもの上り勾配が続く。
蒸気機関車としては限界に近いこの急勾配を、かつては特殊装備のD51が重連で挑んでいたという。
もう今となっては、半ば伝説のような場面が繰り広げられていた場所だ。

エンジン全開で勾配を上りきると、一旦小さな平地に入り最高地点の矢岳駅に到着する。
標高は537m。ここからは下りだ。
矢岳を出るとすぐに、列車は全長約2kmの矢岳第一トンネルに入る。



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そして長い長いトンネルを抜けたところで、肥薩線一番のハイライトとなる日本三大車窓が広がる。
トンネルとトンネルの合間なので、山の上というより空中を漂っているような気分だ。
遠くに霧島連山が霞んで聳え立つ。天気が良ければ桜島も見えるらしい。

絶景区間を過ぎて矢岳第二トンネルを抜けると、列車は再びスイッチバックに差しかかる。
そして「真の幸せを呼ぶ」真幸駅に到着する。


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駅名にちなんで、ホームには「幸せの鐘」が設置されている。
しかしここでは数十年前に大規模な土石流が発生しており、駅・集落もろとも飲み込んでしまったという。
それ以後近隣の人家が全て移転したため、駅そのものは秘境駅となっている。


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快調に峠を下りていく。少しずつ高度が下がり、田んぼや人家が多くなる。
最後の最後までダイナミックな景色が続くから本当に圧巻だ。



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やがて、人吉から一時間で列車は終点の吉松に到着した。
昔は鹿児島本線と日豊本線を繋ぐ重要拠点として栄えた駅だ。
しかしどちらも海岸側の線路が開通してから支線扱いとなり、今はこじんまりとしたローカル線の駅といった趣である。


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駅舎は鉄筋コンクリート造りの立派なものだ。待合室には座敷があり、囲炉裏も設置されている。
駅前広場は整備されており、資料館があったり動輪が展示してあったりと見所は沢山。
ただ駅周りには売店が一切なく、少し歩いたところにコンビニが一軒あるのみだ。


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一番の見所は、広場端に展示されているC55型蒸気機関車。保存状態は良好、運転室も開放してある。
スマートな機体と、放射状のスポーク動輪が美しいC55。
塗装も現役時代を再現しており、今にも走り出しそうな感じだ。


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一通り探索した後、キリのいいところでホームに戻った。
かつて機関区があった名残で、駅構内はかなり広い。

肥薩線は昔から訪れてみたかった路線である。
鉄道好きなら行くだけで幸せになれるようなところだし、乗客は鉄道ファンと思しき人がほとんどだ。
山線区間は感動の連続であり、無茶してでも本当に来てよかったと思う。



・肥薩線 [吉松~人吉]

吉松駅の滞在時間は約50分であった。9時6分発の折り返し列車に乗り込み、元来た道を戻り再び人吉へ。
すぐに八代まで戻りたいのだが、次に来る八代行きの普通列車は2時間半後である。
なので、この区間だけ接続の良い特急に乗車する。



・九州横断特急 [人吉~八代]

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ホーム向かい側に、側面まで真っ赤に塗りたくられたキハ185系が停まっていた。
「九州横断特急」という、堅実一点張りな名称も個人的には好みだ。


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計画通りに復路を辿れているものの、このとき自分は致命的な状況に気付いた。
携帯で情報収集しようとしたのだが、何故か電波が全く繋がらない
アレッ!?と思って色々いじってみるが、直る気配なし。いつのまにか壊れていたらしい。

結局携帯の電波は繋がらず、電話もメールも一切できなくなった。
あと頼れるのは、手元にあるコンパスの時刻表のみ。ただ、昔の鉄道旅はこれが普通だったわけだ。
そう思うと気分が少し楽になった。


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何ともいえない不安に駆られながら、列車は定刻通り11時5分に八代に到着した。
どうにでもなりそうな気分だが、まずは5分後に発車する鹿児島本線に乗って熊本に向かう必要がある。
時刻表に色々書き殴って何回もルートを確認。あとは運次第だ。




このまま真っ直ぐ熊本に向かおうと思ったが、ちょうど八代と熊本の間に興味深い路線があった。
三角線という、宇土半島の先端へ向かう小さなローカル線だ。
往復でもそんなに時間がかからないし、せっかくなので行ってみることにした。



・鹿児島本線 [八代~宇土]

九州横断特急から降りて数分後、八代から熊本行きの普通列車が出発する。
車両は815系。九州に入ってから、JR九州の斬新な車両デザインには常に驚かされっぱなしだ。
八代から20分ちょっとで、三角線の起点となる宇土に到着する。



・三角線 [宇土~三角~熊本]
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宇土到着から10分ぐらいで、三角線の単行列車が入線してきた。
全列車が鹿児島本線の熊本まで乗り入れているが、起点はここ宇土からとなる。


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宇土を出ると、列車は宇土半島の北岸に沿ってゴトゴト走っていく。
これぞローカル線といった、素朴で静かな景色の中を進む。


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あいにくの天候だが、車窓は素晴らしいの一言だ。
しばらくすると、進行方向右側に広大な干潟が広がる。


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いかにも観光みたいな佇まいはなく、時流から離れた風景に懐かしさを感じる。


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やがて、宇土から30分ちょっとで終点の三角に到着した。
明治32年開業と大変歴史の古い三角線だが、
天草五橋が架かるまでは、ここから最寄りの三角港から出る定期船を利用する人々で賑わっていたという。


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駅構内の奥に車止めがある。盲腸線の終着駅に着くとまず車止めを見たくなるものだ。
かつては、この先に貨物の線路が延びていたらしい。
パッと駅構内を観察した後、すぐに発車する折り返し列車に乗って熊本へ向かった。


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元来た道を戻り、宇土から鹿児島本線に乗り入れ列車は終点の熊本に到着。
壊れた携帯を何とかしたいので、まず駅近くに携帯ショップがないか探してみる。
しかし、パッと見たところで駅前には全く見当たらないので断念。

ここ熊本からは豊肥本線に乗車し、全線乗り通して終点の大分を目指す。
遅れが出なければ大分到着は19時過ぎとなる。総じて約5時間の長旅だ。
次の列車の発車時刻が迫っていたのですぐ駅ホームに戻り、0番線で豊肥本線の列車を待った。

2013/09/26 | 西日本横断紀行

豊肥本線の旅

「西日本横断紀行 4日目 (熊本~宮地~大分~別府~八幡浜)」

[2013/9/3]

さて、午前中に肥薩線の川線・山線区間を無事制覇した後は豊肥本線に乗車する。
明日台風が直撃するので天気は荒れているが、今日のうちはまだ大丈夫そうである。



熊本と大分を結ぶ豊肥本線は、「阿蘇高原線」という愛称がつけられている。
雄大な阿蘇のカルデラを横切り、九州中部を横断する壮大なローカル線だ。
肥薩線と同じく豊肥本線も全線走り通す列車はないので、途中で計3回乗り継がなければならない。



・豊肥本線 [熊本~肥後大津]

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14時28分発の肥後大津行き列車が、0番線Aのりばに入線してきた。
熊本駅の0番線は何故か3つに分かれており、それぞれ0A・0B・0Cと名乗っている。

この区間は電化されており、列車の本数も多い。車内も座席は全て埋まっている。
肥後大津までは市街地の中を進んでいくので、車窓はあまり面白みがない。
発車してすぐに眠ってしまい、終点の肥後大津到着と同時に目が覚めた。



・豊肥本線 [肥後大津~宮地]
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肥後大津での乗り継ぎ時間は僅か2分しかない。
ろくに列車の姿を撮影する間もなく、すぐ宮地行きの気動車に乗り込む。2両編成のキハ40系だ。
乗客は数えるほどになり、本格的なローカル線の様相を呈するようになる。




ここから豊肥本線は非電化となり、巨大な阿蘇カルデラの中を進んでいく。


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列車は、進むにつれて少しずつ高度を上げる。
山の上に風力発電の風車が沢山並んでいるのが圧巻。


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立野駅に到着した。ここでは数分の停車となる。
駅は外輪山の途切れたところに位置しており、道路や川も全てここを密集して通っている。
スイッチバック構造の駅で、列車はここで一気に標高を稼いでカルデラの中に入っていく。



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逆方向に発車すると、列車はエンジンを唸らせてあっという間に高度を上げる。
広大な景色に感動するが、タイミング悪く雨が降り出し始めた
急勾配を上りきると列車は一旦停車、再び逆方向に発車する。


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外輪山の縁を縫うようにして進む。
しばらくすると深い谷が間近に迫り、国道57号と並走する。
道路のすぐ向こうに黒川が流れているはずだが、谷が深すぎて全く見えない


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険しい外輪山の縁を抜けると、列車はカルデラ内の平原をひた走っていく。


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巨大な「穴」の中なので、周りは本当に山しかない。
進行方向左側には外輪山が立ち並び、右側には阿蘇山の本体である阿蘇五岳が見える。



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平原を走り抜け、街中に入ると列車は宮地駅に到着した。駅舎は社殿風になっている。
次の豊後竹田行きの列車が出発するまで、約50分の滞在時間がある。
駅前は特に何もないが、駄目もとで携帯ショップを探してみることに。

半ば諦め加減でトボトボ駅前を出ると、駅前道路のすぐ横にソフトバンクのショップがあった。
ええーーっ!?駅から歩いて数十秒のところである。
すがりつく思いで店内へ。事情を説明すると店員さんはすぐに原因を調べてくれた。
ガタがきているのか、単なるICカードの接触不良だという。
クリップを使ってカードを取り出し再びはめ直すと、無反応だった僕の携帯は何の問題もなく復旧。
手厚くお礼を言うと店員さんは照れ笑いして、万が一にとさっきのクリップをくれた。


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気を取り直して、再び駅構内に戻る。
駅周りは何処かしこも山だ。巨大な壁の如く聳え立っている。



・豊肥本線 [宮地~豊後竹田]
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宮地からは人家や道が皆無の山岳地帯を通っていく。普通列車は一日5往復しかない。
この区間は、昨年7月に起こった集中豪雨の被害が最も激しかったところだ。
復旧工事が完了したのは今年8月に入ってからで、一ヶ月早まって復旧となったらしい。


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豊後竹田行きの気動車は、乗客を数人乗せて発車した。
再び険しいカルデラの外縁を抜けるため、山沿いを大きく蛇行して高度を上げていく。



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長いトンネルを何度もくぐり抜け、全長約2kmの坂の上トンネルに差し掛かるときだ。
ほんの一瞬だが、車窓左側に阿蘇カルデラ一望を見渡すことができる。
世界有数の大きさを誇る阿蘇カルデラだが、
その凹地の中に町があり鉄道が引かれているというのは全世界でも本当に稀なのだという。
よくよく考えてみればすごいことである。

坂の上トンネルを抜けると、九州内では最高地点の駅である波野へ。波野からはずっと下りだ。
約9万年前の超巨大噴火によって堆積した火砕流大地の上を駆け下りていく。
やがて、波野から約30分で終点の豊後竹田に到着となる。



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列車を降りると、合唱団による「荒城の月」のメロディが流れだした。
ここ竹田を故郷とした音楽家の滝廉太郎が、近くにある岡城をモチーフにした曲だ。
駅裏は切り立った崖になっており、駅構内に響き渡る「荒城の月」と相俟って奥ゆかしい雰囲気である。

駅舎も見たいが気力がなくなってきたので、大人しくホームでじっと次の列車を待つ。
それから10分ちょっとで大分行きの気動車が入線してくる。ドアが開くと座席はすぐに埋まった。



・豊肥本線 [豊後竹田~大分]

この区間は大野川にぴったり沿って進んでいく。大分まで約1時間半の道のりである。
日が暮れるともに、一旦止んでいた雨が再び降り出し始める。
混雑してきたのでろくに写真も撮らず、本を読んでいるうちにぐっすり眠り込んでしまった。

そのまま一度も起きることなく、終点到着寸前で目覚める。外はもうすっかり真っ暗だ。
雨は止む気配がなく、むしろ勢いを増している


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やがて19時過ぎに、列車は終点の大分へ到着した。
不安定な天候の中、三角線に続いて豊肥本線も無事完乗。少し余韻に浸りながら駅前で一服する。


豊肥本線は、他と比べても手堅くしっかりとした旅情を感じる路線だった。
大げさに言えば、路線そのものが一大スペクタクルのようだ。
町を抜け山を上り、巨大な火口の底を走って人気のない山岳地帯を抜けると、川に沿って平地へ下りていく。
特に立野駅からのスイッチバック区間で見られる広大な車窓は、今回訪れた九州の路線の中で一番のハイライトとなった。




これから、本格的な復路となる。明日から二日で東京に帰らなければならない。
大分からどういう経路を辿るのかというと、まず日豊本線に乗って数駅隣の別府に向かう。
別府からはフェリーだ。宇和島運輸フェリーの夜行便に乗って四国の地を目指す。
四国に上陸したら、予讃線を辿って東に進む。途中で松山に立ち寄る予定だ。

無論、復路だからといって特急に乗ったりするつもりはない。心底心配なのは、明日直撃する台風だ。
予報だと、明日の午後には四国付近に到達するということになっている。運休は避けられないかもしれない。
しかし個人的には、計画したルート通りに行けるところまで行きたいという思いがある。
もう駄目だとわかったらそこで潔く諦めるつもりだ。



・日豊本線 [大分~別府]
Evernote Camera Roll 20131003 152736(2)

大分から日豊本線に乗って別府へ。
すっかり腹が減ったので、駅から少し歩き地元で人気のお食事処「とよ常」に立ち寄る。
名物の特上天丼を注文。これだけ盛られて値段は何と730円。昔はもっと安かったらしい。

満腹になった後、近くのバス停で駅前から来る大分交通の路線バスを待つ。
しばらくして、50系統・APU(立命館アジア太平洋大学)行きの最終便がやってきた。
途中の別府交通センターで降りると、すぐ近くに宇和島運輸フェリーの乗り場がある。



・宇和島運輸フェリー [別府~八幡浜]
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出航時間より少し早く着いたせいか、フェリー乗り場には全く人がいない。
さっそく受付で乗船手続きを済ませる。四国側の乗り場は駅から結構離れているみたいだ。
「若いんだから大丈夫、大丈夫!」と気さくな受付の人に後押しされる。まあ、何とかなるだろう。

どしゃ降りな雨の中、くたくたになったリュックを持ってフェリーに乗船する。
旅客のほとんどは、僕とほぼ同世代だと思しき人々だ。


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真夜中0時前にフェリーは定刻通り出航。始めて訪れた九州の地が少しずつ遠ざかる。
八幡港に着くのは午前2時35分、到着後も早朝5時半まで船内で仮眠が可能だ。

ここからは、もうほとんど賭けといっていいかもしれない。
雑魚寝スペースに寝転がって、付箋や書き込みだらけになった時刻表を開く。
明日の経路を一通り確認した後、かろうじて午前中だけ天候がもってくれと運を天に任せて眠りについたのだった。

2013/09/27 | 西日本横断紀行


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