鈍行列車一人旅

よく電車とバスに乗って旅してます。鉄分多めの旅ネタが主。
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鶴見線の旅

「大都会の中のローカル線」

[2013/4/13]

北海道の旅からまだ一週間しか経っていないが、早くも次の旅を計画する。
とはいえ何日も休みをとる余裕はもうないので、通学帰りにどこか手短に行ける場所を探してみる。
それで、まず思い立ったのが鶴見線だ。
定期圏から30分ぐらいで行けるので、早速ダイヤをチェックして行ってみることにした。

夕方、京浜東北線に乗って鶴見へ向かう。
鶴見駅に到着し、ホームの階段を上がってすぐ横のところに鶴見線の改札があった。
205系3両編成での運転だ。平成生まれの自分にとって、205系は正に電車の基本イメージみたいなものである。
特に物珍しくもないので、さっさと列車に乗り込んだ。


・鶴見線 鶴見~海芝浦

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運河沿いをゴトゴト走り、やがて列車は終点の海芝浦駅に到着した。
ホーム脇はすぐ海になっている。
この駅は東芝の敷地内なので、一般客は駅から一切出ることができない。

ここまで片道僅か10分ほどの道のりであった。
旅というには短すぎるかもしれないが、実際終点に着いてみると他とは全く違う非日常感に溢れていて面白い。



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対岸に大きなコンビナートや首都高の橋が見える。
夜になると夜景も綺麗らしい。



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折り返しの列車に乗って、今度は鶴見線のもう一つの見所といわれる国道駅で降りた。
昭和初期に開業・建設されたこの駅は、今も改築が一切行われていないため当時の面影がそのまま残っているのだという。



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駅構内へ降りると、見れば見るほど独特な薄暗い空間が現れた。
高架下がそのまま通路になっているのだが、まるでここだけ時が止まってしまったかのようである。



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立脚はアーチ状になっていて、いかにも当時の雰囲気といったつくりだ。
まだ外は明るいのだが駅構内はかなり薄暗く、年季を帯びたコンクリートの床が鈍い光沢を放っている。



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改札付近だけは蛍光灯があるので明るい。無人駅だが、古い木製の改札口が今も残されている。
よく見ると、ホームに向かう階段と立脚が上手く入り組んでいて面白い。
改札を出てすぐのところに焼き鳥屋が一軒あった。



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灯りも未だに昔ながらの裸電球が使われている。
剥き出しの姿がかなり生々しく、戦前にタイムスリップしてしまったような気分になる。



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外から駅入口を見る。
中は濃密な闇に支配されていて、まるで別世界との境界のようである。



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壁面には、第二次大戦中に受けた機銃掃射の跡が残っている。
コンクリートは朽ちかけており、防護用にネットが張られている。
未だにこんなものまで残っているのがすごい。



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通路両端の2つの入口の他、通路脇に細い抜け道が一つあった。
果たして、これが駅の入口だと言われて俄かに信じる人はいるだろうか。
通路横の部分はかつて住居として使われていたらしいが、今は人のいる気配は全くなく半ば廃墟と化している。



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散々探索した後、国道駅から歩いてすぐのところにある京急の花月園前駅に向かった。
あとは京急に乗って品川まで行き、そのまま帰路へ着く。
総じて1時間強の短い旅だったが、圧倒的な非日常感とタイムスリップ感を体感できた。

ディープでマニアックな鶴見線といわれるが、何だかんだいって実際に訪れてみると他には見られない発見があって面白い。
個人的には、国道駅の醸し出す雰囲気が圧倒的だった。
駅周りはありふれた住宅街であり、その異空間ぶりがやたら際立っていたのである。
(完結)
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2013/05/01 | 首都圏在来線

SLみなかみ号の旅

「水上散策 1/3 (高崎~水上)」

[2013年5月6日]

初めてのSL乗車から、早くも一ヶ月が経った。前回のSLばんえつ号の感動は未だ冷めやらない。
GWは専らバイト三昧だったが、せっかくだし連休最終日だけ出かけることに。
この日、再びSLに乗りに行くと決めていた。それも念願の旧型客車牽引だ。
僕は旧型客車に乗るのは初めてである。

朝7時半に自宅を出て、武蔵野線、埼京線と乗り継ぎ、一旦大宮へ向かった。
大宮からは快速列車のリゾートやまどり号に乗車し、10時40分過ぎに高崎へ到着。
ここから約2時間、SLみなかみ号に乗って水上を目指す。


・上越線[SLレトロみなかみ号] 高崎~水上

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快速やまどり号を降りると、ホーム向かい側にSLみなかみ号が停まっていた。
前回乗ったばんえつ号のC57とは打って変わり、C61は大型でダイナミックな姿をしている。
C57が優美な「貴婦人」なら、こちらはさながら威風堂々たる「騎士」といったところだろうか。



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例によって近づいてみると、むわっと熱気が漂う。
SLは生き物なのだと手堅く実感する。



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今回乗車するのは6号車のスハフ32形だ。
現在営業運転されている中で日本最古といわれるこの客車は、他の1~5号車の客車よりも常に人気がある。
水上行きだと、このスハフ32形が先頭車になる。



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スハフ32型の車内。床は木の板張り、壁はニス塗りである。
何から何まで木製でつくられていて、今となっては骨董品のような存在だ。
深みのある青で統一された座席との対比が美しい。



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中間の2~5号車は、オハ47形とスハフ42形が使用されている。
また1号車は荷物合造車のオハニ36形で、床は板張りではないが車内はニス塗りの壁だ。
車内灯も白熱灯のままになっているので、スハフ32形ほどではないものの昔ながらの雰囲気が残っている。



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盛大に汽笛が鳴り響き、列車は定刻通り高崎駅を発車した。



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スハフ32形で一番印象的なのが、等間隔に配置された狭い窓だ。



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ほどなくして列車は隣の新前橋駅に到着。
そして数分後、物凄い勢いで黒煙を巻き上げながら発車した。
先頭車で窓も全開なので煙が思いっきり入ってくる。これが所謂「サービス煙」だろうか、すごい迫力である。



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今日は割と天気がよく、車内も至って穏やかな雰囲気だ。



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車窓はのどかな風景が続く。



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新前橋から20分後、列車は渋川駅へ到着した。
ここでは機関車の点検のために約30分停車となる。



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基本的に子供連れの方々が多いのだが、自分みたいに同世代でSLに新しい魅力を感じて乗車しにきた人も見かける。
意外にも年齢層の幅が多いのである。



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運転室を覗いてみる。剥き出しのバルブと計器類が見える。
膨大な各部品はあるべきところにあるという感じで、まさに熟練の世界そのものだ。



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スハフ32形の車内には昔の地図がそのまま残されていた。



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渋川からは、利根川沿いを縫うようにして進んでいく。窓を開けられるのも旧型客車の魅力だ。
入ってくる風が最高に気持ちいい!



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これからトンネルを抜けるので窓を閉めて下さいとのアナウンスが入り、乗客は一斉に窓を閉め始める。



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トンネル内では、ほんの一瞬ではあるが、まるで昔の夜行列車のような雰囲気が味わえる。



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山がどんどん深くなってきた。
上り勾配が多くなり、機関車はガッシュガッシュと力強い音を立てて進んでいく。
電車よりも圧倒的に遅いのに、ものすごい迫力である。



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遠くに、これから見に行く「魔の山」谷川岳の姿が見える。
見に行くとはいっても山の入口から岩壁を眺めるだけだが、圧倒的な絶景だと聞いている。



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水上近くになると、列車は利根川のすぐそばを走る。
川を下っていくカヌーの人達が、こちらに向かって手を振っていた。



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やがて、列車は定刻から少し遅れて終点の水上駅に到着した。
向かい側では、今流行りのゆるキャラ「おいでちゃん」が出迎えてくれる。
ホームに降り立つとSLは早々に切り離しされ、転車台の方へと向かっていった。



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今回乗車したスハフ32形を外からじっくり眺めてみる。
豪華絢爛なばんえつ号とは異なり、正に昔ながらの汽車旅の感覚を味わうことができた。
帰りも勿論スハフ32形に乗る予定だ。



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ぶどう色の旧型客車がずらりと連なる。そもそも、こうして現役の旧型客車を間近に見るのは初めてだ。
いつしか吊掛けの旧型電車も乗りたいのだが、今はほとんど見かけないのが残念だ。



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留置線で佇むC61。帰りのSLが出発するまで約3時間ある。
その時間を使って、日本一のモグラ駅で有名な土合駅と、日本三大岩壁の一つといわれる一ノ倉沢を見に行く(余裕があれば湯檜曽駅も見る予定)。


駅前でレンタサイクルを借りて、いざ出発!
しかし、片道12㎞の山道は想像以上に過酷だった。
(詳細は次の記事にて記載)
ここから以下は帰りのSLの乗車記録である。




・上越線 水上~渋川

それから色々あって、悔しくも帰りのSLに乗り遅れてしまった。
急いで改札を通ろうとしたときに汽笛が鳴り、列車は目の前で行ってしまった。
もう空しくてしょうがなかったが、このままでは終われない!

事前に渋川駅でSLが普通列車に追い抜かれることは知っていたので、後に来る普通列車に乗ってSLを追いかけることに。
渋川から再びSLに乗車し、新前橋で降りて見送りをするつもりである。


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SLみなかみ号が去ってから約30分後に、高崎行きの普通列車が到着。
115系で、今となっては貴重な湘南色だ。
スカ色の電車はよく乗っていたが、湘南色の電車はほとんど乗ったことがない。
これはこれで結果オーライだ。



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発車してすぐに、天気雨がポツポツ降り始めた。しばらくすると車内がざわつき始める。
窓を見ると、遠くで虹が緩やかに弧を描いていた。



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列車は至って順調に進んでいく。さっきまで空は雲に覆われていたが、ここにきて急速に晴れ始めた。
やがて、列車は定刻通り渋川駅へ到着。ホーム向かい側にみなかみ号が待機している。
とりあえず、何とかSLに間に合うことができたのでよかった!


・上越線[SLレトロみなかみ号] 渋川~新前橋


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渋川からは再びSLに乗って、新前橋へと向かう。
車内はどこも空いているが、大人しく自分が取った座席へ座った。
行きの座席のちょうど向かい側である。



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行きは賑やかだったが、帰りの車内は静寂に包まれている。



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カーブ越しに見えるSLは、やっぱりかっこいいなと思う。



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あともう少しで新前橋に着いてしまうが、これ以上とないほど至福の時が流れていた。
空はもうすっかり晴れていて、傾きかけた日が心地よく車内へ入ってくる。



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やがてあっという間に、列車は新前橋駅へ到着した。



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SLを見送るため、ホーム向かい側の端へ移動する。



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間もなく発車のアナウンスが流れる。
こうして、外から発車の瞬間を見るのも初めてだ。



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今、万感の思いをこめて汽笛が鳴る。



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機関車はゆっくりと、しかし着実に加速していく。



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心に残る素晴らしい旅をありがとう、SLみなかみ号!



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列車は行ってしまった。C61のダイナミックな姿、旧客の魅力、先頭車で聞けるSLの走行音、そして最後の見送りと、
どれも初めてなだけに感動的であった。

新前橋からは両毛線に乗ってまず伊勢崎まで行き、伊勢崎から東武線に乗って北千住へ向かった。
そして、いつも通り常磐線に乗って自宅最寄り駅へ。
C61も良かったが、また今度来る時は、もう一方のD51牽引の日に乗りに来ようと思っている。

2013/05/07 | 水上散策

魔の山の大岩壁、一ノ倉沢へ

「水上散策 2/3 (水上~一ノ倉沢)」

[2013年5月6日]

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SLみなかみ号の終着駅である水上駅は、群馬と新潟の県境に聳える三国山脈の手前に位置している。
ここ水上駅から、車以外で谷川岳の一ノ倉沢の岩壁を見に行くにはいくつか方法があるようだ。




①上越線の普通列車に乗って2つ隣の土合駅で降り、そこから国道を約4km歩く。
②一時間ごとに出ている路線バスに乗って谷川岳ロープウェイ駅まで行き、そこから国道を約3km歩く。
③専ら徒歩で、水上駅から国道をトータル約12km走破する。

まあ、正直言って③は現実的ではない。①や②だと、帰りのSLに間に合わなくなる。
そこで、レンタサイクルはどうかなと考えた。自転車なら普通に行けそうな距離だ。
調べてみると、水上駅周辺に無料でレンタサイクルを貸し出ししている所が数ヶ所あるらしい。


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ということで、早速レンタサイクルを借りに行く。しかし、3時間で戻って来られるかちょっと不安だ。
片道約12kmなので、普通のペースで行けば片道50分ぐらいで行けるだろうか。

駅から数分でレンタルの店に着くと、ギアのないシティサイクルがずらっと並べてあった。
他に何かないか探してみると、端のほうにいい感じのスポーツサイクルが一台だけ置いてある。
これなら間違いない!と思い、すぐにそのスポーツサイクルを借りて出発した。



・国道291号線 [水上駅~一ノ倉沢]
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水上駅前から国道291号線に出る。あとはこの二車線の国道を突き当たりまでひたすら進んでいくだけだ。
早速道はすぐ上り坂になる。急ぐと無駄に力が入るので、あくまでも冷静にペダルを漕いでいく。



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水上駅前を出て15分後に、隣駅の湯檜曽駅前を通過する。
そして湯檜曽駅を少し北へ行ったところに、上越線上り線の鉄橋がある。
この先はループ線になっていて、湯檜曽駅の上りホームからは列車がループを降りてくる様子を見ることができる。



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さらにそこからもう少し進んだところには、旧湯檜曽駅の入口がある。
上越線がまだ単線だった頃に使われていた駅で、複線化の際に現在の場所へ移転したらしい。探索してみたいが、どうも中は廃墟同然となっているらしいので今回はスルーすることに。



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旧湯檜曽駅入口近くにはバス停があった。年季の入ったコンクリート造りの待合室がいい味出してる。



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温泉街を通り過ぎ、湯檜曽川のすぐそばに沿って北上する。



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山道が少しずつ険しくなってきた。



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しばらくするとスノーシェルターがあり、くぐり抜けるとすぐに谷川岳ドライブインと土合駅が見えてくる。
体力温存も兼ねて、駅構内は帰り際に探索することに。



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土合駅前を通過すると、国道は大きく右へカーブし上越線の線路を跨ぐ。



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線路はすぐ土合駅の先で清水トンネルに入る。
大正11年に着工し昭和6年に開通したこのトンネルは、当時日本最長であったという。
川端康成の小説「雪国」の冒頭で、このトンネルを抜けたときの情景が描かれている。



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土合駅を過ぎると、道は一際険しくなる。
急坂を上っていくと、すぐさま眼下に土合駅全景が見渡せる。
駅周りは何もなく、人里離れた山の中にあることがわかる。



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ロープウェイ駅近くまで、ヘアピンカーブと急勾配が連続している。
ヘトヘトになってきたが、無心でひたすらペダルを漕いでいく。



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水上駅から国道を辿ること約8kmで、谷川岳ロープウェイの駅に着く。
ここ土合口から標高約1300mの天神平までを10分程で結んでいる。




ロープウェイ乗り場を過ぎるとすぐ、道は冬季車両通行止めの区間に入る。
ここから突き当たりの一ノ倉沢まで、狭い未舗装の道が崖に沿って約3km続く。



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息を切らしながらも、粘り強く進んでいく。水上駅前から出発して既に1時間以上経っていた。
そろそろ着くのではないかと思っていたところで、道が左に大きく曲がる。
そして、その左カーブを曲がりきったところで、有無を言わさぬ圧倒的光景が眼前に現れた。



・一ノ倉沢
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視界の全てを遮るのは、標高差約1000m近くある切り立った岩壁だ。
穏やかさなどとは程遠い剥き出しの山の姿は、近づき難くも飲み込まれるような魅力がある。
遭難死者の数でギネス認定されている谷川岳だが、
亡くなられた方の大半がここ一ノ倉沢の岩壁登攀での滑落事故によるものなのだという。

壮厳な景色に見入っていると、先の登山道から屈強な登山家と思しき方がやって来た。
話を聞いてみると、昔は岩壁の前にクライマーの行列ができてたとか、毎週一人は岩壁から落ちて亡くなっていたとか、
当時の生々しい実情について詳しく話してくれた。



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いきなり岩壁の方から、ゴロゴロゴロと地鳴りのような音がし始めた。
よく見ると、崖の凹みに沿って解けかけた雪が流れている。
数ヶ月前にもあの辺りで滑落して亡くなられた方がいるのだという。
美しい風景だが、つくづく恐ろしい場所だと思う。



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ロッククライマーの方に色々話を聞かせて頂いた後、岩壁に向かって一礼しその場を立ち去った。
次は土合駅の探索だ。再びペダルを漕ぎ、急ぎ足で土合駅へと向かう。
この時点で既に予定の時間からかなり遅れていたのだが、帰りのSLを諦めたくはなかった。

素晴らしい絶景の前では、細かい時間の経過なんてどうでもよくなってしまう。
見てるだけで飲み込まれるような魔の山の大岩壁は、圧倒的な威圧感とともに、
飲み込まれていった若きクライマー達の想いが迫ってくるようであった。

2013/05/08 | 水上散策

日本一のモグラ駅

「水上散策 3/3 (土合~湯檜曽)」

[2013年5月6日]

上越線は、水上以北はしばらく山の中を突き進むため過疎区間になっている。
そのため水上から越後中里までの区間は、一日僅か5~6本しか列車が来ないのだ。
土合駅は水上から2つ隣の駅だが、途中下車するにはかなり不便である。


・土合駅[上越線]

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一ノ倉沢から山道を急いで駆け降りること数分、再び土合駅前にやって来た。
駅舎は三角屋根のこじんまりとした佇まいだ。



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入口に「日本一のモグラえき」と掲げられている。この駅は、上りと下りのホームが恐ろしいほどに離れている。
上りホームは地上にあるが、ここから地下深くある下りホームへ行くには実に500段近い階段を降りなければならない。
高低差は80m、ホームに行くだけで片道10分かかる。



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各ホームへの分岐から狭い通路を進んでいく。



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しばらく進むと、シェルター状の通路は国道の上を跨ぎ、山の腹に突き刺さる形でトンネル内へと続く。
途中で、列車のトンネル侵入による突風を防ぐための風除けが設けられていた。



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トンネル入口にたどり着く。地底まで462段の階段が行く手を阻んでいる。
こうして実際に覗いて見ると、本当に地の底まで続いてるのではないかと思うほどだ。

これは、、、想像以上にヤバイ。簡単には戻って来れないだろう。
降りるのは諦めてすぐ水上へ戻ろうかとも思ったが、ここまで来たからにはもう行くしかない。
ほんの数秒で体を軽くほぐしてから、意気揚々と地底に向けて突入した。



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階段を快調に降りていく。
将来エスカレーターを設置する予定だったらしく、階段脇にはそのスペースが残っている。
さっきのクライマーの方が言っていた通り、それほど昔は賑やかな場所だったのだろう。
 


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半分ぐらい降りたところで早くも足が笑い始めた。
ちょうど中間地点のところにはベンチが設けられているのだが、
こんな辺ぴかつ薄暗いところで一人座って休む気にはとてもなれない。



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息を荒立たせながらも、何とかそれなりのペースを保ったまま降りていく。



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やがて、5分足らずで下りホームに到着した。



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下りホームは、長大な新清水トンネルの中に位置している。
数年前まで待避線があったが廃止され、その待避線の上に新しいホームが設けられている。



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旧ホームは立ち入り禁止となっているが、ホーム自体はそのまま残っている。
上越新幹線が開業する以前は、長大編成の列車がひっきりなしに行き交っていたのだという。



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ホーム端には小さな待合室とトイレがあった。
事務室もあるが、さすがに誰もいない。



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一通り観察した後、再び階段を登る。



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地上の出口は、遥か彼方にあった。



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階段を登り始めると、早々に足が悲鳴を上げる。しかし、出口はまだまだ先だ。
誰もいないので、格好など気にしないで済むのがよかった。



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少しずつ、出口が近づいてきた。



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あと、もう少し!



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462段の階段を登りきり、無事地上へ到達した。ところどころにある気の利いた案内に励まされ、先を急ぐ。
ドアの向こうに映っているのは自分とほぼ同世代だと思われるカップルで、
まるでゾンビか何かのように足を引きずっている自分を変な目で見た。
まあ、彼らも数分後にはこうして地獄を見るのだろう。



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想像以上にすごいところだった!
次は湯檜曽駅へ向かう。まだ、帰りのSLの出発時刻にかろうじて間に合う余地はあった。



・湯檜曽駅[上越線]

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土合駅から再び山道を駆け下り、隣の湯檜曽駅へ到着。
もう時間がないので、トンネル内にある下りホームだけ見て立ち去ることに。



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ホームの入口に入ると、冷たく張り詰めた空気が流れ込んできた。



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土合駅とは違って階段はない。ほぼ高低差のないままホームへたどり着く。



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湯檜曽駅の下りホームは、トンネルの入口付近に位置している。
無人駅で人っ子一人いない。



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地下水が流れる音と自分の足音だけが、無機質な空間いっぱいに響き渡る。



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ろくに観察もせず、一通り写真を撮っただけで駅を出た。
SLが出発するまで残された時間はほんの僅かだったが、潔く諦めることもできず急いで山道を降りていった。

土合駅も湯檜曽駅も、凄まじい異空間ぶりを放っていた。
人気のなさはともかく、ホームが剥き出しのトンネル内にあるので圧迫感が半端ではない。
また、ホームの異様な長さは当時の賑わいぶりを偲ばせるものだった。
(完結)
2013/05/09 | 水上散策

真岡鉄道のSL

[2013/5/12]

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僕は幼い頃から既に鉄道好きだったみたいで、休日になると線路脇や博物館など色々連れて行ってもらってました。
それでとある休日に、祖父と当時復活したばかりの「SLもおか」に乗りに行く予定を立てたらしいです。
しかし父が言うには、乗車する日直前になって自分が風邪を引いてしまったため、
やむなく祖父と祖母だけで乗りに行ったとのこと。



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物心ついてなかった頃なので全くもって記憶にありませんが、もう20年近く経つのか、
その当時祖父と乗るはずだった「SLもおか」の勇姿を見に、僕は遠くから車を走らせ下館駅へとやって来ました。



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今回はSLには乗車せず、遠くから走行風景を撮ってみます。
非電化路線で架線がないので、写真は全く素人の自分でもいい感じに撮れるんじゃないかと思いました。
一眼レフは持ってないし、いつも愛用のパナソニックのデジカメ(LX2)を使います。


起点の下館駅から少し線路を下ります。撮影ポイントについては、簡単にどこに何があるか調べた程度。
適当な場所で路肩に車を止め「ここだな」とピンときた場所でカメラを構え、SLがやって来るのを待ちます。



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遠くから汽笛の音が聞こえ、やがて間もないうちにSLがゆっくりとした足取りでやって来ました。



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のどかな田園の中を走り抜けていきます。



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デジカメで接写するのは難しいですね。



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5月の新緑の中をひた走るSLの姿は、ただ眺めているだけで気持ちがいいです。



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久下田駅を発車。



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優雅な触れ込みのJRと比べて、何の変哲もない素朴な感じがいいですね。



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下館に戻ったSLもおかは、ディーゼル機関車に引っ張られ真岡の車庫に帰っていきました。



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初めて来たのに、何か懐かしくてしょうがありませんでした。
幼い頃、こうして線路際でよく電車を眺めていたのを思い出します。
天気は終始穏やかで、田んぼの水面に映る青空と列車の姿が美しかったです。

札幌市営地下鉄 3000形

[2013/5/22]

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僕の生まれ故郷の札幌には、ゴムタイヤ式地下鉄という珍しい運行方式の地下鉄があります。
幼少時代までは札幌に住んでいたので、家族と市の中心部へ出かけるときによく利用していました。
最寄りの南北線は開業から既に40年経っていて、地下鉄としてはかなり古くからある路線です。

札幌市営地下鉄南北線の車両は、現在の主力車両5000形の他に、
開業当時から活躍した2000形と後に延伸開業と合わせて登場した3000形があります。
増備目的で製造された形式で僅か5編成しか存在しませんでしたが、幼い頃は寧ろ2000形よりも乗ってた記憶があります。
そうして奇しくも自分の幼少時代を飾った3000形ですが、遂に2012年3月に引退となりました。


[2009年8月28日]

最後に家族揃って札幌に帰省したのは2009年の夏。
その帰省の最終日、僕は南北線を訪れ元々数少ない3000形を狙いにいきました。
ホームで待ち続けること数十分、結局主流の5000形しかやってこないので半ば諦めかけていたところ、
あの例の「緑色の乗車位置の放送」が流れ始めました。


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「次の一番ホーム、真駒内行きにお乗りの方は、緑色の乗車位置でお待ちください」


沿線に住んでいる方は間違いなく聞いたことがあるはず。
放送が流れると皆そそくさそうに立ち位置を変える、あの乗車位置の放送です。
確か5000形がデビューしたばかりの頃は「青色の乗車位置の放送」もありました。

数分後、待ちに待った3000形が入線してきました。
2000形・6000形に始まり、3000形は札幌市営地下鉄らしさを濃厚に残す最後の車両形式だったと思います。
あと昔の雰囲気が残るのは、東豊線の7000型初期車ぐらいでしょうか。



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当時既に東西線にはホームドアが設置されていたので、
そのうちすぐに南北線にもホームドアが設置されるだろうという予測がありました。
新型5000形とドア位置が異なる3000形は近いうちに淘汰されるだろうし、
3000形を拝めるのはこれで最後になるかもしれない、と。

それで思わず、真駒内駅で写真を撮りました。記録には記事上にアップした5枚しか残っていません。
結局この時を最後にして、3000形は見納めとなってしまいました。
もっと撮っとけばよかったと、今になって後悔しています。



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クラシカルな塗装、大型の車体、独特の連接構造、タイヤハウス、凝った柄の化粧板、
網棚のない車内、六角形の貫通路、冷房代わりの風鈴、各編成ごとに異なるブザーの音。
もう何から何まで個性の塊のような札幌の地下鉄車両ですが、これらの特徴は主に旧型車両においてのものです。
ただ、一部の意匠は新型車両の5000形や8000形にも受け継がれており、強烈な個性は今も相変わらず健在しています。




「札幌市交通局3000形 走行音」

3000形の面白いところは、他の車両と比べてモーターの音が桁違いに大きいことでした。
かなりの爆音で、幼い頃は3000形がやって来るとびくびくしていた記憶があります。
発車時の重低音と加速時の甲高い唸りが、僕は昔から好きでたまりませんでした。



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去年の3月に引退した3000形。引退セレモニーは大盛況だったらしい。
2008年に引退した東西線の6000形と比べ、3000形は非常に地味な存在でしたが、
意外に好きな人が多かったのかもしれませんね。

2013/05/22 | 地下鉄/新交通

鉄道博物館探訪

[2013/5/30]

今更ながら、2007年に新たにオープンした大宮の鉄道博物館へ初めて行ってきました。
オープン当時は各メディアが一斉に取り上げたこともあり凄まじい混雑ぶりだったらしいですが、今はそうでもないとか。
ただこの日は幼稚園の子供達が見学に来ていたので、館内はとても賑やかでした。


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メインの車両展示エリアでは、あらゆる時代に活躍した車両がところせましと並んでいます。
子供の頃、秋葉原の交通博物館にはよく遊びに行きました。
なのでここに展示されている車両は過去に見たはずですが、幼い頃のことなので全く記憶にないのが残念です。

今の味気ない電車と比べて、往年の名車はデザインやロゴに何かしらのユーモアがあり、
人間臭さというかある種のファジーさを感じます。
そんな全36両の展示車両の中から、個人的に気に入った車両をピックアップしてみましょう。



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個人的に展示車両の中で一番印象に残ったのは、特急型電車の481系と181系。
通常型の485系や183系は今もよく見かけますが、
ボンネット型は数年前に最後の一編成が引退してしまったらしいですね。
国鉄「JNR」のロゴが、平成生まれの自分にはとても新鮮に見えました。



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481系の隣にあった急行電車455系。
最近まで常磐線北部で活躍していたみたいですが、これも既に全車引退しています。
高校時代に通学で毎日のように乗っていた常磐線の415系も、昔はこのような小豆色だったのだとか。



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旧交通博物館の入口前に展示されていた「夢の超特急」、新幹線0系の先頭部。
僕は新幹線の乗車経験が少ないのであまり親しみがないのですが、
この愛嬌たっぷりの顔にすぐ親近感がわきました。



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デンッ!と前面に据えられた団子鼻がかわいい。



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「超特急」が正式な種別だったなんて、知らなかった!(てっきり愛称だけかと思ってた)
ということは、「超特急ひかり」。素晴らしいネーミングだと思います。



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旧型国電のクモハ40形。半流線形の前面デザインが美しいです。



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クモハ40形の車内。戦前の標準的な通勤電車だったらしく、座席はロングシートでドアは片側3つとなっています。
そもそも、戦前で既にこういう電車が走ってたことに驚きます。
正に通勤形電車の元祖中の元祖ということでしょうか。



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戦後から活躍した旅客用電気機関車、EF58。
流線形のデザインが素晴らしく、見た瞬間に一目惚れ。
こうして実物を見るのは初めてですが、ファンが多いのもすごく頷けますね。



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北海道で初めて使用された機関車「弁慶号」こと、7100形蒸気機関車。
アメリカから輸入されたものらしく、昔の西部劇にそのまま出てきそうです。
まさに開拓時代のアメリカという感じ。
機関車に人名がつけられているのも、当時の欧米の慣習に従ったからだというのも興味深いです。



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機関車たちに囲まれてひっそりと佇んでいた、「国鉄最古の電車」ハニフ1形。
幼稚園の子供達は全く目もくれませんでしたが、こういったものが今も残されていることに感動。
車体は老朽化が酷く、少し動かしただけでも崩れてしまいそう。
製造から100年以上経っていて、今となっては見れること自体が奇跡のようです。



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屋外で食事スペースとして使われている、183系と189系。
今も臨時・団体列車で活躍していて、都内でもよく遭遇します。
約一ヶ月前にヘッドマークが変更されたらしく、
「とき」と「あさま」から、「わかしお」と「ビーチインBOSOわかしお」に変わっていました。

2013/05/31 | 沿線施設


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