鈍行列車一人旅

よく電車とバスに乗って旅してます。鉄分多めの旅ネタが主。
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冬の上越線を行く

「日本海北上紀行 1日目 (大宮~高崎~水上~長岡~新津)」

[2016/1/5]

数年前、中途半端に終わった旅のリベンジを兼ねて、胸中に温めていた計画がある。
「冬の日本海を鈍行で北上したい」。今までやろうとして結局やらなかった旅を今回は決行する。
出発地は高崎。高崎から鈍行を乗り継いで上越国境を越え、日本海を北上し、北海道へ上陸したい。

今回の旅はあまり捻りがないというか、ストレートなルート選定となった。
過去の重複区間も多い。まずは以下で全体の行程を概観していこう。




今回の旅の基幹ルートはこんな感じである。
「お前もソレか!」って言われそうだが、今年廃止されるはまなすと留萌本線に興味があって、
日本海を北上した後にはまなすに乗り留萌本線を目指す行程を練ることになった。
上越国境を越え日本海沿いを北上した後は、はまなすで北海道へ上陸し留萌本線の末端へ向かう。

・一日目:上越線→信越本線→羽越本線
・二日目:奥羽本線→五能線→津軽鉄道→五所川原~青森線→はまなす
・三日目:札沼線→ふるさと公園線→函館本線→留萌本線→留萌別苅線→留萌旭川線
・四日目:函館本線→札幌市電/札幌市営地下鉄→千歳線→石勝線(夕張支線)


一日目は上越線の鈍行を乗り通して長岡へ。長岡からは信越本線で新津へ移動し、羽越本線を北上する。
二日目は秋田から奥羽本線で東能代へ行き、五能線の鈍行に乗車した後、津軽鉄道を訪問。
津軽鉄道訪問後は五所川原から路線バスで青森へ移動し、急行はまなすに乗って札幌へ。
三日目は札幌から札沼線を乗り通し、バスと函館本線で深川へ移動。深川からは留萌本線の末端を目指す。

鉄道とバス合わせて経由する路線は10路線以上!想像以上に密度の濃い行程が出来上がった。

留萌本線の末端へ到達するのは三日目の午後だ。四日目は札幌探索と石勝線の乗り潰しに時間を当てる。
昨年の極寒北国紀行に続き、舞台となるのは雪国。万全の装備で挑みたい。
あとは、体力と粘り強さだけが全ての原動力となる。


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冬の日本海の厳しさを"眼で見て身体で体感しよう"ってのが、今回の旅のテーマだ。
廃止イベントとかさよならイベントとか、そういうの一切興味ない!つもりだったのに、
今から普通に行こうとしてるんだから笑える。
とりあえず、増毛ですぐに折り返さないのは出発時点で確定していた。

パンパンのリュックを背負い、早朝5時に自宅を出て高崎へ向かった。
上越新幹線の一番列車に乗って、7時前に高崎へ到着。総距離1500kmに及ぶ旅が幕を開ける!



・上越線 [高崎~水上]
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関東~新潟を結ぶ上越線。昔は大幹線だったこの路線が全通したのは、1931年のことだ。
上越線が開通するまで、関東~新潟間を鉄道で移動するには大まかに分けて二つのルートがあった。
高崎から長野を経由し新潟へ向かう信越本線ルートと、東北本線・磐越西線を利用するルートだ。
しかしどちらのルートも遠回りであり、多大な労力と所要時間がかかっていた。

関東~新潟間の鉄道の不便さを解消するため、上越線は建設された。1920年代に関東・新潟側ともに線路を延ばし、
1931年になると急峻な上越国境を貫く長大トンネル(清水トンネル)が開通し、全通を迎える。
全通後、上越新幹線が開業するまで優等列車が行き交う大動脈として栄華を誇ったのだった。

現在上越線は貨物としての需要はあるものの、旅客としての需要は衰退しており列車の本数も少ない。
7時10分発の水上行きは昔ながらの国鉄車だ。ドアは半自動だがボタンが無く、手で開けて乗り込む。
くたびれたボックスシートが並び、鉛色の床は色褪せていて傷だらけ。刻み込まれた年季と味が旅情を誘う。

この列車に乗って、まずは上越国境手前の水上へ向かおう。


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通勤時間帯なので、列車は始発の時点で満席だ。
そのうちの多くは行楽客で、外国人がボックスシートで楽しそうに話している。
高崎を出たところで日が上り、一駅一駅進むごとに乗客が増えていく。
新前橋を過ぎて平野を突っ走るうちに車内は満員状態となった。

吾妻線と接続する渋川から、上越線は少しずつ山岳路線的な様相を呈してくる。
渋川を出て利根川を渡ったところで山が多くなり、高度も上がってきた。
国道7号とともに、利根川と交差しながら山間を抜けていく。




沼田で一気に乗客が減ったが、まだまだ座席は埋まっている。
後閑を過ぎたところで上越線は本格的な山間部へ入る。
車窓に上越国境を形成する山脈が見えてきた。左手遠くに聳えるのは谷川岳だ。
古くからロッククライマーの聖地で、絶壁に挑む男の命を吸い取ってきた"魔の山"である。

利根川の脇を走り観光施設が多くなってくると、列車は終点の水上へ到着。
跨線橋を渡って長岡行きの鈍行に乗り換えた。



・上越線 [水上~長岡]
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水上から、上越線は上越国境を越えていく。ここから先、私は一度も行ったことがない。
国境を越える鈍行は平日だと1日5本のみであり限られている。
越後湯沢から先では本数が増え、北越急行の列車も一部乗り入れてるが、
上越線内を走る定期列車は鈍行のみでそれ以外に選択肢はないようだ。

8時24分発の長岡行き鈍行は4両編成で、さっきと同じくオンボロの国鉄車だ。
国境越えの車窓はどちらもボチボチらしい。私は進行方向左側の座席に居座った。


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定刻が来るとのっそり発車した。年季の入った音を立てて山の中へ入っていく。
この先で日本屈指の長大トンネルが待ち構えている。並行する新幹線は既にトンネルの中だ。
初めての国境越えなだけに、川端康成のあの一節を連想せざるを得ない。
トンネル手前で車窓を撮って頭に焼き付けた。




「新清水トンネル(全長13500m)」

谷間をソロソロ進んでいくと、列車は長大な新清水トンネルに入る。
新清水トンネルの中には二つの駅があって、トンネル入ってすぐのところで湯檜曽、
しばらく進んでから地中深くに設けられた土合がある。

上り線の駅は地上にあるが下り線はいずれも地中だ。



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湯檜曽を出ると速度を上げて闇の中を疾走し、地底に設けられた土合へ。
土合から先は上越国境直下を行く。真上には谷川連峰が連なっているはず。
しかし、長いトンネルだ。入ってから10分近く経っただろうか……
夜行列車にでも乗ってるような気分だ。

鈍行は何も語らない。やがて反響音が薄れてくると新潟側の出口へ出た。



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「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、本当だった。

トンネルを抜けて飛び込んできたのは、嘘みたいに深い雪景色。ドラマティックな国境越えに心が躍る。
川端康成の一節は今も通用するらしい。朝靄の山脈に神々しい何かを感じた。
下調べによると「群馬側の時点で雪が積もってることが多い」とのことだったが、
今年は暖冬で、遅れ気味の降雪が奇跡的条件を作り出したんだと思う。


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群馬側の車窓と比べると、とても10分前の景色とは思えない。
雪の白さにカメラの露出が追いつかなくなったので、すぐに調整する。
白銀の中を抜けると、スキーや温泉で有名な越後湯沢へ到着。ドッと乗客が増えた。




越後湯沢からはスキー場が点在している。上越国境を抜けてから黒雲が空を支配し始めた。
リゾート施設が多くなってくると上越国際スキー場前へ。雪はあまり積もってはいないようだ。
次第に車窓は田園に変わり、ただっ広い中をのんびりとひた走る。

北越急行と接続する六日町から先は住宅が乱立する近郊街だ。
ここに来て、予報通り雨が降り始めた。


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上越新幹線の線路が近づいてくると、列車は浦佐へ着く。
雨足が強まってきた。青空もすっかり鉛色だ。「日本海側へ来た」って感じがする。

只見線と分かつ小出で乗客が入れ替わる。終点まで30分をきった。
終点近くでも相変わらず山が間近に迫り、トンネルも抜けるから意外。
越後川口からは高度の高いところを走り、左手に蛇行する信濃川が見えた。


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近郊街の中を抜け、上越線は信越本線と合流する。
雪も見当たらなくなってきたところで、列車は終点の長岡へ到着した。
関東側は晴れていたのに日本海側は天気が悪いらしい。冷たい雨が降っている。

正直、上越線がこんな風光明媚な路線だとは思わなかった。絶景車窓の連続。
その素晴らしさを純粋な鈍行で体験できたことに有り難みを感じた。



・信越本線 (快速) [長岡~新津]
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長岡からは信越本線で新津を目指す。10時27分にやってきた新潟行きは三両編成の快速列車だ。
北陸新幹線開業前に走ってた豪華快速「くびき野」の代替なのは間違いない。
くびき野と同じ特急車にしなかったのは、新設特急「しらゆき」に対する格差付けと考えていいだろう。
どちらも特急車にしちまったら、絶対みんなこの快速を利用するだろうし。

のっぺりした平地を進むこの区間、列車は汽笛を鳴らしながらかっ飛ばして走る。
列記とした幹線だから結構な速度だ。車内は平日の午前中とは思えない混雑振りである。




雨降りしきる中を突っ走り、新津到着は11時12分。ここで列車を降りた。
駅構内にSLをフィーチャーしたステンドグラスがある。東口には鉄道資料館的な施設もあり、
至るところに"鉄道LOVE"を感じる駅だ。新津は"鉄道アイドル"も輩出したという。なんか色々とパネエな。

駅周辺を探索しようとしたがコレといったものがなく、雨も降ってるので駅前のコンビニに落ち着く。
新津駅前のデイリーには憩いのスペース(?)が設けられていたので、そこで弁当を食べることに。
ここから先は昼食を取れる時間がないので、今のうちに腹ごしらえしておく必要があった。


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新津駅は広大で、磐越西線の終点であり羽越本線の起点でもある。車庫に停まってるのは気動車ばかりだ。
ここから今度は羽越本線で日本海へ出ようと思う。羽越本線の道のりは意外と長く、
終点の秋田到着時には日が暮れてるはずだ。

適当に時間を潰した後、私は12時12分に発する新発田行きの鈍行を待った。
次回、羽越本線に乗って日本海沿いを北上し、終点秋田へ向かう!

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2016/01/12 | 日本海北上紀行

羽越本線を辿って

「日本海北上紀行 1日目 (新津~新発田~村上~酒田~秋田)」

[2016/1/5]

高崎から上越線で新潟へやってきた私は、正午前に鉄道要衝の新津へ到達した。
新津は羽越本線の起点だ。ここから同線を終点まで辿って、日本海沿いを北上したいと思う。

全長271.7kmに及ぶ羽越本線を通しで走る鈍行は存在せず、運行系統が完全に分断されている。
例外的な直通列車もあるが、デフォの運行系統で乗り通す場合は計4回の乗り継ぎが必要だ。
「新津~新発田→新発田~村上→村上~酒田→酒田~秋田」の順で、列車を乗り継いでいこう。


・羽越本線 [新津~新発田]
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新津~秋田へ結ぶ羽越本線は、日本海縦貫線の一角を担う重要幹線だ。
新潟~山形~秋田の三県を貫く路線で、建設は三県ごとに進められたことで知られる。
各県が線路を延ばし、県境を繋げて全通したのが1924年。他の幹線と比べると歴史は割と新しい。

羽越本線の中でも、新津~新発田間は取り残されたような閑散区間となっている。
白新線が新発田以北の羽越本線と一体になった運行形態を取っていて、主要ルートを形成してるからだ。
白新線経由の列車が乗り入れる新発田以北と比べると、この区間の列車は著しく少ない。

12時12分発の新発田行きは、定刻から20分ほど前にホームへ入ってきた。
本線とは名ばかりの単行気動車。当区間は電化されてるが、諸事情あって鈍行に限っては気動車が使われている。
羽越本線というと華やかなイメージがあったが、完全に寂れたローカル線の趣だ。
定刻が来ると、ディーゼルエンジンを唸らせて新津を出た。


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新津を出ると、まずはただっ広い田園を行く。見渡す限り、田園。
阿賀野川を渡ると人家が増えてきて京ヶ瀬に到着。水原では地元客がドッと降りていった。

水原を出、ガラガラになった列車は再び田園を突き進む。
新潟まで来ると地元の人の喋り方に訛りを感じるようになってきた。
津軽の方ほど訛ってはいないが、やっぱり東京人とは抑揚が違うようだ。


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ポツポツ人家が点在する田園を単行の気動車がひた走る。
ガラガラ唸る気動車はやかましい存在かもしれないが、私は気動車のワイルドな走りが好きだ。

この区間の車窓は至って素朴で平凡のようだ。
過去の栄光が其処かしこに残っていて、単行列車に対しホームはやたらと長い。
以前秋田から「あけぼの」に乗ったとき、夜中起きて眺めてた車窓がこの区間だった気がする。


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12時40分、列車は終点の新発田へ到着。たった30分弱の道のりであった。
実はここから先、鈍行の接続が良くない。次に来る村上行きは二時間近く後だ。
てことでやむを得ない手段だが、新発田から村上までは特急に乗って進んでしまおう。




「きらきらうえつ」も停車する新発田(しばた)は、羽越本線と白新線が乗り入れている。
旅出発まで、私はこの駅を「しんほった」と呼んでいた。漢字は難しくないくせに難読だ。
他にも「にいほった」とか「あらはつでん」とか珍回答が続出しそうな、独特の難読レベル。

「あんた今どこにいんの?しんはつでん?しんはつでんね!」「ちょっと待って、ここあらほっただよあらほった!」
珍回答で日常会話を妄想したらちょっと吹き出してしまった。普通に面白い。ウププ!



・羽越本線 (いなほ5号) [新発田~村上]
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新津~新発田間は完全にローカル線だったが、羽越本線の本領が発揮されるのは白新線と接続する新発田以北だ。
新潟発着の通勤列車や秋田方面へ向かう特急の他、米坂線の直通列車が入り混じる区間で、
羽越本線の中で最も繁華な区間である。列車の本数も新津~新発田間と比べると倍以上あるようだ。

新発田駅で待つこと10分ぐらいして、12時55分発のいなほ5号がやってきた。
全区間鈍行で乗り通したかったが、日が暮れるまで出来る限り先へ行きたいので、
ここばかりは特急に縋ろう。村上からまた鈍行に乗って北上すればいい。

いなほ5号は7両編成で、そのうち自由席車は後方の二両にあった。
新発田~村上間を自由席で行く場合は、普通運賃合わせて1090円が必要。
そういえばこの特急車、常磐線で走ってたやつだ。外観がちょっとオサレになってるじゃないか。


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車内は満席状態。乗り心地は快適でさっきの気動車とは比べ物にならない。
鈍行の質素な座り心地に慣れちゃってたのか、フワフワした座席が心地よくて眠り込んでしまう。
写真も一枚しか残ってない。出発前日バタバタしてたから瞼が重くて、特急の甘美な誘惑に負けまみた……

相変わらずの田園と近郊街を抜け、ハッとして眼が覚めると列車は村上に停車していた。
発車する間際、急ぎ足で列車を降りる。危ない、危ない。


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「大丈夫ですか??」「ハイ大丈夫です、すいませんでした!」

ドアが閉まるとほぼ同時に降り立った。
そして、超ギリギリで降りた私を労ってくれた車掌がグッジョブ過ぎた!
雪を浴びながら一人いなほ号を見送る。グッジョブ車掌の大いなる背中、しかと見届けたぞ。



・羽越本線 [村上~酒田]
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村上駅2番線に、13時35分発の酒田行きが停まっている。二両編成の国鉄気動車だ。
羽越本線は村上から先で電化方式が直流から交流へ変わるが、双方に対応した車両を用意できない事情から、
この区間の鈍行も例外を除き全て気動車で運行されている。列車の本数も極めて限られているようだ。

これまでは素朴な平野の中だったが、村上から先で羽越本線は日本海スレスレに出る。
景勝地や海水浴場が点在する区間で、日本海縦貫線の中でも最大の見せ所といえる。
風光明媚な景色とは裏腹に運行概況は厳しく、天気が荒れがちな冬は運休が頻発するという。

湿っぽい雪が降る中、列車はエンジンを唸らせて村上を発車した。
村上を出、三面川を渡り、隧道を抜ける。すると左手に現れるのは、荒々しい日本海だ。


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枯れきった日本海横手に国鉄気動車が行く。それもドコドコ唸りながらゆっくり走っていく。
ただそれだけなのに素晴らしいって思うのは俺だけか??
特急では味わえない旅の感覚だ。




日本海沿いをひたすら走って、今川では数分停車。対向から貨物列車が走り去っていった。
この辺り(桑川~越後寒川)は「笹川流れ」と呼ばれる景勝地が連なっていて、奇岩や絶壁が点在している。
羽越本線からでもその絶景を拝むことは可能で、「きらきらうえつ」が名物としてるのもここだろう。


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今川からも相変わらず日本海の脇を行くが、間もなくして笹川流れの絶景は途切れた。
村上で降っていた雪は、何時の間にか雨に変わっていた。


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深刻な眠気不足で再び眠くなってきてしまう。席を立って凌ごうとするがあまり効果なし。
大学入試直前、眠気を吹っ飛ばすために冷水ぶっかけたり頬を引っぱたいていたのを思い出す。
その場でやってみようと思ったが、やめた。公衆の面前でやれば変人マゾ確定だ。

あつみ温泉で列車は数分停車。僅かな観光客が乗り込んでくる。
車内はご覧の通りガラガラで、ボックスシートに一人一人居座ってる感じ。




延々と日本海沿いを走ってきたが、三瀬を境に羽越本線は内陸へ戻った。
ここから酒田までは平坦な景色が続くようだ。
日は既に暮れかけている。


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陸羽西線と合流すると、間もなく終点の酒田へ到着。
乗客を降ろした後、役目を終えた気動車はすぐに走り去っていった。

羽越本線の見所はこの先もあるらしいが、既に真っ暗。
東北の夕暮れは恐ろしいほどに早かった。まだ16時を過ぎたばかりなのに……!
大人しく跨線橋を渡って、ホームのベンチで秋田行きを待つ。



・羽越本線 [酒田~秋田]
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これまで気動車の区間が大半を占めたが、酒田から先で羽越本線の鈍行はようやく電車のみとなる。
全線通し鈍行の本数は1日9~10本で、新潟からやってくる特急も3本しかなくなる。
効率の良い接続も特に考えられてない。乗り継ぐ際は注意が必要だ。

16時31分発の秋田行きは二両編成のステンレス電車。座席はロングシートしかない。
定刻が来ると酒田を出て、日暮れの中をアクセル全開でかっ飛ばしていく。
由利鉄と接続する羽後本荘で学生が大勢乗り込んでくる。
乗り場に萌えラッピングの気動車が停まっていた。


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秋田、到達!!

18時20分、尻が痛くなってきた頃に終点秋田へ着いた。
若干強行軍となったが、コレで羽越本線は完乗。思った以上に長い道のりだった。
列車を降りた後はすぐに宿へ。出発前の疲労が残ってるので、今日のうちに十分な休息を取る必要があった。

今日乗り通して思ったのは、羽越本線は想像以上に鈍行の乗り継ぎが不便だってことだ。
行程を立てるのに手間がかかったし、一日のうちに効率良く乗り継ぐパターンは限られている。
新津~酒田間でデフォの運行系統を無視した直通列車(1日2本)を活用するのが、無難な攻略法かもしれない。


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日照時間が日本一短い都市、秋田。秋田美人説の根源は、多湿な気候と日照時間の短さから来てるらしい。
駅を出ると近くに美味そうなラーメン屋があったので、そこで腹ごしらえ。
たらふく食べた後、事前に予約してある宿へ向かった。

明日は五能線を突破した後、津軽鉄道に訪れる予定だ。五能線は数年前に乗り通していたが、
鉄道旅として中途半端に終わってしまったため、今回リベンジの計画を立てた。
リゾートしらかみが走らない日の五能線は、全線突破することも困難な超ローカル線と化すが、
秋田側から行く場合、全線通しで行ってくれる鈍行が一本だけある。コレに乗ることが明朝の絶対目標だ。

国鉄気動車が残ってるうちにやっときたかった"五能線リベンジ"!宿到着後は速攻で就寝した。
次回、東能代から五能線の鈍行に乗って、実質終点の弘前へ向かう!

2016/01/18 | 日本海北上紀行

五能線の旅

「日本海北上紀行 2日目 (秋田~東能代~深浦~鰺ケ沢~弘前)」

[2016/1/6]

早朝4時、私は取り付かれたように起床した。外はまだ真っ暗だ。
昨日すぐ眠りについたのが功を奏したのか、体力は十分に回復している。
天気も良好。奥羽本線の一番列車に乗るべく、さっさと支度を済まして宿を出た。

昨日がほぼ徹夜で4時起き、今日が4時半起きで、明日がはまなすの中で5時起きになると思う。
健康どころか寿命が縮みそうな起床時間の早さだ。俺は田舎の農夫か!
しかし秋田までやって来て後退は有り得ない。鈍行旅は前進あるのみだ。



「五能線全区間(東能代~川部)」

列車を一本でも乗り遅れたら旅程が破綻する。普段10分おきで来る千葉の電車とはここはワケが違う。
本数が極端に限られるローカル線は、のんびりした風情とは裏腹に旅程破綻の恐怖と隣りあわせである。
これから行く五能線なんて正にそうだ。朝の列車を一本乗り遅れたら日中のうちに終点まで行けない。
途中下車も困難。下車駅によっては8時間近くその場で取り残され速攻で試合しゅーりょー!だ。

7時37分発の東能代発弘前行きに乗る。コレが、今日五能線に突入する私の至上命題である。
宿を出てすぐ秋田駅へ。早朝の秋田駅はガラガラで店も開いていない。
1番線でピンクの電車が出発を待っていた。



・奥羽本線 [秋田~東能代]
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5時33分発の弘前行きは、秋田から青森方面へ向かう奥羽本線の一番列車だ。
実はこの一番列車の後でも五能線の列車には間に合うが、出来る限り早く現地へ行ってしまおうと考えた。
問題となるのが食料の確保だが、東能代で売店が早朝から開いてるらしく、そこで何とかすればいいと判断。

外はまだ真っ暗で何も見えない。僅かな乗客を乗せて、列車は東能代へ到着する。
下調べ通りキオ○クがあったので食料を調達。コレで下準備は整った。


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駅前をフラフラしていると陽が上がってきた。陰影深い夜明けだ。
気温は0度前後くらいで冬の北東北に来たことを実感する。
北国の寒さや積雪は、東京人にとって旅を実感できる一要素だと思う。


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列車の時間が近づいてきたので、五能線の乗り場へ移動。
五能線は鉄オタだけでなく観光客にも人気があり、観光誘致の訴求が沢山貼ってある。
ホーム待合室には列車の本物の運転台が設置されていた。
ガチな仕様でボタンを押せば警笛も鳴る本格派。子供の暇つぶしにはうってつけの代物かも。

20分ぐらい前になるとアナウンスが入り、3番線に年季の入った気動車がやってくる。
4時間半に及ぶ五能線全線通し鈍行の旅が、今始まる。



・五能線 [東能代~弘前]
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本州最北の絶景ローカル線、五能線。日本海沿いをひた走るこの路線の歴史は1908年まで遡る。
当時、東能代から能代の中心街を結ぶために敷設された奥羽本線の支線「能代線」と、
青森側で川部から五所川原まで線路を延ばしていた「陸奥鉄道」。この両路線を延ばして繋げる呈で五能線は建設された。
延伸工事を進め、私鉄区間を買収し、全通に至ったのが1936年。国鉄五能線(東能代~川部)が誕生する。

五能線は絶景路線として圧倒的な人気を獲得していて、夏になると観光列車リゾートしらかみが毎日運行されている。
リゾートしらかみは全車指定席の快速列車で、指定席券が速攻で売り切れるほどの人気を誇っているが、
私が乗りたかったのはリゾートしらかみではなく、本数の極めて少ない鈍行であった。

五能線の鈍行は深浦を境に運行系統が分断されていて、多くの列車が当駅を起終点としている。
「じゃあ全線を走りきる鈍行なんてないんじゃ……??」と鷹をくくっていたのだが、
時刻表をよく見ると下り列車だけ一本だけ存在していた。(上り列車は本当に一本もない)
7時37分に東能代を出て五能線経由で弘前へ向かう全線通しの鈍行。
途中の深浦で列車番号こそ変われど、この列車こそ五能線を完走する唯一の鈍行である。




3両編成の国鉄気動車だが、後側一両に限っては途中から回送扱いになるようだ。
ガラガラの車内で待っていると奥羽本線からの乗り継ぎ客がドッと入ってきた。
地元の学生で埋め尽くされ、あっという間に満席状態に。

定刻がくると、ディーゼルエンジンを唸らせて東能代を発車した。
能代に着くと学生が降りていき、私含めて数人の"鉄"を残すのみとなった。


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能代は栄える町の駅といった雰囲気だったが、能代から先で一気に寂れてきた。
東能代~能代間だけ本数が多いのは、それなりのワケがあるようだ。
北能代を出ると広大な田園をのっそり進む。
天気は穏やかな方だが風が強く、窓の隙間から寒風が入ってくる。

さっきの通学列車の喧騒が嘘のようだ。列車のエンジンと線路の音だけが淡々と響く。
沢目を過ぎ東八森を出たところで、五能線は田園を抜けて日本海に出る。
ここから先延々と続く絶景車窓のお出ましだ。


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出発から数十分しか経ってないのに、早くも海沿いに出た五能線。
ずっと海沿いだが車窓は変化に富む。左手には日本海が、右手には白神山地が聳える。


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観光施設を有するあきた白神を過ぎると、列車は岩館に到着。行き違いのため8分停車する。
対向から気動車がやってくると、すぐに発車。岩館から先は青森県だ。

五能線の車窓ハイライトはまだ先だが、この辺でも存分に見応えある景色が広がっている。
ゴツゴツした岩肌に波飛沫が舞う。波打ち際を飛び交うのはウミネコの群れだ。
県境を越えると、短い隧道を潜って浜辺の横を抜けていく。




計43の駅を有する五能線だが、途中で乗ってくる地元客は皆無。車内はテツしかいないじゃないだろか……
晴れてるのに雪がチラチラ降っている。青森の方では雪が積もってるのだろう。

十二湖でようやく旅行客が乗り込んできた。二人だけだけど。


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今朝の天候は穏やかだが移り変わりが激しく、晴れとも曇りともいえぬ妖艶な空模様。
この辺りは、左手から白神山地を眺められる地点があるようだ。

……陸奥岩崎を出てすぐのところだったと思う。ふと窓から後方を振り返ると、
雲の隙間から陽の光が差し込んでくるのが見えた。すると徐々に遠方が明るくなってきて、
白神山地をバックに、「光芒」と呼ばれる光の筋が海面を照らし始めた。



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・・・すげえ。(ライブのスポットライトみたい)

これがランキング一位のローカル線が見せる、素晴らしい絶景だってのか。
今にも光の中から神が降臨しそうだ。

突然現れた光芒は、生きてるかのように収束して、一本の太い筋になった。





神懸りの景色を横目に鈍行は走り続ける。言葉にならない美しさに車内で一人息を呑む。
光芒は日本海側でよく見られる現象らしいが、こんなに極端な光の筋を見たのは初めてだし、
白神山地をバックに現れるというシチュエーションが、私を大いに興奮させた。

光芒は神の如く収束した後、白神山地を包み込むように拡散し広がっていった。



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白神山地を拝める地点を過ぎると、観光施設が隣接するウェスパ椿山へ着く。
ホームのすぐ横に野外ステージが設けられているが、今は人っ子一人いない。
ウェスパ椿山からは海のそばを離れ、高度の高いところをノロノロ走る。



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大きい集落へ入ると隧道を潜り、拠点駅の深浦へ到着した。
深浦では数分ほど停車。五能線の中間地点といえる駅だ。

ここから先、五能線は超閑散区間へ突入する。深浦~鰺ケ沢間を走る鈍行は1日5本しか存在せず、
下り列車については日中8時間近く列車が来ない時間帯がある。今乗ってる全線通しの鈍行を逃すと、
日没まで一本も列車が来ない。数時間ならまだしも8時間待つとか絶対無理だからw




深浦を出ると、列車は日本海スレスレに出た。五能線最大の見せ所だ。
浜辺スレスレを律儀に辿って、今にも波が降りかかりそうな海岸線を行く。

深浦から広戸にかけては、奇岩が迫る行合崎海岸を通る。
以前乗ったときも車窓が印象に残っていて、すかさずカメラで撮った記憶がある。
鈍行だと一瞬で通過するが、ゴツゴツした岩肌は想像以上のインパクトを与えると思う。


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行合崎海岸を過ぎると、列車は広戸に着く。ここは海スレスレの駅だ。
広戸を出て一旦海を離れると小さな集落があって、そこにポツンとある駅が追良瀬である。

再び海岸線に戻り、驫木で地元客が一人だけ乗り込んできた。


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小さな集落に入ると駅に停まり、駅を出ると海沿いをひた走る。それが五能線の日常なのだ。
窓から手を伸ばせば届きそうな波飛沫の中を、ウミネコの群れが舞う。
外から波の砕け散る音と、ウミネコの鳴き声が聞こえてくる。

しかし、今日の天気は本当に気紛れだ。雲の隙間から光が差してきたと思ったら青空が広がり、
風が強く吹き始めると晴れなのに雪が降り出したりして、全く先が読めない。
関東平野が平和すぎる場所なんだと思い知った。




閑散地帯を抜けて奇妙な岩棚が見えてくると、観光で有名な千畳敷へ到着。
千畳敷は駅からすぐのところにあるが、列車の窓から見るのはちょっとキツイ。
200年前の地震で隆起したといわれる海岸段丘が広がっている。

千畳敷からも国道とともに海沿いを走り、北金ケ沢で数分停車。
ずっとガラガラの状態が続いていたが少しずつ乗客が増えてきた。


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次第に人家が多くなり、列車は延々と走っていた日本海を離れた。
山の中を抜けると拠点駅の鰺ケ沢へ到着。
ここでは20分ほど停車する。気づけば辺り一面雪景色だ。

寒いので、自販で暖かいお茶を飲む。鰺ケ沢の近くには"わさお"がいるらしいが、
駅から徒歩で行くには距離的に無理があった。ブサかわいい顔見てみたかったなー。


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鰺ケ沢からは日本海を離れ、ただっ広い津軽平野を抜けていく。
何処までも真っ平らな平野を走り、津軽鉄道と接続する五所川原で乗客がドッと増えた。

次に訪れるのが津軽鉄道なので、五所川原で降りて津軽鉄道に乗り継いでもよかったが、
五能線の完乗を最優先したいし、途中で降りると中途半端になるので終点まで乗り通すことに。
そこはまだ"乗り鉄の意地"が残ってるんだよね、俺。(当初の計画では五所川原で列車を降りる予定でした)
即日でも、思いつきでいくらでも行先を変えられるのはフリー切符のいいところだ。


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何時の間にか天気は回復していて、澄み渡るような青空が広がった。真っ白な雪が一面降り積もっている。
りんご畑の中を走ると、林崎へ。りんご畑にポツンと佇む無人駅だ。

藤崎を過ぎると、列車は五能線の終点となる川部に到着。
東能代から147.2kmの道のりにピリオドを打ったわけだが、五能線の鈍行は弘前まで直通するので、
どうせなら最後の最後まで乗り通してしまおう。

川部で列車は進行方向を変え、奥羽本線に入って弘前へ向かう。



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弘前、到達!!

12時09分、五能線の鈍行は終点弘前へ到着した。
起点から4時間半に及ぶ道のりだったが、随所で長時間停車してくれたこともあって、
充実した鈍行旅が出来たと思う。不安要素だった天候も比較的穏やかだったのが良かった!

正直、ここまで完璧に行くとは思ってなかった。列車の遅延も全くなかったし。
あと今日の五能線は天候が神懸っていた。白神山地をバックに光芒拝めたのが最大のハイライト。
車窓で思いっきりデレてくれた気がする。"ツンデレ五能線"とでも呼ぼうか。本数はツン、車窓はデレデレ。


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奥羽本線と弘南鉄道が乗り入れる弘前は青森県三大都市の一角だ。
せっかく来たのはいいが、一時間後の列車で五所川原へ戻るので駅から離れることは出来ない。
取り敢えず、駅中の蕎麦屋で腹ごしらえをすることに。
厨房のおばちゃんがモロ津軽弁で喋ってて、本州最北まで来たんだと実感。

蕎麦を食した後、キリのいいところで五能線の上り列車に乗り込んだ。
次回、五所川原から津軽鉄道に乗って津軽中里へ向かう!

2016/01/25 | 日本海北上紀行

津軽鉄道とストーブ列車

「日本海北上紀行 2日目 (弘前~五所川原~津軽中里~金木~五所川原)」

[2016/1/6]

五能線を制覇した私は弘前駅で一服した後、折り返しの鈍行に乗り込んだ。弘前~五所川原の所要時間は約50分。
津軽鉄道の列車の本数も五能線と同じぐらい少なく、来訪する行程パターンは限られている。
しかし観光要素を絞り込めば、冬でも日中のうちに両路線を完乗することは可能だ。

車内を見渡すと、ボックス席の端っこに二人分の固定クロス席があったので、
そこに身体を預けた。ぼっちには居心地の良い空間だ(涙)


・五能線 [弘前~五所川原]
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13時54分、元来た道を戻って五所川原へ到着。
五所川原からは日本最北の民鉄、津軽鉄道が延びている。
津軽鉄道の乗り場へ向かうと元気な女性アテンダントさんに声をかけられた。
「ストーブ列車のってけませんかぁ??」イントネーションが完全に津軽訛りのソレだ。

「電車にストーブなんて付いてるんですか??」知ってるのにわかんないフリして聞いてみる。
「そうそうあるんですよ。古い列車なんだげどねぇ。ほら見えてきだよアレです」
跨線橋から見えてきたのは、現役の列車とは思えない旧型客車の姿。
見るからに古いっ。もちろん下調べ済だが、想像以上の代物じゃないか。



・津軽鉄道 (ストーブ列車) [津軽五所川原~津軽中里]
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本州最北の民鉄津軽鉄道の歴史は、五能線の変遷と深い関わりを持っている。
元々五能線の川部~五所川原間は陸奥鉄道という私鉄が運営していたが、後に国に買収されると、
買収額を受けた旧陸奥鉄道の株主が新たに鉄道計画を立ち上げた。これが津軽鉄道の大元だ。
五所川原から中里まで線路を延ばし、全通したのが1930年。全線非電化で12の駅を有している。

乗り場に骨董品みたいな客車が停まっている。「ホントに動くのコレ??」って思わざるを得ない。
津軽鉄道の名物、ストーブ列車だ。津軽の冬の風物詩として親しまれている伝統の列車。
運行は冬季のみらしいが、運行期間中は休日・平日問わず毎日走っているという。
乗車するには、普通運賃の他にストーブ列車料金を払う必要がある。

1日15本走る津軽鉄道のうち、現時点でストーブ列車として運行されるのは最大で1日3本だ。
乗り込むと団体客でほぼ満席状態で、香ばしいスルメの臭いが漂っていた。
ストーブの網棚でスルメを焼いて食べることができるそうな。


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端のボックス席だけあり合わせたように空いてたので、私はそこに居座った。
国鉄が譲渡した客車のようだが、床は継ぎ接ぎだらけで木製になってるところもある。
JR的な飾りっ気も無いし、昭和そのまんまの再現度は大井川鉄道といい勝負だろう。

照明が点いてないので車内は薄暗い。この薄暗さがまた良い感じだ。




客車を温めているのは、この列車のウリでもあるだるまストーブだ。
一両に二台取り付けられていて、どちらも火が入れられ現役の保温装置として車内を温めている。
エアコンの暖房では成し得ない素朴な温かさは、やっぱりストーブならでは。
手をかざしてみると、ぬくい温かみが感じられた。

14時10分発、津軽中里行きは定刻通り出発する。
五所川原の市街地を出ると、見渡す限り真っ白の津軽平野に出た。


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アテンダントさんが津軽弁で案内をしながら、列車はゴトゴト進む。
少し前まで晴れていたが、次第に曇ってきて雪が降り始めた。
車窓は素朴な平野が続く。


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金木で団体客が降りていくと、今度はTV撮影の人が入ってきて車内でロケを始めた。
車掌さんがストーブに石炭をくべ、カメラマンがその様子を捉える。
乗客は僅かとなったが、札幌の方からやってきた鉄子の方(おばさんだけど)がいて、
アテンダントさんと打ち解けて話している。北国通し何か通じるものがあるのか。


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左手は広大な津軽平野が広がっているが、右手は険しい山々が連なっている。
半島を南北に貫く中山山脈だ。あの山脈の向こうには津軽線と北海道新幹線が通ってるはず。
山脈の向こうでは新幹線の開業準備が進んでるのに、こっちは半世紀前の旧型客車が走ってるんだから面白い。

列車のスピードはゆっくりしたものだが、終点はあっという間に近づいてきた。
深郷田(ふこうだ)という珍名の駅を過ぎると、津軽中里はすぐそこだ。



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津軽中里、到達!!

14時58分、ストーブ列車は終点の津軽中里に到着した。
日本の私鉄では最北の駅で、駅名標もここぞ!とばかりに最北ブランドを掲げている。

当初の計画では津軽中里から路線バスに乗って北へ行こうとしていたのだが、
特に見るものがなさそうだったので、折り返しの列車に乗り金木で途中下車する行程に変更。
折り返しの列車が出るのは20分後なので、それまでまったりすることに。




乗り場の先で線路が途切れている。あそこが正真正銘、津軽鉄道の末端だ。
津軽中里駅は現役の線路が二本あって、車掌が気動車を動かして連結作業を行っていた。

「古い客車ですねえ。私はよく知らないんだけどねえ、国鉄の客車ですよねえ」
「そうですね、良い味出してますね!機関車もあるらしいですが今日は気動車で引っ張ってるみたいですね」
「あの気動車は新型ですね、気動車っていうと北海道行けばすごいのが走ってるけどねえ。私はよく知らないけどねえ

列車を待つ間、どう見てもテツの人と会話を交わす。
知らないフリしてるけど絶対何でも知ってるパターンだろコレw。


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津軽中里の駅構内。もちろん自動改札や自動券売機なんて無い。
掲示物がベタベタ貼ってあり、よく見ると萌えキャラのポスターまであったりして、
いい感じにローカルでカオスでごった煮だ。地方ローカルの味だと思う。

大人しく待ってると、アテンダントさんから「最北端証明書」を贈呈された。
自己満気味の乗りテツも、こうしてモノで提示されると心に残るんじゃないかと思う。


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津軽中里の駅舎は物販施設と併設している。
駅前に弘南バスの停留所があり、バスに乗って小泊方面へ行くこともできる。
しかし小泊から先はバスが通じてないので、津軽中里からさらに北へ出て竜飛岬へ行くことは出来ない。
それがちょっと残念だと思った。

折り返し列車の時間が迫ってきたので、窓口で切符を購入。
津軽鉄道は普通切符でも硬券を使ってるらしい。普通切符でも硬券ってのは今時珍しい。
乗り場に向かうと、五所川原側に連結された気動車が待機していた。



・津軽鉄道 [津軽中里~金木]
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15時22分発の津軽五所川原行きは二両編成で、気動車にストーブ列車が連結されている。
「走れメロス」と掲げられた気動車は、ロングシートもあるがクロスシートが主体のようだ。
往路のストーブ列車の乗客が大半を占めていて、気動車には地元客一人と私一人がいるのみ。

定刻が来ると、エンジンを唸らせて津軽中里を出た。
何故か車内に小説が置いてある。太宰治だけなのかと思いきや、
そんなことはなくジャンルは多彩だ。文学は疎いから何ともいえないが……


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鉛色の空の下、一両の気動車が一両の客車を引っ張って平野をひた走る。
田園をゆっくり進むと鬱蒼とした林へ入り、芦野公園へ。
桜の木々に囲まれた華やかな駅だが、今は雪に閉ざされている。

津軽鉄道の踏切の音は懐かしい音色だ。すっごいアナログな音。
東京近郊で嫌というほど聞く「カンカンカン!」とは違う、本物の鐘の音も聴こえた。




津軽中里から15分ほどで、観光拠点の金木へ到着。
数分後、列車はまっ平らな平野へ走り去っていった。

高校時代、中二病系の文学や漫画に染まってた時期があったらしいブログ主は、
アテンダントさんのススメで、太宰治の住んでた生家に行ってみることにした。
金木は太宰治の故郷で、少年時代に住んでいたときの豪邸が残ってるという。

太宰治の生家は金木駅から徒歩5~7分のところにあるらしいので、行ってみようか。


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通行量の多い県道の脇に、太宰治の豪邸はあった。太宰治が住み育った本物の生家で、
現在は記念館「斜陽館」として観光化され重要文化財に指定されている。

実はこの道路沿いには、太宰治だけでなく吉幾三の豪邸もあるらしいが、
時間があんまし無いのでIKZOはスルーで。ゴメンね、IKZO!
今の五所川原はIKZOラップの名残なんて微塵も無い。街として立派に発展してる。
テレビもあるしラジオもあるだろうし車もそれほどに走ってるぜw




入館料は大人500円。中に入ると、大規模な間取りを凝らした空間が広がっていた。
一階に11室、二階に8室の部屋があり、庭園や蔵もある。正に大地主の豪邸って感じだ。
外観だと和風のイメージが濃厚だが、内部は和洋折衷を凝らした造りになっている。

走れメロスや人間失格しか読んだことのない人(←自分)でも、斜陽館は楽しめると思う。
「へえーここが太宰が○○してた場所なのかぁ」みたいな感じで、楽しめるよ、味わえるよ。


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谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」を読んだら、こういう和室の美がなんとなくわかった気がする。
薄暗い灯りから醸し出す空間こそ、古来の日本住宅の陰影美だと思う。
神社や家屋に入ると不思議と気分が落ち着くが、斜陽館も同じモノを感じた。

斜陽館は広く、軽く一回りするだけでも充実した見学が出来るようだ。
見るだけ見て閉館間際に出る。「外は寒いのでお気をつけて」と、
受付の人のあったかい言葉が身に沁みた。


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時刻は17時を過ぎているが、もう真っ暗だ。鉛色の空、凍りついた街、憂鬱な日暮れ。
これが北国の人が毎日味わってる現実なのかと、二日目にして実感している。

真っ暗になった外から見る斜陽館は美しかった。綺麗なぁ……!


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アイスバーンと化した道を歩き金木駅へ戻ってきた。これからしばし夜の旅の幕開けだ。
日は没したが休む暇は無い。青森からはまなすが出るのは5時間以上先である。

果たして、朝4時から夜22時まで気力をフル稼働できるかどうか。というか既に瞼が重いんだが。
風吹き荒ぶ中待つこと数分、単行気動車がヘッドライトを照らしてやってくる。
「マジさみぃー!!」と滑稽な姿を晒し、一人列車に乗り込んだ。



・津軽鉄道 [金木~津軽五所川原]


最後に乗る津軽鉄道の鈍行は、客車無しの単行気動車。17時15分発の津軽五所川原行きである。
金木では対向列車の行き違いをするようで、互いに着くとタブレット交換が行われた。
車内はガラガラで悠々とボックスシートへ。タブレット交換後、列車は間もなく発車する。

真っ暗な平野を抜け、終点近くになると地元の学生が乗り込んできた。
眠気の限界はとうに超えていて、ウツラウツラしてると五所川原へ到着。
こうして、津軽鉄道の往復旅は終了。本州最北の民鉄は寒さに負けず頑張っていたぞ。


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オレンジの気動車に別れを告げ、最後に跨線橋から津軽鉄道の乗り場を眺める。
ちょうど帰り時らしく、地元の学生が単行気動車に続々と乗り込んでいた。
当たり前の日常風景なのになんかぬくい!(ぬくい好きだなーw)
こんなぬくい鉄道が本州最北にあったのだ。大いなる地元の民鉄としてこれからも頑張ってほしい。

五所川原からは五能線と奥羽本線で青森へ向かいたかったが、残念ながら列車の接続が悪い。
次来る五能線の下り列車は一時間以上後だ。リゾートしらかみがあれば効率良く行けたが、今日は走ってない。
そこで今回、私は路線バスで青森へ抜ける行程をおっ立てた。その方が時間的にも効率が良いのだ。

次回、弘南バスで青森へ向かい夜行急行はまなすに乗って北海道へ上陸する!

2016/02/09 | 日本海北上紀行

最後の夜行急行に乗って

「日本海北上紀行 2~3日目 (五所川原~青森~札幌)」

[2016/1/6]

津軽鉄道の往復旅を終え、襲いくる睡魔にフラフラしながら乗り場を出た。
五所川原駅はJRと津軽鉄道で改札が分かれていて、それぞれの出口から出る必要があるようだ。
古めかしい津軽鉄道だったが、待合室も古めかしい。昭和ドラマのセットのようである。


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ストーブの周りに椅子が並べられ、椅子の上に盛れなく座布団が敷いてある。
デカデカと掲げられている時刻表は、これまた渋い縦書き。
唯一現代的なものといえば、棚の上に置かれたテレビだろうか。
夕方のニュースが流れていて、少し前に引退したなでしこのレジェンドが映っていた。


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外に出ると凍てつく寒さに目が覚めた。駅前はT字路になっていて、車が忙しなく行き交っている。
前回の予告通り、平日の五所川原は五能線の接続が悪い(というか列車が少ない)ので、
ここからは弘南バスに乗って青森へ向かおうと思う。

弘南バスのターミナルは、五所川原駅の向かい側すぐのところにある。
引き戸を開けて待合室の中へ。バスを待っているのは三人のみである。




待合室の中はプラスチックのベンチがズラッと並んでいて、各路線の時刻表が掲げられている。
手厚い窓口や蕎麦屋らしき店もあるようだ(今は閉まっているが)。
昔のバスターミナルは何処もこんな感じだったんだろうか。個人的にはたまらない空間だ。

10分ほど待っているとバスが到着。地元客に混じって青森営業所行きのバスに乗り込んだ。



・弘南バス五所川原~青森線 [五所川原駅前~青森駅前]
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弘南バスの五所川原~青森線は、五所川原駅前を起点として青森営業所へ向かうバス路線である。
新青森駅前と青森駅前を経由する当路線は現時点で1日14~19本出ていて、五能線よりも本数が多い。
五所川原~青森間の運賃は1090円で、鉄道運賃(970円)と同等。所要時間もほぼ変わらない。
コレに乗れば、五所川原から青森まで乗り換え無しで行くことが可能である。

車両は何処にでもある低床バスだ。そそくさと乗り込み、後方座席にぐったりと座り込む。
定刻が来ると、最終一つ前の18時ちょうど発青森営業所行きが出発する。
「ジリリリリリ!」発車時に昔ながらのベルが鳴り響いた。

五所川原から青森までは一時間強かかる。五所川原営業所で地元客が数人乗り込んできた。
五所川原市街を出ると交通量の多い国道をひた走り、東へ真っ直ぐ抜けて市境を越える。
市境を越えてすぐのところで奥羽本線と合流し、そこから先は県道を進んでいく。




外は既に真っ暗で車窓を楽しむ余地は無い。暖房の温もりに慣れてきて眠たくなってくる。
窓ガラスに身を寄せ、しばし眠りにつく。外気にさらされた窓は凍えるほど冷たいが、
眠気がヤバすぎて、冷たさなどどうでもよくなってしまっていた。

この区間は全く記憶が残ってない。目を覚ますと新青森のすぐ手前であった。
新青森を過ぎ国道7号をちょっと進んで脇道に入ると、青森駅到着のアナウンスが入る。
このバス路線は青森駅前が終点ではないので、すかさず降車ボタンを押した。

時刻は19時15分。五所川原から一時間強の道のりを経て、バスは青森駅前へ到着する。



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「あああああおもりだぁぁぁーー」

バスを降りて口から出たのは、高崎から延々と鈍行に乗ってきたことで得られた馬鹿一代な達成感と、
深刻な眠気からくるどうしようもない徒労感を一混じりにした、力無き言葉だった。

今回、私が目指すのは青森じゃない。ここは留萌の末端へ到達するまでの通過点に過ぎない。
はまなすが出発するまで3時間強あるが、青森で何をするかは事前に決めており、
夜飯にありついた後、温泉に入る予定を立てていた。場所も全て下調べ済だ。

はまなすが来るまで貴重な休息タイム。腹が減ったので、まずは飯にありつこう!


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はまなす出発寸前になると、飯にありつけるところといえば駅前の吉○家ぐらいしかなくなってしまうが、
19時台なら駅前でまだ開いてる店がある。駅から徒歩すぐのお食事処「おさない」もその一つ。
おさないさんの定食を食べるのはコレで二回目。前回はホタテの定食だったので、
今日はオーソドックスな刺身定食を注文。値段は930円。至ってリーズナブルである。

観光客狙いのお高い店が並ぶ青森駅前で、良心的な値段で提供し続けるおさないさんは素晴らしい。
夜飯にありついた後は温泉だ。歩いて国道沿いにある温泉へ向かう。


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駅前から徒歩数分の「青森まちなかおんせん」。温泉とはいってもスーパー銭湯的なソレらしい。
入浴料は大人420円(貸し出しタオルを含めれば620円)。確かにスーパー銭湯っぽいが列記とした天然温泉で、
その好立地ぶりから地元客で混みあっていた。駅からすぐのところに温泉があること自体に価値があると思う。

たっぷり温泉に浸かった後、青森駅へ帰還。時刻は21時半を過ぎている。
はまなすが既に入線済らしかったので、改札を通ってすぐに乗り場へ向かう。




今夜が最後のはまなす乗車になるはずなのに、至って普通で平静なのが不思議でしょうがない。
二ヵ月後に廃止される実感が未だに無い。以前ほど鉄道に執着しなくなったってのもあるが(汗)。
乗り場に着くと観光客やテツがワラワラいて、想い想いに写真を撮っている。

「明日は札幌かぁ……!」どんなに泣いても笑っても最後の夜行急行の道のりが、幕を開ける!



・急行はまなす [青森~札幌]
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青函トンネル開通以来、青森と札幌を結んで走り続けた夜行急行はまなす。
北海道新幹線の開業を目処に廃止されるというのは、一年以上前から予想されていたことだが、
昨年9月にJR北海道から正式に発表され現実のものとなった。一部区間も残らず列車そのものが消滅するという。
はまなすの最終運行日は2016年の3月21日であり、3月26日には北海道新幹線が開業する予定となっている。

合理化著しい鉄道界で、これほど旧時代の雰囲気を色濃く残した夜行列車は、はまなすを除いて他に無かっただろう。
北&東パスとはまなすを組み合わせた北上ルートは、他の追随を許さない最強の移動手段だったが、
それが今後出来ないとなると、今回のはまなす廃止はあまりにも痛い。痛すぎる。

以前乗ったときは雑魚寝カーペットや指定席だったが、今回私が取ったのは開放B寝台だ。
出発の二週間ほど前にみどりの窓口で発券してもらったのだが、その時点で残っていた空席は、
昨年乗った北斗星と同様、1号車の16番上段のみであった。何か因縁があるとしか思えない。




はまなすは7両編成がデフォだが、今日は2両増結されていて9両編成で運行されるらしい。
寝台車には三ツ星(★★★)のロゴが刻まれているが、コレは二段式のB寝台車であることを示す証だ。
年季を帯びた客車はボロボロ。こりゃ廃止も止む無しって感じで表面がベッコベコになっている。

四半世紀ずっと雪国で走り続けてきた結果がコレなのかと思うと、ちょっとかわいそうだなぁ…。
撮影を終えた後、私は機関車の隣に連結された1号車に乗り込んだ。


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「まーたここ(1号車16番上段)で寝るのか、俺は……!」

先頭車の一番先頭の上段寝台。一年前の北斗星と全く同じシチュエーションである。
自分が意図したわけでもないのに、なんでこんな(無駄な)奇跡を起こしてしまったのかw。
それほど私は、1号車の16番の上段に縁が深いのだろう。

早くも寝る支度を始めたところで、汽笛一声。急行はまなすは、定刻通り青森を出発した。


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車内は惜別目的の乗客が多くを占めていて、通路の簡易席で想いにふけっている哀愁のテツもいる。
私の向かい側の寝台は、鉄道ファンと思われる男性1人と子供3人が取っていた。
最後に乗る寝台列車だからと、我が子達を連れてきたらしい。

「お兄ちゃん、もう寝るの??」(・_ ・)ジー

最後の寝台列車であることも露知らず、寝台を苗床にキャッキャはしゃぐ少年が、
ぐったり横になる私を見つめて言った。すまぬ少年よ、ここですぐ寝ないと明日が鬼畜なんだ……(涙)


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23時06分、列車は青函トンネルへ入った。他のトンネルと違って汽笛を長く鳴らすから、すぐにわかる。
青函トンネルの中は音の反響が独特だ。如何にも海底に潜っていくような、深く透明な響きだ。
そろそろマジで寝ようと毛布をめくったら、何故か出てきた北斗星のロゴ。この毛布、共用だったのか。
想像以上に疲れと眠気不足が溜まっていて、灯りを消すとあっという間に眠くなってしまう。


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夜汽車よ、永遠なれ・・・!

最後の開放B寝台の味。
反響音に包まれたトンネルの中で眠りにつく。

函館での長時間停車も全く気づかず。チラチラ眼を覚ますこともなく、爆睡した。



[2016/1/7]



「……皆様、おはようございます。ただいまの時刻は、5時14分。
急行はまなすは現在定刻通り運行しております。次は南千歳に止まります。」

苫小牧を過ぎ、南千歳に向かうところで今日最初のアナウンスが入り、私は眼が覚めた。
外はまだ真っ暗だ。付箋だらけになった時刻表で今日の行程を確認した後、再び毛布の中へ。
終点まで出来る限り身体を休めたい、意地の悪い欲求が働いたためだ。





千歳線を快走し札幌が近づくと、静かだった車内が忙しなくなってくる。
さすがにそろそろ起きようとカーテンを開けて、荷棚からリュックを取り出した。
時代錯誤だけど旅情たっぷりの、質素で狭苦しい空間ともお別れだ。
新札幌を過ぎ函館本線と合流すれば、北の大都会札幌はすぐそこである。

時刻は6時を過ぎたが陽が出る気配は無い。終始真っ暗のまま、列車は約480kmの道のりにピリオドを打つ。



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「ご乗車ありがとうございました。終点札幌に到着です。」

6時07分、急行はまなすは終着札幌へ到着する。8時間弱の道のりを寸分狂わずに走りきったようだ。
はまなすに乗って北海道へ上陸するのは3回目となるが、全区間乗ったのは今回が初めて。
列車を降りると、「ポーンポーンポーン♪」とチャイムの音が聞こえてきた。
遠くからはるばる北海道へ来たんだと実感する瞬間である。

案の定、記念撮影の集中砲火が始まった。列車はすぐ駅を出ないので撮影時間は十分確保されている。
機関車側に至っては、撮影希望者の行列が形成されてるではないか!(初めて見た)
最終日が近づくごとにカオス状態と化すんだろうけどね……。


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今までありがとう、はまなす。

これまで決行した北上旅の中で、はまなすは最後まで純粋な移動手段として役目を全うしてくれた。
はまなすこそ、私の鉄道旅の最大立役者だったのは間違いない。
記憶に残る名列車だからこそ消え行く雄姿に希望を抱きたい。率直にそう思った。
引退まで残り僅かだが、最後の最後まで頑張ってくれよ……!

今日でようやく三日目に突入となるが、札幌からは札沼線を進んでいくことになる。休憩時間は一切無し。
次の列車が出るまで残り5分をきった。はまなすの雄姿をギリギリまでカメラに収めた後、
7番線に移動し札沼線の一番列車に飛び乗った。乗り込むとすぐに出発する。

次回!札沼線&函館本線の"乗り鉄王道ルート"を突破し、留萌本線の起点深川へ向かう!

2016/02/19 | 日本海北上紀行

札沼線を行く

「日本海北上紀行 3日目 (札幌~石狩当別~浦臼~新十津川~滝川~深川)」

[2016/1/7]

「何時かまた会おうぜ、はまなす……!」(・ω・)ノ バイバイ~

何だかんだいって、はまなすのもとを離れるのは名残惜しかった。
しかしウダウダしてるわけにもいかないので、札沼線の一番列車に乗り込む。
6時20分発の石狩当別行きだ。ロングシートの通勤電車で車内はガラガラであった。

札幌を出ると高架を走り、一駅隣の桑園を出たところで函館本線と分かれ、独り立ちする。
始発時点では真っ暗だったが、あいの里公園を過ぎた辺りでようやく陽が出てきた。
車窓に石狩平野が姿を現したところで、列車は石狩当別へ到着する。



・札沼線 [札幌~石狩当別]
R0014424 (3)

桑園と新十津川を結ぶ札沼線学園都市線という愛称が付いていて、公の案内でも用いられている。
この路線は元々、留萌本線の石狩沼田まで線路が延びていた。北線と南線に分けて建設が進み、全通したのが1935年。
札幌と沼田を結ぶから札沼線と名乗ったわけだ。しかし、路線名称の大義名分は遥か昔に途絶えている。
モータリゼーションの波に負け、新十津川から先の区間は1972年に廃止。長い盲腸線になってしまったのだった。

終点側が寂れる一方で、起点側の札沼線は通勤通学の都市鉄道として繁栄を遂げている。
80年代になると札幌市北部の開発が進み、沿線の人口が急激に増加したためだ。
新駅を設置して列車の本数を増やし、複線化し、さらには高架までおっ建てた。
2012年には北海道医療大学までの区間が電化開業し、以前とは別物の繁華路線になっている。

一番列車を降りると、ホーム向かい側に国鉄気動車が停まっていた。
乗り継ぎ時間が短いので、写真を撮った後はすぐに乗り込む。



・札沼線 [石狩当別~浦臼]
R0014425 (3)

時刻表を見ると、札沼線は石狩当別を境に本数に激しく差が出ている。そのギャップは恐らく日本一だろう。
電化された起点側区間は70本近く列車があるが、石狩当別から先の区間は、
途中の浦臼まで行く列車が1日6~7本で、終点の新十津川まで行く列車が1日3本しかない。
昨日乗った五能線を凌駕するローカル区間だ。札幌近郊にこんなツンデレ路線があったとは思わなかった。

7時02分発の浦臼行きは単行のワンマン気動車だ。必要にして最小限の構成。
テツも見かけられるが地元客が依然として多い。早くも立ち客が出ている。
それなりに混雑してきたところで、列車は石狩当別を出た。

出発時は混んでいたが、一駅隣の北海道医療大学で地元客の大多数が降りていってしまう。
テツだけが取り残され、ガラガラの状態で非電化区間へ突入する。




夜明けの雪景色は幻想的で、人家も少なく雰囲気を駆り立てる。ひたすら真っ白な世界。
左手には鬱蒼とした山が聳え、右手には石狩平野が広がっている。

積雪の度合いは、昨日辿った北東北と比べ物にならない。"物理的に無理"と言いたくなる圧倒的積雪量。
線路は常に国道と並行している。石狩当別から終点まで道のりをともにする国道275号だ。
道内で二番目に長いこの国道こそ札沼線のライバルといえるだろう。


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車内ははまなすから乗り継いできたテツが全てを占めてると思われる。
石狩月形で除雪車が停まっていて、一眼のシャッター音が響く。
……やっぱり皆さん、筋金入りのテツのようですね。

コンデジ派の俺も、最近一眼レフが欲しくなってきたよ。
一眼って電池の持ちを気にしなくていいらしいから羨ましい。画質よりも普通にそこが羨ましいです。




石狩月形を出ると一旦国道から離れ、鬱蒼とした鉄道林を突き進む。
すると木々の中にポツンとあるのが豊ヶ岡だ。屈指の秘境駅で知られている。
某有名サイトの秘境駅ランキングで上位(今年度版では第11位)に位置しており、
割と有名なのか、一人のテツが何のためらいもなく列車を降りていった。

雪に閉ざされた林に囲まれて古い木造の駅舎がある。何でこんなとこに駅があるんだ??
豊ヶ岡を過ぎると林を抜け、国道沿いに戻って平野をひた走っていく。


R0014458 (4)

朝8時過ぎ、列車は終点の浦臼に到着した。
運行拠点であるこの駅は、旅客ホームの他に貨物ホームや引込み線も存在していたという。
今は単線とホームが一つあるだけだ。交換設備もないので、当駅終点の列車はすぐに折り返すしかない模様。

数分後、私を運んできた列車は折り返しの石狩当別行きとなり走り去っていった。
次の列車が来るまで一時間あるが、何もなさそうなので駅前をブラブラすることに。
今まで乗ってきたテツ達が、駅前から何処かへ消えていく。彼らは何処へ行ってしまったのか。




駅前に居座っていると路線バスがやってきて、停留所に身を寄せた。
私にとっては懐かしい北海道中央バス。道内最大規模を誇るバス会社である。
浦臼から滝川まで行く滝川浦臼線。このバスに乗れば、浦臼から直行で滝川へ行くことが可能だ。

列車の時刻がきたので乗り場へ向かうと、線路の向こうから単行気動車が姿を現した。
9時06分発の新十津川行きである。



・札沼線 [浦臼~新十津川]
R0014473 (3)

札沼線の真髄といわれるのが、浦臼から先の末端区間だ。この区間は1日3本しか列車が走ってない。
起点側とは笑っちゃうほどのギャップがあるが、それほど乗客が見込めないからだろう。
やってくる列車も単行気動車のみであり、侘しさをより助長している。

1日3本でさえ殺人級の本数なのに、今年3月のダイヤ改正で"1日1本"になる予定らしいからマジで笑えない。
殺人を通り越して完全にオーバーキルである。1本乗り遅れたら翌日まで待つ鉄道なんて誰が乗るんだと(汗)
「1日1本の旅客列車しか来ない区間」JR最小の超ローカル区間が数ヵ月後に形成されるってわけだ。




列車に乗り込むとテツ一色。最高にむさ苦しいが、ロングシートが空いてたのでそこに居座る。
終点まで4駅あるものの誰も乗ってくる気配無し。車窓も平野が広がるばかり。
空は晴れ間を見せていたが、終点が近づくごとに雪が降り始めた。

ワンマンアナウンスが流れると速度を落とし、終点へゆっくりと滑り込む。


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新十津川、到達!

時刻は9時28分。浦臼から約20分で、終点の新十津川へ到着する。

乗り場に降り立つと地元の園児(?)に出迎えられた。朝の列車一本のみのサプライズらしい。
こういう出迎えをやるのって珍しいな。ましてや普通の鈍行なのに……だぜ??




駅周辺は住宅があり最果て感は希薄だが、何処か侘しい風情が漂っている。
周りの近代的な住宅街に対し、駅の存在感があまりにこじんまりとしてるからだろう。
乗り場、線路、駅舎。駅を構成するモノ全てが、周りから取り残されたまま昔ながらの佇まいを残している。

駅舎に歓迎の言葉が掲げてあるが、駅前はコレといって何も無い。典型的な街外れの風景。
一番列車に乗って終点へ来たら何も無かった。でも地元の園児にささやかに出迎えられ、思わずニンマリ。
そんな哀愁の終着駅が一つや二つあったっていいんじゃないか?新幹線建設するより全然価値あると思うよ、俺は。


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次乗るバスの便は限られてるので、キリのいいところで新十津川駅を出た。

こんもり雪がのっかった駅舎。童話に出てきそうな佇まいで素晴らしい。
列車が割と混雑したのは、1日1本に減らされる前の惜別乗車が多かったからだろうか??
自分、今までソレを全く意識してなかったわ…!本数減に対する惜別需要もあるってことか。何でもアリだな。


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新十津川駅からは近くのバス停へ移動し、バスに乗って滝川へ向かう必要がある。
札沼線の新十津川駅と函館本線の滝川駅は距離が近く、中央バスを使えば容易に移動することが可能だ。
駅前から徒歩3~5分の「新十津川役場」バス停から、滝川駅最寄となる「滝川ターミナル」へ向かえばいい。

駅を出て左手の道を進んでいくと中央18交差点にぶつかる。最寄のバス停はこの交差点すぐ近くにある。
雪の勢いが一気に増してきた。モタモタしてると雪ダルマになっちまうZE!



・北海道中央バスふるさと公園線 [新十津川役場~滝川ターミナル]
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「新十津川役場~滝川ターミナル」をバスで移動する場合、利用できる中央バスの路線は3つある。
本数の多い滝新線、滝川を起終点として町内を循環するふるさと公園線、滝川と浦臼を結ぶ滝川浦臼線
運賃(現時点で230円)は同じだが、それぞれ独立した路線で時刻や本数が異なっている。
事前に時刻表で確認して、利用する路線と、時間に合う便の候補を決めておくとよさそうだ。

若干ややこしい話になってくるが、「新十津川役場」のバス停は複数存在するらしく、
国道275号沿いのバス停と、役場前に設置されたバス停の2つがあるという。
前者は滝川浦臼線とふるさと公園線、後者は滝新線が発着するので、これも事前に確認しておくといいかも。

雪降りしきる中、20人あまりのテツがバス停に突っ立っている。想像以上にシュールな光景だ。
5分ほどしてふるさと公園線のバスがやってくる。地元密着の路線バスって感じだがテツで満席となった。


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なんも見えねぇ……!(ガクガクブルブル)

新十津川役場を出ると石狩川を渡っていく。車窓を撮ろうと思ったが、
尋常じゃない降雪に阻まれて何も見えない。今にもホワイトアウトしそう。
昨日も気紛れだったが今日の天気も気紛れだ。末端到達時でこんな雪降ってたらシャレになんないぞ……!

石狩川を渡って銀河団地を過ぎると、終点の滝川ターミナルへ到着。
バスターミナルは滝川駅の右横に建っていて、鉄道のアクセスは良好だ。




バスターミナルから滝川駅へ移動。ゲリラ的降雪は何時の間にか収まっている。
ここからは函館本線を少しだけ北上して、深川を目指そう。普通切符と特急券を買い、ホームへ。
滝川は函館本線の他、最果て根室へ向かう根室本線が乗り入れる鉄道要衝である。

乗り場は地元客しかいない。生粋の道民なんだろう。自分も一応道産子だから変な気分だ。
15分後、お目当ての特急が数分遅れてやってきた。



・函館本線 (スーパーカムイ9号) [滝川~深川]
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滝川から先の函館本線は鈍行の本数が著しく少ないので、特急乗車がほぼ必須となる。
10時22分発の特急スーパーカムイ9号。道内の大動脈を担う通勤特急である。
列車は5両編成でJRの新型車両。このガンメタの特急車に乗るのは初めてだ。

列車は滝川を出ると高速で快走。鈍行とは比べ物にならないスピードである。
石狩平野を突っ走って十分強で深川へ。あっという間の道のりであった。



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高崎から三日かけて、遂に留萌本線の起点まで来た。あとは、鈍行に一本乗るだけだ!
三日ぶっ続けで鈍行なんか乗ってると感覚が薄れてくるが、体感的に最終目的地は目と鼻の先である。

乗り場には惜別目的の観光客やテツがいて、列車の出発を待っている。
札沼線みたいにテツ100%ではなく観光客もチラホラ。見た感じフツーの人達ばかりだ。
留萌~増毛間の廃止が決まってから、留萌本線が多種多様な層に注目を浴びているのだろう。

……末端到達まであと少し!次回、留萌本線に乗って終点の増毛へ向かう!

2016/02/29 | 日本海北上紀行

留萌本線の末端へ

「日本海北上紀行 3日目 (深川~増毛~増毛ターミナル)」

[2016/1/7]

「やっとここまで来たか……!」雪の中の深川駅で、私は留萌本線の鈍行を待っていた。
高崎から乗ってきた列車とバスの数は20本を越えている。どう考えても正気の沙汰じゃない。

スーパーカムイを降りた時点で留萌本線の単行気動車はホームに入線していたが、
しばらくすると線路の向こうからもう一両やってきて、すぐに連結される。
二両編成になったが、後側の気動車は回送扱いで乗れないようだ。

しばらくするとドアが開いたので、乗り込む。車内はテツと観光客が五分五分といった感じだ。


・留萌本線 [深川~増毛]
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深川~増毛を結ぶ留萌本線は、かつて函館本線と一体になって機能していた重要幹線であった。
大昔この路線の建設の目的としてあったのが、留萌港の海産物や資材の輸送だ。
札幌から留萌まで真っ直ぐ線路を延ばしたかったが、沿岸部の地形が並外れて険しかったため、
函館本線を通じて深川から留萌へ向かう経路を開拓し1921年に全通している。

全線非電化であり、"本線"なのに全長は66.8 kmと短い。昔は札幌からの直通急行も走ってたらしいが、
現在留萌本線の列車は線内往復の鈍行のみで、本数も極端に少ない。
羽幌線廃止以降、留萌本線は"支線を持たない本線"として生き長らえてきたが、
利用客の減少に歯止めがかからず、昨年夏になって末端区間の廃止がJRから公表された。
今年2016年度までに留萌~増毛間が廃止される予定となっており、地元も容認済みだという。

留萌本線の全線乗車は今回が最初で最後になりそうだ。車内は満席でテツと観光客で占められている。
地元客は多分いないだろう。定刻が来ると、11時08分発の増毛行きは深川を出た。


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列車は発車すると函館本線から独り立ちして、ただっ広い雪原の中を走っていく。
留萌本線の車窓は、見所をザッと分けて主に3区間あるといえる。
深川からの平野区間、石狩沼田からの山間区間、留萌から先の海沿い区間
距離は短いが、短い道のりの中に(ささやかな)ドラマを有している。

この区間は割と人家が多い。始発時点で空が一瞬だけ晴れていたが、
すぐに雪が降り始め白一色となってしまった。




平野を抜けて札沼線が接続していた石狩沼田を過ぎると、左手から山が迫り人家の少ない山間部へ入る。
恵比島からは完全に山の中だ。留萌本線唯一の峠越えである。
上り勾配を上りちょっとした峠に差し掛かると、短い隧道を潜った。峠を越えた後は鬱蒼とした山の中を下っていく。
山の腹を縫うように走って高度を下げると峠下へ到着する。


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峠下から留萌本線は国道と合流した。留萌川と交差しながら、山間の僅かな平地を延々と行く。
左手に増毛山地、右手に天塩山地が聳える。良い感じに素朴な車窓だ。

留萌から先は右手に海が現れるが、ここまでの区間なら"左手の方が全然車窓が良い"気がした。
特に恵比島~峠下の峠越え区間は、右手は何も見えない傍ら、左手の車窓は見応え満載である。
海は初日から存分に見てたし、海側を確保するテツを尻目に逆側の席を取ってよかった!





留萌市街へ入ると、列車は留萌へ到着する。
ここで10分停車するらしく、外に出ると列車の切り離しをやっていた。
誰も乗ってない回送車が切り離される。留萌から先は単行列車となるようだ。


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数の子生産量日本一を誇る街、留萌。ここは羽幌線や留萌鉄道が分岐する拠点であった。
留萌と書いて「るもい」と読む。「りゅうもえ」じゃないよ、るもいだよ。
他にも留萌本線は、北一已(きたいちやん)、幌糠(ほろぬか)、阿分(あふん)、信砂(のぶしゃ)など、
脳よりも腰にジワジワくる駅名が満載だ。てか「あふん」って完全に喘ぎ(ry

乗客の変動がないまま、増毛行きは留萌を発車。
港を抜けて市街の外側をグルッと曲がる。すると、右手に日本海が見え始めた。


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そこまで海のそばを走るわけじゃないようで、人家をチラつかせながら素朴な海が見える。
今後二度と乗れない区間なだけに、車内は独特の雰囲気が漂い始めた。

皆、黙って流れる海を見ている。カメラ片手に車窓を記録するテツもいる。


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あと少しで末端到達だが、私は心の中で満足していた。
もっと記録しとかなきゃと思う一方で、到達の満足心が大いに働いたらしい。
ちょっとだけ車窓を撮った後は座席にもたれかかり、あとはただ、列車の揺れに身を任せるのみ。



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「俺はもうコレで満足だ……!」記録よりも記憶に残る写真だけ残せば、それでいいと思った。
ひなびた沿岸をひた走り、箸別を過ぎると、終点到着のアナウンスが流れる。

「本日もJR北海道をご利用いただきましてありがとうございました。間もなく終点増毛です。」


総距離1300kmの道のりは、呆気ないワンマン自動放送によってピリオドが打たれた。



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増毛……到達!!

時刻は12時44分。深川から一時間半かけて、列車は終点増毛に到着した。
高崎から三日かけての到達となったが、寸分狂わず予定通りに来れたことに感謝した。
遅延や運休等の致命的リスクに出くわさなかったし、時間通りに動く鉄道の偉大さを実感する。

寒さに震えながら列車を降りる。本線の終着と言うにはあまりにも侘しい駅だ。でもその侘しさがいい。
折り返しの列車が出るのが早いのか、テツの"記録活動"が忙しなく行われている。
到達の余韻は、乗り場にポツンと佇む気動車を眺めるだけで存分に感じられた。



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こじんまりとしてるが、終着らしい佇まいを感じる駅だ。乗り場の先で線路がプツンと途切れている。
増毛と書いて「ましけ」と読む。「ぞうもう」じゃないよ、ましけだよ。
駅名が駅名なので、薄毛を絶望する人にとって聖地とされてるそうな。

現在増毛にやってくる列車は、1日7本(休日は1日6本)のみ。
1日1本になってしまう札沼線の末端よりはマシだが、生活に根ざさない本数であることは確かだ。




増毛の駅構内は広く、昔の名残を僅かに残している。
向かい側の空き地には貨物用の線路があったという。駅舎はオールドスタイルの木造建築だ。
ブラブラしてるうちに、往路で来た乗客が列車に乗り込んでいた。
何の前触れも無く折り返しの深川行きが発っていく。





「ガラガラガラガラ……」

私一人だけ残して、単行気動車が雪景色の中へ消えていった。
誰もいなくなった終着駅。自分の他に誰か残りそうな予感もしてたのに……
走り去る気動車を見て「もう二度と列車が来ないんじゃないか??」って思うほど、
ここは侘しいところだ。10分前の賑わいが嘘のようである。


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増毛に一人残って何すんのさ??って話なんだけど、事前に何するかは計画済だ。
増毛からさらに先、沿岸バスという路線バスが走っているのだが、
そのバスに乗って「大別苅」という、海岸道路の行き止まりだった集落へ行ってみることにした。
出来る限り(公共交通で)行けるとこまで行ってみるのが、当ブログ安定のクオリティである。

末端馬鹿一代やな!雪と風に怯えながら、私は増毛駅を出た。



・増毛駅~増毛ターミナル(徒歩)


駅前を出てすぐのところに「風待食堂」と書かれた観光案内所を発見する。某映画の舞台らしい。
この先から続く道道を辿って国道へ出れば、沿岸バスのターミナルがあるはずだ。
バスは増毛駅にも停まるが、増毛の街並みを見てみたい欲求が勝ったので、
ちょっとばかし町を横断し街外れのバスターミナルへ向かう。

寒風が吹き荒れていて、寒くなってきたのでホカロン代わりに缶コーヒーを買った。
増毛も留萌とともに漁業で栄えた街だ。重厚な建物が立ち並んでいて、
どれも昭和以前、明治や大正に建てられたと思われるものばかり。


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道道から国道231号に入り、さらに西へ進んでいくと街の外れに出る。
するとそこに構えているのが増毛ターミナルだ。
地元の路線バスの他、札幌からやってくる特急バスも発着する。重要拠点という印象があったが、
実際に来てみると思った以上に寂しい。季節が季節だからそりゃそうなんだけど。

中に入ると、一人だけ地元客がバスを待っていた。窓口もあるが今は閉まっているようだ。
増毛町は観光誘致に対して消極的らしく観光バスの類は走ってない。札幌からの特急バスも1日1本だけ。
普通の人が訪れる動機というか、手段が用意されてないのである。でもそういう場所だからこそ私は行ってみたい。




出発前に調べていて知ったのだが、沿岸バスは結構前から萌えキャラを前面に売りにしてるのだとかで、
萌えキャラがフィーチャーされまくった公式HPの気合の入れようが凄い。(リンクはこちら
「絶対コレ担当者の人がソッチ系の人でしょ」って思ったら実際そうらしかったw

窓口に時刻表やお知らせが申し訳程度に貼ってあるが、よく見ると……


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増毛の最果てにしてこのクオリティ。(ここは秋葉原かっ!)

沿岸バスのフリー切符は萌えキャラが標準仕様で、普通のフリー切符は無いらしい。
そんなバス会社見たことも聞いたこともないぞ(汗)。フリー切符は沿岸全域の路線を全て網羅しており、
さらに天売/焼尻航路の割引も受けられる完全実用仕様だ。値段も至って安い。
普通のフリー切符が売ってないから、観光客も地元客もこの切符を利用してるらしい。シュールすぎるだろ……!

定刻がきたので外で待っていると、年季の入った白いバスがやってくる。
末端到達は達成したが旅はまだまだ終わらない。寧ろこれからといっていいかも。

次回、増毛ターミナルから沿岸バスに乗って大別苅へ向かう!

2016/03/15 | 日本海北上紀行

沿岸バスと別苅海岸

「日本海北上紀行 3日目 (増毛ターミナル~大別苅~オタルマナイ第1~留萌~深川~札幌~小樽)」

[2016/1/7]

留萌本線の末端。ただそれだけを目指し、高崎から鈍行に乗って増毛までやってきた。
増毛到達だけで満足しない私は、増毛からさらに先へ行く路線バスのターミナルへ行き着く。
待合室の中は、地元客一人と萌えキャラが共存するシュールな空間であった。

一人でソワソワしているうちに、大別苅行きのバスがやってくる。
乗車時間はたったの5分。だが、この5分が馬鹿にならないのだ。


・沿岸バス留萌別苅線 [増毛ターミナル~大別苅]
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沿岸バスの留萌別苅線は、留萌市立病院から留萌駅前・増毛駅を経由し大別苅までを結ぶ路線である。
地元の生活路線として機能していて、並行する留萌本線が観光客(とテツ)優勢になっているのに対し、
この路線バスが受け持つのは地元客や学生だ。現時点で1日9本走っており留萌本線よりも本数が多い。

昔から増毛地域の需要はバスが優勢だという。それは、留萌本線が生活路線として全く根付いてないからだ。
留萌駅は留萌の中心街から離れた位置にあり、市立病院や高校から距離があることに加えて、
生活に根ざさないダイヤとJR北海道の不祥事・運休が地元民を遠ざけてしまった。
地元需要を失い観光需要を開拓する余裕も無い。無情だが、鉄道廃止に至ったのは当然の結果といえる。

少し遅れてやってきた留萌別苅線はツーステップバスであった。見た感じ相当な年季が入っている。
増毛ターミナルを出ると、沿岸沿いの国道を突き進んでいく。




なんかすんごいのが見えてきたぞ……!

留萌本線からでも見えたであろう、人や文明を寄せ付けなさそうな断崖が車窓に姿を現した。
このバス路線が大別苅という集落を終点にしている要因が、あの山々にあるのだ。
断崖地帯を取り付かれながら眺めているうちに、バスは大別苅に到着。
超高齢の地元客と私一人が降り立つと、国道の向こうへ走り去っていった。


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呆気なく着いてしまった大別苅。バス停は国道の途中にあり最果て感は希薄だが、
この地は留萌の方から続く道路の末端だったことで知られている。

国道から脇道に入って、海岸へ出てみると……↓↓


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間近で見ると、想像以上にイカツイ断崖だ。眼の前に立ちはだかるのは、
約30年前まで道路開発の一切を拒み続けた断崖絶壁の姿だ。
留萌本線が札幌から沿岸沿いに線路を延ばさなかった、大元の要因でもある。
大別苅から南方およそ25kmに渡って海岸を浸食するこの断崖は、途切れることなく続いている。

折り返しのバスが来るまで一時間強。身を震わせながら、断崖の前で旅の余韻を味わった。


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ここは増毛山地の端っこ……暑寒別岳を主峰とし、陸の際まで迫る山々が海に落ちるところである。
今から200万年くらい前に隆起したとされる溶岩が固まって、増毛山地は形成された。
大別苅から先の沿岸は全て海食崖になっていて人家が一切存在しないが、
約10km行ったところには"陸の孤島"と呼ばれた雄冬集落がある。

今は国道231号が隧道を何度もぶち抜いて通っているが、国道が開通したのは80年代に入ってからだ。
国道が開通するまで、留萌~増毛一帯の住民は大別苅から南へ行くことができなかった。
つまり、ここから先にある雄冬集落に繋がる道路が全く無かったのだ。
同じ陸続きなのに、雄冬に住む僅かな人々は、国道が出来るまで1日1本の航路のみを頼りとしたという。

帰宅手段が1日1本の船しか無かったって……!さすが"西の知床"って言われただけあるな。


R0014640.jpgR0014651 (2)

断崖を眺めた後、国道231号へ戻った。近くの看板に「札幌まで106km」とある。
信じ難いが、この道路は増毛~浜益の沿岸を貫き札幌まで続く幹線なのだ。

国道231号は10年の歳月と総工費180億円をかけて建設された"ダイヤモンド国道"として知られていて、
船でしか行けなかった雄冬集落へ道を通すために、最後の最後まで建設が難航したという。
現在も断崖の対策事業が行われており、今月中旬には長距離トンネルが共用開始するらしい。



「1日3本の別苅雄冬線(大別苅~雄冬)」

桁違いのスケールと逸話を持つ国道231号。大別苅から先も沿岸バスの路線は延びており、
かつて運行されていた航路の代替として、大別苅と雄冬を結ぶ別苅雄冬線が1日3本出ている。
そのバスに乗って雄冬集落にも行ってみたかったのだが、時間がシビアなので今回は断念。
三日かけてやってきた目的地を10分で折り返すのは、さすがに気が引けた。

何時か夏に来たときに、私はこの地を目指したいと思う。待ってろよ、雄冬!


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大別苅から元来た道を引き返していく。辺りは人っ子一人いない。
折り返しのバスまで時間があるので、別苅の海岸沿いを探索してみることにした。

雄冬方はイカツイ断崖が聳えるが、留萌方は沿岸沿いにポツポツ人家が点在している。
しかし、めっちゃ寒い!ハリボテと化した旅の主旨を思い出した。
冬の日本海の厳しさを眼で見て身体で(ry




雪に埋もれた別苅海岸。波っぷちにウミネコの群れが佇んでいる。
こっちは氷点下の海風を耐えるので精一杯なのに、彼らは寒くないのだろうか。
国道をガシガシ歩くうち、雄冬方の断崖を一望できる地点に行き着く。近くにはバス停もある。


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沿岸バスのバス停は手厚く、生死レベルの風雪を凌ぐための待合室が建っている。
噂によると海風で待合室が吹っ飛ばされたこともあるという。リアルで笑えない話だ。

「この辺でいいだろう……!」ある程度の目処をつけて、最果ての風景を刻み込むことにした。
海岸は分厚い雪で覆われていて近づくのが難しい。それでも近づけそうな場所を発見。
手が凍りつきそうだが、波が迫りくるその地点で私はカメラを向けた。





冬の日本海リアル体験動画!(若干音量注意)

ブレッブレのアマチュアクオリティなので、あまり期待はしないでほしい(苦笑)。
シケる日本海の向こうに聳えるのは、さっき間近で見た増毛山地の断崖だ。
昨年宗谷岬へ行ったときもそうだったが風がマジで容赦ない!
海に向かってカメラをかざしてるだけなのに、一分ほどで手が凍り付いてしまった。


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撮影後、強烈な風とともに雪がブワッと降ってきたので待合室に駆け込む。
東京人には手厳しすぎる冬の日本海を(身体で)味わうことが出来たが、
氷点下の寒風があっという間に身体に染み込んでいた。

風でガタガタ揺れる待合室の中で、常温を通り越して完全に冷え切ったジョー○アの缶コーヒーと、
ガチガチに固まったおにぎりで昼食休憩。昼食を済ました後は、ただ震え上がってバスを待つ。


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この待合室が無ければどうなっていたんだろう……って思うほど身体が凍りついている。
もちろん下調べはしていて、待合室がある前提でこの地へ来たのはよかったが、
実際に来てみると想像以上に過酷な環境だった。

折り返しのバスが来るまで残り20分(長げぇ…)。かれこれ一時間ほど極寒の中を歩いていたことになる。
探索する気力は圧倒的な寒さと風雪の前に減衰。震え上がるだけの子羊と成り果てた。
やがて定刻が来ると、道路の向こうから白いバスがやってくる。



・沿岸バス留萌別苅線 [オタルマナイ第1~留萌駅前]
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往路で乗ったのと同じバスが来た。14時42分発の留萌市立病院行きだ。
車内は地元客が一人だけ。暖房の効いた車内は冷え切った私に"生きた心地"を与えた。

行きは留萌本線に乗ったが、帰りは路線バスに乗って留萌を目指していこう。
沿岸をひた走り増毛町へ入ると増毛駅へ着く。
やっぱり惜別客で賑わっていた。




コレで現役の増毛駅とはお別れだ。ここで降りて鉄道で復路を辿ってもよかったが、
車内が混んでそうだしバスの車窓も楽しみたかったので、このまま留萌まで行ってしまうことに。
「鬼畜で素敵な思い出をありがとう」バスの中から増毛駅に別れを告げた。

増毛駅を出ると再び国道へ戻り、小高い丘陵の上を走っていく。
"撮り"の人には撮影場所としても有名な場所で、国道は丘陵に沿って続いているようだ。


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国道231号はほぼ全ての区間で留萌本線より海に近いところを走っているが、
増毛からすぐのところに限っては留萌本線の方が海に近かったりする。
その光景はバスの車窓からでも俯瞰することが可能だ。

箸別付近から北は国道が海スレスレに出るので、完全に沿岸バスの独断場となる。
留萌本線ではチラチラとしか見えなかった日本海の荒波が、道のすぐ脇まで迫ってきた。




「沿岸バス」と名乗るだけあって、バスはひたすら沿岸沿いを行く。
車窓としての迫力は、昨日乗った五能線に負けずとも劣らない。
後方に聳える大別苅の断崖があっという間に遠ざかっていく。
沿岸を抜け、留萌の市街へ入ると十字街を抜けて駅前へ向かう。


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15時25分、バスは留萌駅前バス停に到着した。
ここが終点ではないので、乗客を降ろすとすぐに走り去っていく。
なかなか良い雰囲気のバスだったな……!年季の入った風貌がなんともいえない。

留萌からは間髪入れずに他の路線バスに乗り継いで、一気に深川へ帰還する。
到着から僅か5分ぐらいして、同じバス停に旭川行きのバスが入ってきた。



・沿岸バス留萌旭川線 [留萌駅前~深川十字街]
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留萌本線と並行して走る沿岸バスのうち、留萌~深川間を受け持つのが留萌旭川線だ。
この路線は、起点の留萌から深川を経由し旭川まで向かう長距離路線である。
道北バスとの共同運行であり、普通便の他に快速便もあるようだ。
運行距離が長いので、車両は高速バスと同じものが使われている。もちろんトイレ付。

留萌~深川の所要時間は一時間強で、運賃は1080円。鉄道とほぼ同等だ。
バスは留萌駅前を出ると国道233号に入り、寄り道せず真っ直ぐ進んでいく。
留萌から深川までの約50kmの道のりを、国道から一切逸れずに走りきる律儀な路線である。




留萌から国道は留萌本線と間近で並行するので、車窓に線路や駅が見える。
交通量の多い国道から見ると、取り残された鉄道が侘しく思えた。
錆び付いた貨車の駅舎がポツンとあって、線路は単線。乗り場は誰も人がいない。

この区間はそれなりの需要があるらしいので、今後しばらくは廃止にならないと思うが……。


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峠下からは留萌本線のもとを離れ、鉄路とは別の経路で峠を越えていく。
下り坂で山を抜けると、ただっ広い石狩平野に出た。
16時半を過ぎたあたりで陽が暮れる。気がつきゃあっという間に真っ暗だ。
深川が近づくと道路が混雑し始め、バスはノロノロ進む。乗客はボチボチといった感じ。





17時50分、バスは10分ほど遅れて深川十字街へ着く。
深川十字街は深川駅の最寄バス停で、徒歩数分のところに駅がある。
函館本線は定刻通り動いているようだ。深川からまずスーパーカムイで岩見沢まで出て、
そこから先は区間快速いしかりライナーで復路を辿っていこう!

増毛到達は無事に終えることが出来たが、それを実感すると身体が一気に緩んできた。
「飯食って早く休みたい」今日やることはやりきったから、あとは明日に備えるだけだ。



・函館本線 [深川~小樽]
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深川から函館本線を乗り継いで、宿のある小樽を目指す。札幌で一旦駅を出て夜飯にありついた。
その後は再び函館本線になだれ込む。通勤時間帯で車内はそれなりに混んでいる。

「おい、見ろよあいつ!やべぇって!なまらやべぇ!」

……「なまら」って、浸透してないくせに教科書に載るような風化した方言だと思ってたのに、
俺の隣に座るチャライ男子がモロに「なまら」を連発していて、ニヤニヤしてしまう。
自分も札幌でずっと育ってたら、何のためらいなく「なまら」を連発したんだろう、きっと。


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夜21時に小樽着。予約してた宿のロビーが良い雰囲気で、ちょっと意外だった。
駅前から数分の格安ビジホとは思えない風格だ。事前予約で3700円也。
夜飯は札幌で済ませていたので、宿到着後はすぐ眠りに着いた。

「平岸か……懐かしすぎる!」札幌市街の鉄道と石勝線が、最終日のメイン舞台だ。
次回、すすきのから札幌市電に乗り、札幌市営地下鉄の"名物区間"へ向かう!

2016/03/28 | 日本海北上紀行

雪ミク電車とシェルター

「日本海北上紀行 4日目 (小樽~札幌~すすきの~静修学園前~幌平橋~平岸~南平岸~札幌)」

[2016/1/8]

「日本海北上紀行」と銘打った今回の旅も、今日で最終日(四日目)を迎える。
実は最終日に神威岬を目指そうと企んでいたのだが、昨日の探索でそれは無謀なことだと悟った。
というか、どう考えても無理だった。今の装備で神威岬行けば間違いなく凍え死ぬだろう。
夏なら容易に行けたのに (´・ω・`) 。こうして神威岬を絶望視した私は、小樽の宿で計画を立て直していた。

「北海道はでっかいどう!」なんてサムいギャグは置いといて、北海道は本当にデカくて広い。
だから、一日のうちに札幌~小樽から行ける場所なんてごくごく限られている。
時刻表広げて葛藤すること30分、DIY精神で代替計画を考案した。




今、私が居るのは小樽だ。小樽からまず札幌へ行き市電と地下鉄をちょっとだけ探索した後、
千歳から未乗の石勝線支線を乗り潰せば、帰りの飛行機の時間と良い塩梅になるんじゃないか??
……決まりだ!というか、それしか効率の良い行程が思いつかない。決まったらあとは行くだけだ!

7時に起床して朝飯食って計画を立てて、チェックアウト寸前の10時に宿を出た。
小樽に来たのが無意味になってしまったがw、こればかりはしょうがない。



・函館本線 (快速エアポート) [小樽~札幌]
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小樽駅前の三角市場で海鮮丼を食した後、10時34分発の快速エアポートに乗って札幌を目指す。
札幌はJRの他に地下鉄と市電が走っているのだが、今回は札幌市電と南北線を探索したいと思う。
快速エアポートは小樽を出て小樽築港を過ぎると、断崖に沿って海をひた走る。

今日の天気は曇り&雪。どんよりした空の下、鉛色の日本海が見える。


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この海沿い区間には「張碓」という、普通の人じゃ辿り着けない秘境廃駅があったのだが、
今は駅舎ごと撤去されてしまっている。秘境駅を目指した"業の人"が、列車に撥ねられる事件が多発したからだ。
張碓地区の海岸には恵比須島という小島がある。見かけは岩にしか見えないが、列記とした”島”らしい。

外は氷点下を下回ってるのに、波打ち際でサーファーを見かけた。寒そう……!
「道民は"中身”が違うんすよ!」さっきの三角市場の人の言葉を思い出す。
海沿いを過ぎると市街へ入り、札幌へ。駅を出てすすきのへ向かった。


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昔は地上駅だったらしい札幌駅。「デカイ駅だなぁ……」ってのが、子供の頃からの印象だ。
大通から北側、札幌駅周辺はお堅い雰囲気の建物ばかりだった記憶があるが、今はそうでもない模様。
何時の間にか札幌~大通が地下で繋がってたのにびっくりした(2011年に開通したらしい)。

大通の地下道にあったインコの広場、まだ残ってるかなー。あそこでよく暇つぶししてたわー。
(↑地下道の真ん中にガラスケースがあってインコが飼われてたんです。今もあるんじゃないかと…)



・札幌市営地下鉄南北線 [さっぽろ~すすきの]
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札幌から地下鉄に乗ってすすきのへ移動。徒歩でも行ける距離だからあっという間だ。
クラシカルな緑の電車が走ってた南北線も、今は全駅にホームドアが付いている。
「札幌の地下鉄には何故鏡が設置されてたのか??」それは大人になってわかったことだった。

ゴムタイヤの揺れ心地に身を任せ、3分ですすきのへ到着。
確か、すすきの駅から地上に出てすぐのところに市電の電停があったはず。
4番出口を出ると、ド派手な路面電車がすぐそばまで来ていた。

「アレに乗れば"ブログのネタ"が増えるぞ!」小走りですすきの電停へ向かう。



・札幌市電 (雪ミク電車) [すすきの~静修学園前]
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札幌市民の生活の足、札幌市電。その歴史は古く、元々は石材輸送の馬車鉄道だったという。
地下鉄が開通するまで、札幌市街の主流交通は市電とバスであった。大昔は市街全域を網羅していた市電だが、
1971年の地下鉄開業を皮切りに路線が縮小し、73年以降は逆コの字型の線路を往復するだけとなった。
全廃も検討されたらしいが、沿線住民の存続要望でかろうじて生き残った呈だ。イイ話ダナァー。

00年代後、再び存続の危機に陥った札幌市電だが、市は"街の重要資源"として存続を決定する。
この英断に続き、路面電車を活用する街の発展計画が立った。結果、実現したのは"路線の環状化"だ。
2012年にプロジェクトが発足し、総工費29億円かけて西4丁目~すすきの間に線路を敷設。
逆コの型の線路を繋げて、2015年末に環状路線として新たに開業を果たしている。

三週間前まで終点だったすすきの電停にやってきたのは、ミクさんをあしらった雪ミク電車。
初音ミクを作ったソフトウェアの本社が札幌にある縁で、2011年から運行している札幌市電の名物だ。




みっくみくにしてやんよ!

札幌市電といえば"緑の路面電車"ってイメージがあったから、今の変わり様にちょっと驚く。
東京ではブームの過ぎ去った感のある初音ミクが"札幌の顔"になってたとはな……(苦笑)
乗り込むと広告もミクさんだらけになっていて、中の人??のサインもあった。

雪ミク電車の行先は「内回り循環」。山手線と同じ環状線を回る運行形態が実現したようだ。
市電はすすきの電停を出ると、昨年末に開業した新線区間「都心線」に入る。


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すすきの交差点を左折していく市電。路盤が真新しく、色も違うので新線区間だとわかる。
市電は道路の中央を走るイメージが強いが、新線区間は道路の脇に線路が敷かれている。
これは、「サイドリザベーション」といわれる敷設方式だ。
欧米では一般的な方式で、道路の端に線路を寄せることで乗客の利便性と安全を確保する意図がある。


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今から40年以上前、この区間は元々市電が走っていたという。廃止されたのはもちろん地下鉄開業絡みだ。
南北線と経路が重複するという理由で廃止され、42年間そのまんまになっていたのだ。
新たに設けられた狸小路電停に着くと、乗客がドッと入れ替わる。
開業して間もないが地元では既に浸透してるらしい。ドン○ホーテの看板が懐かしすぎる。




狸小路電停を過ぎてしばらくすると左折し、新線区間を脱した。
すると西4丁目に到着。西4丁目からは道路の中央を走っていく。

「こんなのも走ってたっけか!?」と思うほど、札幌市電の車両は多種多様だ。
丸っこいヤツが50~60年代生まれの旧型電車で、角ばってるヤツが80年代以降の新型車。
ファジーな丸みこそ旧来のSAPPORO STYLE!それは市営地下鉄も同じだったはず。


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市街南西部を南下し車庫の脇を曲がると、後方に藻岩山が見えてきた。
藻岩山の頂上は、市電の最寄電停からロープウェイで簡単に行くことが出来る。

今の札幌の"ミク人気"は凄いらしく、雪ミク電車をカメラで撮影する人が絶えない。
少年少女から会社員、オバハンまで、電車が通り過ぎると"パシャッ!"
札幌ってソッチ系の需要とかあったんだ。


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環状線を回った後、市電は静修学園前に着く。
乗り継ぐ人は少ないと思うが、この電停は南北線の幌平橋駅に近く乗り継ぎが可能だ。
距離にして500mぐらい。雪ミク電車に別れを告げ、歩いて幌平橋へ。

以前乗り継いだことがあるので、何処行けばいいのか感覚でわかる!
電停南側の道路を東へ進んでいくと大きい十字路に出る。この十字路の真下に幌平橋駅はある。




幌平橋駅の近くで川が流れているが、この川は創成川と言うらしい。カ、カッコイイ……!
開拓時代から存在し、幌平橋付近から中島公園を通って札幌中心街を縦断する川である。
十字路から豊平川の方へ向かうと幌平橋が架かっている。
道路橋の上に歩行者用のアーチ橋が架かっているという、世界的に見ても相当珍しい橋梁だ。

10年ぶりにアーチへ上ろうとしたが、冬はアーチが閉鎖されているらしい。
考えてみればそりゃそうだったw。冬は雪積もってるから閉鎖は当たり前か。



・札幌市営地下鉄南北線 [幌平橋~平岸]
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適当にネタ探しを終え、南北線で二駅隣の平岸へ移動。

平岸から先で南北線は地上に出るのだが、その"地上区間の名物"をこれから探索していこう。
大げさな言い方すると「世界唯一の鉄道が世界唯一の区間に突入するところ」です。
なんかすっごい壮大で馬鹿らしい感じがするけど、データ上は一応そうなってるんだよな……!



・平岸~南平岸(徒歩)


平岸駅を出て、マップを頼りに地下鉄上の道を辿っていく。
この辺りは閑静な住宅街で、都心の喧騒から離れた街並みが広がっている。
見覚えのある路地を進んでいくと、目の前に妙な物体が見えてきた。

札幌市営地下鉄の名物、”シェルター"だ……!




どう見てもカマボコにしか見えない。

「札幌の地下鉄ってなんか変だ」。
子供の頃、カマボコみたいなシェルター見て何時もそう思ってた。
札幌に帰省してたのは夏休みだけだったが、今見ても強烈なインパクトがあるな。

珍風景の一つに登録してもいいんじゃないだろかw



・札幌市営地下鉄南北線 地上区間(シェルター)
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南北線の平岸〜真駒内間は元々鉄道が走ってた区間で、奥座敷へ向かう定山渓鉄道が走っていた。
その廃線跡を利用し、地下鉄を真駒内まで通すために市がおっ建てたのがシェルター式高架である。
札幌は豪雪都市であり、線路を外に晒すと雪が積もって莫大な維持費がかかるため、
雪を防ぐためにシェルターで線路を覆うことになり、当地上区間は建設された。

当時はシェルターではなく、軌道にロードヒーティングを施したり、除雪車を走らせる案も出たそうだが、
結局それらの案は立ち消えとなり、雪を完全防御出来るシェルター案が採用されたらしい。
建設は順調に進み、真駒内のオリンピック開催に合わせて南北線は開業している。


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「何故この区間だけ地上に出てるのか??」その理由は単純で、建設費圧縮と工期短縮のためである。
地下を掘るより廃線跡を拡張させて高架を建てる方が、圧倒的に安く早く済んだのだ。
ちなみに定山渓鉄道の遺構は全く残ってない。あるとしても真駒内以南だろう。

シェルターを脇から見ると、鉄道(ゴムタイヤだけど)にしては思った以上に急勾配であることがわかる。
最大43‰の急勾配!童心よろしくジェットコースターのような感覚が味わえる区間。


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撮影していると、南北線の電車がシェルターを駆け抜けていく。
勾配に強いゴムタイヤでも、ここばかりはアクセル全開で駆け上がる。

平岸から轟音立てて地上へ出るときの"あの瞬間"が、子供の頃めっちゃ好きだったなぁ……!




駅の近くに来ると高架が広がってきて、真下の"隙間"から通過する電車を見ることもできる。
下から電車がダイレクトに見えるので"隙間萌え"の方にオススメです。
シェルターを辿っていくと間もなく南平岸駅へ着く。

もう少し探索したかったが、時間が迫ってきたのですぐに札幌駅へ戻ることに。
南平岸駅を撮った後、南北線の乗り場へ向かった。


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昔は「霊園前」と名乗ってた南平岸駅。ここから終点真駒内まで、南北線はシェルターで覆われている。
札幌市街は基本的に平坦だが、平岸~澄川は"坂道の街"といっていいほど坂が多く、鬼畜な急坂が点在した。
南平岸駅から東の坂道を上ると、某番組のロケ地で有名な平岸高台公園があるはずだ……!
高台からの眺めが良いので、平岸へ訪れたときは是非立ち寄ってみてほしい。

南平岸から直行で札幌へ帰還。札幌からは石勝線の起点となる千歳を目指す。
石勝線といえば特急特例区間が有名だが、これから行くのは新夕張から延びる夕張支線だ。
夕張を、今回の旅最後の終着地としたい。

次回(最終回)、千歳から石勝線に乗って終点夕張へ向かう!

2016/04/13 | 日本海北上紀行

夕張支線の道のり

「日本海北上紀行 4日目 (札幌~千歳~新夕張~夕張~南千歳~新千歳空港)」

[2016/1/8]

市電とシェルター探索を終えた私は、地下鉄に乗って札幌駅へ戻ってきた。
札幌からは千歳線で千歳に向かう。ズラッと並ぶ改札を通り、ホームへ。
道民100%の行列の中でひっそりと列車を待つ。

車社会の北海道とはいえ、札幌~千歳間は列車の数が多く快速列車もあるのが有難い。
ホームで突っ立っていると、新千歳空港行きがやってきたので乗り込んだ。


・千歳線 [札幌~千歳]
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道内屈指の過密路線、千歳線。札幌~千歳は車移動で見慣れてたから、逆にちょっと楽しみだ。
やって来たのはロングシートの通勤電車。以前はクロスシートがデフォだったのになぁ。

石狩平野を突っ走り30分で千歳に到着。列車を降りると、古ぼけた気動車の音が聞こえてきた。
もうすっかり聞き慣れた"あの音"だ。気動車は停まってるときも煩い。
ガラガラ唸るアイドリング音に実家のような安心感を感じるよ。

千歳から、夕張へ。石勝線のオリジナルを辿る鈍行で、今回の旅に終止符を打とう。



・石勝線 [千歳~夕張]
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道央~道東を結ぶ石勝線。大昔は「夕張線」と呼ばれていた路線で、意外と歴史は古い。
北海道炭礦鉄道という私鉄が19世紀末(1892)に線路を敷いたのが全ての大元であり、
それから90年後の1981年に、日高山脈を貫く新線区間が開業して現在の形に至っている。
新線区間の開業以来、道央から道東へ直結する重要幹線として機能し、役目を担ってきた。

新線を抜けて道東へ向かう特急は割と多いが、問題なのは旧夕張線区間へ向かう鈍行だ。
札沼線と同様に地域需要は大昔に枯れ果てており、本数は著しく少なく、
追分から夕張……つまり石勝線のオリジナルを辿る鈍行は1日5~8本しかない。
2016年度のダイヤ改正でさらに本数が減るらしく、今後廃止される可能性もある。

千歳駅にたった一両の国鉄気動車が停まっている。ちっぽけな存在だが見かけは頼もしく見える。
14時28分発の夕張行き鈍行だ。千歳から直通で夕張へ行ってくれる、貴重な列車。
乗り込むと思った以上に乗客がいて、ボックスシートに一人ずつといった塩梅に。
終点夕張まで2時間弱の道のりだ。定刻が来ると列車は出発した。


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南千歳を出ると千歳線と別れ、すぐに独り立ちする。
千歳線と室蘭本線を繋ぐこの区間は、途中駅が一切ないようだ。
ただっ広い平野をのんびり進み、シェルターを潜って長い隧道を抜ける。

隧道を抜けたところで運転停車。対向から特急が駆け抜けていった。
長い運転停車の後、列車は再び隧道を抜けて室蘭本線との合流点を目指す。




室蘭本線と合流すると、間もなく追分に到着。地元客がドッと降りていった。
さっき特急待ちで停車したのに、ここでさらに15分ほど停車するようだ。
追分駅は広く、大昔鉄道拠点だった名残が残っている。夕張線の起点として追分は機能したという。
今から41年前のクリスマスの日、ここ追分で、実用としてのSL列車は消滅している。


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長時間停車した後、ガラガラの状態で追分を出た。
室蘭本線と別れると、列車は見渡す限り白一色の平野を行く。
その平野の中に佇む駅が東追分だ。追分で15分停車したが東追分でも5分停まるらしい。

マイペースと大らかさがウリの北海道。汽車ものんびりしてるじゃないか。
東京じゃありえない長い停車時間が、北海道の鈍行には残ってるのだ。




素朴な風景を進み、小さな街へ入ると川端へ着く。
川端からは夕張川と交差しながら進み、深い山の中へと入っていく。
ちょっとした集落へ達すると滝ノ上へ。今まで誰一人乗ってこなかった地元客が乗り込んできた。

滝ノ上を出て長い隧道を抜けると新夕張へ到着する。
新線区間との分かれ目だが長時間停車はしない模様。すぐに駅を出た。


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新夕張からは石勝線の支線、通称「夕張支線」と呼ばれる区間へ入った。
新線が遠ざかると夕張川を渡り、広大な景色が広がる。
川面に野生のエゾシカがいた。

野生のシカって札幌では見かけなかったから、ちょっと新鮮。
大通で野生のリスを見たことあるけど、さすがにシカは見たことないなぁ。(いたら大騒ぎだから)


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レストランが併設する沼ノ沢で客が数人乗り込んできた。
沼ノ沢から南清水沢にかけては国道と並行し、人家の多い中を走るが、
清水沢を出ると鬱蒼とした山の中へ入り、道道とともに谷間を抜けていく。




終点が近づくと住宅が多くなってきた。大昔、炭鉱街として栄えた鹿ノ谷地区だ。
斜面にへばりつく団地と民家。ここが炭鉱の街だったことを物語っている。
皮肉にも、団地には「夢」と掲げてあった。

夕張鉄道と接続していた鹿ノ谷を出れば、終点夕張はすぐそこだ。
鹿ノ谷から夕張まで僅か1.3kmだが勾配がキツく、列車はノロノロ進む。



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北国の山の日暮れはあまりにも早かった。
まだ16時過ぎなのに、炭鉱街をバックに陽が落ちる。
千歳から二時間弱の道のりもあと少し。というか眼の前だ。

終点到着のアナウンスが流れ、味気ない単線ホームへ滑り込んだ。



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夕張、到達!

16時20分、列車は終点夕張に到着した。
夕張駅は二度も駅の場所を移転していて、現在建っているのは三代目の駅らしい。
そっけない単線ホームで、駅のすぐ横に巨大な観光ホテルが建っている。

昔の夕張駅は中心街に位置していたが、後に距離が縮小され現在の場所に移転したそうだ。
折り返しの列車が出るのは8分後。僅かな滞在時間だが、ちょっと駅前に出てみる。




駅舎というより"完全に観光センター"って感じの夕張駅。
バックに聳え立つのは、スキー場を有するリゾートホテルである。あからさまな存在感が凄い。
駅前は小さなロータリーの他、これまで道のりをともにしてきた道道が通っていて、
道道に沿って「屋台村」と称したグルメ施設がある。他は……特にこれといったものが無いかな。

画像右は、今の夕張駅から初代夕張駅までの道のりをルート表示したものだ。
初代の駅舎は10年前に取り壊されており、痕跡は全く残ってないという。


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終着駅としての風情は感じられないが、生き長らえてること自体が奇跡のような駅だ。
地図で近くを見回すと、見つけたのは安定のセイコーマートである。
駅前を刻み込んだ後、折り返しの列車に乗り込んだ。

一人一人がボックス席に落ち着いたところで千歳行きは出発する。
夕張を出ると、あっという間に真っ暗になってしまった。
あとは新千歳から飛行機に乗って帰るだけだ。


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リボンナポリンうめぇええええええええええ

札幌帰省時、毎日のように飲んでたジュースです。今も好きです。中毒性が凄いんです。
シトロンっていう緑のマガイモノ(笑)も売ってますが、俺は昔からナポリン派。
どういう味なのかというと言葉に出来ない味なのだ。
列車の中で考えてみたが、出てこない。強いて言うならTHE北海道の味!答えになってませんね。



・石勝線 [夕張~南千歳]
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復路の鈍行は割かし乗客がいて良い感じに賑やかだ。日はすっかり沈んでしまい、辺りは真っ暗。
それでも列車の中は明るく、暖かい。北海道の気動車のこの安心感ってなんなんだろう??
ボロイけど暖かい。鈍いけど力強い。煩いけど憎めない。

鈍行らしい鈍行の原点は、北海道の国鉄気動車にあったんだと再確認した。
しかし、こんな気動車で旅ができるのも今のうちだ。十年後は……想像できてしまうのが怖いよ。
元来た道を戻って追分に着くと30分停車。長げぇ。東京じゃありえない停車時間だ。
追分から先でも運転停車し、結果的に往路復路合わせて一時間以上のロスがかかった。




18時25分、南千歳へ到着。これで石勝線の旅も終わりだ。列車の終点は千歳なのですぐに駅を出て行った。
新千歳空港行きを待ちながらブラブラしていると、石勝線の石碑(0キロ標)を発見したが、
今日行った夕張支線は石碑に刻まれていなかった。


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新線開業以前の90年の歴史は何処へやら。これじゃ夕張支線が幻の存在みたいだ。
刻んでやれよ、路線のオリジナルぐらい刻んでやれよ。

勝手に煮え切らない想いに駆られていると、3番線に快速エアポートが入ってきた。
すぐに乗り込み一駅隣の新千歳空港へ。飛行機が出るまで残り40分!
チェックインが迫ってるので、早足で搭乗口へ向かう。


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東京へ帰ろう!

LCCの搭乗口はターミナルの端っこにある。どこの空港も大体そうだ。
延々と歩いていくとオレンジの受付が見えてきて、そこがジェットスターの搭乗口だ。
機械にコードを打ち込み、あっという間に手続き完了。手荷物検査を済ませ売店でお土産を買うことに。

白い恋人、マルセイバターサンド、ロイズの生チョコ。この3つが北海道土産の定番。
どれも飽きるほど食ったけど無難に白い恋人を買った。バターサンドは人を選ぶんだよね……カロリー高いし。
六花亭だったら、バターサンドよりもストロベリーチョコがオススメです。イチゴがそのまんま入ってて美味しいよ!



・ジェットスター国内線 [新千歳空港~成田空港]
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東京〜千歳は国内線のドル箱航路だ。「東京から北海道行くんなら飛行機」コレ常識である。
北海道新幹線が札幌まで開業しても、この流れが変わることはないと思う。
今回取ったジェットスターの便は5000円を下回った。笑っちゃうほど安い。
北海道新幹線「東京~函館」運賃の5分の1以下!新幹線の運賃が馬鹿みたいに高いのだ。

以前福岡から乗ったときは大幅な遅延を起こしたが、今回は定時で行けそうな感じだ。
出発が迫ると後方座席の乗客から入場。案の定満杯となり、
成田行きは定刻からやや遅れて千歳を発つ。



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狭い座席で耐え忍ぶこと一時間半、飛行機は成田空港へ到着する。
夏に北海道から東京へ帰ってきたときの絶望感(主に湿気的な意味で)は半端ないが、冬はそうでもない。
冬ならどっちみち寒い。やっぱり、北海道は夏が旬なんだろう。
でも、私は冬の北国を旅したかった。北上したかったんだ。その願望を今回の旅で全うすることが出来た。

全行程3泊4日、乗った列車の数は31本。トラブル一切無しでやれたことに感謝したい。
終電まで余裕があるので、成田アクセス特急に乗り込み北総線経由で帰路に着く。
全行程完遂。その実感を秘めながら、何時もの寝床にくるまった。

・旅の総運賃:34440円(北海道&東日本パス+その他運賃+特急券+新幹線代+飛行機代)
・乗った乗物の数:鈍行21本+快速5本+特急3本+急行1本+バス5本+新幹線1本+飛行機1本
・総距離/所要時間:約1500km/3泊4日(高崎~増毛~夕張)


旅を終え、二ヶ月経った3月21日。夕方TVではまなす最終列車のニュースが流れて、私は思い知った。
「あんな旅、もう二度と出来ない……!」本当に出来なくなってしまったのだ。
内地~道内を北上するにおいて、はまなすがどれだけ有難い存在だっただろうか。

ブログ史上最長となった鈍行旅行記。長くなりましたが、ここに終幕!!
(完結)
2016/04/26 | 日本海北上紀行


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