鈍行列車一人旅

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SLもおか号が行く

「真岡汽車旅 1/2 (取手~下館~茂木)」

[2015/2/14]

バレンタインとは何ぞや!?


2月14日。多くのカップルがラブ一色に染まるこの日に、私は男一人、蒸気機関車に乗りに行こうと決めた。
近年SLブームが再加熱しつつあり、幅広い年齢層を中心に人気を集めてきているのだが、
私も最近ばかし「蒸気」の熱気に焼き付けられた一人なのだ。

どんなに劣勢状態になろうが「鉄」は挫けないぞ!ブレないぞ!腐らないぞ!
チョコで浮かれ気味な輩を掻き分け、今日も果てなき鉄路を行こう!


・計画~導入


真岡鉄道。正式に言うと真岡鐵道はJR水戸線・関鉄常総線と接続する下館から終点の茂木までを結んでいる。
終着駅の茂木栃木最東端の駅であり、今回の乗り鉄旅はそこを目的地とした。
茨城南部から約90km、片道3時間強の道のりである。

今回の旅の起点は茨城最南端の取手だ。ここからまず全線通しで関鉄常総線に乗って終点の下館へ行く。
そして下館から真岡鉄道のSLに乗ってさらに北上し、栃木最東端となる茂木を目指そう!

使用切符は「ときわ路パス」。これは茨城県内の鉄道が乗り放題となる切符で、値段は2150円とお手軽。
この切符は少し前まで真岡鉄道は対象外であったが、2013年に追加され一層お得になった。
もちろん、SL整理券を買えばこのフリー切符でSLに乗ることも可能である。


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午前8時半、私は自宅から常磐線に乗って取手までやってきた。
JRの券売機で「ときわ路パス」を購入し、こじんまりとした常総線の改札へ向かう。

首都圏のくせして今回の鉄旅で乗るのは気動車と客車列車だけで、電車には一切乗らないから面白い。
最北端旅で得た道民からの恩恵として、気動車を「汽車」と呼ぶ習慣に私も従ってみようと思う。
ということで今回やるのは、気動車含めた純然たる汽車旅!うん、いい響きだ。



・関東鉄道常総線 [取手~下館]
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全国でも珍しい「通勤非電化路線」、それが関東鉄道常総線だ。
この路線は一切電化されておらず、油を燃やして走る気動車で運行されている。
高校時代、茨城出身の学生はよく「知ってっか?茨城の電車って煙出んだぜ!」とか馬鹿にされてたっけな。

21世紀真っ只中の東京近郊にして全線非電化である要因は、沿線近くにある気象庁の磁気観測所の存在である。
磁気観測所から半径30km以内は交流電流にしなければならないという法令が正式に定められており、
交流で電化しようとすると莫大な設備費がかかるため、未だ電化に至ってないのだ。
同じく茨城を走る常磐線とつくばEXについては交直デッドセクションを設けて克服しているのだが、
関鉄は交流電化にするまでの余裕がなかったため、当面非電化で運行することとなった。

駅ホームに停車中の二両編成の気動車は、00年代生まれの新型車両である2300形
かつての常総線といえばベーシュ地にオレンジ色の帯を巻いた気動車を想起させるが、
今主力で走ってるのは白地に青と赤の帯を巻いた新世代ディーゼルカーである。




車体を「ブルルン!」と震わせ、常総線の気動車が8時53分に起点の取手を発車した。
取手からしばらくは住宅街の中を進んでいくので、車窓はあまり面白みがない。
座席は全てロングシートであり、車内の乗客もまちまちだが多い。

つくばEXと接続する守谷で、乗客がドッと増えた。
車窓は相変わらず住宅地が続くが、少しずつ緑が多くなってきた。
進行右手には筑波山が見える。水海道が近づくと、汽車は閑散とした田畑の中を進む。
車両基地の横を通り抜け、再び住宅が多くなると関鉄の運行拠点である水海道へ到着となる。


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これまでは複線の通勤路線であったが、水海道から常総線は単線のローカル線となる。
時刻表では全線通しの下館行きと名乗っているのに、ここ水海道で単行の気動車に乗り換える必要があるらしい。
さっきからたびたび案内されてた「水海道乗り換え下館行き」って、つまりそういう意味だったのか!

水海道で乗客が一斉に単行の方へ乗り継ぎ、あっという間に満席となった。
数分停車の後、常総の単行気動車は終点の下館向けて出発する。


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都内から一時間弱のところにして、ただっ広い田畑の中を単行気動車がひた走っている。
ただっ広くもポツポツと住宅が並んでるのは茨城らしい風景だ。
気のせいか、汽車はたびたび警笛を鳴らしながら進む。

下妻で地元の乗客がドッと降り、3分だけ停車する。
やがて終着が近づくと住宅が多くなってきて、汽車は定刻通り終点の下館に到着した。
跨線橋を渡り、第三セクター真岡鉄道の乗り場へ移動。ホームは予想以上に多くの観光客で賑わっている。



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下館からは、蒸気機関車だ。SLもおか!今から20年近く前から運行していて、主に毎週土日に走っている。
小型機関車に客車3両を連結しての運転だ。ホーム上の臨時切符売り場で、SL整理券を購入する。
整理券は500円と、至ってお手軽。SL料金値上げが著しい中で500円を保ってるのが素晴らしい。

「うわぁすげえ!本当に煙出てる!」
「ヤバイなっ!動くSLに乗るなんて一生に一回ぐらいだしなっ!」

………私はここ数年で計5本のSLに乗車している。最東端旅の復路で初めて乗ったばんえつ物語号に始まり、
みなかみ号、かわね路号、パレオエクスプレス号、はこだてX’masファンタジー号と順々に乗ってきた。
煙吐いて走る蒸気機関車に乗ると元気が湧くから、何度でも俺は乗りに来るぜ!

ホーム脇の線路には既にSL列車が待機していて、線路脇で撮り鉄が大勢カメラを構えている。
出発時間が近づくとSLは黒煙をふかして動き出し、バックでホームに入線した。



・SLもおか [下館~茂木]
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「SLもおか」が運行を開始したのは1994年のことで、主に土休日に一往復運行されている。
冬季や閑散期は運休となることが多いSL列車だが、もおか号は年中通して走っており
そういう意味では希少な存在である。特に冬季は盛大に煙が出るから尚更だ。

真岡線の歴史は大変古く、国鉄発のローカル線として開業した経緯を持っている。
国鉄のさらに前身である鉄道院は、元々幹線を主体に鉄道路線の建設を進めていったのだが、
明治43年に公布された「軽便鉄道法」によって、幹線だけでなく地域輸送を担う路線の建設も進めることとなった。

その国鉄初の地域輸送路線として着工に至ったのは、黒石線・倉吉線・湧別線・岩内線・真岡線の5路線であったが、
このうち真岡線は明治45年に開通し、着工された5路線の中で一番早い開業となったのである。
これ以来、国鉄~JR~第三セクターと運営元を変えつつも真岡線は存続している。


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真岡鉄道は牽引する蒸気機関車を2機持っていて、C11C12がある。
C11もC12も小型の機関車であるが、より小型なのはC12で、C11の方が少しだけ大きい。
どちらで運行されるのかはその日に来てみないとわからないが、今日はC11で運転されるようだ。

もおか号の主力といえばC12であり、対するC11は他線への出張や予備機の役割に留まっている。
なのでC11が定期運行で使われる日は少なく、乗りに来たその日がC11ならばラッキーだと思っていい。
個人的にはC11の方が風除けのデフレクターが取り付けられていて、蒸気機関車らしい風貌なので好きだ。



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バレンタインデーの今日は子供連れが多く、車内のボックスシートはほぼ全て埋まった。

私が今手元に持っているのは、運行開始間もない頃に発売されたSLもおかの走行ビデオテープである。
当時病気でSLもおか号に乗りに行けなくなってしまった私に、今は亡き祖父がお土産に買ってきてくれたものだ。
物心つくまで自分はこのビデオを毎日のように見ていたというから、幼い頃から相当な鉄だったんだろうと思う(苦笑)。

すっかりボロボロになったこのビデオテープには、私が幼少時代に自然と育んだ「鉄」の素養と思い出が詰っている。
約二十年のときを経て、復活当時祖父と乗るはずだったもおか号に今回は初乗車となる!
やがて発車のときが来ると、汽笛一声!SLもおか号は茂木へ向けて出発した。



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車窓は、常総線よりも長閑な風景が広がっている。起点の下館からしばらくは、住宅と田畑の間を抜けていく。
ここは関東平野の北の端っこであり、終点近くになると平野を脱し里山の中へ突入していくことになる。
発車して少し経ったところで、車掌さんから乗車記念券を貰った。

沿線は踏切が多いが、止まってる車の中から「何だアレ!?」みたいな視線で見てくるから面白い。
何の変哲もないローカル線の踏切でいきなり蒸気機関車が来たら、そりゃびっくりするだろう。
住宅から少し離れたところでは、空高く響き渡るほど盛大に汽笛を鳴らす。


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真岡鉄道の観光拠点、真岡でしばらく停車する。結構長い間停車するので記念撮影も可能である。
真岡駅構内は多くの観光客で賑わっており、団体の幼稚園の子供達が大勢乗り込んできた。
SLは大人の愉しみだと思っているのだが、「乗り」の主要顧客となってるのはやはり子供連れなのだろう。
「撮り」は大人が多いだけに、男一人でSLに乗っていると気恥ずかしくなるときがたまにある。

長時間停車の間、乗客が半分ぐらい入れ替わった。
ごった返す中で発車アナウンスがされると、汽笛を鳴らし汽車は真岡を発車する。


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真岡から益子にかけては、真岡鉄道の中でも有名な二つの橋梁を渡る。
真岡を出てすぐに渡るのが五行川橋梁(画像左)で、益子到着手前で渡るのが小貝川橋梁(画像右)だ。
どちらの橋梁も土木学会から「土木遺産」に認定されており、土木構造物としてはとても貴重な物件とされている。

上記の二つの橋梁は真岡線が開業する以前の鉄道黎明期に造られた代物で、元々幹線で使われていたものだ。
鉄道黎明期に造られた橋梁は荷重限界が小さく、大型機関車が沢山走るようになった幹線で使うのに限界がきていたのだが、
小型機関車しか走らない地域路線ではまだまだ使えるということで、開業時に中古品として転用・再利用したのである。

如何せん地味な感は歪めないと思うが、この二つの橋はつまり鉄道黎明期の面影を強く残しているのである。
どちらの橋もおよそ数秒で通り抜けてしまうが、「乗り」の側からしてもなかなか必見の代物である。
両脇のこじんまりとしたトラスに、悠久の歴史と息吹を感じようぜ!



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市塙辺りから汽車は人家の少ない里山の中へ入り、機関車は力強いドラフト音を立てて進む。
実はこの先には「天矢場峠」という、ちょっとした難所があるのだ。
撮り鉄には定番中の定番とされる名所である。

線路沿いでは多くの撮り鉄がカメラを構えているが、通過地点寸前で構える人が結構多く「大丈夫なのか?」と思ってしまう。
少し小高い丘の上を進み有名な天矢場の峠を過ぎると、汽車は惰性で25パーミルの急勾配を下っていく。
下館からちょっとすつ上ってきた分をここで一気に下るから、それなりに急な下り坂である。



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やがて素朴な市街の中へ入ると、汽車は栃木最東端駅茂木へ到着した。
到着すると汽車先頭部に人が集まってきて、しばしの記念撮影タイムが始まる。
ホームの向かい側には転車台があり、回転シーンを見ようと子供達が早くも集う。

乗客を降ろした後、汽車は再び煙を吐いてバック運転で転車台へ向かっていった。


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茂木駅前は商店が立ち並んでいるが、他は特に何もないようだ。
立派な駅舎は新築の真新しいもので、駅構内には蕎麦屋が併設されている。
栃木最東端駅の記念碑は残念ながらないが、ここが栃木の鉄道最東端であることに変わりはない。

ちなみに、茂木は「もてぎ」と読むらしい。なかなか難読な駅名だ。
私は、今までずーっと「しげき」だと思っていたぞ。


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ホームへ戻り、転車台へ向かうC11を観察する。

蒸気機関車はバック運転が苦手なので、大概終着で向きを変えるための転車台が設けられている。
もおか号は復活当初は転車台がなかったらしく、転車台が設けられるまでは復路をバックで運転していた。
バック運転は、鉄用語で「逆機」と呼ぶ。逆機運転は通常の前向き運転とはまた別のテクニックが必要なのだとか。


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転車台にSLが入ってきていざ回り始めると、脇でマジマジと見つめる子供達から歓声が上がる。
機関車が回ってるだけなのに、「わあーー!」とか「すごーーい!」とか喜ぶのだ。
ここの転車台は電動で動いていて、回転中は素朴な電子メロディが流れる。

自分も子供の頃は線路脇で「スーパーひたちだーーー!」とか叫んでたらしいから、人のことは言えないのだが(苦笑)。
小学生の頃は新型通勤電車(←走○んですの一派)が一番好きだったのに、今一番興味があるのは国鉄車と蒸気
年取るたびに、時代を逆行しているような気がしてならない。まあ趣味だから別にいいんだけど………。



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ゆっくりと半回転し向きを変え終わると、機関車は転車台近くで給水と石炭補給を始めた。
復路の出発は二時間半後であり、それまで一休みといった感じかな。


復路も全線もおか号で行ってもいいが、もう一つ見てみたい「釜」がここ真岡鉄道にはあった。
蒸気ならぬエアーで動くSLが、真岡駅に併設される観光施設にあるというので見に行ってみよう。
茂木駅構内で機関車の転車シーンを味わった後、私はホームで12時41分発の下館行き鈍行を待った。

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2015/02/22 | 真岡汽車旅

キューロク館とエアー機関車

「真岡汽車旅 2/2 (茂木~真岡~下館~取手)」

[2015/2/14]

バレンタインにして油と蒸気一色の今回の汽車旅は、至って平和で順調な道のりを辿る。
関鉄常総線で茨城を北上し、下館から真岡のSLに乗って栃木最東端の茂木までやって来た。
復路は鈍行で真岡まで行き、駅前の車両保存施設を一通り観光してから再びSLに乗って帰路へ着こうと思う。


・真岡鐵道真岡線 [茂木~真岡]
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往路のSL到着から40分後、12時41分発の下館行き鈍行がやって来た。
真岡鉄道の鈍行は単行気動車で運行されており、日中はほぼ一時間毎に走っている。
鈍行で使われる車両は全てこのモオカ14形で、派手な塗装から地元では「スイカ」と呼ばれ親しまれているそうだ。

この車両の座席はロングシートとクロスシートのどちらかを装備しているらしいが、
今来た車両は残念ながらロングシート。実際この路線は、短距離利用の学生がほとんどだからこれで十分なのだろう。
単行のオールロングシートなんて既に乗り慣れてるから、別に驚きも落胆もしない。
ただこれが6~8時間の長距離鈍行に使われるというのなら、話はまた別だが。




茂木から元来た道を戻り、観光拠点の真岡へ向かう。約40分の道のりである。
真岡鉄道の車窓は北関東の平坦な土地がほぼ八割方を占め、長閑そのものである。
下館行きの単行気動車は至って軽快な走りで、途中気持ちよくなって少し眠り込んでしまう。


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眠りから覚めるとちょうど真岡に到着していて、慌てて下車した。
ちなみに真岡は「もおか」と読むが、私は最近までずーっと「まおか」だと思っていたぞ。

ここ真岡は真岡鉄道の本拠地であり、駅脇には車両基地があるしSLの車庫もある。
さらに駅前すぐに併設されているキューロク館では、貨車や国鉄気動車の展示などに加え、
エアーで動く蒸気機関車も見ることが出来るらしい。ということで、さっそく駅前のキューロク館へ向かおう!



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真岡駅の駅舎はSLを模した巨大な建物となっており、「関東の駅百選」にも選ばれている。
地方ローカルにしてはあまりにも巨大な駅舎で、なかなかの存在感があって良い。
間もなくエアー機関車の走行実演が行われるというので、スタンバイすることに。
先ほどのSLもおか号ほどではないが、人がちらちらと集まってきた。

果たして、エアー機関車とはどんなものなのか!?



・キューロク館
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観光施設キューロク館も、真岡駅の駅舎と同じでSLを模したつくりになっている。
中からヘッドライトを照らしているのが、キューロク館の名物であり「主」である蒸気機関車だ。
やがて準備が完了すると、汽笛一声!僅かばかりの白煙を上げながら、エアー駆動の機関車はゆっくりと動き出した。



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来た来た来た………!


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キターーーーーーーーーッ!!

大正生まれの釜のお出ましだ。
9600形!大正2年に登場した、日本初の純国産形蒸気機関車である。愛称は「キューロク」
大正2年に導入されたこの機関車の総製造数は828両に及び、あのD51(1115両)に次ぐ製造両数を誇っている。

日本初の蒸気機関車(860形)が誕生したのは明治27年のことで、それまで国鉄は外国からの輸入機関車を使っていた。
続いて20世紀に突入して間もない頃(明治35年)に、日本で初めて蒸気機関車の量産が行われる。
しかしこのとき量産された機関車(230形)はイギリス製が元になっており、
完全なる国産オリジナルというわけではなかった。

時代は大正に移り変わり、技術的自信を磐石なものとした国鉄はようやく国内設計の蒸気機関車を導入することとなった。
このとき、国内の事情に合わせて設計され本格的に量産されるまでに至った二つの形式。それが9600形と8620形だ。
9600形は貨物用として、8620形は旅客用として、国内設計で初めて量産された蒸気機関車となったのである。





図太いボイラーの割に動輪が小さいのが、キューロク一番の特徴だ。
この昔の解説映像では、現役時代のキューロクの力走を見ることが出来るので是非見てほしい。
米坂線や宮津線を初めとして、キューロクは戦後になると急勾配かつ路盤の弱い路線で使われていたという。

ちなみにキューロクが最後まで残っていたのは北海道のローカル地区で、国鉄最後のSL運用もこの機関車が牽引している。
古くは大正から昭和の定期SLの終焉まで、国産SLが誕生してから消滅するまで9600はずーっと働いた。
なので、キューロクは国産の蒸気機関車として最長命の形式である。


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エアーもとい圧縮空気で動き始めた真岡のキューロクは、全長僅か60m程の展示線を往復し始めた。
機関車のみで二往復した後、さらには展示線末端にある車掌車も連結して三往復、四往復する。
車掌室には乗車も出来る(乗車料300円)らしく、子供連れが続々と乗り込んだ。


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私的には生きた蒸気が動くだけでも楽しいが、子供には何が楽しいのかわからないらしい。
虎視眈々とカメラで撮り続ける我々「鉄」を尻目に、早くも飽き始めている。
良識ある大人達の前で「つまんなーい」とか言う子供達は本当に純真だ。

確かに展示線を往復するだけでは如何せん地味であるが、これはスゴイことなんだぞ!
大正生まれで百歳に達しようとしてるご老体が、身体に鞭打って圧縮空気で動いてるっていうのに。



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結果的に展示線を四往復した後、キューロクのエアー駆動実演は終了した。
HP上では二往復とあったから、残りの二往復はサービスでやってくれたのかも。
すごい地味ではあったけど、個人的にはなかなか見応えあったな。何せ、大正の釜だし!



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復路のSL列車が来るまで少し時間があるので、それまでキューロク館で展示されている車両を観察してみよう。
キューロク館横には、かつて真岡線で使われていた気動車とディーゼル機関車が展示されている。
大昔の地方ローカルの象徴であったキハ20と、ローカル地区の機関車を代表するDE10

キハ20といえば、ここ真岡から約40kmほど東のところにあるひたちなか海浜鉄道で走っている(土日のみ)。
ひたちなか海浜鉄道は「ときわ路パス」のフリー区間に含まれていて、以前乗りに行ったことがあるのだが、
嘘みたいに古ぼけたエンジン音は本当にびっくらこいた。特にキハ2000は床が板張りなのでおすすめだ。


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キューロク館内で9600と一緒に展示されているのは、かつて急行ニセコの客車として使われていた旧型客車スハフ44
これを復活させてキューロクとともに本線上を走らせれば、凄いことになりそうだが………。
あの大○川鉄道にも負けない、旧時代蒸気王国の誕生である。

旧型客車脇の憩いのスペースには、すっかり読み込まれてクタクタになったレイルマガジンが置いてあった。
雑誌トップの叩きに「さらば、日本海・きたぐに」とあるから、結構前のやつなのだろう。
何から何まで、ホントに鉄道づくしなんだな、ここは(笑)。


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キューロク館前に「デン!」と大きく掲げられている、真岡鉄道のSL保存車の紹介看板。
定期運用はC12とC11だけで十分だし9600が本線上を走ることはなさそうだが、
何時か客車を引いて本線を走る姿も見てみたいものだ。

圧縮空気で動態保存するのは、将来的に蒸気復活させるための仮措置だと何処かで聞いたことがある。
だとしたら、キューロクは近い未来にSLもおか号として真岡線を走るのだろうか?
今後の真岡鉄道に期待したいところである。

キューロク館を一通り探索した後、私は真岡駅ホームで復路のSLが来るのを待った。



・SLもおか [真岡~下館]
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復路のもおか号は、往路ほどではないが到着寸前になってそこそこ乗客が集まってきた。
傾きかけた陽を浴びるC11の姿は、何処となく哀愁が漂っている。

真岡のC11は只見線陸羽西線磐越東線など、出張運転で色んな路線に出向いているから顔つきは立派である。
現役の蒸気の中でも、こいつは一番忙しい奴かもしれない。C11はどんな路線もこなす万能の名機なのだ。
ごった返す中で機関車を撮影した後、私は列車最後尾の客車に乗り込んだ。


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真岡鉄道がもおか号で使っている客車は、国鉄50系だ。
1977年に導入された形式で、主に地方線区の通勤・通学用に製造された車両である。
今は旧客を髣髴とさせる茶色に塗られているが、かつては赤色一色で「レッドトレイン」とも呼ばれていた。

50系は通勤・通学需要のために車端部付近がロングシートになっているが、他は全てボックスシートである。
座席モケットこそ緑色に取り替えられているのだが、他は特に弄った形跡はない
荷棚下に素朴なイチゴの飾りつけがついてるのが地方ローカルらしい。


………イチゴの飾りつけを見て今日がバレンタインだったことを初めて思い出した。


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威勢よく汽笛を鳴らした後、もおか号は下館向けて出発する。
久下田を境に列車は茨城県内に入り、住宅や工場の間を抜けていく。

SLが不調であるときを除いて、もおか号は最後尾に補機(DL)をつけず単機で運転するらしい。
小型機関車が客車3両を独力で引っ張ってるから、ドラフト音も他のSLより「らしく」鳴り響いている。
加えて真岡線は非電化で架線がないので、大昔の地方ローカルの体裁(小型機関車+非電化)に限りなく近いといえよう。



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やがて真岡から約30分で、復路のもおか号は終着の下館に到着となった。

真岡のSLは年々右肩上がりで人気が上がっているらしく、今日も観光客や撮り鉄や極小数の乗り鉄達で賑わった。
SLブーム再来が期待され、また観光資源としての価値も高まっている蒸気が私はやっぱり好きなんだと思う。
あと関東圏で乗ってないSLは、JR東日本高崎支社のデゴイチだけだ。

関東だけでなく最終的には全国のSL列車乗車を目指して、これからも頑張っていこう!
真岡のSLに別れを告げ、私は十分後に出発する常総線の乗り場へ向かった。



・関東鉄道常総線 [下館~取手]
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日が暮れる中、常総の単行気動車が発車を待っている。
車両はキハ5000形。見た目はほぼ同じだが往路で乗った2300形とはまた違う。
2009年に導入された新型車で、塗装も従来のものと塗り分けが異なっているのが興味深い。

ただ個人的には、昔のベージュ地にオレンジ帯の塗装を復活させてほしいなー。
昔の塗装の気動車は平日の通勤時間帯に運用されるのみとなっており、狙って乗るのは困難。
竜ヶ崎線で昔の塗装の旧型気動車が土曜に運行されているらしいから、近いうちに行ってみるかな!


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手前の線路が常総線、真ん中を貫く線路が水戸線で、奥にあるのが真岡線だ。
ディーゼル機関車が連結され回送されていく真岡のSLを横目に、16時05分発の汽車は定刻通り出発する。

全線通しを名乗る取手行きの単行気動車は、やはり往路と同じく水海道で二両編成の気動車に乗り換えとなった。
何せ、「水海道乗り換え取手行き」である(苦笑)。初見だと結構ややこしい案内だろうコレ。
以前は全線通しの鈍行があったはずなのだが、今は無くなってしまったのだろうか………。



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すっかり日が暮れた頃、下館から一時間強で汽車は終着の取手に到着する。
東京近郊にして純然たる気動車と客車列車だけの汽車旅も、これにて終了。
千葉北西の自宅へ向かうため、私は何時もの常磐線で帰路に着いた。


既に復活から四半世紀近く立っている真岡のSLは、冬季こそ訪れる価値があるだろう。
冬季において定期で走ってる蒸気機関車といえば、大井川鉄道と真岡鉄道ぐらいなのだが、
真岡のSLはサービス精神旺盛で、住宅から離れたところでは盛大に煙をふかしていたのもポイントだ。

走行中試しに少し窓を開けたら、石炭の粒が飛んできて眼鏡が黒く薄汚れてしまったぞ。それも味といえば味だが。
JRみたいな派手さはないが、昔の地方ローカルの体裁に限りなく近い真岡のSL列車は一度乗ってみる価値ありだ。
もおか号は自宅から一番近いSL列車なので、また近いうちに来訪したいと思う。
(完結)
2015/02/27 | 真岡汽車旅


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