鈍行列車一人旅

よく電車とバスに乗って旅してます。鉄分多めの旅ネタが主。
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鶴見線の旅

「大都会の中のローカル線」

[2013/4/13]

北海道の旅からまだ一週間しか経っていないが、早くも次の旅を計画する。
とはいえ何日も休みをとる余裕はもうないので、通学帰りにどこか手短に行ける場所を探してみる。
それで、まず思い立ったのが鶴見線だ。
定期圏から30分ぐらいで行けるので、早速ダイヤをチェックして行ってみることにした。

夕方、京浜東北線に乗って鶴見へ向かう。
鶴見駅に到着し、ホームの階段を上がってすぐ横のところに鶴見線の改札があった。
205系3両編成での運転だ。平成生まれの自分にとって、205系は正に電車の基本イメージみたいなものである。
特に物珍しくもないので、さっさと列車に乗り込んだ。


・鶴見線 鶴見~海芝浦

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運河沿いをゴトゴト走り、やがて列車は終点の海芝浦駅に到着した。
ホーム脇はすぐ海になっている。
この駅は東芝の敷地内なので、一般客は駅から一切出ることができない。

ここまで片道僅か10分ほどの道のりであった。
旅というには短すぎるかもしれないが、実際終点に着いてみると他とは全く違う非日常感に溢れていて面白い。



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対岸に大きなコンビナートや首都高の橋が見える。
夜になると夜景も綺麗らしい。



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折り返しの列車に乗って、今度は鶴見線のもう一つの見所といわれる国道駅で降りた。
昭和初期に開業・建設されたこの駅は、今も改築が一切行われていないため当時の面影がそのまま残っているのだという。



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駅構内へ降りると、見れば見るほど独特な薄暗い空間が現れた。
高架下がそのまま通路になっているのだが、まるでここだけ時が止まってしまったかのようである。



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立脚はアーチ状になっていて、いかにも当時の雰囲気といったつくりだ。
まだ外は明るいのだが駅構内はかなり薄暗く、年季を帯びたコンクリートの床が鈍い光沢を放っている。



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改札付近だけは蛍光灯があるので明るい。無人駅だが、古い木製の改札口が今も残されている。
よく見ると、ホームに向かう階段と立脚が上手く入り組んでいて面白い。
改札を出てすぐのところに焼き鳥屋が一軒あった。



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灯りも未だに昔ながらの裸電球が使われている。
剥き出しの姿がかなり生々しく、戦前にタイムスリップしてしまったような気分になる。



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外から駅入口を見る。
中は濃密な闇に支配されていて、まるで別世界との境界のようである。



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壁面には、第二次大戦中に受けた機銃掃射の跡が残っている。
コンクリートは朽ちかけており、防護用にネットが張られている。
未だにこんなものまで残っているのがすごい。



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通路両端の2つの入口の他、通路脇に細い抜け道が一つあった。
果たして、これが駅の入口だと言われて俄かに信じる人はいるだろうか。
通路横の部分はかつて住居として使われていたらしいが、今は人のいる気配は全くなく半ば廃墟と化している。



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散々探索した後、国道駅から歩いてすぐのところにある京急の花月園前駅に向かった。
あとは京急に乗って品川まで行き、そのまま帰路へ着く。
総じて1時間強の短い旅だったが、圧倒的な非日常感とタイムスリップ感を体感できた。

ディープでマニアックな鶴見線といわれるが、何だかんだいって実際に訪れてみると他には見られない発見があって面白い。
個人的には、国道駅の醸し出す雰囲気が圧倒的だった。
駅周りはありふれた住宅街であり、その異空間ぶりがやたら際立っていたのである。
(完結)
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2013/05/01 | 首都圏在来線

都電荒川線に乗って

[2013/6/24]

通学帰りに少し時間が余ったので、久しぶりに都電に乗りに行くことにしました。
普段都電は滅多に乗らないのですが、通学圏の山手線からすぐに乗り換えることができます。
帰りがけに大塚駅で山手線を降りて、早速都電の駅に向かいました。


・都電荒川線 大塚駅前~三ノ輪橋

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都電荒川線の大塚駅前駅はJR線の高架真下にあります。
ホームに着くとすぐに都電7000形が入線してきました。今や都内唯一の吊り掛け電車となった都電7000形。
老朽化もあってか数年前から少しずつ廃車が進んでいるようですが、今も都電の主力車両として活躍しています。

夕方ラッシュ時の山手線ほど激しくはないものの、車内は予想以上に混雑。
どうもこの日は沿線で縁日が開催されているらしく、最寄りの庚申塚駅でさらにどっと乗客が詰めかけます。
途中であっという間に乗り切れなくなったので、運転士が「次の電車がすぐ来ますので、お待ち下さい!」と促します。
結局王子駅前までずっと身動きがとれない状態が続きました。



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王子駅前から後ろにかぶりつきます。
沿線のほとんどは専用軌道になっていて、併用軌道の区間はごく僅か。
逆にほとんど併用軌道だったなら、荒川線も他の都電と同じようにとっくの昔に廃止されていたのでしょう。



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どこか懐かしい風景が続きます。
都電は子供の頃に家族と荒川遊園へ行くときぐらいしか乗らなかったので、ほとんど記憶にないのですが、
発車時にベルが2回鳴るたび何となく懐かしい気分になります。



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広告が施された車両が多いですね。



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町屋駅前を過ぎると、京成の線路をくぐり抜けます。
ここから終点の三ノ輪橋までの区間、線路脇にバラが植えられているようです。



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荒川二丁目駅に到着。対向ホームが少し離れています。
こじんまりした佇まいが、何ともいえないですね。



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終点直前で最古参の7001号車とすれ違い。
また線路はところどころで草が生い茂っています。



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やがて、列車は終点の三ノ輪橋に到着。奥の降車ホームで乗客を降ろし、後にすぐ乗車ホームに移りました。
駅はちょうど下町商店街の中に位置していて、昭和の雰囲気が色濃く残っています。



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駅前に植えられているバラが綺麗だということで、関東の駅百選にも選ばれています。



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駅前広場を出るとすぐ、昔懐かしいアーケイド上の商店街があります。
入口に設けられたアーチが風格あっていいですね。



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ただ僕はどちらかというと、こういう昔からある看板に惹かれます。



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昭和通り側の駅入口はとてもこじんまりとしていて、ここが本当に駅入口なのかと最初は驚きました。
入るとたちまち、郷愁に満ちた昭和の世界へタイムスリップします。
なので荒川線に乗るときは、三ノ輪橋から乗ったほうが雰囲気あっていいかもしれませんね。

2013/06/22 | 首都圏在来線

吾妻線の旅

「吾妻の水没区間を行く」

[2013/9/9]

今年の夏も終わりに差し掛かった頃、18切符が一日分だけ余っていたので何処かぶらっと出かけることにした。
ということで、今回は吾妻線に乗車しようと思う。
関東平野の末端から深い山間部へと入っていく全長55.6kmのローカル線で、沿線には多くの温泉が点在する。
草津温泉の最寄駅もあり、上野から特急草津が直通で乗り入れている。

吾妻線の起点は上越線と接続する渋川だが、普通列車は全て高崎まで直通している。
18切符最後の一回分を使い、僕は自宅から列車を乗り継いで高崎へやってきた。


・吾妻線 [高崎~大前]
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吾妻線の普通列車は、湘南色の115系とロングシートの107系が運用についている。
これは両毛線の115系。最近手入れされたばかりなのか車体がピッカピカに光っている。


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対して向かい側に停まっていたのは、すっかり汚れてくたびれきった表情の107系。
吾妻線の主力は115系だが、107系は1日2往復のみの運用となっている。

15時10分発の大前行き普通列車は定刻通り高崎を発車した。
しばらく上越線内を進み、渋川から吾妻線に入る。


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渋川を出るとすぐに車窓が閑散とし始めた。
上越新幹線の線路をくぐり、進行先に山々が目前に迫ってくる。


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祖母島駅を過ぎると吾妻川を渡り、終点までほぼ川の右側に沿って走る。




本格的な山間部に入り、岩島駅からは最も谷が深いところ(吾妻渓谷)を進んでいく。
この区間(岩島~長野原草津口)は、現在建設中の八ッ場ダムが完成したとき水没することが決まっている。
付け替えられる新線区間は長大なトンネルなので、あまり面白みがなくなってしまうのが残念だ。


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そして、吾妻線の名物「日本一短いトンネル」の樽沢トンネルをくぐり抜ける。
全長僅か7.2m。短すぎて車内からではよくわからないが、外から眺めると面白いらしい。
このトンネルも、水没はしないものの新線付け替え後は列車が一切通らなくなる。


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深い渓谷の中を縫うように走っていく。
川原湯温泉駅を出るとすぐトラス橋を渡り、車窓には渓谷美が広がる。


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川原湯温泉駅上に建設中の湖面1号橋に続き、巨大な不動大橋(湖面2号橋)の下をくぐる。
橋の異様な高さ(86m)が、後に形成されるダム湖の規模の大きさを物語る。
ダムが完成すると、この辺りは水面から約50mの湖底に沈んでしまうのだ。


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脇に建設中の新線が近づいてくると、草津温泉の最寄である長野原草津口駅に到着となる。
溶岩ドームだろうか、線路向こうの山に何かこんもりしたものが見える。
あの断崖絶壁の上には、かつて戦国時代に丸山城という城があったそうだ。


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吾妻渓谷を過ぎるとトンネルが多くなり、静かな山里の中を進んでいく。



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やがて17時前に、列車は定刻通り終点の大前駅に到着した。
単線ホームの無人駅で、関東地方では最西端の駅になる。
多くの列車は一つ手前の万座・鹿沢口止まりで、この終点の大前には1日5本しか列車が来ない。


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駅前には民宿が一軒あるが他は何もなく、辺りは静寂に包まれている。
駅のすぐ横に、これまでずっと並行してきた吾妻川が流れている。


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折り返しの列車が発車するのは20分後だが、特にやることがないので橋の上から渓流を眺めた。
駅周りは山の中だが、何処か最果てに来たような味わいがある。


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キリのいいところで駅に戻り、ホームの先にある車止めを見学。
線路が半ば茂みの中に食い込むようにして敷かれており、末端にはバラストが盛ってあった。
かつてはこの先にある鳥居峠をトンネルで抜けて、信越本線の豊野駅まで延伸させる計画があったらしい。
しかし地熱地帯に長大トンネルを掘るのは困難であったため、延伸計画は未着工に終わっている。



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何ともいえない物侘しさと哀愁が漂う大前駅。
華やかさはないものの、静かなる終着駅としての威厳が漂っている。
ダム工事や新線建設で沿線風景は移り変わりが激しいが、そんな喧騒とはまるで無縁のようだ。


日も暮れかける中、折り返しの列車に乗り元来た道を戻って帰宅した。
ダム完成は少なくとも数年後のようだが、新線の方は着々と工事が進んでいた。
水没区間の車窓は素晴らしく、あの渓谷美が今後見れなくなってしまうのは本当に残念なことである。
(完結)
2013/10/27 | 首都圏在来線

大晦日、夕暮れの常磐線

[2013/12/31]

大晦日、部屋の大掃除を終わらせると既に日が暮れかけていました。
手が空いたので、何か締めにでもと思って、今年最後の夕日をバックに常磐線を撮りに行きました。

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北小金駅を少し北上したところに、国道6号が常磐線を跨ぐ場所があります。
僕はここからの眺めが一番好きです。毎日のように自転車で通る場所です。
ここで見られる、夕暮れに染まった常磐線の眺めは格別の一言。
天気が良ければ、富士山もひょっこり顔を出します。

家から5分で橋上に到着し、すぐにやってきたのは常磐緩行線の新型車両E233系2000番台。
他のE233系とは違い地下鉄にも乗り入れるので、車体断面が少し狭くなっています。


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続いて、常磐快速の顔であるE231系が登場。通勤タイプとしては最長の15両編成です。
かつては長大編成の103系が、凄まじい爆音を轟かせて走っていました。

新型車両導入以前の常磐線は珍列車王国でしたね。
試験的に導入されたVVVF制御の207系や、同じく試験的に導入された415系の先頭二階建て普通車、
そして千代田線のレア車両06系。どれも、たった一編成のみの珍車中の珍車です。
あと他には、1999年に2編成だけ投入された緩行線の209系や、ドレミファインバータで有名なE501系など、
たまたま会えればラッキーな車両が沢山存在していました。
営団06系や209系は今も現役ですが、E501系は水戸線・土浦以北のみでの運用となり、他は全て廃車となっています。


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最近デビューした、千代田線の16000系。営団6000系と代わる期待の新星。
車体デザインは、フェラーリのデザイナーで知られる奥山清行氏が担当。
先輩の6000系に次いでローレル賞も受賞。個人的には、全密閉モーターの音が好きです。


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日が沈みきったところで、新型特急車両E657系が来ました。ツリ目の顔つきが特徴的ですね。
タキシードボディの651系と比べ、普通車の快適性が格段に良くなったらしい。

キリのいいところで帰宅し、無事年越しを迎えます。
引退した緩行線の203系や6000系の一部はインドネシアに譲渡され、今も現役バリバリで活躍しているようです。
まさか、外国で再び、同じ線路で余生を送るとは思わなかったでしょうね。
毎日乗っていた思い入れ深い車両なので、今後とも末永く活躍してほしいです。

2013/12/31 | 首都圏在来線

南武支線へ行く

「大都会の中のローカル線2」

[2014/3/4]

たった4駅にして僅か7分で完乗できてしまう南武支線は、本線の尻手から浜川崎の間4.1kmを結ぶミニ路線だ。
都会真っ只中にしてはローカル要素満載なこの路線に、夕方ちょっとしたプチ旅気分で行ってみることにした。

山手線の品川から横須賀線に乗り、南武線と接続する武蔵小杉に到着。
列車を降りると皆こぞって小走りになるのでつられて走る。南武線の乗り場は遠いらしい。
長い長い連絡通路を5分ぐらい辿ると、何処か懐かしい佇まいの南武線ホームに到達した。


・南武線 [武蔵小杉~尻手]
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南武線・南武支線とも乗車するのは今日が初めてだ。
武蔵野線と同じく、車両は他線のお下がりが使われている。
万能通勤電車205系の6両編成。たまたま対向ホームに来ていた希少車209系とすれ違う。



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武蔵小杉から川崎行きの電車に乗って、まずは南武支線の起点となる尻手へ。
約10分で5駅隣の尻手に到着。ここから延びている南武支線に乗って終点の浜川崎へ向かう。



・南武支線 [尻手~浜川崎]
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南武支線は2両編成のワンマン列車で運行されている。ラインカラーも本線とは異なるらしい。
かつては国電101系が最後まで残っていたことで有名だったが、2003年に引退済み。
後継を担っているのはワンマン改造が施された205系だ。





京浜工業地帯の一角を走るこの小さな路線。
朝夕は沿線にある会社の通勤客で混雑するみたいだが、需要のない日中は本数が極端に少ない。
その独特の運行形態は鶴見線と似ているが、
南武支線は車掌がいないワンマン運転な上に線路も鶴見線ほど入り組んでいない。
1本の列車が4駅間の短い単線を行ったり来たりしているだけなのだ。



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尻手を出ると列車はすぐに東海道本線の線路を跨ぎ、京急と接続する八丁畷へ。
閑散とした住宅地の中を進み、川崎新町を出ると長閑な工業地帯の中へ入り終点の浜川崎に到着した。



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僅か7分で完乗してしまうのは呆気ないが、終点に近づくほど時間が逆行していくような車窓が面白かった。
駅周りは無機質な工場が立ち並ぶ。年季の入った木造屋根は昭和の雰囲気そのまんまだ。



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ホーム脇は貨物の線路群が広がっている。
一体何年放置されているのか、朽ちかけた保線用機関車が置かれていた。



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浜川崎は南武支線と鶴見線が乗り入れているが、両者の駅は一本の道路を挟んで別れている。
どちらも無人駅なので、乗り換えるときは簡易Suica改札機をスルーすればそれでOKらしい。



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狭い鶴見線のホーム。
一般客がほとんど来ないところだからこれで十分なのだろう。



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どうせならと思い、浜川崎から今度は鶴見線に乗車し終着駅の一つである扇町へ。
真ん前が大海原の海芝浦と比べると観光要素は皆無だが、猫が住んでいる駅として人気があるらしい。
これで鶴見線の終着駅を二つ制覇したことになる。
しかし日が暮れたので、残る大川駅は諦めて早々に帰路へ着いた。

鶴見線ほどのインパクトはないが、南武支線も他を圧倒する非日常ぶりを醸し出している。
これもまた大都会の中のローカル線
終点に近づく度に、架線柱の錆付きが激しくなっていくのが何ともいえなかった。
(完結)
2014/03/05 | 首都圏在来線

秋葉原~御茶ノ水を歩く

「徒歩10分で見れる怒涛の鉄道遺産」

[2014/10/17]

私は通学帰りによく秋葉原~御茶ノ水近辺に訪れる。
オタク街~学生街を跨ぐこの区間は、専ら「鉄」にとって聖地のような場所だ。
神田川沿いに歴史の深い橋梁が立ち並ぶ様は圧巻であり、観光で来る外国人も多い。
今回は、この秋葉原~御茶ノ水間の徒歩ルートで見られる鉄道遺産を取り上げてみよう。



秋葉原~御茶ノ水近辺は鉄道路線がこれでもかと密集していて、地上を走るJR線と地下鉄が網の目の如く交差している。
一般的に鉄道路線は、歴史が深いほど低く浅いところを走り、また歴史が浅いほど高く深いところを走る
その鉄道建設で不可避となる法則をダイレクトに感じられる箇所が、御茶ノ水駅東側での4路線交差地点だ。
中央線と総武緩行線に加え、地下鉄の丸の内線と千代田線の4路線が一挙に交わり、
地上ではまるでジオラマのような風景が展開している。
ここは有名な鉄道名所の一つで観光案内や広告などでもよく取り上げられるから、知ってる人は多いだろう。

この4路線交差地点からさらに東側では、総武線の圧巻な二つの鉄橋(神田川橋梁+松住町架道橋)に加え、
中央線の重厚な煉瓦づくりの高架橋(万世橋高架橋)を見ることができる。
歩行時間僅か10分のうちに、これら日本を代表する鉄道遺産を一気に見れるのだから鉄にはたまらない場所である。
ちなみに、私はこの秋葉原~御茶ノ水間は日常茶飯事で通っているので、
改めてカメラで撮りにいくのは何か妙な気分だが、今回は敢えてプチ旅気分で行くことにしよう。

徒歩10分とはいえ、これも一応「旅」に含まれるかもしれない。
夕方、秋葉原で山手線を降り、人混みに流されながら私は駅前を出た。



・秋葉原~御茶ノ水 (徒歩)
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まず秋葉原の電気街口を出て、少し南にある万世橋交差点まで来た。
日本一のオタク街「秋葉原」を象徴するのが、ここ中央通り沿いの風景だ。
この通りの上を横切っているのが、総武線のガーダー橋「御成街道架道橋」である。
表通りには大体いつもメイド姿の売り子がいて、ティッシュや広告や何やらを配っている。

高校まではゲームに没頭してたから、秋葉原にはよく物色しに来ていたなー。
アクション・シミュレーション・RPG・スポーツもの他、結構何でもやってた。
「電車でGO!」なんて、後になって買い直したぞ(笑)。



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万世橋交差点のすぐ横には、約300年以上の歴史を持つ万世橋が架かっている。
ここ万世橋からは、中央線の前身である甲武鉄道が建設した「万世橋高架橋」を眺めることができる。
この重厚な煉瓦の橋上には、かつての中央本線の終着駅「万世橋駅」があったという。

中央本線の長い歴史の中で、万世橋駅は1912年から7年の間、同線の終発着駅として機能した。
しかし、1919年に東京まで延伸開業がされると中間駅となり、ターミナルとしての役割を譲る。
やがて昭和に入ると乗降客が見込めないために廃止され、その跡地には交通博物館が建てられた。
現在は交通博物館が移転したため、飲み屋やカフェなどで構成される商業施設として使われている。



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万世橋交差点から、しばらく国道17号を西へ進んでいく。
表通りは綺麗なものだが、裏通りに入るとごちゃごちゃ店がひしめき合う秋葉原。
そして裏通りにおいてもメイド姿の売り子が沢山いて、カフェやクラブや何やらの勧誘をされる(笑)。
特に自分みたいに一人でブラブラしていると、積極的に勧誘されやすいので注意が必要だ。

ちなみに、メイドカフェに私は一度も行ったことがない。
一体何に魅力があるのか、良さがわからないんだよなー。
それでも、一度行ってみたいと思ったことはあるが……。



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歩いて数分で、国道17号は総武緩行線の線路とぶち当たる昌平橋交差点に達する。
この交差点の真上に架かっているのが、日本の鉄道橋の中でも屈指の完成度を誇る「松住町架道橋」だ。
当時の最新技術を結集してつくられた、トラス構造による二重アーチ橋である。



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総武緩行の黄色い通勤電車(E231系)が松住町架道橋を渡っていく。
この橋は秋葉原の玄関口として象徴的な存在とされ、御茶ノ水~秋葉原の境界線にちょうど位置している。
ここから道を右へ入って行けば、オタッキーなアキバの世界へレッツラゴーだ(自分も相当なオタクだと思うが)。



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続いて、松住町架道橋のすぐ左隣に架かっているのが「神田川橋梁」。
軽快な八の字形の橋脚が特徴的で、一般に「ラーメン」と呼ばれるつくりである。
この二つの橋で、総武線は神田川と主要国道(と当時は市電も)を一挙に渡り秋葉原へと至るのだ。



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昌平橋で神田川を渡り、中央線の線路に沿って坂道を上り「聖橋」の上へ到達した。
聖橋は、1927年に完成した重厚な鉄筋コンクリートアーチ橋だ。
この聖橋上から見える景色は、鉄にとって格別の風景になっている
先ほどの前置きで述べた4路線交差地点を、すぐそばで観察することができる場所だからだ。



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そら来たっ!列車3連が同時に交差する瞬間を逃さずカメラで捕らえる。
上から総武線、中央線、丸の内線と重なり、さらにこの真下の地下深くには千代田線が通っている。
この光景は案内本とかでよく見かけるけど、実際にこうして直で見てみると本当に模型みたいで面白いな。



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さっき観察した、総武線の松住町架道橋と神田川橋梁もばっちり見える。
丸の内線がひょっこり顔を出すのも興味深いが、やはり圧巻なのは総武線の二つの橋梁だ。



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30分ぐらい待ってみるも、列車3連が交差する瞬間は意外とやって来ない。
しばらくすると外国人が一人やってきて、私と同じように写真を撮り始めた。
外国人も日本の鉄道に興味あるのだろうか。外人のアニオタは秋葉原でよく見かけるが(笑)。



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結局3連交差の瞬間は一度しか来なかったので、キリがいいところで撮影終了。
聖橋のすぐ先で御茶ノ水駅に達し、今回のプチ旅は終了となる。

御茶ノ水駅は今年で開業110週年を迎え、構内をより快適にするための改良工事が行われていた。
僅か10分の道のり(約0.8km)で、怒涛の鉄道遺産が連続するこの区間。
皆さんも、日々のちょっとした運動がてらに是非行ってみては如何だろうか。
(完結)
2014/10/18 | 首都圏在来線

千葉県ミニ大回りの旅

「140円で千葉周遊」

[2014/12/3]

本当は一都六県大回りをする予定だったのだが………目覚ましを無視して寝過ごしてしまった。
目が覚めたときには既に正午を回っていたのである。
これからどうしようと考えたが休日を無駄にするわけにもいかないので、
敢えて昼過ぎからミニ大回り旅をやってみることにした。

何の目的もなく千葉県を半周するなんて一体誰がやるのだろう(苦笑)


・計画~導入
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「大回り乗車」とは、大都市近郊区間において発駅と着駅の間を敢えて遠回りで到達する裏技である。
運賃は発駅と着駅の最短距離のものでよく、一駅分の140円や160円で済ますことも可能だ。
この裏技は複雑怪奇なルールがあるので詳細は省くが、簡潔にいうと、

・大都市近郊区間の範囲内であること
・同じ駅を二度通らないこと
・ルートが一筆書きであること
・途中下車をしないこと
・その日中に着駅まで到達すること


などの絶対原則がある。
これらのルールを一つでも破ると、遠回りした分の運賃を全て支払わなければならない。
大回りをやる場合は、ネットなどで事前に下調べしてから挑みたいところである。
なお、大回り乗車はルールさえ守れば規則違反にはならないので、
改札で駅員の失笑を買うかもしれないが堂々とやることが可能だ。




今回、急遽やることになったミニ大回りの起点は新松戸だ。
新松戸から武蔵野線で南下し、西船で総武線に乗り換えて千葉へ向かう。
千葉からは外房線に乗り、大網で東金線に乗り換え成東へ。そこからさらに総武本線で松岸へ行く。
松岸からは成田線を乗り通して我孫子へ。我孫子で常磐線に乗り換え、新松戸一つ手前の北小金で下車する。
千葉県内の北側を「ハート形」に回っていく行程だ(別にハートにしたいからしたわけじゃないが)。

今回の旅は、来週に決行する最北端鈍行旅のウォームアップも兼ねている。
日が傾きかけた頃、私は新松戸駅へ向かった。



・武蔵野線 [新松戸~西船橋]
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「ギャンブル路線」こと武蔵野線の列車がやってきた。
ねずみーランドや公営競馬場を初め、沿線に娯楽施設が多い武蔵野線・京葉線は常に混雑気味だ。
小学生のとき友達と乗り込んだ列車が超満員ではぐれそうになったのは苦い想い出。
まずはこれに乗って西船へ行こう!



・総武緩行線 [西船橋~船橋]


西船で総武の黄色い電車に乗り換える。西船橋は残念ながら快速電車が止まらない
千葉方面の快速に乗るには、一旦各駅停車で一駅隣の船橋へ行かなければならない。

武蔵野線は当初貨物専用として建設された路線で、市や町の中心部を敢えて避けて敷かれている
西船橋を初め、武蔵野線に「新○○」「西○○」「南○○」といった駅が多いのは、その名残だ。
他線の乗り換え駅のほとんどは各駅停車のみ。ここが武蔵野線の不便なところである。



・総武快速線 [船橋~千葉]
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一駅隣の船橋で降りて、総武の快速電車に乗り換える。車両はE217系。
速さでいえば常磐快速も負けないが、総武の快速もなかなか速い!
普段乗る常磐線で聞くものとは違うトーンの低いドアチャイムが鳴り響き、船橋を発車。
千葉へ向かって突っ走る!


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千葉に着いた。千葉駅の構内は相変わらず狭苦しい(←建て替え工事中のため)。
ここからは外房線だ。車両は全て209系だが、千葉の209系は他と一味違う。
先頭部の車両に限りセミクロスシートに改造されてるのだ。
これを利用すれば、駅弁を食べながら鉄旅をすることも可能である。



・外房線 [千葉~大網]
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「6番線には外房線の大網行きが参ります。ハイそこの学生さん!下がってください!聞こえないんですか!!
列車の到着寸前、ホームの端を歩くDQN高校生に対し駅員がブチ切れた。
そりゃそうだ、奴らは簡単に言うこと聞かないんだから。実際事故になったらシャレにならないぞ。

「ジリリリリリリ!」と一昔前のベル音とともに大網行きは出発した。
千葉駅は発車メロディが流れず、車掌に対する連絡用ベルが鳴るだけ。侘しい体裁だが旅情を誘う音だ。
外房線まで来ると車窓もローカル色が濃厚になり、緑が多くなる。
住宅地の中に長閑な田んぼや緑地が現れ始めた。



・東金線 [大網~成東]
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早くも日が暮れかけた頃に終点大網に到着。大網からは東金線に乗車する。
この路線は千葉県のJR線の中で最も短く終点まで乗っても10分強で終わってしまう。
車内の8割は学生で占められている。

大網を出ると、外はあっという間に真っ暗になってしまった。
まだ17時を過ぎたばかりである。



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終点の成東に着いた。外はすっかり真っ暗だがこれはこれで風情があって良い。
今日は空気が澄み渡っており、夕闇が怖いほど透き通って見える。
これでとりあえず東金線は完乗だ。


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東金線の発着ホーム(0番線)はとってつけたような場所にあり、地元ローカルの雰囲気を醸し出している。
成東では次の列車が来るまで30分待つが、数日前に寒波が到来したばかりで外はめちゃくちゃ寒い。
気温は間違いなく10度を下回っている。厚着しときゃよかったーっ!

改札を出て暖かい待合室に行くわけにもいかないので、ホーム上で風に吹かれながらジッと耐えた。


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ずっと突っ立っていると凍えそうなので、駅ホームを軽く探索。
駅名標の一部がはがれてしまっている。「aruto C m」って何だしw


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しばらくすると、東京行きの「しおさい」がやってきた。房総特急の代名詞といえば、この列車だ。
発車する寸前、学生二人が手を振ると運転士が応えて警笛を鳴らしていた。
微笑ましい光景である。心優しい運転士もいるんだなあ………



・総武本線 [成東~松岸]
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身体が凍えかけた頃、総武本線の銚子行き鈍行がやってきた。
この区間は総武本線の中で最もローカルで、一時間に一本しか列車が来ない。
車内は満席だったがしばらくすると空いたので座席を確保。
真っ暗な中、くたびれた空気を乗せて下り列車が淡々とひた走る。

途中眠くなってしまい、うつらうつらし始めた頃に列車は松岸へ到着していた。
銚子まで行くわけにはいかないので慌てて下車!危ない危ない。


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ここからは成田線を延々と行くが、途中の成田で一回乗り換えなければならない。
海に近いのか知らないが風がさっきよりも強く、ガタガタ震え上がりながら列車を待つ。
しかしこれで「寒い」なんて言ってたら、来週の最北端鈍行旅なんてシャレにならないぞマジで。



・成田線 (本線) [松岸~成田]
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松岸到着から10分後、成田線の鈍行がやってきた。車内の暖かさにホッと一息。
成田線は単線が多い地味な路線だが、沿線には観光資源が多く特急も出ている。
レールのジョイント音もガンガンに響き渡っており「我こそ電車でござい!」みたいな走りっぷりがいい。

成田線は華やかな愛称もついておらず駅名も難読で渋いものが多い。
椎柴→しいしば、水郷→すいごう、下総松崎→しもうさまんざき、下総神埼→しもうさかんざき、
酒々井→しすい、安食→あじき、木下→きおろし、

などなど激渋の駅名が連ねている。特に安食(あじき)と木下(きおろし)はツボに嵌った。


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松岸から一時間強で、列車は成田に到着した。
ホーム上に「ドーン!」と構える巨大な成田山の盆が印象的だ。



・成田線 (我孫子支線) [成田~我孫子]
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成田で我孫子行きの列車に乗り換える。
成田線は本線の他に二つの支線を持っており、成田空港へ接続する空港支線我孫子支線がある。
車両は10両編成の常磐E231系。もう20時過ぎなので車内はガラガラだ。

今日は寒い上に風が強く、ドアが空くたび冷たい風が吹き込んでくる。
ひなびた土地を抜け、手賀沼のそばまで来ると終点の我孫子に到着した。



・常磐緩行線 [我孫子~北小金]
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最後の最後に乗る列車常磐緩行線の代々木上原行きだ。
こいつは千代田線直通仕様の209系。たった二編成しか存在しないレア車両である。
我孫子から10分ちょっとで、列車は着駅となる北小金に到着。
こうして、今回のミニ大回りの旅は無事終了!

140円の切符を手に改札へ向かった。


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大回り乗車は初めてだったので、切符を改札へ入れたときの「ピンポーン」を聞いたときは、
不正乗車をしたような罪悪感に駆られたが、やむなく有人改札で説明し駅を脱出。
薄着で着たことを後悔し、ガタガタブルブル震えながら自宅へ向かったのだった。

2014/12/04 | 首都圏在来線

常磐線複々線区共感リスト

[2015/1/30]

上野から千葉北西・茨城・福島を通り仙台までを結ぶ常磐線は、北千住~取手間で各駅停車と交わり複々線になります。
今回はこの常磐線の複々線区を生活の拠点とする人々(←自分)が、普段思っているであろう疑問や不満、
よくありがちなことなどを、専ら「鉄」の視点で思いつく限り取り上げていこうと思います。


・常磐線 [北千住~取手]


常磐線の複々線(北千住~取手)は元々、通勤五方面作戦の下に建設された区間です。
1971年の千代田線相互直通運転開始とともに複々線化され、快速と各駅停車に運転系統が分かれた。
北千住から快速・中電(中距離電車)は終点の上野へ向かい、各駅停車は地下鉄千代田線へ乗り入れます。

この常磐線複々線内の運行系統は少し複雑で説明しずらいところがあるのですが、
特急以外で運行している旅客列車の種別を大きく分けると、

・上野~取手以北を走る中距離電車
・上野~取手間を走る快速電車
・千代田線内~北千住~取手間を走る各駅停車


の3つに大別されます。

複々線の4本の線路のうち、快速と中電は取手まで同じ線路・駅を辿り、各駅停車は各駅停車用の線路を走ってますが、
この他にも常磐線の複々線を通る列車の種類は多岐に渡り、様々な列車が入り混じって繁華な様相を呈している。
全長約350km(上野~仙台)に及ぶ長大幹線、常磐線の中でも一番華やかな区間といえます。

しかし華やかといっても、そこは良くも悪くも腐っても磨り減っても常磐線だけどね!



「快速・中距離電車編」

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「上野~土浦間を走る特別快速E531系」


・酒臭い。

常磐線の代名詞的イメージがこれ。茨城の住民は、車内で酒盛りをやるのが常態化しているためです。
取手以北へ行く中電がいずれも酒臭いのは、そのせい。
遠く茨城の地からやってきた中電の濃厚な臭気は、入った瞬間「オエッ」ってなるほど酷い場合もあるから注意したいが、
そもそも沿線住民はそれが当たり前のため、誰も咎めることはなく普通に利用してます。


・日中の快速と各駅停車の乗り継ぎが不便だ

常磐線の快速・中電と各駅停車はダイヤが完全に独立していて、乗り継ぎのための設定は一切されてません。
各駅停車から快速に乗り換えるとき、こっちが停車すると同時に快速が発車なんてこともザラにある。
でも、ときによっては走れば間に合うこともあるから、決して諦めてはいけません(笑)。


・特別快速の存在意義とは

日中(10時~15時)に一時間一本のみの特別快速は、便利ではあるが本数が少ないため実用性に限りなく乏しい。
元々つくばEXに対向する建前として設定された列車なので、導入当初から実用性は考えられてなかった可能性大。
天王台が高校最寄だった自分は、特快導入後、特快通過時間帯のダイヤの「空白」の犠牲をモロに受けました。
(天王台は日中各駅停車が来ない上、特快通過時は次の列車まで最大15分近く待つ必要があるため)


大津港行き中電が醸し出していた旅情



かつて常磐線には大津港という、茨城最北端のマイナー駅へ向かう下り列車が一日数本だけありました。
少し前のダイヤ改正で消滅してしまいましたが(水戸始発なら一本だけ残っているが)、
普段の「水戸」や「勝田」「高萩」とは違う行き先に、未知なる旅情を感じたものです。
………こんなこと考えてたの、ぶっちゃけ俺だけかもわからんがな。

ちなみに上野発の常磐中電の終着は、「土浦→水戸→勝田→高萩→大津港→いわき」の順に遠いです。
このうち、大津港行きといわき行きは残念ながら既に消滅済です。



「各駅停車・千代田線編」

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「常磐線各駅停車に乗り入れる千代田線6000系」


・朝ラッシュ時の千代田線内の立ち往生にうんざりする

綾瀬~北千住間で常磐線各駅停車は地下鉄千代田線に入りますが、
朝の通勤時間帯だと、綾瀬から先ほぼ100%の確立で列車が詰まって10~20分の遅延が発生します。
快速はあまり詰まることはないから、この実態を知ってから私は快速経由で大学へ向かうことにしました。


・常磐線各駅停車を「千代田線」と呼ぶ

常磐線各駅停車の沿線住民は、同線のことを直通する千代田線と間違えて言う人が大多数を占めてます。
不動産の広告も千代田線と案内してることが多い、というかそれが当たり前になってしまっている。
確かに千代田線って言った方がイメージは良いけど、正式な路線名は「常磐緩行線」です。

にしても、さすがに日々の日常会話で、
「わかった、じゃあこれから常磐緩行で柏向かうわ!」なんて言わねえよな、絶対。


・「唐木田」って何処?



千代田線は常磐線・小田急線と相互直通してるので、その3線を一気に跨ぐ列車(取手~唐木田)も存在します。
唐木田は小田急多摩線の終着駅のことで、東京都多摩市に位置します。取手からだと2時間弱もかかる。
地元の多くの人がそうであるように、私もまだ唐木田まで行ったことがありません。
というか、普段用事なんて別にないから普通行かないんだけど。


・日中12分間隔はさすがにない(今は10分間隔)

いくら東京近郊の鈍行だからって、12分間隔はないんじゃねえの?と前々から思ってましたが、
昨年のダイヤ改正で列車が増発され、ようやく10分間隔になりました。これはデカイ!
2分違うだけでも、乗り遅れたときの絶望感が大きく違ってくるからね(笑)。



「鉄のためのうんちく編」

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「ドレミファインバータで有名だったE501系」


・少し前まで「鉄」の楽園であった

昔から常磐線には所謂「試験車両」が多数導入され、他では見られないレア車両が沢山走ってました。
先頭二階建て車や、国鉄初のVVVF車、ドイツ製インバータ車など、鉄にとっては垂涎モノの珍車王国だったのです。
「鉄」の視点からすると、新型車両にほぼ統一された今の常磐線は全く持って面白みがなくなってしまいました。


・北千住駅2番線で流れる昔の発車アナウンスが気になる

あの昔懐かしい90年代に散々聞いた旧アナウンスが、常磐線の北千住駅2番線では未だに使われています。
北千住駅2番線は両方向の列車が入り混じるため、誤乗車を防ぐために敢えて下りのみ旧型放送が残されてるのです。
この放送を聴けば、かつて行き先を「上り・下り電車」としか案内されなかったあの頃の思い出が蘇ります。


・爆走国電103系が懐かしい



高速の特急とペースを合わせるため、限界寸前までモーターを唸らせて走っていた快速の国電103系。
関東で103系が最後まで残ってたのは、常磐快速でした。元々103系は各駅停車用のご老体だったのに、
今にも壊れんばかりの爆音で、北千住~柏間を爆走していたその(悲壮の)勇姿は今でも忘れられません。


・203系のガタガタドア&ジェット音に萌えた

少し前に引退した各駅停車203系もまた、国電103系には及ばないものの結構な爆音を轟かせて走ってました。
そして203系といえば、あのガタガタドアです。うるさくて、地下鉄内では会話が成立しなかったぞ。
晩年の203系はモーターにガタがきていたのかジェット機のような轟音を出すようになり、
加速時は今にもそのまま空に飛んでいきそうな勢いでした(笑)。




まるでいいところがなく「ボロ電」と揶揄された203系ですが、何だか憎めない存在であったのもまた事実。
日常とともにあった車両だから写真撮らなかったんだけど、やっぱり引退前に撮っときゃよかったなと後悔。
わざわざ、ジャカルタへ行くわけにもいかないし……(引退後一部の車両はジャカルタへ譲渡された)。


・各駅停車で使われるJRと東京メトロの車両の差異は歴然

「21世紀の電車」と呼ばれ、省エネ電車の先駆けとして1968年にデビューした6000系は今も健在。
そしてその名車6000系と代わり新たにデビューした16000系は、流麗なデザインで好評を受けた。

これら東京メトロの車両に対し、JR側の車両はどれもこれも地味でおざなりな感が歪めない。
黒歴史の103系1000番台、ボロさが際立った203系、いまいち垢抜けない新車E233系2000番台。
仮に今主力のE233系2000番台と16000系を比べても、車内の快適性でJRはメトロに負けてる。


・松戸駅6番線の発車メロディが面白い(笑)

「パパパ、パッパ、パパパッパッパパーパパ♪」のあの珍妙な発車メロディの正体が、昔から気になってしょうがなかった。
正式名称は「SF22-14」。サウンドファクトリー社が制作したもので、TVショッピングでも使われることがあるらしい。
メロディが個性的過ぎて、ネット上では「松戸テレフォンショッピング」なんて呼ばれていたりする。

ちなみに、この発車メロディは松戸駅6番線だけでなく、南流山駅2番線でも使われてます。
駅の発車メロディらしからぬ、TV番組的なハッタリ感が癖になりますぜ!



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「かつての常磐中電の主力車両415系1500番台」


半世紀前から「鬼門」と呼ばれ、昔から確執と失敗を繰り返してきた常磐線複々線区ですが、
新型車両の導入やダイヤ改正によって、当時からのネガティブイメージは少しずつですが払拭されつつあります。
しかしその一方で、緑の国電や白いやつ(415系)が走ってた頃を懐かしく思うのは、きっと私だけではないはずです。

記事は既に投稿済みですが、今後また同区間で何か気になることや変更された事柄などあったら、
この常磐線複々線区共感リストに随時追加していこうと思います。

2015/01/30 | 首都圏在来線


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