鈍行列車一人旅

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日本最北端の地、稚内へ

「極寒北国紀行 1日目 (上野~仙台~盛岡~青森)」

[2014/12/10]

寂しい男独人で他に打ち込めることが沢山あるはずの学生なのに、私はまた行こうとしている。
しかし、それも今回で一旦打ち切りとなるだろう。

「鈍行列車で最果てまで行きたい」

ただその(馬鹿な)愛情と想いだけが、私をここまで突き動かし続けてきた。
最東端・最西端・最南端を鈍行で制覇した上で、今回向かうのは最北端の稚内だ。
この旅を制覇すれば最四端全制覇となるから、出発前から何時になく気合いが入っている。

「最北端、鈍行で行ってやろうじゃないか!!」



・計画~導入


今回の旅の最終目的地は、上述した通り日本最北端の稚内である。
東京から鈍行で稚内へ行くには1泊2日かかる。稚内までの総距離は約1600kmだ。
復路合わせて4泊5日。稚内に到達した後も鈍行に乗り、北から南へ北海道を縦断する。


1日目:東北本線を乗り継いで青森まで行き、急行「はまなす」に乗って北海道へ上陸。
2日目:函館本線で旭川へ行き、旭川から宗谷本線に乗って最北端稚内へ向かう。
3日目:バスで宗谷岬を訪れた後、宗谷本線と函館本線の赤電に乗って札幌まで戻り一泊。
4日目:函館本線で南下。大沼公園でSLに乗り換えて函館に向かい、寝台特急「北斗星」に乗って上野へ。
5日目:上野到着。「北斗星」に別れを告げ、常磐線で帰路へ。



今回の旅の全体行程はこのようになっている。使用切符は「北海道&東日本パス」。
体力・気力の限界を考慮した上で、出来る限り「鉄」の要素を凝縮したつもりだ。
道中には、今年~来年度に消滅する名列車が4本(はまなす・北斗星・国鉄711系・函館のSL)もあるため、
記事上で何度も「夢をありがとう!」といった暑苦しいフレーズを連発することになりそうだが、
しがないオタク野郎の愛情とロマンとしてご容赦頂きたい。

冬の雪国に一人で行くのは初めてなため不安なところもあるが、装備は万全である。
初日は約20時間鈍行に乗り、2日目からは片道6時間の宗谷本線を往復しなければならないという、
完全に鬼畜としかいいようのない旅程だが……(苦笑)、
これまでの最果て旅も往路は鈍行で制覇してきたから、その伝統は最後まで貫きたいところだ。


[スポルディング] SPALDING SNOW FIELDPC100018.jpg

今回の舞台は極寒の北国で場合によっては生死に関わってくることもあるため、新たにスノーブーツを用意した。
道民はこんなもの履かないというが、雪に慣れてない平野民にとっては必須だ。
最北端の地の景色はどんなものなのか、直にこの足で確かめてこよう!

早朝4時半、パンパンのリュックを背負って家を出た。今のところ稚内到着時の天気予報は「吹雪」
吹雪になるとはマジで予想だにしなかったが、もう行くしかあるまい。
ブログ史上最もハードで過酷な旅が今始まるっ!!




・東北本線 [上野~宇都宮]
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東北本線の道のりは長く遠く、そしてしんどい
淡々とした車窓、鬼畜のロングシート電車、思った以上に混む車内。
2年前の最東端旅でも同じルートを辿ったが、よほど面白みがなかったのかほぼ記憶にない。

上野から青森まで約20時間の道のりだ。
気が遠くなりそうな数字だが、初日のこの道のりを制覇しないことには、
北海道はおろか青森すら行くことができないのである。




5時46分、始発から3本後の宇都宮行きが定刻通り発車した。これから青森まで一日かけての長旅である。
東北本線の上野〜宇都宮間は宇都宮線という愛称がついており、バリバリの通勤路線だ。
列車は15両編成の通勤電車でグリーン車もついている。


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今回は、宇都宮までグリーン車に乗って行くことにした。
980円かかるが、これからの苦行を思えば何てことのない出費である。
車内はまだ誰もいない。私はグリーン車に乗るのは初めてで、グリーン券を購入するのに一手間かかった。
普通に紙の切符を買うのかと思ってたのだが、今はSuicaにチャージして座席上のセンサーにタッチすればいいだけらしい。

宇都宮行き通勤電車が、まだ真っ暗な中、並走する京浜東北線を尻目に疾走していく。
大宮あたりでようやく乗客が入ってきた。大宮から東北本線は並走路線を離れて一人立ちする。


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白岡あたりでようやく日が出てきた。短いようで長い長い一日の始まりだ。
今は一年間で最も日が短い時期であり、日中のうちに行動できる時間は限られている。
久喜を過ぎた頃、車窓右手に筑波山がうっすらと見えた。
線路のそばには住宅街が広がるだけだから、今のところ車窓の楽しみといえば遠くに聳える山ぐらいしかない。

新幹線と接続する小山でドッと乗客が増えたようだ。既に通勤ラッシュに突入しているが、
宇都宮行きのグリーン車はガラガラで通勤通学の喧騒とは無縁である。
普通車は満員状態なんだろう。やっぱり、グリーン車に乗っておいて良かったと実感。
最初から混んでる中行くなんてやる気が出ないし、グリーン車ならのんびり朝飯を食べられる。

7時29分、宇都宮行きは定刻通り終点に到着した。これでグリーン車の快適旅は終了。
隣ホームに居座る黒磯行き鈍行に乗り換える。



・東北本線 [宇都宮~黒磯]
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これから乗る宇都宮~黒磯間の車両はメルヘン顏の205系。
こいつは確か京葉線で走ってた奴じゃないか。

車内はみるみるうちに混んできて発車寸前には立ち客も出た。
8両編成のオールロングシートで、ブラインドも全て下げられたため車窓は全く見えないが、
この区間の車窓は面白みがないので全然構わない。
ここからドアは「手動」になる。下車するときにさりげなく「閉」ボタンを押すのは暗黙のルールだ。
宇都宮から先は、駅間距離が少し長い気がする。



・東北本線 [黒磯~郡山]
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黒磯に着いた。ここから再び郡山行きの鈍行に乗って北上する。
黒磯~一ノ関間で使われる車両は数種類あり、「悪魔」701系・「救世主」719系・「新型」E721系の3種類がある。
大半はロングシートの701系にぶち当たることになるが、
たまにクロスシートの719系やE721系がやってくるから侮れない。

今回はなんとE721系が来た。「今日は運が向いてるぜ!」と思ったが、
正直ぶっちゃけると、東北本線の車両の運用は最初から全て決まっているため、
E721系が来ても決して運が良いというわけではないので注意されたし!


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途中の新白河で14分停車する。
ホームのすぐ横には東北新幹線の高架ホームが聳える。
しばらくすると貨物が横を通過し間もなく列車は出発した。

「この列車は東北本線、普通列車の黒磯……あっ!失礼致しました。普通列車の郡山行きです」

ええー、戻るのかーー。ここまできて戻りたくねえべw


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これまでの東北本線は住宅街ばかりだったが、黒磯以北からはガラっと雰囲気が変わり山の中を進んでいく。
対向からくるのは鈍行でも特急でもなく貨物ばかり。東北本線は貨物の大動脈なのだ。
新白河からは山あいを出て、平坦な土地を快走していく。
ガラガラだった車内は少しずつ混み始め、新白河から数駅先で満席となった。

須賀川という駅で小学生が大勢乗り込んできた。郡山へ社会見学に行くのだという。
子供の勘は大人以上に鋭いが、まさか隣に座る男が鈍行で稚内へ行こうとしてるなんて絶対思ってはいないだろう。

磐越線と接続する郡山で、再び北へ向かう福島行き鈍行に乗り換える。



・東北本線 [郡山~福島]
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悪魔こと701系の登場だ。
この車両はオールロングシートで、奥羽本線と東北本線(黒磯以北)の主力として使われている。
こいつにぶち当たる確率は限りなく高く、最悪のパターンだと、
宇都宮から青森までずーっとロングシートに座らなければいけないこともある。それこそ正に鬼畜である。

黒磯からの乗り継ぎ客が多く、車内は満席状態だ。
車窓は既にローカル一色。ここにきて早くも尻が痛くなってきた。
あとまだ15時間も残っているというのに………!

この区間の乗車時間は短く、50分もしないうちに終点福島に到着となる。
50分を「短い」と感じる次点で、私はちょっとした鈍行中毒に侵されているんだと思う。



・東北本線 (快速シティラビット) [福島~仙台]
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福島から仙台までは快速がある。
「シティラビット」という快速列車が一日数本走ってるのだ。
車両は719系。主にクロスシートが設けられており、ロング中心の東北本線でも救世主的存在といえる。

しかし思った以上に混雑しており、肝心のクロスシートを確保できなかった。
車内端にあるこじんまりとしたロングシートに座る。


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白石を過ぎると列車は小高いところを走り、右手に広々とした景色が一望できる。
東北本線は、太平洋沿いに敷かれた常磐線と比べると勾配のきついところが多い。
そのため、昔の優等列車はこぞって常磐線経由で北へ向かったという。
今はその影が全く見られないが、常磐線が栄華を誇った時代もあったのだ。



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仙台に着いた。ここで昼食休憩となるが、次乗る列車が30分後のため急がねばならない。
もっと余裕ある行程を立てろと言われそうだが、今のダイヤの都合上ではこうするしかなかった。
最東端旅のときは50分ぐらい休憩がとれたが、今は「はまなす」の発車時間が少し早まっているため、
そのツケが仙台で回ってきたのである。

駅は混み合っており手軽に立ち寄れる店もないため、何か探して食べるのは無謀であった。
キオスクで適当に昼飯を済ませて、次の列車に乗り込む。



・東北本線 [仙台~小牛田]
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発車10分前にホームへ降り立つと、小牛田行き鈍行は既に満席であった。
しかしずっと座っていても尻が痛くなるばかりなので、たまには立つのもいい。
ここから盛岡までは、列車を3本乗り継いで進むことになる。
仙台の住宅街をひた走り、閑散とした平野を走るとやがて小牛田に到着する。



・東北本線 [小牛田~一ノ関]
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小牛田で一ノ関行き鈍行に乗り換える。車両はまたしても701系。憎たらしい奴である。
車窓は人家が少なくなり、ただっ広い田園を進んでいく。
徹夜出発なので、さすがにここまでくると眠くなってきた。
体力はまだまだ余裕だが眠気には俄然弱いことを痛感する。



・東北本線 [一ノ関~盛岡]
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一ノ関到着は14時32分。ここから、現在の東北本線としては最後の鈍行に乗る。
盛岡以北は第三セクターに転換されたため、今の東北本線の実質的終点は盛岡である。
車両は相変わらずの701系だが、ラインカラーがこれまでのものと違うようだ。


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眠気に巻かれてうつらうつらしてるうちに外は雪景色に変わっていた。
時刻は16時を過ぎようとしている。あっという間に日が暮れる中、列車は盛岡向けてひた走る。


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16時15分、列車は定刻通り盛岡に到着。
ここから先は第三セクターのいわて銀河鉄道だ。
駅構内のカフェで一服した後、私はいわて銀河の乗り場へ向かった。



・いわて銀河鉄道/青い森鉄道 [盛岡~八戸]
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こじんまりとしたいわて銀河鉄道の乗り場は人で溢れかえっている。
長蛇の列を成しているが、私は列車を撮るのが最優先なのでホーム端で一人カメラを構えた。
やがて間もなく八戸行きが到着。終点八戸までは2時間弱と結構かかる。


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車両はいわて銀河独自の形式(IGR7000系)だが、JRの701系を転用しただけの代物だ。
車内は満席どころか満員となり、八割方は学生。
邪魔になるリュックを荷棚に置いてやり過ごすうち、座席はすぐに空いた。

外はもう真っ暗だが、雪が少しずつ深くなってきているようだ。
「今、稚内はどうなっているんだろう?」と車内で一人童心に返った。
時折鳴る甲高い警笛が想いを掻き立てる。私はローカル列車独特の警笛の音色が好きだ。


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陸奥から先は青森県で、列車は青い森鉄道の区間に入る。
ここまでくると車内はガラガラ。車内空調が弱いのか上着を着ていても寒い。
恐らく「はまなす」に乗り継ぐ乗客が、僅かに設けられたボックスシートに居座っている。

今回の旅は北&東パスの有効期間初日に決行することになったが、それが吉と出るか凶と出るか!
鈍行の旅は偶然の重なり合いみたいなもので多少の運要素がある。
私はそれを楽しいと思うタイプの人間だ。



・青い森鉄道 [八戸~青森]
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最後の最後に乗る列車は、青い森鉄道の青森行き鈍行だ。
座席は八割方埋まっている。数駅過ぎると、車内は男一色となった。
男の学生、男のリーマン、男の外人、そして男の乗り鉄。マジで男しかいない。

列車は広々としたところを走ってるのか、車窓はポツポツと外灯が一定間隔で流れるのみである。
車内のむさ苦しさを除けば、その光景は本州の最果てまで来た感じがする。



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やがて21時前、列車は終点青森に到着した。
はまなすが出発するまで一時間強の滞在時間があるので、ここで夕食をとる。
青森駅前には吉野家が夜遅くまで営業しているから有難い。
ただの牛丼じゃつまらないので、普段滅多に頼まない牛すき鍋を注文した。

夕食後、駅で待機すること20分ぐらいで急行はまなす到着のアナウンスが入る。
明日は遂に稚内だ!私は一番乗りで改札を通り、意気揚々とはまなすの発着ホームへ向かった。

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2014/12/19 | 極寒北国紀行

「はまなす」と厚別ダッシュ

「極寒北国紀行 1~2日目 (青森~新札幌~厚別~旭川)」

[2014/12/10]

最北端鈍行旅も一つの山を越えた。
といっても、これから天気が悪くなるから旅の峠はまだ先だ。
東北本線を全線通しで北上し、青森からは夜行列車はまなすに乗って北海道へ上陸する。


・急行はまなす [青森~札幌]
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日本で唯一の夜行急行となった「はまなす」の歴史は、今から四半世紀前(1988年)まで遡る。
それまで青森と函館を結んでいた青函連絡船の代替として、青函トンネル開通日とともに運行を開始した。
この区間は青函トンネル以外に移動手段がないため一定の需要があるようで、
多くの夜行が臨時に格下げされていく中、今も定期夜行列車として毎日走り続けている。

しかし、定期夜行はまなすの歴史も間もなく終わりを迎えようとしている。
2016年に開業する北海道新幹線の影響で、青函トンネルの電圧が新幹線専用のものへ変更されるため、
これまで客車を牽引してきた電気機関車が走れなくなってしまうのである。JRからの正式な発表はまだないが、
カシオペアや北斗星とともに、はまなすも消滅してしまうだろうというのが現時点の予測である。

今現役で走っているブルートレインは北斗星とはまなすのみだから、
両列車の廃止はブルートレインの全廃を意味する。
長い歴史を持つブルートレインを往路復路使って旅するのは今回が最後となろう!

………こうして若干興奮気味になりながら(苦笑)、私ははまなすの客車に乗り込んだ。



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22時18分、急行はまなすは定刻通り青森を発車した。今回とった座席は「のびのびカーペット」だ。
この雑魚寝スタイルの車両は人気があり、他の車両はガラガラなのにカーペット車だけ満席状態。
そりゃそうだ。他の座席と指定席券代が同額なのに、こちらは寝床に布団付きで横になれるのである。

「のびのびカーペット」の指定席券は、みどりの窓口で発券してもらうのに少し手間がかかった。
この座席は窓口の端末(マルス)上では「はまなすカーペット」という名前で登録されているので、
発券してもらう際には列車名を「はまなすカーペット」と指定する必要があるから厄介なのだ。




「これから室内灯を深夜灯に切り替えさせて頂きます。どうぞごゆっくりお休み下さいませ。
次の停車駅は函館。0時44分の到着です」


23時過ぎ、甲高い汽笛とともに列車は青函トンネルに突入する。
津軽海峡線は青函トンネルに至るまでトンネルがいくつかあるが、
いざ青函トンネルに入るときには盛大に汽笛を鳴らす。
海面下240mの海底をくぐり抜ければ、北海道の地はもうすぐだ。



[2014/12/11]

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うつらうつらしているうちに、列車は函館に到着した。
ここでは機関車の付け替え作業もあり39分も停車するようだ。
寒いホームに降り立ち列車先頭部へ行くと、はまなす専用DD51の姿があった。
この機関車は函館から終点札幌までを牽引する。

1時23分、はまなすは汽笛を鳴らして函館を出発する。
さすがにもう寝ないと2日目がもたないので、シーツをかぶって眠りにつく。
………と、そう上手く眠りにつけるわけでもなかった。
客車の振動・挙動は電車のそれよりも強く、ブレーキ時はガクッと大きく揺れる。
必要以上に繊細な自分には、この揺れが結構響いた。



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「皆様おはようございます。時刻は只今、午前5時9分を回りました。列車は定刻通り運転しております。
次の停車駅南千歳には、あと15分ほどで到着致します」


苫小牧を出たところで、室内灯が点灯するとともにアナウンスが入った。
列車は千歳辺りを快走している。終点札幌まではまだ少し時間があるようだ。
ここでどうしようか、私は一つの選択を迫られた。

その選択とは「ワープをするかしないか」ただそれだけのことである。
何が何だかわからない方もいらっしゃると思うので、ここで詳細な概要を説明しよう。





今乗っている急行はまなすの終着駅は札幌である。
札幌から道北へ行くには、まず函館本線に乗って旭川へ向かう必要があった
しかしこの区間の鈍行は本数が非常に少なく、効率の良い接続もないため乗り継ぎで大きなネックとなっている。

そこで札幌を6時に発つ始発の旭川行き鈍行に乗れば、いち早く道北へ行くことができるのだが、
はまなすが札幌に着くのは6時7分。つまり、札幌からだとこの始発鈍行に間に合わないのである。
6時の後に来る旭川行き列車は3時間後であり、特急のワープが必須となってしまう。
しかし今からちょっとした「裏技」をやれば、この始発鈍行にギリギリで乗り継ぐことが可能となる。

はまなす終着の一つ手前の停車駅、新札幌。ここから近いところに函館本線の厚別駅がある。
この二つの駅は千歳線と函館本線の合流地点近くに位置し、互いに距離が近いため、
乗換駅ではないが徒歩10分で容易に行くことができるのだ。




札幌からでは絶対に間に合わないが、ここからならギリギリ始発の旭川行きに間に合うことは、
時刻表で両列車の到着~発車時刻を照らし合わせればすぐにわかる。

・はまなすが新札幌に到着するのは5時55分。
・旭川行きの始発鈍行が厚別を発車するのは6時13分。


つまり、この二つの駅・列車の到着~発車の間には18分のブランクがあることになる。
この僅かなブランクを利用し、新札幌から厚別まで徒歩で移動し旭川行き始発鈍行に乗ることを「厚別ダッシュ」という。
要は新札幌ではまなすを降り、18分以内に徒歩10分の道をこなして厚別まで行けばいいわけだ。
結構際どいタイミングだが、両列車が定刻通りなら問題なく間に合うだろう。



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ほどなく列車は新札幌に到着。結局、私はリスキーな厚別ダッシュをすることにした。
誰も降りる気配がない中、リュックを担いで一人颯爽とはまなすを降りる。

はまなるに乗るのは今回が最後になりそうなので、よりリスキーになるが駅ホームで発車を見送ろう。



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「ありがとうはまなす!今までお疲れ様でした!」

あっさりした別れだが、ホーム上でこうして一人悠々とできるのも格別だ。
はまなすは恐らく来年度に廃止されてしまうが、そのときには人混みに溢れてんやわんや状態になってるだろう。

さて、新札幌から厚別まで少し鬼畜の移動をしなければならない。
鬼畜というほどでもないが間に合わなかったときの痛手は大きい。
スマホでGoogleマップを見ながら、まずは北口を出た!



・新札幌~厚別 (徒歩)
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外はまだ真っ暗。道路は一面雪に覆われていて、手元のマップ以外は何も頼りがない。
駅構内を出るのに戸惑ってしまい、旭川行き始発鈍行が発車するまで残り13分となった。

もはや、歩いていては間に合わない。文字通り厚別向かってダッシュだ!


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ここにきて、東京からわざわざ履いてきたスポ○ディングのスノーブーツが大活躍する。
このブーツは防寒・防水機能の他、靴底が雪で滑らないようになっているのだ。
その機能性たるや絶大で思いっきり走っても全く滑らない。

スニーカーで来ていたら間違いなくアウトだったろうな。


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結局道を迷わず進むことができ、6時10分に厚別駅に到達した。
これで無事、旭川行き始発鈍行に間に合う!



・函館本線 [厚別~旭川]
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ホーム上で待つこと数分、お目当ての列車は定刻通りやってきた。
この区間は電化されているが、やってきた列車は何故か二両編成の気動車だ。
恐らく、回送ついでの送り込み運用だろう。

厚別を出てしばらくしたところで、周りが少しずつ明るくなってきた。
辺りは一面雪景色で、ただっ広い北海道の大地が姿を現す。
始発列車だが車内は満席状態。この区間はまだ鈍行の本数が多いが、問題は滝川から先の区間である。
滝川~旭川間は一日数本しか鈍行が走ってないのだ。


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朝7時前、旭川行き鈍行は室蘭本線と接続する岩見沢に到着。
外はすっかり明るくなり、見渡す限りの平野を照らす。
天気は曇りで吹雪になる予報も出ている。

岩見沢から先を進むごとに満席だった車内が少しずつ空いてきた。
やっぱり、生粋の道民はスノーブーツなんてものは履かないらしい。
車内を見渡す限り、私みたいな旅行者を覗くと革靴とスニーカーばかりだ。


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列車は何のトラブルなく順当に道のりを進む。
奈井江という変わった名前の駅で学生が大勢乗ってきた。
目の前には雪原が広がっているのに学生達はドラクエの話とかしているw
彼らにとって、車窓に広がる大自然は生活の一部に過ぎないのだ。

究極の汎用気動車キハ40系の走りは、実にのんびりとしている。
この車両は車体が重い割にエンジンが貧弱で加速が圧倒的にのろい。
ただ車体は丈夫につくられていて、耐雪・防寒構造もしっかりしてるから安心感がある。
そこは古き良き国鉄車の魅力であり、国鉄が車両の生産に一切の手抜きをしなかったことを証明している。


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根室本線と接続する滝川で一気に乗客が減った。
ここから旭川までは車掌のいないワンマン列車となり、閑散地帯を進んでいく。

昨日の夜から何も食べてないため腹が減ってきたが、手元にはメントス一粒しかない。
とりあえず旭川まではメントス一粒で我慢しよう。


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車窓は見渡す限り平野であり、人家は少ない。雪はさっきと比べて深くなってきている。
山も近くなってきた。長いトンネルを何本も抜け、石狩川を渡るとそこは旭川の地だ。



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8時57分、札幌発の始発鈍行は終点旭川に到着した。
ここからやっと、日本最北端路線の宗谷本線に乗車する。

次乗る宗谷本線が出発するのは2時間後なので、とりあえず駅前の繁華街で朝飯にありつくことに。


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旭川は駅を出てすぐのところに繁華街があるので、飲み食いには全く困らない。
外は全然人がいないが、店の中に入ると沢山人がいる。

朝飯にありついた後、キリのいいところで駅へ戻り宗谷本線の乗り場へ向かう。
宗谷本線は前々から恐れていた長大ローカル線だが、今回やっと鈍行で乗車する機会を得た。
これから吹雪くみたいだが、恐れず行こう。片道6時間の道のりを制覇し、次回遂に最北端稚内へ到達する!

2014/12/22 | 極寒北国紀行

白銀の宗谷本線を行く

「極寒北国紀行 2日目 (旭川~名寄~稚内)」

[2014/12/11]

旭川駅前で朝飯にありついた後、私は駅に戻り宗谷本線の発着ホームへ向かった。
宗谷本線の道のりは長く、全線通しだと259.4km。これは日本の地方交通線として最長距離である。
途中の拠点名寄までは快速列車に乗り、そこから先は鈍行に乗って最北端駅の稚内へ向かう!


・宗谷本線 (快速なよろ) [旭川~名寄]
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日本最北端の路線として知られる宗谷本線は、元々樺太への連絡手段として建設が進められたという。
1898年に旭川~永山間が開業し、延伸を繰り返して1922年に稚内まで全通する。
宗谷本線は天塩川に沿って敷かれており、水運衰退とともに道北からの資材輸送の役割も果たした。
終戦後は樺太への連絡船が廃止され、樺太連絡手段としての役割を失うことになる。

かつて宗谷本線は、名寄本線深名線美幸線天北線羽幌線など多くの支線を持っていたが、
これらの支線は80年代のうちに全て廃止となり一路最北を行く孤高路線となった。
孤高ではあるが道北の大動脈として健在しており、特急も1日3本出ている。

宗谷本線を全線乗り通す場合、全線通しの鈍行で行くパターン快速+鈍行を乗り継ぐパターンに分かれる。
全線通しの鈍行は1日1本のみだが、快速と鈍行を効率よく併用する場合だと1日2回チャンスがある。
今回は11時11分発の名寄行き快速と、12時35分発の稚内行き鈍行に乗って稚内を目指そう。





宗谷本線の快速「なよろ」は、思った以上に混雑していた。
ボックスシートは既に満席なので車内端にあるロングシートへ座る。
宗谷本線は名寄まで高速化されており本数も多い。しかし、問題となるのが名寄以北の鈍行である。
名寄から北は、人家どころか道路もろくにない大自然を進んでいくことになるのだ。

列車は発車するとしばらく市街地を進む。この辺りはまだ最果て路線の風情はない。
「快速」なのでいくつか駅を抜かして進んでいくが、速度は東京の普通列車より遅い
上り勾配に差し掛かると今にも止まりそうだ。空調がききすぎなのか車内は蒸し暑い。


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石狩川を渡って間もないところで人家が少なくなり、左手に雄大な山々が姿を現す。
まだ路線の三分の一にも至ってないのに、車窓は大自然の風格を醸し出した。
これから先どんな車窓になるのか期待が膨らむ。


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ぴっぷ。

北海道は可愛い地名が多いな!w北海道の地名は八割方アイヌ語がルーツにあるらしい。
「のっぽろ」も相当ツボにハマったけど「ぴっぷ」はそれ以上にツボ。
ピップエレキバン愛用してるわけじゃないけどね。



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上りの特急に遅れが出たため、列車は8分遅れて名寄に到着。外は何時の間にか雪が降りしけっている。
もう既に発車してるはずの稚内行き鈍行が、向かいのホームで待機していたからよかった!
走って跨線橋を渡り、発車ベルが鳴る中そそくさと稚内行き鈍行に乗り込む。

孤高の最北路線、宗谷本線の凄みを味わえるのはここからだ。



・宗谷本線 [名寄~稚内]


快速からの乗り継ぎ客を待ってくれてたのは有難いが、乗り継ぎ時間はほぼゼロであった。車両はキハ54系の単行。
車内には昔の特急の座席を転用したクロスシートがあるが、景色の良い左側は全て埋まっている。
左側の車窓は意地でも確保したいところなので、やむなくロングシートに座ることに。



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ああ結局、最初から最後まで鬼畜な行程になってしまった。せめて最後ぐらいはクロスシートが良かったのだが……
まあいい。鈍行に贅沢なんぞ言ってはいけない。

これも最北端までの試練と思えば何のその!リュックをロングシートの片端に置いて背もたれ代わりにし、
座席と垂直に座るようにすると窓と自分の位置がいい塩梅になった。
これなら4時間ロングでもいけるだろう。ロングシートも「住めば都」である。



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名寄から宗谷本線は屈指のローカル区間に入り、一級河川の天塩川沿いをひた走っていく
左手には川沿いの絶景が広がるが、右手は面白味がないので避けたいところ。
名寄市街を出ると天塩川が間近に迫り、圧巻としかいいようのない車窓が続く。

この名寄からの天塩川と宗谷本線の並行区間は、これから先なんと2時間強も続くのだ!
………いやーマジですごいわー。スケールが他と比べ物にならない。



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その佇まいは大河のようで、また向かいに聳える山々も険しく、
「ここは本当に日本なのか?」と思ってしまうほど荘厳な大自然の景色である。


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雄大な天塩川とともに車窓に広がるのは、途方もなく広大な北海道の大地だ。
人家はポツポツとあるのみで、車や道路もろくに見当たらない。
そんなところを今、単行の気動車が一路ひた走っている。



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上りの特急が鹿と衝突したため20分ぐらい遅れが出たらしい。そのため、豊清水駅で長時間停車となる。
道北に来てから雪が降りしけてきた。吹雪にならなければいいのだが………。

特急到着後、列車は間もなく発車。宗谷本線は鹿衝突が日常茶飯事らしい。





音威子府から佐久までの区間は険しい渓谷になっていて、山と山の間を縫うように進む。
山中に差し掛かると外は吹雪き始めた。今日は天候の変化が著しく早い。


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辺り一面、白一色。関東では滅多に見られない白銀の世界である。
列車は崖と天塩川の脇すれすれに沿って走っていく。



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画像だけだとそのスケールがいまいちわからないかもしれないが、この区間の車窓はずっとこんな感じ。
ぐにゃぐにゃ曲がる大河と山に挟まれて線路が敷かれている。
もう、ひたすら釘付けになるしかない!

とある山中の板切れ駅で一人乗客が降りていった。
辺りは何もない辺鄙なところだが、一体何をするつもりなのだろうか………。



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佐久を過ぎ、列車は無事渓谷を抜けた。さっきは吹雪いていたのに再び天気が回復してきた。
この辺りは集落が見られ、地元民が続々と列車を降りて行く。
車内はいつの間にか三人だけだ。



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幌延に到着した。ここでは上下の列車とも長時間停車するようだ。
停車中は駅構内を探索できるが、さすがに道北か外はめちゃくちゃ寒い。
特に風が強く、向かい風だと眼がチカチカする。まだ15時台だが日は早くも暮れてきた。

約40分の停車時間の後、列車は再び稚内向けて出発。今まで並行していた天塩川はここで離れ河口へ至る。
宗谷本線の絶景区間はこれから先もあるが、もうすっかり日が暮れてしまった。
ただ、今日の往路で見れなかったところは明日の復路で見れるから問題ない。





幌延から兜沼まではサロベツ原野の横を進んでいく。
豊富という駅で学生が大勢乗ってきた。
二日近くほぼ一睡もしてないため、眠気が限界にきている。
そうしてうつらうつら繰り返してるうちに、何が起こったのか列車が急停車した。

「只今鹿と接触しましたため、停車致しました。これから調べて参りますので、しばらくお待ち下さい」

上りでも鹿とぶつかったらしいが、こちらでも鹿衝突が発生。
宗谷本線の鹿衝突の発生率は日本一と聞く。運転士も手慣れた対応で運転を再開した。



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抜海を過ぎれば左手に日本海と利尻島が見えるはずだが、今はもう真っ暗で何も見えない。
抜海駅から少し歩いたところにある抜海港には野生のアザラシが住み着いているという。
明日立ち寄って観察しに行こうと思っているのだが、あいにく明日は吹雪だ。

抜海港は駅から徒歩30分ぐらいかかるらしく、
吹雪の中一人で歩いて行くとなれば生死に関わるので断念せざるを得ない。



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真っ暗な中をゴトゴト走り、列車は稚内から一駅前の南稚内へ到着。
稚内で特急が立ち往生しているため、ここで再び長時間停車となる。
色々あったが、最北端到達まであと少しだ。

約10分停車後、向かいの線路から特急が遅れて入線する。
特急到着後、列車は間もなく発車。いよいよだ………!

東京から1600kmの道のりに終止符を打つときがきた!



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「ご乗車ありがとうございました。日本最北端の駅、終点稚内です」

着いたーーーーーー!!稚内ーーーー!!
鈍行で最四端到達達成!!


上野から37時間。計画通り列車を乗り続け、日本最北端駅の稚内に到達した。
最東端の根室・最西端の佐世保・最南端の枕崎に続き、最北端の稚内も無事攻略!
東京から4つの最端へ行った距離を合わせると、恐らく6000kmぐらいになると思われる。

長かった………、最四端到達の道のりは本当に長かった!!



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最北端の駅を有する稚内は、最南端終着駅を有する枕崎と友好都市が締結されており、
両者の駅ホームには二つの駅を結んで示した看板が掲げられている。
半年前行った枕崎の看板と合わせ、めでたくコンプだ。



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車止め裏側には、ここが最北端の線路であることを示す看板が立てられていた。
途方もなく距離が離れてるとはいえ、最南端から最北端まで線路はちゃんと繋がってるから不思議な気分だ。

………何時か、最南端から最北端まで走り抜く臨時列車でも企画されないかなー。
シベリア鉄道のロシア号みたいに一週間ぐらいかけて列島を横断する感じで。
ありえない話だが、仮に実現されるとしたら俺は絶対に乗るぞ。



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稚内駅は近代化されていて、売店や施設が充実しているようだ。
もう疲れたから駅構内を探索するのは明日にしよう。

外は吹雪。歩けるのか年輩の観光客が駅中で心配そうにしてるが、
実際外に出てみると雪に殴られるような強風が吹いていてたまったものじゃない。
風が吹くと道に積もった雪がブワッと舞い上がって私に襲い来る。でも、もう行くしかあるまい。


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吹雪の中をひた歩いて塩ラーメンの名店「青い鳥」に立ち寄った後、予約しておいた宿で一泊となった。
明日は最北端の宗谷岬を訪れた後、函館に向かって鈍行で北海道を南下していくことになる。
今回の旅でゆっくり休めるのは稚内の宿だけなので、到着早々ベッドに寝転がって眠りについた。

最四端到達はめでたく達成したが、旅はまだまだ終わらない。
赤電SL、そして北斗星。残り数ヶ月で消え行く名列車が道中で待っている。

次回!予測し得ない荒天の中、容赦ない風と雪を振り払い最北端の岬へ向かう!

2014/12/25 | 極寒北国紀行

最北端の地の風景

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~ノシャップ岬~宗谷岬)」

[2014/12/12]

午前7時、稚内のホテルで私は起床した。
鬼畜な鈍行旅だから何処かで休息がないと身体を壊す。
昨日に引き続き外は曇りまたは吹雪だ。特に風が非常に強く海のシケ具合がすごい。
8時に朝食を取ってあったので、さっそくホテル直属のレストランへ向かう。


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シンプルな和定食だが私はこういうのが一番好きだ。
ダシのきいた味噌汁が美味で、おかわりしていいと言うのでありがたく頂戴する。

「この味噌汁とても美味しいです」
「ありがとうございます………観光ですか?」
「はい、これからバスで宗谷岬へ行ってきます」
「そうですか。今日は海シケてますから気を付けて下さいね~」

稚内の人々は口下手で無愛想って聞いてたけど、そんなことは全くない。
寧ろ、温かかった。開放的な南国よりも北国の方が自分の性にあってる気がする。


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レストランの予約客は一人の常連さんと私を除いて誰もいない。

「どこからやって来られたんですか?」
「東京から電車乗り継いで来ました。途中吹雪いてて怖かったですけど」
「確かに天気荒れてきましたね、この調子だと野幌とか士別あたりも吹雪いてますかね」
「吹雪だと電車は止まったりするんですか??」
「いや、電車は滅多に止まりませんよ。遅れることは多いですけど」
「そうですか、よかったぁ~」

北に行けば行くほど人々は無愛想に見えるが、根本的なところに温かみを感じる。
それは私自身に北国の血が流れてるからかもしれない(母が札幌育ちで生粋の道民だった)。
朝飯にありついた後、10時にチェックアウトして稚内駅前へ。
これから観光ということで、路線バスで稚内の二つの岬を回っていこう。



・宗谷バス 市内線 [駅前ターミナル~ノシャップ]
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駅前から宗谷バスの市内線で、まずはノシャップ岬へ向かう。
宗谷岬と比べ、こちらはバスで駅前から10分と手軽に行ける。便数も多いから尚更だ。
使われている車両は東京では当たり前となったノンステップバスである。
最果ての街だから、昔ながらのツーステップバスと思っていたのでこれは意外。


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途中で地元民が続々と降りていき、私一人の状態でバスはノシャップバス停に到着。
誰もいない雪道を歩き、バス停から5分のところでノシャップ岬に到達する。



・ノシャップ岬
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ノシャップ岬は宗谷岬ほどの最果て感はなく、岬周囲に水族館や科学館などの施設がある。
岬は雪が20cmほど降り積もっていて、数人踏み歩いた跡が残っていた。
こんな極寒でも観光にやってくる人はいるらしい。


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昨日に続き今日も風が強く、荒れた海の向こうから横殴りの雪と寒風が押し寄せる。
カメラを出して写真撮るのも一苦労で長時間海に向かって対面ができない
一分ほどでポケットから出した手がカッチカチになってしまう。


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ノシャップ岬は夕日が有名だが、白銀に染まった今の風景も良い感じ。
イルカのモニュメントは海側が雪化粧状態。風と雪は海の方からやってくるからだ。

約20分滞在した後、折り返しのバスで稚内駅前に戻った。
次行くのは日本最北端の宗谷岬。正真正銘、日本列島の北の先っぽである。



・宗谷バス 天北宗谷岬線 [駅前ターミナル~宗谷岬]
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11時25分、稚内駅前の一番乗り場から天北宗谷岬線のバスが発車した。
「天」と書いて「北」。これほど最果てを感じさせる路線名もないだろう。

このバス路線は国鉄天北線の代替として開業した路線で、名前も当初は鉄道と同じく「天北線」であった。
運行経路は天北線の廃線跡に順じており、稚内から鬼志別、浜頓別を経由して音威子府までを結んでいる。
天北線は元々稚内から内陸部を通っていたので、バスも同じくその鉄道廃線のルートを辿っていたが、
過疎化した内陸部は集客が見込めないため、2011年から宗谷岬を経由する海沿いルートに変更された
こうして新たに改名・運行開始された「天北宗谷岬線」は、稚内から音威子府まで片道4時間の道のりを誇る。





稚内発の天北宗谷岬線は1日7本のみで、宗谷岬は稚内駅前から50分かかる。
宗谷岬までだと片道1390円かかり、駅構内の案内所で往復券も購入可能。

せっかくの最北端だから、お得な往復券は使わず大人しく普通運賃を支払おうではないか。


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稚内市街を出ると、宗谷バスは左手に海、右手に原野を見ながら国道をひた走っていく。
海はシケにシケており、道南の穏やかな太平洋とは裏腹に険しい表情を見せている。
車内は地元民一人と私を含めた旅行客が二人だけだ。



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稚内駅から50分経ち、宗谷バスは宗谷岬バス停に到着。
バスはここが終点ではないので、乗客を降ろすとすぐに走り去っていった。
風が凄まじく、辺りは人っ子一人いない。

バス停の真ん前に、日本最北端の地はあった!




・宗谷岬
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ビュォオオオオオオオオオーーー!!

「なんなんだ、この風の荒れっぷりは!?マジで尋常じゃない!」

画像だと全くわからないが、思わず言葉で表現したくなるほどの荒風に苦闘する。
シケる海の向こうから春一番以上の風が吹いてきて、私の行く手を阻む。
岬周辺には飲食店があるが、ほぼ全て閉まっていた。



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宗谷岬は岬が尖っているわけではなくなだらかな海岸線に石碑が建てられているだけだ
しかしここが正に日本最北端で、遠くからわざわざやって来る人が後を絶たないという。
東京から鈍行で二日かけて来た私も、この石碑に魅せられた一人であるというわけだ。

気温は氷点下5度とそこまで大したことない。
しかし今は暴風が吹き荒れており、体感温度は氷点下10度くらいに達していると思われる。
というか、風がヤバすぎて海の方に顔を向けられない!(3分くらいが限度)
フードを被ってないと顔が腫れてカッチカチになりそうだ。



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最北端グッジョブ!

何より、これがやりたかった。
寒風浴びまくって手が真っ赤になってるところに必至さが滲み出ているw



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石碑の横でシケた海を仁王立ちで見つめる間宮林蔵氏
江戸時代に樺太が「島」であることを一人で調べ抜いた大冒険家である。
彼が見抜いた地は日本最北端ではなく、この海の向こうにある樺太の地なのだから恐れ入る。



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雪に埋まった道を登り、丘の上から最北端を見下ろす。荒風に吹かれながら最北端の全景をカメラに収めた。
これぞ最果て!らしい風景が眼の前に展開している。
私はその光景にしばらく眼を奪われた。

宗谷岬は海の境界線にもなっていて、岬から西は日本海、東はオホーツク海になる。
天気が良ければ海の向こうに樺太の地が見えるらしい。



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到着から30分後、折り返しのバスで稚内駅へ戻る。
短いようにも感じるが、こんな極寒の地で外に居られるのはどのみち30分ぐらいが限度だろう。

数時間滞在だと、多分死ぬんじゃないかな。


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昨日と同様に天気の変化が激しく、日が出たり出なかったりを繰り返している。
夏は涼しくて気持ちいいかもしれないが、北国の最果ては想像以上に厳しいところだった。
逆に言えばその過酷さと厳しさを味わいたかったから、今の天候の荒れ様は理想的だったかもしれない。

スマホで気象情報を見てみると、稚内で暴風雪警報が出ていた。どうりで風が荒れまくってたわけだ!
最果ての光景に心を奪われたが、あまり馬鹿なことをしてはいけない。
でも、馬鹿なことをしないと記事のネタにならない



・稚内駅
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乗客僅か二人を乗せて、天北宗谷岬線は稚内駅前に到着。最北端の街、稚内もこれでお別れだ。
これから14時12分発の宗谷本線に乗って、まずは旭川まで向かう必要がある。
発車するまで少し時間があるので、駅構内を探索してみよう。


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稚内駅構内にはセイコーマートがあるようだ。
北海道のコンビニといえば先ず浮かぶのがセイコーマートである。


Ribbon ナポリン(450ml)24本セット 北海道限定 ポッカサッポロキリン 北海道ガラナ 500ml×24本

北海道限定の中で私がオススメしたいのが炭酸ジュースのリボンナポリンだ!(ガラナもあるよ)。
毎年夏、母と札幌帰省したときにガブガブ飲んでた思い出深いジュース。
見た目は毒々しいオレンジだが、炭酸がきいてて美味いので北海道来たら是非飲んでみてほしい。
今は寒いから飲みたくないけどね………w

おにぎりをレジに持ってくと毎回「温めますか?」と言われるのは北国独自の風習だろうか。
北海道に入ってからコンビニでおにぎりを4回購入しているのだが、
4回とも「温めますか?」と言われたから驚きだ。



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稚内駅構内は充実しており、飲食店やお土産屋もあるから便利だ。
二階には暖房の入った憩いのスペース(?)もある。

お土産屋に駅弁が売っているので、ここで昼食休憩といこう。


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いくつかある中で私が選んだのは「最北駅弁(帆立)」。値段は880円。
何てったって、最北駅弁って名前がそそられるじゃないか。肉厚な帆立が5つ入っている。
しっかりとした歯ごたえがあり、醤油で味付けされたご飯も美味であっという間に完食してしまった。

14時を過ぎた頃、駅員からアナウンスが入り旭川行きの改札が始まる。
これから6時間強にも渡る、長い長い宗谷本線を制覇しなければならない。
そして旭川からは「赤電」こと国鉄711系に乗って、自身の生まれ故郷である札幌を目指そう!

最北端の街に別れを告げ、私は一番乗りで旭川行きの鈍行に乗り込んだ。

2014/12/27 | 極寒北国紀行

最終列車の「赤電」に乗って

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~旭川~岩見沢~札幌)」

[2014/12/12]

最北端の岬に立ち寄った後、私は稚内駅で小休止していた。
これから宗谷本線と函館本線を乗り継いで二日かけて函館へ向かう。
最北端稚内から道南の函館まで行くから、北海道を南北に縦断していくことになる。


・宗谷本線 [稚内~旭川]
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宗谷本線を全線通しで行く鈍行は1日1本しかない。起点稚内から終点旭川まで乗ると片道6時間もかかる。
現在最も乗車時間が長い鈍行は根室本線の滝川発釧路行きだが(片道約8時間)、
今から乗る宗谷本線の鈍行も相当長い乗車時間だ。

それにしても、1日1本の1両の気動車が260kmの道のりを走るっていうギャップが半端ないな。
単行気動車が広大な大陸に立ち向かう様は北海道の特権だと思う。



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南稚内を出てしばらくすると右手に雄大な車窓が展開する。
この区間の絶景は短いので、ボーッとしてると見逃してしまうかもしれない。
日本海が間近に現れ、その向こうには利尻富士を拝むことができる。

今日は空が分厚い雲に覆われており、利尻富士は拝むことができなかった。
利尻島は祖父の故郷らしく是非この目で見たかったが、天候には逆らえない。



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豊富で稚内から乗ってきた地元客が降りていき、車内は鉄三名となった。
サロベツ原野をひた走り15時14分に幌延へ到着。
次の発車は15時50分である。

発車まで40分もあるので、色々な角度から列車を撮影してみることに。
幌延はかつて羽幌線が接続していた名残か駅構内は広い。
古ぼけた跨線橋がすげーいい味出してる。



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長時間停車の後、幌延を定刻通り発車。今のところ遅延はなく道のりは順調に進んでいる。
片道6時間のうち、まだ2時間しか経ってない。宗谷の道のりは長く長く果てしない。
天塩川の絶景をもう一度見たかったが、早くも日が暮れてしまった。

ここから今度は、4時間真っ暗な中を進んでいくことになる。



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石北塩原で特急待ちのため9分停車。時刻は16時半だが外は既に真っ暗だ。
遅延だらけだった昨日と違って、今日は鹿衝突もなく至極順調な道のりを辿る。
佐久でも行き違いのため5分停車。対向列車は遅れて来るのかと思いきや、何のことなくやってきた。
今回の旅は意外と運が向いてるかもしれない。北海道に来ると幸運に見舞われることが多いのは何故なのか。

4時間ずーっと真っ暗だと、さすがに飽きてきてしまう。
スマホで情報収集しようと思ったが、電波が不安定で圏外になったりを繰り返す。
ソフ○バンクは、田舎に行くほど電波が悪くなるらしい。



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音威子府で地元客がドッと乗り込んでくる。稚内からようやく3時間経った。
まだ半分だ。マジで長い。ただ、飯田線の全線通し鈍行よりはマシかもしれない。
豊清水で、下り列車が鹿と接触した影響で少し立ち往生する。

「いや~あんた、汽車なんて久しぶりに乗ったべさ!」
「今は何処でも車で行っちゃうから乗る機会があまりないわな………」

生粋の道民は鉄道を未だに「汽車」と呼ぶらしい。確かに、これは電車じゃないから間違ってはいない。
よくよく考えれば、非電化の最寄りに住む人たちは汽車って言うのが当たり前なのかも知れない。
しかし、21世紀にして「汽車」ってなんかすごい響きだぞ………!





鹿が立ち入るのか、単なる踏切通過なのか、警笛を何度も鳴らしながら列車は進む。
やがて18時半に拠点の名寄に到着。一気に乗客が増え満席となった。
18時36分に名寄を発車。士別で乗客がガラッと入れ替わり、その大半は学生。
観光客も少しだけだが見かける。名寄から先も特急の遅れで数分停車を繰り返す。

………このままだと「赤電」に間に合わないかもしれない。30分以上遅延が出なければ大丈夫なのだが。
永山で乗客が減った。起点から終点までずっと乗ってきたが、尻は意外と痛くならない。
さすが元特急の座席だ。座面が柔らかい上、少しだけリクライニングできるから快適なのだ。



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20時半、列車は定刻から少し遅れて旭川に到着した。
とりあえず次乗る函館本線の最終列車に間に合ったからよかった!
もう次の列車が入ってきそうなので、そのままホーム上で待機することに。

もしかしたら運用を外れているかもしれないが、私の下調べが間違っていなければ、
これから「赤電」が岩見沢行き最終列車としてやってくるはずだ………!



・函館本線 [旭川~岩見沢]
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「お客様に乗り場変更のご案内を致します。
20時48分発の岩見沢行きは、本日に限り乗り場が5番線に変更となっております」


旭川到着後、岩見沢行き最終列車のアナウンスが入った。どういうわけか今日に限っては5番線で発着するらしい。
今日中に岩見沢まで行く普通列車は20時48分発が最後だ。岩見沢以南の鈍行は本数が多いから問題ないが、
まずはこれに乗らないと今日中に鈍行で札幌まで行くことができない。

「今日あれ来んじゃねえの、あれ」
「ああ、あの赤いやつか」

どうやら、赤電は地元学生にも親しまれているようだ。
私も昔は常磐線の中電を白いやつって言ってたから、それと感じ方は一緒か。
やがて4つのいかついヘッドライトを照らして、「赤電」こと国鉄711系が入線する!



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よかった、赤電はまだ消滅してなかった!

列車は3両編成でドアは二ドアの片開き、座席はほぼ全てボックスシートである。
自分にとっては、これが最初で最後の赤電乗車となる。

道民の足として親しまれた名列車の勇姿をこの眼で見届けよう!



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国鉄711系は、北海道に初めて導入された「国鉄電車」だ。
急行としても活躍したこの車両は、北海道の厳しい寒さに耐えれるよう徹底的な防寒・耐雪構造が施されている。
1967年にデビューして以来、半世紀に渡り北海道の顔として長らく走ってきた711系だが、
車両の老朽化に伴い今年2014年度に引退することとなった
2ヶ月前にさよなら運転企画が行われた後であり、完全消滅まで風前の灯状態である。

・8時8分発の岩見沢行き
・17時38分発の岩見沢行き
・20時48分発の岩見沢行き


今のところ旭川発の赤電はこの3本だけで、他は全て新型車両で運行されているようだ(2014年12月時点)。
がんじがらめの行程の中、私は消滅寸前の赤電を旅の中になんとか組み入れることに成功。
宗谷本線の全線通し鈍行と、赤電の乗り継ぎ時間がピタリ合致したのは本当にラッキーだった!



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20時52分、岩見沢行き最終列車は数分遅れて発車した。
車内は空いておりボックスシートで一人悠々と夕飯にありつく。
半世紀前の古い車両だが、気密性に優れているのか車内はとても静か
初動こそ遅いが、高速域に入ると安定した走りを見せるあたりは急行列車としての名残だろうか。

「おいこれ懐かしいな。赤い電車。もう今年になくなっちまうんだとさ」
「俺はこれ乗って高校行ってたな。まだ十七んときだよ………」


仕事帰りに乗り込んできたリーマンが、懐かしげに青春時代を語る。
赤電は現在手稲~旭川間で一日数本走っているのみで、今では珍しい存在なんだろう。



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岩見沢行き赤電は順調に道のりを進んでいく。外は吹雪で雪が降りしけっている。
明日どうなるか心配だが旅の峠は越えた。あとは函館のSL北斗星が残っている。

今回の旅は本当にお別れだらけだ。これほど二度と立ち会えない瞬間が続く鉄旅もそうそうないだろう。



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岩見沢到着は22時33分。吹雪の中走り続けた赤電はすっかり雪化粧になっていた。
これに乗って札幌まで行きたいところだが、残念ながら赤電はここで役目を終える。
数ヶ月後に完全消滅する赤電の走りは威風堂々としていたぞ。



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「さらば赤電。今までお疲れ様でした!」

道民でもないくせして何言ってんだか。(一応札幌生まれだけど)
最終列車の役目を終えた赤電は早々車庫に帰っていく。私はそれを一人で見送った。



・函館本線 [岩見沢~札幌]
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22時32分発の手稲行きは、ありがたいことに到着が遅れた赤電からの乗客を待ってくれていた。
車両は733系。2012年に導入された新型車両で、大先輩の赤電711系とは45年の開きがある。
車内の自動放送はダンディーな男性によるもの。新型でもドアは寒さ対策のため片開き式である。

23時半、手稲行き鈍行は札幌に到着した。
札幌もブラつきたいところだが、明日は始発出発だから早く休まないと身体がもたない。
すすきのにある宿に向かうためJR駅構内から札幌市営地下鉄の乗り場へ向かおう。



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あぁ懐かしい!夏の札幌帰省のときココはよく通ったぞ。
相変わらず初乗り200円の切符を買い、人混みにまぎれて私は懐かしのホームへ降り立った。



・札幌市営地下鉄 南北線 [さっぽろ~すすきの]
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札幌市営地下鉄南北線は、日本初の「ゴムタイヤ式地下鉄」だ。
その歴史は意外と深く札幌オリンピック開催年(1971)まで遡る。日本の地下鉄では4番目の開業となった。
当時の札幌は人口がそこまで多くなく、地下鉄開業に難色を示した大蔵省に対し、
「料金を払えば熊でも乗せる」と言い放った市交通局長の逸話は有名である。

札幌の地下鉄はゴムタイヤなので加速が速く、乗り心地も独特。その他、他にない個性が沢山ある。
車両は新幹線並みの巨体で、冷房が付いてないので夏は窓が開け放たれ風鈴がつく。
座席上の荷棚もないし、優先席に対する意識が強いのも特徴だ。



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「間もなく、一番ホームに真駒内行きが到着します。ご注意ください」

このアナウンス、懐かしすぎる。ホームドアがついたから以前とちょっと違うな。
接近放送が流れると間もなく真駒内行きが到着し、すぐに発車した。
そういや発車ベルも無くなってるな………アナウンスの後に「ブーーーッ!」って鳴るはずなんだが。
ああそうか!ホームドアがついたからブザー音必要なくなったのか。

あの独特のブザーの音、私は好きだったんだけどな………!



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さっぽろから数分足らずで歓楽街すすきのに着く。
夏の帰省時に散々ぶらついたすすきのだが、今見渡すとその町並みは思った以上にケバかった。
すすきのは日本三大歓楽街の一角で、表通りにキャバレーやクラブが沢山立ち並ぶ。

駅から歩いて3分のところに今日の宿(カプセル)はある。本当はシングル部屋を予約したかったのだが、
今日~明日にかけて札幌ドームでジャ○ーズのコンサートが行われている影響で、
この日の札幌の宿はどこも全て予約で埋まっていた。
バックパッカーの宿も埋まってたのは正直閉口したぞ。



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シングル部屋がないなら男は黙ってカプセル!今夜はたった6時間の滞在である。
明日は早朝から函館本線の始発に乗って、終着駅の函館まで行かなければならない。
ありとあらゆる列車を乗り継いで向かうことになるが、明日は雪がドッサリ降るらしく心配だ。

明日の旅程を全てこなせば、今回の最北端鈍行旅は大成功となる。
無事に函館まで辿り着き、憧れの北斗星に乗って東京へ帰ることが出来るか!?

次回!長距離鈍行・特急・臨時SL・市電・寝台特急を含めた、これまで以上に濃厚な一日が幕を開ける!

2014/12/28 | 極寒北国紀行

函館本線の旅

「極寒北国紀行 4日目 (札幌~小樽~長万部~森)」

[2014/12/13]

早朝5時、すすきののカプセルの中で私は起床した。
誰も起きる気配がない中、一人カプセルを出てチェックアウト。
市営地下鉄はまだ動いてないので、路上をひた歩いてJR札幌駅へ向かう。


・すすきの~札幌 (徒歩)
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すすきのから札幌駅までそんなに距離がないことは、札幌生まれの自分が知り尽くしている。
狸小路大通公園を通り、テレビ塔を見上げると懐かしい気分になった。
ここで立ち止まるわけには行かない。鬼畜な鈍行旅は前進あるのみだ。
しかし懐かしさに誘われて、私は誰もいない大通公園の前で一人立ち止まった。

………ここは、昔と何も変わっちゃいない。

噴水広場もテレビ塔も相変わらず健在だ。夏はとうきびを売る屋台もあったっけな。
すすきののカプセル宿から徒歩20分で札幌駅に到着。
ホームで6時13分発の始発列車を待つ。



・函館本線 [札幌~小樽]
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札幌から出る小樽方面の一番列車は、何故か二両編成の気動車であった。
恐らくこれも、2日目に乗った旭川行きと同じく送り込み運用なんだろう。

この気動車は小樽から先の非電化区間を走るためのやつだから、
札幌の車庫から仕事場に向かうついでに客も乗せてしまおうという体裁で運行されているに違いない。
客を乗せてくれるのはいいが、混雑区間だけに2両編成だとかなり無理がある気がする。
実際、車内も立ち客が沢山出ている。はまなすから乗り継いできた乗客も、その混み具合に落胆している。




今日の旅程は濃厚すぎて記事の分量も相当なものになるだろう。一言では言い切れない。
それでも息切れしそうに一言でいうと以下の感じになる。

札幌から始発列車に乗り、小樽から長万部行きの鈍行を乗り通し長万部で特急に乗って森までワープし、
森から再び鈍行で大沼まで行き、大沼付近でSLを撮影し大沼公園から復路のSLで函館へ向かったら、
市電で函館市街を観光した後に寝台特急北斗星に乗って帰路へ。


………もう自分でも何言ってるのかわからないw。よくこんなむちゃくちゃな旅程立てたもんだ。
色々考えてるうちに然別行きの始発鈍行が定刻通り札幌を出発。外はまだ真っ暗だ。
電化区間なのに、わざわざ油を燃やして走る気動車は勇猛果敢に見える。



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札幌からしばらくは市街を進んで行くが、途中から海沿いすれすれを走るから車窓は見ものだ。
海沿いの景色は札幌からだと進行方向右手に広がる。

始発列車の雰囲気は何時も独特だ。朝帰りの人やサラリーマン、学生など、多種多様な人でごった返している。
駅を進むごとに、何処からか「おはよー」とか「おつかれさまでした!」とか声が聞こえてくる。
銭函あたりでようやく明るくなってきた。銭函から小樽築港までは日本海のすれすれを走っていく。
天気はどんより曇っており、晴れていれば日の出が見れたかもしれない。



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小樽築港を過ぎ市街に入ると、列車は間もなく小樽に到着する。
次の列車まで一時間近く滞在時間があるので、駅から徒歩10分で行ける小樽運河を散策してみよう。



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小樽は札幌から近いところだから、夏の帰省時によく遊びに来てた場所だ。
小樽運河も4~5回来たことになるのか。ただ、冬の運河を見るのは今回が初めてだった。



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現在の小樽駅は昭和初期(1934)に建てられたもので、上野駅がモチーフになっている。
80年以上前の建築構造物で、駅構内は昭和の臭いがプンプンしているのがいい。
小樽は駅前から徒歩で行ける観光資源が豊富なので、是非途中下車して観光したいところだ。

さて、小樽からは長万部行きの長距離鈍行に乗って先を進もう。
昨日の宗谷本線ほど長くないが、座れないと後がきついのでホームでじっと列車を待った。



・函館本線 [小樽~長万部]
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長万部行き鈍行は意外にも大混雑。列車が入ってきた時点でこの行列である。
単行気動車だが、発車寸前に満杯状態となった。ここから閑散区間のはずだが、私の読みはハズレたか。
意外な場所で未曾有の混雑に遭遇するのが地方ローカルの恐ろしいところだ。

ホームでずっと待機していたから、座席は無事確保。
車窓はどちらも大差ないようだが、どちらかというと羊蹄山が見える左側が良いらしい。




「山線」と呼ばれるこの区間(小樽~長万部)は優等列車が一切なく、走っているのは鈍行のみである。
現在、全線通しで行く鈍行は1日5本のみ。小樽から終点長万部まで3時間強の道のりだ。
今は海沿いの室蘭本線・千歳線(海線)が主要ルートだが、函館本線のオリジナルはこちらの山線区間。
山々の隙間を縫うように線路が敷かれており、道中で峠を何度も越えていくことになる。

車内が今すし詰め状態なのは、観光客が乗るはずの特急が一本も走ってないからだろう。
というか混雑具合が半端ない!東京の朝ラッシュみたいだ(苦笑)





山線は、かつてC62が峠を越えた伝説の場所だ。C62は国内最大&最強の蒸気機関車である。
C62はSL末期まで活躍していたから映像は結構残っている。特にこの昔のドキュメント映像は面白いので是非見て欲しい。
C62が重連(二両連結)となり、急行「ニセコ」として山線を力走する!ああー俺も乗りたいよコレ。
だって今乗ってるの、単行のワンマン気動車だぜ!?

オタモイ峠 [小樽~塩谷] ~ 稲穂峠 [然別~小沢] ~ 倶知安峠 [小沢~倶知安] ~ 目名峠 [蘭越~熱郛]

山線の難所とされる峠は上記4つがあり、この4つの峠の他にも蕨岱付近で小さな峠がある。
往時の名残など全くない軽快気動車は、小樽を出るとさっそく上り勾配(オタモイ峠)に入った。
鬱蒼とした山の中を進む様は、小樽以北の区間では全く見られない景色だ。
車外は人気がないのに車内は人でいっぱい。単行とはいえ偉大な鉄路は健在か。



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エンジン全開で峠を越え、人気のない山中を進むと蘭島に到着する。
ここにきて雪が一気に降りしけてきて、車窓は白銀の世界へ。
外は極寒の地だが車内はとても暖かい。
身の安全が保たれた環境で悠々と景色を見られるのは、公共交通の特権だと思う。

余市で地元客が大きく入れ替わったが、意外な混雑ぶりは相変わらず。
余市からは日本海沿いを離れ、山岳だらけの内陸部へ突入する。



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然別から山腹を延々と進むと、間もなく稲穂峠へ。高度がグングン上がる。
左手に展望の良い車窓が広がり、手前に余市川が流れ遠くには山々が聳える。
高度を稼ぐと銀山付近で峠を越え、長いトンネルをくぐり抜け坂を下っていく。
すると山に囲まれた盆地へ降り立ち、峠間の休息地となる小沢に到着した。

小沢を出ると再び上り坂に入り、最大20パーミルの勾配が続く倶知安峠に差し掛かる。
急勾配を延々と上り短いトンネルをくぐると、そこは有数観光地ニセコの地だ。
ニセコは豪雪地帯であり、トンネルを抜けた途端雪がドッサリと降ってきた。



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男爵芋生産量No.1の町倶知安で長時間停車。ここで乗客がドッと入れ替わるようだ。
車内は観光客が多く、スキー用具を抱えた外国人を多く見かける。
倶知安はスキーが有名なのかもしれない。パウダースノーだから雪質が良いのだろうか。

長時間停車の間、雪と戯れながら倶知安駅を撮影。
くっちゃんって地名が可愛いくて良いね(笑)





数分停車の後、倶知安を発車。倶知安からニセコまでの車窓は圧巻の一言だ。
右手にニセコ連峰、左手に羊蹄山が聳え、列車は二つの山の麓を通っていくことになる。


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今回座ってる座席は左側なので、車窓は尻別川が手前に流れ、遠くに羊蹄山が見えた
………はずなのだが、空は分厚い雲に覆われ逆光状態なのでよく見えない。
ここが山線一番のハイライトなだけに、残念だ。
ニセコで再び観光客が乗り込んできた。ニセコからも尻別川と何度も交差して進んで行く。

「The next station is こんぶ

山線区間は観光客が多いからか英語のアナウンスも流れているが、「こんぶ」の発音に思わずニヤッとしまう。
「こんぶ」という駅名が土着的過ぎて、流暢な英語とのギャップにハマった。



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蘭越で対抗列車待ちのため、10分停車する。
天気は刻々と変わり、こんぶを過ぎると再び雪がブワッと降ってきた。
列車もすっかり雪化粧状態。運転士もよくこんな状態で運転ができるなと思う。



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蘭越からは最後の難所となる目名峠が待ち構える。
函館本線の歴史は深く、開業当時は隧道施工技術が発展途上だったのでトンネルの数は少ない。
トンネルは何本も掘れないから、山の腹をカーブで何度も迂回して線路を敷いたわけだ。

目名峠を越え、さらに蕨岱の小さな峠を越えれば、あとは終点長万部に向かって平地を走るのみ。
ニセコの豪雪地帯を抜け、雪一色だった空が一気に晴れてきた。
圧巻の山線区間もこれでおしまいだ。



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11時16分、山線の鈍行は終点長万部に到着した。久しぶりに晴れ渡る空の下、ホームに降り立ち深呼吸。
ここでは約一時間の滞在時間がある………はずだったのだが、ここでトラブル発生!
苗穂でポイント故障が発生し、これから乗る特急に大幅な遅れが出ていた。
その全体遅延は約50分に及んでいる。恐らく、昨日ドッサリ降った雪が引き起こしたのだろう。

この先万事休すと思われたが、特急の本数が多いのが助かった。
本来乗るやつより一つ前の特急が30分ほどで来るということなので、これに乗ることにしよう。
長万部駅前は特に何もないので、言っちゃ悪いが私にとって特急の遅れは逆に都合がよかったかも。



・特急スーパー北斗6号 [長万部~森]
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特急スーパー北斗6号は、定刻から50分遅れて長万部を出た。50分だから既にかなりの遅れだ。
車両はキハ183系。今まで鈍行ばかり乗ってたから速度がエラく速く感じる。
長万部から森までだと、普通運賃と特急料金を足して2400円だ。
しかし、ここでワープしないと大沼公園からのSLに間に合わなくなるからやむを得ない。



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左手に太平洋を見ながらエンジンふかして突っ走り、森到着は12時36分。
長万部での滞在時間が磨り減った分、ここでたっぷりと休憩できる。
さっきまでは晴れて日が出ていたのに、また雪がザッと降ってきた。
天気の変化が早すぎて早回し映像でも見てる気分である。


PC130853.jpgPC130855 (2)

森といえば、あの有名駅弁「いかめし」がある。値段は現在650円だ。
駅弁大会の常連に毎回入る超有名駅弁の一つで、森駅前に製造業者の商店がある。
これは是非食べてみたかった。立ち売りはやってないので駅の売店で購入。

肉厚なスルメイカの中に、味付けされたご飯がぎっしり詰め込まれている。
そのまま食べても美味しいがレンジで温めるとより美味しくなりそうだ。
文句なしのクオリティに満足!さすが、物産売り上げ一位をとる商品だけあるな。


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森からは13時30分発の本線経由鈍行に乗って大沼へ向かうことになる。
大沼に着いたら、今度は歩いてSLの撮影ポイントへ行かなければならない。
外は吹雪き始めたが、これまでの運行状況から考えて列車は問題なく出発するだろう。
北海道の鉄道は雪に強いことで有名だ。屈強に走り続ける列車を信じて再び先を進もう!

鈍行と臨時SLをギリギリの行程で組み合わせた強行計画は、無事成功となるか!?
駅構内でいかめしを食べながら、私は一時間後に出る本線経由の鈍行を待った。

2015/01/01 | 極寒北国紀行

函館のSLを撮って乗れ

「極寒北国紀行 4日目 (森~大沼~大沼公園~函館)」

[2014/12/13]

東京から鈍行で最北端へ到達し、さらに札幌から函館へ向かう私は、
早朝に札幌から函館本線(山線)を乗り継いで正午過ぎに森まで到達した。
森からは再び函館本線に乗って大沼で下車し、今年度に消滅するSLとご対面を果たすことになる。


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これから私が決行する、鈍行+臨時SLを組み合わせた強行計画の詳細な順序は以下の通りだ。

1:森を13時30分に出る函館行き鈍行に乗って、大沼で下車する。
2:大沼駅から徒歩でSLの撮影ポイントへ移動(所要時間約10分)。
3:函館を14時15分に発車し、撮影ポイントを14時40~50分前後に通過するSLを撮影。
4:SL撮影ポイントから徒歩で二駅隣の大沼公園駅へ移動(所要時間約20分)。
5:大沼公園を15時55分に出る復路のSLに乗車し、終着函館を目指す。


この計画の肝はSLを「撮って乗る」こと!鉄の醍醐味を両方とも味わってしまおうという旅程である。
途中でもたもたしてると失敗確実な行程だが、乗り鉄にかかればこんな道のり何てことない。
難点を言うなら、今から乗る函館行き鈍行に遅延が出てほしくないことぐらいか。
こんな雪が降りしける中SLが来るのか心配だが、張り切って行こう!



・函館本線 [森~大沼]
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森以南の函館本線は八の字に分岐しており本線(山側)と砂原支線(海側)に分かれているが、
これから行くのは再び山の中だ。山線区間に続き、函館本線のオリジナルを従順に辿っていくことになる。
手前に停まっているのは13時29分発の長万部行き鈍行で、奥が今私が乗る本線経由の函館行き鈍行だ。

砂原支線を経由する鈍行が1日8本なのに対し、本線を経由する上りの鈍行は1日5本のみ。
海沿いの砂原支線と比べて本線はあまり需要がないらしく、砂原支線よりも列車の本数が少ない。
しかし、こちらのルートでは車窓に雄大な駒ケ岳を望むことができるらしい。




森~大沼間の本線ルートは森からだとキツイ急勾配があり、車重の重い貨物列車は一切通らない。
今から乗るのは鈍重な国鉄車(キハ40)だが、この大雪の中で大丈夫だろうか??
乗客たった三人を乗せ、本線経由の鈍行は定刻通り発車した。

列車は森を発車すると、間もなく人家の皆無な山の中へ差し掛かる。
森からしばらくはS字カーブが連続しており、短区間で高度を一気に稼いでいく。
先へ進むごとに雪の勢いは増し、大雪状態に。列車は単行気動車だが、今にも止まりそうである。


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「ドゥルルルルーーーン!ドゥルルルーーーン!ガラガラガラガラガラ」

全然、進まねえ。人が走れば追い抜かせるぐらいの速度をいったりきたりしていて、エンジンふかしてるのに全く加速しない。
どうやら空転してるらしい。線路に積もった雪かなんかで車輪が滑っているんだろう。

大雪に加えて20パーミルの急勾配という悪条件の最中、キハ40がヒイヒイ唸りながら坂を上る。
空転を何度も繰り返し、限界までエンジンを回しても速度は上がらず。
思わず運転士に「頑張れーっ!」て応援したくなる状況だ。



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このまま止まってしまい立ち往生するんじゃないかとヒヤヒヤするが、超鈍足を保って峠は無事越えた。
峠越えなんて蒸気の時代にしかないものと思われがちだが、そんなことはないのだ。

駒ケ岳近くから下り勾配となり、列車は惰性で坂を下りていく。
森からの標高差は約180m。沿岸から一気に上ってきたわけだ。
各駅の停車時間が長いので苦戦した峠越えによる遅延はほぼない。
外は真っ白で、肝心の駒ケ岳は全く見えないのが残念。



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坂を下りきったところに大沼が見えてくると、列車は大沼公園に到着する。
大沼公園を過ぎると砂原支線と交わり、すぐに隣駅の大沼へ。
ここで列車を降りたのは私一人だけであった。

大沼からはSLの撮影ポイントに向かう。
その場所は大沼駅から歩いて10分のところにあり、ほぼ一本道なので行くのは容易だ。



・大沼駅~撮影ポイント (徒歩)
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まず駅前から二車線の県道に出た。
あとはこの県道を少し南下すれば撮影ポイントに行くことができる。
撮影する場所は県道が大沼と接する地点にあり、道路の脇に居座って撮影することになる。

「先客」の足跡を辿ること10分で、大沼沿いの撮影ポイントに到達した。
撮り鉄と普通の鉄が15人くらい待機していて、有名な場所だからか警備員もいる。
外は雪が降りしきっているが、SLが来るまでしばし待機しなければならない。



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これからやってくるSLは「SLはこだてクリスマスファンタジー号」という。
函館で開催されているクリスマスキャンペーンに合わせて設定された臨時列車で、
小型の蒸気機関車C11が客車5両を牽引してやってくるはずだ。
ただC11だけだと客車5両は引っ張りきれないので、最後尾にはディーゼル機関車が付く。

「ああそこ敷地内だから出て!三脚も!危ないから!」
「ああはい、すいません」

線路敷地内に居座る撮り鉄が警備員に注意された。敷地内に入ることや三脚を立てるのはマナー違反なのだ。
こうして待ってるときに限って雪の勢いが増すからシャレにならない。身体に降り積もり、いくらはたいてもキリがない。
そうして一人ジタバタしていると、雪の向こうから一点輝くライトが見えた。
SLが来たことを察知し、ガッチガチになった手でカメラを構える………!



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来たな………!

一眼ではなくコンデジだから一発勝負!連写機能は信用できないから使わない。
「撮れりゃよし」という私の考え方は、撮り鉄の思想とは相反するだろう。
彼らは列車の構図や位置、景色や日の当たり方など全て計算しつくしているからだ。
しかしここは敢えて、乗り鉄としての実力(=コンデジ?w)を見せつけてやろうじゃないか!



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ぬおおおおおおおお………!

(↑単発ショットでタイミングを合わせようと頑張っている)



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キターーーーーーーーーーッ!!

大迫力!白煙と雪煙を上げながらSLが目の前を通過していく。
えっ?三脚と藪が邪魔だって??そんなの気にするな(泣)



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雪の中を力走するSLなんて初めて見たから、通った瞬間には胸が熱くなった。鳥肌も立った。
極寒の地に身を捨ててまで、二度ない瞬間に立ち会う喜びってのもあるんだと思う。
今にも寒くて凍えそうだが………来といて良かった!

ただ、さっき警備員に注意されてたのに相変わらず敷地内に三脚入れっぱなしの撮り鉄には閉口だな。
自分は撮り鉄のことは素人だし、現場のマナー違反の度合いがどのくらいか知らないのだが、
敷地内に突っ込んだ三脚のおかげで後方側の「鉄」は撮るのに苦戦してたぞ。



・撮影ポイント~大沼公園駅 (徒歩)
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怒涛のSL撮影を終え、今度は歩いて二駅隣の大沼公園駅へ向かう。ここから徒歩20分ぐらいだろうか。
撮り鉄は車で移動するようで、コンビニや大沼駅前の駐車スペースに散っていった。
鉄道好きなのに鉄道に乗らない彼らの気持ちが私はよくわからない。

今の私が頼れるのは、自らの足のみ!
人気のない雪道を延々と歩き、雪ダルマ状態になりながら大沼公園駅へ到達した。



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駅前はSLで来た人で賑わっている。ここから今度は復路のSLに乗って函館に向かう。
恐らくほぼ全ての乗客が函館からの往復乗車であり、
札幌からの移動手段として片道だけ乗ろうとしてるのは私以外誰もいないだろう。

ちなみに駅舎の前に人がわんさか集まっているのが見えると思うが、
この光景は何なのかというと、駅舎に入れず外に溢れかえっている人達なのである。
駅舎内は外の寒さを避けたい観光客で満杯で、人と人が密着しサウナ風呂と化している。シュールすぎる!



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密着状態の駅舎内で待つことしばらくして、駅員からアナウンスが入り改札が始まった。
さっき苗穂で発生した遅延によって復路のSLも発車が遅れるらしい。
やけに人が多いなと思っていたら、SLではなく特急に乗る人達が混じってるようだ。
しばらくすると、遅れて来た特急が入ってきた。

「特急入ってきまーす。ハイ下がって!下がってください!命関わりますよ!!

中国人が下がれと言っても下がる気配がない。大声でベラベラ喋りながらホーム端で記念撮影をしている。
しまいに駅員が「命」と重い言葉でまくし立てるが、やはり下がらないので手でどかす強行手段に出た。
さすが中国人だ。品が悪い。そして何を言っても人の言うことを聞かない。


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てんやわんや状態の中、特急が到着すると自由席にドバッと人がなだれ込む。
車内が通勤ラッシュ並みの満員状態となり、列車は発車していった。

さっきの撮り鉄といいあいつら(中国人)といい、本当に大変だな鉄道従業員の人は………。
事故を起こそうとしているのは彼らなのに、仮に事故が起これば会社側に責任の一端がのしかかる。
そして最終的にツケが回ってくるのは、我々善良な「鉄」である。




・SLはこだてクリスマスファンタジー号 [大沼公園~函館]
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てんやわんやの特急に続き貨物が通過した後、定刻から遅れてはこだてクリスマスファンタジー号が入線した。
この臨時SLは運行期間内に函館~大沼公園間を1日2往復走っていて、函館からの往路はSLが牽引するが、
大沼公園付近は機関車の向きを変えられる場所がないので復路はディーゼル機関車が引っ張る。
クリスマスキャンペーンに則した列車なので、機関車には派手なネオンが取り付けられていた。

クリスマスファンタジー号を含め、札幌〜函館間で運行しているSLは今年度で廃止されることになった。
理由はもちろん北海道新幹線開業の影響だ。
新幹線だけで手一杯だからSLを廃止させようなんて残念すぎやしないか。
函館大沼号とニセコ号は今年度の運転を終了したので、残る函館のSLはクリスマスファンタジー号のみというわけだ。



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上記で説明した通り、復路の主役はこちらのディーゼル機関車「DE10」だ。
他にはない、なかなかかっこいい面構え!
このタイプのディーゼル機関車といえば朱色を連想させるが、黒いのは一度も見たことがない。
茶色に統一された客車と相俟っていぶし銀な井出達である。



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予想以上の賑わいに巻かれて乗り込むと、ほぼ満席であった。全席指定席で指定席券代は820円。
既に大幅な遅れが出てるため、列車は入線後間もなく大沼公園を発車した。
終点函館まで約40分の道のりである。



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SLの客車5両のうち4両は一般的な国鉄客車だが、1両だけ旧型客車(4号車)が使われている。
その旧客はカフェカーと名乗っており、車内脇にあるカウンターでコーヒーや食べ物を買うことができるという。
全体的にレトロな風情に仕立てられているが、元々レトロな旧客だからより古ぼけて見えて良い
床は木製で荷棚は本物の網棚。また、昔ながらの石炭ストーブも残っていた(火はついてないけど)。

クリスマスを盛り上げるための列車なので、サンタの衣装を着た乗務員が案内を行っている。
記念ハガキを貰ったので、せっかくだしスタンプを押した。



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今日はSLの運行最終日ではないが、乗っておいて本当に良かった。
クリスマスファンタジー号は、二週間先の12月25日をもって見納めになると思われる。
女性案内役の流暢なマイクパフォーマンスで車内は盛り上がり、拍手喝采!
こんな賑わってるのに廃止するとは………現実は非情だ。



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クリスマスファンタジー号は、予定よりやや遅れて終点函館に到着する。
到着後SLは早々に退散すると聞いたので、降りたらすぐに列車後方部へ。
僅かの撮影タイムの後、C11は客車から切り離されて駅を発っていった。
函館のSLは、これで最初で最後の見納めだ



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「ありがとう函館のSL(とDL)!今までお疲れ様でした!」

函館に北斗星が来るのは21時38分。
それまで5時間近くの滞在時間があるので、今回は函館市街を少し探索してみよう。
取り敢えず夜景を見に行くため、駅前からすぐそこにある函館市電の電停へ向かった。



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………と意気込んだのはいいが、外はこんな状態だ。
風はさっきより弱まっているが、降ってる雪の量がマジで半端じゃない。
というか、何でこんな人多いの!?何でこんな大雪なのに外を出歩こうとするの!?w
もう既に体がヘロヘロなのに、またしても雪を容赦なく浴びるというのか………!

次回!体力が限界まで追い込まれた私は、函館観光の末に北斗星へ身を委ねる。
人生最初で最後の北斗星乗車をもって、今回大長編となった最北端鈍行旅は終幕を迎える!

2015/01/05 | 極寒北国紀行

「北斗星」とともに

「極寒北国紀行 4~5日目 (函館~上野)」

[2014/12/13]

最北端鈍行旅も終わりのときが近づいてきた。函館観光の後は北斗星に乗って帰路を辿ることになる。
大雪を被りながら、私は取り敢えず函館市電の電停へ向かった。
駅前電停はロータリーから歩いてすぐのところにある。


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それにしてもすごい雪の量だ。
昨日から雪を浴びまくってるせいか、体力の消耗が激しくなってきた。
………頑張ろう。最後までやると決めたんだ。ここでリタイヤするわけにはいかない。



・函館市電 [函館駅前~十字街]
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函館市電は2つの系統、細かく分けて4つの路線を有している。
湯の川から県道83号を通り、函館駅前を経由し十字街に至ると線路が二つに分かれるが、
このうち北側の終点どつく前に向かうのが2系統、南側の終点谷地頭へ向かうのが5系統だ。
「何故1系統や3系統がないのか?」というと、既に廃止され欠番となったからだという。

大昔栄えた函館駅周辺より北側の五稜郭地区は繁華街として栄え、商業都市として発展を遂げているが、
幸運にも函館市電の経路は、函館駅周辺と発展した五稜郭地区の繁華街を結んでいた。
そのため利用客は大幅に減少せず、今も函館市民・観光客の足として健在している。


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市電のいいところは、路線バスと違って単純明快であることだ。
道路に線路があれば誰だって電車が走ってると分かるし、観光地や繁華街を結ぶだけで需要が生まれる。
その需要の高さに加え、函館市電は初乗り運賃が少し高めに設定されており手堅い経営基盤を築いている。
いくらそれなりの需要があっても、このご時勢、市電を走らせるのは並大抵の努力ではできないのだろう。

外は大雪だというのに、休日だからか電停は観光客でごった返している。
函館といえば夜景なので、まずは市電に乗ってロープウェイの最寄り電停を目指そう。




車内は通勤電車並みの満員状態。山手線に例えるなら上野~秋葉原間と同じくらいの混雑度である。
駅前電停から3つ隣のところで市電は十字街電停に着く。函館駅前~十字街間の運賃は210円だ。
ここは赤レンガ倉庫の最寄りでもあり、ドッと乗客が降りた。

十字街電停から急坂を上っていくと函館山ロープウェイの乗り場に辿り着く。
夜景が売りの場所だから、ロープウェイの最終は20時50分と遅い。
窓口では片道券と往復券が売っている。往復券の値段は1300円だ。



・函館山ロープウェイ [山麓~山頂]
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1958年開業の函館山ロープウェイは、函館山麓から山上の展望台までを結んでいる。
その輸送実績は、函館に訪れる観光客の人数とほぼ比肩するというから驚きだ。
5分間隔で運行されており車両も大きいので乗客の回転も早い。

展望台まで向かう途中でちょうど花火が上がり、車内で歓声があがる。
私が展望台に降り立ったとき、雪は何故か収まった。



・函館山山頂展望台
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世界三大夜景の一角、函館の夜景は初めて見るが素晴らしいの一言だ(毎回これしか言ってないw)。
古来、函館は「連絡船とともに生きた街」といわれる。その歴史が途絶えたのは四半世紀も前のことだ。
青函連絡船が廃止されて以来、函館は「北海道の表玄関」としての役割を失ってしまったが、
日本の近代化に携った歴史遺産が多く残っており、観光地として多くの人が訪れている。

眼下に広がるのは、皮肉にも連絡船の廃止とともに取り残された財産の灯なのだ。



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夜景を見た後は再びロープウェイに乗り、坂を下りて市電の通りまで戻ってきた。
まだ時間は沢山残ってるので、大雪は相変わらずだが歩いて赤レンガ倉庫へ行ってみよう。
それにしても、函館は外国人が多いな!
寧ろ日本人が少ないぐらいで、色んな人種がごちゃごちゃしてるぞ。



・金森赤レンガ倉庫
PC131065 (2)

赤レンガ倉庫は建物は往時のままだが、中はお土産屋などの商業施設として使われている。
ここは幕末貿易港として栄えた函館港の雰囲気を残す場所だ。
今建っている倉庫は明治40年(1909)に再建されたものである。

それにしてもめちゃくちゃ雪降ってるのに、信じられないほど賑わっている。
これが日本有数観光地のパワーなのか!


PC131059.jpgPC131062 (3)

赤レンガ倉庫は夏の帰省時に家族と一度来たことがある。
途中から暇になって、西波止場で買ってもらったスルメ齧りながら湾岸眺めてた。
今日は12月なので、クリスマスキャンペーンに合わせたネオンのクリスマスツリーもあるようだ。

もう少し探索したいが、体力が限界に達してるため早々に函館駅まで戻ることに。
SL撮影で長時間雪を浴び、さらにここに来てまた雪を浴びまくっていると、
なんか雪に体力を吸い取られているような気がしなくもない。



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十字街電停まで戻ろうとしたら、視界が悪く電停の場所が何処だかわからなくなった。
取り敢えず線路に沿って進み電停を発見するが、そこは十字街電停ではなく隣の末広町電停だった。
ここの電停は十字街より本数が少ないことはわかっているが、もう歩く気力がないので大人しく待とう。

しかし、凍えながら電停で待つも市電は一向にやってこない。
このままだと雪ダルマになっちまう。

早く来てくれーーーーーっ!(断末魔の叫び)




・函館市電 [末広町~函館駅前]
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末広町電停で待つこと12分。雪に埋もれかけた頃、市電はようやくやってきた。
雪がドッサリ降りしきる中の12分は想像以上に長い。
道路の向こうから現れたライトを眼にした瞬間、私は生き返ったような気分になった。
降り積もった雪をパンパン払いのけて、すがるような気持ちで市電に乗り込む。

駅前電停で市電を降り、体勢を立て直すため函館駅構内で休憩。
先ほど電停に行くまで道に迷ったせいか、雪と寒さにやられて体が凍えきっている。
昼から何も食べてないので腹もすっかり減った。
また大雪の外へ行くのは億劫だが、夕飯にありつきたいので体に鞭打って再び外へ出た。



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駅から歩いて5分のところに、ウニ丼で有名な「むらかみ」という店があった。
中に入ると席は満杯で10分ぐらい待った後、席へ案内される。
注文したのはウニ丼のレギュラー。値段は3500円と自分にはお高めだが、
男なら一品ドーン!と頼みたいものである。元々小品をちびちび味わうような性分でもないし。


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とろけるようなウニが丼いっぱいにのっかっている。
やや大食の自分には少しボリューム不足だが、普段滅多に味わえない絶品ウニをたっぷりと味わう。
また味噌汁はお代わりOKらしく、凍えた体が温まるので夢中ですすっているといつの間にか三杯も飲んでいた。



・函館駅
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ウニ丼を食べた後、北斗星の発車時間も近づいてきたので大人しく駅へ戻ることに。
函館駅は近代化された立派な駅舎で旭川駅と負けず劣らずといった感じだ。

「本日大雪の影響のため、寝台特急北斗星号は約20分ほど遅れての到着となります。
到着予想時刻は21時50分頃を予定しております。誠に申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください」


雪で大幅に遅れるとはいえ、北斗星はちゃんと来てくれるようだ。良かった良かった。
寝台特急は「北海道&東日本パス」が使えないので、窓口で普通乗車券を購入。
函館~上野間の普通運賃は13990円。特急券と寝台券を合わせると合計23530円となる。
必要な切符も揃えたし、あとは大人しく駅構内のベンチで北斗星が来るのを待つのみだ。



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これから待ちに待った北斗星に乗車するが、もう既に体力・気力ともに限界がきていた。
顔はやつれ、体はガタガタ。あと寝不足で頭がフラフラしている(苦笑)。
四泊五日の旅程の中で稚内での休息だけを念頭に入れ、その上でやれる限りのことを限界までやり尽くしてきた結果だ。
重いリュックを背負い雪の中で動き回るのは想像以上にキツく、体力をあっという間に奪われてしまった。

でもそれでも何とかやり遂げてやるという意志が働いたおかげで、これまでの旅の全行程、全て狂いなくやれた。
道内突入からずっと雪が降っていたのに、何事もなく走り続けた北海道の鉄道の偉大さを実感している。
あと、このスノーブーツがなければ旅中どうなっていたかわからない。こいつの力は絶大だった!
旅はまだ終わってないのに、喜びと達成感がふつふつと沸き起こる。

あとは、寝台特急に乗って東京に帰るだけだ。
最後の最後に、憧れの北斗星で有終の美を飾ろう!



・北斗星 [函館~上野]
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「北斗星」はブルートレインの中では比較的新しい方で、はまなすと同じく青函トンネル開通と同時に運行を開始した。
北斗星は移動目的よりも観光要素を全面に出した新しい寝台特急として脚光を浴び、
それまでの寝台列車にはなかった豪華客室食堂車が備えられ、旅を楽しむための工夫が盛り込まれた。
この北斗星の試みは大成功し、今も個室券が一瞬でなくなるほどの人気を誇っている。

今も大人気の北斗星だが、新幹線開業を理由に2015年3月13日限りで廃止されることが決定した。
JR側から既に公式発表が出ており、臨時を入れても恐らく残り半年ほどで北斗星は消滅することになる。
自分にとって北斗星は絶対的な存在だから、消滅する前に何としてでも乗りたかった。
人生最初で最後の乗車となってしまうが、憧れの北斗星の走りを今回この眼でじっくりと見届けたい。

日中から降りしきる大雪の影響で、室蘭本線・函館本線の列車は全体的に遅れが発生していた。
北斗星もその全体遅延に巻き込まれることとなり、定刻から20分ほど遅れて函館に入線する。
函館では牽引する機関車が代わり列車の進行方向も逆になる。これまで牽引してきたのはDD51の重連だ。
DD51はここ函館で役目を終える。青森まで牽引する機関車ED79に交代するため、目の前ですぐに切り離された。



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今回私が取った座席は1号車の「B寝台16番上段」だ。

10時打ちという手法を知らず、そもそも北斗星が未だ人気列車である認識がなかった自分は、
旅決行直前になって指定席券を取りにみどりの窓口へ向かったのだが、当然個室Bソロは満席。
そして私が窓口へ訪れた時点で残っていた座席は、先頭車の一番先頭の開放B寝台上段のみであった。


↑上野・函館

PC290008.jpg1号車:開放B寝台(コンパートメント)
2号車:開放B寝台(禁煙)
3号車:B寝台個室デュエット
4号車:B寝台個室デュエット
5号車:B寝台個室ソロ
6号車:B寝台個室ソロ/ロビー/シャワー
7号車:食堂車「グランシャリオ」
8号車:A寝台個室ツインデラックス
9号車:A寝台個室ロイヤル/B寝台個室ソロ
10号車:A寝台個室ロイヤル/B寝台個室デュエット
11号車:開放B寝台(喫煙)
12号車:電源・荷物車


↓札幌・青森


北斗星の編成はこんな感じだが、私がこれから乗るのは端の端っこの席だ。
先頭車の一番前なので、すぐ隣に先頭デッキがあり汽笛も一番よく聞こえるところである。
「往路で日本列島の端っこへ到達し、復路で寝台特急の端っこに乗って帰る」と考えると何か縁起がよい気がする。

特急・寝台券の区間を「札幌~上野」としてあるのは、万一の場合に備えての対策だったが、
今日は大雪で遅延が発生しているものの、鉄道が走れる程度の天候で持ち応えてくれたからよかった。
明日はもっと雪の量が増すらしいから、今日が計画通りに鉄旅できるギリギリの状態だったのかもしれない。





22時過ぎ。既に大幅に遅れているため、機関車付け替え後間もなく北斗星は函館を出発した。
函館を出ると北斗星は仙台までノンストップで進む。仙台の次は福島・郡山・宇都宮・大宮の順に停車し、
定刻通りに行けば午前9時38分に上野に到着する。札幌からだと約16時間、函館からでも約12時間の長旅となる。



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せっかくの北斗星なんだし個室がよかったが、寝台の元祖といえば開放B寝台である。
集客要素の強い個室よりも、昔ながらの開放寝台にこそ旅情があるのではないかと思う。
人一人しか寝れない狭苦しい空間に身を投じて、ガタガタ揺れる夜汽車に想いを馳せる。
それは、今では時代錯誤なことかもしれない。でも「旅」って元来そういうもんじゃなかったのか。

私は、この無骨で質素な夜汽車(=開放寝台)の醸し出す風情と哀愁が好きだぞ!



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22時40分、今日最後のアナウンスが入り室内灯が深夜灯に切り替わった。
続いて22時52分、列車は青函トンネルに突入する。
その瞬間を見ようと鉄が隣の先頭デッキに集まってきたが、私はもう疲れた。
備え付けの浴衣に着替える余力もなく、鉄達を尻目に灯りを消して横になる。



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青函トンネルを抜け、夜中0時半を過ぎたところで列車は青森で運転停車。ここでは停車するだけで客扱いは行わない。
先頭デッキに相変わらず鉄が集まってるのでトイレついでに行ってみると、どうやら機関車が付け変わったようだ。
さっきまでは機関車から一番遠い席だったが、今度は機関車から一番近い席に。
また随分とダイナミックな席を取ってしまったものである。

北斗星といえば赤い機関車を連想させるが、既に退役し新型の青い機関車EF510が受け継いでいる。
でも未だに赤い機関車の印象が強いのは、子供の頃に鉄道図鑑を読みふけっていたせいだろう。
愛読していた図鑑のトップに、赤い機関車(EF81)が牽くブルートレインの姿が掲載されていたのだ。

大人になった今、図鑑のトップを飾っていた憧れのブルートレインはほぼ全て消滅していた。
乗りたい!でも、どうあがこうと乗れない。それが、ただ悔しかった。
だからこそ、生涯一度だけとなりそうな、今。この瞬間を大事にしたいところだが、
襲い来る疲れと眠気に耐え切れず、青森を過ぎたところで私は深い眠りについた………。




[2014/12/14]

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「おはようございます。時刻は只今6時25分を回りました。
昨日からの雪の影響で、北斗星号は只今25分遅れで運転致しております。大変申し訳御座いません」


壁の向こうからすぐ汽笛が聞こえる………。
仙台を過ぎてから間もなく室内灯に切り替わり、今日最初のアナウンスが入った。

うつらうつらしながら寝台上段の隙間から窓を覗く。寝台列車から見る日の出は何時も格別だ。
東北も雪が降ったようで、行きでは雪じゃなかったところも降り積もったらしい。
青森から一度も目が覚めずに眠ってたみたいだが、体は依然としてヘロヘロの状態。
日の出を拝んだ後は、再び布団をかぶりそのまま横になった。




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午前9時半過ぎ、私はようやく長い眠りから覚めた。列車は既に大宮を過ぎている。
体が完全に疲れきってるのか、自分でもびっくりするぐらいぐっすり眠り込んでいた。
函館からの12時間のうち9時間も眠っていたのだ。

「車掌さんのおかげで、楽しい旅ができました。昨日はありがとうございました~」
「仕事ついでだけど、もう北斗星に乗るのもこれっきりで最後だな!寂しいもんだ」
「やっぱり、寝台特急はいいですね。パッと行っちゃう飛行機じゃ味わえませんよ」


惜別漂う言葉が飛び交う中、北斗星は終着上野へ向かってひた走る。
今日は日曜なので線路脇で撮り鉄が沢山カメラを向けている。
寝台から降り、通路にある簡易席に座りながら、私はその光景をぼんやりと眺めた。



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「今眺めている光景は二度と見ることができない」

そう考えると、疲れきっていた身体に不思議と力がみなぎってきた。
2015年3月を過ぎれば、定期の北斗星は消滅し二度と乗車できなくなるのだ。
外は何の変哲もない近郊都市だが、私はカメラで撮ることも忘れ、頭すっからかんの状態で旅終わりの感傷に浸った。

一番前の簡易席でボーっとしているうち、車掌から終点到着のアナウンスが入る。
極寒の地だけに色々あったが、お別れだらけの最北端鈍行旅もこれでおしまいだ。
多くの人々に見つめられる中、列車は上野駅へゆっくりと入線。
やがて、午前10時06分。北斗星は定刻から28分遅れて終点上野へ到着した。




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「うえのおぉーーーーーーー、うえのおぉーーーーーーー、終点、上野に到着です」

終着上野の13番線ホームは休日の賑わいと喧騒に満ちている。
上野駅の13番線は「東北の玄関口」と呼ばれ、一路北へ向かう長距離列車が発着していたが、
その歴史と伝統も間もなく途絶えようとしている。北斗星とカシオペアを除く上野発の長距離列車は全て消滅したからだ。

上野の到着アナウンスは昔から語尾を伸ばしきるのが伝統で、それは今も受け継がれているようだ。
一号車の一番前の席をとった利点をいかし、一番乗りで列車を降りて先頭部に向かうが、
今日は日曜で眼をギラギラ光らせた鉄達が沢山待ち構えていた。

………最後の最後まで男臭い旅になっちまったぞ。



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北斗星は今回が乗り納めなので、列車のエンブレムや行き先幕など撮るべきものは撮っておく。
ここで撮った写真は数十年後、鉄達にとって数少ない「遺産」になってるだろう。
そのくらいの価値のある列車が北斗星なのだ。

続いて列車の後方へ回り、北斗星が車庫に向かうのを見送ることに。
それにしても、消滅までまだ数ヶ月以上あるのにすごい人が集まっている。
私の場合、今回が最初で最後の乗車となったが、おかげで一生に残る旅になったぞ!



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「さらば、北斗星。憧れのブルートレインよ、永遠なれ。」

2015年3月13日をもって、寝台特急「北斗星」は27年の歴史に幕を閉じる。
本当はずっと走っていてほしいが、移り早い時代の波に北斗星も抗えなくなったのだ。
上野と故郷札幌を結び、ブルートレイン最後の血筋を担った北斗星の勇姿を、私はずっと忘れないだろう。



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今まで夢をありがとう、北斗星!!
27年間、お疲れ様でした!


北斗星を見送った後、私は13番線ホームからいつもの常磐線のホームへ向かった。
常磐線のホームは9~12番線(2階)であり、旅情溢れる13番線(1階)の真上に位置している。
両ホームは三分足らずで行けてしまう!毎日乗る生活路線の真下に、私の憧れの世界はあったのである。

勝田行き中電の中は何時もと変わらぬ日常の風景。
少し前まで、極寒の地にいたのがまるで信じられない。
どうやら東京にも本格的な寒波が到来したようだが、最北に比べりゃ何てことない寒さだ。
帰宅した後、私は何もする気力もなく、何時もの寝床に横になった。


帰宅した翌日、東北・北海道は年内屈指の大雪となり鉄道は壊滅状態となっていた。
はまなすや北斗星・トワイライトが区間運休し、函館本線の一部区間や名寄以北の宗谷本線も終日運休。
旅の決行日を少し後にずらしてれば、大雪に巻かれ未曾有の大失敗を喫していただろう。
それは、考えるだけでゾッとすることである。





・終幕
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「最北端鈍行旅計画、完全完遂」

自身も予想だにしない大成功をもって、今回の最北端鈍行旅は無事終幕を迎えた。
往路復路の総距離約3000kmのうち、乗った列車は自宅最寄りから数えて32本
台風に巻き込まれながら60本近く乗った西日本横断旅ほど過酷ではないが(←今思うと超過酷!)、
その鬼畜ぶりは私の胸中にしっかり刻み込まれた。最北端は何時かまた来訪したいと考えている。

極寒の最北の地は今にも凍えそうなところだったが、自身の血とシンクロするぬくもりが感じられた。
最四端到達の達成感に加え、今回の旅で一番心に残ったのは道民の温かさだ。
元道民としての勘が働いたのかもしれないが、何事もなく温かく接してくれたことに本当に感謝している。

(完結)
2015/01/15 | 極寒北国紀行


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