鈍行列車一人旅

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日本最北端の地、稚内へ

「極寒北国紀行 1日目 (上野~仙台~盛岡~青森)」

[2014/12/10]

寂しい男独人で、それも他に打ち込めることが沢山あるはずの学生であるというのに、
私は尚、行こうとしている。しかし、それも今回で一旦打ち切りとなろう。

「鈍行列車で最果てまで行きたい」

ただその(馬鹿な)愛情と想いだけが、私をここまで突き動かし続けてきた。
最東端・最西端・最南端を鈍行で制覇した上で、今回向かうのは最北端の稚内だ。
この旅を制覇すれば最四端全制覇となるから、旅の出発前から何時になく気合いが入っている。


「最北端、鈍行で行ってやろうじゃないか!!」



・計画~導入


さて、今回の旅の最終目的地は、上述した通り日本最北端の稚内である。
東京から鈍行で稚内へ行くには1泊2日かかる。稚内までの総距離は約1600kmだ。
復路合わせて4泊5日の行程。稚内に到達した後も再び鈍行に乗り、北から南へ北海道を縦断する。


1日目:東北本線を乗り継いで青森まで行き、青森から急行「はまなす」に乗って北海道へ上陸。
2日目:函館本線で旭川へ行き、旭川から宗谷本線の鈍行に乗って最北端駅の稚内へ向かう。
3日目:バスで宗谷岬を訪れた後、宗谷本線と函館本線の赤電(711系)に乗って札幌まで戻り一泊。
4日目:函館本線で南下。大沼公園でSLに乗り換えて函館に向かい、函館から寝台特急「北斗星」に乗って上野へ。
5日目:上野到着。「北斗星」に別れを告げ、常磐線で帰路へ。



今回の旅の全体的な行程はこのようになっている。使用切符は「北海道&東日本パス」。
体力・気力の限界を考慮した上で、出来得る限り「鉄」の要素を凝縮したつもりだ。
また道中には、今年~来年度に消滅する予定の名列車が4本(はまなす・北斗星・国鉄711系・函館のSL)もあるため、
記事上で何度も「夢をありがとう!!」などといった暑苦しいフレーズを連発することになりそうだが、
とある男のしがない愛情とロマンとして、そこはご容赦頂きたい。

冬の雪国に一人で行くのは初めてなため、やや不安なところもあるが、装備は万全である。
初日は約20時間鈍行に乗り、さらに2日目からは片道6時間の宗谷本線を往復しなければならないという、
もはや鬼畜としかいいようのない行程であるが………(苦笑)、
これまでの最果て旅も往路は全て鈍行で制覇してきたから、その伝統は最後まで貫きたいところだ。


[スポルディング] SPALDING SNOW FIELDPC100018.jpg

今回の旅の舞台は極寒の北国であり、場合によっては生死に関わってくることもあるため、
新たにスノーブーツを用意した。道民はこんなもの履かないというが、雪に慣れてない平野民にとっては必須となる。
ブーツを購入するのは、一年間通してスニーカーしか履かないお洒落無頓着の自分は初めてである。
最北端の地の景色はどんなものであるのか、直にこの足で確かめてこようではないか!

早朝4時半、パンパンのリュックを背負って私は家を出た。
今のところ、稚内到着時の天気予報は「吹雪」
吹雪になるとはマジで予想だにしなかったが(苦笑)、もう行くしかあるまい。
道のり・環境ともにハードで過酷な旅が今始まるっ!!




・東北本線 [上野~宇都宮]
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東北本線の道のりは長く遠く、そしてしんどい
淡々とした車窓、ロングシート中心の車両、思った以上に混む車内。
2年前の最東端旅でも同じルートを辿ったが、よほど面白みがなかったのかほぼ記憶にない。

ここ上野から青森まで約20時間の道のりだ。
気が遠くなりそうな数字だが、初日のこの鬼畜な行程を制覇しないことには、
北海道はおろか青森にすら行くことができないのである。




5時46分、始発から3本後の宇都宮行き鈍行が定刻通り発車した。これから青森まで一日かけての長旅である。
東北本線の上野〜宇都宮間は宇都宮線という愛称がついており、バリバリの通勤路線である。
列車は通勤電車として最長の15両編成で、もちろんあのグリーン車もついている。


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今回は、宇都宮までグリーン車に乗って行くことにした。
980円かかるが、これからの苦行を思えば何てことのない出費である。
車内はまだ誰もいない。私はグリーン車に乗るのは初めてであり、グリーン券を購入するのに一手間かかった。
普通に紙の切符を買うのかと思ってたのだが、今はSuicaにチャージして座席上のセンサーにタッチすればいいだけらしい。

宇都宮行き通勤電車は、まだ真っ暗な中、並走する京浜東北線を尻目に疾走していく。
大宮あたりでようやく乗客が入ってきた。大宮から東北本線は他の並走路線を離れて一人立ちする。


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白岡あたりでようやく日が出てきた。短いようで長い長い一日の始まりだ。
今は一年間で最も日が短い時期であり、日中のうちに行動できる時間は限られている。
久喜を過ぎた頃で、車窓右手に筑波山がうっすらと見えた。
線路のそばには住宅街が広がるだけであるから、今のところ車窓の楽しみといえば遠くに聳える山々ぐらいしかない。

新幹線と接続する小山でドッと乗客が増えたようだ。既に時間帯は通勤ラッシュに突入しているが、
この宇都宮行きのグリーン車はガラガラで、通勤通学の喧騒とは無縁である。
普通車は恐らく満員状態であろう。やはり、改めてグリーン車に乗っておいて良かったと実感。
最初から混んでる中行くのもやる気をそそられないし、グリーン車ならのんびり朝飯を食べられる。

7時29分、宇都宮行き電車は定刻通り到着した。これで、グリーン車の快適旅は終了。
隣ホームに居座る黒磯行き鈍行に乗り換える。



・東北本線 [宇都宮~黒磯]
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これから乗る宇都宮~黒磯間の車両は、意外にもメルヘン顏の205系。
こいつは確か、京葉線で走ってた奴じゃないか。

車内はみるみるうちに混んできて、発車寸前には立ち客も出た。
8両編成のオールロングシートで、目の前のブラインドも全て下げられたため車窓は全く見えないが、
この区間はとりわけ面白みがないので全然構わない。
ここからドアは「手動」である。下車するときにさりげなく「閉」ボタンを押すのは暗黙のルールである。
宇都宮から先は、駅間距離が少し長い気がする。



・東北本線 [黒磯~郡山]
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黒磯に着いた。ここから再び郡山行きの鈍行に乗って北上する。
東北本線の黒磯~一ノ関間で使われる鈍行の車両は全部で数種類あり、
「悪魔」こと701系・「救世主」こと719系・「新型」ことE721系の3種類がある。

大半はロングシートの701系にぶち当たることになるのだが、
たまにクロスシートの719系やE721系がやってくることがあるから侮れない。

そして、この区間は何とE721系が来た。「今日は運が向いてるぜ!」と思ったが、
正直ぶっちゃけると、東北本線の車両の運用は最初から全て決まっているため、
例えE721系が来ても、決して運が良いというわけではないので注意されたし!


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途中の新白河で14分停車する。
ホームのすぐ横には、東北新幹線の高架ホームが聳える。
しばらくすると、貨物が横を通過し間もなく列車は再出発した。

「この列車は東北本線、普通列車の黒磯……あっ!失礼致しました。普通列車の郡山行きです」

ええー、戻るのかーー。ここまできて戻りたくねえべ(笑)。


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これまでの東北本線は住宅街が中心だったが、黒磯以北からガラっと雰囲気が変わり閑散とした山の中を進んでいく。
対向の線路にくるのは鈍行でも特急でもなく、今のところ貨物ばかりである。
新白河からは山あいを出て、平坦な土地を快走していく。
さっきはガラガラだった車内は少しずつ混み始め、新白河から数駅先で満席となった。

須賀川という駅で、小学生の子供達が大勢乗り込んできた。郡山へ社会見学に行くのだという。
子供の勘は大人以上に鋭いが、まさか隣に座る男が鈍行で稚内へ行こうとしてるなんて絶対に思ってはいないだろう。

磐越線と接続する郡山で、再び北へ向かう福島行きの鈍行に乗り換える。



・東北本線 [郡山~福島]
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悪魔こと701系の登場だ。
この車両はオールロングシートで、奥羽本線と黒磯以北の東北本線の主力として使われている。
こいつにぶち当たる確率は限りなく高く、最悪のパターンだと、
宇都宮から青森までずーっとロングシートに座らなければいけないこともある。それこそ正に鬼畜である。

黒磯からの乗り継ぎ客が多く、車内は満席状態だ。
車窓は既にローカル一色。ここにきて早くも尻が痛くなってきた。
あと、まだ15時間も残っているというのに………!

この区間の乗車時間は短く、50分もしないうちに終点の福島に到着となる。
50分を「短い」と感じる次点で、私はちょっとした鈍行中毒に侵されているのだと思う(笑)。



・東北本線 (快速シティラビット) [福島~仙台]
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福島から仙台までは快速がある。
「シティラビット」と冠された快速列車が一日数本走っているのだ。
車両は719系。主にクロスシートが設けられており、ロング中心の東北本線の中でも救世主的存在といえる。

しかし今は思った以上に混雑しており、肝心のクロスシートを確保できなかった。
車内端にある、二席分のこじんまりとしたロングシートに座る。


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白石を過ぎると列車は小高いところをひた走り、右手に広々とした景色が一望できる。
東北本線は、太平洋沿いに敷かれた常磐線と比べると勾配のきついところが多い。
そのため、当時(昭和40年代頃まで)の優等列車はこぞって常磐線経由で北へ向かったという。
今はその影が全く見られないが、かつては常磐線が栄華を誇った時代もあったのだ。



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仙台で昼食休憩となるが、次乗る列車は僅か30分後のため急がねばならない。
もっと余裕のある行程を立てろと言われそうだが、現在のダイヤの都合上ではこうするしかなかった。
最東端旅のときはここで50分ぐらい休憩がとれたが、今は「はまなす」の発車時間が少し早まっているため、
そのツケがここに来て回ってきたのである。

駅構内は混み合っており、また駅前に手軽に立ち寄れる店もないため何か探して食べるのは無謀であった。
とりあえずキオスクで適当に昼飯を済ませて、次の列車に乗り込む。



・東北本線 [仙台~小牛田]
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発車から10分前にホームに降り立つと、小牛田行きの鈍行は既に満席であった。
しかしずっと座席に座っていても尻が痛くなるばかりなので、たまには立つのもいい。
ここから盛岡までは、列車を3本乗り継いで進むことになる。
仙台の住宅街をひた走り、閑散とした平野を走るとやがて小牛田に到着する。



・東北本線 [小牛田~一ノ関]
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小牛田で一ノ関行きの鈍行に乗り換える。車両はまたまた701系。実に憎たらしい奴である。
車窓は人家が少なくなり、ただっぴろい田園の中を進んでいく。
徹夜で出発したので、さすがにここまでくると眠くなってきた。
体力はまだまだ余裕だが、眠気には俄然弱いぜガッデム!



・東北本線 [一ノ関~盛岡]
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一ノ関到着は14時32分。ここから、現在の東北本線の区間としては最後の鈍行に乗る。
盛岡以北は第三セクターに転換されたため、現在の東北本線の実質的終点は盛岡である。
車両は相変わらずの701系だが、ラインカラーがこれまでのものと違うようだ。


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眠気に巻かれてうつらうつらしているうちに、外は雪景色に変わっていた。
時刻は16時を過ぎようとしている。あっという間に日が暮れる中、列車は盛岡向けてひた走る。


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16時15分、列車は定刻通り盛岡に到着する。
ここから先は第三セクターのいわて銀河鉄道だ。
駅構内のカフェで一服した後、私はいわて銀河の乗り場へ向かった。



・いわて銀河鉄道/青い森鉄道 [盛岡~八戸]
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こじんまりとしたいわて銀河鉄道の乗り場は人で溢れかえっている。
既に長蛇の列を成しているが、私は列車画像を撮るのが最優先なのでホーム端で一人カメラを構えた。
やがて間もなく、八戸行きの鈍行が到着する。終点の八戸までは2時間弱と結構かかる。


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車両はいわて銀河独自の形式(IGR7000系)だが、JRの701系を転用しただけの代物である。
車内は満席どころか満員となり、その八割方は学生。
邪魔になるリュックを荷棚に置いて車内の端でやり過ごすうち、座席はすぐに空いた。

外はもう真っ暗だが、雪が少しずつ深くなってきているようだ。
「今、稚内はどうなっているんだろう?」と車内で一人、いい歳こいて童心に返った。
時折鳴る甲高い警笛がその想いをより掻き立てる。ローカル列車独特の警笛の音色が私は大好きなのだ。


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陸奥から先は青森県で、列車は青い森鉄道の区間に入る。
ここまでくると車内は既にガラガラ。車内空調が弱いのか、上着を着ていても寒い。
恐らく「はまなす」に乗ると思われる乗客が、僅かに設けられたボックスシートに居座っている。

今回の旅は北海道&東日本パスの有効期間初日に決行することになったが、それが吉と出るか凶と出るか!
良くも悪くも、鈍行の旅というのは偶然の重なり合いみたいなものなのである。



・青い森鉄道 [八戸~青森]
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最後の最後に乗る列車は、青い森鉄道の青森行き鈍行だ。
車内の座席は八割方埋まっている。数駅過ぎると、車内は男一色となった。
男の学生、男のリーマン、男の外人、そして男の乗り鉄。マジで男しかいない。

列車は広々としたところを走ってるのか、車窓にはポツポツと外灯が一定間隔で流れるのみである。
車内のむさ苦しさを除けば、その光景は本州の最果てまで来た感じがする。



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やがて21時前に、列車は終点の青森に到着した。
はまなすが出発するまで一時間強の滞在時間があるので、ここで夕食をとる。
そして、青森駅前にはあの吉野家が夜遅くまで営業しているから有難い。
ただの牛丼じゃつまらないので、普段は滅多に頼まない牛すき鍋を注文した。

夕食後に駅構内で待機すること20分ぐらいで、はまなす到着のアナウンスが入る。
明日は遂に稚内だ!私は一番乗りで改札を通り、意気揚々とはまなすの発着ホームへ向かった。

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2014/12/19 | 極寒北国紀行

「はまなす」と厚別ダッシュ

「極寒北国紀行 1~2日目 (青森~新札幌~厚別~旭川)」

[2014/12/10]

最北端鈍行旅も、まずは一つの山を越えた。
とはいっても、これから天気が悪くなるから旅の峠はまだまだ先だ。
東北本線を全線通しで北上し、青森からは夜行列車のはまなすに乗って北海道へ上陸となる。


・急行はまなす [青森~札幌]
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今や日本で唯一の夜行急行となった「はまなす」の歴史は、今から四半世紀前(88年)まで遡る。
それまで青森と函館を結んでいた青函連絡船の代替として、青函トンネル開通日とともに運行を開始した。
この区間は青函トンネル以外に移動手段がないため、今も一定の需要があるようで、
多くの夜行が臨時に格下げされていく中、現在も定期夜行列車として毎日走り続けている。

しかし、その定期夜行「はまなす」の歴史も間もなく終わりを迎えようとしている。
2016年に開業する北海道新幹線の影響で、青函トンネルの電圧が新幹線専用のものへと変更されるため、
これまで客車を牽引してきた電気機関車が走れなくなってしまうのである。JRからの正式な発表はまだないが、
「カシオペア」や「北斗星」とともに、「はまなす」も消滅してしまうだろうというのが現時点での予測である。

今現役で走っているブルートレインは「北斗星」と「はまなす」のみであるから、
両列車の廃止は、すなわちブルートレインの全廃を意味する。
長きに渡る歴史を持つ定期運行のブルートレインを往路復路使って乗車するのは今回が最後となろう!

………こうして若干興奮気味になりながら(苦笑)、私ははまなすの客車に乗り込んだ。



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22時18分、急行はまなすは定刻通り青森を発車した。今回とった座席は「のびのびカーペット」である。
この雑魚寝スタイルの車両はとても人気があり、他の車両はガラガラなのにカーペット車だけ満席状態。
そりゃそうだ。他の座席と指定席券代は同額なのに、こちらは寝床に布団付きで横になれるのである。

「のびのびカーペット」の指定席券は、みどりの窓口で発券してもらうのに少し手間がかかった。
この座席は窓口の端末(マルス)上では「はまなすカーペット」という名前で登録されているので、
発券してもらう際には、列車名を「はまなすカーペット」と指定する必要があるから厄介なのだ。




「それでは、これから室内灯を深夜灯に切り替えさせて頂きます。どうぞごゆっくりお休み下さいませ。
次の停車駅は函館。0時44分の到着です」


23時過ぎ、甲高い汽笛とともに列車は青函トンネルに突入する。
津軽海峡線は青函トンネルに至るまでトンネルがいくつかあるが、
いざ青函トンネルに入るときには盛大に汽笛を鳴らす。
海面下240mの海底をくぐり抜ければ、北海道の地はもうすぐだ。



[2014/12/11]

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うつらうつらしているうちに、列車は函館に到着した。
ここでは機関車の付け替え作業もあり、39分も停車するようだ。
寒いホームに降り立ち列車の先頭部へ行くと、はまなす専用のDD51の姿があった。
この機関車は、函館から終点の札幌までを牽引する。

1時23分、はまなすは汽笛を鳴らして函館を出発する。
さすがにもうそろそろ寝ないと2日目がもたないので、シーツをかぶって眠りについた。

………と、そう上手く眠りにつけるわけでもない。
客車の振動・挙動は電車のそれよりも強く、ブレーキがかかるときにはガクッと大きく揺れる。
必要以上に繊細な自分には、この揺れが結構響くのだ。



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「皆様、おはようございます。時刻は只今、午前5時9分を回りました。列車は定刻通り運転しております。
次の停車駅南千歳には、あと15分ほどで到着致します」


苫小牧を出たところで、室内灯が点灯するとともにアナウンスが入った。
列車は今、千歳辺りを快走している。終点の札幌まではまだ少し時間があるようだ。
ここでどうしようか、私は一つの選択を迫られた。

その選択とは実に意地らしいもので、要は「ワープをするかしないか」ただそれだけのことである。
何が何だかわからない方もいらっしゃると思うので、ここで詳細な概要を説明しよう。





今乗っている急行「はまなす」の終着駅は札幌である。
札幌から道北へ行くには、まず函館本線に乗って旭川へ向かう必要があった
しかしこの区間の鈍行は本数が非常に少なく、また効率の良い接続もないため乗り継ぎで大きなネックとなっている。

そこで札幌を6時に発つ始発の旭川行き鈍行に乗れば、いち早く道北へ行くことができるのだが、
「はまなす」が札幌に着くのは6時7分。つまり、札幌からだとこの始発鈍行に間に合わないのである。
6時の始発の後に来る旭川行き列車は3時間後であり、特急でのワープが必須となってしまう。
しかし今からちょっとした「裏技」をやれば、この始発の鈍行にギリギリで乗り継ぐことが可能となる。

はまなす終着駅の一つ手前の停車駅である新札幌。ここから近いところに函館本線の厚別駅がある。
この二つの駅は千歳線と函館本線の合流地点近くに位置し、互いに距離が近いため、
乗換駅ではないが徒歩10分で容易に行くことができるのだ。




札幌からでは絶対に間に合わないが、ここからならギリギリで始発の旭川行きに間に合うことは、
時刻表で両列車の到着~発車時刻を照らし合わせればすぐにわかる。

・はまなすが新札幌に到着するのは5時55分。
・旭川行きの始発鈍行が厚別を発車するのは6時13分。


つまり、この二つの駅・列車の到着~発車の間には18分のブランクがあることになる。
この僅かなブランクを利用し、新札幌から厚別まで徒歩で移動し旭川行きの始発鈍行に乗ることを「厚別ダッシュ」という。
要は新札幌ではまなすを降り、18分以内に徒歩10分の道をこなして厚別まで行けばいいわけだ。
結構際どいタイミングだが、両列車が定刻通りならば問題なく間に合うだろう。



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ほどなく列車は新札幌に到着。結局、私はリスキーな厚別ダッシュをすることにした。
誰も降りる気配がない中、リュックを担いで一人颯爽とはまなすを降りる。
はまなるに乗るのは今回が最後になりそうなので、よりリスキーになるが駅ホームで発車を見送ろうではないか。



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「ありがとう、はまなす!今までお疲れ様でした!」

あっさりとした別れだが、ホーム上でこうして一人悠々とできるのも格別である。
はまなすは恐らく来年度に廃止されてしまうが、いざそのときには人混みに溢れててんやわんや状態になってるだろう。

さて、ここ新札幌から厚別までしばし鬼畜の移動をしなければならない。
正直鬼畜というほどでもないが、間に合わなかったときの痛手は大きい。
スマホでGoogleマップを見ながら、まずは北口を出た!



・新札幌~厚別 (徒歩)
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外はまだ真っ暗。道路は一面雪に覆われている。もう手元のマップ以外は何も頼りがないが、
私は頭にすぐ地図を浮かべられるタイプの人間だから自信はある!(←個人差があるらしい)
駅構内を出るのに戸惑ってしまい、函館本線の始発鈍行が発車するまであと13分となった。
もはや、歩いていては間に合わない。文字通り厚別向かってダッシュだ!


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ここにきて、東京からわざわざ履いてきたスノーブーツが大活躍する。
このスポ○ディングのブーツは防寒に加え防水機能も搭載しており、
また靴底は雪で滑らないように特殊なソールパターンが施されているのだ。
その機能性たるや絶大で、思いっきり走っても全く滑らない。

スニーカーで来ていたら間違いなくアウトだったろうな。


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結局道を迷わず進むことができ、6時10分に厚別駅に到達した。
これで無事、旭川行き始発鈍行に間に合う!



・函館本線 [厚別~旭川]
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ホーム上で待つこと数分、目当ての列車は定刻通りやってきた。
この区間は電化されているが、やってきた列車は意外にも二両編成の気動車だ。
恐らく、回送ついでの送り込み運用であろう。

厚別を出てしばらくしたところで、周りが少しずつ明るくなってきた。
辺りは一面雪景色であり、ただっ広い北海道の大地が姿を現す。
始発列車だが、車内は満席状態。この区間はまだ鈍行の本数が多いのだが、問題は滝川から先の区間である。
滝川から旭川までの区間は、一日数本しか鈍行が走ってないのだ。


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朝7時前に、旭川行き鈍行は室蘭本線と接続する岩見沢に到着する。
外はすっかり明るくなり、見渡す限りの平野を照らす。
天気はあいにくの曇りで、吹雪になる予報も出ている。

岩見沢から先を進むごとに、これまで満席だった車内が少しずつ空いてきた。
生粋の道民は、やはりスノーブーツなんてものは履かないらしい。
車内を見渡す限り、私みたいな旅行者を覗くと革靴とスニーカーばかりだ。


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列車は何のトラブルもなく順当に道のりを進む。
奈井江という変わった名前の駅で学生が大勢乗ってきた。
目の前には雪原が広がっているというのに、学生達はドラクエの話とかしている(笑)。
彼らにとって、車窓に広がる大自然は生活の一部に過ぎないのだ。

究極の汎用気動車キハ40系の走りは、実にのんびりとしている。
この車両は車体の重さの割にエンジンが貧弱で、発車時の加速が圧倒的にのろい。
ただ車体はとりわけ丈夫につくられており、耐雪・防寒構造もしっかりしてるから安心感がある。
そこは古き良き国鉄車ならではの魅力であり、国鉄が車両の生産に一切の手抜きをしなかったことを証明している。


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根室本線と接続する滝川で一気に乗客が減った。
ここから旭川までの区間は車掌のいないワンマン列車となり、閑散地帯を進んでいく。

昨日の夜から何も食べてないため少し腹が減ってきたが、手元にはメントス一粒しかない。
とりあえず旭川まではこのメントス一粒で我慢しよう。


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車窓はただ見渡す限りの平野であり、人家は少ない。雪はさっきと比べて少しずつ深くなってきている。
山も近くなってきた。長いトンネルを何本も抜け、石狩川を渡るとそこは旭川の地だ。



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やがて、札幌発の始発鈍行は8時57分に終点の旭川に到着した。
ここからやっと、日本最北端路線であり地方交通線としては最長となる宗谷本線に乗車する。
次乗る宗谷本線の列車が出発するのは2時間後なので、とりあえず駅前の繁華街で朝飯にありつくことに。


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旭川は駅を出てすぐのところに繁華街があるので、飲み食いには全く困らない。
外は全然人がいないが、店の中に入ると沢山人がいる。

朝飯にありついた後、キリのいいところで駅へ戻り宗谷本線の乗り場へ向かう。
宗谷本線は前々から恐れていた長大なローカル線だが、今回やっと鈍行で乗車する機会を得た。
これから吹雪くみたいだが、恐れず行こう。片道6時間の道のりを制覇し、次回遂に最北端の稚内へ到達する!

2014/12/22 | 極寒北国紀行

白銀の宗谷本線を行く

「極寒北国紀行 2日目 (旭川~名寄~稚内)」

[2014/12/11]

旭川駅前の繁華街で朝飯にありついた後、私は旭川駅に戻り宗谷本線の発着ホームへ向かった。
宗谷本線の道のりは長く、全線通しだと259.4km。これは日本の地方交通線として最長の距離である。
途中の拠点の名寄までは快速列車に乗り、そこから先は純然たる鈍行に乗って最北端駅の稚内へ向かう!


・宗谷本線 (快速なよろ) [旭川~名寄]
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日本最北端の路線として知られる宗谷本線は、元々は樺太への連絡手段として建設が進められたという。
1898年に旭川~永山間が開業し、それから延伸を繰り返して1922年に稚内まで全通する。
宗谷本線の線路は天塩川に沿って敷かれており、水運の衰退とともに道北からの資材輸送の役割も果たした。
終戦後は樺太への連絡船が廃止され、樺太連絡手段としての役割を失うことになる。

かつての宗谷本線は、名寄本線深名線美幸線天北線羽幌線など多くの支線を持っていたが、
これらの支線は80年代のうちに全て廃止となり、一路最北を行く孤高の路線となった。
孤高ではあるが今も道北の大動脈として健在しており、特急も1日3本出ている。

宗谷本線を一気に全線乗り通す場合、全線通しの鈍行で行くパターン快速+鈍行を乗り継ぐパターンに分かれる。
全線通しの鈍行は1日1本のみだが、快速と鈍行を効率よく併用する場合だと1日2回チャンスがある。
今回は11時11分発の名寄行き快速と、12時35分発の稚内行き鈍行に乗って稚内を目指そう。





宗谷本線の快速「なよろ」は、思った以上に混雑していた。
車内のボックスシートは既に満席なので、車内端にあるロングシートへ座る。
宗谷本線は途中の名寄までは高速化されており、本数も多い。しかし問題となるのが名寄以北の鈍行である。
名寄から北は、人家どころか道路もろくにない大自然の中を進んでいくことになるのだ。

列車は、発車するとしばらく市街地の中を進む。この辺りはまだ最果て路線の風情はない。
「快速」なのでいくつか駅を抜かして進んでいくが、速度は東京の普通列車よりも遅い
上り勾配に差し掛かると今にも止まりそうだ。空調がききすぎなのか、車内は蒸し暑い。


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石狩川を渡って間もないところで人家は少なくなり、左手には雄大な山々が姿を現す。
まだ路線の三分の一にも至ってないのに、車窓は大自然の風格を醸し出した。
これから先どんな車窓になるのか期待が膨らむ。


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ぴっぷ。

北海道は可愛い地名が多いな!(笑)北海道の地名は八割方アイヌ語がルーツにあるらしい。
「のっぽろ」も相当ツボにハマったけど、「ぴっぷ」はそれ以上にツボ。
ピップエレキバン愛用してるわけじゃないけどね。



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上りの特急に遅れが出たため、列車は8分遅れて名寄に到着。外は何時の間にか雪が降りしけっている。
もう既に発車しているはずの稚内行き鈍行が、向かいのホームで待機していたからよかった!
走って跨線橋を渡り、発車のベルが鳴る中そそくさと稚内行きの鈍行に乗り込む。

孤高の最北路線、宗谷本線の凄みを味わえるのはここからだ。



・宗谷本線 [名寄~稚内]


快速からの乗り継ぎ客を待ってくれてたのは有難いが、乗り継ぎ時間はほぼゼロであった。車両はキハ54系の単行。
車内には昔の特急の座席を転用したクロスシートがあるが、景色の良い左側は残念ながら全て埋まっている。
左側の車窓は意地でも確保したいところなので、やむなく空いてるロングシートに座ることに。



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ああ結局、最初から最後まで鬼畜な行程になってしまったではないか。
せめてもの最後ぐらいはクロスシートが良かったのだが………。まあいい、鈍行に贅沢なんぞ言ってはいけない。

これも最北端までの試練の道と思えば何のその!リュックをロングシートの片端に置いて背もたれ代わりにし、
座席と垂直に座るようにすると窓と自分の位置がいい塩梅になった。
これなら4時間ロングでもいけるだろう。言ってしまえば、ロングシートも「住めば都」である。



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名寄から宗谷本線は日本屈指のローカル区間に入り、一級河川の天塩川沿いをひた走っていく
車窓左手には川沿いの大絶景が広がるが、右手は全く面白味がないので避けたいところ。
名寄市街を出て間もなく天塩川が間近に迫り、圧巻としかいいようのない車窓が続く。

この名寄からの天塩川と宗谷本線の並行区間は、これから先何と2時間強も続くのである!!
………いやー、マジですごいわー。スケールが他と比べ物にならない。



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その佇まいは大河のようで、また向かいに聳える山々も険しく、
「ここは本当に日本なのか?」と思ってしまうほど荘厳な大自然の景色である。


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雄大な天塩川とともに車窓に広がるのは、途方もなく広大な北海道の大地だ。
人家はポツポツとあるのみで、車や道路もろくに見当たらない。
そんなところを、今、単行の気動車が一路ひた走っている。



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上りの特急が鹿と衝突したため、20分ぐらい遅れが出たらしい。そのため、豊清水駅で長時間停車となる。
道北に来てから雪が少しずつ降りしけてきた。吹雪にならなければいいのだが………。

特急到着後、列車は間もなく発車。宗谷本線は鹿衝突が日常茶飯事らしい。





音威子府から佐久までの区間は険しい渓谷になっていて、山と山の間を縫うように進む。
山中に差し掛かると、外は吹雪き始めた。今日は天候の変化が著しく早い。


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辺り一面、白一色。関東では滅多に見られない白銀の世界である。
列車は崖と天塩川の脇すれすれに沿って走っていく。



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画像だけだとそのスケールがいまいちわからないかもしれないが、この区間の車窓はずーっとこんな感じである。
ぐにゃぐにゃ曲がる大河と山の腹に挟まれて線路が敷かれている。
もう、ひたすら釘付けになるしかない!

とある山中の板切れ駅で一人乗客が降りていった。
辺りは何もない辺鄙なところだが、一体何をするつもりなのだろうか………。



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佐久を過ぎ、列車は無事渓谷を抜けた。さっきは吹雪いていたのに、ここにきて再び天気が回復してきた。
この辺りは集落が見られ、地元住民の人達が続々と列車を降りて行く。
車内はいつの間にか三人だけだ。



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幌延に到着した。ここでは上下の列車とも長時間停車するようだ。
停車中は駅構内を探索できるが、さすがに道北か外はめちゃくちゃ寒い。
特に風が強く、向かい風だと眼がチカチカする。まだ15時台だが、日は早くも暮れてきた。

約40分の停車時間の後、列車は再び稚内へ向けて出発。今まで並行していた天塩川はここで離れ河口へ至る。
宗谷本線の絶景区間はこれから先もあるが、もうすっかり日が暮れてしまった。
ただ、今日の往路で見れなかったところは、明日の復路で見れるから問題ない。





幌延から兜沼まではサロベツ原野の横を進んでいく。
豊富という駅で学生が大勢乗ってきた。
二日近くほぼ一睡もしてないため、眠気が限界にきている。
そうしてうつらうつら繰り返してるうちに、何が起こったのか列車が急停車した。

「只今、鹿と接触しましたため、停車致しました。これから調べて参りますので、しばらくお待ち下さい」

上りでも鹿とぶつかったらしいが、今度はこちらでも鹿衝突が発生。
宗谷本線の鹿衝突の発生率は日本一と聞く。運転士も実に手慣れた対応で運転を再開した。



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抜海を過ぎれば左手に日本海と利尻島が見えるはずだが、今はもう真っ暗で何も見えない。
抜海駅から少し歩いたところにある抜海港には、野生のアザラシが住み着いているという。
私はアザラシは大好きな動物なので、明日立ち寄って観察しに行こうと思っているのだが、
あいにく明日は吹雪の予報が出ている。抜海港は駅から徒歩30分ぐらいかかるらしく、
吹雪の中一人で歩いて行くとなれば生死に関わるので断念せざるを得ない。



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真っ暗な中をゴトゴト走り、列車は稚内から一駅前の南稚内へ到着。
稚内で特急が立ち往生しているため、ここで再び長時間停車となる。
色々あったが、何はともあれ、最北端到達まであと少しだ。

約10分停車後、向かいの線路から特急が遅れて入線する。
特急到着後、列車は間もなく発車。いよいよだ………!


東京から1600kmの道のりに終止符を打つときがきた!



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「ご乗車ありがとうございました。日本最北端の駅、終点稚内です」


着いたーーーーーー!!稚内ーーーー!!
鈍行で最四端到達達成!!!!



上野から37時間。計画していた全行程通りに列車を乗り続け、日本最北端駅の稚内に到達した。
急行はまなすを除けば、ワープ一切なしの鈍行(と快速)のみを利用しての制覇となる。
最東端の根室・最西端の佐世保・最南端の枕崎に続き、最北端の稚内も無事攻略!
東京から4つの最端まで行った距離を全て合わせると、恐らく6000kmぐらいになると思われる。

長かった………、最四端到達の道のりは本当に長かった!!



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最北端の駅を有する稚内は、最南端終着駅を有する枕崎と友好都市が締結されており、
両者の駅ホームには二つの駅を結んで示した看板が掲げられている。
半年前に行った枕崎の看板と合わせ、これでめでたくコンプだ。



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車止めの裏側には、ここが最北端の線路であることを示す看板が立てられている。
距離が途方もなく離れてるとはいえ、最南端から最北端まで線路はちゃんと繋がってるから不思議な気分だ。

………何時か、最南端の枕崎から最北端の稚内まで走り抜く臨時列車でも企画されないかなー。
シベリア鉄道のロシア号みたいにさ、一週間ぐらいかけて日本列島を横断する感じで。
ありえない話だが、仮に実現されるのだとしたら俺は絶対に乗るぞ。



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稚内の駅舎は近代化されていて、売店や施設が充実しているようだ。
もう疲れたから、駅構内を探索するのは明日にしよう。

外は吹雪。歩けるのか年輩方の観光客が駅構内で心配そうにしてるが、
実際外に出てみると雪に殴られるような強風が吹いていてたまったものじゃない。
風が吹くと、道に積もった雪がブワッと舞い上がって私に襲い来る。でも、もう行くしかあるまい。


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吹雪の中をひた歩いて塩ラーメンの名店「青い鳥」に立ち寄った後、予約しておいた宿で一泊となった。
明日は最北端の宗谷岬を訪れた後、今度は函館に向かって鈍行で北海道を南下していくことになる。
今回の旅でゆっくり休めるのは稚内の宿だけなので、到着早々にベッドに寝転がって眠りについた。

最四端到達はめでたく達成となったが、旅はまだまだ終わらない。
赤電SL、そして北斗星。あと残り数ヶ月で消え行く名列車達が道中で待っている。
次回!自身も予測し得ない荒天の中、容赦なく吹きすさぶ風と雪を振り払い最北端の岬へ向かう!

2014/12/25 | 極寒北国紀行

最北端の地の風景

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~ノシャップ岬~宗谷岬)」

[2014/12/12]

午前7時、稚内のホテルで私は起床した。
鬼畜な鈍行旅にも何処かで休息がないと身体を壊す。
昨日に引き続き、外は曇りまたは吹雪だ。特に風が非常に強く海のシケ具合がすごい。
8時に朝食を取ってあったので、さっそくホテル直属のレストランへ向かう。

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シンプルな和定食だが、私はこういうのが一番好きだ。
ダシのきいた味噌汁が美味で、おかわりしていいと言うのでありがたく頂戴する。

「この味噌汁、とても美味しいです」
「ありがとうございます、………観光ですか?」
「はい、これからバスで宗谷岬へ行ってきます」
「そうですか。今日は海シケてますから、気を付けて下さいね~」

稚内の人々は口下手で無愛想ってここのサイト(Wikitravel)に記してあったけど、そんなことは全くない。
寧ろ、限りなく温かかった。開放的な南国よりも閉鎖的な北国の方が、自分の性にあってる気がするな。
西日本に行くと違和感だらけ、というか冷遇な対応をされるパターンがほとんどなのだが、
東北・北海道に行くと円滑にコミュニケーションをとれることが多いのである。


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レストランの予約客は一人の常連さんと私を除いて誰もいない。

「どこからやって来られたんですか?」
札幌から電車乗り継いで来ました。途中吹雪いてて怖かったですけど」
「確かに、天気荒れてきましたね、この調子だと野幌とか士別あたりも吹雪いてますかね」
「あぁ……、はい、えー多分そうですよね」

「吹雪だと電車は止まったりするんですか?」
「いや、電車は滅多に止まりませんよ。遅れることは多いですけど」
「そうですか、よかったぁ~」
「もう今は何処もかしこも無人駅になっちゃって、寂しくなりましたね」

確かに北に行けば行くほど人々は無愛想に見えるのだが、根本的なところに温かみを感じる。
それは、私自身に北国の血が流れてるからかもしれない(←母が札幌育ちで生粋の道民だった)。
北国の人は偽善者ぶった笑顔をしない。というか今さっき「札幌から来た」って言ってしまったせいか、
道民とみなされて話してるみたいで、途中から道色濃厚な話についていけなくなってしまったぞ(笑)。

朝飯にありついた後、10時寸前にチェックアウトしてまずは稚内駅前に向かった。
これからしばし観光ということで、路線バスで稚内の二つの岬を回っていこう。



・宗谷バス 市内線 [駅前ターミナル~ノシャップ]
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駅前から宗谷バスの市内線で、まずはノシャップ岬へ向かう。
宗谷岬と比べ、こちらはバスで駅前から10分と手軽に行ける。市内線は便数も多いから尚更だ。
使われているバス車両は、今東京では当たり前となったノンステップバスである。
最果ての街だから、てっきり昔ながらのツーステップバスと思っていたのでこれは意外。


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乗車時間10分の間に地元住民達が続々と降りていき、私一人の状態でバスは終点のノシャップバス停に到着。
誰もいない雪道を歩き、バス停から5分のところでノシャップ岬に到達する。



・ノシャップ岬
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ノシャップ岬は宗谷岬ほどの最果て感はなく、岬周囲には水族館や科学館などの観光施設がある。
岬には雪が20cmほど降り積もっていて、数人踏み歩いた跡が残っていた。
こんな極寒の中でも、観光にやってくる人はいるらしいな。


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昨日に続き今日も風が強く、荒れた海の向こうから横殴りの雪と寒風が押し寄せる。
カメラを出して写真を撮るのも一苦労で、長時間海側に向かって対面ができない
一分ほどでポケットから出した手がカッチカチになってしまう。


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ノシャップ岬は夕日が有名だが、白銀に染まった今の風景も良い感じ。
イルカのモニュメントは海側が雪化粧状態。風と雪は海の方からやってくるからだ。
今は雲の隙間から日が出て、さながら「天気吹雪」といった感じである(そんな言い方ないか笑)。

約20分滞在した後、折り返しのバスで再び稚内駅前に戻った。
次行くのは、日本最北端の地である宗谷岬。正真正銘、日本列島の北の先っぽである。



・宗谷バス 天北宗谷岬線 [駅前ターミナル~宗谷岬]
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11時25分、稚内駅前の一番乗り場から天北宗谷岬線のバスが定刻通り発車した。
「天」と書いて「北」。これほど最果てを感じさせる路線名もないだろう。

この長距離バス路線は1989年に廃止された天北線の代替として開業し、路線名も当初は鉄道と同じく「天北線」であった。
運行経路は天北線の廃線跡に順じており、稚内から鬼志別、浜頓別を経由して音威子府までを結んでいる。
天北線は元々稚内から内陸部を通っていたので、バスも同じくその鉄道廃線のルートを辿っていたが、
過疎化した内陸部は集客が見込めないため、2011年から宗谷岬を経由する海沿いルートに変更された
こうして新たに改名・運行開始された「天北宗谷岬線」は、稚内から終点の音威子府まで片道4時間の道のりを誇る。





稚内発の天北宗谷岬線は1日7本のみであり、宗谷岬へは稚内駅前から50分かかる。
宗谷岬までだと片道1390円かかり、また駅構内の案内所で往復券も購入可能である。
せっかくの最北端であるから、お得な往復券は使わずに大人しく普通運賃を支払おうではないか。


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稚内の市街地を出ると、宗谷バスは左手に海、右手に原野を見ながら国道をひた走っていく。
海はシケにシケており、道南の穏やかな太平洋とは裏腹に険しい表情を見せている。
バス車内は、地元住民の方一人と私を含めた旅行客が二人だけだ。



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稚内駅から50分経ち、宗谷バスは宗谷岬バス停に到着。
バスはここが終点ではないので、乗客を降ろすとすぐに走り去っていった。
風が凄まじく、辺りは人っ子一人いない。


バス停の真ん前に、日本最北端の地はあった!




・宗谷岬
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ビュオオオオオオオオオーーー!!!!

「何なんだ、この風の荒れっぷりは!?マジで尋常じゃない!!」

画像だけだと分かりにくいが、思わず言葉で表現したくなるほどの荒風に苦闘する。
シケる海の向こうから春一番なみの風がブワッと吹いてきて、私の行く手を阻む。
岬周辺には飲食店があるが、ほぼ全て閉まっている。



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宗谷岬は岬そのものが尖っているわけではなく、なだらかな海岸線上に石碑が建てられている
しかしここが正に日本最北端の地であり、遠くからわざわざやって来る人々が後を絶たないという。
東京から鈍行で二日かけて来た私も、この最北端の石碑に魅せられた一人であるというわけだ。

気温は氷点下5度とそこまで大したことない。
しかし現在は暴風が吹き荒れており、体感温度は氷点下10度くらいに達していると思われる。
というか、風がヤバすぎて海の方に顔を向けられない!(三分くらいが限度)
フードを被ってないと顔が腫れてカッチカチになりそうだ。



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最北端グッジョブ!!

何より、これがやりたかったんだぜ。
手が寒風を浴びまくって真っ赤になってるところに必至さが滲み出ている(笑)。



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石碑の横でシケた海を仁王立ちで見つめる間宮林蔵氏
江戸時代に、樺太が「島」であることを一人で調べ抜いた大冒険家である。
彼が見抜いた地は日本の最北端ではなく、さらにこの海の向こうにある樺太の地なのだから恐れ入る。



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荒れはてる海。吹きすさぶ風。降りしきる雪。

雪に埋まった道を登り、丘の上から最北端を見下ろす。荒風に吹かれながら最北端の全景をカメラに収める。
雪はぶっちゃけそうでもないが、これぞ最果て!らしい風景が眼前に展開している。
今にも凍えそうなのに、私はその光景にしばらく眼を奪われた。

この岬は海の境界線にもなっていて、岬から西は日本海、東はオホーツク海になる。
天気が良ければ海の向こうに樺太の地が見えるらしい。



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到着から30分後、折り返しのバスで稚内駅へ戻る。
短いようにも感じるが、こんな極寒の地で外に居られるのはどのみち30分ぐらいが限度だろう。

数時間滞在だと、多分死ぬんじゃないかな。


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昨日と同様に天気の変化が激しく、日が出たり出なかったりを繰り返している。
夏は涼しくて気持ちいいのかもしれないが、冬の極寒の最果ては想像以上に厳しいところであった。
逆に言えばその過酷さと厳しさを味わいたくもあったから、今の天候の荒れ様は理想的だったかもしれない。

車内でスマホの気象情報を見てみると、稚内で暴風雪警報が出ていた。どうりで風が荒れまくってたわけだ。
これぞ最果て!といった光景に心を奪われたが、あまり馬鹿なことをしてはいけない。
でも、馬鹿なことをしないと記事のネタにならない



・稚内駅
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乗客僅か二人を乗せて、天北宗谷岬線は稚内駅前に到着。最北端の街、稚内もこれでお別れだ。
これから14時12分発の宗谷本線の鈍行に乗って、まずは旭川まで向かう必要がある。
鈍行が発車するまで少し時間があるので、駅構内を探索してみよう。


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稚内駅構内には、あのセイコーマートがあるようだ。
北海道のコンビニといえば、まず先ず浮かぶのがセイコーマートなのだ。
その歴史は古く、店舗開店はセブン○レブンよりも早い(1号店開店は1971年)。


Ribbon ナポリン(450ml)24本セット 北海道限定 ポッカサッポロキリン 北海道ガラナ 500ml×24本

そして、北海道限定の炭酸ジュースといえばリボンナポリンである(ガラナもありまっせ!)。
毎年夏、母と札幌に帰省したときに欠かさず飲んだ思い出深いジュースの一つだ。
見た目は毒々しいオレンジ色だが、炭酸がきいてて美味いので北海道に来たら是非飲んでみてほしい。
今は寒いから飲みたくないけどね………。

おにぎりを買おうとレジに持ってくと毎回「温めますか?」と言われるのは北海道独自の風習だろうか。
北海道に入ってからコンビニでおにぎりを既に4回購入しているのだが、
4回とも「温めますか?」と言われたから驚きだ。



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稚内駅構内は充実しており、飲食店やお土産屋もあるから便利だ。
二階には暖房の入った憩いのスペース(?)もある。
お土産屋に駅弁が売っているので、ここで昼食休憩といこうか。


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いくつかある中で私が選んだのは「最北駅弁(帆立)」。値段は880円也。
何てったって、最北駅弁って名前がそそられるじゃないか。肉厚な帆立が5つ入っている。
しっかりとした歯ごたえがあり、醤油で味付けされたご飯と相俟ってあっという間に完食してしまった。

14時を過ぎた頃、駅員からアナウンスが入り旭川行き鈍行の改札が始まる。
これから実に6時間強にも渡る、長い長い宗谷の全線鈍行旅を制覇しなければならない。
そして旭川からは「赤電」こと国鉄711系に乗って、自身の生まれ故郷であり北海道一の大都会でもある札幌を目指そう!


最北端の街に別れを告げ、私は一番乗りで改札を通り旭川行きの鈍行に乗り込んだ。

2014/12/27 | 極寒北国紀行

最終列車の「赤電」に乗って

「極寒北国紀行 3日目 (稚内~旭川~岩見沢~札幌)」

[2014/12/12]

最北端の岬に立ち寄った後、私は稚内駅構内でしばし小休止した。
これから宗谷本線と函館本線の鈍行を乗り継いで、二日かけて函館へ向かう。
最北端の稚内から道南の函館まで行くから、北海道を南北に縦断していくことになる。


・宗谷本線 [稚内~旭川]
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宗谷本線を全線通しで行く鈍行は、1日1本しかない。
起点の稚内から終点の旭川まで乗ると、片道6時間かかる。
これは、現在運行している日本の鉄道の鈍行の中でも相当長い方だ。

ただ、現在最も乗車時間が長い鈍行は、根室本線の滝川発釧路行きである(片道約8時間)。
それにしても、1日1本の1両の気動車が260kmの道のりを走るっていうギャップが半端ないな。
単行の気動車が広大な大陸に立ち向かう様相は北海道の特権だと思う。



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南稚内を発車してしばらくすると、右手に雄大な車窓が展開する。
この区間の絶景は短いので、ボーッとしてると見逃してしまうかもしれない。
日本海が間近に現れ、その向こうには利尻富士を拝むことができる。

しかし今日は空が分厚い雲に覆われており、利尻富士は残念ながら拝むことができなかった。
利尻島は私の母の祖父の故郷らしく是非この目で見て見たかったが、天候には逆らえない。



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豊富で稚内から乗ってきた地元の乗客が全て降りていき、車内は鉄三名となった。
サロベツ原野をひた走り、15時14分に幌延へ到着。
次の発車は15時50分である。

発車まで40分もの時間があるので、色々な角度から列車を撮影してみることに。
ここ幌延はかつて羽幌線が接続していたので、その名残か駅構内は広い。
古ぼけた年季ものの跨線橋がすげーいい味出してる。



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長時間停車の後、幌延を定刻通りに発車。今のところ遅延はなく、道のりは順調に進んでいる。
片道6時間のうち、まだ2時間しか経ってない。宗谷の道のりは長く長く、果てしない。
天塩川の絶景をもう一度見たかったが、早くも日が暮れてしまった。
ここから今度は、4時間真っ暗な中を進んでいくことになる。



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石北塩原で再び、特急待ちのため9分停車。時刻は16時半だが、外は既に真っ暗である。
遅延だらけだった昨日と違って、今日は鹿の衝突もなく至極順調な道のりを辿る。

佐久でも普通列車との行き違いのため、5分停車。対向列車は遅れて来るのかと思いきや、何のことなくやってきた。
今回の旅は意外と運が向いてるかもしれない。北海道に来ると幸運に見舞われることが多いのは何故なのか。
西日本鈍行旅では、スマホが壊れたり台風に巻き込まれたりしたのに(鬼畜の極み)。
やっぱり、私は北国向けの人間なのかもしれないな。

4時間ずーっと真っ暗だと、さすがに飽きてきてしまう。
スマホで情報収集しようと思ったが、電波が不安定で圏外になったりを繰り返す。
ソフ○バンクは、田舎に行くほど電波が悪くなるらしい。



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音威子府で地元の乗客がドッと乗り込んでくる。稚内からようやく3時間経った。
まだ、半分である。マジで、長いっ。ただ、あの飯田線の全線通し鈍行よりはマシかもしれない。
豊清水でも、下り列車が鹿と接触した影響で少し立ち往生する。

「いや~あんた、汽車なんて久しぶりに乗ったべさ!」
「今は何処でも車で行っちゃうから、乗る機会があまりないわな………」

生粋の道民は、鉄道を未だに「汽車」と呼ぶらしい。確かに、これは電車じゃないから間違ってはいない。
よくよく考えれば、非電化の最寄りに住む人たちは汽車って言うのが当たり前なのかも知れないな。
しかし、21世紀真っ只中にして「汽車」ってすごい響きだぞ………!





せっかくだから、本物の「汽車」も見てみようではないか。

ここに貼ったのは、かつての蒸気機関車時代の宗谷本線を捉えた超貴重映像である(恐らくYoutube上では唯一)。
クラシカルなスポーク動輪の中型機関車C55が、旧型客車を牽いて南稚内~抜海の絶景区間を力走する。
今は気動車しか存在しないが、70年代中頃までは気動車に混じって長距離を走る客車列車が走っていたらしい。
大昔は、稚内から小樽までを一日かけて走りきる長大列車もあったわけだ。今ではまるで信じられん話だが………。

貴重というか、残ってたこと自体が奇跡のような歴史的映像に拍手っ!!





鹿が立ち入るのか、それとも単なる踏切通過なのか、警笛を何度も鳴らしながら列車は進む。
やがて18時半に、現在の宗谷本線の一大拠点となる名寄に到着する。
ここで一気に乗客が増え、すぐに満席となった。あと残り2時間弱の道のりである。

18時36分に名寄を発車。士別で乗客がガラッと入れ替わり、その大半は学生。
観光客も少しだけだが見かける。名寄から先も特急の遅れで数分停車を繰り返す。

………このままだと「赤電」に間に合わないかもしれない。30分以上遅延が出なければ大丈夫なのだが。
永山で乗客が減った。起点から終点までずっと乗ってきたが、尻は意外と痛くならない。
さすがは元特急の座席だ。座面が柔らかい上に、少しだけリクライニングもできるから快適なのだ。



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やがて、稚内から6時間後に列車は定刻から少し遅れて旭川に到着する。
とりあえず、次乗る函館本線の最終列車に間に合ってよかった!
もう次の列車が入ってきそうなので、そのままホーム上で待機することに。

もしかしたら既に運用を外れているかもしれないが、私の下調べが間違っていなければ、
これから「赤電」が、岩見沢行き最終列車としてやってくるはずだ………!



・函館本線 [旭川~岩見沢]
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「お客様に乗り場変更のご案内を致します。
20時48分発の岩見沢行きは、本日に限り乗り場が5番線に変更となっております」


旭川到着後間もなく、岩見沢行き最終列車のアナウンスが入った。どういうわけか今日に限っては5番線で発着するらしい。
今日中に岩見沢まで行く普通列車は、この20時48分発が最後である。岩見沢以南の鈍行は本数が多いから問題ないが、
まずはこれに乗らないと、今日中に鈍行で札幌まで行くことができない。

「今日、あれ来んじゃねえの、あれ」
「ああ、あの赤いやつか」

どうやら、赤電は地元の学生にも親しまれているようだ。
私も昔は常磐線の中電を白いやつって言ってたから、それと感じ方は一緒か。
やがて4つのいかついヘッドライトを照らして、「赤電」こと国鉄711系が入線する!



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いやー、よかったー!赤電はまだ消滅してなかった!!

列車は3両編成で、ドアは二ドアの片開き、座席はほぼ全てがボックスシートである。
私にとっては、恥ずかしながらこれが最初で最後の赤電乗車となる。
道民の足として親しまれた名列車の勇姿をこの眼で見届けようではないか!



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国鉄711系は、北海道に初めて導入された「国鉄電車」だ。
当初は急行としても活躍したこの車両は、北海道の厳しい寒さに耐えれるよう徹底的な防寒・耐雪構造が施されている。
昔は北海道の電化区間で何処でも見られた車両だが、JRの新型車導入に押されて少しずつ数を減らしてきた。

1967年にデビューして以来、半世紀に渡り北海道の顔として長らく走ってきた711系であるが、
車両の老朽化に伴い、今年2014年度に引退することとなった
もう2ヶ月前にさよなら運転企画が行われた後であり、完全消滅まで風前の灯状態である。
今回赤電には初めて乗ることとなるが、今までお疲れ様という意義で惜別乗車をしたい。

赤電の運用に関しての情報は、ネット上での数少ない情報によって知ることが可能である。
現時点で、旭川始発の上り列車に充当されている赤電は1日3本のみであった。

・8時8分発の岩見沢行き
・17時38分発の岩見沢行き
・20時48分発の岩見沢行き


今のところ旭川を発する赤電はこの3本だけであり、他は全て新型車両で運行されている(←2014年12月時点)。
がんじがらめの行程の中で、私はこの消滅寸前の赤電を今回の最北端旅の中に何とか組み入れることに成功。
宗谷本線の全線通し鈍行と、赤電の乗り継ぎ時間がピタリと合致したのは本当にラッキーだった!
情報を提供してくれた方に心から感謝したい。



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20時52分、岩見沢行き最終列車は数分遅れて発車した。
車内は至って空いており、ボックスシートで一人悠々と夕飯にありつく。
半世紀前設計の古い車両だが、気密性に優れているのか車内はとても静か
初動こそ遅いが、高速域に入ると非常に安定した走りを見せるあたりは往時の急行としての名残だろうか。

「おいこれ、懐かしいな。赤い電車。もう今年になくなっちまうんだとさ」
「俺はこれ乗って高校行ってたな。まだ、十七んときだよ………」


仕事帰りに乗り込んできたリーマンが、懐かしげに青春時代を語る。
赤電は現在、函館本線の手稲~旭川間で一日僅か数本運用されているのみ。
函館本線電化開業に合わせてデビューした車両だが、最後も函館本線で散っていくのか………。



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岩見沢行き最終赤電は順調に道のりを進んでいく。外は吹雪で雪が降りしけっている。
明日がどうなるか心配だが、旅の峠はもう越えた。あとは函館のSL北斗星が残っている。
今回の旅は本当にお別れだらけだ。これほど二度と立ち会えない瞬間が続く鉄旅もそうそうないだろう。



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終着の岩見沢到着は22時33分。吹雪の中走り続けた赤電はすっかり雪化粧になっていた。
これに乗って札幌まで行きたいところだが、残念ながら赤電はここで役目を終える。
数ヶ月後に完全消滅する赤電の走りは、実に威風堂々としていたぞ。



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「さらば、赤電。今までお疲れ様でした!」

道民でもないくせして何言ってんだか(笑)。
でも一応私も札幌生まれだから、そこは大目に見て頂きたい(3歳頃まで札幌で暮らしてました)。
最終列車に充当された赤電は、仕事を終えると早々に車庫に帰っていく。私はそれを一人で見送った。



・函館本線 [岩見沢~札幌]
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22時32分発の手稲行き鈍行は、ありがたいことに到着が遅れた最終赤電からの乗客を待ってくれていた。
車両は733系。2012年に導入された新型車両で、大先輩の赤電711系とは実に45年の開きがある。
車内の自動放送はダンディーな男性によるもの。新型でもドアは寒さ対策のため片開き式である。

23時半、手稲行き鈍行は何事もなく札幌に到着した。
札幌も少しブラつきたいところだが、明日は始発出発だから早く休まないと身体がもたない。
歓楽街すすきのにある宿に向かうため、まずはJR駅構内から札幌市営地下鉄の乗り場へ移動しよう。



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ああ、全てが懐かしい!夏の札幌の帰省のときにここはよく通ったぞ。
札幌市営地下鉄は幼少時代の原風景だ。南北線の地上区間に私の故郷はある。
相変わらず初乗り200円の切符を買い、予想以上の人混みにまぎれて懐かしのホームへ降り立った。



・札幌市営地下鉄 南北線 [さっぽろ~すすきの]
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札幌市営地下鉄南北線は、日本初の「ゴムタイヤ式地下鉄」だ。
その歴史は意外と深く、札幌オリンピック開催年(1971)まで遡る。日本の地下鉄では4番目の開業となった。
当時の札幌は人口がそこまで多くなく(←80万人程度)、地下鉄の開業に難色を示した大蔵省に対し、
「料金を払えば熊でも乗せる」と言い放った市交通局長の逸話は有名である。

札幌市営の走行方式は世界でも類も見ない珍しいタイプであり「札幌方式」と呼ばれている。
「何故鉄輪ではなくゴムタイヤになったのか?」というと、
当時既に廃止が予想された市電に取って代わる交通手段として駅間距離を短くすると市が想定していたためだ。
「駅間距離が短ければ加速効率に優れるゴムタイヤが最適だ」という考え方に札幌市が固執した結果、
世界でも有数のゴムタイヤ地下鉄が誕生する。今見ても、札幌市営地下鉄は革新的な乗り物であると私は思う。

ゴムタイヤの電車は普通の鉄輪よりも加速が速く、乗り心地も独特。その他、札幌市営は他にない個性が沢山ある。
車両は新幹線並みの巨体(現役鉄道車両の中では日本一)で、冷房がないため夏は窓が開け放たれ風鈴がつく。
座席上の荷棚もないし、優先席に対する意識が強いのも特徴だ(←「専用席」と独自に定義されている)。



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故郷の札幌市営の話になるとつい熱くなってしまうな!何の下調べもしてないのにすごい字数稼げた。
中学生の頃に雑誌やファンサイトを読みふけってたから、知るところは知り尽くしているのだ。
旧型車両の引退式に行こうとまで思ったほど、札幌市営には特別な思い入れがある。

「間もなく、一番ホームに真駒内行きが到着します。ご注意ください」

この接近放送!何か昔とちょっと違うな!ホームドアがついたから変更したんだろう。
以前は「ご注意ください」じゃなくて「白線より下がってお待ちください」だったはず。
接近放送が流れると間もなく、真駒内行きの列車が到着した。

「一番ホームから、真駒内行きが発車します。ご注意ください」

アレッ!?発車時のブザー音がない!?アナウンスの後に「ブーーーッ!」って鳴るはずなんだが。
ああそうか………!ホームドアがついたからブザー音も必要なくなったのか。
あの独特のブザーの音、私は好きだったんだけどな………。



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さっぽろから数分足らずで、二駅隣のすすきのに到着。駅上にあるすすきの交差点は交通の要衝として有名な場所だ。
夏の帰省時に散々ぶらついたすすきのだが、今見渡すとその町並みは思った以上にケバかった。
すすきのは日本三大歓楽街の一角であり、表通りにもキャバレーがクラブが沢山立ち並ぶ。

駅から歩いて3分のところで今日の宿(カプセル)はある。本当はシングル部屋を予約したかったのだが、
今日~明日にかけて、札幌ドームでジャ○ーズの嵐のコンサートが行われているのが祟った。
この日の札幌の宿の予約を出来得る限り調べ尽くした結果、どこも全て埋まっていたのである。

今現在、札幌の宿は全て嵐のファンで埋め尽くされているに違いない。
奴らの影響力を舐めてはいけない。ファンの数は実に170万人を越えてると聞く。
ただ、バックパッカーの宿でさえ埋まってたのは正直閉口したぞ(笑)。



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シングル部屋がないなら、男は黙ってカプセル!それも今夜はたった6時間の滞在である。
明日は早朝から函館本線の始発列車に乗って、終着駅の函館まで行かなければならない。
札幌からありとあらゆる列車を乗り継いで向かうことになるが、明日は雪がドッサリ降るらしく少し心配だ。

明日の行程を全てこなせば、今回の最北端鈍行旅は大成功となる。
無事に道南の函館まで辿り着き、憧れの北斗星に乗って東京へ帰ることが出来るか!?
次回!長距離鈍行・特急ワープ・臨時SL・市電・寝台特急を含めた、これまで以上に濃厚な一日が幕を開ける!

2014/12/28 | 極寒北国紀行

函館本線の旅

「極寒北国紀行 4日目 (札幌~小樽~長万部~森)」

[2014/12/13]

早朝5時、すすきののカプセルの中で私は起床した。
誰も起きる気配がない中、一人カプセルを出てチェックアウト。
市営地下鉄はまだ動いてないので、路上をひた歩いてJR札幌駅に向かう。


・すすきの~札幌 (徒歩)
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すすきの歓楽街から札幌駅までそんなに距離がないことは、札幌生まれの自分が知り尽くしている。
狸小路大通公園を通り、テレビ塔を見上げると懐かしい気分になった。
ここで立ち止まるわけには行かない。鬼畜な鈍行旅は前進あるのみだ。
しかし懐かしさに誘われて、私は誰もいない大通公園の前で一人立ち止まった。

………ここは、昔と何も変わっちゃいない。

噴水広場もテレビ塔も、相変わらず健在じゃないか。
夏は、とうきび(=とうもろこし)を売る屋台もあったっけな。
すすきののカプセル宿から徒歩20分で、札幌駅に無事到達。
ホームで6時13分発の始発列車を待つ。



・函館本線 [札幌~小樽]
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札幌から出る小樽方面への始発列車は、何故か二両編成の気動車であった。
この区間は6・8両編成の通勤電車がやってくるはずなのに。

恐らくこれも、旅2日目に乗った始発の旭川行きと同じように送り込み運用であろう。
この気動車は小樽から先の非電化区間を走るためのやつだから、
札幌の車庫から仕事場に向かうついでに客も乗せてしまおうという体裁で運行されているに違いない。
客を乗せてくれるのはいいが、混雑区間だけに2両編成だとかなり無理がある気がする。
実際、車内も立ち客が沢山出ている。はまなすから乗り継いできた乗客も、その混み具合に落胆している。




今日の行程はザッと一言で言い切れないほどの特濃ぶりで、記事の分量も相当なものになるだろう。

早朝に札幌から始発列車に乗り、小樽から長万部行きの長距離鈍行を乗り通して長万部で特急に乗って森までワープし、
森から再び鈍行で大沼まで行き、大沼付近で往路のSLを撮影し大沼公園から復路のSLで函館へ向かったら、
市電で函館市街を観光した後に、寝台特急の北斗星に乗って帰路を辿る。


………もはや、ここまで来ると純然たる「移動」である。
しかしそれでも、馬鹿と言われても、一人で時流に抗い続けるこの気力は一体何処から湧いてくるのだろうか。

自身の頑固な鉄路の意志も露知らず、然別行きの始発鈍行は定刻通り故郷の札幌を出発する。
電化区間なのに、わざわざ油を燃やして走る気動車は勇猛果敢に見える。
外は、まだ真っ暗だ。



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札幌からしばらくは市街の中を進んで行くが、途中から海沿いすれすれを走るから車窓は見ものである。
その海沿いの景色は、札幌からだと進行方向右手に広がる。

始発列車の雰囲気は何時も独特だ。
朝帰りの人やサラリーマン、部活へ行く高校生など、多種多様な人でごった返している。
駅を進むごとに、何処からか「おはよー」とか「おつかれさまでした!」とか声が聞こえてくる。
途中で大学生と思われる茶髪の男が列車を降りていったが、あれ絶対夜中遊び後の朝帰りだな(笑)。

銭函あたりで辺りはようやく明るくなってきた。銭函から小樽築港までは日本海のすれすれをひた走っていく。
天気はどんよりと曇っており、晴れていれば日の出が見れたかもしれない。



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小樽築港を過ぎ小樽市街に入ると、札幌発の始発鈍行は間もなく小樽に到着する。
次の列車まで一時間近く滞在時間があるので、駅から徒歩10分で行ける小樽運河を散策してみよう。



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小樽は札幌から近いところだから、夏の帰省時によく遊びに訪れていた場所だ。
小樽運河もかれこれ4~5回来たことになるのか。ただ、冬の運河を見るのは今回が初めてだ。
冷たく張り詰めた水面と、レンガ倉庫の屋根に垂れた氷柱が冬旅情を駆り立てる。



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現在の小樽の駅舎は昭和初期(1934)に建てられたもので、上野駅がモチーフになっている。
もう80年以上前の建築構造物であり、駅構内は昭和の臭いがプンプンしているのがいい。
小樽は駅前から容易に辿り着ける観光資源が豊富なので、是非途中下車して観光したいところだ。

さて、ここ小樽からは長万部行きの長距離鈍行に乗って先を進もう。
昨日の宗谷本線ほど長くはないが、座れないと後がきついのでホーム上でじっと列車を待った。



・函館本線 [小樽~長万部]
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函館本線の長万部行き鈍行は、意外にも大混雑。列車が入ってきた時点で早くもこの行列である。
単行の気動車だが、発車寸前に車内は満杯状態となった。ここから閑散区間のはずだが、私の読みはハズレたか。
意外な場所で未曾有の混雑に遭遇するのが、地方ローカルの恐ろしいところである。

しかし、ホーム上にずっと待機していたから、座席は無事確保。
車窓はどちらも大差ないようだが、どちらかというと羊蹄山が見える左側が良いらしい。




「山線」と呼ばれるこの区間(小樽~長万部)は定期の優等列車が一切なく、走っているのは鈍行のみである。
現在、全線通しで行く鈍行は1日5本のみ。小樽から終点の長万部まで3時間強の道のりだ。
山と山の隙間を縫うように線路が敷かれており、道中で峠を何度も越えていくことになる。

今は海沿いの室蘭本線・千歳線経由(海線)が主要ルートであるが、函館本線のオリジナルはこちらの山線区間である。
この区間がすっぽかされているのは、急カーブと急勾配が多くスピードが全く出せないためだ。
昔は「内地~札幌~稚内」を結ぶ大動脈として栄華を誇り、優等列車がひっきりなしに通っていたが、
室蘭本線・千歳線のルートが全通してからは主要幹線の座を譲り、ローカル輸送のみに徹している。

車内が今すし詰め状態なのは、元来観光客が乗るはずの優等列車が一本も充当されてないからであろう。
というか、混雑具合が半端ない!東京の朝ラッシュみたいだ(苦笑)。






山線は、かつてあのC62が峠を越えた伝説の場所だ。C62は言わずと知れた国内最大&最強の巨大蒸気機関車である。
C62はSL末期まで活躍していたから、映像は結構残っている。特にこの昔のドキュメント映像は面白いので是非見て欲しい。
C62が重連(二両連結)となり、急行「ニセコ」として山線区間を力走する!ああー、俺も乗りてえよーこれー。
だって、今乗ってるの、単行のワンマン気動車だぜ!?


・オタモイ峠 [小樽~塩谷]
・稲穂峠 [然別~小沢]
・倶知安峠 [小沢~倶知安]
・目名峠 [蘭越~熱郛]


山線区間の難所とされる峠は上記の4つがあり、この4つの峠のほかにも蕨岱付近で小さな峠が存在する。
特に小沢付近は「谷間」と化しており、二つの峠を間髪居れずに越えなければならないから凄まじい区間である。


往時の名残など微塵もない軽快気動車は、小樽を出るとさっそく上り勾配(オタモイ峠)に入った。
鬱蒼とした山の中を進む様相は、小樽以北の電化区間では全く見られない景色だ。
車外は人気がないのに、車内は人でいっぱい。単行とはいえ偉大な鉄路は未だ健在か。
エンジン全開で一度峠を越え、人気のない山の中を進むと蘭島に到着する。



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車窓には、昨日乗った宗谷本線と負けず劣らずの大自然が展開している。
ここにきて雪が一気に降りしけてきて、車窓は白銀の世界へ。
外は極寒の地だが、車内はとても暖かい。
身の安全が保たれた環境で悠々と流れる景色を見られるのは、公共交通機関の特権だと思う。

余市で地元の乗客が大きく入れ替わったが、その意外な混雑ぶりは相変わらず。
気のせいか、さっきより観光客の比重が大きくなった気がしなくもない。
余市からは日本海沿いを離れ、山岳だらけの内陸部へ突入する。



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然別からエンジンを唸らし始め山腹を延々と進むと、間もなく稲穂峠へ。列車の高度はグングン上がる。
左手には展望の良い車窓が広がり、手前に余市川が流れ遠くには山々が聳える。
高度を稼ぐと銀山付近で峠を越え、長いトンネルをくぐり抜け坂を下っていく。
すると一旦山々に囲まれた盆地へ降り立ち、峠間の休息地となる小沢に到着する。

小沢を出ると再び上り坂に入り、最大20パーミルの勾配が続く倶知安峠に差し掛かる。
急勾配を延々と上り短いトンネルをくぐると、そこは北海道の有数観光地ニセコの地だ。
ニセコは豪雪地帯であり、トンネルを抜けた途端雪がドッサリと降ってきた。



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男爵芋生産量No.1の町倶知安で長時間停車。ここで乗客がドッと入れ替わるようだ。
車内は観光客が多く、特にスキー用具を抱えた外国人を多く見かける。
倶知安はスキーが有名なのかもしれない。パウダースノーだから雪質が良いのだろうか。

長時間停車の間、容赦なく降る雪と戯れながら倶知安駅構内を撮影する。
くっちゃんって地名がまた可愛いくて良いね(笑)。





数分停車の後、倶知安を発車。倶知安からニセコまでの車窓は圧巻の一言だ。
右手にニセコ連峰、左手に羊蹄山が聳え、列車はこの二つの山の麓を通っていくことになる。


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今回乗ってるのは左側の座席なので、車窓には尻別川が手前に流れ、遠くには羊蹄山が見える
………はずなのだが、空は分厚い雲に覆われしかも逆光状態なのでよく見えない。
ここが山線区間一番のハイライトなだけに、残念だっ!

ニセコで再び観光客が乗り込んできた。もはや、八割型観光列車である。
ニセコからも尻別川と何度も交差して進んで行く。

「The next station is こんぶ

山線区間は観光客が多いからか英語の自動放送も流れているが、「こんぶ」の発音に思わずニヤッとしまう。
「こんぶ」という駅名が土着的過ぎて、流暢な英語とのギャップが実にツボにはまった。



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蘭越でも対抗列車待ちのため、10分停車する。
天気は刻々と変わり、こんぶを過ぎると再び雪がブワッと降ってきた。
列車もすっかり雪化粧状態。運転士もよくこんな状態で運転ができるなと思う。



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蘭越からは、最後の難所となる目名峠が待ち構える。
函館本線の歴史は深く、開業当時は隧道施工技術が発展途上だったのでトンネルの数は少ない。
トンネルは何本も掘れないから、山の腹をカーブで何度も迂回して線路を敷いたわけだ。

目名峠を越え、さらに蕨岱の小さな峠を越えれば、あとは終点の長万部に向かって平地をひた走るのみ。
ニセコの豪雪地帯を抜け、雪一色だった空が一気に晴れてきた。
圧巻の山線区間もこれでおしまいだ。



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11時16分、山線の全線通し鈍行は定刻から数分遅れて終点の長万部に到着した。
久しぶりに晴れ渡る青空の下、ホームに降り立ち深呼吸。やっぱり、北海道は空気が美味い!
ここでは約一時間の滞在時間がある。

………はずだったのだが、ここでトラブル発生!
苗穂でポイント故障が発生し、これから乗る特急に大幅な遅れが出ていたのだ。
その全体遅延は約50分に及んでいる。恐らく、昨日ドッサリ降った雪が引き起こしたのだろう。

この先万事休すと思われたが、特急の本数が多いのが助かった。
本来乗るはずのものより一つ前の特急が30分ほどで来るということなので、これに乗ることにしよう。
長万部駅前は特に何もないので、言っちゃ悪いが私にとって特急の遅れは逆に都合がよかったかも。



・特急スーパー北斗6号 [長万部~森]
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特急スーパー北斗6号は、定刻より50分遅れて長万部を発車した。50分だから既にかなりの遅れだ。
車両はキハ183系。今まで鈍行ばかり乗ってたから、速度がエラく速く感じる。
長万部から森までだと、普通運賃と特急料金を足して2400円だ。
しかし、ここでワープしないと大沼公園からのSLに間に合わなくなるからやむを得ない。



PC130843.jpgPC130822.jpg

左手に太平洋を見ながらエンジンをふかして突っ走り、森駅到着は12時36分。
長万部での滞在時間が磨り減った分、ここでたっぷりと休憩できる。

さっきまでは晴れて日が出ていたのに、また雪がザッと降ってきた。
天気の変化が早すぎて、早回し映像でも見てる気分である。


PC130853.jpgPC130855 (2)

ここ森といえば、あの有名駅弁「いかめし」がある。価格は現在650円だ。
駅弁大会の常連に毎回入る超有名な駅弁の一つであり、森駅前に製造業者の商店がある。
これは、是非食べてみたかった。立ち売りは今はやってないので駅構内の売店で購入しよう。

肉厚なスルメイカの中に、味付けされたご飯がぎっしり詰め込まれている。
そのまま食べても美味しいが、レンジで温めるとより美味しくなりそうだ。
文句なしのクオリティに満足!さすが、物産の売り上げ一位をとる商品だけあるな!


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森からは、13時30分発の本線経由の鈍行に乗って大沼へ向かうことになる。
外はまた吹雪き始めたが、これまでの運行状況から考えて列車は問題なく出発するだろう。
北海道の鉄道は雪に強いことで有名だ。屈強に走り続ける列車を信じて再び先を進もうではないか!

本線経由の鈍行で大沼に向かったら、そこから今度は路上を歩いてSLの撮影ポイントまで行かなければならない。
撮り鉄に混じってSLを撮影したら、純然たる移動手段として復路のSLに乗って函館まで向かう
早朝札幌から始発鈍行で遥々とやってきたのは、あと数ヶ月で完全消滅する函館のSLと相見えるためなのだ。


鈍行と臨時SLをギリギリの行程で組み合わせた強行計画は、無事に成功となるか!?
閑散とした駅構内で、私はいかめしを食べながら一時間後に発する本線経由の鈍行を待った。

2015/01/01 | 極寒北国紀行

函館のSLを撮って乗れ

「極寒北国紀行 4日目 (森~大沼~大沼公園~函館)」

[2014/12/13]

東京から鈍行で一路1600kmを経て最北端へ到達し、さらに札幌から道南の函館へ向かう私は、
早朝に札幌から函館本線(山線)の鈍行を乗り継いで、正午過ぎに森まで到達した。
森からは再び函館本線の鈍行に乗って大沼で下車し、今年度に消滅するSLとご対面を果たすことになる。


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さて!いかめしも食ったし、雪に負けずまた汽車に乗って先を進むかっ!(←道民の影響を受けている)。
何のためらいなく「汽車」って言い放つ道民に惚れたぜ。よく考えてみりゃ、俺も元道民だしな!
気動車を汽車とするなら、千葉の近くにもあるんだけどね………(関鉄常○線&小○鉄道)

これから私が決行する、鈍行+臨時SLを組み合わせた強行計画の詳細な順序は以下の通りだ。

1:森を13時30分に発車する本線経由の函館行き鈍行に乗って、途中の大沼で下車する。
2:大沼駅から徒歩で大沼付近の撮影ポイントへ移動(所要時間約10分)。
3:函館を14時15分に発車し、撮影ポイントを14時40~50分前後に通過する往路の臨時SLを撮影。
4:大沼付近の撮影ポイントから徒歩で二駅隣の大沼公園駅まで移動(所要時間約20分)。
5:大沼公園を15時55分に発車する復路の臨時SLに乗車し、終着の函館を目指す。


この計画最大の肝は、SLを「撮って乗る」こと!鉄の醍醐味を両方とも一気に味わってしまおうという行程である。
途中でもたもたしていると失敗確実ながんじがらめの行程だが、乗り鉄にかかればこんな道のり何てことない。
強いて難点を言うなら、今から乗る函館行きの鈍行に遅延が出てほしくないことぐらいか。
こんな雪が降りしける中SLが本当に来るのかも心配だが、張り切って行こう!



・函館本線 [森~大沼]
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森以南の函館本線は八の字に分岐しており、森~大沼間は本線(山側)と砂原支線(海側)に分かれているが、
これから行くのは再び山の中だ。山線区間に続き、函館本線のオリジナルを従順に辿っていくことになる。
手前に停まっているのは13時29分発の長万部行き鈍行で、奥が今私が乗る本線経由の函館行き鈍行だ。

砂原支線を経由する鈍行が1日8本なのに対し、本線を経由する上りの鈍行は1日5本のみ。
海沿いの砂原支線と比べて山の中を行く本線ルートはあまり需要がないらしく、砂原支線経由よりも列車の本数が少ない。
しかし、こちらのルートでは車窓左手に雄大な駒ケ岳を望むことができるらしい。

森~大沼間の本線ルートは森からだとキツイ急勾配があり、車重の重い上り貨物列車は一切通らない。
今から乗るのは鈍重な国鉄車(キハ40)だが、この大雪の中で大丈夫だろうか?
乗客たった三人を乗せ、本線経由の鈍行は定刻通り発車した。




列車は森を発車すると、間もなく人家の皆無な山の中へと差し掛かる。
森からしばらくはS字カーブが連続しており、短区間で高度を一気に稼いでいく。
先へ進むごとに雪の勢いは増し、大雪状態に。列車は単行の気動車だが、今にも止まりそうである。


PC130881 (2)

「ドゥルルルルーーーン!ドゥルルルーーーン!ガラガラガラガラガラ………」

全然、進まねえ。

人が走れば追い抜かせるぐらいの速度をいったりきたりしていて、エンジンを何度もふかしてるのに全くスピードが出ない。
………これは、空転だ!線路に積もった雪かなんかで車輪が滑っているのだ。

キハ40系は非力なやつで山登りが苦手な上、単行だと線路に積もった雪をどかしきるまでのパワーを持てない
そのため冬季にこの車両を使う際は、元来コスト性を無視して二両連結で馬力を確保することが多いのだが、
今乗ってるのは単行であり、しかも大雪に加えて20パーミルの急勾配という悪条件の最中にある。
状況としては、立ち往生してもおかしくない。ああ、怖い………。

凄まじい量の雪が降り積もる中、単行のキハ40がヒイヒイ唸りながら坂を上る。
空転を何度も繰り返し、限界までエンジンを回しても速度は上がらず。
思わず、運転士に「頑張れーっ!」て応援したくなる状況だ。



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このまま止まってしまい、立ち往生するんじゃないかとヒヤヒヤするが、超鈍足を保って峠は無事越えた。
峠越えなんて蒸気の時代にしかないものと思われがちだが、そんなことはないのだ。

駒ケ岳近くから下り勾配となり、列車はエンジンを止めて惰性で坂を下りていく。
森からの標高差は約180m。沿岸から山麓まで一気に上ってきたわけだ。
各駅の停車時間が長いので、苦戦した峠越えによる遅延はほぼない。
外は真っ白で、肝心の駒ケ岳は全く見えないのが残念。



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坂を下りきったところに大沼が見えてくると、列車は大沼公園に到着する。
大沼公園を過ぎると砂原支線の線路と交わり、すぐに隣駅の大沼へ。
ここで列車を降りたのは私一人だけであった。

大沼からは、SLの撮影ポイントに向かう。
そのポイントはここ大沼駅から歩いて10分のところにあり、しかもほぼ一本道なので行くのは容易だ。



・大沼駅~撮影ポイント (徒歩)
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まずは、駅前から二車線の県道に出た。
あとはこの県道を少し南下すれば、撮影ポイントに行くことができる。
撮影する場所は県道が大沼と接する地点にあり、道路の脇に居座って撮影することになる。

「先客」の足跡を辿ること10分で、私は大沼沿いの撮影ポイントに到達した。
撮り鉄と普通の鉄が既に15人くらい待機していて、有名な場所だからか警備員もいる。
外は雪が降りしきっているが、SLが来るまでしばし待機しなければならない。



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これからやってくるSLは、名を「SLはこだてクリスマスファンタジー号」という。
その名の通り、同時に函館で開催されているクリスマスキャンペーンに合わせて設定された臨時列車で、
小型の蒸気機関車C11が客車5両を牽引してやってくるはずだ。
ただC11だけだと客車5両は引っ張りきれないので、最後尾にはディーゼル機関車が付く。

「ああ、そこ敷地内だから出て!三脚も!危ないから!」
「ああ、はい、すいません」

線路敷地内に居座る撮り鉄が警備員に注意された。敷地内に入ることや三脚を立てるのはマナー違反なのだ。
撮影位置は早い者勝ちなので、私は撮り鉄の後方に居座りSLを待つことにしよう。

こうして外で待っているときに限って、雪の勢いが増すからシャレにならない。
いつの間にか頭や背中にまで降り積もり、いくらはたいてもキリがない。
そうして一人ジタバタしていると、降りしきる雪の向こうから一点輝くライトが見えた。
SLが来たことを察知し、ガッチガチになった手でカメラを構える………!



PC130907 (2)

来たなっ………!

私は一眼ではなくコンデジだから、専ら一発勝負!連写機能は信用できないから使わない。
「撮れりゃそれでよし」という私の考え方は、撮り鉄の思想とは相反するであろう。
彼らは列車の構図や位置、バックの景色や日の当たり方など、全て計算しつくしているからだ。
しかしだっ!ここは敢えて、乗り鉄としての実力(=コンデジ?笑)を見せつけてやろうじゃないか!



PC130911 (8)

ぬおおおおおおおお………!!

(↑単発ショットでタイミングを合わせようと頑張っている)



PC130912 (5)

キターーーーーーーーーーッ!!!!

大迫力!!立ち上る白煙と雪煙を上げながらSLが目の前を通過していく。
えっ?三脚と藪が邪魔だって?そんなの気にするな(泣)。
今いる自分の距離と角度的には、これが限界だ。



PC130913 (2)

雪の中を力走するSLなんて初めて見たから、通った瞬間には目頭が熱くなった。全身に鳥肌も立った。
極寒の地に身を捨ててまで二度ない瞬間に立ち会うことの喜び。このSL走行写真は一生の「家宝」になるだろう。
今にも寒くて凍えそうだが………、来といて良かったぜっ!

ただ、さっき警備員に注意されてたのに相変わらず敷地内に三脚入れっぱなしの撮り鉄には閉口だな。
自分は撮り鉄のことは全くの素人だし、現場のマナー違反の度合いがどのくらいなのか知らないのだが、
敷地内に突っ込んだ三脚のおかげで、後方側の「鉄」は皆撮るのに苦戦してたぞ。



・撮影ポイント~大沼公園駅 (徒歩)
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怒涛のSL撮影を終え、今度は歩いて二駅隣の大沼公園駅まで向かう。ここから徒歩20分ぐらいだろうか。
撮り鉄達は皆車で移動するようで、コンビニや大沼駅前の駐車スペースに散っていく。
列車を撮るだけでなく、自称乗り鉄の私はさらにSLに乗りたくなる。根本が欲深い人間なのだ。

今の私が頼れるのは、自らの足のみ!
大沼駅からさらに雪道を北上しなければ、先の道は断たれる。
SLはこだてクリスマス号の始発は大沼公園であり、大沼には停まらないからだ。



PC130923 (2)

人気のない雪道を延々と歩き、身体が雪ダルマ状態になりながらも無事大沼公園駅へ到達した。
駅前はSLで来た人で賑わっている。ここから今度は復路のSLに乗って函館に向かう。
恐らくほぼ全ての乗客が函館からの往復乗車であり、
札幌からの純然たる移動手段として片道だけ乗ろうとしてるのは私以外誰もいないであろう。

ちなみに、駅舎の前に人がわんさか集まっているのが見えると思うが、
この光景は何なのかというと、駅舎の中に入れず外に溢れかえっている人達なのである!
駅舎内は外気の寒さを避けたい観光客で満杯で、人と人が密着しサウナ風呂と化している。シュールすぎるっ!



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密着状態の駅舎内で待つことしばらくして、駅員さんからアナウンスが入り改札が始まった。
さっき苗穂で発生した全体遅延によって、復路のSLも少し発車が遅れるらしい。
それにしてもやけに人が多いなと思っていたら、どうやらSLではなく特急に乗る人達が混じってるようだ。
やがてしばらくすると、遅れて来た特急が入ってきた。

「特急入ってきまーす。ハイ下がって!下がってください!命関わりますよ!!

中国人の男ら数人が、下がれと言っても下がる気配がない。大声でベラベラ喋りながらホーム端で記念撮影をしている。
しまいに駅員が「命」と重い言葉を出してまくし立てるが、やはり下がらないので手でどかす強硬手段に出た。
さすが、中国人だ。何を言っても人の言うことを聞かない。


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てんやわんや状態の中、特急が到着すると自由席にドバッと人がなだれ込む。
やがて車内が通勤ラッシュ並みの満員状態となり、列車は間もなく発車していった。

さっきの撮り鉄といいあいつら(中国人)といい、本当に大変だな、鉄道従業員の人は………。
事故を起こそうとしているのは彼らなのに、仮に事故が起これば会社側に責任の一端がのしかかる。
そして、最終的にツケが回ってくるのは、我々善良な「鉄」である。




・SLはこだてクリスマスファンタジー号 [大沼公園~函館]
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てんやわんやの特急に続き貨物がそそくさと通過した後、定刻から20分遅れてはこだてクリスマスファンタジー号が入線した。
この臨時SLは運行期間内に函館~大沼公園間を一日二往復走っていて、そのうち函館からの往路はSLが牽引するが、
大沼公園周辺は機関車の向きを変えられる場所がないので、復路は最後尾のDLことディーゼル機関車が引っ張る。
SLとはいえ同時開催のキャンペーンに則した観光列車なので、機関車には派手なネオンが取り付けられるようだ。

札幌~函館間で運行されているSLは、函館~森間を走る「函館大沼号」と、札幌~蘭越間を走る「ニセコ号」
そして、これから乗車する「はこだてクリスマスファンタジー号」の3つがある。
クリスマスファンタジー号を初め、札幌〜函館間で運行しているSLは今年度で廃止されることになった。
理由はもちろん、北海道新幹線開業の影響である。

新幹線を走らせる傍ら、新幹線だけで手一杯だからコストのかかるSLを廃止させようなんて残念すぎやしないか。
函館大沼号とニセコ号は既に今年度の運転を終了したので、残る函館のSLはこのクリスマスファンタジー号のみというわけだ。
最後の最後に運行される臨時SL・DLの走りを、この眼で見届けようではないか!



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上記で説明した通り、復路の主役はこちらの漆黒のディーゼル機関車「DE10」だ。
他にはない、なかなかかっこいい面構え!このタイプのディーゼル機関車といえば朱色のボディを連想させるが、
黒いのは一度も見たことがない。茶色に統一された客車と相俟っていぶし銀な井出達である。



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予想以上の賑わいに巻かれて車内に入ると、ほぼ満席であった。全席指定席であり、指定席券代は820円。
函館の観光キャンペーンに合わせて充当される臨時列車だが、乗り鉄の手にかかれば鈍行旅の道のりの一部と化す。
臨時列車が鈍行旅の行程内に運行されることが判明すると、それに意地でも乗ろうとするのが痛ましい。
普段運行されない臨時列車は、淡々とした鈍行旅に華を添えてくれるのだ。

既に大幅な遅れが出てるため、列車は入線後間もなく大沼公園を発車する。
終点の函館まで約40分の道のりである。



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この臨時SLの客車5両のうち4両は一般的な国鉄客車であるが、1両だけ旧型客車(4号車)が使われている。
その旧客はカフェカーと独自に名乗っており、車内脇にあるカウンターでコーヒーや食べ物を買うことができるのだ。
車内は全体的にレトロな風情に仕立てられているが、元々レトロな旧客だからかより古ぼけて見えて良い
床は木製で、荷棚は本物の網棚。また車内には昔ながらの石炭ストーブも残っている(火はついてないけど)。

クリスマスを盛り上げるための列車なので、サンタの衣装を着た客室乗務員が案内を行う。
記念のハガキを貰ったので、せっかくだしスタンプを押した。



PC130965.jpgPC130956 (2)

今日はSLの運行最終日ではないが、乗っておいて本当に良かったと思う。
クリスマスファンタジー号は、二週間先の12月25日をもって運行を終了し見納めになると思われる。
可愛い女性案内役の流暢なマイクパフォーマンスで車内は盛り上がり、拍手喝采!
こんな賑わってるのに廃止するとは………。現実は非情である。



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クリスマスファンタジー号は、予定よりやや遅れて終点の函館に到着する。
到着後SLは早々に退散するという話を聞いたので、降りたらすぐに列車後方部へ向かう。
僅かの列車撮影の後、C11は客車から切り離されて駅を発っていった。
函館のSLは、これで最初で最後の見納めだ



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「ありがとう、函館のSL(とDL)!今までお疲れ様でした!」


函館に北斗星が来るのは21時38分。
それまで5時間近くの滞在時間があるので、今回は函館市街を少し探索してみよう。
私は取り敢えず夜景を見に行くために、駅前からすぐそこにある函館市電の電停へ向かった。

………と意気込んだのはいいが、外はこんな状態である。


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どうするよ?これ。

風はさっきより弱まっているが、降ってる雪の量がマジで半端じゃない。
というか、何でこんな人多いの!?何でこんな大雪なのに外を出歩こうとするの!?(笑)
もう既に体がヘロヘロなのに、またしても雪を容赦なく浴びるというのか………。
でも、こういうの、嫌いじゃないぜ。雪をかきむしって函館市街を観光しようじゃないか!


次回!体力が限界まで追い込まれた私は、函館観光の末に北斗星へその身を委ねる。
生涯最初で最後の北斗星乗車をもって、今回大長編となった最北端鈍行旅は終幕を迎える!

2015/01/05 | 極寒北国紀行

「北斗星」とともに

「極寒北国紀行 4~5日目 (函館~上野)」

[2014/12/13]

最北端鈍行旅も終わりのときが近づいてきた。函館観光の後は北斗星に乗って帰路を辿ることになる。
大雪を被りながら、私は取り敢えず函館駅から函館市電の電停へ向かった。
駅前電停は、函館駅前ロータリーから歩いてすぐのところにある。

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「瞬くように舞い散る雪が幻想感を醸し出し、駅前のネオンアーチに華を添えている」
………なんて上品なこと言ってる余裕など今の自分にはない。体力の消耗が激しくなってきたのだ。
こんな大雪の中で現在外をうろついているのは、九割方が本州や外国からやって来た観光客であろう。



・函館市電 [函館駅前~十字街]
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「函館、動く。」

何かこう、肉体的に直接訴えかけてくる広告の叩きがぐっとくるね(笑)。
市電は渋い原色の他に、多種多様な広告車が沢山走っているのだ。

現在の函館市電は、大きく分けて2つの系統、細かく分けて4つの路線を有している。
起点の湯の川から県道83号を通り、函館駅前を経由し十字街に至ると線路が二つに分かれるが、
このうち北側の終点どつく前に向かうのが2系統、南側の終点谷地頭へ向かうのが5系統となる。
「何故2系統と5系統があって1系統や3系統がないのか?」というと、既に廃止され欠番となったからだ。
最盛期は12系統で運行されていたが90年代までにほぼ全てが廃止され、2と5の2つの系統だけが生き残ったのである。

90年代までの部分廃止によって函館市電は衰退の一途を辿るかに思えたが、そんなことはなかった。
大昔栄えた函館駅周辺より北側の五稜郭地区は繁華街として栄え、商業都市として発展を遂げるのだが、
幸運にも函館市電の経路は、この行政・観光中心の函館駅周辺と、発展した五稜郭地区の繁華街を結んでいた。
そのため平成に入ってからも利用客は大幅に減少せず、現在も函館市民・観光客の足として健在しているのである。


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市電のいいところは、路線バスと違って複雑な系統が少なく単純明快であることだ。
道路に線路があれば誰だって電車が走ってると分かるし、観光地や繁華街を結ぶだけで自然と需要が生まれる。
その需要の高さに加え、函館市電は初乗り運賃が少し高め(210円)に設定されており確固たる経営基盤を築いている。
いくらそれなりの需要があろうと、このご時勢、市電を走らせるのは並大抵の努力ではできないのであろう。

外は大雪だというのに、土曜からか電停は観光客でごった返している。
函館といえば夜景なので、まずは市電に乗ってロープウェイの最寄りである十字街電停を目指そう。




車内は通勤電車並みの満員状態。山手線に例えるなら上野~秋葉原間と同じくらいの混雑度である。
駅前電停から3つ隣のところで、市電は十字街電停に着く。函館駅前~十字街間の運賃は210円だ。
ここは赤レンガ倉庫の最寄りでもあり、ドッと乗客が降りた。

十字街電停からしばらく急坂を上っていくと、函館山ロープウェイの乗り場に辿り着く。
夜景が売りの場所だから、ロープウェイの最終は20時50分と遅い。
窓口では片道券と往復券が売っている。往復券の値段は1300円だ。



・函館山ロープウェイ [山麓~山頂]
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1958年開業の函館山ロープウェイは、函館山の麓から山上の展望台までを結んでいる。
その輸送実績は、函館に訪れる観光客の人数とほぼ比肩するというから驚きだ。
5分間隔で運行されており、車両も大きいので乗客の回転も早い。

展望台まで向かう途中でちょうど花火が上がり、車内で歓声があがる。
私が展望台に降り立ったとき、雪は何故か収まった。



・函館山山頂展望台
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世界三大夜景の一角、函館の夜景は初めて見るが素晴らしいの一言に尽きる!(毎回これしか言ってない)
空は雪でくぐもっているが、夜景はきっちりと見えるから一安心。
函館湾と津軽海峡に挟まれた「くびれ」が印象に残る。

古来、函館は「連絡船とともに生きた街」といわれる。
その歴史と伝統が途絶えたのは、今から四半世紀も前のことだ。

当時、本州から青函連絡船で道内へやって来た人々は皆、連絡船が発着する函館駅を拠点とした
青函連絡船は函館港の象徴であり、また函館の主要産業を支える一つの基盤でもあったが、
70年代以降は航空輸送の台頭に押され、加えて88年には青函トンネルが開通し連絡船は廃止される。
さらにバブル崩壊が生み出した不況が重なるなど、当時栄華を誇った函館港は衰退の一途を辿り、
商業発展地も必然的に内陸へと移っていった。現在、函館駅前には観光ホテルが慄然と立ち並んでいる。

連絡船が廃止されて以来、函館は「北海道の表玄関」としての役割を失ってしまったが、
日本の近代化に深く携った歴史遺産が多く残っており、有数観光地として多くの人が訪れている。
眼下に広がるのは、皮肉にも連絡船の廃止とともに取り残された財産の灯なのである。


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夜景を見た後に復路のロープウェイに乗り、坂を下りて市電の線路が敷かれた通りまで戻ってきた。
まだ時間は沢山残ってるので、大雪は相変わらずだが歩いて赤レンガ倉庫へ行ってみよう。

それにしても、函館は外国人が多いな!
寧ろ日本人が少ないぐらいで、色んな人種がごちゃごちゃしてるぞ。



・金森赤レンガ倉庫
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赤レンガ倉庫は建物は往時のままだが、現在中はお土産屋などの商業施設として使われている。
ここは、幕末に貿易港として栄えた函館港の雰囲気をそのまま残す場所だ。
今建っている倉庫は、明治40年(1909)に再建されたものである。

それにしてもめちゃくちゃ雪降ってるのに、信じられないほど賑わっている。
これが、日本有数観光地の函館のパワーなのか!


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赤レンガ倉庫は夏の帰省時に家族と一度来たことがある。
途中から暇になって、西波止場で買ってもらったスルメ齧りながら湾岸眺めてたっけなー。
今日は12月なので、クリスマスキャンペーンに合わせた派手なネオンのクリスマスツリーもあるようだ。

もう少し探索したいが、体力が既に限界に達してるため早々に函館駅まで戻ることに。
日中のSL撮影で長時間雪を浴び、さらにここに来てまた雪を浴びまくっていると、
何か、雪に直接体力を吸い取られているような気がしなくもない。



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赤レンガ倉庫から十字街電停まで戻ろうとするも、視界が悪く電停の場所が何処だかわからなくなった。
取り敢えず線路に沿って進み電停を発見するが、そこは十字街電停ではなく隣の末広町電停であった。
ここの電停は十字街より本数が少ないことはわかっているが、もう歩く気力がないのでここで大人しく待とう。

しかし、凍えながら電停で待つも、市電は一向にやってこない。
このままだと雪ダルマになっちまう。

早く来てくれーーーーーっ!(←断末魔の叫び)




・函館市電 [末広町~函館駅前]
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末広町電停で待つこと12分、体が雪に埋もれかけた頃に市電はようやくやってくる。
雪がドッサリ降りしきる中での12分は想像以上に長い。道路の向こうから現れた二点のライトを眼にした瞬間、
私は、心底生き返ったような気分になった。
身体に降り積もった雪をパンパン払いのけて、すがるような気持ちで市電に乗り込む。

駅前電停で市電を降り、取り敢えず体勢を立て直すために函館駅構内で休憩。
先ほど電停に行くまでに道に迷ったせいか、雪と寒さにやられて体が凍えきっている。
昼から何も食べてないので、腹もすっかり減った。
これからまた大雪の外へ行くのは億劫だが、夕飯にありつきたいので体に鞭打って再び外へ出る。



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駅から歩いて5分のところに、ウニ丼で有名な「むらかみ」という店があった。
中に入ると席は満杯で、10分ぐらい待った後、席へ案内される。
注文するのはもちろん、ウニ丼のレギュラー。値段は3500円と自分にはちょっとお高めだが、
男なら、一品ドーン!と頼みたいものである。元々小品をちびちび味わうような性分でもないし。


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とろけるようなとしかいいようがないウニが、丼いっぱいにのっかっている。
やや大食の自分には少しボリューム不足だが、普段は滅多に味わえない絶品のウニを時間たっぷりと味わう。
また味噌汁はお代わりOKらしく、凍えきった体が温まるので夢中ですすっているといつの間にか三杯も飲んでいた。



・函館駅
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絶品のウニ丼を食べた後、北斗星の発車時間も近づいてきたので大人しく駅へ戻ることに。
函館駅は近代化された立派な駅舎で、旭川駅と負けず劣らずといった感じだ。

「本日、大雪の影響のため、寝台特急北斗星号は約20分ほど遅れての到着となります。
到着予想時刻は21時50分頃を予定しております。誠に申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください」


雪で大幅に遅れるとはいえ、北斗星はちゃんと来てくれるようだ。良かった良かった。
寝台特急は「北海道&東日本パス」が使えないので、改札窓口で普通乗車券を購入。
函館~上野間の普通運賃は13990円。特急券と寝台券も合わせると合計23530円となる。
必要な切符も揃えたし、あとは大人しく駅構内のベンチで北斗星が来るのを待つのみだ。



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これから待ちに待った北斗星に乗車するが、もう既に体力・気力ともに限界がきていた。
顔はやつれ、体はガタガタ、あと寝不足で頭がフラフラしている(苦笑)。
四泊五日の旅の行程の中で稚内での休息のみを念頭に入れ、その上でやれる限りのことを限界までやり尽くしてきた結果だ。
重いリュックを背負い雪の降りしきる中でずっと動き回るのは、想像以上にキツく、
体力をあっという間に奪われてしまう。

でもそれでも、何とかやり遂げてやるという意志が働いたおかげで、これまでの旅の全行程、全て狂いなくやれた。
道内突入からは常時雪が降っていたのに、何事もなく走り続けた北海道の鉄道の偉大さを実感している。
あと、このスノーブーツがなければ旅中どうなっていたかわからない。こいつの力は絶大であった!
旅はまだ終わってないのに、喜びと達成感がふつふつと沸き起こる。

あとは、寝台特急に乗って東京に帰るだけだ。
最後の最後に、憧れの北斗星で有終の美を飾ろうではないか!




・北斗星 [函館~上野]
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「北斗星」はブルートレインの歴史の中では比較的新しい方で、はまなすと同じく青函トンネル開通と同時に運行を開始した。
はまなすは純然たる移動手段として後に重宝される存在となったが、
北斗星は移動目的よりも観光要素を全面に出した新しい寝台特急として脚光を浴びる。

それまでの寝台列車にはなかった豪華な客室食堂車が備えられ、旅そのものを楽しむための工夫が盛り込まれた。
この北斗星の試みは大成功し、今も個室券が一瞬でなくなるほどの人気を誇っている(←これは本当にびっくりした)。
後にデビューするカシオペアやトワイライトエクスプレスが人気列車になったのも、元はといえば北斗星の成功があったからだ。

今も大人気の北斗星だが、新幹線開業・車両老朽化を理由に2015年3月13日限りで廃止されることが決定した。
JR側から既に公式発表が出ており、臨時を入れても恐らく残り半年ほどで北斗星は完全消滅することになる。
自分にとって北斗星は昔から絶対的な存在であるから、消滅する前に何としてでも乗りたかった。
生涯最初で最後の乗車となってしまうが、永遠の憧れである北斗星の勇姿を今回この眼でじっくりと見届けたい。

日中から降りしきる大雪の影響で、室蘭本線・函館本線の列車は全体的に遅れが発生していた。
北斗星もその全体遅延に巻き込まれることとなり、定刻から20分ほど遅れて函館に入線する。
函館では牽引する機関車が代わり、列車の進行方向も逆になる。これまで牽引してきたのはDD51の重連だ。
DD51はここ函館で役目を終える。青森まで牽引する機関車ED79に交代するため、目の前で早々に切り離された。



PC131102.jpgPC141163 (3)

今回私が取った座席は、1号車の「B寝台16番上段」である。

10時打ちという手法を知らず、またそもそも北斗星が未だ人気列車である認識がなかった自分は、
旅決行直前になって指定席券を取りにみどりの窓口へ向かったのだが、当然の如く個室Bソロは満席。
そして、私が窓口へ訪れた時点で残っていた座席は、先頭車の一番先頭の開放B寝台上段のみであった。



↑上野・函館

PC290008.jpg1号車:開放B寝台(コンパートメント)
2号車:開放B寝台(禁煙)
3号車:B寝台個室デュエット
4号車:B寝台個室デュエット
5号車:B寝台個室ソロ
6号車:B寝台個室ソロ/ロビー/シャワー
7号車:食堂車「グランシャリオ」
8号車:A寝台個室ツインデラックス
9号車:A寝台個室ロイヤル/B寝台個室ソロ
10号車:A寝台個室ロイヤル/B寝台個室デュエット
11号車:開放B寝台(喫煙)
12号車:電源・荷物車


↓札幌・青森


北斗星の編成はこんな感じであるが、私がこれから乗るのは端の端っこの席だ。
先頭車のさらに一番前なので、すぐ隣に先頭デッキがあり、汽笛も一番よく聞こえるところである。
「往路で日本列島の端っこへ到達し、復路で寝台特急の端っこに乗って帰る」と考えると何か縁起がよい気がする。

特急・寝台券の区間を「札幌~上野」としてあるのは、万一の場合に備えての対策であったが、
今日は大雪で遅延が発生しているものの、鉄道がまだ走れる程度の天候で持ち応えてくれたからよかった。
明日はもっと雪の量が増すらしいから、今日までが計画通りに鉄旅できるギリギリの状態だったのかもしれない。





22時過ぎ、既に大幅に遅れているため、機関車付け替え後間もなく北斗星は函館を出発した。
函館を出ると、北斗星は仙台までノンストップで進む。仙台の次は福島・郡山・宇都宮・大宮の順に停車し、
定刻通りに行けば午前9時38分に上野に到着する。札幌からだと約16時間、函館からでも約12時間の長旅となる。



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せっかくの北斗星なんだし個室がよかったのだが、寝台の元祖といえばこの開放B寝台である。
定時の寝台客車に乗るのは今回の北斗星が最後になると思われるので、これはこれで結果オーライかも。
集客要素の強い個室よりも、何の変哲もない昔ながらの開放寝台にこそ手堅い旅情があるのではないかと思う。

人一人しか寝れないこの狭苦しい空間に身を投じて、ガタガタ揺れる夜汽車に想いを馳せる。
それは、今では時代錯誤なことかもしれない。でも、「旅」って元来そういうもんじゃなかったのか。
私は、この至って無骨で質素な夜汽車(=開放寝台)の醸し出す風情と哀愁が好きだぞっ!



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22時40分、今日最後のアナウンスが入り室内灯が深夜灯に切り替わった。
続いて22時52分、列車は青函トンネルに突入する。その瞬間を見ようと鉄が隣の先頭デッキに集まってきたが、
私は、もう疲れた。備え付けの浴衣に着替える余力もなく、熱き鉄達を尻目に早々に灯りを消して横になる。



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青函トンネルを抜け、夜中0時半を過ぎたところで列車は青森で運転停車。ここでは停車するだけで客扱いは行わない。
先頭デッキに相変わらず鉄が集まってるのでトイレついでに行ってみると、どうやら機関車が付け変わったようだ。
さっきまでは機関車から一番遠い席であったが、今度は機関車から一番近い席に。
また随分とダイナミックな場所をとってしまったものである。

北斗星の機関車といえばあの赤いEF81を連想させるのだが、既に退役し新型の機関車EF510が受け継いでいる。
でも未だにかつてのEF81牽引の印象が強いのは、子供の頃に散々鉄道図鑑を読みふけっていたせいだろう。
愛読していた図鑑のトップに、赤い機関車(EF81)が牽くブルートレインの姿が沢山掲載されていたのだ。

大人になった今、鉄道図鑑のトップを飾っていた憧れのブルートレインはほぼ全て消滅していた。
乗りたい!でも、どうあがこうと乗れない。それが、ただ悔しかった。
だからこそ、生涯一度だけとなりそうな、今。この瞬間を大事にしたいところであるが、
襲い来る疲れと眠気に耐え切れず、青森を過ぎたところで私は深い眠りについた………。




[2014/12/14]

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「おはようございます。時刻は只今6時25分を回りました。
昨日からの雪の影響で、北斗星号は只今25分遅れで運転致しております。大変申し訳御座いません」


壁の向こうからすぐ汽笛が聞こえる………。
仙台を過ぎてから間もなく室内灯に切り替わり、今日最初のアナウンスが入った。

うつらうつらしながら、寝台上段の端の隙間から窓を覗く。寝台列車から見る日の出は何時も格別だ。
どうやら東北も雪が降ったようで、行きでは雪じゃなかったところも降り積もったらしい。
青森から一度も目が覚めずに眠ってたみたいだが、体は依然としてヘロヘロの状態。
日の出を拝んだ後は、再び布団をかぶりそのまま横になった。




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午前9時半過ぎ、私はようやく長い眠りから覚めた。列車は既に大宮を過ぎている。
体が完全に疲れきってるのか、自分でもびっくりするぐらいぐっすり眠り込んでいた。
函館からの乗車時間12時間のうち、実に9時間も眠っていたのである。

「車掌さんのおかげで、楽しい旅ができました。昨日はありがとうございました~」
「仕事ついでだけど、もう北斗星に乗るのもこれっきりで最後だな!寂しいもんだ」
「やっぱり、寝台特急はいいですね。パッと行っちゃう飛行機じゃ味わえませんよ」


惜別漂う言葉が飛び交う中、北斗星は終着上野へ向かってひた走る。
今日は日曜なので、線路脇で撮り鉄が沢山カメラを向けている。
寝台から降り、通路沿いにある簡易席に座りながら私はその光景をぼんやりと眺めた。



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「今眺めている光景は、後二度と見ることができない」

そう考えると、疲れきっていた身体に不思議と力がみなぎってきた。
2015年3月を過ぎれば、定期の北斗星は完全消滅し二度と乗車できなくなるのだ。
外は何の変哲もない近郊都市だが、私はカメラで撮ることも忘れ、頭がすっからかんの状態で旅終わりの感傷に浸った。


一番前の簡易席に座ってボーっとしているうち、車掌から終点到着のアナウンスが入る。
極寒の地だけに色々あったが、お別れだらけの最北端鈍行旅もこれでおしまいだ。
多くの人々に見つめられる中、列車は上野駅構内にゆっくりと入線。
やがて、午前10時06分。北斗星は定刻から28分遅れて終点上野へ到着した。





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「うえのおぉーーーーーーー、うえのおぉーーーーーーー、終点、上野に到着です」


終着上野の13番線ホームは、休日の賑わいと喧騒に満ちている。
かつて上野駅の13番線は「東北の玄関口」と呼ばれ、一路北へ向かう長距離列車がひっきりなしに発着していたが、
その歴史と伝統も間もなく途絶えようとしている。北斗星とカシオペアを除く上野発の長距離列車は全て消滅したからだ。

上野の到着アナウンスは昔から語尾を伸ばしきるのが伝統であり、それは今も受け継がれているようだ。
一号車の一番前の席をとった利点をいかし、到着から一番乗りで列車を降りて先頭部に向かうが、
今日は日曜であり、眼をギラギラ光らせた鉄達が沢山待ち構えていた。


………最後の最後まで男臭い旅になっちまったぞ。



PC141153.jpgPC141164 (2)

ヘッドライト点灯状態、確保!

北斗星は今回が乗り納めなので、とりあえす列車のエンブレムや行き先幕など撮るべきものは撮っておく。
ここで撮った写真の一つ一つは、数十年後は鉄達にとって数少ない「遺産」になっているだろう。
そのくらいの価値のある列車が北斗星なのだ。

続いて列車の最後方へ回り、北斗星が車庫に向かうのを見送ることに。
それにしても、消滅までまだ数ヶ月以上あるのにすごい人が集まっている。
私の場合、北斗星は今回が最初で最後の乗車となったが、おかげで一生に残る旅になったぞ!



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「さらば、北斗星。憧れのブルートレインよ、永遠なれ。」


2015年3月13日をもって、寝台特急「北斗星」は27年の歴史に幕を閉じる。
本当はずっと走っていてほしいが、移り早い時代の波に北斗星も抗えなくなったのだ。
上野と故郷の札幌を結び、またブルトレ最後の血筋を担った北斗星の勇姿を、私はずっと忘れないであろう。



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今まで夢をありがとう、北斗星!!
27年間、お疲れ様でした!!



北斗星を見送った後、私は13番線ホームからいつもの常磐線のホームへ向かった。
常磐線のホームは9~12番線(2階)であり、旅情溢れる13番線(1階)の真上に位置している。
両ホームは何と三分足らずで行けてしまう!毎日乗る生活路線の真下に、私の憧れの世界はあったのである。

勝田行き中電の中は、何の変哲もない普段の日常の風景。
少し前まで、極寒の地にいたのがまるで信じられない。
どうやら東京にも本格的な寒波が到来したようだが、最北に比べりゃ何てことない寒さだ。
帰宅した後、私は何もする気力もなく、何時もの寝床に横になった。


帰宅した翌日、東北・北海道は年内屈指の大雪となり鉄道は全域に渡って運休状態となっていた。
はまなすや北斗星・トワイライトが区間運休し、函館本線の一部区間や名寄以北の宗谷本線も終日運休。
旅の決行日を少し後にずらしてれば、大雪に巻かれ未曾有の大失敗を喫していただろう。
それは、考えるだけでゾッとすることである。





・終幕
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「最北端鈍行旅計画、完全完遂」


自身も予想だにしない大成功をもって、今回の最北端鈍行旅は無事に終幕を迎えた。
往路復路の総距離約3000kmのうち、乗った列車は自宅最寄りから全て数えて32本
台風に巻き込まれながら60本近く乗った西日本横断旅ほど過酷ではないが(←今思うと超過酷!)、
その鬼畜ぶりは私の胸中にしっかりと刻み込まれた。最北端は何時かまた来訪したいと考えている。

極寒の最北の地は今にも凍えそうなところであったが、自身の血とシンクロするぬくもりが感じられた。
最北端もとい最四端到達の達成感に加え、今回の旅で一番心に残ったのは道民の人々の温かさだ。
元道民としての勘が働いたのかもしれないが、何事もなく温かく接してくれたことに本当に感謝している。

完。
2015/01/15 | 極寒北国紀行


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